2017年(平成29年)12月6日


毎日あわただしく過ごしてしまいました。気が付くと紅葉のシーズンも終わりを迎え、師走の月に入ってしまいました。
出来る事なら、自然体でゆるやかに仕事はしたいものだと常々心しているつもりですが、気がつくと必死に働いている自分に気がつくのです。一生懸命・・・は当然ですし、良いのですが、私の表情に出てはいけないのですよネェ~。

先日、京都文化博物館・日本近代絵画との出会い「絵画の愉(たのしみ)、画家の企み」を見に出かけました。とても良い企画でした。美術鑑賞の仕方をうまく導いてくれる、分かりやすい展示がされていました。その上、そうそうたる偉大な絵師の方々の作品に時間が経つのも忘れ3時間程、会場に居ました

  

高橋由一、橋本雅邦、橋本関雪、前田青頓、安田鞍彦、富岡鉄斎、横山大観、上村松園、川端龍子、梅原龍三郎、安井曽太郎、藤田嗣治、熊谷守一、加山又三、石本正、黒田清輝、小倉遊亀などなど・・・数え上げれば切りがなく、近代絵画を網羅していました

  
福田平八郎
 
佐伯祐三 

その作品の1点1点を、どの様に鑑賞したらいいのか、解説が添えられ、展示の仕方も工夫を凝らし、文化博物館の学芸員の技量のたまものと、いたく感心させられました。

その中の1文『聖(ひじり)は聖を知る』の言葉に心を捕らわれたのです。
橋本関雪の作品〔6曲1双・片岡山のほとり〕・・・聖徳太子と達磨和尚が出会う歴史の一場面の美しさに釘付けでした。みすぼらしい身なりの老人を、達磨和尚と見きわめる聖徳太子の確かな人格が、美しい線で描かれ、又、その美しい色彩は、全体に清々しい空気を漂わせていました。

私がいろいろの所へ行ったり、見たり、体感する事を大切にするのは、もちろん、美術・工芸が好きなことが一番ではありますが、自分に底力を付けなくては、すごい人や物は見えない・・・。と思うからです。何かに出会った時、直感で判断する力は、日々の物の見方、考え方で左右されるのではないかナァ・・・。と考えるのですが・・・。しっかり見きわめる力量を持ちたいと願っています。

広島県廿日市市吉和に「ウッドワン美術館」がある事を初めて知りました。これらの作品は、この美術館の協力で成し得たものの様です。近代日本絵画600点余りを所蔵し、マイセン磁器、アールヌーボーのガラス、中国清代の陶磁器など多岐にわたる収集により、平成8年オープンしたとの事でした。中国山地の豊かな森林資源に恵まれた自然環境の中・・・との事ですので、機会があれば行ってみたいですね。

11/21~11/30 廣内俊之作陶展は皆様のおかげで大盛況でした。美しい釉薬、そして日常の器としての役割。彼の生活を実感させて頂く作品に感銘を受けました。

     

絶妙の大きさの麺類鉢は、廣内さんと出会った時にほれ込んだ作品の1つです。ゆったりとしたこのサイズは、なかなか作家は作らないのです。手の中にしっくり、重くなく手ごころがたまらなく良いのです。
廣内氏のページを作りました。〔陶器・磁器 part1〕です。ページを開いてみてください。今後、彼と協力して楽しい豊かな作品を作りたいと思います。

もう次の展示会が12月12日から始まります。

お正月・伝統と現代の融合
うるしの器・晴れの器・山田浩之の器
2017・12・12〔火〕 - 12・23〔土〕
10:30 - 17:30  17日(日)・18日(月)休み



もうすぐお正月です。子供の頃は指折り数えて待っていました。元旦の記憶は、とても晴れやかで、そこかしこに日本のお正月の風景がありました。時代とともにその風景もすっかり変わってしまいましたが、大切な節目の行事です。
毎年この時期、「うるし」に美しい日本を感じてほしいと願って展示会をしています。
安物が横行しないで欲しい・・・。良い職人さんが育って欲しい・・・。そんな思いです。
そして古伊万里、「天啓群馬図丸皿」
この器の絵は、10年くらい前、小皿として私共の店にやって来ました。それが今、尚忘れられず、今回は7寸皿、4.5寸皿、マグカップに絵を描いて頂きました。私の中でどうしても使ってみたい作品だったのです。
タイトルを「現代との融合」としましたが、山田浩之の赤絵も、又格別の楽しみがあります。是非手に取って感触を味わっていただければ幸いです。  


今回、少しだけ浄法寺漆器について書いてみたいと思います。浄法寺漆器に心を奪われたのは約30年前のことです。漆器を模索し、私の中で苦しんでいる頃でした。高価な商品は数々ありましたし、安価な、ちょっと怪しい商品も山ほど、世間では売られていました。私は迷っていたのです。

人とのご縁はありがたいものです。私を浄法寺漆器へ導いて下さった方がいたのです。今思うと、天の声の様なものです。飛びつきました。作品は無言で語るのです。手の平に包み込んだ時、すべてが分かるのです。
良質の漆をふんだんに使用し、丈夫な器に作り上げているのです。そしてなにより美しいのです。それは華美ではなく、内なる美しさでした。

それ以後、ひたすら、愚直に、作品を店で販売しました。世間が、伝統より、見た目に流れる中で、私は良識を持ち続けたいと願ったのです。
知名度が低い中でも、その品質にこだわった商品は、私共のお客様に、少しずつ受け入れられる様になりましたが、関西で扱う店は、他にはまだありませんでした。

しばらくすると「サライ」が取り上げ、少しずつ情報がメディアを通して表へ出る様になり、まぎれもなく「知る人ぞ知る」漆器となってゆきました。
浄法寺漆器に携わる人々の努力が実を結んだのです。古来1200年の歴史を持つと言われるものであり、全国、天台宗の僧侶が日々使用して来た、生活の器だったのです。又、浄法寺は、国産うるしの最大の産地でもあり、今なお文化財の修復にも使用されていると言う事は、私にとっても自慢でもあり、誇りでもあります。

ヨーロッパでは古来より、うるしのことを「ジャパン」と呼んでいます。それほど、日本の国産のうるしは優秀なのです。

年末に向かって仕事をがんばります。
赤地健、径氏の干支の置物(戌)が金沢より届きました。お正月用品とともに楽しんで下さいませ。

     

そして師走のひとときを、つかの間、どうぞお出かけ下さいませ。お待ち申し上げております。

年内は12月29日(金)まで
新年は 1月 5日(金)からです 

お客様に、たくさんの暖かいお力添えを頂きながら一年無事過ごすことが出来ました。
幾つになっても勉強することがいっぱいです。手仕事を大切に育み、丁寧な日々が過ごせます様、努力したいと思います。
今後とも、末永くよろしくお願い申し上げます。

年末に向かってまだまだご多忙と思いますが、どうぞお気をつけてくださいませ。本当にありがとうございました。

  



 2017年(平成29年)11月15日

毎日、寒暖差が激しく、天気予報に気を付けながらの暮らしです。
9月の台風、10月の台風は、商店街の「第三・土曜市」を直撃・・・。2ヶ月見送ることになってしまいました。
私も、この月は何かしら忙しく、頭の中の回線はもつれています。そうは言っても、もつれた糸をほぐし、整理しながら優先順位をつけ、ことを運んで行くしかないのです。何かしら「どんくさく・・・!!」1日が、アッと言う間に過ぎ、増々慌てるのです。

秋は、文化、芸術の催し物が目白押し、仕事や日常の暮らしのあい間をぬって、欲深く出かけています。

        

そうなると、当然、いっぱい、いっぱい頭は仕事の段取りと数々の予定で埋まってしまうのです。今後見ることが出来なくなる国宝などもありますので、可能な限り見ておきたいと思って出かけるのですが、京都国立博物館の国宝展も人であふれ、アベノハルカス美術館の北斎展に至っては、尋常ではない人波にただただ圧倒されてしまいました。
落ち着いて拝見することはできませんでしたが、先人達の驚くべきエネルギーに触れることが出来た喜びは、ひとしおでした。

11月の「第三・土曜市」は、第四回「島本一箱古本市」と重ねて催しますので、その準備にも追われています。当日は、花染の店の前に大量の本を出します。阪急水無瀬駅界隈からぶらりと巡って私共のところまで来て下さい。私もこの催物は、とても楽しみにしています。他店で、5~10冊の本を買います。新刊では買わないであろう本も、安価なので手軽なのです。

  

とても活気があり、顔見知りの人、知らない人々が、行きかう田舎街は、なかなか良いものです。結構ご遠方からもいらっしゃいますヨ・・・。

話は変わります。
今回は「古裂(こぎれ)」について書きたいと思います。
最近、作って頂いた古裂のティマットが、あまりにも珍品の古裂を使って下さっていたのに感動したのです。これを作ってくださる作者も、かなりの古裂を所有しているのです。

     

その美しい日本の古裂は、江戸~明治、新しいもので大正頃の職人によって織られたり、染められたりした布です。型染、和更紗、絣、筒書・縞木綿などこのティマットの中に、木綿の古裂が集約されているといっても過言ではありません。
手ざわり、風合、色彩、紋様は、現代ではとうていなし得ない古き人々の仕事です。一ツ一ツの布の織目、染色にかいま見る心意気に感動するのです。

        

この写真のものは筒書きと言って、明治の頃、婚礼布団だったり、嫁入道具の箪笥にかけたりする家紋入の染物でした。
このくらいの婚礼仕度をしたお家は、豪商・豪農と言われるお家柄だったと思います。
私が手に入れていたものを、お客様のご注文によって屏風に仕立てさせて頂いたものです。表具屋さんも、かなりの腕の方でしか不可能です。とても立派に仕上げて頂き、お客様のお家に納めさせていただきました。

古裂を私共の店で扱い始めたのは、開店まもなくの事でした。私より、かなり年上の方で古裂の収集家の方が、私の知人と一緒にやって来られました。その方を仮にAさんとします。
「美しい裂(きれ)」を見せてくれました。約30年余り前の事です。

もちろん私達の世代は、それらの裂を知ってはいましたが、もうすでに懐かしいものになっていました。
その頃Aさんは50代半ばだったと思います。京都の「東寺・弘法さん」、「天神さん」などの骨董市で、彼女は有名だったそうです。朝一番の電車で出かける事を数十年続け、又、いい裂がある所には身を惜しまず出かけたそうです。目利きでもあり、お金離れも良い方だったので、当然、彼女の元には良い物が集まります。

「年なので、そろそろ少しずつ手離したい・・・。」との話と、彼女の大きなお人柄、物を見る目の確かさ、何より収集品に心うばわれてしまったのです。
彼女のお宅へも幾度もいかせて頂きましたが、ご自身が収集した見事な品で信じられないほどの美しい暮らしをなさっていました。

裂(きれ)はきちんと洗濯され、アイロンをし、本当に几帳面に収納されていました。その量の見事さにも驚きました。布を楽しみながら可愛がり、一枚一枚丁寧に扱われていましたし、すごいレベルの裂に惚れ込んでしまったのです。
彼女が収集していた頃には、まだまだ良きものがたくさん骨董市に出ている時代だったのです。
花染もレベルの高いその布をお分け頂き、たくさんのお客様にお売り、手離してゆきました。そして古裂のレクチャーも、事あるごとにして頂きました。
長期にわたる彼女とのおつき合いは、私にとって仕事の関係以上の素晴らしい、美しい女性の姿を見せて頂きました。筆舌に尽くしがたい魅力ある大きな人物でした。そして忘れる事の出来ない多大な影響を受けた出会いでした。

彼女が80才をむかえる頃、事情があり、ご夫婦で介護付きマンションに引越す事になりました。お家をおたずねさせていただき、私などでは、とても求める事ができない高額な、その上、品格のある品を見せて頂きました。全部ある美術館にまとめて出て行く事になっていました。美しく整理されている品々の前で、私は涙を流してしまいました。

「こうして人生は好きだったものと別れる時が来るのですね・・・。」と言って。彼女は「充分楽しんだから・・・もう良いのよ・・・。」と私の涙を反対に慰めてくれたのです。
今も、その時の記憶が蘇ります。桐の箱に美しく収納されていた100枚以上の日本刺繍の半襟、豪華な衣装、絹、木綿、麻の品々は、手仕事、職人さん達が生き生きと息づいていた江戸時代~明治の粋なものばかりでした。

Aさんは遠くへ行ってしまわれたのちも、2~3度花染へたずねて来てくれましたが、数年前、亡くなってしまわれた・・・と人づてにお聞きしました。私に生きることの潔さを教えてくれた、とても大切な方でした。くっきりと彼女の姿は私の目の中に焼き付いています。

彼女が当時分けてくださった裂(きれ)は、今も尚、花染を支えてくれています。
ティマット、ランチョンマット、テーブルランナー、敷物、巾着、手提げなどなど作っています。

     

作品を作ってくださる人は2~3人変わりましたが、いつも手のきれいな方に出会わせて頂き、美しい古裂の作品が店に並んでいます。
「古裂」と言う美しい言葉すら知らない時代になり、当然、絶対数は少なくなって行きますが、手仕事の貴重な歴史は残ってくれることを願っています。

 11月の展示会
廣内俊之 作陶展
2017・11・21〔土〕 - 11・30〔木〕
10:30 - 17:30  26日(日)・27日(月)休み



花染では初めての作家さんです。大学で陶芸を学んだ後、多治見工業専攻科で窯業を学び、加えて京都市工業試験場窯業科で釉薬の研究。
1983年 陶芸家 河井武一に師事
1985年より制作を始める

釉薬の美しい作品に心うばわれたのが2年前。
今回私共で展示会をして頂くことになりました。
案内状に使わせて頂いた6角鉢も、美しいフォルムと色彩が相まって、独特の雰囲気を醸し出しているのです。
花染の2Fに並ぶ光景をお楽しみ頂ければ嬉しいです。


 12月には正月の仕度の為の展示会を致します。
「お正月・伝統と現代の融合」
うるしの器・晴れの器・山田浩之の器

  

日本の美しい「うるし」を手に取り感触を味わって下さい。
三段重。丸重、雑煮椀、盛皿、そば腕、椿皿、そして片口など・・・。
お正月を待つ心が見えます。

赤絵の古典的な器に古来の人々の思いが詰まっています。
古伊万里・天啓群馬図の丸皿・7寸皿・4.5寸皿

そして山田浩之の器
赤絵孔雀大皿に彼の才能が見えます。徳利、ぐい呑み、抹茶碗に土味の美しい白の釉薬が清らかさを添えます。


日本人にとって、大きな節目のお正月を無事に迎えられます様、心を込めたいと思います。
赤地健・径氏の斬新な干支の置物。元旦より3ケ日の祝箸。吉野杉の香りの高い利休箸など、お正月にふさわしい品も揃います。
今年も残り1ヵ月半となりました。何かと不穏な世の中ではありますが、せめて家庭は暖かい空気を保ちたいと思います。
寒くなる日々をどうぞお大切にお過ごし下さいませ。さざんかの花が垣根を美しく彩っています。少しだけ手折って店に生けました。

  

余談ですが、小さな『花染通信』を出すことにしました。展示会と連動して書きたいと思っています。
Vol.1は「細江義弘 木の仕事展」
Vol.2は「廣内俊之 作陶展」 です。
10数年前に発行していた「花染通信」にはとうてい及びませんが、店に置いてありますので、気軽に一読して頂ければ幸いです。

  


 2017年(平成29年)10月4日

一年が過ぎるのが早い事。10月の声を聞くと、花染はもうお正月の心がまえをしなくてはいけません。
デパートは、おせちの準備が始まり、いやおうなく気持ちをせかされます。食品売場に並ぶ秋の実りは豊かです。松茸、栗、梨、大きなぶどう、りんご、早生みかん・・・などなどで溢れています。
世界に誇れる、日本の四季、日本列島のすばらしい自然が作り出す味覚に我々は感謝し、山の幸、海の幸を頂きます。

島本町も、丁度いい季節を迎え、毎年、この光景にいやされ、優しい気持ちにさせてくれるのです。暮らしのすぐそばの道端で、小さな草花を見付けるもの、この田舎ならではです。

     

ところが、今そこかしこでマンション建設の大きなクレーンがそびえ立ち、工事をしています。大きなマンションが、ニョキニョキ立ち上がるのも時間の問題です。心が痛みますが、こんな良い街へ引越して来て下さるのは嬉しい事でもあります。子供さんを育てる世代も、ここ数年多くなりました。年配の人々にも、お若いに人々にも優しい街・・・なんて何かのキャッチコピーの様ですね。

話は変わって
9月のまだまだ暑い1日、大阪「新世界」通天閣に初めて行って来ました。大阪市立美術館へ出向いたついでに立ち寄ったのです。かねがね行って見たいと思っていたのですが・・・。

     

これぞ大阪があふれていて面白くもあり、楽しくもあり嬉しくなりました。よくテレビで見る通天閣は、ちょっと野暮ったく、それが又、妙味でもあり不思議な大阪でした。
私達の住む街は、大阪の中でも北摂と言われる地域で、文化も暮らしも、少々異なっていますが、外部から見る大阪は、こんな感じで受け留められているのでしょう。
外国の観光客が溢れ、街の様相は異国の雰囲気をかもし出していました。
やはり、ここへ来れば「串かつ」でしょう!!思いのほか美味しく、好奇心を充分堪能した楽しい時間でした。

そろそろ新そばが食べられる季節です。そばの香、風味が一段と上がり、そば通を自称する人々にとってはたまらないのでしょう。
いろいろの場所で、おそばは頂くのですが、40年程昔、信州・飯田市へ月に一度3日間程出張していた時期がありました。りんごの白い花が美しく咲く季節は、ことのほか好きでしたが、おそばと馬刺しを楽しみにしていました。おそばは言うに及ばず、あの透明な赤い馬刺しも忘れられない思い出です。

そばの思い出は数々ありますが、祖母が縁側で打つポッテリとした田舎のなつかしい味。そして舩木倭帆先生が愛した出雲のそば。どれもなつかしく、心地よく思い出されます。

京都・桂にある若きオーナーが営むそば懐石の店は、又、格段に美味なのです。若きオーナーと親しくさせて頂いているのですが・・・。器の風情、佇まい、そしてその凛とした姿は、まるで修行僧の様でもあるのです。
懐石を学び、そばを学び、1品に込める思いには精神が宿り、見事にすべてが調和していると思うのです。
新そばのシーズン中に、今一度お伺いできればいいナァ~と思っています。

話はあちこち飛びますが・・・
先日(9/25)「ダンケルク」と言う映画を見ました。映画をたびたび見ていると、必ず予告編を上映しますヨネ!その中で、どうしても心引かれる作品に出合ってしまうのです。
「ダンケルク」という意味を知った時「是非見たい!!」とわき上がるものがあり・・・それは、やはり戦争映画です。

第二次世界大戦・・・ドイツ軍によって、バルト海側・ダンケルク(ドイツの地名)に追い込まれた、イギリス、フランスなどの連合軍の兵士を救出しようとする実話です。
生と死が隣り合わせの全編、息をのむ緊張感に、気が付くと手を固く握りしめていました。
この事実は、深く歴史の中に埋もれていたのでしょうか。この映画監督は「長年これを映像にしたかった!!」と何かで読んだことがあります。ヨーロッパ戦線にも幾多の悲劇があり、多くの人々が生と死を分けたのだと思うと、人類の底深い悲しみを、戦争の罪深さを私達はもっと知らなくてはいけないのだと思うのです。

最後の字幕が流れる中に「ダンケルクの救出にかかわり、人生を左右されたすべての人々にこの作品を捧げる」
この意味の深さ、そして実話ならではの事実に、重い人類の宿題を背負って帰りました。

10月展示会を致します。


細江義弘  木の仕事展

暮らしに寄り添って。。。



2017・10・17〔火〕 - 10・28〔土〕
10:30 - 17:30  22日(日)・23日(月)休み

細江さんと木の仕事をさせて頂いて33年。たくさんのお客様のお宅に
無垢の木の家具を作らせて頂きました。
楽しい物作りの日々でしたが、今回は小品展です。
椅子・子供椅子・小引出し・盆・膳・茶托・トレーなど・・・、
手に取り感触を味わって頂ければ嬉しいです。秋らしい空気の中で
皆様にお目にかかれます事を、心よりお待ち申し上げております。



春から、のびのびになっていた第4回島本「一箱・古本市」が、11/18(土)・11/19(日)と決まりました。大好きな催物なので、首を長くして待っていました。
島本町、内外の本好きのお若い人々で運営なさるのですが、私もその中に加えて下さっている事が、とても嬉しく感謝しています。
その上「第三・土曜市」と重ねて展開してくれると言うのが、又、又嬉しいです。たくさんの内・外の人々が往来してくれるのですヨ。
本を集めてもらう為、兄姉、友人などに声をかけるので、とんでもなくたくさんの本が集まります。
当日は、花染の店の前に大量に出展致します。ぜひ、阪急水無瀬駅かいわいを、ぶらりと「古本市」をめぐって下さいませ。

このところ、窓を全開し、心地よい風を取り入れ、ちょっと冷たくなった空気を胸いっぱい・・・すがすがしい季節です。
これから木々も色づき、日本列島はすばらしい季節になります。
山ほととぎすの小さな花を鉄絵唐津の徳利に入れてみました。こんな小さな幸せが長く続く事を切に願っています。
お風邪などにお気を付けてお過ごしくださいませ。そして、どうぞ花染へお遊びにお出かけ下さいませ。

  


 2017年(平成29年)9月6日

暑い暑い夏でした。日差しは強く連日の太陽に、自然もお疲れ気味。私達も疲れています。でも一週間前から、赤とんぼが元気良く目の前を飛んで行きます。以前は空中を群れをなして乱舞していたのですが、近年は数匹が飛び過ぎるのを目にするばかりになりました。
確実に夏は終わりを迎え、わずかずつ秋の気配を肌で感じる様になっています。自然が暮らしのすぐそばにある島本町では、その秋の気配を1ツ1ツ見付ける事も楽しみなのです。

楽しみと言えば、私共の裏庭のバッタの事ですが、3匹もいるのです。何を食べているのか分かりました。水引き草、二葉葵の葉が、虫食いの穴だらけになりました。そのおかげで、3匹のバッタは随分大きく育ちました。何とも複雑な思いです。

  

昨年1匹住み着いたバッタが土の中へでも子供を生んだのでしょう。生命の連鎖とは言え、来年はどうなるのでしょう。これ以上多くなると、外の草むらにでも放ってやらないと・・・裏庭の植物が見苦しくなってしまいますね。
何だかのんびりした話ですが、こんな事でも考えていないと夏の疲れで気持ちがカサカサして来ます。

話は変わります・・・。毎年8月はテレビで終戦特集を、思い出した様に放映します。若い頃から、戦争の悪、人間の悪に強く引かれ、ずっとずっと見続けて来ました。「そうだったのか!」と信じられない思いで悲しみを抱え込む事も常でした。
今年も、形を変え品を変え、連日の放送でした。すでに知っている事、新たに資料として出て来るもの、知れば知る程、憂いは深くなってしまいます。

8/ 5(土)ETV特集    「告白・満蒙開拓団の女たち」生還の秘密 
8/ 6(日)NHKスペシャル(再)   「ドラマ東京裁判」人は戦争を裁けるのか。
    世界11ケ国の俳優が挑む壮大な人間ドラマ
8/12(土)NHKスペシャル    「本土空襲・全記録」
8/13(日)NHKスペシャル   「731部隊の真実」
8/13(日)BS1    「なぜ日本は焼き尽くされたのか」
8/14(月)NHKスペシャル    「知られざる地上戦 樺太の悲劇」
    樺太地上戦 戦後7日間の悲劇
8/15(火)NHKスペシャル    「戦慄の記録 インパール」
8/19(土)NHKドキュメンタリードラマ    「華族 最後の戦い」
    天皇の退位を阻止せよ
8/20(日)NHKスペシャル    「東京・戦後ゼロ年」

これだけのものをお勉強するがごとく、一気に見てしまったのです。私はちょっとおかしいですかねぇ~。
気持ちは沈み、腹立たしさにあえぎ、私の心と体を席捲してしまったのです。

歴史には、「もしあの時・・・」はありません。
若かりし頃、三浦綾子の「天北原野」を読んだ折、あまりに悲惨な、樺太からの引き上げを目の当たりにしたのです。
日本が戦争を検証しないで、高度成長を遂げた頃だったのでしょうか。知らなかった事実を少しでも知りたい・・・と若い心が、そう思ったのでしょう。事あるごとに興味を持ったのですが、知る事とは、人間の悪を知る事だったのです。
そして、戦争という事実は、それから何十年消える事のない悲しみと憎悪の歴史だったのです。

夏休み中、落ち込んだまま日々が流れ、辛さは長く尾を引いてしまいました。

しばらくして、ちょっと助け舟になるかも知れないと思い、借りていた「あん」(ドリアン助川著)を読んでみました。
ドラ焼きの「あん」なのですが・・・しかし読み進むと、やはり哀しみを背負ってしまうのです。

  

    街の小さなどら焼き店に働き口を求めてやってきたのは、徳江という名の高齢の女性だった。
    徳江のつくる「あん」は評判になり、店は繁盛するのだが・・・。
    壮絶な人生を経てきた徳江が、未来ある者たちに伝えようとした「生きる意味」とはなにか。
    深い余韻が残る、現代の名作。
       (本のカバーに書かれているものを引用しました)

日々、森羅万象すべてを体で感じる事が「生きる。。。」と言う事だと私は解釈しました。薄い文庫本なので、機会があれば読んでみて頂けると嬉しいです。

そうそう先日「関ケ原」の映画を見て来ましたヨ。司馬遼太郎原作の大ベストセラーの映画化です。
石田三成を「正義を信じ、愛を貫く純粋すぎる武将」として中心に据え、徳川家康を「野望に燃え、天下取りをもくろむ武将」として対局で描く手法でした。

  

スクリーンに写し出される大スペクタクルアックションは、息をつくのも忘れるかの様な迫力でした。
「不義と正義の戦い」に挑む三成は、岡田准一そのものであり、ほとばしる熱い姿となって、激しく、とても魅力的でした。数年前の大河ドラマ「軍師官兵衛」以後、岡田准一君にはまってしまって。。。ミーハーと言われようと彼の作品は、ほとんど見ています。

  

終盤、刑場に向かう馬上で、グッと前を見据え、「これぞ正義なり・・・」と放つ言葉は、静かでもあり激しくもあり、この映画のすべてだと思ったのです。この最後のシーンに、スクリーンのこちら側も胸に熱いものが込み上げ、涙を流してしまいました。歴史の中に見事に生き、使命を全うした雄々しき姿でした。
「映画って本当にいいですねぇ~!!」

9月は展示会を致します。

 
9月の展示会

エスニックの布と道具を集めて
手つむぎ布・デュバタなど



2017・9・19〔火〕 - 9・30〔土〕
10:30 - 17:30 日・月定休日

 東アジア、西アジア、アフリカなどの布が大好きで、花染の2Fで 
 長年、扱って来ました。日本では失われつつある素朴な手仕事が
 まだまだ生き生きと存在するのです。                 
 テーブルクロスにしたり、お部屋の間仕切りにしたり、ショールにし
たり ・・・と多用な使われ方をすると、おもしろいと思います。  
 どの様に自分の暮らしと向き合うか・・・とのヒントを探して頂けると
 ありがたいと思っています。                       

9月に入って空の色、雲の形状に変化があらわれています。道端に自生する「すすき」も穂を出し、風に揺れています。

     

右の写真は、9/3、日の出前の東の空です。あまりの美しさにシャッターを切りました。
日本の四季は、そして日本列島は美しい国です。

季節の変わり目は特にお大切にお過ごしくださいませ。いつもありがとうございます。


 2017年(平成29年)8月2日

7月の豪雨は、各地に大きな被害をもたらし、今なお人々の暮らしを脅かしています。長い時間をかけて築いた大切な生活を失い、人生そのものを危うくしてしまう災害に心が痛みます。国会でのチンケな騒動は、弱った人々の心を一層逆なでするかのごとくです。

国民は総じて、健気に一生懸命に生きています。

島本町に、私の知る限り4つの障害者施設があります。
その中の施設「やまぶき園」が私の住まいのすぐ近くにあります。私が朝、自転車で店へ向かう道を、10~15名くらいの園内の人々が、反対方向から寄り添い助け合いながら帰って来るのと出会うのです。

水無瀬駅前周辺、そして街の中も、早朝からお掃除をしてくれているのです。仕事を終え、帰って来るその姿に声をかける事はないのですが、私は自然に軽く頭を下げます。心に優しく響くのです。得も言われぬ、私自身の至らなさに気づかされるのです。

「わくわく」と言う施設の施設長さんである女性と親しくさせて頂いています。ほんの小さな施設だったものを、前任者から受け取り、国、大阪府、そして理事長などの大きな補助と支えと、何よりも彼女の努力・情熱が相まって、形ある成果著しいものにまでなさったのです。

私としては、この数年、多くの質問をくり返し、教えて頂きながら内容を手掛かり程度に知ることが出来ました。
ほんの入り口程度でもたもたしているのが私の現状ですが、何も知らない事は罪悪に等しいと感じたからです。
彼女の行動力は、常に前を向き、今なお、どんどん進化して行っています。」

「すばる」と言う施設もあります。まったく存じ上げなかったのですが、「島本一箱古本市」を通じてお知り合いになり、その後、私達「第三・土曜市」にも協力を頂くことになりました。
こだわりの平飼いのにわとりの卵、そしてこだわりの牛乳で作られた「プリン」は、この近辺で有名で、とても「美味しいヨ・・・。」と知ってはいたのですが、1年前から、第三・土曜市でお売りして下さっています。本当に美味しいのですから・・・!

皆、自分達の足もとを見ながら、一生懸命生きています。
メディアを通して見る日本の国の政治家達のていたらくに悲しさと同時に憎悪すら感じます。

話は飛びますが・・・
京都祇園祭、宵山7/16(日)へ暑さにもめげず出かけました。ちょうちんが灯るには少々早い時刻ではあったのですが、それなりに風情を漂わせ、お祭り気分の充満する中をぶらりぶらりと楽しみました。大勢の人ごみと暑い日差しにちょっと参りましたが・・・。

       

年々変化しつつある日本の文化、伝統ではありますが、千数百年町衆がこの祇園祭にかける情熱とエネルギーに感嘆するばかりです。

この美しい日本を、奇跡の日本列島を大切にしなくてどうするのですか?と問いただしたい思いにかられます。

花染の裏庭の小さな宇宙でも、小さな営みが花開きます。メダカの卵が、小さな子供にかえりました、お客様に差し上げた布袋草の根の中で卵が育まれていた様で、「5匹生まれて、チョロチョロしている・・・!!」と嬉しい話を聞かせて下さいました。

   

花染の布袋草を別に移したバケツの中でも3匹、チョロチョロ可愛い子供が泳いでいます。目に留まりにくい程の小さな小さな生物ですが強い生命力を感じます。

2~3日前、小さなバッタの子供も見付けました。昨年裏庭に生息していたバッタの子供かも知れませんね。そう考える方が嬉しいです。
2cm程の小さな体ですが勢い良く飛びはねています。みずみずしい緑色の体は、生きる力の素晴らしさを教えてくれます。
私たちの商店街も、花染も、力いっぱいのエネルギーを分けてもらいたいものです。

   


  ☆ 第一・土曜市  8/ 5(土) フリーマーケット
  ☆ 第三・土曜市  8/19(土) 手づくり市 

暑い中ですが、負けない心で皆さんと共に頑張ります。
どうぞお出かけ下さいませ。

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<<花染の夏休み>>

8月13日(日)~8月17日(木)
毎週日・月曜日定休日

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中村真紀さんの器にコーヒーゼリーを入れてみました。
少し涼しさを感じとって頂けましたでしょうか?

   

さすがに島本の冷たいはずの風も熱を帯びています。
せみしぐれの中、さるずべりの花が夏を謳歌する中、今日もうぐいすが「ホーホケキョ」と鳴き、ちょっと不思議な佇まいです。何だかバランスがおかしいです。

そうそう、又、又とても素敵なものを買ってもらいました。実物そのもののように型どられた金工細工の”さわがに”です。私の8月の誕生日のプレセントに・・・。ずっと欲しかったのです。

   

店の能書きを読むと、1838年、京都寺町二条で開業。錫をはじめ各種金属素材を用い、煎茶道各御家元御好、神社荘厳品を製作。今日、現代感覚に溢れた金属工芸の専門店として・・・云々と書かれています。

店の前を通る度、気にかかり、心引かれる日々でした。毎日が嬉しく、私のとっておきの一品になりました。

どうぞこの厳しい夏をお大切に、お過ごしくださいませ。
いつもありがとうございます。




  2017年(平成29年)7月10日

梅雨の季節、近年は全く過去と異なった様相です。気温は異常に高く、すさまじい雨の日があったり。。。
そして先週は九州の「かつてなかった大雨」と記録的な豪雨に甚大な被害・・・とメディアが報道する映像は目を疑う様なありさまです。
梅雨空を見上げ、どんよりと重く降る雨にちょっと気持ちはめいりますが、決して嫌いな季節ではありません。ただ、毎年の様に大きな災害となる事には悲しくなります。

島本町は、私の知っている限り、過去あまり大きな災害は起こりませんでした、山が近く、雨の後の自然界の緑は、鮮やかに蘇り、水を含んだ景色は、しっとり息を吹き返します。水田や水路はたっぷり豊かな水をたたえ、なお一層、うるわしさを増します。

私達が子供の頃、梅雨の大雨の後は、とても楽しかった思い出があります。普段より水かさを増した小川の中へ入り、何をするのか遊びに興じました。
現在の様に、コンクリートで固めたものでなく、岸には草が生い茂り、水草が水面に揺れる中を、子供達は、恰好の遊び場にしていました。小動物もいっぱい生息していました。
大雨の後は、空気もひんやり、肌に心地よかったナァ・・・。と体感した思い出は昨日の様によみがえります。

島本町は、今、マンションラッシュです・・・とこの頁に書きましたが、まさに販売合戦です。
その中に「アーバン里山シティ」との名称で売り出されている、そのポスターを目にし、釘付けになってしまいました。「島本という選択が人生を変える」一瞬、たじろぎました。そのキャッチコピーのうまさに、いたく感心してしまったのです。

関西電力のグラウンド跡に建設中の、とても環境の良い場所です。少し高台にあるので、街全体がパノラマの様に開け、三川合流、淀川の水流が見事に見渡せると想像します。
この7月になっても尚、うぐいすが美しい声で「ホーホケキョ!」と愛らしく奏でる、この島本町は貴重は存在です。
ゆるやかな光景の中で、いつまでもゆるやかに暮らせる街であります様、開発業者に、心より願うばかりです。

先月末より、海老蔵さんと麻央さん、お2人のお子様達の報道に涙しました。けなげに、前を向こうとするご家族の姿に、もらい泣きしてしまいました。亡くなると言う事は、地上からまったく姿を消してしまうと言う事なのです。大切な人への愛は、誰しも同じだと思うのですが、私も8年前、姉を乳ガンで亡くしました。60歳過ぎの、まだまだやり残した事がいっぱいある年齢でした。

私の近くに住まいしていたので、刻々と進行してゆく病状を目の当たりにしました。最初は、それでも元気に暮らしていたのですが・・・。
姉の姿に私も、大きな悲しみを抱え込んでしまったのです。今も、涙があふれます。
年を重ねる事は、1人ずつ大切な人を亡くす事なのだなぁ~と心が痛いです。私自身も、家族も、何がおこるか知れない。。。と言う事に身がふるえます。友人もそうでした。4年間の闘病生活を克明に記憶しているので、その歳月が昨日のようにオーバーラップして、苦しいのです。
とても優しくて明るい、面倒見の良い人でした。山ほどの愛を頂きました。

   

蓮の花は、なぜか浄土の香りがします。清廉ゆえに、そう感じるのでしょうか?一輪の蕾に心惹かれ、買い求めました。
いろいろの意味で、今は、すぐ涙があふれます。いけませんね!!

6月に見た2本の映画。「海辺のリア」、「マリアンヌ」。前者は仲代達矢。後者はブラッド・ピット、マリオン・コティヤール。

       

両作品とも、生きる事の愛と哀しみは深いのです。
「マリアンヌ」は、第二次大戦下、立場を超えて愛し合う男女に降りかかる過酷な運命を描いた、壮大はラブロマンス。
マリオン・コティヤールが、往年のハリウッド大女優たちも息を呑むほど美しい。
ブラッド・ピットが「若者を戦場に送り出した人間たちへの風刺」と語る通り、時勢に翻弄される二人のスパイの目から、人間性をはぎ取られていく極限状態としての戦争を精緻に描写した骨太の歴史劇でもある。・・・とは、この作品の評の引用です。
ブラッド・ピットの強く優しい男、そして熱いのです。こんな事に勇気をもらいます。本当に映画っていいですね!!

話を転換致します。
又、又、商店街に「第一土曜フリーマーケット」を立ち上げました。
7/1(土)が初回でした。裏方に徹するつもりでしたが、かなりショボイ1回目となってしまったので、これではいけません。
基本的にはリサイクル店なのですが、始めた以上は、もっともっと楽しいマーケットに進化させて行きたいと思っています。

       

次回は8/5(土)です。もう目の前に第三・土曜市 7/15(土)を控えています。暑い中、かかわって下さる人達に感謝です。

まだまだこれからが夏本番です。
この暑い日々を心地よく過ごすべく涼し気なガラス器を店内いっぱい常設しています。ちょっと一品、素敵なガラスと出会って下さい。

           

京都はもうすっかり祇園祭に彩られています。今年は、16日(日)宵山・17日(月・祝日)山鉾巡行と休みと重なったので、すごい人であふれる事でしょう。
私も。毎年ちょっと早めに長刀鉾の「ちまき」を買いに行きます。我家と店の玄関にかけて、1年の無病息災を願うのですが、最近、辛いことがいっぱいですので、ちょっと疑問符ですが・・・。でも、やはり夏には欠かせない行事と思っています。

この「日常つれづれ」を書くに当たって、かなりの情熱が必要な事が良く分かりました。今年に入って、以前の様に五感がうまく作用しないのです。「ふっ」と気持ちがへこんでしまっている自分に気がつくのです。こんなこんなでお許し下さい。

しかし目の前の暮らしを大切に、丁寧に日々を送る事だけは、忘れない様にしたいと思うのです。
すなわち、これが「民藝」なのです。美しい・・・と言う事だと思うのです。
裏庭の「水引き草」がみずみずしい葉をしげらせて咲いています。日本は美しいです。

   




 2017年(平成29年)6月4日

日本中、心地良い緑があふれていますね。とっても嬉しい事があります。この頁に、裏庭の紗羅の木の話を、たびたび書きますが、5/30 美しい可憐な花が2輪咲きました。昨年秋に植え、気が付くと小さな蕾をたくさん付けていました。今か今かと待っていました。突然!花開いたのです。

  

それから毎日、花の数を増やしています。紗羅の花は別名「夏椿」とも言われます。私共の木は、ヒメ紗羅と言う種類で、直径3cm弱の小さな花です。弱々しい花の姿は、そそとした風情を醸し出しています。

昔から関西のお寺などでは、この6月「紗羅を愛でる会」があったりするのですよ。
私も、ある新聞の編集者の方からご案内頂き、高槻・富田のお寺へ伺ったことがあります。しっとり苔むすお庭に対面した廊下に座り、苔の上に落ちた紗羅、木にはかなげに咲く紗羅と、ただじっと数時間共に過ごした事があります。静寂の時を刻む、小さな宇宙は、今なお忘れられないひとときでした。

京都では、古くから妙心寺で、この「紗羅を愛でる会」が催されている・・・とお聞きした事があります。
ひとりで、そっとお伺いし、静寂の時間を持つのも良いのではないでしょうか。

この田舎町にも、美しい光景が広がっています。田には水が張られ、田植えが始まりました。早苗の中に写る青い空、白い雲、そしてうぐいすが鳴き、かえるが「ゲロゲロ」。つばめも低空飛行をしています。暮らしの中に自然が息づいている事に感謝しています。

  

いつの頃からか、定休日の日曜の朝は、脳が働くモードを拒否してしまうので、1~2時間「ボーッ」としています。その時間の中で、とても楽しみにしている番組「小さな旅」8:00~8:30(毎週ではないと思います)があります。
ほとんどの旅番組は、今やグルメ番組と化してしまっているのをつまらなく感じていました。

その小さな旅は、素朴で人の心を和ませます。地方に生きる人々、そして、その土地でつちかわれた物や自然が本来の日本の風土を写し出しているのです。そこには、人間の傲慢さはきっと存在しないでしょう。

昔からの知恵と工夫で生活している姿が、とても豊かで美しいのです。音楽もいいのですヨ。
今や自然は、自然に存在するものではなく、守るものなのかも知れませんが、番組を見終わると、NHKはいいなぁ~。と思ってしまうのです。

先月5月、河井先生の追悼の展示会をさせて頂きました。
あの作品の風格は、先生のお人柄、品格から来るのだろうと言う事を実感致しました。大きな作品も、小さな器も優しくて気品にあふれていました。

昔、子供の頃、倉敷・大原美術館へ父と旅をした折、工芸館の河井寛次郎、浜田庄司の作品の前の椅子に座り父に「この作品はどうしてこんなに人の心を打つのか?」と尋ねると、父は「作った人の大きさによるものだと思うヨ。」と答えてくれた事を今も鮮明に記憶しています。

大きくありたい。。。と思っても、一朝一夕には事は成りません。
河井久先生の佇まいを忍び、懐かしい思い出と共に過ぎ去った日々を振り返っています。

作品の中に、「黒釉緑流盌」抹茶盌があります。おだやかな曲線に型どられ、漆黒に鮮やかな緑釉が流しかけられています。黒と緑のいかにも爽やかな作品に心を奪われてしまいました。

  

道具は大切なものだと思います。道具が人との結び付きを深め、「この人には、この茶盌でお茶を召し上がって欲しい...。」とつながりを大切にする心を育む様な気がします。

他にも「用の美」...使われてこその美しさを実践なさった作品が並びました。
この小鉢も美しい色で彩られ、側面の呉須の優しい色使いに思わず、手の平に包み込みたい...と思う品でした。
  

作品は、1階の常設に移しますので、今後も是非、先生の作品を手に取って感触を楽しんでください。

 6~7月の展示会

吹きガラスの展示会
西川孝次・小西晃・中村真紀



2017 6・20〔火〕~7・8〔土〕
10:30 - 17:30  日・月定休日

暑くなる6月、少しでも涼やかに暮らして頂きたくて吹きガラスの作品を集めました。私共では、お馴染みの西川孝次・小西晃の作品に加え、一昨年から新たにおつき合いの始まった中村真紀の3人の展示会です。それぞれ作風も雰囲気も異なる方々に日常品としてお考え頂きました。
日本人の細やかな生活を支える作品となってくれる事を願っています。

話は変わって、
花染のななめ前に、ランチのお店が開店します。第三・土曜市に出店して下さっていた若い女性です。3人の、まだ幼いお子さんのいらっしゃる中での歩み始めです。6/19オープンに向け、工事が進んでいるのを楽しみに見ています。

  

1人でも多くの人が来店して下さると嬉しいですね。

第三・土曜市も、これから暑さが身にこたえる様になります。
今、島本町は、マンションラッシュです。島本町が、いかに住みいいかを全面に出しての広告合戦です。
第三・土曜市も、マンション販売のパンフレットに掲載したいと言って下さって、取材が次々やって来ます。
嬉しい様な...人口が増えるのを、ただ単純に喜べない様な、複雑な思いです。

今回の「日常つれづれ」も少々情熱にかけるものとなって様な気が致します。
「不動不変」という言葉を何かで読みました。「いかなる時にも、自分を見失わない。」という意味だそうです。
私は、毎日、自分を見失っています。

そうそう小さな嬉しい事。。。陶芸作家の作った小さな「ねこ」を買いましたヨ。ちょっとひねくれた、のらの感じが
とても気に入っています。

  

いつも本当にありがとうございます。




 2017年(平成29年)5月10日

今年の連休、関西は、ものの見事に良いお天気続きでさわやかな日々でした。長期のお休みの方は、まさにゴールデンウィークだった事でしょう。
島本町は、いたる所でつづじが満開、そして山は緑、空は青、空気は透明、うぐいすは美しい「ホーホケキョ!」と奏で、とても気持ち良い暮らしです。

     

4月、にぎやかだった町長・町議会議員選挙も一段落。32才の若き町長が誕生しました。高槻市との合併は「NO!」との期待を込めた、予想だにしなかった大量の得票数になりました。議会は空転するかもしれませんが、若い力で頑張って欲しいと思います。

私は、連休中も、ほぼ日常と同じ様に仕事をしました。お客様は少ないのですが、雑用が山程ありますので、コツコツ片づけたり、日頃、ご無沙汰や不義理をしてしまっている人にお葉書やお手紙を書いたり、合い間に本を読んだり・・・とそれなりに忙しくしていました。
仕事をこなしながら、チョッと飽きると、気分転換とばかり、裏庭に手を加え、枝をととのえるとホっとするのです。
小さな庭ですが、沙羅の木を中心に、水引き草、あまどころ、椿、二葉葵、やまぶき、ほととぎす、やぶラン、南天、万両、シダなど・・・昨年頂いた山野草のレンゲショウマも芽を吹きました。コケも広げたいのですが、なかなか育ってくれません。新しい命が芽をふき、生き生きと私の心を癒してくれるのです。

     

日常生活は、たわいもない暮らしですが、ほんの身近に幸せは存在する・・・と言う事を大切にしたいものだと思います。

新緑と言えば、いろいろの作家への旅を思い出します。
この仕事をして34年になりますが、寒い季節の旅もありました。そして暑い夏の旅も。でもやはりこの季節、地方ならではの美しい新緑の景色に出会うのは至福の時間でした。

若い頃の、今、思い出しても笑ってしまいそうになるトンチンカンな旅もありました。
15年程前、出雲の石飛先生のお宅では、新緑の5月、先生が山で採って来た「タラの芽」を奥様が天ぷらにして下さって、胃が抜ける程、パクパク頂いた事を恥ずかしながら、懐かしく思い出します。美味しくて、おいしくして、今、尚、五感に残る喜びです。

これからも、健康がある限り、珍道中を続け、作家の方々といい関係を保ち、繋がりを深めていける事を願っています。

そして、盛夏になるまでには、三重県・津でお仕事をなさっていらっしゃる作家の先生の工房へ出かける予定にしております。新しくおつき合いが始まります。又、皆さまに美しい作品をご覧頂けるのではないかと、楽しみと同時に私の励みとしています。

人には山があり谷があります。ちょっと気持ちが折れ気味で、つらい思いから抜け出せず「日常つれづれ」を書く感動が生まれません。
こんな花染も、たまにはあっても良いかなぁ~。すなおに受け留める事に致します。
私の思いとは裏腹に、裏庭のメダカは今日も餌をしっかり食べ、元気にピチピチ泳いでいます。

  

5月16日(火)から河井久先生の作品展です。皆様を明るい笑顔でお迎え出来ます様・・・そして心よりお待ち申し上げげおります。
そして「お母さんありがとう!!」と感謝を込めて・・・。清涼感と共に!

  

田植えの支度がそろそろ始まります。水が引かれ、水面に映る空の色、白い雲、とても美しいです。
いつも、拙い「日常つれづれ」をお読み頂きまして本当にありがとうございます。

  

 


  2017年(平成29年4月12日)
桜の花が美しく島本町を彩り、先週・今週と長い間、私達を楽しませてくれています。3月は寒い日々、天候に惑わされ、4月に入っても桜はなかなか花開かず・・・島本町の桜の満開は4/7~10日頃だったでしょうか。今日現在は桜ふぶきが美しく舞い、しばし春のなごりを享受する日々です。

4/10、急に思い立ち「背割りの桜」と言われる桜の名所へ行って来ました。木津川・宇治川が合流し、淀川への流れが変わる、中洲の堤に、2km近くあるでしょうか、見事な並木が続くのです。2つの川に囲まれ、自然豊かな情景は、圧巻でした。島本町から、ごく近場にあるにもかかわらず、行く事は叶わず、数十年の念願でした。各メディアも取り上げ、年々有名になっていました。

       

写真をアップしましたが、スケールはこんなものではありません。
満開の花が重なり合い咲き競う中に、うぐいすの子供が2羽、戯れ、枝を飛びかう姿を見つけ、あまりの可愛さに喜びの声を上げました。
今年のお花見は、思っても見なかった素晴らしい1日となりました。

花染の彼岸桜も、彼岸の頃に咲くのかと思ったのですが、蕾が膨らんだまま、なかなか開花せず、4月に入ってしまい、やっと3日、4日が最高の見頃となりました。美しい濃いピンクの花は、お客様にも大好評でした。椿の花は今もなお、次々と花開いてくれています。

       

何だか自慢したい気持ちです。もっとたくさんの人に見て頂きたかったのですが、今は、ほとんど散ってしまい、一瞬の喜びに高揚した気持ちは、一気に寂しくなってしまいました。

季節はいっときたりとも止まりません。私がうっかりしている間に気ぜわしく通り過ぎて行くのです。最近は、毎日もたもたしているので、よけいに早く季節が過ぎてゆきます。

毎年「竹の子」をお分け頂く農家の方からも、不順な天候の嘆きをお聞きしています。

足が地につかない浮足立った2月・3月を過ごし、この「日常つれづれ」にも、正直な所、正面から向き合うことが出来ない日常でした

友を亡くした悲しみは大きく、一生懸命走りたい・・・仕事に打ち込みたい・・・との思いとはうらはらに、気持ちはどんどん落ち込んでしまうのです。
友の死は、いろいろの事情をはらみ、尚一層、苦しい日々を過ごす事になります。

その状況に拍車をかける様に人間の深層をえぐり取る様な映画ばかりを見ているのです。
今年に入って、「沈黙 サイレンス」「エゴンシーレ」「手紙は憶えている」「キャロル」「淵に立つ」・・・何とも深い作品です。

テレビとは違う映像の世界は、キャスティングしかり、カメラしかり、人を感動させる力を持っています。
「京都シネマ」と言う小さな映画館が烏丸通りにあります。
ほとんどの作品は、一週間限定、次々といい作品、美しい作品を上映しています。これから4月末~6月・・・まだ続く・・・です。

子供の頃から、本と映画は大好きだったけれど、自慢出来る程でもなく、マイペースの趣味の枠内ですが、しばらく、この映画三昧の日々は続きそうです。
何かにはまる・・・事は大好きなのですが、久しぶりに見つけたこの思いは尚、私の心を深い淵に落とし込みそうです。

そんな日々ですが、仕事だけは待ってくれません。ちょっとだけでも心に明るさを・・・と、店に乗って来る自転車を新しくしました。
私は決して「ママチャリ」には乗らないのです。かっこいい自転車に憧れ、極端にタイヤが細いものにも乗りました。又、不用なパーツは除外したシンプルなものにも乗りました。こだわり続け、京都で見つけ、京都から島本まで乗って帰った事もありました。若くて元気だったのですね。
さすがにそれは出来なくなり、近所でいつも修理など、お世話になっていたブリジストン自転車屋さんで、今までとは全く異なる自転車を買いました。

   

気分転換です。とても可愛いものですヨ・・・。何でも新しくなる事は、気持ちが晴れます。
そんなこんな毎日ですが、何かに元気をもらって日々生きています。
お客様から頂いた可憐な花、裏庭の沙羅の木の芽ぶき、みずみずしいハート形の二葉葵にも優しさをもらいます。

       

自然は本当に私達の傷んだ心を慰めてくれるのです。

 5月の展示会

河井 久 作品展
2017 5・16〔火〕 - 5・27〔土〕
10:30 - 17:30  21日〔日〕・22日〔月〕休み




先生は昨年6月、お亡くなりになってしまったのです。長い年月、先生の工房へ通わせて頂きましたが、もうそこに先生の姿は無いのです。
お伺いしても、とても不思議な思いがします。たった今まで先生のお姿があった・・・と錯覚してしまいますが、お部屋にもどこにもいらっしゃらないのです。
2階のお部屋で、美味しいお茶とお菓子を頂きながら、時を忘れ、お話をお聞きするのは、とでも楽しみでした。
お人に対峙するお姿はお優しく、実に大らかでした。
河井寛次郎から、仕事と、人としての姿を学んだとお聞きしました。それを、ことごとく実践なさった真摯なお人柄に感動するのです。

湖西線の蓬莱の駅まで出迎えて下さる先生にも、二度とお目にかかる事は出来ない事を痛い程知るのです。
共に歩ませて頂いた数十年の月日を大切にしたいと思っています。風格のある河井家伝統の花瓶。健康な美しさの器。たくさんお預かり致しました。
展示会のたびに花染に来た下さいました先生を思い出とともに忍びたいと思います。 

「日常つれづれ」もちょっと辛い話と軽い話で終わります。
これから島本町は、自然が豊かにあふれ、山からのさわやかな風で満たされ、美しい季節を迎えます。うぐいすも鳴き始めました。田舎町ならではの心地良さです。
端午の節句ももうすぐです。ちょっと素敵な「兜」もご用意しました。磁器に素敵な絵付けです。

   

どうぞゆっくりとした時間をお過ごしにお出かけ下さいませ。



  2017年(平成29年)3月8日

先月、2月は、ことのほか寒く冷たかったと思うのですが、そう感じるのは私だけでしょうか。3月に入り、気持ちだけでも立ち上がりたいと願っています。蕾をいっぱい付けた彼岸桜の鉢植えや、椿の鉢植えを買って来ました。ふっくら膨らみ花開く日を待っています。店には、チューリップの花やフリージアの花を活け、春を呼び込みたいとの思いです。

       

今年に入って、大切な人との別れがありました。感謝の思いでいっぱいですが、今はまだ、悲しさだけが身にまといつきます。楽しかった思い出にも、ただただ涙しています。花染を心から愛して下さったし、大きな力で励まし支えて下さいました。お客様から始まった関係ですが、30余年と言う年月は、姉妹のような絆になっていました。
何を思い出しても涙があふれ、寂しさがつのります。この頁に書く事がはばかられたのですが、何時も思い出して上げる事が供養と感じています。

春とは名ばかりの2月、「沈黙-サイレンス」の映画や本の話を書きましたが、吹っ切れない重い、負の部分を背負ってしまいました。
2月、京都シネマの小さな映画館へ「エゴン・シーレ」を見に行った折、私を取り込んでしまう映画のチラシに出会ってしまったのです。

   

「手紙は憶えている」と題するものです。副題に-70年前、家族を殺したナチスを探せ。容疑者は4人。手がかりは1通の手紙のみ。こんな物語が、私をとりこにしてしまうのです。3/11(土)~3/17(金)・1週間限定、上映です。ワーグナーの旋律...が私の胸を打つのです。
戦争と言う悲劇がもたらす悪は数限りないと思います。
遠い昔、子供の頃、父の書棚に見つけた「アウシュビッツ」・「ホロコースト」・「ワルソーゲットー」などの言葉は、私に衝撃を与えました。
それと同時期「アンネの日記」の、この小さな本から受けた人間の哀しみに心打たれたのです。

中学生の頃も、たくさんの本を読みました。田舎の学校の小さな図書館に並んだ、目の前にあるものは、何だって読んだ記憶があります。子供の目に触れるものは、その頃は、偉人伝だったり、世界の名作・日本の名作と言われるものが、ほとんどだったと思います。「レ・ミザラブル」など、やはり負の部分に心引かれました。

高校に入っても、それは変わらず、人間の哀しさ...に心を捕らわれて行きました。
中でも「山本有三」...これも父の書棚にありましたが...父のものは分厚い戯曲でしたので...高校の図書館であったり、本を買い求めたりして読みふけったのです。

彼の言葉、文章の行間からあふれる”生きる事”、”人を愛する事”それらが、そもそも哀しみなのです。胸に今も残る、そしてよみがえる情感なのです。
「山本有三」の本は、それ以後、数十年、読み返す事は全くありませんでした。最近ふっと、あの感傷がよみがえり、作品集を探してみたのですが、今のところ本屋さんで見つけるには至っておりません。

「波」、「女の一生」、「生きとし生けるもの」、「真実一路」などなど、年齢を重ね、この年になってもう一度、読み解いてみたいと思っています。中でも「女の一生」は、どうしても読み返したい一冊です。

我が青春は、それから夏目漱石に気持ちは移って行くのです。

又、又もう1ツ、「罪の声」塩田武士(未解決事件の闇には、犯人も、その家族も存在する。逃げ続けることが人生だった)を買ったばかりです。春の光が暖かくなってから読みたいと思っているのですが...。気持ちがチョッと折れそうですね。

   

島本町は、4月の町長・町議会議員選挙に向けて動き始めました。高槻市との合併...と言う大仕事がかかった選挙と言っても過言ではありません。
小さな町ですので、関心を持てば町政はよく見えるのですが、全く興味を持たない人々も多くいるのも事実です。

この数年、若いご家族が多く引越して来られたり、家を建てたり、環境も変化して来ました。多くの人達は、この島本町の自然や空気を大切に、暮らしを「ゆるり...」との思いが強いのではないでしょうか。
しっかり候補者の政策を聞き取って欲しいと思います。

JR島本駅の西側、農業耕作地も動き始めました。マンションが建設され、病院が移転...との情報です。
反対運動も幾度か起こりましたが、まったく機能せず終わりました。せめて美しく開発されて行く事を願うばかりです。

明日3/9(木)から「山ぶどう手さげかご展」です。

           

山ぶどうで編まれる手さげにも上等、普通、それぞれ異なっています。
自然界のものなので、1ツ1ツ個性があり、上質の素材のみを集めて編まれた作品は、編目も美しく仕上がります。
反対に、素朴で荒々しい野趣味あふれる篭も、とても魅力があり、それぞれ甲乙つけがたいと感じています。

古布(古裂)を取り合わせて、とても愛らしい巾着も作って頂きました。絣・大島・絞り・型染・酒袋などの布を使用し、丁寧な美しい仕事をしています。手さげかごと上手くマッチングして欲しいと願っています。

       

お客様にもヒントを頂きました。
ご旅行に出かけて、お料理も美味しく頂くのだけれど、そんな折、お気に入りのぐい呑みがあれば、より嬉しくなる...。この巾着に、ぐいのみを包んで持参したい...と。教えて頂きました。

   

このご夫婦は、舩木倭帆先生の大ファンでいらっしゃるので、先生の作品の衣となる事を想像するだけでも、私は幸せを分けて頂く心地が致します。
いろいろの幸せがあります。ちょっとした、こんな嬉しい出来事もあるのです。
丁寧に暮らす幸せ。目の前にある幸せを大切にしたいものだと、改めて感じさせて頂いたお話でした。

桜の開花予想も出て、関西は3/28頃。満開は4月に入って...との事です。季節は着実に進んでいます。もう少しで春爛漫の日本の美しい景色が広がります。

展示会に...と思わないで、お遊びにいらっしゃる感覚でお出かけ下さいませ。お目にかかれますことを心よりお待ち致しております。



 2017年(平成29年)2月13日

毎日毎日が冷たくて、体も心も縮んでしまいそうです。2月3日節分、2月4日立春。
皆様のお宅では豆まきをなさいましたでしょうか。毎年季節がめぐり、日本の美しい習慣は続いて欲しいと願っています。
食べる豆の数が、どんどん増えて行くね...と、この会話も毎年くり返されます。明らかに日差しは春めき、木々の芽もしっかり身支度をして春を待っています。

   

でも、どか雪が降ったり、3月下旬の暖かさだったり...これも地球温暖化と言うから大変です。自分自身の足元を、今一度見直さなくてはいけないでしょうね。

豊かさとは、いったいどの様なものでしょう...。

1月21日の商店街「第三・土曜市」で京都・大原野の豊かな恵の野菜を、イベントとして売らせて頂きました。
花菜(菜の花)・ほうれん草等々を買って帰り、その夜、「菜の花のからし和え」をさっそく作りましたが、えぐみもなく、優しく「メチャメチャ美味しいねぇ~。」と思わず幾度も口をついて出てしまう感動の美味しさでした。

風情豊かな器に盛り込み、佇まいを良くし、ゆるりと頂く幸せは、日本ならではの季節感です。思わず、大原野の野菜作りの方にお礼のメールを送りました。お返事があり、「有難うございます。本当に励みになります。2月も期待に応えられるよう頑張ります...。」とのありがたいお言葉に感激しました。
この豊かさこそ「第三・土曜市」のなすべき事とあらためて胸に刻みました。

話は変わります。
1月30日「沈黙-サイレンス-」を見て来ました。
若い20才代の頃、遠藤周作の原作を読みました。その頃、「人間の強さ、弱さ、そして何とこの拷問の凄まじさ・・・」人間が考えつく残虐な行為に対する悲しみを重い心で受け取った記憶がよみがえりました。

こう言う重い本は決して忘れない性格なので、こんな時、辛い日々をしばらく過ごしてしまうのです。映像では、あまりにリアルすぎ、苦しい思いをするので「映画は見にいかない・・・!!」と言っていたのですが、映画館にかかったのを知り、やはり行く事になってしまいました。

全編、息をするもの忘れる情景の連続に、深い感動と悲しみ、そして宿題を与えられてしまったのです。

   

洋画とは思えない、監督の並々ならぬ、この作品への想いを、日本人俳優の名演と共に苦しみながら拝見しました。2時間半、日本人として苦役をいっしょに背負ったかの様で、涙など流す余地はありませんでした。
一生懸命画面に見入ってしまったのです。今も映像が頭をよぎり、目の前にチラ付きますが、このくらいの宿題を人間は背負うべき...とも思います。

私達自身の中にも、重くて辛く悲しい出来事はたくさんあります。それらをひきずりながら、そして立ち止まりながら、又、ふと心が折れそうになる事もありますが、人々の絆によって支えて頂き、前へ進むのです。

それとは対照的な、春の様な本に出会いました。
先日、本屋さんで『「柚木沙弥郎」-92年分の色とかたち-』を見つけました。『民藝からアートへと飛躍した92歳の染色家の美意識と哲学』...と書かれていました。

       

ずっとずっと以前から、舩木倭帆氏・柴田雅章氏を通じて存じ上げていましたが、一気に一日で読み切り、明るい光で照らして下さった思いです。
「日常つれづれ」にも、何度となく柚木氏の事を書かせて頂いた事がありますが、アートも文章も、人となりも、彼をとりまく人々の絆にも感動致します。
私が最初に柚木氏の文章の素晴らしさに出会ったのは、舩木倭帆氏の「吹きガラス」(1990年発行)の本の中の序文として書かれたものでした。

   

彼は、舩木家3代(道忠・研児・倭帆氏)に渡って親交がおありになり、その強い絆を、情感あふれる、人の心にしみ渡る文章でつづっていました。
道忠氏の雪の中のお葬式の場面の情景は、民藝に携わる人々の悲しみと共に、私の胸の奥深くにしみ入ったのです。
こんな美しい言葉を紡ぎだす人の内側には、美しい佇まいがあるに違いない...といつも尊敬しているのです。舩木倭帆先生も美しい言葉を持っていました。
美しい事、哀しい事、辛い事...そして深く悩む事、この負の心情が、人の内面を作るのだと私は信じています。

2月9日(木)からギャベ展が始まっています。18日(土)までです。美しいじゅうたんを2階いっぱいに広げています。ゆっくりと感触を楽しんで頂けますと嬉しいです。

   

店には、おひな様も飾りました。春の花を生けて、皆様をお待ちしております。

   

3月ともなると、きっと暖かくなる事でしょう。

  春の佇まいの中で
山ぶどうの手さげかご展
2017.3・9〔木〕~3・18〔土〕 12日〔日〕・13日〔日〕は定休日
10:30~17:30

   

山ぶどうの皮から編まれる手さげかご・小物などを店でお売りさせて頂いてから約30年くらい経つでしょうか。
初期は、型・サイズは一定のものでした。大・中・小の手さげをお好みに応じてお選び頂いておりました。

明治の頃は、一ツの産業として、輸出品として編まれた...とお聞きしました。日常使いの物入れなどだったのでしょう。東北だけでも500人程の職人さんが居たと言う事です。日常品は丈夫で長持ちしなくてはいけません。海外の人達も驚く手仕事だったと想像します。
しかし例にもれず、時代が進み、プラスチックなど化学物質があふれる様になると同時にその仕事は廃れかけ、職人さん達が減少してゆく中で、女性の為の手さげかごを創案したのです。

その美しさと、丈夫な使い心地は、少しずつ世の女性に浸透して行ったのです。私が店を始めた1983年頃は、ほんの一部の女性達の中でのみ使われておりましたが、徐々に人気が出はじめ、ご注文頂いても、数か月待ちという状況でした。
その後、中国産のものも売られる様になり、市場は少々荒れ模様でした。
私は東北地方にこだわり続けたのです。雪深い山里で自生する、四季折々の自然の恵みを大切にしたかったのです。

今では、作り手も、男性、女性と巾が広がり、サイズ、模様など、あらゆる工夫がなされ、美しい作品へと仕上がっています。
使われれば使う程に味わい深くなり、艶を増し、100年以上と言う年月、使用可能とは驚きますね。

展示会には、私が30年使用している手さげかごを持って来ます。自分に馴染み、その人の顔の様に変化する様子は愛着もわき、とても可愛いものです。
大切に、でも普段使いにして頂ける事が何より嬉しい事だと思います。

たくさんの巾着も作りました。大小さまざま色彩とりどりです。バックインバックも工夫を凝らし、ご用意致しました。是非お好きなものを見つけて下さいませ。

       



 2017年(平成29年)1月25日

新年が明けて、またたく間に1月も後半に入りました。1月の行事は、すべて終わってしまいました。
あとは春を待つばかりです。
そして今日は25日。昨年12月後半から1/20まで、花染のHPが開かなくて、お客様から、たくさんのお電話を頂きました。ありがとうございます。。。と本当に申し訳ございませんで。。。と。
関西では、こんな「mistake」を「どんくさい!!」と言います。どこか間が抜けて、時々とんでもない事になってしまいます。
これが新年の始まりですから、先が思いやられます。これからも、どうぞ末長くおつき合い下さいます様、よろしくお願い致します。

でも、しかし。。。年を重ね尚、新たな発見がある事にも気が付きます。
今までとは異なった感性で物事をとらえる事が出来たりすると、喜びと同時に力がわいて来るのです。年と共に体力も気力も衰えます。だからこそ、自分の気持ちを高めやさしさと余裕を持って、又一年頑張って見たいと思います。
店へ来る途中の道端の蝋梅の花が冷たい風の中で芳しく香っています。私も例年のごとく、切り干し大根をベランダにつるし、冷たい風とお日様をいっぱい受けて美味しく仕上がるのを待っています。やはり日本の四季はいいですねぇ~。

  

1月はもうすぐ終わってしまいますので、今月の「日常つれづれ」はこんな感じでゆるく・・・ゆるく終わります。

今年、最初の展示会です。
 GABBEH展 ギャベ
南イラン・アマレ・カシュクリ族の人々が織る絨毯
2月9日〔木〕~2月18日〔土〕 12日〔日〕・13日〔日〕は定休日
10:30~17:30

       

私がギャベに出会ったのは約20年前の事です。初めて我家の為に買い求め、その魅力に取りつかれてしまいました。それは、まさしくアートなのです。その上「用の美」も兼ねそなえている事が感動であり、日々の豊かさでもありました。
この後数年、業者さんを探し、まもなく、ギャベを愛する良き人との出会いがあり、2002年展示会をさせて頂きました。
花染の店舗とは別の場所を借り、それは見事な第一回のギャベ展となりました。
イランの遊牧民の女性が体内にDNAに受け継いで来た美しいデザインと織りは、草木染の色と風合いと同化し、ため息をつくばかりでした。
ギャベ展の会場は、自然がおりなす風景のごとく私達の心をとらえたのです。
その後、幾度となくギャベの展示会をさせて頂き、たくさんのお客様のお手元にお届け致しました。
そして、又、又・・・心躍るギャベに出会い、久しぶりに展示会をさせて頂きます。数は少量ではありますが、上質で美しい作品です。
惚れ惚れ眺め、体いっぱい享受する幸せを感じています。
どうぞ暖かいそして温もりを確かめにいらして下さいませ。




 2016年(平成28年)12月12日

季節の変わり目がはっきりしないまま紅葉のシーズンも終わり、早くも12月です。何となく慌ただしい日々が続き、
今秋は、紅葉を見に出かける事ができませんでした。
でも島本町の山々は絨毯を敷きつめた様に美しく、街の中の桜の木は見事に色づき、私達の気持ちを高揚させてくれました。
今は、もうすっかり冬枯れです。木々の枝にチラホラ残る紅い葉が風に吹かれ、またこれも風情があります。

   

花染の裏の山ぼうしの木も、本来なら、11月には紅葉するはずでしたのに、今年6月、枯れてしまいました。大木になっていましたので、昨年冬、枝を大量に切り落としたのが、いけなかったのでしょう。
春には少し若葉が芽ぶいてくれて、ホッとしたのですが、葉を大きくすることなく枯れてまったのです。私が素人ゆえに勝手に切ってしまったのです。本当い可哀想な事をしてしまいました。
そのままにしておこうか...とも考えていたのですが、やはり寂しくなり、何がいいいかなぁ...落葉樹がいいなぁ...。と思いつつ、決められないでいました。それとなく日々が過ぎ、そしてある日突然「アッ!沙羅の木を...!」と降ってわいた様に思い立ったら懇意にしている園芸屋さんにお願いしました。

   

沙羅の木は別名「夏椿」ともよぶのです。花は1日...はらりと落ちる...そんな姿がとても好きなのです。
植えて頂いてみると、これがまた可愛くなり、大きな楽しみに変わりました。春に芽ぶく頃、そして花開く頃が待ち遠しいです。
裏にはもう1ツ...万両の実が色づき、もうすぐ真っ赤になります。

   

こうしてお正月は、もう目の前まで来ています。一年の月日が飛ぶごとくです。

「芸術の秋」とはよく言ったもので、今秋は、いろいろの展観会を見にでかけました。大山崎山荘美術館の「クロード・モネ展」・「中川一政・没後25年展」・「松方コレクション展」・「ホキ美術館、名品展」などなどです。仕事が入らない休日、結構忙しく出かけました。

           

子供の頃、父と通った大原美術館。すべてがありました。建物・庭・絵画(西洋絵画、日本近代絵画)・工芸(民藝)そして、大原孫三郎と言う人物、そして、それらを総合した佇まい。私という人間に大きな影響を与えてくれた大きな世界は、今も尚、あこがれ、魅せられる大切な宝物です。
こういう世界に接する日々は、必ず私達の生活にも大きな産物をもたらしてくれると思うのです。本物を見極める力は、年を追うごとに豊かに成長して行くと信じています。

「秋の佇まいのカップ展」フリーカップ・ゆのみ。マグカップ   11/15~11/24
の展示会に、とても多くのお客様がお出かけ下さいました。
マイカップを...そしてご主人のお湯呑みを...又、贈り物に...とそれぞれの思いでお選び頂き、世間話などで盛り上がるのです。
花染の展示会は2階でするのですが、靴を脱いで上がって頂くので、皆様ほっこりし長時間滞在して下さいます。
お茶を飲みながら、少しでも日常とは異なる時間を過ごして下さる事が私の望みなのです。しかし、私1人での事なので、充分な事が出来ず、反省の日々です。
お客様は、それでも大らかに、ゆとりをお持ち下さっています。ありがたい事といつも感謝しています。

明日から「美しい日本のお正月」 12月13日(火)~12月24日(土)  ※18日(日)・19日(月)は定休日
をさせて頂きます。

           

「もうすぐお正月です」子供の頃は、本当に楽しみにしていました。数十年前までは、美しい日本の光景が、そこかしこで見られました。
年の暮れ30日には、家族総出で朝早くから餅つきをするのです。子供達も、それなりにお手伝いをしたり、ついたばかりのお餅を食べさせてもらったり、特に、父母の活躍は、家族を支える象徴の存在でした。
元旦の朝は、家族揃って、近くの氏神様に初詣をし、お年玉をもらうのは、特に嬉しいものでした。
稲を刈り取った田んぼの中で子供達が凧揚げをし、晴れ着で可愛く着飾った女の子が駄菓子屋さんに群れていたり...。思い出は尽きません。
豊かな日本、便利な時代になってゆくのが本当に幸せなのでしょうか?

話は変わります。
12/3(土)に島本町内全域に渡り企画された「手作り市」は、大変な賑わいでした。

           

私達の商店街の「第三・土曜市」も12月に限り、「第一・土曜日」に変更され、大騒ぎし、楽しく盛り上がった」1日となりました。
たくさんの企画の中で、私は、京都・西山・大原野の野菜を大量に運び込んで頂き、臨時「野菜市場」です。
大根・白菜・みず菜・みぶ菜・小松菜・菜の花・白かぶ・赤かぶ・さつま芋そして大量のキャベツです。

すごい量の作物でしたので、かなりのプレッシャーがかかり、写真を撮り忘れ、我が身を呈し、親しい方にお手伝い頂き、一緒に、販売に必死の状態でした。
2時頃には完売。ホッと胸をなでおろし「バンザイ!!」です。私の手には入らなかったのが、とても残念です。
見事な野菜達は、見るからに食欲をそそる新鮮な生命にあふれる自然の恵みです。農家の方に感謝です。
ただ私は、商店街を走り廻り、重い野菜を売り、翌日、気が付くと体の筋肉が痛み、節々が悲鳴を上げ、3日間「イタイ...イタイ...」と体を動かすたびに「年は争えないナァ・・・」と実感する日を送りました。
その私を癒してくれるかのように、信州から真っ赤なリンゴが、そして広島の瀬戸内からレモンが届きました。嬉しいですねぇ~。幸せですねぇ~。

もう一つ嬉しい事。島本町の楠公道路のイルミネションが12/1に点灯。阪急水無瀬駅からJR島本駅までの直線道路が、いつもは静かな町が、突然美しく光り輝く街へと変貌するのです。
私を含めた、たった5人の自費で始めたイルミネーションが15年でここまで大きく成長したのです。最初は水無瀬駅の3本の桜の木に、自分達で夜な夜な飾り付けをする事からの出発でした。水無瀬駅前で24日のクリスマスイブの夜には、いろいろのイベントもやりましたヨ。
「継続は力なり」まさに大きな力となったのでした。感無量です。人々の心を照らす光となってくれる事を願っています。

   

もう一ツ楽しみにしている事があるのですヨ!!
「海賊とよばれた男」が12/10から上映されているそうです。「平成26年9月12日・日常つれづれ」に百田尚樹の小説を私が熱く語った事がありました。
映画化される...と聞いていて心待ちにしていました。それも岡田准一の主演を言うから嬉しいです。NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の時から岡田准一が大好きになり、この主演を喜んだのです。年内に是非見に行きたいです。
明治・大正・昭和とくり広げられる、石油をかけて世界を相手に戦った、たぐいまれな男のドラマに再び出会えるのです。日本人である事の誇りを自信を、現代の私達に与えてくれるものと思います。
映画を見た後は、是非、本も読んでくださいね。
そして時間があれば、「平成26年9月12日・日常つれづれ」を読み返してくださると嬉しいです。熱い男達の話を私が熱く語っているのです。熱い事は大好きです。

お正月に向かって仕事を頑張ります。
赤地 健氏・赤地 径氏のとてもかっこいい干支(酉)が金沢から送られて来ました。納得の素敵な作品です。

       


是非、皆様、お忙しくなさっている事と思いますが、お出かけ下さいませ。心よりお待ち致しております。
年内は、12月29日(木)まで
新年は、1月5日(木)から営業致します。

寒い日がこれからやって来ます。暖かくし、ご無理をなさいませぬ様、お気を付けてお過ごしくださいませ。大切な日々をお健やかに、年末年始をお迎えくださいます様、お祈り申し上げます。
そして、今後共、末長くよろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。

そうそう、もう1ツ追加です。来年29年1月21日(土)「第三・土曜市」から引き続き、京都・大原野の野菜を商店街のイベントとして大量に販売致します。
販売は私の心意気にかかっていますので、是非、是非来て下さい。お願い致します。
大原野の約一町歩の畑で野菜をお作りになっている農家です。一年を通じ、安定して供給して下さる...との事ですので、本格的に取り組んでみたいと思ったのです。
新鮮、かつ大地の恵みを生き生きと実感する野菜は、体に優しく、私達をも元気にしてくれると信じる事が出来たのです。
脱サラして、7年前から一町歩の畑をご夫婦お2人で営んでいらっしゃるとの事ですが、野菜と同じように素晴らしい方ですヨ!


 2016年(平成28年)11月2日

毎日天気予報を見る事から始まる1日です。肌寒い日、大雨の日、そして秋とは思えない上天気で暑い日。9月・10月ともども、とんでもないお天気でしたね。お野菜は高値の中で上下し、我々庶民は一喜一憂してしまいます。
島本町の自然は、もうすっかり冬支度に見えます。田畑の稲は刈り取られ、大きな仕事をやり終えた静かな佇まいです。冬枯れの景色も、又、良いものです。

   

日本のお米は美味しいですねぇ~。白く光る炊きたてのご飯。ゆらりと湯気の立ち昇る白米を前に、思わず笑みがこぼれ幸せを感じます
島本町のお百姓さんのお家から、そして友達の田舎のお米な ど、人様の好意で、私は毎年、新米のありがたさを享受させて頂き、嬉しさは100倍です。

世間は、玄米ご飯やら、雑穀米やら...とこだわる人々も多くいらっしゃいますが、私は、どうしてもこの白米から逃れられません。
「他の食生活には気を付けるから、この白米の美味しさだけは許して!!」との思いで、日々台所に立ちます。
ご飯の食べ過ぎには、ご注意!!でも幸せですねぇ~。

10月、お天気の良い、そして暑さの残る日曜日。阪急神戸線・御影にある香雪美術館に出かけました。
中川一政「心の太鼓が鳴りわたる」没後25年(1893-1991)の絵画展を拝見する為です。
「私の考える美術は、生きて脈うっていなければならぬ。鼓動がうっていなければならぬ。」...とは、まさしく中川氏の人と成りを表現する、とても迫力のある言葉です。

私が若い頃、彼の絵画から受けた溢れる色彩に改めて心が高なり、五感が呼び出され、ざわめきが始まるのです。そして、鮮やかな色彩と力強い筆圧の「薔薇バラ」の数々に再び出会えた喜びは、とても大きかったと思います。

       

「椿」も数多く制作なさったのだと知りました。私が椿の花をとても好きな事もあり感動は幾十倍にも膨れ、嬉しい豊かな1日にして頂きました。
洋画家であり、随筆・装丁デザイン・書・陶芸など多方面で活躍した人である事も初めて知りました。
中川氏が、陶芸の世界を、どの範囲で構築なさったのか、数少ない作品を拝見するだけでは分からないのですが、さすが、香雪美術館が選んで展示している茶道具「唐津茶碗・織部茶碗・茶入・花生・香合・茶杓」など、それは見事としか言いようのない作品でした。

       

所蔵家の中に「北村美術館」が名を連ねていると言う事は、一級の作品であるあかし....と受け取りました。豊かな業績は、長く生きる事が大切なのだとも感じました。97才、最後まで熱い心で描き続けたのだと思います。
最後に彼は「私はよく生きた者が、よく死ぬことが出来るのだと思っている。」...と。
理屈ではない、それが人間の一生なのだと教えて頂いた気がします。そして感動は体で感じるものだと...その思い新たにしたのです。
1975年(昭和50年)文化勲章を受章するのです。
世の中の喧騒とは無縁の中に佇む、香雪美術館を後に、近くのおそば屋さんで遅い昼食を頂き、帰路につきました。

いつもたわいもない事をタラタラ書かせて頂いているのですが、この度は、思う様に進まず困ってしまいました。私の大切な、親しい方がご病気で、体調がゆれ動いたものですから、私も心が病みそうで、仕事が手につかず、日々困惑の中で過ごしました。
私は、ただただ心配するばかりで何も出来ないのです。心の痛みを聞いてあげるくらいしか寄り添えない自分にも、無力を感じます

10/5 「日常つれづれ」にバッタの記述をしましたが、今も尚、裏の小さな庭で葉っぱをかじりながら暮らしています。9月、緑々していた体の色は、冬枯れの色に変わりましたし、少し元気を無くしている様子にも見えますが、ひっそりと呼吸をしている様です。
9月に見つけ、それ以後、裏で蚊取り線香を炊く事も出来ず・・・もしかして殺してしまいそうで。小さな命に支えてもらっています。 
人に支えられ、自然に支えられ、ありがたく思っています。秋の花をお客様が持ってたずねて下さいました。

   

私も誰かを支えられる存在になれる事を願っているのですが・・・

久しぶりに企画展を行います。
「秋の佇まいカップ展」  11月15日〔火〕-11月24日〔土〕  20日〔日〕・21日〔月〕は定休日です。

数か月かけて、20名近い作家の方から、ゆのみ・マグカップなどを大量に集めました。CUPとは、日々食卓で欠かせない、そしていつも手の中で人々に温もりを伝える、優しい存在だと思ったからです。心も身体も潤って欲しいと、ひたすら願っています。
数点写真に撮ってみましたが、まだまだゾクゾク数々お揃えしてあります。

       

心の休まる1点を探して頂ければ嬉しいです。

12月もお正月の支度の為の展示会をさせて頂こうと思っています。
「美しい日本のお正月」 12月13日〔火〕-12月24日〔土〕  18日〔日〕・19日〔月〕は定休日です。

日本の美しい「うるし」を手のひらで感じて下さい。浄法寺塗の三段重・丸重・雑煮椀・椿皿・盛皿など素晴らしい古来からのお正月が見えて来ます。

           

日本人の心がお正月を待っているのです。時代と共に変わって来ましたが、それでも一年の節目として、私達はとても大切に思い、
静かに迎えたいと思っています。
「もういくつ寝るとお正月♪♪」子供の頃が懐かしく思い出されます。お正月三が日の祝箸も吉野杉の香り良い利休箸と共に揃えました。
お正月らしい華やかな赤絵皿、とてもかわいい梅の花文の小皿などなど陶器、磁器の作品も登場致します。
何かと不穏な空気の世の中ですが、せめて家庭の中を豊かに落ち着いたものにしたいと思います。

10月15日~10月29日まで催した「島本ハロウィンウィーク」も終わりました。島本町内の有志21店舗で今年初めて企画してみたのですが、大変でした。
子供達が集団で訪ねてくるのです。たくさんのお菓子を用意し、くじで当ててもらい(空くじはありません)、喜んでくれる様子は、とても楽しかったけれど、15日間にわたる長期でしたので、次々お菓子を買い足しながら頑張りました。1等を当てた子供達の輝く顔は、何にもまさる宝物です。

       


急に冷たい日々がやって来た様に思います。8月~10月何か分からないまま過ぎてしまいました。
お元気な方も、お疲れの方も、心を痛めていらっしゃる方も、どうぞ寒くなる季節をお大切にお過ごしになられます事を心より願っています。



 2016年(平成28年)10月5日

異常に長く暑かったこの夏。そして、台風や長雨に困惑し、人々の日常を脅かすような気候です。リオ・オリンピック、パラリンピックも終わり、祭の後の静けさ・・・と思いきや、何かしら地球は、世界は騒々しく、連日、事件・事故で溢れています。
心の闇、人間の悪意が発端の様な気がします。どうする事もできないのでしょうか?あのパラリンピックの雄姿に心を熱くするのも人間である不思議は、何とも如何せんし難い思いです。

小さな喜びの積み重ねが、大きな喜びに、小さな幸せの積み重ねが大きな幸せに・・・。皆どこかで分かっているのです。
裏の小さな庭に、とても小さなバッタが住み着いている事に気が付きました。

   

毎朝、無事を確認するのが1日の始まりです。バッタは何を食べるのでしょう。そしてどのくらい生きるのでしょう。そんなたわいもない事を考えています。
秋がやって来ました。秋の花々が、コスモスが風に揺れ、柿の実も葉もボチボチ色づいて来ました。果物もおいしいですヨネ!
島本町のゆるやかな景色の中に、真っ赤な彼岸花が咲き、稲穂が黄金色にさざなみ、美しい情景を作り出しています。つかの間穏やかな気持ちに包まれます。

   

10/1まで毎朝、NHK朝の連続ドラマを見ていましたが、日本の文化に裏うちされた暮らしに心を動かされ、ついつい建造物や部屋のしつらえに気持ちが入ってします。それと同時に、女性があの時代、世の中に臆する事なく胸を張って前進する姿を、少々疑問を感じながらも冷静に拝見していました。

朝日新聞・土曜版「be」(9/17)に雨宮塔子氏の記事が掲載されていました。この頁は、よく読ませて頂いていますが、サラリと通り抜けて行く人、気持ちが留まってしまう人、いろいろではあります。
丁度、夜、落ち着く時間帯に「ニュース23」が始まるので、1日の締めくくりに、どっかと座り、キャスターの個性に触れるべく、この番組を拝見します。7月の番組編成後、気が付くと、彼女がキャスターの位置にいました。「エッ!フランスと日本を行き来するの・・・?」と単純に思っていましたが、どうも拠点を日本に移しての事らしい・・・と知りました。
昔、アナウンサーだった時代、彼女のヴィジュアルに心惹かれていました。民放のアナウンサーが、何とも言いがたい服装で身を包み軽薄に見えていた中で、背筋をキリリと伸ばした姿をとても美しい・・と見ていました。「be」の記事を読むと、幾多の出来事に苦しんだであろう姿は、以前にもまして、ひっそりを輝いています。黒っぽい服や静かな服で身を包んでいる彼女の姿が、今後どのように変わってゆくのでしょう。

もう一世代前のキャスターに田丸美寿々氏が居ました。TBS・日曜日6時頃からの報道番組と記憶しているのですが、やはり彼女のヴィジュアルと知性、行動力そして発信力に、私はすっかり魅了されていました。
取材には自ら出向き、冷静に私達に伝える姿は、怒りの先にある理不尽な事柄に対峙する熱い思いで満ち溢れ、テレビの画面を通して明確に伝わって来ました。とてもハンサムでした。
その上、知性と上質なファッションは、彼女の見事なスタイルと相まって、真の女性の美しさを際立たせていました。あの凛とした空気を醸し出す姿を拝見しなくなって久しいですが、私にとって女性キャスターのトップに位置しています。
「女性が輝く社会」といつも安倍首相は常套句の様におっしゃるけれど、この度の東京都知事選の折に、彼ら男性政治家の本性を見てしまいました。
小池百合子氏は、丁度良い時期でした。リオ・オリンピック、パラリンピックの閉会式の雄姿は、とてもハンサムだったと思います。

話は変わります。
街の本屋さんが今、大変な事になっている・・・とお聞きしました。
我が島本町にも十数年前までは本屋さんが4~5軒あったと思うのですが、気が付くとたった1軒になっています。
ネットで買うのですね。又、電子書籍になるのですね。ネットで求めるのが合理的で当然安価なのでしょうが、地域社会には、全く貢献していないと思うのです。
潤いのない町にしてはいけないと思うのです。いずれ年を取って小さな町・小さな地域で暮らす様になります。その折、素敵な佇まいの住み心地の良い町にしておきたいです。

町が少しでも活性化し、商店も地域に貢献する・・・。そういう好循環が生まれる街になって欲しいと思うのです。街から本屋さんが無くなる・・・なんて考えただけでもゾッとします。

先月の「つれづれ」に書きましたが、経済性、利便性だけでは人間の心は潤わないと思うのです。たまには街の本屋さんをのぞいてみる余裕はないのでしょうか?お忙しいでしょうか?

自身の思惑を何もかも外して、フラリと入った本屋さんで立ち読みをさせて頂きつつ、想定していなかった本に出会い、斜め読みしはがら何を買おうかと迷う楽しみは格別です。ダイエット本を買おうか・・・はたまた話題本を買おうか・・・。ウロウロするのです。

大きな都市の本屋さんも大変です。イベントをしかけ、工夫をこらし、喫茶コーナーを設け、雑貨を置き、努力しています。
私は超アナログ人間なので、こういう発想をしてしまいますが、「時代錯誤も甚だしい・・・。」とお叱りを受けそうです。
田舎町が栄え、生き生きと呼吸する姿を見ていたいと思うのです。
本離れも進んでいるとの事ですね。手に受ける本の感触、装丁、本を買う事は、とても愛しい事と思っています。

幼い頃、買ってもらった絵本で、今なお、私の記憶に残る「白鳥の王子」は、美しい色彩と夢で溢れていました。私が最初に出会った絵本は兄が持っていた「宮本武蔵」です。渋いでしょう!!その兄の絵本の中の「武蔵が刀を脇に置き風呂に入る」シーンは、今でも鮮やかによみがえります。

小学生になり、本格的に本を読み始め出会った本「フランダースの犬」は、涙で活字が読めなくなる程、シャクリ上げ泣きました。本との出会いは十人十色でしょう。ここから、私と本との深いかかわりが生まれました。
先日もフラリとしていて、こんな本に出会い、思わず買ってしまいました。

   

そんなつもりではなかったのですが、簡単な本なので1日で読み切りました。
仕事に明け暮れしていると単純で、たわいもない日常が大切に思えて来るのです。
店の観葉植物が元気でいてくれる事にも安らぎと喜びを感じつつ、日々花染を大切にして行きたいと思っています。

商店街「第三・土曜市」も元気です。出店して下さっている中に、プリンの店があります。京都るり渓牧場の平飼い卵と北海道産の四葉牛乳を使用して作っているのだそうです。

   

「滑らかな舌触りと程よい甘さで・・・防腐剤等の添加物は使用しておりません。」との事です。
本当に美味しいですヨ。こんなこだわりと出会うのも嬉しいですね。
7・8・9月と暑くて強い日差しの中、出店者の方々は、とてもがんばって下さいました。
これからブラリと出かけるには良い季節です。
「ハロウィン」グッズもたくさん揃えましたヨ!楽しい催物を企画し、お客様が喜んでくださいます事を願っています

10月の土曜市は、15日(土)です。お待ちしています。



 2016年(平成28年)9月7日

9月にやっと入った・・・という思いです。連日の暑さは尋常ではなく、こんな日々が永遠に続くのではないかと錯覚してしまいそうです。
昨年は8月末には乱舞していた赤とんぼも、未だに現れず、今年がいかに過去にない程、暑い夏かを物語っています。
このような地球で良いのでしょうか?島本町は緑も水も自然も人々の暮らしとうまく調和した街なのですが、木々も自然も心なしか生気が無い様に思います。山から吹く冷たい風も、この熱気に押されあきらかに萎えている観があります。
それにしても、何でこんなに何もかもが異状なのでしょう。
8月末日、父の法事で帰郷したのですが、いたる処、自然は壊され、風情は失われ、都会と何ら変わらぬ姿に変貌し、山や海は崩され、巨大な商業施設が、我が物顔に占領し、いたたまれな思いでした。
父が母が大切に暮らした・・・私がその背中を見ながら暮らしていた田舎は、もう無いのです。
従来の街並みは疲弊し、人も心も佇まいも味気ないものとなり、日本の美しさは、いったどこへ向かうのでしょう。

日本全体が拝金万能の人々で溢れ、それでも欲求不満の様な物の考え方は止まりません。
私は、生活はちょっと不便が良い・・・経済的、利便性を追わない方が良い・・・と考えてきました。そこには工夫が生まれ、工夫をすると。道具や物は最低限の量を持てばよいのです。
暮らしが物で溢れる事はありません。「良いものが少しあればいい!!」とは私の基本姿勢です。

この日本中が落着きを失い、日本の文化が行き場をなくしさまよっています。
その日々の暮らしの中、1ツとても気にかかっている事があります。たいしたことではなく、ささいな事なので申し訳ないのですが・・・。
私の暮らすマンションの玄関ホール前に、葉を瑞々しく繁らせた「ざくろ」の木が姿美しく植わっています。花が咲き、春が過ぎる頃、小さな実をいくつもつけるのです。今年は数えてみると32個ありました。

       

日々、わずかずつ実は大きくなり、最近は色が付き、ますます可愛くなり、毎日気にかかって仕方がないのです。
「どうぞ誰にも悪戯されないで秋を迎えてほしい!」と祈る思いです。妙に心が和み、嬉しいのです。

自然は、こんなにも健気に私達を楽しませてくれるのに、人間はいったいどうなっているのでしょう。

そうは言いながらも、この夏休みをいかがお過ごしでございましたか?
夏休みに入ると、なぜか毎年、家の中の整理がしたくなり、汗をしたたらせながら、働き続けるのですが、この休みは、毎日オリンピックに明けくれました。リオ・オリンピックは、ちょうど夜の時間帯と言う事もあり、心を熱くして釘付け状態でした。
2週間余りの日々は、たくさんの感動の渦の中に私達を引き込んでくれたと思います。

私はその中でも、8/20 男子400mリレー決勝を期待を持って待っていました。
当日20日(土)は、商店街の「第三・土曜市」でしたので、リアルタイムで見る事はできなくて残念でしたが、家族が電話で『銀メダル!!』と伝えてくれました。土曜市のメンバーで歓喜の声を上げ大喝采でした。

くり返し放映される映像に、そして数十秒の戦に血を沸かせ、心もリフレッシュする思いでした。
いろいろの意味で、この2週間は。美しい余韻を日本全体に残した事と思います。

話は変わります。
いつの日か「日常つれづれ」の中で「古時計」の話をしたいと思っていました。
花染で毎日毎日、時を刻んでくれている柱時計の話です。

   

写真のこのアーチ型の時計は、大正時代の、ほんの短い期間にしか作られなかったのだそうです。優美で、おしとやかな女性の姿にも似て、たくさんの古時計の中から迷わず、これを選びました。
ガラスの部分に、バラの花のスリ模様が入り、ひかえ目で、とても品の良い容姿に魅了されてしまいました。
3~4日に1度、ネジを巻いて上げると「コチコチ」と静かな、そして確実な音を刻みます。店内に軽く音楽を入れようと思った事もあるのですが、この静かなる時を刻む音は、私1人に与えられる至福の音色なのです。
心が「シン・・・。」と落ち着くのです。

この時計は幾人の人を幸せにし、又幾人の人の手を渡って私の元へ来たのでしょうか?次々受け渡されてきた人々は、皆さん丁寧に優しく慈しんで来た事が良く分かります。年月を経た風情は出ていますが、決して粗末に扱われた事はなかったと思われます。
おだやかな表情をしながら、休む事なく動き続けてくれる事に改めて感謝です。

もう1ツ我家にも古時計がありますが、これはドイツ製です。求める時、骨董屋さんが「この中の機械は、すこぶる上等のものが入っていますヨ。」とおっしゃるお話を聞き、この時計が醸し出す雰囲気に惚れ込み、ちょっとお高かったのですが、手に入れました。

   

これもまた、どう言う経緯で海を渡って日本に来たのか?どういう思いで時を刻んでいるのか?想像は大きくふくらみ私の手元にある事を考えさせられます。
そんなこんなで古時計とかかわって20数年になりますが、美しい物と暮らす喜びは一朝一夕では得られないものだとつくづく思います。

この数日は、空の色と雲の形が少し変わりました。わずかずつ朝夕、確実に秋に向かおうをしているのでしょう。
昼間の気温はあまり下がりそうにありません。まったく疲れは倍増です。

多くの方々が涼しい風が吹いてくるのを待っています。秋の花々も秋らしく咲く日を待っています。我家の「山ほととぎす」もなかなか花を付けてくれません。

       

昨年は、この時季すでに咲いていました。毎朝ながめ、花を切って店へ持って来られる日を、今日か明日かと待っています。ちょっと愚痴っぽい「つれづれ」でした。いつも本当にありがとうございます。



 2016年(平成28年)8月3日

盛夏ですね。暑いの寒いの・・・と言っていられない程、世の中が取り乱れている日々を体で感じながら、心が痛みます。
さるすべりの花は、今が盛りと咲き誇り、短い夏を懸命に鳴き続けるせみの声・・・。自然は変わらず、四季折々を美しく生き生きを謳歌しているのです。

そんな中、超アナログの美しい世界、京都祇園祭り・後祭りの宵山(7/23)へ10数年ぶりに出かけました。
町衆の方々は衣装を粋に着こなし、見物の人々も浴衣あり、お着物あり、若々しい装いありで活気にあふれていました。

       

口々に「いいお天気で・・・今年の宵山は涼しくて・・・。」と挨拶を交わし、目が輝き、お祭りの雰囲気を十分に醸し出していました。以外と涼しい風が通りを流れ、ちょうちんが灯る中、ちょっと浮世離れする心地です。

3年前から祇園祭は「前祭り」と「後祭り」に分かれたそうですが、後祭りの宵山は人出も丁度良いくらい、程々の風情がありました。「コンコチキチン・・・」のお囃子で盛り上がる中、鉾や山を見上げ、新町通り、室町通りへと流し、家々のお宝を拝見させて頂き、ゆっくり、ぶらりとした時間は予想外に楽しいものでした。

           

何より、この京都の町衆の心意気に感動と尊敬の念を抱きます。

       祇園祭 山鉾行事  祇園祭山鉾行事の歴史

八坂神社の祭礼である祇園祭は、疫神怨霊を鎮める祇園御霊会が起源で、貞観11年(869年)、全国的に疫病が流行したとき、その退散を祈願して、長さ6メートルほどの矛を、当時の国の数にちなみ66本立て、牛頭天皇を祀ったのが始まりと言われています。
この祇園御霊会は、天禄元年(970年)以降、毎年の行事となります。その後、平安末期にかけて祭は賑やかになり、やがて室町時代には現代のような山鉾が出現します。この山鉾の数は年ごとに増え、15世紀中ごろには、58基もの山鉾が、現在とほとんど変わらぬ姿で巡行を行ったとされます。
しかし、その後の山鉾巡行の歴史は、受難と復興の歴史でもあります。
応仁・文明の乱(1467年~1477年)では、京都の町とともに山鉾もほとんどが焼き尽くされてしまいます。
乱後23年を経た明応9年(1500年)、町衆が力を合わせて山鉾を再興させ、『祇園社記』によれば、前祭26基、後祭10基の山鉾が
巡行を行ったとされており、これが現在の山鉾行事・山鉾巡行の基礎とされています。
その後も、永宝の大火(1706年)、天明の大火(1788年)、幕末の蛤御門の変(1864年)と3度の大火災に遭い、山鉾町も山鉾も甚大な被害を受けましたが、その都度、町衆の熱意と努力により復興され、現在に至っています。


パンフレットを引用させていただきましたが、この夏のかけがえのない思い出となった事がとても嬉しいです。
毎年「ちまき」は買い求め、家の玄関と店の入口に1年間厄除けの気持ちで掛けます。我家の夏の欠かせない行事です。

   

「ちまき」は買って下さい・・・との事です。それらは、このお祭りを支える大切な資金の一部になるそうです。

年令と共に物の見え方は変わりますね。
6月18日(土)、商店街・島本町で開催した「一箱古本市」でたくさんの本を買い求めたり、手もとに残しました。約2ヶ月程で、ほとんど読み切りましたが、その中で、本のおもしろさに加え、「蓮と睡蓮の違い・・・。」にいたく心を引かれてしまいました。
あたりまえの様で、深くつきつめた事もなく、仏教美術の象徴の様な「蓮」に心を奪われてしまったのです。
蓮の花は、泥から出て泥に染まらない。次に清らかな漣(さざなみ)に洗われて妖艶なところがない。三つ目に、なかに穴があいていて、すきっと筋が通っていて、外も真っすぐで、蔓(つる)も枝もない。四つ目に、香が遠くまで届き、しかも遠くに行くほどすがすがしい。最後に、真っすぐ上に行儀良く生え、遠くから眺められ、間近に、にじり寄って楽しむものではない。とある。

もっと勉強してみたいナァ・・・と思ったのですが、すでに毎日の雑事に追われて向上心は失せつつあるのが現状です。

原産地はインドといわれ、日本には古く中国から渡来されたとされるが、もともと自生種であったとする説もある。
花期は7~8月で、明け方、水上に抜き出た長い花柄の頂きに1個、まれに2個、大きな多弁の美しい花を咲かせる。
花の直径は10~25センチ、色は紅、紅紫または白色で芳香がある。咲いてから散るまでに規則性があり、夜明けに咲き始めた花は、正午に閉じてしまい2日目、やはり夜明けにふたたび開いて午後に八分通り閉じる、そして3日目には、夕方まで咲き続けるが、午後には外側の花弁から散り始め、4日目の午前中に散ってしまう。
盛夏に涼を呼ぶ、代表的な水生植物として、古くから日本人に愛されているが、開花するときに「ポン」と音がするといわれるのは、あくまで俗説である。秋に実る果実は楕円形である。

・・・とは、すべて、まるまる本の受け売りではありますが、何となく知っているつもりが、何も知っていない事に気づかされてしまい、これくらいの事は、ずっとずっと記憶しておきたいものだと、変に感心してしまいました。

「なぜこんな小説の中の蓮の花に・・・。」気持ちがひっかかってしまったのか・・・。
それは、夏の朝の父との思い出につながるのです。
あまりに幼い頃の記憶なので、映画の一場面のカットのようでしかないのですが、夏の朝早く、父の自転車のサドル前に、籐で編まれた幼児用の椅子を付け、そこにチョコン!と座り、近くの小学校のグラウンドにある大きなプールの様な蓮池へ、花が咲き始めるのを見に行くのです。
幼い心に、とても美しい大切なものを見に行く、父との秘密の様な朝でした。今、思いかえすと、毎朝くり返される甘い甘い大切な宝物の時間でした。

蓮の花と父との思い出は、私を妙に、得体の知れない煩悩の世界に引き込んでしまい、父親への思いに切なく、感傷的になってしまっています。

父から受け取ったものがいかに偉大であったか・・・。先日のNHK日曜美術館で放映していた「花森安治」の時代を父は私達子供を育てる中で、多少なりと実践してくれていた事に改めて感謝しています。
花森安治が戦後「暮らしの手帖」へかけた思いを拝見して、なんと美しい!!と感嘆の声を思わず上げました。
NHK朝の連続ドラマ「とと姉ちゃん」は、現在視聴率が非常に高いとのことです。その中に描かれる「暮らしの手帖」の編集長をなさった方の美意識がもたらす世界観は、ただものではありません。
本の装丁・ロゴ・内容・精神、どれを取っても、現代の暮らしに直結していて、まさしく今とても必要なものである事に驚かされます。

『美しいものは、いつの世でもお金やヒマとは関係ない。みがかれた感覚と、毎日の暮らしへのしっかりとした眼とそして絶えず努力する手だけが一番美しいものをいつも作り上げる』と言っているのです。

私がいつも心から叫びたい言葉がそこにあったのです。
目の前の暮らしを大切に、小さな事をおこたらないで、日々寄り添いながら丁寧に暮らす事こと・・・。私の考える『民藝』であり、美しい暮らしだと発信したいのです。
そのうえ、花森氏は、女性達へ優しい、そして厳しい目線を絶えず温かい心で持ち続けてくれた人であり、細やかな配慮の人であったのだと思うのです。
人々の幸せ、人類の幸せを、この小さな「暮らしの手帖」から読み取る事が出来るのです。

こういう美しい物、美しいと言う事を願う気持ちは、だれの心にも存在するのではないでしょうか。
私が追い求めた、まさしく日常の暮らしそのものであると思うのです。
「心の豊かさ・・・。」への道程をこの頁で書き続けて行きたいと微力ながら思うのです。

8月に入るとさすがに暑いですね。商店街の「第三・土曜市」は、8月の暑い中でも開催します。8月20日です。
何か目で涼しさを演出出来ればいいのですが・・・。これから真剣に考えます。

       

適当に田舎町の島本町は、西の山からオゾンをいっぱい含んだ涼しい風が吹くのですヨ!
土曜市出店者の方々も頑張って下さいますので、ぜひぜひお出かけ下さいませ。心よりお待ちしています。

花染の夏休み
  8月14日(日)~8月18日(木)まで
  毎週日・月曜日定休日
  8月27日(土) 臨時休業 

書きたい事はいっぱいあったのですが、祇園祭と蓮の花の話で終始してしまいました。お忙しくなさっている方も、ゆっくりなさっている方も、どうぞ暑い日差しに気を付けて秋の気配が来るのを待ちましょう。いつもありがとうございます。


 2016年(平成28年)7月4日

世界中がグローバル化・・・と声高に呪文の如く唱え始めて数十年ですね。
テレビ・新聞あらゆるメディアを通して大騒ぎしている世界の経済ニュースもグローバル化でしょうか。
テレビをつければ、ニュースキャスター達が人の心を逆撫でする様に、はたまた扇動するかの様に世界を語っている姿に、辟易する思いです。
日本人の静かな、落ち着いた心を取りもどすべき・・・と老婆心ながら憂えてしまいます。

日本ほど自然に恵まれた風土は無いと思うのです。国土の3分の2は森林に覆われ、その伏流水は国民の心を潤し、独特の美しい感性を育ててくれたはずです。
この忙しい空気の中にあって、その事実にちょっとでも、わずかでも目を向けて欲しい・・・と思ってしまいます。
「何かがおかしい・・・!」と思うことは出来ても、変えて行く事はできないのでしょうか。この年になると、生と死は隣り合わせです。ここ10年程の間にたくさんの大切な人を亡くしました。

つい先日も花染を、先生のお人柄で作品で支えて下さった方が西の国に渡ってしまわれました。
あまり突然の出来事で、流す涙に私の心は途方に暮れています。シトシト降り注ぐ雨に悲しさが幾重にも追いかけて来ます。
それでも日常は何もなかった様に過ぎてゆくのです。不思議と言えば不思議です。だからこそ大切な日々を送りたいと思うのです。

話を好転させますね!
先月6/18(土)の第三・土曜市は、古本市と相まって、とてもたくさんの人出でした。土曜市も昨年から数えて1年3か月となりましたが、かつてない賑わいに出店者の方々は売上もよく、皆さんテンションを上げ、喜んで下さいました。
またまた、これはこれでプレッシャーです。7月・8月・9月と、暑い中での開催となりますので、いかにすればお客様が出向いてくださるか、それ相応の企画が必要になります。でも、取りあえず、6月の盛況ぶりに「ホッ」と胸をなでおろしました。

7月・8月・9月は花染の店にとっても暑い日々をお客さまにおいで頂きたい・・・と、何かしら考える日々です。
爽やかにのれんが風に揺れる光景を連想しながら、今、数点染めて頂いています。日本の伝統「絞り」の技法で昔から日本の風土に根付くものです。優しく品よく仕上げたいと思います。

   

いつの頃からか・・・NHK大河ドラマの中の衣装に「絞り」がふんだんに使われる様になりました。
「天地人」、「軍師官兵衛」そして現在進行形の「真田丸」、あらゆる場面で美しい衣装が登場します。
その中でも黒田官兵衛の着用のものが好きでした。(官兵衛の父君のも渋くて品格の高い色柄でした)
あの岡田准一の熱い戦国武将・官兵衛を包んでいた事は印象的で忘れられないものになりました。
秀吉の衣装とおのずと対比させる事となり、それは見事でした。
今も大河ドラマの中で美しく輝いています。そういう目線で画面を見て頂くのも1ツの楽しみ方だと思います。

もう1ツ布のお話しです、ラオスの布の話です。
ラオスの現地の人達の気持ちや技法に寄り添いながら、布のお仕事をしている人と出会わせて頂きました。
綿花は農薬を使用しないで畑で育て、糸を紡ぎ、機を織り、自然の草木の染料で染めるのです。どれ程の時間と手間がかかるのか・・・。途方もない手作業です。
布の販売もしたいと思っているのですが、洋服を作り、生活に根付くものを作ってみたいと思っています。お座布団なども作りたいナァ・・・。

   

ボチボチではありますが、少しずつ花染の店頭にお目見え致します。
手仕事の品々は温かく私達を育んでくれています。思い入れとこだわりは、時代に反して大変な仕事ではありますが、そういう意識は絶えず持ち続けたいと切に願っています。
そして又、この様な手仕事に携わる若い人々が、次世代を担い継承していく日本・・・そして世界になってくれる事を切望しています。

かえるも「ゲロッゲロッ」と、早苗えの中で鳴いています。水無瀬川の上流に乱舞していたホタルは終わってしまいましたが、梅雨の大雨の後は、水の豊かな島本町の山々の緑は息を吹き返したごとく、麗しくしっとりと落ち着いた佇まいになります。

   

何はさておいても、真夏日に向かう体力を蓄え、例年にない・・・と言う暑さを迎え撃ちましょう。
そうそう、赤地健・径さんの赤絵のマグカップ、そして愛らしいお箸置きが届きました。私も、とても気に入っています。

           


 2016年(平成28年)6月1日

毎日毎日、新聞にテレビに・・・ありとあらゆる情報が溢れ、目まぐるしく世界が移り変わり、とんでもなく、戸惑いのるつぼの中に居る様な気がします。
今の季節、唯一の救いは、緑豊かな山々を渡って爽やかに吹く風に心も体も癒されます。少々暑い日差しの日中もありますが、まだまだ真夏とは違う心地がします。

長く仕事をさせて頂いていると、心が折れそうになったり、気持ちが苦しくなる時も多々ありますが、日常のささやかな嬉しさで「めげないで立ち上がろう!!」と懸命に歩きます。たった1ツの言葉で励まされ、勇気を頂く事も度々あります。

先日、「殿・利息でござる!」を拝見しましたが、この映画の中にこの解決策がびっしり詰まっていました。「何と言う見事な人間のありようでしょう。」美しい・・・と簡単に言うことをはばかられる程の人間の英知に、何か現代に生かせる方法はないものか・・・とつくづく考えさせられると同時に、一人一人各々が、ちょっとした心意気を持つ事の積み重ねの様な気もして来ました。

「言うは簡単、行うは難し!!」・・・とは、まさしくその通りです。機会があればご覧になると良いと思います。見て欲しいけれど観客のほとんどは、中年以後の人々です。本当は、行き詰まりを抱えている若い人々に見て欲しい・・・と思う作品でした。

話は変わります。
一昨年・昨年に引き続いて、3回目「一箱古本市」が島本町全体で催されます。
6/18(土)~6/19(日) 10時~15時半 雨天決行

 

若い人々が企画し運営に当たって下さっています。ゆっくりと、しかし確実に島本町に定着して行っている事は、努力以外の何ものでもありません。2日間、町外の人々も街を往来し、田舎の風景が少し新鮮味を帯びるであろう事を念じています。

その頃になると、田植えもすべて終わり、水田に飛び交うつばめの姿も見かける様になり、美しい日本の小さな田舎町が瑞々しい姿に変わります。
もっともっと本格的な自然や野山のある地方の風景とは異なりますが、この街中にあって、わずかに残る自然は格別に貴重な存在だと思うのです。

しかし、島本町も度重なる変遷を繰り返して来ました。20数年前に100%地下水だった水道水が、10%府の水が入る様になり、反対運動をしましたが、それもかなわず・・・それ以後、どんどん宅地開発されて行きました。
企業の含み資産、農地の売却、はたまた、島本町の不動産売却など・・・それぞれ理由があるにしろ、潤いは消えて行きました。

ここ3年の間にさらなる開発に向かうそうです。サントリー研究所跡地に、中・高一貫校が建設され、関電の運動場だった土地は売却されマンションが・・・。そしてサントリー物流倉庫跡地には14階建のマンションが・・・。
最後の砦のJR島本駅山側の農地が、いよいよ具体的な計画に向けて動き始めている・・・との情報に息が詰まる思いです。
それでも唯一救いがあるとすると、山が真近にある事、三川合流(桂川・木津川・宇治川)から淀川に移ってゆく、大きな堤が近場にある事でしょうか?

嘆いてばかりもいられません。それでも自然と共生してゆく道はいっぱいあると思います。やはりそこにも人間の英知は必ず役に立つと信じています。
そうは言いつつ、とても大好きな島本町の風景を掲載したいと思います。

       

うぐいすの「ホーホケキョ」という美しい声を聞き、かえるが「ゲロゲロ」と鳴く島本町が未来に向けて有り続けて欲しいと切に願うばかりです。

それにしても、年々気温は高くなり、今年の夏はさらに暑くなりそうですね。ザルそば・ソーメン・冷麺・・・と日本の夏の食材が活躍し、少しでも涼を求めながら乗り切りたいですね。
花染にも、冷たいお料理用の器(ガラス)・ザル用の国産の盆ザル等、揃えてあります。足をお運び頂けますと嬉しいです。

 

おそばと言えば、忘れられない舩木先生との思い出がよみがえります。先生は、日本のそばが大好きで、年間を通して召しあがっていらっしゃいました。
ほとんどいつも鴨せいろです。それも大盛りをご注文なさいます。私も先生と食事をご一緒する機会が度々あり、この鴨せいろの美味しさに、すっかりはまってしまいました。今も、ちょっと涙の混じった思い出と共になつかしんでいます。

いつも何かと思いつくままに書いてしまいますが、森羅万象、美しい物や姿にあこがれています。
舩木先生への思いはしっかり心に刻み、先生の作品をそばに置き、「美しい」と言う事がいかがな事かを考えつつ、年を重ねていく事を切望しています。

商店街の「第三・土曜市」も、順調に進行しています。
6月は、古本市と同時開催となりますので、たくさんのお客様がお出かけ下さる・・・と期待しています。

梅雨の季節がもうすぐそこまで来ています。何か雨を楽しめる様、雨ぐつ、雨傘でも買い揃えましょうかネェ~。
これから、あじさいの花も、街のそこかしこで咲き始めます。せめて目を楽しませてやるたいと思います。
 



 2016年(平成28年)5月9日

日本中が心を痛めましたね。連日の悲しい報道に地震国、日本の現実を突きつけられます。
熊本の象徴のような熊本城が落城してゆく様な錯覚に囚われ悲しくなります。これからの日々を、どう過ごしてゆくのか、お辛い心を抱えていらっしゃる事でしょう。
地震国日本・それでも原発は稼働させますか?

お天気も何だか不順ですね。暑い夏日があると思えば、肌寒い日もあり、とてもおかしい。。。と思ってしまいます。
日本列島は美しい新緑に包まれ、今が一番良い季節と言うのに・・・。

4月19日(火)から「西川孝次の吹きガラスの仕事」展をさせて頂きました。素敵なガラス、可愛いガラスが花染の2階いっぱいに並びました。4月は皆様、お忙しい中ですのに、お出かけ頂きまして本当にありがとうございました。
私が「これいいナァ・・・」と思う作品は、店に残し、常設致します。本当はこれからの季節がガラスの本番です。

         

小鉢に冷たいお料理を・・・夏の暑い日に温かい煮物をガラスの器に涼し気に盛り付けるものいいものです。
体に優しい冷たいスープもネ!

連日の様にお客様がご自宅の庭に咲いた大切は花を切ってお持ち下さいました。たくさんの楽しい花いっぱいの展示会をさせて頂きました事に感謝の思いでいっぱいです。重ねてありがとうございました。

             

我が花染の小さな庭も新芽がいっぱいで心癒される日々です。二葉葵・水引き草・山吹き・あまどころ・椿・やぶラン...。雨に濡れる日は、「ボーッ」と眺めてしまいます。日々成長してゆきますが、これから暑い夏に向かって耐えてくれるでしょうか?小さく囲われた空間ですので、蒸れて元気をなくすものもあります。

       

もう一ツ楽しみが増えました。「シダ」をお分け頂いたのです。焼締めのちょっと良い植木鉢に入れ、いまご満悦です。
優しい葉が風に揺れ、何とも風情があります。日本人の心情にぴったりです。

   

それに触発されて、山野草の植木鉢を、とても贅沢に穴窯で佐藤ケイさんに焼いて頂いています。群馬県の榛名山を望む倉渕村の山の中に工房はあります。ひと山超えると軽井沢と言う本当に何もない山の中です。
彼とは店を始めた最初からのおつき合いですので、30数年と言う事になります。二人共、とても若くて、希望に満ちていました。ガップリ四ツに組んで作品を作りました。「こんな釉薬を使いましょう...。こんな形にしましょう...。」とお互いきたんなく相談しながら物作りに励んだ日々でした。お人柄が気さくな事と相まって、陶芸家の中では、だれよりも親しい間柄でした。

窯出しと言う日には、朝一番の新幹線で京都を発ち、東京・高崎を経て山に入ります。まだ今程、東京までの時間が短縮されていない頃でしたが、それでも昼頃には工房に到着。穴窯から出される作品を喜々として選び、夕刻まで緑豊かな自然といっしょに幸せは時間を過ごします。
5時ころには工房を出発しなければいけません。東京最終新幹線に飛び乗り島本まで...と言う、過酷な往来でした。

でも若かったので、それが楽しく、未来への夢で溢れていました。年を重ねると共に、さずがにそれは出来なくなり、高崎で1泊したり、彼の工房近くのひなびた温泉に宿泊したり...と形を変えてゆきました。
それも今では3~4年に1度の割合になっています。東京も大好きなので、東京に1泊、そして山の中の温泉に1泊。その後旅をして3~4日の日程で帰って来る様になっています。
ほとんど新緑の頃にお伺いさせて頂くのですが、命がよみがえる大自然に包まれる数日は、私にとって、かけがえのない仕事を通しての贈り物です。
山菜の天ぷら、燻製窯、陶板で焼いて下さる自然の恵みを新緑あふれる戸外で食する贅沢は何にも変えがたく、お互いの信頼を再確認させて頂く事になります。

1ツの目的を持って進んだ30数年は堅い絆を作り、現在にも到っています。ありがたいですね。
そして彼いわく...山野草もたくさん育てているので植木鉢が出来たらいっしょに送ってあげます...との事です。5月後半には届くと思っています。わくわくした思いで待っています。

佐藤ケイ氏の穴窯とは、古墳時代に使われていた焼成の方法です。効率が悪いので、その後室町時代、朝鮮半島を経て日本に渡って来た登り窯に変わって行くのです。
しかし登り窯では、なし得ない独特の作品を生み出す事を由とし、現在でもこの穴窯を使用する陶芸家もいらっしゃいます。須恵器、灰被り、焼締め...これは無釉です。釉薬をかけた器も作って頂いています。穴窯で焼かれる青白釉の美しい透明感にいつも心惹かれます。
これを書きながら楽しみになって来ました。我が家にある彼の作品を撮ってみました。是非是非5月末頃、花染にお出かけ下さいませ。久しぶりに佐藤ケイ氏の作品が並びます。

        

たくさんの時間をかけ、たくさんの人の手、そして大自然の恵を受けて製作されるものは、私達にうるおいと感動を与えて下さいます。炎との格闘が目に浮かびます。
佐藤ケイさんとは、長年たくさんの思い出と仕事を共有していますので、書きたい事は山程あるのですが、ボチボチにしたいと思います。

第三・土曜市も、おかげ様で大盛況です。出店者の方々、お出かけ下さるお客様にも感謝です。それなりに苦労も沢山ありますが、少しでも活性化の役に立てれば...とめげない心で頑張っています。皆様の支えあっての事です。

       

5月の連休はいかがお過ごしでしょうか。私は通常の営業を致しました。5/1(日)・5/2(月)は花染は定休日ですので、久しぶりに大阪・中の島・東洋磁器美術館へ出かけ「宮川香山」という全然存じ上げなかったすごい人の展覧会を拝見致しました。絶句・・・と言うしかない作品と人となりに驚きの数々を体験しました。

       

5/2(月)は、京都・紫野大徳寺の「狩野探幽・雲龍天井画」が春の一般公開と言うので、出かけました。数百年を一気にもどり龍が躍る姿と歴史の重さを体いっぱいに感じつつ、大徳寺内を気のおもむくまま拝見して回りました。新緑に目もさめるごとく感動した1日でした。

       

そうそう、何時だったか「エベレスト」の映画も見ましたヨ・・・。とても良い作品でした。感動が胸に広がり、その熱い思いに涙し、厳かな気持を抱く事が出来ました。

気候がとても不順です。どうぞお気をつけて下さいませ。北海道は29日(金)は雪だったとの事ですね。
自然と自然災害に向き合う人々に「どうぞ、めげないでください。」お伝えしたいです。
島本町は、今日もうぐいすが「ホーホケキョ!!」と美しい声を奏でています。

 


 2016年(平成28年)4月1日

今日から新年度のスタートですね。以前は4/1はエイプリルフール「4月馬鹿」と言って、この日は嘘をついても良い日とされ、人様にちょっと「いたずら」をしたものです。何をしても可笑しくて、何があっても「キャッ、キャッ・・・。」とお箸が転げても笑いころげていた時代の若き日々です。
この4月1日前後は、毎年、何故かソワソワ・ウキウキしてしまいます。桜の花に魅せられ「しず心なく・・・」心乱れてしまうのです。
そして又、ハラハラ散りゆく花に再び自分の人生を重ね、いにしえの歌人に思いを馳せるのです。
「日本列島はなんと美しい!!」と誇らしい思いでいっぱいになります。桜前線は時速2kmで北上するのだそうですが、今年も又、美しい想いを乗せ、日本人の心を虜にしながら駆け抜けて行くのでしょう。

先月3月6日、大山崎山荘美術館の「「三國荘展」に出かけました。久しぶりに訪れた美術館は、春と言うには少し早い・・・しかし、やぶ椿が最後の花を咲かせ、ひっそりとした佇まいの中でした。

           

ちょっとマニアックな「三國荘展」だったので人影も少なく、トンネルからのプロローグは大好きな美術館への思いを一気に盛り上げてくれました。
この「三國荘」は民藝運動(昭和初期)を育み支えた人達の理想の空間だったのです。この時代の文化人の思想に心奪われ、私も育まれ成長させて頂きました。
この思想に出会わなければ、より深く工芸を知る事も出来なかったし、現在の花染もなかったと思います。
大山崎山荘美術館のそのものの成り立ちは、この「民藝運動」を支えた先人達の作品を展示する美術館であったのです。

加賀正太郎(ニッカウヰスキーの創始者)の別荘であったこの建物は、幾多の変遷を経て、20年前に大山崎山荘美術館として発足しました。
開館は、ついこの間の様に思いますが、20周年との事でした。

   

花染から歩いても40分余り、直線距離にして3km程だと思いますが、木々に囲まれ四季折々違った表情を見せ、自然に溶け込み、しみじみ胸に感動を与えてくれる最良の場所なのです。
舩木倭帆先生も、時折おたずねになる、大好きな美術館でした。この大山崎山荘美術館も今、桜の花で埋めつくされていることでしょう。

   

山荘から眺める三川合流地点(桂川・木津川・宇治川)に「背割りの桜」と称する桜の名所があり、きっと桜をめでる人々で賑わっている事と思います。

3/19(土)「第三・土曜市」は午前中は雨との予報でしたが、開場の頃には雨が上がると判断し、決行しました。一時間程わずかの霧雨に濡れはしましたが、ありがたい事に、空は明るくなり私達も胸を撫で下ろしました。
当日予定の「傘踊り」はとても華やかで明る、かつ元気なご婦人達の踊りに力を借り、楽しい時間でした。

   


高槻ケーブルテレビの撮影も入り、4月に放映して下さるそうです。宣伝効果に期待し、たくさんの人達が来て下さる様になれば、嬉しいです。
私も今回は瀬戸内海・来島海峡のひじき・のりを販売しました。春限定でしかお売り出来ないので、昨年来より皆様にお待ち頂いていましたので・・・
たくさんの方々に支えて頂き、とても協力的な姿勢に頭が下がります。
さっそく土曜市で手に入れた元気な食材で、煮物、スープ等を作ると嬉しくなり、写真を撮り、自慢気に掲載してみました。パセリは冷凍します。手に取るとパラパラを崩れ、すぐに使用出来ます。

         
 
 

   

そうそう、「第三・土曜市」に出店して下さっている「たこ焼き屋さん」・・・。
何とも美味なのですヨ。毎回の様に買わせて頂いていますが、いつも行列が出来ます。こんな楽しみはプラスαとして、かけがえのない人様とのつながりです。

       

この年になると、人との繋がりをとても有難い事と感じます。人様に支えられ、助けられ、そして又、何処かで人様の役に立つ事が出来る様に心がける大切さを念頭に置いていたいですね。

先回3/2「日常つれづれ」に島本町は、いい町ですヨ・・・。と書きましたが、10日程前、店へ初めての40代後半くらいの女性が入って来られ、「こんな所に、いい店があるんですね・・・。」とお誉め言葉を頂きましたが、それにも増して嬉しかったのは、「子供が島本の高校にこの春から入学するので、手続きに来たのですが、とてもいい町ですね。引っ越して来たいくらいです!!」とおっしゃって下さったのが何よりの喜びでした。吹田にお住まい・・・との事です。
「入学式に又、来るので、その折に又寄せて頂きます・・・。」と・・・いろいろお話させて頂きました。

花染は大通りから2軒入っているので、初めて島本町へ来られた方には、見つけて頂けなくて、少々辛い折がありますが、「何か感じて引き寄せられたのです・・・。」と時折、ありがたい言葉を頂きます。こうして又、人様とつながっていく事に感謝です。

島本ウォッチング。ぶらり街歩きです。

           

島本町には、いたる所に沢山の桜の木があります。春には見事な花を咲かせ、心地良い風が吹く頃には、緑陰を私達に与え、そして秋には美しく紅葉するのです。
ここ40~50年、街は開発が進み、どんどん大木の桜の木は切られ、消えて行きました。100年単位で育った桜の木がアッという間に切り倒される光景に胸が痛みます。それでも健気に、まだまだ存在感を示します。花が咲く頃になると、山々にも沢山の桜の木があることを知ります。見て欲しい・・・と言わんばかりに咲き誇っています。

水無瀬川の流域の堤は見事な桜並木です。水無瀬駅前の桜も春を告げます。4月1日現在は6分咲きですが、まもなく街全体が薄桜色に染まり、各自治体・子供会はそれぞれ桜の木のもとでお花見を催し、一瞬の春を楽しみます。
4~5日前から、うぐいすが「ちっちっ」とまだまだ幼い鳴き声を奏で、練習の過程でしたが、昨日あたりから「ホーホケキョ!!」と美しい声で春を告げ始めました。数羽が連呼し、これから毎日、この歌声を聞く幸せな日々を過ごします。
ちょっとした街の外れや道端には、タンポポ、かたくりの花、名を知らない小さな可憐な花が咲きます。いいですねェ・・・!
いろいろ書きたい事はあるのですが、しばらくは、嬉しい話・・・限定にしようと思います。

4月19日〔火〕――― 4月23日〔土〕
4月26日〔火〕――― 4月30日〔土〕
『西川孝次氏の吹きガラスの仕事展』をします。彼の展示会は本当に久しぶりです。30年来のおつき合いですが、幾十年経て、尚、彼の作品に心引かれます。
吹きガラスの美しさと、時代に流されない、しっかりとした足どりに改めて敬服致します。
4月の後半になると暖かく陽気にもなると思いますので、是非お出かけ下さいませ。花染の2Fの展示場も変わりましたヨ!!

☆ ゴールデンウイークの休みは通常です。 日・月定休日
☆ 祝日4/29(金) 5/3・4・5(火・水・木)営業いたします。


 2016年(平成28年)3月2日

春の太陽の明るさにホッとします。冷たい季節が終わり、やっと温もりを日差しから感じ取る事が出来る様になりました。心より春を待っていました。春の身支度をし、しつらえをすると心まで和みます。

 
     

今、多肉植物にはまっています。センベルなどにもお詳しい人と知り合いました。この方も「第三・土曜市」に出店してくれている人です。私が今まで失敗した育て方を改めさせて頂き、教えてくださっています。愛らしい姿にぞっこんです。これからの季節、大きく育ってゆくそうですので、気を抜かずに、心配りをしてやりたいと思っています。

 
      

植物や自然が日常の中にある暮らしは、とても良いですね。これからの季節、この街は道端に、田畑に、そして山々に自然が溢れます。レンゲやたんぽぽ、名を知らない花も自生し長閑な春を迎えます。
ポカポカと日差しが降り注ぐ中を「ぶらり・ぶらり」と散歩するのも田舎道ならではの楽しみです。
それでいて京都へも大阪へも便利・・・と、素晴らしいでしょう!
島本町の自然や景色をこのページに載せてみようかな・・・と思っているのですが・・・。次回から心の赴くまま写真を撮るべくぶらりと町歩きをしてみることに致します。

お若いご夫婦、お子様づれの人々も多く入って来ています。お店へ来て下さったお客様が新しく引っ越して来た・・・との話は、とても嬉しいです。人口は3万人前後ですが、一応不自由なく日常生活は成り立ちます。お年を召して、無機質で騒々しい暮らしがしんどくなり、そうかと言って田舎暮らしも大変だし・・・と思っている方は、是非、島本町にお住まい下さいませ。ご年配の方々にも、子育て世代のお若い層にも優しい町です。

私達の「第三・土曜市」も島本町の特性を生かし、地場の野菜を是非販売したい・・・と熱望していたのですが、やっと地元の新鮮な四季折々の野菜や果物を出店してくださる方が見つかりました。3/19(土)から農家が3軒になります。土曜市の進化の為には欠かせない存在になってくれると期待しています。

私も今年は例年になく、とても沢山の切り干し大根を作りました。年明け1月は暖かい日が続き、野菜が一気に成長してしまった・・・と言う事で、大根・水菜・ねぎ・白菜の冬野菜を大量に頂き、無駄にしたくないので、せっせと料理に励みました。切り干し大根は、冷凍して保存します。それを少量ずつ取り出し水にもどし、お出汁で薄味に煮ます。自然の風味にお日様の力が加わって香もお味も特級に仕上がります。私は少しコリコリと歯ごたえがあるのが好きなので、煮過ぎない様に気を付けますが、これから少しずつ冷凍保存から出して楽しめるのですよ。我家の器に入れてみました。柴田さんの飴釉の楕円鉢です。

 
     

この器は20年くらい我家で重宝に使っていますが、いつもその使い心地に感心させられています。
いろいろの白和え・きんぴらごぼう・白菜や小松菜の煮びたし・ひじきの煮物そして切り干し大根・・・等々、数え上げればきりがなく、大活躍しています。食器棚の中でも、取り出しやすい所に置き、ついつい手が伸び大切にしています。

花染に現在置いてある柴田さんの器の中で今回この楕円鉢の作品を数点写真に撮りました、スリップウェアーの作品です。

 
  

日々の料理は家族にとっても、自分にとっても大切ですが、お気に入りの器の数々は、暮らしにうるおいと楽しみを与えてくれる事を実感致します。
花染のお客様の中には、料理も器も達人の方々がたくさんいらっしゃるので、料理のコツなど教えて頂き、こんな話で盛り上がる日も、仕事上の楽しみの1ツです。

話はまったく変わりますが、今、空前のネコブームと言われています。「ブーム」という文言は嫌いですが、時折、HNK BSプレミアムの「ねこ歩き」をボーッと見ることがあります。ねこの目線がのどかで気持ちがなごみます。
私にも幼い頃の猫との思い出があります。
小学校に入った頃、我家にフラリと迷い込んで来た子猫がすっかりなつき、そのまま私にとって無くてはならない存在になって行きました。ひよこ・かめ・金魚・セキセイインコ・うさぎ等々、何かしら小動物を飼いましたが、この猫は特別でした。
可愛がって、可愛がって、溺愛し、たわむれ、いつもいっしょでした。学校から帰ると、ころげる様に猫も、どこからともなくご帰還し、私と話をする毎日でした。
子供も何度か産みました。この子猫が、又可愛いのです。手離すのは、辛くはありましたが、もらってくれる友達を見つけては育てて頂きました。
ある日、私の愛する猫が居なくなってしまったのです。
両親はいつも「猫を誰かにもらって頂きなさい・・・。」と私に言っていました。時々、ご近所にご迷惑をかけるからです。どんなに説得されても手離しませんでした。
中学に入学した頃、父と二人で香川の金毘羅さんに旅をして帰ると、姿を消していたのです。「おまえの留守に出て行ってしまった・・・。」と言うのです。あれほど可愛がっていたのに・・・とかなりショックでしたが、毎日の暮らしに時々思い出しはするものの、あきらめてしまいました。幾十年、時が流れど忘れられない私の猫でした。

そして最近・・・といっても十年程前、両親がまだ健在の頃、私が里に帰った折、父がひょっこり「あの時、猫は捨てたんだ・・・。」と思いがけずポツリとつぶやいたのです。
父の言葉に我が耳を疑いました。40幾年を経て明らかになった事実に、平常心が保ませんでした。
家族の皆が知っていた・・・と。とっさに理解しましたが、それならそれで終生隠して欲しかった!! 父も、私への悔恨の気持ちもあったのでしょう。私の猫が可愛そうで、今も残る心の痛手です。

その父母も今では西の岸に渡ってしまいました。猫のことと言うと全ての話がこれにつきるのです。
「本当に可愛がっていたのですから!」 人様にとっては、つまらない話ですが、私には大事な人生の一片なのです。その可愛い私の猫の名前は「ねこちゃん」でした。甘く切ない、ちょっと感傷的な話です。

4月には久しぶりに西川孝次さんの「吹きガラス展」をしたいと思っています。彼が今、一生懸命制作して下さっています。普段、花染に置いていないたくさんの作品が春の光の中で並びます。30年近い彼とのおつき合いを大切に、私もがんばりたいと思っています。

 

明日はひなまつりです。いろいろの思い出とともに春を迎えます。
梅の花も咲きそろい、そろそろ桃の花の便りも聞かれるようになりました。明るい陽射しの中、外に出て春の光を満喫いたしましょう。

     



  2016年(平成28年)2月1日

この冬は暖かくて楽だナァ...と思いきや、突然日本列島が寒波に襲われ、それも例年にない...と報道されています。奄美大島で百数年ぶりの雪!沖縄では初めての雪、に皆な驚いたことでしょう。
関西、この近畿圏は、たいした雪は降らなかったのですが、私達も急な寒さ、風の冷たさに身を凍えさせました。
晴れた日の日差しは、明らかに春めいていますが、まだしばらく、こうした寒暖を繰り返すのでしょうね。
我が店のめだかも、暖かかった年初めは、例年になく水面に上がったりしていましたが、又、今は冬眠です。うろうろしています。

年をとると、何か明るいものに心ひかれます。どちらかと言うと土味の豊かな器が好きだったのですが、最近、磁器の作品も心なしか店に増えて来ました。
その中でも、昨秋からおつき合いが始まった金沢の赤地健氏の色絵が目を引きます。愛らしい器の中の小動物や自然に心が温まります。

     

渋い器でコーディネートした食卓に花を添えてくれるのです。

温かい話がもう1ツ...ミーハーのお話しに心がゆるみます。NHK朝のドラマに花染のお客様達と一緒になってはまっています。
五代友厚を演じるディーン・フジオカ氏の話でもちきりです。
「澄んだ目に吸い込まれる!笑顔が爽やか!端正はお顔!」と...うるさい事です。朝から顔をゆるめて楽しみに見入っていましたのに、22日放送を最後に五代さん亡くなってしまいました。
想像をはるかに超える寂しさです。でも、それは私達だけではなかったのでしょう。1/24の新聞に下の様な記事が掲載されていました。

 

大阪では、これをきっかけに五代友厚・広岡浅子氏の偉大さを知り、大阪株式取引所(現・大阪商工会議所)などゆかりのものを見学する人が増えたとの事です。
時折、私用で中之島あたり、北浜に行くと商人や実業家の人々の過去のすごい業績に出会い、感動することがあります。
偉大な人々の足跡をあまり学ぶ事なく、多くを知らないで来ています。
近代史の中で登場する政治家や実業家は、何となく学校で学んだり、折々知る機会もありますが、大阪の経済界・文化の大きさを、全国バージョンで感じる事も少なかった様に思います。
生粋の大阪人は、いにしえの経済人や文化の偉大さは、良くごぞんじの事だとは思うのですが...。 

この島本町に暮らす様になって、約40年になりますが、ここは大阪府の北のはずれ、20分も歩くと京都府という境目に位置する関係もあり、大阪市内のことはほとんど知識として無いのです。
島本町そのものも、大昔は後鳥羽上皇の狩場だった事や、文化、人の流通なども京都との関係の方が強かったと思います。
大阪が、日本第二の都市と言われながら、近年の事しか知らなくて、特に最近は「大阪のおばちゃん」「お笑い芸人」「ひったくり事件全国ワースト1」と悪名ばかりが表立って、自信を無くしているのだと思います。

大阪の素晴らしさを、この五代友厚・広岡浅子氏をお手本にしながら、もっともっと日本中にエールを送ってほしい...朝ドラ「あさが来た!」に託す思いです。
それと共に、このドラマで生きている世界が超アナログの美しさです、まだまだ日本人の心情や生活が麗しく息づいている事も、とても羨ましく思いながら毎朝見ています。
現代の日本が忘れている、そして当然、日本人がDNAの中に持っている世界に冠たる日本が存在しています。

話は飛びますが、電車など乗り物に乗っていると、ほんの希に素敵は80才代くらいの品の良い方をお見かけすることが事があります。
私達も年を重ねる事で、自分の立ち居振舞いは、それを目ざし、そうありたいと願っています。
五代友厚氏が、いくつで亡くなったのか知らないのですが、薩摩藩の武士であった実業家は、きっとこうあったのだと凛々しい姿から思いを馳せるのです。
お二人に関する本がたくさん出版されている様子ですので、読んでみないといけませんね。

今回の「日常つれづれ」はさりげなく流してしまおうと思っていたのですが、とても気になった番組があり、その事が胸に引っ掛かっています。
先週1/24(日)NHKスペシャル「新・映像の世紀」の中に刻まれた、深い人間が持つ悪を忘れる事が出来ません。

     

すでにこのシリーズは3~4回だと思うのですが、写し出される映像と事実に、深い憤りを憶えるのです。私達がどうする事も出来ないけれど、世界の近代史をもう少し学ぶ機会を人類に与えてほしいとさえ思ったのです。今、世界に蔓延する「にくしみ」の連鎖がどうして起こったのか、そして驚くべき憎悪にまみれた映像を映し出していました。
「そうだったのか」と...知らなかった事実に驚愕した1時間でした。

「地球は人類は滅びる!」そんな嘆きを持つ番組です。まだまだひき続き制作されるでしょうし、また、再放送、再々放送して頂きたい番組です。

何だか最後は憤る気持ちで終わりたいのですが...。
ただ、人間は悪しくもあり、善くもある事も忘れないで日々を過ごしたいです。

天候もおかしいし、人間も何もかもおかしい!!
1/17(日)京都高島屋で追悼展「山崎豊子展」を拝見し、彼女が世の不条理をまっすぐ追求し続けた、使命感とエネルギーに今さらながら深い感銘を受け立ちつくす思いでした。
「世の不条理に対して、怒りを持ちましょう!」その気持ちで、つれづれは終わります。

でも花染には可愛いチューリップも咲いています。
2/3は節分、2/4は立春、おひな祭りも近いです。「春よ来い!早く来い!」


  2016年(平成28年)1月11日

新しい年になりました。今年はお天気が良かったので、毎朝美しい日の出を見る事が出来、神々しく光を放つ太陽をついつい拝みたくなりました。
春の様な三が日でした。2日に初詣をしたのですが、3月下旬の暖かさ...との報道にびっくりです。
毎年京都六波羅蜜寺なのですが、今年は初めて石清水八幡宮へお詣りをさせて頂きました。島本町の対岸、
川向こうにあるにもかかわらず、川向こうは近くて遠い場所なのです。昔は、山崎に舟着き場があり、向こう岸へ渡し舟が出ていたとのことです。八幡宮はたくさんの初詣の人で溢れていましたが、それなりにスムーズに運び、八幡御神矢を求め、神楽舞で巫女さんに清めて頂き、お詣りをすませました。

     

石清水八幡宮は昨年10月、国宝指定を受け、一気に関心が高まったのでしょうか。人出に拍車をかけたのかも知れません。
成り立ちは平安時代にさかのぼり、信長により社殿修復、秀吉の廻廊再建、秀頼による社殿再建、そして徳川家光により造営...と。
八幡造で同形式の中では、現存最古で最大規模であり、古代に成立した荘厳な社殿形式を保持しつつ、近代的な装飾を兼備した完成度の高い近世神社建築として極めて高い価値を持つという事が認められ国宝指定となったとの事です。
社殿は壮大で美しく、巫女さんが舞う姿も美しく、日本の持つ独特の形式美を改めて発見した初詣でした。

プラプラと過ごしていた3日の朝、NHKで偶然出くわしてしまった番組に釘付けでした。
「奇跡の色 備前・森陶岳・巨大窯に挑む」に見入ってしまいました。

 

10数年前、日曜美術館で放映された大窯に感動し、数十年かけて80mの窯を築くお話しがありました。
忘れかけていたその話がよみがえり、すさまじい修行僧のような風貌・生き方にのめり込んでしまいました。

室町時代から続く名門の窯元に生まれ、炎を見るのが大好きは子供だったとの事です。25才から始めた初期の作品は、これまでの備前にはなかった斬新なもので、奇才と評価も高かったにもかかわらず、400年前の古備前に出会い、探求が始まり、遺跡に答えを求めたそうです。

     

昔の古備前は全長50mの窯で焼かれた事を参考に、自ら図面をおこし46mの大窯を築いたのは36才の時です。
私が持っている彼の作品集は、1999年に出版され、その同じ頃、大きな展示会が開かれ、私も大きな展示会場で自分が高揚してゆくのを感じました。

今回の番組はそれ以後の壮大な彼のあくなき挑戦の現場を写し出していました。
30年の歳月をかけて作り上げた全長85mを超える巨大窯、地上類を見ない桁外れのスケールでした。もちろん古備前の大窯をはるかにこえる、誰もいどんだ事のない巨大窯での挑戦でした。昨年1月4日に火入れをし、3ヶ月以上つづく窯だき、3ヶ月は一時たりとも火を絶やす事は出来ない、古備前に追いつき、そしてそれを超えると言う野望です。
半歩でも一歩でも超えていかなければならない、そして自分なりの進化を加えたい...。
あくなき探求心は、まるで修行僧の姿でした。焼成中3ヶ月の苦闘は、手に汗を握る炎との戦いでした。
3ヶ月と2週間、すべての窯だきの作業を終え、ゆっくりと3ヶ月間焼き締められた器が自然にさめるのを待つ...
不安な要素がどんどん積もってゆく、苦行にも近いものがあるのではないかと思います。

窯出しは、その現場にいると、すごい感動だと思います。
まず、大きな甕(かめ)が取り出される。古備前を越える五石大甕です。

 

白い焼物...陶岳さんが静かに「綿菓子みたいな焼物じゃ!」と口をついて出る言葉にただものではない焼成を知りました。
「人の力で人工的に小細工したというものではなく、自然に生まれ出たというエネルギーは、バケモノみたいな力が尋常なものとは思えない」とおっしゃるその姿は、映像で見る限り、穏やかなそして熱い思いがみなぎっていました

 

27年10月、巨大窯からすべての器が取り出され、静かに窯の中を歩く姿に魅せられました。そしてもっと魅せられた言葉は、「もうすでに次に気持ちは移って行かなければいけない。発信したいと思うものがどう言うものか分からないが、命ある限り見てみたい!」と巨大窯がもたらす過酷な試練を超えようとする姿でした。

   

長々と書いてしまいましたが、私が尊敬してやまない「森 陶岳」を知っていただきたいと言う思う一念です。

新年早々、書きたいことはいっぱいあったのですが、ちょっとはしょります。

熱い話を2ツ!!
1ツは、「山崎豊子展」の話です。彼女の3回忌を迎えた今、京都高島屋で追悼展が開かれています。
1/6(水)~1/18(月)までです。まだ拝見に行けていないのですが、彼女の人生を感じ取りに行きたいと思っています。

 

もう1ツ。1/4の新聞全面広告「いま求められているのは海賊のような男」を見つけました。
岡田准一主演の「海賊と呼ばれた男」の映画の話でした。楽しみが1ツ増えた思いです。

新聞を見ていると本欄もですが、広告の部分にも、生き方、考え方のヒントを得る事が多々あります。
活字は何でもすごい力を持っていると実感致します。

11日は成人の日。そして鏡開きです。あずきを煮ておぜんざいを作りましょう。あつあつのお餅といっしょにお正月も終わりですね。
折々の日本行事は、心も体も温めてくれますし、次の世代の子供達にも伝えていきたいですね。
店内は椿の花を舩木先生の花入れに挿し、菜の花を武内氏のピッチャーに生け、早くも春を待つ気分です。

   

椿の花名は「玉の浦」、何と趣のある名称でしょう。道々には、そこはかとなく蠟梅の花の香が漂っています。日本っていいですね。

そして商店街の「第三・土曜市」今年初回が16日(土)です。
たくさんの手づくりの出店の方々と、たくさんのイベントを企画しています。
淀川のよしで作ったよし笛の演奏は、日本の心が体の隅々まで入り込む様なしみじみとした音色です。子供達が寒い中演奏してくれます。何か温かい飲み物をご用意しておきます。
たい焼き、たこ焼き、唐あげ、そして今回初参加―――メンタイボールのフライ(サクサクあっさり軽い食感だそうです)、地場の無農薬野菜の農家など、「食」のイベントもめじろおしです。

そうそう...子供の楽しい遊び場も作りますよ!!
お出かけ頂いたお客様を十分持てなすに足る企画ですのでお寒い中ですが、楽しんでくださいませ。

今年も、めげない心で熱く進化出来れば嬉しいです。
そして1人でも多くに人達に、今ある自然と共生する日々を、又、手仕事の大切さを知り守って行ける暮らしを続けて欲しいと願いながら、又一年がんばりたいと思っています。

花染はいつも暖かくした店内と心でお待ち申し上げております。是非、お遊びにお出かけくださいませ。
お風邪などにもお気を付けてお過ごし下さい。



  2015年(平成27年)12月9日
紅葉もそろそろ終わりに近づき、空気は冷たく木枯らしを体感する日も増え始め、今年も残すところ1ヶ月を切りました。店の裏の万両の実が赤く色づき、お正月も近いナァ・・・と。一年の早さに驚きます。

                     

花染も11月17日にリニューアルオープンして20日余り。少し落ち着いて参りました。
これからまだまだ・・・修正を・・・という部分も多々ございますが、どうかお出かけ下さいませ。
心よりお待ち申し上げております。

                        

新しい作家の方々との出会いは、私がかけがえのないものに気付く貴重な出来事でもありました。
特に武内真木氏との交流は、私を原点に立ち戻らせて頂くことになりました。作品を送って下さる箱の中には、素敵な作品と共に、丁寧な文章でお手紙が入っていて、その中に私の心を洗う一文が添えてありました。

  
     

文章はとても穏やかで優しく、今の私の心境そのものです。
子供の頃からおじい様やお父様(竹内晴二郎)との民藝の暮らしを普通の事とし、ご自身も浜田庄司の弟子となり作陶に専念する長い年月をお過ごしになられ・・・
「世の中の流行に振り回されないだけの自信を持てるようになりました・・・。」と控えめにおっしゃる武内真木氏の心情に触れ、私は、「ハッ!!」と気づかせて頂きました。
いつも心が揺れ迷う私へクサビのごとく打ち込まれてしまいました。
自分らしく生きる事が如何に大切で難しい事か・・・又、難題にぶつかってしまったのです。めげない心で、又一歩一歩精進して行きたいと願う日々です。自分を振り返る良い機会を与えて頂きました。

話は変わって、
先日12月5日(土)島本町全体の「手づくり市」が催され、毎月我々の商店街で行っている「第三・土曜市」も参加いたしました。たくさんの人々が町内を行きかい、大変な1日でした。
「風船パフォーマンス」の方を私達の商店街のイベントとしてお願いしてあったのですが、それが見事に子供達そして大人までも魅了する歌と踊り、音楽を交えた、まさにパフォーマンスでした。

  
        

想定外に楽しく盛り上がり、お客様達も大満足でした。
ポップコーンも無料で配らせて頂いたのですが、700人以上分が出て行きました。

                          

とても疲れはしましたが、お祭り騒ぎにどっぷり浸かった楽しい1日でした。

そして、島本町の冬の風物詩・楠公道路のイルミネーションが始まりました。阪急水無瀬駅からJR島本駅までの直線道路が美しく輝いています。

        

道を行き交う人々の横顔を照らし、シンとした冷たい空気を一層際立てています。夕刻5時点灯です。そうぞお出かけ下さいませ。(12月31日までです)

まだまだ私は進化の過程・・・幾歳になっても勉強する事が山盛りで背が重いです。心が千々に乱れる中で真っ赤なりんごが信州から届きました。まん丸いりんごの姿に癒され、いい香りが私を包み込み、優しく背中を擦ってくれている気分です。

                        

店内のお正月飾りも出来上がりました。赤地健氏のとても素敵な赤絵の干支のおさるさんももうすぐ入ってきます

     


日本の四季や折々の行事に感謝し、日本人の心を守り、そして育んで行けます様。又、落ち着いた丁寧な暮らしが出来ます様、努力したいと思います。
12月28日(月)・29日(火)は営業致します。
1月新年は、5日(火)からです。
末永くよろしくお願い申し上げます。
そして、年末年始をどうぞお健やかにお過ごしになられます事をお祈り申し上げます。
(HPはまだまだリニューアル出来ておりませんが、少しずつ更新して参ります)



 
 2015年(平成27年)11月1日

真っ青で抜ける様に高い空が広がり、食欲の秋を感じさせてくれます。実りの秋に相応しく食材には事欠きません。
先日、丹波の黒豆の枝豆を沢山送って頂き、大きなぶどうの様な粒に舌鼓みを打ちながら「日本の四季はイイナァ・・・!」と・・・。
丹波の黒豆は、たぶん日本一。お正月の煮豆用に、毎年、母に送っていましたが、その母は今はもういません。
遠い人になってしまった事を、折につけ思い起こしては涙してしまいます。
子供の頃の父や母、家族との思い出は、ちょっとしたこの様なきっかけで、オーバーラップしてしまいます。ちょっと湿っぽいですね。

花染「リニューアル前の全店Sale」にたくさんのお客様がお出かけ下さいました。
花染を愛して下さる皆様に、ただただ感謝する日々を送らせて頂き、忙しい中にも、本当に幸せな日々でした。
10/10(土)で終わり、リニューアルオープンまでしばらくお目にかかれない事を寂しがってくださる情愛に頭の下がる思いです。
「リニューアルを楽しみにしているからね…!!」と口々におっしゃって下さる事は幸せでもあり、プレッシャーでもあります。
そのプレッシャーを背負って、今ひたすらに頑張っていますが、頭は千々に乱れています。

そのあい間に新しいお取り引き先へ旅をしました。この度は、2泊3日の金沢 ― 七尾方面への強行軍でした。
良い出会いをさせて頂き、実りある日々を通して皆様方から若々しいエネルギーをもらいましたが、本当に花染にしっくり馴染むのに2年くらいはかかると思います。どの様に新風を吹き込んで頂こうかと胸がおどります。

金沢の街もしっかり精力的に楽しんでしまいました。何時もゆっくりとした旅を心がけるのですが、ついつい走り廻ってしまうのです。

   

石川県立美術館では、偶然開催されていた「鴨居玲展」(1928年~1985年)に足を運びました。彼が金沢で育ち、金沢美術工芸大学で学んだ事もあり、この美術館が多くを所蔵しているとの事でした。これ程の作品が集められるのは金沢ならではの事でしょう。

 

思いがけず、仕事がスムーズに運んだおかげで、新しい刺激を受ける良い機会を得る事が出来ました。

21世紀美術館も旅の1つの目的でもありました。子供達が気軽に「美術館として構える事なく参加出来る事」が目的とはお聞きしていましたが・・・。これが美術館か?と思う程、若い人々、そして子供づれのご夫婦など、私の想定外の人でごった返していました。
それでも現代美術の楽しさをゆっくり味わうべく館内を歩きました。人は多くて大変でしたが、それなりに造形の美しさに触れる事で新たな喜びを感じ取る事ができました。

   

私にとって子供時代の美術館の始まりは、小学低学年に父と訪れた「倉敷大原美術館」です。荘厳な建物は美しさであふれ、父の講釈を聞きながら静かにゆったりと空間を歩き、「本物」を体で受け留め流れる時間に身をまかせるそんな時代でした。
たびたび父母と訪れた美術館には、長い年月をかけて、知識や美意識、そしてお行儀や、作者への尊敬までも育ててもらった気がします。

今の時代とは、社会状況もまったく異なるけれど、21世紀美術館の様なものを経て、子供達に次に進ませて上げて欲しい・・・。と老婆心ながら考えてしまいました。

最終日の午後、時間が出来たので、街歩きをしよう!!ひたすら歩きました。
浅野川の畔で版画家の故「クリフトンカーフ氏」が晩年を過ごした自宅兼アトリエに出くわし、驚きました。

 

前日、そんな話をしていた矢先の事で偶然の喜びでした。

仕事から仕事へタクシーで走る車窓から、フッと一瞬見つけていたショーウインドウにも偶然行きあたり驚きました。
それは、「柳宗理記念デザイン研究所」のショールームでした。柳宗理氏は1950年代より約50年にわたり金沢美術工芸大学で教鞭を取り、大きな足跡を金沢の若い人々に残したのでしょう。

   

私は彼の父君の柳宗悦氏に傾倒していましたし、東京駒場の日本民芸館が私の仕事の芯でもありましたので、柳宗理氏とは相容れないものを持って仕事をしていました。(彼は日本民芸館長を1977年~約30年務めました)
しかし、若い人々に与えた、デザイナーである宗理氏の仕事は脈々と引き継がれていることも否定出来ない事実と感じつつ研究所を後にしました。

旅は日常性から離れていいものですね。たくさんのものを発見させて頂きました。
ひたすら歩き、近江町市場内でにぎり寿司屋さんに入り、日本海の幸を頂き、秋晴れのちょっと暑い中、弥次喜多珍道中の旅を終えました。

 

またまた工務店さんの仕事の合い間をかいくぐって、10/22日 岡山倉敷・酒津への旅です。武内晴二郎氏(1921~1979)のお名前は、この世界では知る人ぞ知る偉大な人なのですが、50才代で早世さないました。

倉敷大原家にゆかりの深い方で、戦争で片腕を失くし、片方の手で作陶をなさいました。
私が彼の作品の写真を見たのは、40年くらい前だったでしょうか。長方形の器で、型押し、呉須の色が深く、どなたとも違って、心に響き、それ以降、胸にささった様に釉薬を忘れることもありませんでした。

私も店を長年させて頂き、又、再び作品集と出会いました。日本民芸館が尽力して「武内晴二郎作品集」を編集したのです。頁を開く程に、気持ちは熱く、言い知れぬ喜びに包まれました。

   

酒津で作陶をなさったのですが、その窯をご子息の武内真木さんが引き継いでいます。今までも、ご縁はなくはなかったのですが、そのまま幾十年が流れ、数年前の舩木先生「吹きガラス50年」パーティーの席でお目にかかりましたが、それきりになってしまいました。
この度のリニューアルに当たって、私も「まだまだ仕事を続けたい・・・。」との思いから、お伺いさせて頂く運びとなりました。
ポッと出会う作家の方々もあれば、この様に、いろいろのご縁でたぐり寄せられて行く作家もあります。ご縁とは不思議です。思いは通じるのですね。

私は、やはりこの世界が好きなのです。武内氏の酒津のご自宅・工房は、私にとって理想の佇まいでした。お宅の周辺は、まだまだ昔の面影が残る豊かな自然があり、高梁川の堤も雄大で、そこから水を引く水門の見事は景色に思いはひとっ飛び、昔に返ってしまいました。
父君の武内晴二郎氏がこの地にご自宅と工房をお持ちになられた時代がよみがえり込み上げるものがありました。

     

武内真木さんと長い時間を過ごし、かわす会話に酔いしれ、優しくて品のあるお人柄に、まるで何十年来の知人である様な錯覚をしてしまいました。
なごり惜しく、話がつきない中、夕刻になり、お宅を辞しました。

今現在の心境はとても複雑です。
たくさんの思いが交錯する日々でもあり、深い思いがフツフとわき上がる日々でもあります。
再出発への仕事は無限大です。くたびれかけていた自己を啓発し、次のエネルギーに向かう一歩が始まる事を願っています。
人々に助けられ、お客様に育てて頂き、たくさんのご縁に支えられている事を、もっともっと謙虚に受け止め成長して行きたいと素直に思っている自分も発見致しました。

力の限り花染を愛しんで、これからの厳しい時代の中でも、もう少し夢を見続けたいと思っています。そして、作者への思い・・・お客様への感謝・・・社会・文化への思いをひたすら拙い言葉で書き綴り、常に熱くありたいと願っています

そしてオープン致しましたら、再びお目にかかれます事を楽しみに致しております。
どうぞ、幾久しく花染をよろしくお願い申し上げます。




 2015年(平成27年)10月5日

焼けつく様な日差しに疲れ果てた8月も過ぎ、9月は不順な天気に悩まされ、地球はいったいどうなっているのだろうと思いつつ、それでも、日々折々四季を感じ、10月やっと秋を実感出来る様になりました。
秋海棠の花、のこん菊の花をお客様から頂き、店内も一気に華やかになりました。中秋の名月にはお月見だんごを食し、栗のお菓子に舌つづみを打ち、いつも感じる「日本っていいナァ・・・!!」

                          

デパートの食品売場には、国産松たけが並んでいますが、庶民にはほど遠いお値段ですので、せいぜい栗ごはんでも炊き、食卓に秋を呼び込んで見ましょう。

ふっと見つけた嬉しい話です。
先月、朝日新聞(9/13)読書の頁を何気なく見ていると、小さな枠で佐野洋子さんの本の出版が目に留まりました。 
「日曜美術館の前の5分間のドラマ」(Eテレ毎週日曜日午前8時55分~9時)にはまっている・・・佐野洋子さんを知りたい・・・と書いたことがありますが、まさしく彼女のことでした。
故・佐野洋子と書かれていると言うことは、すでに亡くなってしまった方なのだ・・・。と複雑な思いで拝見し、とても切ない思いを抱きました。
早速、町の本屋さんで買い求め、読み始めました。私が彼女に感じた思いは間違いではなかったのた・・・と自分を誉めたくなり、久しぶりに幸せになりました。

                        

「100万回生きたねこ」の著者、佐野洋子さんは、すでにたくさんのファンをお持ちでいらした事も知りました。
私が知らなかっただけで、絵本・童話などの世界では、数々の賞を受賞している事にも驚きました。文筆の世界は広いですね。折々これから彼女の作品を買い揃えて読みたい・・・なんだか熱くなりました。

 
         

絵を描いている北村裕花さんも、とても素敵です。やはり絵本作家として世に出て活躍なさっているのですね。
丁度私が「ヨーコさんの言葉」が本にならないかナァ・・・。と言い始めた頃に出版された様です。

内容は、ほとんどEテレで見た作品ですが、一冊の本にすると、佐野洋子さんの生きた人柄が手の中に暖かいぬくもりになって伝わって来るのを感じました。
本の帯に「自分らしく強くなれる、やさしくなれる、豊かな人生がここから始まります。」佐野さんの言葉に幸せの秘訣がある――と。生きものへの愛しい目線にホッとさせられ、本を閉じました。

すばらしい人達は世の中にいっぱいいらっしゃるのです。
私の大好きな番組がありました。
9/27(日)NHKスペシャル「作家・山崎豊子」戦争と人間を見つめて
人間を見つめ、ひとり時代に向き合う姿の重さに気持ちを引きずられてしまいました。

                        

番組を拝見する程に、私の中にいいしれない重いものを残してしまい、しばらく抜け出せませんでした。
俳優・仲代達矢氏が、せつなく情感込めてとつとつと語り、ナレーションが静かに流れる番組の構築も見事でした。

山崎豊子が89才で亡くなるその日までペンを握り続け、日本の何を見抜こうとしていたのか。
実在の人物や事件をモデルに、タブーを恐れぬ大作を次々に発表し、そのスケールの大きさは、他の作家とは異なる存在感を示していたと思います。
”取材の鬼”と言われ、1作品あたり200人を超える人物を取材し、死ぬまでこだわり続けた戦争、そして戦後の日本人の生きざまを追い続けた原動力を1時間の番組は私達にうったえていました。

                        

私の知らなかった予想外の展開もありましたが、主人公の中に山崎氏の理想とする男性の姿を込めたのです。
最後に「運命の人」のモデル西山氏(現在84才)の映像が印象的でした。
この崇高な問題提起を私達にも分かる様に小説にし、大衆に浸透させた彼女の能力を西山氏は称賛していました。

番組の言葉を引用させて頂きましたが、重い課題をつきつけられた様で、日本人の生き方を問われている気がしました。
長々と私が書く事ではない様にも思うのですが、熱くはげしい生命を感じる時、我が身を戒めたい思いにかられてしまうのです。
次の世代に彼女の崇高な精神を受け取って欲しいと思うのです。

今、花染は10/10(土)まで店内Saleをしています。
たくさんの人達で溢れましたが、感謝の思いでいっぱいです。
お礼を申しながら、大切にお包みして、お渡ししながらお話しをさせて頂いていますが、包装で手いっぱいで、ご遠方からのお客様に対しても、礼を失している事も多々あります。
不行届きはお詫び申し上げます。

32年の花染の年月の中で2度目のリニューアルですが、私の頭の中も、そして花染も、心は熱く形はシンプルに・・・と思っています。
どうなります事やら!!リニューアルオープンは、11/17(火)の予定です。
楽しい様な不安でいっぱいの様な・・・。たくさんの人達の力をお借りしながら進化したいものです。

11月初めの「日常つれづれ」には、もう少し具体的なお話しが出来ますれば嬉しいのですが、その頃は準備で必死かもしれませんね。

10月11日(日)~11月16日(日)まで、店は休業致します。
何かにつけて花染も新しい事に取り組みたいと思いますので、今後共、どうぞ見守ってください。

                      ―― ** ―― ** ―― ** ――
今日、10/5(月)朝早く丹波篠山・柴田氏の工房へ出かけ、たった今帰ってきました。丹波路は、柿の実がたわわに実り、すすきが、コスモスが風に揺れ、田は黄金色にさざ波、自然がとても豊かな世界でした。

柴田氏の工房は、今まさに息子さんが新しい登り窯を築いている最中でした。この窯が炊けるのは2年後くらい・・・とのお話しです。

                       

毎度お伺いさせて頂くと、庭と畑が混在し、木々や花々で埋め尽くされる佇まいに心を癒されます。

 
         


帰りに秋明菊、水引草などを頂き、たくさんを抱えて帰りました。明日から店内は花ざかりになります。


 
 2015年(平成27年)9月7日

9月に入り、雨がちな日々ですが、そのお陰で急に朝夕秋らしくなり、少々戸惑っています。秋の訪れの虫の音も聞かれるようになり、東の空に出る月も心なしか澄み渡っています。
しかし、この8月の様な暑い夏は過去あったでしょうか。毎日照りつける容赦ない太陽は熱帯を思わせ、体も心も萎えてしまいました。
その暑い中でも、いろいろな花が咲き、少しは心を和ませてくれます。毎日店へ通う道々に「むくげ」の花が咲き、何とも優しく、はかな気です。1日で終わる花が次から次と花開き、今なおひっそりと咲き続けています。

 
         

数週間前から夕日の照りつける帰り道、赤とんぼが数十匹、私にぶつかりそうになる程、乱舞しているのです。
夏の間も、チラホラ飛んでいる姿は見かけていましたが、最近は、メチャクチャ元気に群をなして飛び回っている小さな生き物に感動しています。

もう一つ、イイナァ・・・の話。以前7/3のつれづれにNHKテレビ「日曜美術館」のすぐ手前5分間の小さな番組にはまっている・・・と書きましたが、本当は毎週釘付けです。
8/30(日)ヨーコさんの言葉「口紅」文・佐野洋子・語り・上村典子・絵・北村裕花
3人が絶妙の調和であり、コンビネーションなのです。

         

写真も数枚撮りました。とても小憎らしい文言なのです。「言いえてしかり!!」何と的確な表現でしょう。尊敬してしまいます。
この全集を出版なさるといいのに・・・と最近では本気で思っています。ほのぼのと、森羅万象に優しい目線で、私も、かくありたいと願いながらみています。
この佐野洋子さんとおっしゃる方をもっともっと知りたくなります。

年齢とともに見えなかった物が見えて来たり、又、見えていたものが見えなくなってしまったり・・・と我が愚かしさや、複雑な感情に毎日揺れています。

そして、このまま惰性の様に年を取ってゆくのは如何なものかな?と思い始め、突然店をリニューアルする事を思い付きました。リニューアルに当り、必要な方々と相談、打ち合わせをし、決行する事にしました。
前回のリニューアルから約16年。お客様達に32年間の感謝をお伝えしながら、もう一度初心に返り、喜々として仕事に接したいのです。
しかしリニューアルい向けて悩みは満載です。何を発信したいと思っているのか、地域とどの様にかかわるのか。私にいったい何が出来るのか。
花染が何かの役に立つ為に、お客様、作家さんと今後どうすれば良い関係が築けるのか。今後もきっと悩み続ける事と思うのですが・・・。

 
    10/10(土)までは平常通り営業しています。    
    10/11(日)~11/16(月)まで店を閉めます。 
    11/17(火) リニューアルオープンです。


          
新たに作品を頂く事になる若い作家さん5~6人、そして「ちょっと素敵な日本の道具」など、今までの感性と違うものにも取り組むつもりです。若々しい、明るい空気の流れをつくり、私自身をも啓発してゆける事を願っています。
もちろん従来通り、花染を支えて下さった作家さんの作品を大切にしてゆく事はとても重要です。

リニューアルの仕事と同時進行して、家具の注文をたくさん頂いています。
32年間途絶える事なく、お作りさせて頂きました。先日、大きなサイドボード―― 好きな食器やガラスなどを入れるのだそうです。 ――を納めたばかりです。玄関・天井までいっぱいの靴箱・そして大きな机と引き出しと椅子・お嫁入りの鏡台・食卓と椅子・・・等々、大変な仕事の量ですが、出来上がると、何時も満足感で溢れます。

これから毎日が少々きつくなりますが、とても楽しみにしています。

第三・土曜市も。次々企画をしなくては・・・でもこれは、私の手を少しずつ離しながら、根っこをしっかり押さえていれば運営して行けます。又、そうして行くのが当初の考え方でもありましたので。
お客様がたくさんいらっしゃって下さる事が、最大の喜びです。
8/15はお盆の真只中という事もあり、人出が少ないと予想して、バンドをお呼びしました。セミプロの方のボーカルはなかなかのものでした。彼等の歌声によって、にぎやかな楽しい土曜市になりました。

 

4月の第三・土曜市から始まって9月19日(土)で6回です。少しずつ定着しつつありますが、まだまだ手をゆるめる事は出来ません。

話はまったくそれてしまいますが、ちょっと身近かで心地良いお話。
いつもクロネコヤマトさんの宅急便の方が荷物を届けてくれたり、私共から出る荷物を取りに来てくれたりしています。
私はこの方々に全面的な信頼を寄せていますが、その男性の胸のネーム札に大きく「ちゃんと」と書かれてあるのをいち早く見つけ、思わず、「本当よね~。」「いい言葉ねぇ~。」とたった一言に変に感心してしまいました。これがなかなか出来ないのです。
クロネコさんも「やるナァ・・・。」

そうこうしていると、年末・お正月とあわただしい日々がやって来ます。
まずは体力不足を補い、体調を整え、11月17日(火)リニューアルOPENに向けて、もろもろの事を乗り切ってゆきたいです。
皆様も、この天候不順の中、お疲れが出ない様にくれぐれもお気をつけて下さいませ。
そして、10月10日(土)までは、平常のまま店は営業しておりますので、是非、お出かけ下さいませ。
そして、今日、ふと気が付くと、店の裏にお客様から頂いた鉢植えの「山ほととぎす」がやっと一輪つぼみを付けているのを見つけました。

 
  


山野草のほととぎすですので、葉もかよわそうで、花も小さく可憐なのですヨ。嬉しいですね!!




 
 2015年(平成27年)8月3日
この所の真夏日に辟易しています。暑くないとお困りのお仕事もあると思うのですが、それにしても暑過ぎます。少し動くと体中から汗が噴き出し、水を被った様になり、お客様も「暑い暑い!!」と入って来られます。

台風11号の爪痕は各地で今も尚、被害をもたらし目を覆うばかりです。

7/18(土)の商店街・第三土曜市・夏祭りは台風11号にヤキモキさせられ、それだけで疲れました。
土曜日を目前に、木・金曜日共にどしゃ降り。金曜日に到っては、凄まじい雨が降り続き、近畿圏の河川が、どこも危険水域に達し、刻々とテレビのテロップが避難勧告を出し、携帯TELは数分おきにメールの音声が響き、島本町、山崎あたりも避難危険箇所がいくつか出され、私はニュースを見ながら心が痛み、流石に落ち込みました。

夜半になっても凄まじい雨は降り止まず、あきらめて寝てしまいました。朝早く、第一声「雨降ってる!!」6時はまだかなり降っていましたが、8時頃には小降りになり、Goする事を決定。奇跡の様に9時には雨は上がり、次々出店する方々も来てくれ始め、私達は夏祭りの準備にかかりました。

昼前には日が射し、午後は強い太陽と、たくさんのお客様達、子供づれの若い方々が後おしをしてくれる中、無事運行されました。

イベントも順調に皆様と一緒になって賑わってくれました。
土曜市と夏祭りと同時進行は、心底疲れはててしまいましたが、何とも爽やかで心地よい、そしてとてもありがたい奇跡の1日でした。

ただ必至のあまり、まったく写真を撮り忘れている事に後になって気づきました。「本当にドジなんだから・・・!!」

夏と言えば、住宅街では、さるすべりの花が誇らし気に咲き、私が店へ通う道々で元気づけてくれます。

 

こんなに暑くても道端には可憐に見える花も咲いていますが、可憐に見えるけれど、きっと強いんだろうナァ・・・と羨ましく、見ながら通り過ぎます。
花染の店内は今、ほとんと観葉植物、多肉植物でごまかしています。春に咲いた白い山吹きが実を付け、それもなかなかのものだと思い、舩木先生のビールグラスに生けています。

   

ちょっと風情のある花が欲しいですねぇ・・・。田舎町ゆえ、そういう花屋さんがないのですが、その分田舎ならでは、たくさんの野菜を頂きます。とまと、キュウリ、インゲン、なす、ゴーヤなどです。たまに冬瓜を頂くこともあり、とても嬉しいです。お酢づけ・半調理し、冷凍などして一生懸命ストックし、日持ちのする料理を考え、無駄にしない様努力します。

その上嬉しい事に、友達のご主人が明石へ蛸を釣りに行き、たくさん(10匹以上)の蛸を頂き、喜んでいます。きれいに掃除をし、しっかり冷凍してあるものを持って来てくれたので、我家の冷凍庫にストックしました。2~3日おきに、いろいろの料理に使いましたが、「たこめし」が中でも最高でした。でも本当はゆがいてすぐの蛸をそのまま切って、食べるのが一番です。

 

そして、たくさん頂いた野菜は、テンプラにもしましたが、夏場の揚げ物も良いものです。さっぱりと藻塩で頂くのは、又格別です。あっさりととてもたくさん食べられるのです。
たくさんの手間と時間と労力をかけ、大切に育てられる地産の食材に感謝です。

先日7月5日・6日と細江さんのお宅へ行って来ました。
走る道々、山又山は木々が生い茂り素晴らしい山林の連続です。木曽川~飛騨川へ流れを変え、雨上がりの清流が水しぶきを上げ、勢いよく下る様は、日本の水資源の豊かさを感じ、水の国を実感しました。

   

山々に植わっている檜(ひのき)は奥深く連なり、緑茂る風景に見入ってしまいました。が、この檜は今では使われなくなり、木々が立ち枯れ、山が荒れてしまっているそうです。木を切り出しても以前の1/10の値段にもならず、木の仕事、製材業は成り立たず、ますます悪循環になっている・・・との話に日本の無策を、日本人として憂えてしまいました。
細江さんのお父様も木のお仕事だったそうです。

下呂から細江さんのお宅へ・・・。自宅に続き、細江さんが増築した小さな喫茶店が出来ていました。店主は奥様。店内はこじんまりとしてはいましたが、自然の中で呼吸し、回りの景色に溶け込み、土・日・祝日営業の女性らしい細やかな感性の佇まいでした。

     

美味しいコーヒーを頂き、話は30余年のお付き合いに及び、昔話を懐かしく、尽きる事なく時間を忘れてしまいました。
私も花染をリフォームする時の参考に・・・と細江さんにいろいろお尋ねし、彼の仕事を詳しく頭にたたき込み、勉強させて頂いた数時間でした。時間はまたたく間に過ぎ、気が付くと回りはもう夕ぐれでした。

いろいろと話をしながら、一番残念に思った事は、この奥深い、日本の真中に位置する岐阜の山林の木が有効な手立てもされず放置されている事が想像をはるかに超えて、かなりショックでした。

50年前に植林さなった方々は、こんな時代を予知なさったでしょうか?次の世代へ引き継がれ、子孫の繁栄を願って、重労働の中で、山を豊になさった事を思うと耐え難い思いでした。

偶然、それから数週間経った7月後半頃、岐阜・東白川村「スーパー公務員」のドキュメンタリー番組を見ました。何気なく見たので、録画を忘れ、内容については記憶が鮮明ではないのですが、同じ様に「檜 ひのき」にまつわる話でした。
東白川村の村役場の「スーパー公務員」の方のお仕事内容は、この檜で役所を通じ家を建てる・・・。工務店・設計も、馴れ合いではなく、競争の原理がうまく機能する成り立ちをしていました。漆喰と檜の家は、デザイン的にもすぐれたものでした。
村が直売する「檜」なので、家一軒がハウスメーカーより安いくらいの値段の上、役所が絡む仕事とは思えない自然かつ本格的な、人々を魅了する力を持っていました。かなりの軒数の実績がありました。
成功する秘策を1ツ1ツクリアーにしてゆく、このスーパー公務員の信念・実行力そして東白川村を愛し、貧しさから立ち上がらせ様とする情熱に、やけに感動しました。

村々が立ち上がり、、国土の自然の恵みを次世代に手渡して行く事が出来れば魅力ある山村が日本中に出来上がりそうな気がします。
その為には、私達も勉強しなくてはいけません。何でも横並び、何かあると行列が出来、ライフスタイルが画一化され、顔の表情まで似かよって来る・・・。自分の目と耳と五感で生き方を選べる様になりたいですね。

そうそう・・・そんな中、山に仕事が増え、豊かになり、若い、山で働く人が2名新たに村に入ったとの事でした。

細江さんの仕事に助けられ、花染も30余年、日本の木にこだわり、家具や道具を作らせて頂いて来ましたが、現地を拝見し、久しぶりに胸に沸き上がるものがありました。

8月に入ると、テレビも新聞もすべてのメディアが戦争にまつわる話であふれます。
8月6日は広島、8月9日は長崎、そして8月15日は敗戦。今年は4月頃から、東京大空襲、日本の地方都市の空襲、沖縄線など、早くから報じていました。その時代を生きた人々は、幾年月過ぎようとも、癒える事のない思いを内に抱えている事でしょう。
私も今読み始めた浅田次郎「終わらざる夏」上・中・下三巻に引きづられています。兄から送られてきた中のものですが、2013年文庫化されたもののようです。

 

何かの評に「戦争の理不尽と不条理」に・・・云々とよく書かれますが、山崎豊子氏が何時もこの言葉を使っていた事を思い涙を禁じえません。彼女は亡くなってしまったけれど、作者の理念は強く読者に引き継がれて行きます。

次回8月第三土曜市まで、もう少しです、8月15日と言えば、お盆の真只中ですが、休む事は出来ないと決め、少し縮小した形になると思うのですが、開催致します。出店数が少ないかもしれませんが、その分イベントで盛り上げ、お客様の心を引きつけるものにしたいと思います。
花染の前には、普段通りのものと、ヨーヨー釣り、そして「かき氷」の店を出します。いろいろ策を練っている最中です。
暑い日中、水を触るのは気持ちが良いですものね!

先日、新聞にかき氷の事が載っていたのですが・・・。「魔法のシロップ」の作り方に心引かれ切り抜いておいたのですが、「そうそう!我家にはかき氷機がなかったナァ・・・」と基本的な事に気が付きました。

土曜市で、そんな高価なシロップをかける事は出来ないので、思いつきで終わります。
気温が29度を超えるとかき氷が食べたくなり、もっと上昇し、32度を超すとアイスクリームよりかき氷が売れると言う事だそうですので、その為にはカンカン照りの暑い暑い1日であって欲しいです。
楽しい1日にしたいと願っています。

花染の夏休み
  8月13日(木)
  8月14日(金)
          8月15日(土) 土曜市の為、開店致します。
  8月16日(日)
  8月17日(月) 

暑い8月になりそうですが、どうぞお身体をお大切にお過ごし下さいませ。店を涼しくしてお待ち申し上げております。




 2015年(平成27年)7月3日
梅雨の季節の中にどっぷり入っている日々です。雨の被害も多い様ですが、梅雨らしく雨も降らなくては自然環境に影響がある事でしょうし。。。
どしゃぶりの休日、家で本を読んだり、「ボーッ」と雨や景色を眺めていたりと。。。たまには良いですが、被害が出るとなると話は別です。
雨上がりに西の山を見上げると、水蒸気が山肌に沿って空に向かって昇る美しさは、静かで、うっとりとします。
身近に日本の四季を肌で感じる事ができます。

 
                            

島本町で生活をして、約40年近くになります。この40年でずいぶん変わってしまいましたが、それでも、とても良い町です。
大阪でもない、京都でもない様な独特の文化や人々の暮らしがあり、田舎である割には、便利でもあります。

JR島本駅と阪急水無瀬駅は、歩く事約7分の直線で結ばれ、街のメインの道路は穏やかで、ゆっくり、ゆったりしています。
JRの駅のそばの「楠木正成公親子別れの像」のある公園にちなんで、道路の両サイドにくすの木が植えられ、佇まいは田舎の風情です。周辺はどんどん宅地になり、田畑は少なくなってゆきますが、なんとも田舎っぽさが抜けなくて。。。

この年になると、「何もない。。。」ことが、とても貴重に思えるのです。街全体はこじんまりとしていて、全町がすべて見渡せると言う特典(?)があります。なんとなく住民の方々の顔が見える暮らしです。ちょっと窮屈な面もありますが、私はこの島本を愛しています。

農家の畑を町が借り上げて、住民に貸し出ているので、家庭菜園を本気でなさっている方々もたくさんいらっしゃいます。
お百姓さんの作った農作物、家庭菜園で採れた産物をいつも頂いていますが、地産の野菜はとても素朴で美味しいです。
島本町の空気を感じに是非いらして下さいませ。

 

                            
5月24日(日)町内のイベントの古本市で手に入れた本を5冊、すべて読み切りました。
自分では、正規の値段では買わないであろう本も含めて、ないまぜにして、家事の合い間にひたすら読みました。
とても楽しかった思いと、辛く哀しい面も引き受けながらです。

 
                            

古本市も、第三・土曜市も、私を育ててくれます。大変ですが、何か事を起こすと、人々のお人柄が見えて来ます。たくさんの人達に支えて頂き、ご好意を頂き、毎月がんばっています。

6月20日(土)の土曜市は、ヨシ笛の方々に素敵な音色を聞かせて頂きました。ヨシ笛のリードもご自分達で手作りするそうです。

             
   

                     

天気にも恵まれ、我々の思いが通じたのか、たくさんの人々で賑わいました。この上もない幸せです。
花染の店舗廻りの写真のみ今回は掲載させて頂きました。私も入れて6人で、お店屋さんごっごを楽しみました。

       

           

7月は、似顔絵を描いてくれる人なども含めて、商店街への出店者もどんどん増えています。
イベントは、午前中「風船パフォーマンス」、午後は「津軽三味線」の演奏です。「津軽三味線」の女性は、この地域に住む、いろいろ賞なども受けている人の様です。早く聴きたいですね。

7月の土曜市は、それに加えて「夏祭り」も同時進行します。「ヨーヨー・スマートボール・金魚つり・綿菓子・ポップコーン・フランクフルト・生ビール・・・など」多彩に演出し、お客様を飽きさせない努力を重ねて行こうと思っています。

綿菓子機も、ポップコーン機も買い揃えて、すべてスタンバイOKです。

夜店ではなく、昼間の夏祭りですので、少々暑いかもしれませんが、土曜市に活力を与える為でもありますので、たくさんの人達が出かけて下さるのをお待ち致しております。

舩木倭帆先生、柴田雅章氏の頁。。。河井久氏、河井一喜氏、河井達之氏のHPの写真をすべて更新致しました。写真を撮る作業にちょっとくだびれ加減です。
他の頁も順次更新したいと思っています。

話は変わって
日曜朝、NKH「日曜美術館」のすぐ手前、3~4分間の小さな番組にはまっています。
「ヨーコさんの言葉」佐野洋子さんという方の文を、とても味のある声で語り、又、イラストがその語りを一層興味深いものにしているのです。
朝の寝ぼけた頭を何とも軽くしてくれる、大人のひとり言に「深いナァ・・・!!」と感心したり、時に「プッ!!」と笑ったり。。。ひとときを聞き入っています。

「深いナァ・・・!!」の日本の文化を1ツ
6/29(月)定休日の午後、京都での用事を済ませ、帰り際に、いつも立ち寄る和菓子屋さんで「みなづき」(水無月)を求めました。水の無い6月。旧暦6月は、まさしく日照の真夏の天候の中で、昔は氷は貴重品。庶民が口にする事も目にする事も出来ず、誕生したのが「みなづき」との事でした。
氷の結晶に似せた三角のお菓子(ういろう)を氷にみたて、上に小豆を散らし、魔除けの意としたのだそうです。

 


6月30日、夏越しの祓(はらい)の神事にちなんで、今なお京都の人が「みなづき」を食べるならわしがあるのは、そこのところの歴史的な背景がある。。。との事でした。
冷たいお煎茶を頂ながら。。。日本人はいいなぁ。。。うっとうしい天気も吹き飛ばしてくれます。

あじさいの花が終わり、店の玄関先に鉢植えの花を買って来ました。野ボタンとの事ですが、お花屋さんも。どんな花が咲くのか分からないとおっしゃっていました。日々待ちこがれています。

   


”日常つれづれ”まったく思うままにタラタラと書き進めていますので、お見苦しい、お聞き苦しい点はお許しくださいませ。

この7月5日・6日は、花染の木工の作家・細江さんのお宅へ行って来ます。彼とは31年間、同志の様な関係だと自負しています。
ガップリと四ツに組んで、物作りをして来ました。たくさんの家具をお作りして、お客様のお宅に納めさせて頂いた、この幾十年は、本当に幸せでした。お客様にお喜び頂ける事が2人にとって、この上もない喜びでもあります。弟のように無理をお願いしていますが、いつも力になって下さっています。

奥様も、この度の土曜市には絶大なる協力をして下さっています。彼女は、昔から”食”に凄いこだわりをお持ちでいらしたので、「クッキー」「コンフィチュール」などなど出品し、参加頂いています。

表示してある原材料を読んでびっくりしますヨ!毎回好評の内に完売させて頂いています。
お伺いできる事をとても楽しみにしている日々です。来月この頁でご報告させて頂きたいので、写真などいっぱい撮って参ります。
この一週間は、雨がひどく降りました。どうぞお体お大切にお過ごし下さいませ。



  2015年(平成27年)6月17日

5月1日に「日常つれづれ」を更新して以来、1ヶ月半ぶりのHPです。この半年、サーバーの不具合に悩まされ、いろいろと手を尽くしながらの花染のHPでしたが、やっと通常にもどり、半年ぶりに解決した模様です。

私は、まったくのアナログ人間なので、いろいろの人達にお手伝い頂き、原因を探り、本当にストレスでした。HPを立ち上げて、早くも14~15年になります。この間、たくさんの人々に助けて頂きました。
開店以来の32年間は、表に裏に人様の力をお借りしながら支えて頂いた事をありがたいと思います。トラブルも事件も、そして私事も支えがあって乗り越えられると実感致します。

そんなこんなで、毎日の季節の移ろいを肌で感じながら日々を暮らしています。島本町の風はひんやりと涼やかなうえ、緑のオゾンをたっぷりと含み、体を癒してくれます。山が近く、適度な田舎町である事に感謝しています。

今は、田に水が張られ、田植えを待つ景色です。こうしている間にも早苗が植えられ、水に映る青い空と白い雲。。。そして水分を含んで心地よい風。結構幸せを感じますヨ。

   


ツバメが巣を作る軒を探して、この商店街にも迷い込んで来る事があります。年を経る程に、こう言う毎日が愛しいのです。

先日、新聞の「文化・文芸」の欄に姜尚中氏「社会・取り戻す事に目を向けたい」とのタイトルで文章が書かれていました。
今までにも、人間の苦悩を描いた本を幾冊か読ませて頂きました。丁度、「生と死についてわたしが思うこと」を詠んだ後だったので、この欄が心に留まりました。この本は雑誌「アエラ」に連載されたコラム「愛の作法」(2007年12/7~2012年11/26掲載分より抜粋)を収録したものだそうです。

毎回、毎回が深いのです。何度も読み返していると少しは私もこう言う考察が出来るでしょうか。私達のレベルでも学べば理解出来る様ひもといてくれているのでしょう。
先月5/24(日)に町内で「古本市」が催された折に姜尚中氏の本を数冊買った中の1冊です。

     


数年前、彼が案内役を務めたNHK「日曜美術館」は、過去の案内役の中で一番心に残る人でした。
感性を言葉に託す...そして洞察力に毎週聞き入っていました。前記の本を読むと、2年間程の短い期間のホスト役だったそうです。

最近考える事を1ツ言葉にすると「心の余裕がない」...につきると思うのですが...。資本主義の中で人々は余裕をなくしているのではないでしょうか。自分の中の豊かさ...とはいったい何なのでしょうか。人それぞれが感じる事は違っているかもしれないけれど、心がすさんでゆく世の中です。

先日何かで耳にしましたが、妊婦さんがマタニティ認証マークを付けて電車に乗っていると、肘でこずいたり、「妊婦が電車に乗って出かけるナ・・・!」とか、バギーをもって子供づれで乗ると、あからさまにイヤな言葉を投げかける...もってのほかです。悲しい社会なのですね...。」

話は変わります。
6/2(火)から6/13(土)まで柴田雅章氏の作品展をさせて頂きました。この度は2週間の期間でしたので、ゆっくりをお出かけ頂いた様です。マグカップ、8寸ミート皿など、少し写真を撮ってみました。

       


ポットは、惚れ惚れします。フォルム、使用感、釉薬...毎日手に取り眺めています。良いですね...。

又、又、6月の「第三・土曜市」が目の前に迫っています。6月20日(土)までもうすぐです。会議に追われ、出品者のお世話に追われ、気忙しい日々が過ぎてゆきますが、少しでもにぎわう商店街になって欲しいとの思いです。毎月進化していますので是非お出かけ下さい。

6月20日(土)の土曜市は、よし笛の方が演奏して下さいます。5月の土曜市は中途半端な形での演奏しか企画出来なかったので、今月は本格的に取り組んで頂ける様、セッティングさせて頂きました。

先月耳にした音色は、日本人の心の奥深く沁み入るものでした。それが忘れられず、もう一度、改めてお願いさせて頂いたのです。

お客様方が本気で聞いて下さることを願って、小さな舞台も作ります。吹いて下さる彼女にお聞きすると、「この淀川に生えるヨシを絶やさない様、笛を作り、子供達にも教えている...。」との事でした。
子供達も来てくれます。彼女の理念はしっかりと子供達にも根付いていました。このことにも感動したのでした。

淀川の水はヨシが生えている事によって浄化され、下流へと流れてゆくのです...。こんな真近にある淀川は、こう言う人達の思いで守られて行くのですが、私達も一歩でも近づく事が出来れば嬉しいです。
桂川・宇治川・木津川の三川合流の地、そして淀川へと流れを変える、この島本町の風景を大切にして行きたい思いは、私も同じです。

彼女の理念と姿勢に失礼のない様、取り組みたいとの思いでいっぱいです。当日、10時頃から、休憩を入れながら午後2時くらいまで演奏して頂けると思っていますので、是非ハートでお聞き下さいませ。

梅雨に入って、ジトジト蒸し暑い日もあれば、合い間の晴れ晴れとした日もあります。日本の四季はそういう風物を私達にもたらし、豊かな自然を享受させてくれます。

家のベランダで昨年から育てたアジサイの花が見事に咲き、店へ持ってきました。

 


道行く人、お客様が声をかけてくれると、とても嬉しく、鼻高々です。お客様と、日々、お話をさせて頂くと、いろいろのご苦労と悲しさを抱えています。ちょっとした事が、心を晴れやかにしてくれます。今の私は、このアジサイに毎朝いやされ、1日が始まります。
梅雨は体にも変調をもたらします。どうぞ、くれぐれもご自愛下さいませ。

少しだけお店の情報を...

☆ 西川孝次さんの、とても素敵な小鉢が入ってきました。さわやかで私は大満足です。可愛いピッチャーも...。
   夏に使用感抜群のグラスと共に...。

       


☆ 小西晃さんの小さなお皿にお菓子を入れて...。私に時間があるときは、お茶をお出ししています。
   ボールも、小鉢もお皿もグラスも、夏を涼やかに楽しませてくれそうです。

       


花入れには小花を入れて、チョット休憩!!

 




 2015年(平成27年)5月1日

爽やかに晴れ渡る5月です。風も心地良し、緑を運んでくる空気は深呼吸をしたくなります。ツツジの花がいたる所で美しく咲いています。
島本町の隣り町、長岡天神さんに咲くツツジは有名で、たくさんの人出だと思います。
島本町内にある大きな会社の生け垣などに見事なツツジが花をつけ、堂々たる姿で街ゆく人々の目を楽しませています。
私は毎朝、古い住宅街の中を自転車で店へ通うのですが、そこかしこに美しく咲くツツジの花を目出ながら走ります。

   


季節ごとに花に包まれた家々が、私を折々楽しませてくれるのです。本当に日本の四季は美しいですね...。

4月は不順な天気が続き、中旬は毎日の様に雨が降り、冷たい日々でした。

私達の「第三・土曜市」を控えていましたので、天気予報と首っ引きでした。そのあい間の4/18日(土)は見事に晴れ渡り、心も晴れ晴れです。
朝早く、すべて滞りなくスタンバイして、サァ開店です! 9時過ぎには、人が集まり始め、人出で商店街が埋まりました。
当日に到るまで、考えうる準備は一生懸命にしたつもりでしたが、こんなに人々が出かけて下さるなんて...。
まず第1回目は大成功でした。
正直、蓋を開けて見るまで、まったく分からないので、準備の期間中は、ハラハラドキドキでした。

花染の店の前も、私を含めて4人の売り子です。私が出品していたひじき、ザラ目、たけのこ、木工、花、エコバッグそしてこだわりのコンフェチュール、クッキー、タルトはすべて完売!! 気持ち良い程皆様にお求め頂きました。
お手伝い頂いた友人たちに感謝です。

商店街すべての心くばり、目くばりをしなくてはならず、走り廻っている間に、すっかり写真を撮り忘れ、あわててお客様が引き始めた頃にシャッターを切りましたので、いい具合のにぎわいは写し出せていません。

       


花染のお客様にも感謝です。沢山の方々に応援して頂き、お買い求め下さいました。
お店の2階は、昼食やおやつを持ち寄ったお客様で、和やかに元気いっぱいに1日を過ごしました。こんな嬉しい事はありません。

問題点も多く見つかりましたが、その後「反省会」ではなく、「前向き会」を役員で開き、次回に繋げてゆきます。
次回は5月16日(土)です。初回より一層楽しいイベントに作り上げます。商店街・出店マップも、私が手描きで作りましたヨ!
何を置いても、どうぞお出かけ下さいませ。皆様に元気になって頂きます。花染の出展内容は第1回と同じものに加えて、どんどん進化します。来島海峡のひじきが好評でしたので、わかめ、味付のりを加えます。
そして、花染のお客様がクッキー、むしパンなどいろいろ出店して下さいます。クッキーもむしパンも超一級です。私も楽しみです。

5/24(日)は古本市です。
これは、島本町の「1箱古本市」としてボランティアの方々が昨年立ち上げた企画ですが、私は参加させて頂くだけなので、体力的に楽です。

 


昨年、お若い主催者の方々にお声をかけて頂き、私の商店街では花染だけが参加するのですが、もし、花染の店舗の前で1箱分の本を持って来て「古本市」をなさりたい方は、私共に声をかけてくださいますと嬉しいです。
昨年同様、花染は、知人友人からの古書をお預かりして200円~50円くらいで販売致します。
本好きの方々が集まって、結構楽しいですヨ。

話はころっと変わり、今日は久しぶりに本の話をしたいと思います。
突然ですが私はずっと以前からお笑い芸人の又吉直樹さんにどう言った訳か興味を持っていました。あくまで、直感でしかありませんが。。。
「火花」が単行本で出版されている事を知り、買い求めてあります。

又、又ころっと変わります。
4月26日(日)「狩野派・永徳の後継者たち」京都国立博物館に行って来ました。
ポスターに素敵なコピー「あなたはきっと立ち尽くす。」
言葉はしみじみ大切だと思いますね。うまいナァ...このコピー!!と変な事に感心してしまいました。

2015年は大阪の陣から1100年にあたるそうです。豊臣から徳川へ、天下が一変する中で、狩野永徳亡き後、生き残りをかけたし烈な戦略の中でくり広げられた、永徳の後継者たちの作品を一堂に展示してありました。
山楽の「唐獅子図屏風」の迫力に―――― あなたはきっと立ち尽くす ――――ですね。

 


かの有名は「豊臣秀吉像」光信筆、南蛮屏風、洛中洛外図...。
家康から下って家光の時代の探幽「松に孔雀図壁貼付・襖」は一番好きでした。

   


徳川家光が改修した二条城の二の丸御殿に、探幽が25歳の時に描いた障壁画だそうです。
桃山時代から徳川家、そして京から江戸...大変な時代を生きのびた歴史が詳細に描く絵師を通して見えて来ました。
探幽が江戸幕府御用絵師としての地位を手に入れるための危難の道のりを知りました。

引き続いて秋10月京都国立博物館で「琳派.京を彩る」又、又光悦、宗達、光琳、抱一、スーパースターの競演が見られるそうです。

   


最近の私の中のいやしを1ツ。
我家に咲いた椿...大切に大切に1年を育て、やっと咲く花。花の咲く時間は、たった1ヶ月程です。そして又、肥料をやり、1年を心くばりして来年の為に夏は日よけ...と愛情をかけます。

以前は一重のそそとして「詫び助」の様な小さな椿の花が好きでしたし、自分でも、そう信じていました。
2年前、我家に偶然、椿の花の苗がやって来ました。どんな花が咲くのか分からないまま、1年育て、昨年3月、見事は斑入りの大輪の花が咲きました。色も姿も大輪でありながら品の良い美しい花でした。

私は取りつかれたように可愛がっています。そして今年も3月、見事は花を次々を咲かせました。
最初に咲いた花は舩木先生のレーマーに生け、充分目出させてもらい、次に花開いた椿は油絵にして描いてもらいました。額縁も手仕事の額作りのプロの方に作ってもらい、今、花染に掛けています。

 


私の心のいやしです。描かれた絵は、枯れる事なく、1年私の中で楽しむことが出来ます。

今は、我家で1年大切に育てたあじさいが小さな蕾を付け始め、季節を待っています。
美しいものに囲まれ、元気に毎日過ごせる事は、どんなに幸せであるか...しみじみありがたいと思っています。

いつもこの「日常つれづれ」に書きますが、「人に必要をされる事」、「人の役に立つ事」、「人に愛される事」、「人にほめられる事」を目ざし、そのほんの一部でも与えられるなら...感謝です。嬉しいです!!

5月の連休は、3日(日)・4日(月)は定休日ですが、5日(火)・6日(水)は営業させて頂きます。島本の水無瀬のさわやかな緑風を堪能しつつ、花染にいらして下さいませ。
そして5月16日(土) 第三・土曜市
    5月24日(日) 古本市
にも、どうぞお出かけ下さいませ。

追伸
この「日常つれづれ」を書いている間に、1日で又吉氏の「火花」を読んでしまいましたが、ちょっと??という感想です。あまりマイナーなことは書かないのが心情ですが、むずかしい言葉を使おうと必至のありさまがあふれています。私も何でも活字を読みたいと思ってはいるのですが・・・。こうして見ると、文筆家・作家の文章力に改めて感服してしまいました。まったくの余談でおせっかいですが・・・


 2015年(平成27年)4月13日

不順な天候のまま、何となくズルズルと春が来た。。。と言う感じでした。桜の花も気が付くとすっかり散ってしまいました。こんなに日本人皆が楽しみにしているのに、コッソリとやって来て駆け抜けて行ってしまいました。

島本町は、桜の木がたくさんあり、特別、何処かへお花見に行かなくても薄桜色で街中彩られ、春は心がふわりとゆれる感じです。でも青空と春の光と桜色と。。。と考えているイメージでは、今年はありませんでした。雨が多く冷たい日々でした。

それでも、4/5(日)雨の中、御所の桜を・・・と思って、春の一般公開も含め見に行こうと出かけました。40数年ぶりに見る内部は、とても厳かで、美しく手入れがされていました。

     


「さすが・・・!」と、へんに感心してしまいましたが、雨傘をさしながらの人波は、ゆっくりと出来ず中途半端な気持ちを抱きながら不完全燃焼でした。外に出ると、八重桜が見事に鈴なりの玉の様な花を付けていました。

 


我が家の4月カレンダーは、印刷されたものではありますが、日本画家・加山又造の「夜桜」です。漆黒の中に浮かぶ一本の桜の木。花びら1枚1枚は、はかなげであるけれど、たゆとう姿は妖艶な女性を思わせます。そのそばで、情念を燃やすようにかがり火が赤い炎をメラメラと上げる。何とも美しい光景に包まれています。

 


絵描きは、いろいろの作者が、自分の中の桜を自分の分身として描いています。
若い頃、奥村土牛の「醍醐」の桜が文句なく好きでした。本当に、何の陰りもなく美しい!!と思っていました。
年を経て、加山又造の「夜桜」を見ていると、その画面が醸し出す、複雑な心模様に心引かれる様になります。女性の化身の様な気がして来るのです。加山又造のもっている女性観でしょうか?西行法師も「願はく は花の下にて春死なむ」と。いにしえの桜を愛した人々の、この死生観に日本人は心打たれるのだと思います。

春になると、出根草が芽ぶき、球根はすくすくと育ち、花を付け・・・春の光と共に私達の心をいやしてくれます。我が家も椿の花が咲き、山吹きの枝に白い一重の可憐な花が付き、毎朝楽しみに声をかけます。

   


まず、最初に咲いた椿の花を舩木先生のレーマに生けましたが、本当に美しく涙ぐみそうになります。
お客様も友達も、次々とご自身の家の庭に咲いた春の花を持って花染をたずねて下さいます。
貝母百合、忘れな草、可愛い可愛い桜の枝、黒文字の花、馬酔木、そしてチューリップ・・・などなど。とてもなごやかでお花談義はつきる事がありません。
店のメダカも冬眠から目覚め、ピチピチと泳ぎ始めました。春はいいですね!生命で溢れています。年を重ねる程、自然からエネルギーをもらいます。

3月25日(火)~3月28日(土)まで、キリムと西域の道具を布(アフリカ・中近東・インド・フィリピン・・・etc)を2Fに並べ、おもちゃ箱の中に居るように色彩豊かな展示会をさせて頂きました。キリムもとても美しい色柄で、クッションも好評でした。ちょっと良いナァ・・・と思うものを写真にとり掲載してみました。

       


花染の1Fとは違う雰囲気を楽しんで頂けたと思っています。
ちょっとしてイベントを加え、三角くじの福引きをして頂き、空くじなしの景品に、客様たちとワイワイ盛り上がりました。
春のひとときを賑やかに過ごして下さったと嬉しい思いです。

 


話は変わります。
昨年から商店会でいろいろのイベントを立ち上げ、ウォーミングアップを続けて来ましたが、いよいよ本格的に「市」を催します。「第三・土曜市」と名うってデヴューです。今各地で大流行です。我が商店街も今年に入って数人で企画をおこし、進行しています。
チラシも出来上がり、出店して頂く方々も募集し、参加者が決まり、あとは、各店舗がどのくらいの形で協力してくださるか、これからの課題です。皆なの力を借りて出発します。

 


初回4月18日(土)-毎月 第三土曜日です。毎月となるきびしい面もありますが、お客さっまに飽きられない様、変化をつけなくてはいけないだろうと思います。
花染の店頭には、私にゆかりの人達の協力を得て、たくさんの方々が出品して下さいます。

◆ 藍の布の作品(良い布を使った、美しく丁寧な仕事です)

       


◆ ポストカード・メッセージカードなど(水彩オリジナル手描き、美しい色彩です)


       


◆ 花屋さん(寄せ植え・切り花・花苗えetc、非常にリーズナブルです)

       


◆ こだわりスイーツ(メチャメチャこだわっています)

   《クッキー》 有機ほうじ茶クッキー・抹茶くるみクッキー・チョコチップクッキー・植物性サブレココ
   《Cake類》 茶福豆の抹茶タルト
   《コンフィチュール》  桜コンフィチュール・夏みかんコンフィチュール

◆ まだまだたくさん出品しますヨ!!

  ☆瀬戸内海・来島海峡・・・・・・ひじき(とても柔らかく、磯の風味・香りが豊かです)
  ☆奄美・喜界島・・・・・・ざら目(あまり甘くなく、南国の味覚です)
  ☆たけのこ・・・・・・(ゆがいてあります。竹の子農家の方が大きな薪の窯で湯がいてくれるので柔らかく何とも美味です)
  ☆木工・・・・・・カッティングボード(国産の木で丁寧に作った作品です)
  ☆手作りエコ袋(軽くて使いやすく、バッグに入れてもかさばりません)

花染は商店街の入口近くなので、魅力あるものにする事が肝心だと思っています。

商店街の奥の方のテントの下に
 〔手作りハンコ体験〕・〔手描きアクセサリー〕・〔ヘアアクセサリー布小物〕
 〔ワークショップ粘土細工〕・〔手編みグッズ〕・〔かばん・ポーチ・革小物〕
 〔手編み小物〕・〔消しゴムはんこ〕・〔木工〕・〔焼き菓子〕

募集し、集まってくれた人の10店舗です。
チラシは新聞4紙に4/16入れます。その他、皆様にお手伝いして頂きチラシをくばります。
いろいろな方法で発信していますので、ブラブラ「4月18日 第三・土曜市」にお出かけ下さいませ。

準備に追われ、「日常つれづれ」の話題が乏しく不足してしまいました。成功させたい一心で、体力・気力を使ってしまいました。この所の寒暖の差に、私も風邪を引いてしまいました。お客様の中にも「風邪か花粉症か分からなくて・・・」とおっしゃっている方が多いです。意外と夜は冷えます。花冷え・・・とは美しい日本語ですが、要注意ですね。どうぞお体をおいとい下さいませ。

     4月18日(土)     第三・土曜市
     5月           連休中は、花染は通常通りです。(毎週日・月定休日)
     5月16日(土)     第2回 第三・土曜市
     5月24日(日)     古本市

日を追いながら、イベントの企画内容は、この「日常つれづれ」に明記してゆきたいです。皆様にお出かけいただけますのが一番の喜びです。
6月初旬に、柴田雅章氏の小さな展示会をする準備をしています。何かお客様にプレミアをおつけできますようにしたいと思います。
お楽しみに!!



 2015年(平成27年)3月6日

日差しはすっかり春色になり、やっと木々もムクムクと動き出した様です。ここ島本は、まだまだ自然を間近に感じる事が出来ますので、空や風や景色が美しく変化してゆくさまを五感で受け留める楽しさがあります。
私も店先に春の花を寄せ植えしました。毎朝、花ガラを摘み取りながら、「元気ですか。。。」と声をかけて見守ります。とても嬉しい1日の始まりです。

 


ただ毎日、気がかりなことがあります。花染のHPの写真が何故か×で入らないところがあり、助けて頂きいろいろ試みているのですが、うまく更新できなくて、ストレスを抱えています。恐る恐る更新している状況ですので、見苦しい画面ですが、今しばらく辛抱して見てやって頂ければ幸いです。アナログの世界では、すべて手で修正が出来ますので、私にはとても苦手なことです。便利ですが不便です。

先月の「日常つれづれ」に書き忘れた事が2点あります。
1月 京都高島屋で「民藝展」があり、遊び方々拝見に行きました。
やや広い会場に、主に関西の民芸の窯、家具、和紙、布・・・etcが並んでいました。クルクルと2~3周して・・・懐かしく、若いころ走り回りたどった世界が、そこにはありました。今は、すっかりと言う程、卒業してしまって、作家の先生方、若い作者の人々とのおつき合いになってしまい、「民芸の窯」という所へは伺わなくなってしまいました。
何か心引かれるものを・・・と思ったのですが、買うものがなく、会場を去ろうとした時、応接セットのセンターテーブルの上に、1つポン!!と置いてある辰砂の角鉢を見付けました。吸い寄せられ、手に取ると、とてもよく出来た完成度の高い器でした。迷いもなく買うことにしました。

 


レジに持って行き、店員さんに「どこの窯の作品ですか?」「その他にこの窯の作品はありますか?」とおたずねする
と、会場の1角に連れて行ってくれました。
驚くかな、武内晴二郎氏のご子息の作品でした。ずっとずっと,、武内晴二郎氏の作品に憧れ、図録を時々開けています、それもずっとずっと前に(1921~1979年)に亡くなってしまった方です。
武内晴二郎氏の事は、又いずれの日にか、この「日常つれづれ」に流れとして書かせていただくく日がやって来ると思います。
出会いは必然にやって来ます。ご子息がいつの頃からか作陶なさっている事は知っていましたが・・・こうして出会うのです。

柴田雅章氏とも懇意になさっているので、柴田さんのお宅へお伺いした折に話題にしてみようと思っています。私が持っている「武内晴二郎作品集」は柴田さんに頂いたものです。
広い会場で私が求めたいと思った作品は、これ一つでした。
そうそう、もう一つ真ちゅうの楽しいスプーン大小数々ありましたが、これは求めませんでした。装飾性が高かった事が要因です。もう少し素朴で素直な方が私は好きです。民藝とは少し異なっている気がしました。

もう一つ書き忘れた事。
京都でいつも立ち寄る喫茶店で、京都新聞をめくっていると「凡語」というコーナーにちょっと素敵な文章を見付けたので、ペンと紙を取り出してメモしたものがあります。(12/22 月)
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宇治・平等院鳳凰堂・今年、2年に及んだ「平成の修理」を終え、極楽浄土を再現した絢爛さをよみがえらせた。「この姿が見られるのは平安時代以来では」という。建立後間もない姿へ近づける事にこだわった。
改修中、瓦の下にふかれた板5枚に落書きが見つかった。約60年前「昭和の修理」に携わった職人が心情を詠んだものだ。
<百々年の嵐にたえて鳳凰のすがたうつして宇治の川面に>と作業するお堂の立派さをたたえる歌や<かげの力のしっくいをねって疲れて今日も明日も>と苦労がしのばれるものもある。
板は屋根に戻され、全体で3%だけ残る平安期の瓦の下に置かれた。時代を超えた建物を守る職人の技と情熱に敬意をはらった粋な計らいだ。
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この文章を読んで、人間の心情の深さ、歴史の重さに感動してしまいました。この板5枚に書かれた職人の思いを、元の鳳凰堂の瓦に戻した人々も・・・美しい!!
この板に書かれた歌を後世、何十年後に次の改修にたずさわる人々が目にするときを想像すると胸が熱くなります。
森羅万象、もろもろの現象から感動を受け取りながら、年を経ても熱く活々と物を見て、次の世代に本物の世界を伝えていく事が出来たなら、どんなに幸せでしょう。

本物と言えば、2月8日のNHK日曜美術館で「川喜田半泥子」を放映していました。作品も素晴らしいけれど、生きる姿が美しい川喜田半泥子。
彼は百五銀行の頭取でありながら、仕事以外は焼物三昧の生活を楽しんでいたとのことです。桃山的なことを学ぼうとし、土味にこだわり自然のままが良いというのが基本です。
おもしろがって、思うようにはいかない土を自由な発想で彼の作品にしたのだと思います。偉大なる素人。。。それが半泥子の真骨頂。。。と解説の言葉でした。

     


数十年前、三重県・津にある彼の窯を継承している坪島土平氏の所へお伺いさせて頂いたことがあります。川喜田半泥子の工房を全て引き継ぎ、お弟子さん共々作陶なさっていました。

お正月だったものですから、工房からお宅の方へ招かれ、ご挨拶をさせて頂きました。坪島土平志が最盛期の頃でした。
私はお店を始めたばかりで、まだまだ日本中をうろうろしている状態で落ち着いていませんでした。

坪島土平が亡くなったと言う訃報を耳にしたのは、2~3年前の事です。とうとうご縁をつながないで月日が過ぎ去ってしまいました。

これも20数年前、中之島「東洋陶磁美術館」で川喜田半泥子の展観会があり、彼のたぐいまれな土との暮らし・・・作陶を拝見させて頂き特別は感銘を受けた事を今でも鮮やかに記憶しています。

あべのハルカス美術館で3月17日~5月10日まで「川喜田半泥子物語・その芸術的生涯」があるようです。非凡な人々の日常の暮らしの中にある芸術。そして本物の中で、自然体で生きる姿の美しさを見ることになると思います。

今回、再び「竹内晴二郎作品集」を斜め読みする中で、語る柳宗悦・浜田庄司・河井寛治郎・大原孫三郎などは、やはり私の中で偉大そのものでした。
作品は技だけではなく、「目と心」で成し遂げるものだと言う事を改めて教えられました。

1月、2月もとうとう展示会をしないで過ぎてしまいました。そうだ!!3月は展示会をしよう。。。!と思い立ち、急ぎ企画をしました。
3月24日(火)~3月28日(土)です。
キリムの敷物、キリムクッション(大小さまざま)、インドの刺繍布、木の道具、鉄の仕事・・・etcを集めます。

       


そして、ちょっと小さなイベント・・・と。楽しみにしてお出かけ下さいませ。3月下旬の企画展ですので、暖かくなる日差しのもとでゆっくりおくつろぎ頂けますれば嬉しいです。
今朝、花染の小さな裏庭に、小さく芽吹く二葉葵を見付けました。緑々した、みずみずしい若葉は、今春も元気です。

 



 2015年(平成27年)2月7日

この冬は例年よりも寒かったですね。雪が舞い、しぐれる日も多く、ここ島本町でも雪が積もりました。毎年初詣をする京都六波羅蜜寺への道も雪景色でした。

 


庶民のささやかなお正月も1年の区切りとして大切なものと思っています。1年の計は元旦にあり...と言うけれど・・・。毎年願い事をし、決意も新たにするのですが、1月を過ぎる頃には、元の木阿弥。又、愚かな自我の世界に引きづられて行きます。

自然はすでに春を待っています。光は春の色を帯び、明るくなっています。店へ毎日通う道端の蠟梅が今年も寒さの中で元気に咲き、家々の玄関先には春の花が植えられ、皆が春を待っています。
2月3日は節分。4日は立春でした。バレンタインデーもすぐそこです。デパートのチョコレート売り場は人々で溢れています。
私は毎年、島本町のサントリー山崎工場の売店でウィスキーボンボンを買います。とても美味しいですヨ!!モルトウィスキーが入った絶品です。思っただけで芳醇な香りが漂い、舌なめずりしそうになります。

     


NHK朝の連続ドラマの影響で、サントリー山崎工場が注目されている様です。番組を見ていないので、確かな事は言えませんが、
工場見学者が増えているのではないでしょうか。

隣の大山崎町には、ニッカウヰスキーの初代社長・加賀正太郎の別荘が山合いにたたずんでいます。知的かつ文化的な要素を余すところなく私達に伝えてくれる空間として、庭も含め、とても大好きです。四季折々見事です。
テラスからは三川合流(桂川・宇治川・木津川)の美しい眺めが広がり、加賀正太郎のこだわりが、ここにも見えます。
彼がイギリスに留学していた頃に眺めた景色と似ている場所を探し、この三川合流の地点に居を構えた・・・と何かに書いてありました。
その山荘は、16~17年前に大改修工事ののち、アサヒビール・京都府・大山崎町が運営する「アサヒビール大山崎山荘美術館」として再び生を受けました。
内容は、アサヒビール初代社長・山本為三郎の収集した「国画会」の先生方の作品を展示する・・・と。(河井寛治郎・浜田庄二・バーナードリーチ・富本憲吉・黒田辰秋・・・etc。)
1年に数回展示変えをし、いろいろな企画展もしています。現在は「志村ふくみ」の染織ではないでしょうか。
この美術館の開館10周年の折の企画として、舩木倭帆先生の作品の展示が行われました。先生の作品が、この山荘に見事にマッチングして、美しい空間を作っていた光景は忘れることはできません。
先生の本「ガラスの器」の内部の写真は、ほとんどこの山荘で撮られたものと拝見しました。
先生もこの山荘美術館をこよなく愛していらっしゃいましたし、時折おたずねになられていました。

       


節分が終わるとひな祭りです。花染も2月に入って春らしく装いました。店にかけているのれんを春の色に変え、おひな様をディスプレイし、裏の小さな庭の木々にも寒肥えをやり、店内にフリージアの花を生けて、すっかり明るい気持ちになり、春を待っています。

   


年末にお願いしてあった河井一家(河井久先生・河井一喜さん・河井達之さん)の作品もすべて入荷して、お客様を待っています。新しい作品が店に並ぶと、(下の写真以外にも種々彩々です。)作家の方々から物作りのエネルギーを頂き、私も元気になります。

        河井 久

   


        河井 一喜

   


        河井 達之

   


若い作家の方々は、こんな時代ですから一生懸命です。私も若いころ、必死に日本中をどさ回りしていた時代を思い出します。九州・鹿田・小石原・佐賀・愛媛・山陰・江津・温泉津・出雲・出西・布志名・湯町・牛ノ戸・鳥取・丹波・信楽・長野・栃木・群馬・・・関東・・・。
地方の窯・作家の先生方・・・とんでもない事も多くあった楽しい旅でした。

花染30余年の歴史は、手仕事が大きく変わる時代でもありました。
世の中がIT・ハイテク・・・と際限なく進化を続けました。手仕事の伝統は、良い意味で変わる事はありません。自然とともに生きる生活を実感して頂ける様、そして人の心が温かく豊かであって欲しいと願うのが、私達の仕事だと思っています。
理想と現実は、そううまくは運ばないけれど、少しでも多くの人達に手仕事の作品を大切に守り、使い続けて欲しいと熱望しています。

先日、女の子が3人突然とび込んで来て、何やら探す様子でした。その中の1人が「ここ・・・落ち着く・・・ウウウ・・・!!」と店を見廻して、自然発生的に言葉にしたのです。年齢をお聞きすると、小学校3年生との事です。又、1人の女の子がお母さんへのお誕生日プレゼントを求めてくれました。
りんごの箸置きと使いやすいお箸を・・・。箱に入れ、綺麗に包装し、リボンをかけ・・・消費税をおまけし、感謝を込めてお渡し致しました。
時折、子供達がプレゼントを買いに立ち寄ってくれる時があります。こんな嬉しい日は心が温かくなります。

こうした何気ない日々に支えられ喜びを共にして日常があります。
3月1日が来ると、花染は32年目に入ります。長い年月を皆様と感動や喜びを共にさせて頂きました。ここ数年、お若い方々の繋がりがたくさん出来る様になりました。
20才代、30才代、40才代のお客様、そして新しく、こういう工芸の店を始めた人、作家さん、そしてまったく違う世界でお仕事をなさっている若い人々。新鮮な刺激を頂きます。若いころの花染をふり返って心を新たに致します。

最近、お嫁入り道具の1つとして鏡台を作らせて頂きました。国産のサクラの木の無垢ですべてしつらえました。
ほんのり色のある木は、目にも心にも肌ざわりもとても優しく、どうぞ、何十年、何百年と大切に使ってやってください・・・と祈る思いです。

 


この超アナログの世界が広がってくれることを切に願っています。寒い毎日ですが、温かい気持ちをタップリと充満させてお待ちしております。2月、3月はまだまだ風邪を引きやすい季節です。どうぞご自愛くださいませ。



 2014(平成26年)12月

とんでもないミスで花染のホームページを見ることができなくなって約2か月。
10月後半から事故が起きていたと思います。皆様よりお問い合わせや心配のお電話を頂き、誠に申し訳なく思っています。
こんなに沢山の人々にご覧頂いていた事を知り、感慨ひとしおです。

10月初めに更新して、気が付けば師走です。それも数日で年の瀬です。その間、たくさんの想いはあったのですが、秋から冬へと移り変わる日々を、HPの復帰を待ちながら、悶々と過ごしました。やっと12月17日をもって、ホームページに日常が戻って参りました。

今後共、花染のHPをよろしくお願い申し上げます。
10月・11月・12月・・・と話を超特急で進めます。


2014(平成26年)12月28日

この所の寒さに震え上がっています。突然の寒波に各地で混乱が起き、ニュースで連日報じられています。木枯らしが吹き、雪が舞い、身を縮めて暮らす日々です。寒風の中、頂きものの大根を今年も切干にすべく軒に吊るしました。

                           

秋から冬、年末にかけて、京都は観光客で溢れ、活気付いていますが、何か風情が違うのです。錦市場はそういう人達のお買い物でごった返し、テンヤワンヤのあり様だとお聞きしました。良いのか悪いのか・・・。

                                秋の京都御所の写真

                           

10月28日から5日間、細江義弘氏の展示会をさせて頂きました。たくさんのお客様がお出かけ下さいまして、毎日賑やかな集いになりました事に感謝申し上げます。

25日(火)は細江氏も在店してくれていたので、朝から夕刻まで和やかに楽しいお話は尽きる事はありませんでした。

展示会の後、作品を残してあります。花台、額、椅子、お茶テーブル、皿立、鏡・・・等です。又、ゆっくりとご覧下さいませ。

            


細江氏の作品を見ていると、私も、私の能力の範囲で何か作りたくなり、板とクギとペンキでいろいろのものを作りました。
店内のあちらこちらにディスプレイをしてみると、又、新鮮でちょっと得意!です。
一気に作ってしまい、しばらく製作は休みです。正直、疲れました。簡単な椅子、花台なども作りたかったのですが、今出来る限界でした。又、作ってみようと思っています。

                    

10月半ば、母の三回忌で田舎に帰って来ました。福山から「しまなみ街道」を島と島に架かる橋を渡り通行するのですが、私には馴染みません。とても便利になり、嬉しくない事はありません。

この瀬戸内海は、私の子供時代、青春~朱夏を共に過ごした海です。
学生時代、今治から三原までフェリー。そして三原から特急で京都です。海を渡る時間は三時間余りでした。

それ以前は、尾道まで連絡船でした。子供の頃、この連絡船を使って尾道へ渡り、倉敷大原美術館へよく父に連れて行ってもらいました。
尾道の町にはお魚を売る小さな箱の手押し車を引いた女性が、そこかしこに居て、風情があり、皆と街の佇まいは今も心に残っています。

大原美術館もその界隈も、人影は少なく、心癒される大好きな小さな旅でした。

そして間もなく、今治―三原間は水中翼船になり、スピード化され、1時間に短縮されました。この頃が結構好きでした。

時間は短くなり、でも島かげから島かげを縫って、海の上を滑るように走る爽快感はいいものでした。
季節によって時間帯によって、潮流が変化するのが美しく、自然を体いっぱいに感じる事が出来ました。

そして、「しまなみ街道」へと進化してしまったのです。瀬戸内海の光景が嘘のように変わってしまいました。便利さを追求したゆえの劣化だと私は思っています。
島と島は橋の足げたとなり、島の姿や四季折々の潮流を感じる事なく、アッと言う間に走り過ぎてしまうのです。

普段、瀬戸内海は穏やかで、キラキラ光る海ですが、春の大潮の頃は、無数に点在する小さな島と島の間を滝のように、まるで十戒のドラマのように、凄まじい勢いで流れる潮流は、本当にダイナミックで感動的なのです。

車で走り去る旅行者は、便利さだけを享受し、近代化された何の潤いもない橋と道路だけを見て行き過ぎてしまうのです。

島に暮らす人々、農業、漁業、又その海を生活の場として生きる人々と潮の流れは濃密で、深く呼吸をしている事を知って欲しいと思います。
便利になって、それで田舎の町は疲弊し、本来、田舎が持っている力を失い寂れていくのです。

瀬戸内海に橋が三本も四本も必要なのでしょうか。利便性は丁度良い所で止まる事は出来ないのでしょうか。大方はゆき過ぎて大切なものを破壊してしまうような気がします。

久しぶりに恵み多い豊かな瀬戸内海を渡ってみて、しみじみ感じた事でした。

最近、あまりにも不必要なものが街にもマスコミにもテレビにも、至る所に溢れています。競争の原理が過剰に働きすぎるゆえでしょうか。

我が家はあまりテレビはつけないようにしています。朝は全く見ないので、好きなCDをかけ、いろいろのジャンルの音楽を流します。
ポップ調あり、演歌あり・・・さまざまです。最近、小柳ゆき、竹内まりや、そしてちあきなおみが流れています。ちあきなおみがいろいろの歌手の歌をカバーしたり、過去の名曲やシャンソンなどを情感豊かに語る歌声は、この年になって本当に癒されるのです。

                     

これは5枚あります。朝のひととき、わずかの余裕ですが、ゆっくりと1日が始まるような豊かさです。ピアノ曲・バイオリン曲なども選曲したいと思っています。

最近、本を読んでいません。「茶器と懐石」桑田忠親書は人に教えられ、古い本なので絶版になってしまっているものを、ネットで探して長谷川書店さんが取り寄せて下さったものですが、今読みかけています。
「等伯」安部龍太郎・上下も買ったまま、全然進んでいませんが、これはお正月休みの楽しみにとっておきます。

                     

新聞の下に毎日数限りなく出版される本の広告が載っています。それを見て、「ホーッ!」と思うのも1つの勉強になり、時々切り抜きます。

11/8の広告に「平常心のコツ」と題する本の宣伝がありました。「乱れた心」を整える93の言葉・おだやかな人生を生きたいあなたに。人生は「てきとう」に生きるくらいで丁度いい。

とてもいいナァ・・・。と思ってしまいます。いくつになっても心が騒ぎ、忙しく毎日が過ぎて行き、心乱れる毎日を生きています。
こういう言葉を折々見付けては反省するのですが、又、日常の「自我」の世界に戻ってしまいます。
本は買わなくても、この言葉を心に留めるだけでも良いかもしれないと・・・。

【目次より】
☆他人の言葉に惑わされない
☆くよくよしないで生きていく
☆鈍感に生きていくほうが幸せになれる
☆自分の弱さに素直でいるから、心が安らぐ
☆「どうにかなるさ」と楽観的でいる
☆「人は人、自分は自分」の関係で人と付き合う
☆成り行きに任せるほうがいい結果が出る
☆心を癒す方法を持っておくから持続力がつく
☆バランスよく生きることを心がける

「仕事にも、日常生活にも役立つヒントがいっぱい!」と大文字で書いてありますが、私はほとんど反対かもしれません。行き詰っていつも辛くなるのです。肩に力を入れて前を向いて走っている自分が居るのです。

何時もこういう人生訓のようなものを読むと、頭の中が混乱し、中庸で折り合いを付けたいと願うのです。

今回の「日常つれづれ」は散漫になってしまいましたが、上記の言葉を借りれば、「まあ!いいか~!」で流すことにします。

11月25日(火)~29(土)は寛治郎ゆかりの5人の作家〔河井久・河井一喜・河井達之・石飛勝久・石飛勲〕の方々に展示会をして頂きました。

長年、花染の力になってくださった河井久先生・石飛勝久先生とご子息達の作品をお預かりさせて頂き、2階に一同に展示すると爽快でした。

河井寛治郎のお仕事を学ばれたお血筋です。河井家と石飛家に流れる呉須・辰砂・鉄釉など、豊かな色彩で私達を楽しませて下さいました。

                    
   
                  

飯碗・湯呑・マグカップ・小鉢・中鉢・皿などなど、特に日常食卓で使わせて頂く作品に絞り込みました。

河井久先生、ご子息も展示会中にお見え下さり、久先生からは昔懐かしいお話をお客様と共にお伺いする事が出来ました。

12月に入り、早々に気持ちを切り変え、12月6日(土)の「手作り市」と「百円市」の準備に右往左往の毎日でした。
島本町商工会主催の「手づくり市」に花染も乗らせて頂き、花染の店頭で沢山の手づくり作品をお出し致しました。
この「手づくり市」に協力下さいました「布の達人」「水彩画・ポストカード・クリスマスカードなど」を販売して下さったお2人とも大好評でした。

花染も「百円商品」・・・これは、一生懸命私が作ったコースターなど。イベント用、特別商品300円均一「大目玉」は、皆アッと驚く企画で盛り上がりました。いずれもたくさんの人達が集まって下さいました。

                            

後日、「花染の店の前は黒だかりの人だった・・・!!」と噂され、ちょっと得意で、イベントの成功を皆で心より喜び、お客様共々楽しませて頂いた12月6日の天気に恵まれた1日でした。

2ヶ月を駆け抜けた「日常つれづれ」ですが、今日は師走28日。29日まで店は営業させて頂きます。
お正月を目の前に控え、新年に向けての準備にお客様も花染も大忙しの毎日です。
日本の美しいお正月の行事を賑やかに、そしてしっとりと過ごしましょう。

本当にいろいろの意味でお客様に支えて頂きました1年でした。心より感謝申し上げます。
花染にお立ち寄り下さいます皆様の豊かな表情と豊かな心を励みに、みんなが楽しんで下さる空間作りを心がけていきたいと思っています。HPの更新が年末ギリギリになってしまいました。
年末を、そして年始を無事でお過ごし下さいますよう、お祈り申し上げます。
ありがとうございます。

年始は6日(火)から営業させて頂きます。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


 2014年(平成26年)10月7日

9月は残暑が厳しく、疲れた体に再びむちを入れたようにぐったりです。
そろそろ涼しくなるかナァ…と思いながら、毎日天気予報を見ています。

暑い中、近くの中学校の運動会の賑やかな音楽や競技がスピーカーから大音響で流れてきました。若いですねぇ…。

先日、残暑の日差しの照りつける中、柴田雅章氏のお宅をお伺いさせて頂きました。午後のお約束でしたので、その前にいつも立ち寄るお蕎麦屋さんへ行こうと、古い町並みの残る篠山・河原町へ足を延ばしました。
辛味大根おろしが乗ったその上に、プリプリの海老のかき揚げがプラスされ、絶妙の組み合わせに、又、又「日本っていいナァ…!」と大満足でした。

古い街並みがアートフェスタの催事中で、そこそこの人数の人々がそぞろ歩きを楽しんでいました。私もついつい時間を忘れ、あちこちブラブラしてしまいました。

        

花染のある商店街も、今、商店街興しに取り組んでいます。一気に駆け抜けた花染の仕事をして来て、ふっと見ると、商店街が死にそうになっている!若い頃はかなりのイベントを繰り返して来たのですが…。この10年は自分の店が忙しかったり、私事で手いっぱいだったりで、商店会にあまり関わる事なく年月が流れました。

今年の夏は久しぶりに夏祭りを実施して、かなり好評でしたし、人もたくさん寄っていただいた事に気を良くして取り組み始めましたが、実行するには勇気とアイディアが欠かせません。1ツ1ツ商店会の皆様の協力を得ながらやっていくしかない…と考えています。
アイディアはいっぱい思いついているのですが、実行するには体力・気力・実行力・ボランティア精神が必要です。

まず、街灯に付いているタペストリーを少し派手な物に取り替え、トネリコの鉢植えを商店街に並べ、11月~12月は地元の竹工房さんのご好意で竹灯籠を作って頂き、商店街に並べ、夕刻ローソクを灯します。

12月6日(土)は商店街の空地・空店舗で手作り市。各お店も店先で100円市をします。店先に手作りの品を出しても良し。

花染のお客様で布の仕事の抜群の方がいらっしゃって、お声をかけさせて頂くと、「やりたい…」とのお返事を頂き、花染の店の前に出店します。
古布(古製)の作品〔敷物、袋物、コースター、などなど〕がとても素敵で、いい品質の作品が並びます。現代の布の作品もありますヨ。

                     

私もこれからコースターをたくさん作って準備し、店先にお出ししようと思っています。100円均一。お値段が安くて良い品のコースターを頑張って作ります。
12月6日(土)は是非いらしてくださいね。「ぶらりと出かけて良かった!」と納得して頂けるよう、努力致します。

話がそれてしまいましたが、篠山のアートフェスタの催物を見て歩きながら、我々の商店街にも参考にさせて頂ける事はないものか、考えながら拝見しながら…時間はアッと言う間に過ぎてしまいました。頭の中にピン!と来るものがありましたので、しっかり心に刻み込みました。

ちょっと遅れて柴田さんのお家に到着です。

                            

自然に包み込まれた中でゆっくりお話をさせて頂き、ご子息からも若々しさ溢れるお話を聞かせて頂くと、又、又私も若返ります。

ご子息が熱心に窯のお話をして下さいました。今使っている登窯の横にもう一つ登窯を作る準備をしていました。土地をならし、屋根を造り、準備はOK状態でした。
登窯も自分たちでレンガを積んで、粘土で覆い、築いてゆくのだそうです。若い力は、お元気で逞しく、夢や希望がいっぱいでした。


                          

最近は、窯を焚く薪も手に入れるのが困難だという事は以前からお聞きしていましたが、登窯を築く職人さんもいなくなっているのだそうです。
どうやって工芸や伝統を守ってゆくのでしょうか。伝統を守り育て進化させていく道はないのでしょうか?少しずつそういう日本ではなくなっていく脅威を感じます。

毎日毎日、電車に乗ってもスマホでゲームをし、道を歩いていてもどこに居てもスマホを手離さず、必死に画面に見入っている子供から大人達。
テレビを点け、新聞を開けば、驚くような事件で溢れ、日本の美しい自然、日本の美しい心はどこに行くのでしょう。

柴田家は手仕事で溢れています。日本の木の家で暮らし、奥様がお出し下さった「わらびもち」もお手作りのもの…クッキーも…美味しい紅茶と共に頂きました。

丹波の自然をお分け頂き、コスモスの花を店に生けさせて頂くと、店内は一気に秋の気配が立ちこめます。

                                

ついつい長居をし、山に立ち込める空気がヒヤリとする時間まで時を忘れてしまいました。

島本町もこの近辺ではまだまだ自然が残っています。山側に広がる田んぼには稲の穂が頭を垂れ、金色に輝く光景が見られます。

                                

小学生の子供達がお百姓さんの手を借りて、春には田植えをしている姿が微笑ましく、

                          

稲の穂が出始めると、いっぱいの案山子を立て、稲がいよいよ実ってきました。そろそろ稲刈りが始まる事でしょう。何とも心和ませる風景です。

展示会をそろそろ始めようと思っています。以前のようにフルスピードで走ることはしないつもりですが…。

細江義弘 暮らしに寄り添う木の仕事展
10月28日(火)~11月1日(土)
10:30~17:30

                       

たくさんの小品をお願いしています。
椅子、小引出、額、鏡、お盆、茶托、ティーマット、膳、スプーンなどなど。

細江さんとは30年のお付き合いになりました。いつも心優しく、私がいかなる困難に遭遇しても、弟のように温かく見守って頂き、こんなに長い年月を作品を通して共有させて頂いた事に感謝の思いでいっぱいです。

彼は私よりずっとお若いので、何かにつけて私が手に余る仕事…私事や店の用事など「細江さん!お願いしていい…」と言うと、彼は「いいヨ!」と快くお返事を下さいます。
たくさんの事を助けて下さったし、力になってくれた事に改めて驚いています。

その上、お客様達とも本当に親しく優しく接して頂きました。
彼の生き方は作品に溢れています。是非足をお運び下さいませ。
初日10月28日(火)は細江さんは店で皆様をお待ちしています。

前回9月12日「日常つれづれ」に書いたように、2階も模様替えをしました。暑かった9月からやっと涼しくなった10月、2階にも島本の軽やかな風が吹き込んでいます。
皆様と又、出逢わせて頂く喜びと共にお待ち申し上げております。



2014(平成26年)9月12日

夏と秋が交錯する風景の中で、さるすべりの花が最後の夏を誇るように咲き、まだまだ暑い日差しを受けながら、秋に向けて石榴の木が赤い実を付け、赤とんぼが乱舞する光景を見ると、日本の四季を本当にありがたいと思います。

                            

8月は、広島、長崎の原爆、そして15日の敗戦記念日と、戦争にまつわる事柄の日々でした。この所、戦争に関する事例が新聞、テレビ、マスコミで頻繁に取り上げられ、いろいろの角度から検証されています。

以前にも書きましたが、私は20代からずっと戦争がもたらす悪、そして人間がどのようにして誤った道に進んで行くのか…と興味があり、見たり読んだりしていました。おぞましい悪を生み出す人間とは……。

今年は第一次世界大戦から100年ということもあり、戦争体験や日記、手紙などが連日新聞の紙面を埋めていました。
NHK総合・BSでも、連日放映していました。数々見た中で、

8/11「山本五十六の真実」

8/13「狂気の戦場ペリリュー」太平洋戦争激戦の記録・未公開フィルムの衝撃・錯乱する兵士は……

   「生徒を守ったユダヤ人教師」

などなど、私が今までに見聞きしなかった情報に、又、重ねて戦争の悲惨さを思い知らされました。

夏休み中に読んだ「海賊と呼ばれた男」も出光佐三氏のたぐいまれな人間性のドラマであり、明治・大正・昭和が綴られた感動巨編でした。かつて日本には石油をかけて世界を相手に戦った男がいた……。

その時代時代に戦争があります。
日露戦争、第一次世界大戦、満州事変、日中戦争、太平洋戦争(第二次世界大戦)。

百田尚樹氏の中にある戦争と歴史と現代が結びつく人間ドラマに感動した日々でした。1つ1つの文章は分かりやすく、素直に体に入って来ました。3ツの時代を熱く生きた、そして又、それに抗って生きた国岡鐵造(出光佐三)の人生が読者を又、又熱くし、日本人である事の誇りと自信を私達に与えてくれるものでした。

『国岡鐵造が消えてもその精神は消える事はない。「人間尊重」の精神は、日本人がいる限り、世代から世代へと受け継がれていくだろう。そして、“自分が生きた証はそこにある……。”
たとえいつの日か、日本に再び国難が襲ったとしても、日本民族なら必ず立ち直る事ができる』

この小説は、日本人はかくあるべきものなり…という大道を本の隅々から教わった気がします。

百田尚樹氏の『永遠のゼロ』も『海賊と呼ばれた男』も共通して男達の熱い心情が溢れ出しているのです。その男達の信条に涙するのです。その中に居たい…感動を共有したい…喜びや悲しみを味わいたい…と。

この小説の1つの山場でもある後半の、我が身を呈してタンカーで中東へ石油を搬出に行く船長(新田辰男)以下の乗組員達の大スペクタクルドラマにハラハラ胸を躍らせました。凄い日本の男達の信頼と絆は、読者を引きずり込んでいきます。

私事になりますが、私の父の弟が、私の子供の頃、外国航路の船長をしていました。戦争中は輸送船に乗っていた…と聞いていましたが、詳しい事は聞いていません。

しかし、この本を読むと、大東亜戦争で失われた戦死者は、陸軍20%、海軍16%、輸送船の死亡率は43%と書かれていました。戦争で失われた徴用船の戦死率の高さは他をはるかに上回る数字だそうです。約2人に1人が亡くなった事になります。よくぞ叔父は生きて帰れたと今にして思うのです。

戦後、私の子供の頃、叔父は1年に1度くらいの割合で、我が家に帰って来るのです。叔父が船から降りて我が家に帰って来るのはすぐにわかります。祖母が縁側で蕎麦を打って叔父を迎える準備を始めるからです。そして、1~2ヶ月、陸の生活をします。

制服をカッコよく着て、叔父は長身の上、とても素敵でした。お土産は分厚いチョコレート、パイナップル缶、紅茶、コーヒー、グラニュー糖、バター等々、木の箱に入った外国物資がたくさんでした。

日本はまだまだ貧しく、叔父の存在は異国の雰囲気を漂わせ、光輝いて見えました。友達にもどれほど大きな船に乗っているか自慢していたと思います。

神戸港からマラッカ海峡、インド洋、そしてスエズ運河を経て、ヨーロッパへ向かう航路でした。スエズ運河の写真などは子供心に夢を見せてくれました。叔父は若い頃、私を子供のように可愛がってくれた人でしたが、結婚した家族のもとへ航海から帰って来て、突然死をしてしまいました。私が20才くらいの頃でした。私の中ではかっこ良いまま姿を消してしまった人でした。

この『海賊と呼ばれた男』は、同時に何十年ぶりに叔父に対する思いを蘇らせてくれました。二度と帰らない良き日本を思い出すと同時に、出光興産の、この物語と見事にダブリ、悲しくも美しく、そしてやはり美しい男達を見たのです。

引き続いて「花鳥の夢」狩野永徳・山本兼一も一目散に読み切りました。

                  

本の帯を読んだだけでも永徳と山本兼一が伝わってきます。
“長谷川等伯への嫉妬に身悶えしながら画境の極みを目指す”
絵師の業が、彼の情念が、そして心の闇が行間からほとばしり、あの時代にタイムスリップしたがごとく、読者の心を鷲掴みにします。

本の装画も見事な「花鳥図」で埋められて、読者の意気を高めます。
この永徳を読むと、今放映されている「軍師官兵衛」に登場する安土城、大坂城、聚楽第などなどの襖絵、障壁画を見る目が変わってきますヨ。もちろんNHKが製作したものではありますが……。
京の街の度重なる大火も加えて、多くの永徳の作品は炎と共にこの世から消えてしまったのです。

私の好きな利休も、長谷川等伯も、そして永徳も、皆々熱いのです。
利休もまさしく熱い炎です。その心の内がかえって「静」に見えるのです。
「利休にたずねよ」がそれを教えてくれました。

共通した男性像が、私を熱くするのだと思います。内なる情熱、情念は、人々にも伝染していくものだと思っています。

再び利休の世界に入ってみたくなり、古本市以降親しくなった島本町の本屋さん「長谷川書店」に取り寄せをお願いしました。「利休の風景」山本兼一です。すぐ取り寄せてくれました。

                          

深く入るのは私の常で、その中にドップリ浸かり夢を見せてもらうのが大好きです。
読み流していく本もたくさんありますが、「本は哲学だナァ…」と思わせてくれたり、琴線に触れる本に出会う時、幸せはやって来るように思います。

仕事にも、生活にも、立ち往生してしまう時もありますが、立ち直って来れたのは、花染の存在と周りの人々の強い支えと好きな本が私をいつも救ってくれたのです。
振り返ると困難の日々は懐かしく甘く、そして苦くもあります。又強い心も育ててくれるのです。
昔の人は「苦労は買ってでもせよ!」と言いました。強い事の裏には優しさが必要です。強さと優しさは表裏一体のものだと思います。
以前にも書きましたが、人の役に立つ事、人に必要とされる事、人に愛される事、人に誉められる事を目指して、度重なる困難は乗り越えたいと思います。

最後に、百田尚樹氏のメッセージ「いちばん大事な事は、日本人の誇りと自信を失わない事。それさえ失くさなければ、何も怖れることはない」です。
誇りの中に、本来日本人が持っている美徳も含まれていてほしいと思います。

9月8日は中秋の名月でした。東の空に見事な月の顔を見せてくれました。デパートの和菓子売り場は月見団子を買う人々で行列ができていました。日本っていいですね。

                           

10月になりましたら、夏に出来なかった店の大掃除をしたいと思っています。
10月・11月と展示会を行いますので、2階も少しディスプレイを変えて臨みたいと考えています。
もう気持ちは年末に向けて動かなくてはいけません。1年があまりに早く過ぎてゆきます。
サァ、頑張りましょう! 


   2014年(平成26年)8月14日(木)


日本列島を直撃した台風11号は、多大な被害をもたらせて過ぎ去りました。夏休みの出鼻を挫き、花火大会の中止などで、いろいろの楽しみも奪い、人々の生活も脅かし、自然の脅威を見せ付けられる思いです。

私達の商店会も「島本夏祭り」に相乗りをして、8月2日(土)、商店街に子供向け夜店を出し、「水無瀬駅前商店会夏祭り」を盛大(?)に催しました。

何か事を起こすとなると準備の段階から大騒ぎ……。
金魚すくい(プラスチック)・ヨーヨー・スマートボール・サッカーゲーム・射的・ジャンボおみくじ・チョコバナナ・ラムネ……。
チョコバナナは何度も試し作りをし、当日食べやすい状態にもってゆく方法を試行錯誤して本番に臨みました。

                          

とても好評で、110本ほどが完売です。
催物もあらかた予定通り、事は運んでくれましたが、やはりその折も台風の影響で、朝から小雨模様。
皆の心配する中、決行です。
わずかな雨が残り、それでもたくさんの家族連れが商店街を往来してくれました。

                  


自分の店だと絶対にしない呼び込みを、大声でしなくてはいけなくて、我を振り返ると何だか照れ臭いものです。
が、そんな事は言っていられません。

でも、久しぶりに出会う人々と戯れ、「いや~、何十年ぶり!」と歓喜の声を思わず上げる事もありました。

むちゃくちゃ疲れてしまいましたが、相対的には楽しい1日でした。
反省する箇所も多くありましたので、又、来年に繋げていければいいのかな……。

しかし、年齢を感じてしまいました。疲れようが半端ではないのです。久しぶりの夏祭りを企画したものの、準備の段階で結構疲れていました。

私にも元気な若い頃がありました。15~6年前、3~4年間、派手に夏祭りのイベントを企画、実行した頃の体力はまったく失せていました。
その当時、商店街の一番奥のスーパーが閉店して、空き店舗になっていたので、それを中核にしての大イベントでした。

スーパーの2階は「お化け屋敷」。学校から暗幕をお借りして、番線を張り、暗幕で迷路を作り、東映から「お化け屋敷グッズ」をトラックで運び込み、7月の暑い1ヶ月間、毎夜、4~5人で汗をしたたらせながら、ワーワーギャーギャー大騒ぎをして準備をしました。

準備をするなんて生易しいものではなく、体力の限りの肉体労働でした。私はこういう“おばけ”云々にメチャクチャ弱く、作りながら「ギャーギャー」言っていました。

どんでん返し・落武者の生首・お墓・古井戸・骸骨…等々、自分達で作りながら、とっても恐ろしい……。子供達にはメチャ評判が良く、木戸銭の200円は文句はありませんでした。

スーパーの1階は手作りのゲーム・すいかバスケット・ボーリング等々。
そうそう、ガレージセールもしました。
表ではフランクフルト・とうもろこしをバーベキューの炭火で焼き、やはりチョコバナナ・パイナップル…あて物などなど。
ちんどん屋まで呼び……、なんという体力・気力でしょう!

若いという事は素晴らしい事だなぁ~と、今回久しぶりに夏祭りをして、しみじみ年月の経過をしこたま知らされました。

この時、商店街がかつて見た事がない程、人で溢れ、埋め尽くされ、信じがたい事が起こりました。
まだまだこれからもアイディア次第では、年齢に応じたイベントが出来るのではないかと思っています。

次はクリスマスイベントでもしましょうか?いろいろ反省点も踏まえて、一層充実させ、皆の力になれるよう頑張ります。

そんなこんなで、HP「日常つれづれ」がお留守になってしまいました。

私も今は夏休みです。【10日(日)~18日(月)】
仕事が山程残っていたり、ご遠方から花染へお客さまがいらして下さったりで、半分は店に出て来ています。仕事が好きなのですから、仕方がありません。

夏休み用にと、百田尚樹氏の「海賊と呼ばれた男」を買い求め、夏休み後半は一気に読んでしまおうと楽しみにしています。

                           


花染の企画も頑張らなくてはいけません。
秋には、10月・11月展示会をします。是非是非お出かけ下さいませ。
この何とも厳しい暑さを乗り切りましょう。夏休みがあけましたら、どうぞお遊びにいらして下さい。お待ち致しております。



 
2014年(平成26年)7月9日

季節はアッと言う間に動きます。今年も半分が過ぎ、とろとろしている間にすっかり夏です。2ヶ月以上もホームページを更新していません。
心配してくださるお電話も頂き、本当にありがたく心より感謝の思いでいっぱいです。
気は焦るのですが、雑事に追われ、息つく間もない毎日でした。

暑い夏とは言え、島本町は山が近いので、西の山から緑の風が吹き、ヒヤリとした心地良さです。梅雨の雨にけむる山も、一層大好きです。


先日、お若いボランティアの人達に誘われて「一箱古本市」6月21日(土)・22日(日)に参加させて頂きました。
島本センター街の空店舗を中核にして、その周辺の6店舗がスタンプラリーの形で古本屋さんごっこをするというイベントです。

私も店の前に箱とテーブルを出し、私の本と花染のお客様3人からお預かりした大切な本を並べスタートです。

ダンボールに本を入れるのは好まないので、私も気合を入れ、1週間がかりで木箱を作り、ペンキを塗り……古本市当日までに疲れてしまいました。

                          

店の前にその箱を置いてみると、メチャクチャ満足です。
本好きの方々と、ボランティアの人達の人脈、活躍で、島本町をたくさんのお客様が動いてくださいました。


一箱古本市って? island booksって?
誰でも店主になって本屋さんごっこができるイベントです。ダンボール1箱分の古本を持ち寄って販売します。
2005年から東京の谷中・根津・千駄木で行われている「不忍ブックストリートの古本市」がはじまり。
今では各地で開催されているこの一箱古本市をぜひ島本町でやってみたい、という思いからisland booksが生まれました。


この理念を目指した人々のご好意と熱意によって、この「一箱古本市」は大成功でした。準備段階から細やかな心遣いをして頂き、段取りも、そして又、皆様の団結力も非常に強く、お若い方々の力とボランティアの心を、この上もなく美しく感じました。
本が好き……!!という共通点は、皆様の支えだったと思います。

老若男女、初めての人達と賑やかに交流させて頂いた事は私に活力を与えてくれました。
皆様、本当にご苦労様でございました。ありがとうございました。

これからも年1回くらいの割合で「一箱古本市」は続けていくそうですので、次回は花染のHPでお知らせさせて頂きたいと思います。


突然ですが、百田尚樹氏の「永遠の0」に出会ってしまいました。
2006年の彼の作家デビュー作なのだそうですが、私は彼の作品を一度も読んだ事がなくて、この本をお客様からお借りした時は、軽く、戦争と特攻……くらいにしか思っていませんでした。

戦争の事は事実として若い頃からドキュメンタリー番組に照準を合わせ、日本が何を誤ったか、そして人間がどういう過ちを犯すのか……に興味があり、何時も番組を食い入るように見ていました。

30~40年の間に、私の中に蓄積された戦争の番組は、人間に対する怒りにも匹敵するものでした。

宮尾登美子氏の「朱夏」は満州からの引き上げを教えてもらったし、なかにしれい氏の「赤い月」、五木寛之氏「運命の足音」などなど……。
残念ですが、これらにしても事実のほんの一部を切り取ったに過ぎないでしょうが、知らないより、少しでも知りたいと思い、小説として読ませて頂きました。

                          

が……「永遠の0」は読み進む中で涙を流し、後半は毎日号泣してしまったのです。読み終わっても、その夜は嗚咽のように涙を流し、止まりませんでした。

泣けば泣くほど、心が洗われる本でした。人間が持つべき尊厳と誇りを分かりやすい物語の中に生き生きと愛しく描いているのです。
歴史本では味わえない感動で私達を引きずり込んでくれるのです。

百田尚樹氏の満面の笑顔を思い出しながら読まないと辛くなった事でしょう。
何と清々しい……!
この物語に登場するまっすぐな人達を描ける百田氏の内面を垣間見る思いがします。

文庫本の帯に「この空に願う、未来―壮大な愛の物語。誰もが号泣。きっと語り合いたくなる。」と書かれていました。
号泣したのは私だけではないのです。

                          

お客様にお借りしなかったら、こんな感動には出会えなかったかもしれません。
私が幾万たり言葉を尽くして語るより、是非本を手に取ってください。友人にもお客様にも熱くお伝えしました
。1人でも多くの人に読んで頂きたい。戦中・戦後、日本人が失った多大なものに気付き、清々しい感動を得、前進できるのではないでしょうか。
私も落ち着いてもう一度、この美しい宮部久蔵の存在を意識しつつ、もう一度、又、号泣しながら読み返したいと思っています。


話は変わって。
ポジャギに魅せられて10年余り。私個人としては数点所持していますが、「教室がしたい……教わりたい……」と思いながら、なかなか実行に至らず今日まで来ました。

身近な人が作ってくれる事になり、作品が少しずつ出来上がっております。
既にお客様にお渡ししてしまったものもありますが、少しずつ前進しています。この布も本当に美しい、そよ風のような佇まいです。
美しいものはいいですね……。

                           

京都の祇園祭も近づいて来ました。京都の街中はコンコンチキチンコンチキチンのお囃子で心地良い空気に包まれています。夏本番です。
どうぞ、これからの暑さにお気を付けてお過ごし下さいませ。そして又、お遊びにいらして下さいませ。店を涼しくしてお待ち申し上げております。



2014年(平成26年)5月7日

気がつくと、もう春から初夏に向かっています。5月5日は立夏です。丁度良い季節はほんのわずかの期間しかありませんが、島本町は緑の風が吹いています。
間近にある西の山から吹く風は、冷やりと、とても清々しくホッと安らぎます。
これからの季節は田に水が張られ、早苗が植えられ、心地良い空気が流れます。山の稜線も美しく、雨上がりなどは山に立ち込めた霧が天にゆっくり昇る様子は大好きで、ほれぼれと見てしまいます。

世の中は次々にいろいろの事件や問題が起き、心を痛めます。
1ヶ月余り前の朝日新聞「天声人語」にちょっと心のひだをくすぐる文章がありました。

やっていいこと悪い事、生きる上で大事なことを、子供は大人の<その姿・その佇いを後ろから、しかと見ているのだ>と哲学者の鷲田清一氏の言葉を借りて書いていました。
「子供は大人が思う以上に鋭敏だという指摘に納得する。佇いという言葉もいい。ある辞書によれば、さりげなくかもしだされる雰囲気をいう。」とありました。

佇いという言葉は、私も大好きで、この頁にも文章にもよく使うのですが、「佇いの美しい人」とはいかなる人なのか……。姿・形・ものごし・言葉使い・所作・内面……数えることはできないでしょうね。それを、どのように身につけるかは、解決の糸口さえ見えない問題であり、我が後姿・背を見て戸惑うばかりです。

朝日新聞に4/20から夏目漱石「心」の連載が始まりました。本を読めばいいことですが、こうして毎日楽しみにするのも良いものです。
若き青春がよみがえります。最近、眼が老眼のような乱視のような、眼鏡を掛けても本を長時間読むととても疲れ、情けない思いをしています。

4/16に予告編があり、「圧倒的な知名度と高い人気を誇る夏目漱石(1867~1916)とはいえ、「国語の教科書で読んだだけ」の人も少なくない。漱石センセイの世界は知れば知るほど面白いのです。」…と。

前回4/1の「日常つれづれ」に書いたように、日本文学全集「夏目漱石」1~3巻、我が家に鎮座しています。学生時代、小説家の中では崇拝して、のめり込んでいました。

                              

この写真の本は昭和40年、中央公論社から出版されたもので、その頃の文豪の先生方が編集を務めています。
谷崎潤一郎、川端康成、伊藤整、大岡昇平、三島由紀夫、D・キーンの先生方です。『近代文学史に類なき不朽の名作を収め、ここに大漱石の全容を明らかにする』と帯に書かれています。

この時代は、まだ文豪と言われる作家達が多くご存命だった良き時代です。私もこの先生方の小説の中にひたって、いつも感動を頂き胸に刻んでいました。

パラパラめくってみると、少し黄色くなりかけた紙に小さな文字がびっしり詰まっています。私が若い日の思いからか、線を引いた箇所が多々ありました。懐かしいですねェ……。

口絵、挿絵は津田青楓。何と素晴らしい時代でしょう!
やはり日本人の心は少し後戻りしなくてはいけない所にある事を実感致します。

そして又、この新聞の小説予告編からは、その時代の空気を写し出し、読者に親しまれてきた歴史を学びました。
久しぶりに「こころ」を読んでゆくと、実に言葉、文脈が美しいし、巧みなのです。そして、人格と先を見通す目と心が、群を抜いて素晴らしいし、懸命に書いて生きた人だということが分かりました。
若い頃はたいした事は理解せず読んでいたと思いますし、こうして年をとり、数十年の歳月をして、もっと深く知り得る事ができるでしょうか。
この連載中、何かを手の中に包み込む事が可能ならば嬉しいし、又、自分の内面にも期待をしています。
1日1日大切に、日本語の美しさと、日本の文化、自然をゆっくり読み解いてゆければ幸せです。

漱石が生きた「明治の精神」とのタイトルで、大江健三郎氏が寄稿していました。さすがノーベル賞作家です。読み解く能力に又、又、感銘を受けます。大江健三郎氏は我が故郷の偉人です。
100年前の日本人の精神を知りたければ、「こころ」を読めばいい。そういう小説だと強く感じています。……と彼の言葉です。


4/20の他の頁に多岐に渡る人々の漱石論が載っていました。やはり「こころ」は圧倒的に支持され、漱石は世界で新しい読者を得、現代の私達の抱える様々な「時代の病」を見通し、近代化や高度成長がもたらす「文明が行きつく先」を批判していたのだと思います。

                 
             夏目漱石「こころ」(先生の遺書)の生原稿                   はじめての夏目漱石

4/28(月)の姜尚中氏の鎌倉の海で読む「こころ」が、私の気持ちに一番沿ってくれるお話でした。
姜氏のこの中での最後は「人間はいつ死ぬか分からない。自分の生きた物語を、他者が確実に受け取ることで救われるのではないでしょうか。」だからこそ、人は物語れる人生を「生きる」ことが大切になる。「生き方論を、私たちは漱石から投げかけられているのです」と……。締めくくられていました。

                             

いつも「不便が良い…」とこの「日常つれづれ」の頁に書きますが、未だに私は手紙や葉書をよく書きます。今の時代、そんな悠長な事では間に合わないし、時代に合っていないと思うし、世界が回りません。でも精神は漱石であってほしいとしみじみ思います。

人に愛され、褒められ、人の役に立ち、人に必要とされる社会になってほしいし、常に念頭に置き、我が身を時々振り返りたいと思いますが……これは夢でしょうか?

この長い新聞小説の中でも、毎日待ち焦がれた連載も数多くあります。「なんと小説とは面白いものでしょう!」
毎日待ち焦がれた新聞小説の中の一ツに宮尾登美子氏の「きのね」があります。いつまでも忘れられず、お客様にしつこくお話をしたものですから、そのお客様が買い求めて読み終わった後、お借りして25~26年ぶりに心を躍らせ、一気に読んでしまいました。

                              

新聞連載中も毎朝どきどきしながら祈るような気持ちで、若き日を過ごしました。
そして又、今回もどきどきしながら頁をめくり、内部に突入してしまいました。
長い間、どうしてこんな素晴らしい小説が映画なりTVなりにならないのか、不思議に思っていましたが、読み進むうち、小説には出来ても映像化は無理だと納得してしまいました。

私は生来、影の部分に心惹かれ、美しさと哀しさの「狭間」が描かれている作品を選んでいるように思います。ゆえに、それはいつも重く私の心に積ってしまいます。1ヶ月くらいはその世界から抜け出せず、悶々と日々を過ごしてしまうのです。内容に打ちのめされ、心を砕いてしまうので、必ずと言っていい程しばらくは、辛い思いを致します。

数日してもう一度深く読みたくて再読してしまう事も多くあります。心が涙を流し泣くのです。
漱石の「こころ」は、まさしく若き日の私の「つぼ」を深い部分まで押し続けた代表格だと、数十年思っています。

連載小説のもう1つの楽しみは、挿絵にもあります。たった8×6cmの絵で惚れ込んでしまう絵の作者。そして、奥深く知りたいと入り込んでゆく人に出会うのです。
長くなりますので、今なお心に残るエピソードは次回に致します。

6月27日(火)から久しぶりに展示会をさせて頂こうと思っています。

                        小西晃 吹きガラス展
                      2014.5.27(火)~5.31(土)
                         10:30~17:00


                     

長い時を経て、再び出会わせて頂いた作家です。この再会を大切に、心を込めて、皆様、お客様をお待ち致したいと思います。

真木千秋さんの手織りのストールも入っています。
うす羽かげろうのような美しい品格のある作品です。しばらく拝見しない間に一層使いやすく進化していました。手仕事をする人達の優しくて美しい心が伝わって来ます。

                    

小西晃氏の吹きガラス展をきっかけにして、又、前進をしたいと思っています。1年11ヶ月ぶりの展示会になります。
是非お遊びにお出かけ下さいませ。



2014(平成26年)4月1日

春が急に来ました。年を重ねると、とても春が待ち遠しくなります。冷たい風は、心も冷やしてしまいます。寒いの冷たいのと言っている間に一気にやって来た感じです。
昨日、私用あって京都まで行ったのですが、阪急沿線の桜はすでに満開でした。少しずつ近寄ってくる春を楽しみたいのに、気が付けばどこもかも春です。

                            

2~3日前、近くの公園を散歩してみると、公園に咲く花も、道端の草花も春、春、春です。驚くほど突然です。でも、気持ちも緩み、青空と共に爽快です。花粉で目も喉も鼻もむずむずですが、やはり明るい空気は心を和ませてくれます。

                

しばらくは桜列島になり、心も晴れ晴れします。
この冬は、切干大根をよく作りました。ザルに入れて干したり、紐でくくってみたり、買ったものとは又、一段と甘味が増し、違った美味しさになります。

                    

太田和則氏の作品です。存在感のある器の側で、チョコッと花を添えてくれる……使ってみると、とても多用で楽しく、丁度良い大きさでもあって、出番が非常に多いのです。
少しずつ使い勝手を考えながら種類を増やしてゆきたいと思っています。
<陶器パート2>に彼の頁を作りましたので、ご覧下さいませ。

でも浮き立ってばかりもいられません。このままで行くと、今世紀末には水面が8m上昇、日本の砂浜が85%なくなるとの事です。
私は瀬戸内海で育ちましたが、白い砂浜は干き潮の折には遠くまで干き、私達子供の夏のとても大事な遊び場でした。
4月は大潮ですが、島と島の間は干満の差が大きく、大きな瀧のような潮流がゴウゴウと恐いくらいの勢いで流れるのです。
この大潮の季節は普段渡れない小島に渡れたりするのです。普段には砂浜は貝を取ったり、海草を取ったり、岩牡蠣を取ったりと、潮の満ち干きによって私達を育んで来ました。
すべての生活が自然と共にあり、四季と共に我々の暮らしも恵みを頂いていたのです。
関西に出て来て、日本海に泳ぎに行った時、美しい白い砂浜ではあるのですが、「潮が引かない……」と驚きました。わずか20~30cmくらいしか干満の差がないという事を知りました。これも懐かしい思い出です。

ついでにもう1ツ懐かしい思い出…。冬の風物詩「かに」についてです。
もちろん松葉がに、毛がに、たらばがに……どれも甲乙つけがたい美味ですが、私達瀬戸内の人間は「わたりがに」を普通のかにと子供の頃からおやつ代わりに食べていました。まったく違う味にも驚きました。しかし、最近は「わたりがに」は瀬戸内でも数が減少し、なかなか庶民の口には入りづらくなっていると思います。

日本列島は小さいけれど、細長いゆえ、自然も食も四季も、こんな素晴らしい変化に富んだ国はないと実感致します。
関西に住み始めて、お惣菜プラス和食という事を覚えました。私の田舎はほとんど出汁は「イリコ」です。母が夜な夜な、あくる日の「出汁」の「いりこ」の頭と内臓を取る姿が目に焼き付いています。
母が元気な頃は、きちっと掃除をした「イリコ」を送ってくれていましたので、お味噌汁、煮物に使っていました。
でも京都は違うのです。もっと薄味の素材を生かした品のある味でなくてはいけないようです。
私もすっかり長い間にこちらに馴染んでしまいましたが、母の煮物は絶品でした。

最近、兄嫁から聞いた母のエピソード……。
数十年前に、父母、兄姉……孫など家族全員で北海道へ旅をした事があります。じゃがいも、とうもろこしは言うに及ばず……すべて魚介類など含めて食の宝庫でした。
が、中でもじゃがいもにドーナツのような衣を付けて揚げてあるものを行く先々で皆好んで食べました。「ほっこり」と忘れられない味でした。……が、私たちは当然そこで終わりです。
母は帰ってから幾度となく挑戦しては「違う……もっと美味しかった」と何度も作っていたという話を聞きました。母らしくもあり……もしかして、今の時代だと「ネット」で検索すると、レシピが出て来るかもしれませんが、とても味わいのある母らしい思い出です。

こういう話は数限りなく……母を知る回りの人たちを驚かせます。
その頃の母の年齢がまさしく今の私の年齢なのです。私にはそんなエネルギーは全く持っていません。

今、我が家の椿の花が次々と種々咲いてくれています。散歩をしていても、やぶ椿の木に真っ赤な花が鈴なりです。とても羨ましく見ています。

                            

仕事に追われ、家事に追われ、毎日気忙しい日々ですが、花を一輪、二輪、舩木先生の花瓶、柴田先生の花入、河井先生の花入に生ける心のゆとりは失いたくないと思います。

                              

ブルーベリーも若葉が芽吹きました。もうすぐ花が咲くと…楽しみです。山ぼうしも二葉葵も何もかも芽吹きました。

話は変わってある日(3/24朝日新聞)を開いて心をつかまれました。NTTの全頁広告です。広告らしくない写真にも、内容のコピーにも、人の心をとらえるものがありました。素敵な文章で、思わず読み込み、妙に納得して心に残ってしまいました。

                               

その国には、「なにも変えない」という進化がありました。

ヨーロッパの人たちは、街中のなにげない風景であっても、
大切に扱い、残していくことに力を注ぐ。歴史ある美しい街並みは、
多くの先人たちが長い時間をかけて磨き上げてきたひとつの作品
である、という想いが彼らの中にあるからかもしれない。

街角に佇む、ほぼ100年前の姿そのままの建築物。
「I King William Street」
いま私たちが、ロンドンでリノベーションを手がけるオフィスビル
です。外観に対する基準がとりわけ厳しいこの地区では、
例えば、建物のラインを一つ決めるにも
あらゆる角度からのチェックが必要なほど。
伝統ある街並みは変えずに継承しながら、先進の省エネや
セキュリティ技術は可能な限り採り入れる。
じつに合理的で、なんて贅沢な進化の方法なのでしょう。

私たちは考えます。文化の異なるさまざまな場所で、
その地の街づくりに携わることから学ぶものは
じつに多い。そしてまた、それらは私たちの
経験値と技術力を確実に高めてくれる大切な礎に
なっていくのだと。


企業は功罪、相なかばするものだと思うのですが、この心を忘れないでいて欲しいと思います。
それだけでもなく、やはり最近(3/22朝日新聞)に漱石の「こころ」全110回復活というタイトルが目に飛び込みました。

                            

1914年に朝日新聞紙上で連載された「こころ」が100年ぶりに紙面に復活する…との記事に心が躍りました。
私の高校生活は漱石と共にあり、愛読書でした。その頃、もう一人「山本有三」にもはまりました。文豪といわれる人々の本が毎日の生活を覆い尽くしていました。どれも人の「こころ」に通じるものだと思うのですが……。

(「こころ」の再載のほか、夏目漱石の魅力を多角的に報じていきます)と新聞に書かれているのを楽しみに待っています。

何を置いても春です。皆様の上にも、良い春が来る事を心より祈っています。



2014年(平成26年)2月26日

立春もとうに過ぎ、そろそろ春の兆しがそこかしこに表れ始めました。3月3日はひなまつり。3月6日は啓蟄。14日はホワイトデー。21日は春分の日です。
                         

昨年末、買い求めた我が家の紅白の梅の盆栽は見事に咲いてくれましたし、店へ来る道端の蝋梅も又、元気に花開いて、毎朝私を楽しませてくれています。

                         

珍しく雪の中(2月14日)の蝋梅を撮りました。
寒くて雪の多いお国は、テレビの映像で拝見するだけでも、大変さに身がつまります。
関西もこの2月14日、数センチ雪が積もりました。数年ぶりの事だと思います。

昨年も、一昨年も、公私共に悲しい事がいっぱいありました。人に支えられ、山、坂、谷を越えるのでしょうか……。

世界の人々は利害関係を除けば、とても日本を、日本人を好きでいてくれる事を、最近いろいろの場面で感じます。世界一自由な国だし、大ずめ、おおかたの人々は、礼節、謙虚、優しさ等を持ち、何か災害があっても暴動が起きない、世界唯一無二の国だと自負しています。
「お先に……」「ありがとう……」「お互い様……」日本語ならではの心が市井の人々の中にまで生きています。

日本人の知らない日本……そしてもっと自信を持って胸を張って世界に向かって欲しいのです。そうする事で、より礼節が身を高めていくと信じています。

舩木先生には、私のような未熟な者にも、お仕事の中から、作品の中から、本当にいろいろの思いを教えて頂きました。
先生が2001年秋、イギリス・ブラックウェルで講演なさった折の中に、今尚、日本人に求められる部分が数多くありましたので、抜粋してそのまま書かせて頂きました。本文は「花染HP・舩木先生の頁」に全文を掲載しています。

『実用品と言えども、人の心を惹きつける魅力なくして用途は生まれない。人の心を和ませ、生活を潤すガラスをこの手で作りたい。簡単に言えばそれが私の仕事の出発点であった。
自然の豊かな日本では、季節が巡るたびに、自然は装いをあらたにし、四季折々の彩りや香りを届けてくれる。その変化に敏感な日本人の感性は、旬の花を飾り、旬の味を盛り、季節感を楽しみながら自然と共に生きる生活文化をもっている。
日本人の美意識や精神文化は、そうした自然感に基づいている。
ガラス器にも日本固有のものがあってよい。あって当然だと思う。機械による量産性と流通、それと情報化によって世界的に価値観が平均化し、生活様式も似通ってきたとは言え、まだ顕然として日本には日本の暮らしがあり、生活感覚がある。私は日本人の感性に添った日本のガラス器を作りたい。
時代に逆行するようであるが、私の仕事は、ローマ時代の昔とあまり変わらない。すべての工程は手で行なう。道具は単純な方がいいし、技術も素朴な方がいい、作り手は謙虚なほどいいと考えている。手作りには温かさがあり、人の心を和ます優しさがある。
ハイテクの時代を迎えて、機能ばかりが優先し、人の心は冷たく無機的になっていく。人の心が温かく血の通ったものであるためにも手作りは必要であり、人間性の回復保持のためにも失ってはならないものだと思う。

(中略)

要するに、私の仕事は加工され過ぎた現代の生活に対する1つの提案である。本当の豊かさは物質だけでは得られない。心豊かに精神的な充実がみたされてこそ真の幸せはあると思う。人のため、より豊かな生活のため奉仕する工芸、それが私の仕事の本質である。』

「作品の思いをなかなかお客様にお伝えできない……」と折につけおしゃっていました。
でも、我が花染の舩木先生ファンは「普段着のガラス」「ガラスの器」をとてもよく読み込み、作品が頭の中に入り込んでいます。

                              

私も振り返ると、先生とお会いさせて頂き、お話を聞き、舩木先生が書かれたたくさんの文章や言葉から成長させて頂きました。お手紙もたくさん頂きましたし、私も30年の間、本当にたくさんのお手紙を先生にお送りさせて頂きました。先生からのお手紙は私の宝物として大切に保管しています。先生のお仕事の姿勢や精神を学ばせて頂いてきたからこそ、今の花染が存在する事を、切ない程実感致します。

先日先生の器を中心にお食事会をさせて頂きました。豊かさのあふれる食卓になった事を感謝しています。

                            

山崎豊子氏が最後に私達に残した『約束の海』(単行本は2月下旬刊行予定)も舩木先生と同じように、違った角度からではありますが、我々日本人に残したいメッセージであるように思うのです。

日本人の心……といつもこの頁に書きますが、今、竹中半兵衛を知りたくて、NHK大河ドラマ「軍師・黒田官兵衛」を毎週見ています。
又、黒田官兵衛から黒田長政への道程も、とても興味があり、今後の展開を楽しみにしています。
若い人達だときっと「ネットで調べればすぐわかる!」と思うでしょうが、その役を演じる役者さんの目、手、表情、所作の美しさと雰囲気は見るに値するもので、私達の五感に訴えるものだと思います。

この大河ドラマの衣装は、いつも「さすが……」と感服していますが、今回の衣装の「絞り」も毎回圧巻です。

前々々くらいの「直江兼継」の折にも「絞り」は折々使われていて、手仕事の美しさを見せてもらいましたが、今回は見事!です。戦国時代の荒波の中にあって、美しい色使いは目を楽しませてくれます。
単純だけど、爽やかな紋様に、やはり日本人が持つ素晴らしい感性と「匠の技」を誇らしく見せて頂いています。
たった白色1ツずつを残して絞るだけで、何とも美しい世界が生まれるのです。
舩木先生の言葉「道具は単純な方が良い、技術も素朴な方が良い……」
「人の心が温かく血の通ったものであるためにも、手作りは必要であり、人間性の回復保持のためにも失ってはならない……」
まさしく先生方の精神は至る所で生きているのです。

手前味噌ではありますが、数年前(平成10年頃)、私も絞りに出会い、暖簾を染めて頂いています。自由に描いた紋様を草木染してくれるのです。(よもぎ、けやき、吾倍子、梅……)この工房と出会ってから、暖簾は「絞り」ばかりです。
麻の素朴な風合いと相まって、色と柄が優しいのです。伝統の中にあってシンプルと自然が融合し、何時見ても飽きません。
盛夏には生成の麻の部分を多く残し、秋には秋の、冬には冬の風情が出せるのです。

                             

これは秋から冬にかけて……春先まで長く掛けて頂けると思います。本当に良い出会いをさせて頂いたと感謝しています。

先日(2月11日)、珍しく、ハイテクの世界「大阪城が燃える」を寒い冷たい風の吹く中、見に行きました。すごい技術でしたし、ある意味驚きもしたし、私の感動の世界には無かった物を突きつけられ、正直、人の多さにも驚きました。

                    

今、各地で流行しているそうです。ただただ疲れた、驚いた日でした。

私は、極端にアナログ人間ですが、やはり若い人達には両方バランスをとりながら、人に優しく丁寧に、自然と共にしなやかに、時には凛々しく生きていってほしいと思っています。

もうすぐ3月です。何を置いても春がやって来ます。木々が芽吹き、枯れていた土壌からはいろいろの花がお陽様を求めて芽吹き出します。美しい日本の四季が1ツ、クルッと変わります。
いろいろの心を込めて春を待ちましょう。



2013(平成25年)12月25日

紅葉も終わり、すっかり冬景色になりました。山茶花が家々の垣根を彩っています。何だか暖かい空気を頂くような気がします。
山茶花、山茶花、咲いた道・・・焚き火だ 焚き火だ 落ち葉焚き・・・あたろうヨ、あたろうヨ・・・北風ピープー吹いている♪♪♪
こんな風景はもう見ることは出来ないのでしょうね!

                      

街のイルミネーションを冬の風物詩にしようと、頑張っている姿が各地で見られますが、ここ島本でも阪急水無瀬駅からJR島本駅まで楠の木にイルミネーションが輝いています。
14~5年前、私を含む5人が自費で、阪急水無瀬駅前の桜の木、3~4本をイルミネーションで飾る事から始まったのです。
数年すると多少の寄付を頂けるようになりましたが、まだまだその当時は5人の力で飾り付けをしていました。
仕事が終わって夜、寒い中で、寒いとも思わず電飾を木の高い部分にまで引っ掛けていました。今考えると、若かったナァ……と感心してしまいます。私は体調不良のため、3~4年で会は退きましたが、年を追う毎に、島本ライオンズクラブ、商工会等、町内の人々のたくさんのお金が集まるようになり、少しずつ楠公道路を西へ、JR島本駅へとイルミネーションは進化していきました。
数年で仕事は町や商工会に委託をしましたが、継続は力なり…とは…。

                            

大きな街や表参道とは比較になりませんが、始めた折のキャッチフレーズは「楠公道路を表参道の様に……。」でした。
写真は夕方6時頃の写真ですが、暗くなるともう少し光り輝くのではないかと思います。是非、このトンネルを走ってみて下さい。

どうにか無事、年末を迎えられそうです。昨年10月~今年4月まで事情で店を閉め、皆様にご心配を頂きましたが、やっと元気になったような気が致します。

この秋は、和食が「無形文化遺産」になるなど、とても嬉しい事もありました。和食と言っても、巾が広く受け止められていて、非常に難しいと思うのですが、美しい事が、そして又、日本人の心のこもった食文化でなくてはいけないと思うのです。これに乗じて、何でも和食と言ってしまおうという考え方には従えません。

食材を選び、美しく盛り付けをし、器もとても大切な要素になります。土物、磁器、ガラス、うるし等の器など、生活空間も関係してきてほしいのです。
部屋を片付け、美しい四季を大切に、目で見る空間も含まれていると思いますし、その上で、行儀、作法もある程度は心得てみる事も必要ではないでしょうか。外で食事をするとよく分かります。食事をする折は、まったく無防備なので、すべての生活、生き方、過去が見えて来るのです。私も気を付けたいといつも思っています。

食生活1ツとっても、日本の美しい心は生きているのです。
店で「たかが食器、されど食器!」と常に言っています。食事をなるべく手を抜かず、お気に入りの器に盛り付け、食卓を、空間を美しく、丁寧に暮らして欲しいのです。その為に頑張り続けた花染の店のような気がします。

12月14日だったと思うのですが、BSプレミアムで「京都迎賓館・極める京の技とおもてなし」をしていました。
京都「瓢亭」の高橋さんが「いつも外国の人々をお迎えする晩餐会はフランス料理のことが多いですが、やはり日本の料理、和の文化でおもてなし……。」という観点から、京都御所内に素晴らしい日本(京都)の匠たちが全身全霊を注ぎ込んで造られた建物、調度、その空間は見事です。こんな軽い言葉では言いがたい、筆舌に尽くしがたい感動でした。

京都33の花の家元が持ち回りで花を生け、料理も料亭が持ち回りで出張するのだそうですが、この心も筆舌に尽くしがたい「もてなし」で、一流の人々が持っている、一流の緊張感に、思わずのめり込んでしまいました。

「迎賓館を見守る会」というのがあって、年1回その匠たち(総勢130人程)が集合して、各自の仕事を見廻る姿に感動しました。
庭は全国の桜守りをしている佐野藤衛門さん。調度品のうるしのキズ、切り金のほどこしてある木戸など、隅々まで丹念にチェック、修復をして見守り続けるのです。
1時間程の番組でしたが、日本文化の匠達の先代、先々代、数百年と受け継がれてきた心と技に、何と奥の深い日本の四季、風土に心を奪われてしまいました。

その感動が醒めやらぬ、12月15日、NHK「『和食』おいしさの謎 世界がうなる究極の味▽ルーツは京都の四季絶品のお膳」を見入ってしまいましたが、メモを取らなかったので、細部に誤りがあるかもしれませんが、日本人が作り出した「オリゼ」という菌の不思議な物語です。千数百年前に、何かしら有害な菌を変化させ、突然変異をさせ、日本人が造った「花・オリゼの菌」、これが米麹を作り、味噌を発酵させ、酒を造り、そして又、又、かつおぶし、昆布の旨味になってゆく過程を映像にしていました。

                  

京都に、この菌を培養して、数十代、一子相伝として栄々として続いている店がある事も初めて知りました。日本の匠はここにも生きていました。
きっと多くの人々もTVをご覧になり、感動をした事と思います。

和食が世界文化遺産になってから、次々和の文化を折につけTVでやっていますが、「目から鱗」がたびたびあります。

         

過去にもこういう番組はよく見ていましたので、少しは知っている事もありますが、今までにもまして「昆布とかつお」で上手く「出汁」をとって心を込めてお料理に対峙しようと思いました。

最後に番組内で「千年のミステリー」と言っていましたが、“極める”という事の凄さを実感させて頂きました。

         

日本は、日本人がもっともっと知らなくてはいけない事だとつくづく思い知らされます。

やはりNHKBSプレミアムで「小津安二郎・生誕110年・没後50年・映画に仕掛けられた謎」にも感銘を受けました。
世界が選ぶ監督No.1が今、小津安二郎なのです。
美しい昭和の世界が、彼の目線、美意識で計算され尽くした映像、カメラ、ディテール……にやはり驚いてしまいました。
私も大好きな監督で、再映があり、時間があればよく見ていましたし、美しい日本を映像から感じていました。
「何気ない日常を描く」しかし、そこには「人間を描く事で社会が見える」との彼の言葉が生きているのです。
こうして少しずつ私達に、日本人の感性の素晴らしさをもっともっと教えて欲しいと、つくづく思います。

「八重の桜」にも随分、多くの事を教えてもらいました。

話は変わります。
先月11月25日、堤清二氏が86才で亡くなったとの記事が29日に新聞で報じられていました。朝日新聞は幾日も続けて「文化」の欄に、彼についていろいろの人達が「悼む」言葉を書かれていました。

                          

もちろん堤清二氏と言えばセゾングループを創り上げ、広告、コピーライター、アートディレクター、クリエイター等の存在を世に知らしめた一時代を確立した人でもあると思うのです。
「文化」の欄なのでかも知れませんが、「辻井喬」という名が前面に出され、財界人とは違った顔を出されていました。
私は20数年前、この「辻井喬」なる存在を知る事になった「虹の岬」という題名の本に出会ったのです。初めて彼の本を読みました。
ある種、ノンフィクション、戦前・戦後、住友No.2とまで言われた人の恋愛の記録、小説です。
人にお借りした本なので、手元にはありませんが、鮮烈に内容は記憶しています。その大物人物は短歌の歌人でもあった人です。戦後すぐの話だったのでしょう。

「老いらくの恋」と世間を騒がせた事件なのだそうですが、とても美しい心の、人生をかけた恋でした。

本を読んで後、数年して新聞に小さく、その女性が亡くなった……と横顔の写真の入った記事を見ました。何とも切なく清い気持ちがした事を、その当時、複雑な心境で読みました。

その後、辻井喬氏の作品には出会わず、知ってみると堤氏は「辻井喬」の自分の方がお好きだったのかな……と思います。たくさんの詩集・著作がある事を知りました。

文化人としてのお顔、経営者としての2つの中で、誠実で謙虚に、そして情念も持ち合わせた人であったのだと「辻井喬(堤清二)さんを悼む」から読み解く事が出来ました。

もう今年も残り6日になってしまいました。たくさんの方々に支えて頂いて花染は存在します。こんな嬉しい事はありません。
寒い年末年始になりそうです。どうぞ体調に留意なさってくださいませ。
本当にありがとうございました。そして、来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
(年始は7日から営業させて頂きます)



2013(平成25年)12月3日

もうカレンダーも1枚になってしまいました。紅葉真っ盛りで各地は愛でる人々でいっぱいになっている事でしょう。
島本も自然がいっぱいで、山々は今、絨毯を敷き詰めたように色・彩とりどり。とても美しい街です。
いつも若葉の頃、そして桜の頃、このページに掲載させて頂く場所で、今回は真っ赤なトンネルを撮りました。

                    

ちょっと撮影が遅かったようで、散りゆく寸前でした……。日本って何と美しい国なのでしょう。高倉健さんも、文化勲章の折に「日本人に生まれて良かった!」と表現されました。その意味に秘められたお母様の「しんぼうばい!」という言葉に象徴される裏打ちがあってこその日本の心だろうと思います。
グローバル化……と何でも声高に叫ばれるけれど、日本がなくしてはいけない物や仕事、そして人があります。それは日本人そのものがよく知らなくては、継続、持続していけません。日本の素晴らしさを日本人自身があまりにも理解してなさすぎです。悲しくなる程です。
よく聞く話の一ツに高校生、大学生が海外にホームステイに行って、そのステイ先の家族の人達に「日本の文化、歴史等」を聞かれて、実は何も知らない事に自分自身が驚く……と言います。社会人になって、海外に出張、滞在しても同じ事と思います。

先日、NHK「クローズアップ現代」で山崎豊子の秘められた内面、初めて公開されるご自宅、書斎…資料、取材の書類、テープ、DVD等の詰まった部屋が写し出されていました。まさしく身を削って走り続けた一生であったと思います。やはり、日本人の心、そして不条理を亡くなる1週間前まで書き続けられたそうです。何と言う事でしょう。感嘆の涙が、心の内から湧いてきます。

12月はクリスマス、お正月の準備に、とても気忙しい日々が続くと思います。プレゼントも「誰かくれないかナァ……」

                   

店も暖かい雰囲気にしたくて、店の表には花を寄せ植えし、自分でちょっと和む心地になっています。

                       

山茶花の花も舩木先生の花入れに差してみると、とても馴染んで大満足です。

                                

店の裏の千両の実も大きく紅く色づいて来ました。14~5年の木ですが、昨年はなぜか実が付かず心配していたのですが、今年は多くはありませんが、ちゃんと実ってくれました。

                               

稲葉直人さんの土鍋がたくさん届きました。彼の優しさそのものが伝わってきます。暖かいほっこりした土味の美しいフォルムの作品です。

                     

稲葉直人さんのページも更新しましたので、どうぞご覧下さいませ。
私にとってもこの季節は、彼の作品が我家の台所で大活躍です。おでん用の大きな鍋、水炊き用、少し小ぶりの湯豆腐用、そして一人用の鍋……などなどです。台所の天袋の戸を開けると、それらがずらりと彩り良く並んでいて、我ながら「よしよし!」と大満足です。心豊かな日々が送れると信じています。

お正月も、下手ではありますが、お重箱にお料理を詰めて自己満足です。お正月用の祝箸も花染に入りましたヨ。

                     
 

福珠窯のとても大好きな作品もお正月に向けて作りましたので見に来てください。

                                   

師走と言う通り、皆様お忙しく走り廻っている事と思いますが、どうぞお出かけ下さいませ。
寒い冬との予報ですので、どうぞ暖かくしてお健やかにお過ごし下さいますように……。

                                   

来年の事になりますが、新しい作家と出会いましたので、5月頃、小さな小さな展示会をしたいナァ……と思っています。一目で心惹かれた作品です。私も楽しみにしています。

                              
                                      インクビン 高さ12cm



2013(平成25年)11月2日

急に冷たい風が吹き始め、おどろく早さで秋がやって来ました。
天まで抜けるような青く清々しい、雲一つ無い空が晴れた日には見られます。こんな日が1日でも多く続いてくれる事を願います。

島本町もすっかり稲刈りが終わり、知り合いの農家から新米を頂き、美味しくホッコリと炊き上げました。ホンワリと湯気の上る様子は味覚の秋を感じさせてくれます。

稲を刈り取った後の田も又、いいものです。私達は子供の頃、その中で野球のような遊びを自由奔放にしていました。自然の中で日が暮れるまで遊びに興じていました。

今はそこかしこに金木犀の香りが満ち満ちています。きれいに刈り込まれている家もあれば、無造作に垣根にしているお家もあります。その中でも一番大きく美しく、沢山の花を付け、立派に刈り込まれているお宅の写真を撮らせていただきました。

                                

それはそれは見事です。いつも気になりながら通っていました。毎朝、近道をして、住宅街の中を自転車で走るのですが、常に折々季節を感じさせてくれます。

話は変わりますが、病院に通いながら、最近思う事があります。何と女医さんが多くなった事に目を見張ります。
女性の医師の美しい姿に、新しい時代と新しい社会の変化を感じます。女性の働く姿が強く、たくましく、そして優しくあってほしいと心から思います。

ところが、又、最近お客様の女医さんからお話をお聞きすると、「結婚で仕事を辞めざるを得なくなり、又、次に出産で辞めざるを得なくなる……」と。なかなか続けてゆく事が出来にくいお仕事なのだそうです。
耐え難い社会の不条理を抱え込んでいるのが、女性の働く姿だとすると、とても複雑な気持ちです。今更ではないけれど、身につまされてしまいます。

又、話は変わります。
2013(平成25年)9月12日の「日常つれづれ」に岡倉天心の事を少しだけ書きましたが、朝日新聞10月21日「文化の扉」のページに岡倉天心の事が掲載されていました。やはりすごい偉業を成し遂げ、現代まで継承されているのです。
「有名なのに、どんな功績を残したのか一言では言えない。そんな歴史上の人物の一人。日本美術の制度をたどると、多くがこの人に行き着く。目指したものは何だったのか。」(文章引用)

                         

何だか最近、彼にひっかかっていた気持ちがすっきりしました。何かしら私も「すごい人なのだナァ…」と思いつつ、過ぎていましたから……。
映画「天心」が11月16日から全国で順次公開されるのだそうです。この欄に天心について、また東京芸大についてのコメントを書いている箭内道彦氏が、私は大好きです。この人の天心像、東京芸大への思いに心を惹かれ、今回この「文化の扉」の頁を取り上げたようなものです。

                                   

箭内氏の風貌、感性、おしゃれ、言葉…どれをとっても大好きです。
4~5年前、NHKの夜遅い「トップランナー」というタイトルの番組でインタビュアーをしていました。
おしゃれがとても素敵で、小粋で小憎いのです。
私は芸術家然とした雰囲気の人は好きではありません。彼はとても言葉少なく、しかし的を得て魅力的でした。彼のおしゃれも楽しみでした。毎週見ていましたが、いつの間にか終わってしまいました。時々、何かしらの番組に出演なさったりしているお姿を拝見しますが、やはり魅力的です。広告関係のお仕事をなさっていらっしゃると思うのですが、おしゃれでクリエイティブなお仕事が目に浮かびます。

12月初めに細江氏の「木工・小品展」をさせて頂くつもりにしていましたが、都合により中止する事になりました。
家具もですが、器が出来るのを楽しみにして下さっていたお客様に申し訳なく思っております。
又、来年、展示会が出来ますよう、努力致したいと思います。

何かと気ぜわしくなってきました。今年も残り2ヶ月と思うと、早くもお正月料理の準備や心構えが必要になってきます。
うるしの器などもいつもの年末通り、お揃えしてありますので、折々見にいらして下さいませ。
干支の馬(午)も出来ましたヨ。

                            

可愛く、愛くるしい表情です。お待ち申し上げております。


2013(平成25年)10月5日

やはり9月も日中は残暑の厳しい毎日でした。空も空気も自然も確実に秋が来ているのに、気温だけが高く、弱った体に追い討ちをかけます。
島本に住んでいると、街の中にあっても、自然を至る所で感じさせてくれるのです。
3~4日前、散歩をしていていつもの畦道で彼岸花と稲穂が実る光景に、しばし足を留めました。彼岸花は終わりつつありましたが、これから10月半ばにかけて稲刈りが始まる事でしょう。


                    

1年がアッと言う間に過ぎ、10年が瞬く間に過ぎていきます。
先日、珍しく「報道ステーション」を見ていたら、政治ジャーナリスト、後藤兼次氏がお持ちになって来ていた本「ケネディ家の栄光と悲劇」に驚きました。「私も持っている……!」本棚にキチッと傷みもしないで立っていました。

キャロラインさんが駐日大使に…というニュースの折でした。私達は1963年11月22日のダラスでのあの日を忘れないでしょう。ケネディ大統領の死が頭の中に古い傷のように残像として今だ凍結されています。

その後、出版されたこの本を買い求め、ケネディ家のまさしく「栄光と悲劇」を夢中で読みました。今再びパラパラとめくって見ると、ケネディ家の結束、絶えず何かに挑戦している姿が浮かぶのです。

あとがきに訳者が書いている言葉が印象的でした。
「本書はこの一族の特性がどのようにして生まれたかを、世界の前に明らかにするために編集されたと言っていい。」……と書かれています。
本は1968年出版、AP通信社編・朝日新聞社訳です。

                     

時の流れは瞬く間です。
私がこの「日常つれづれ」のコーナーによく書かせて頂いていました山崎豊子氏も9月29日亡くなったと報道されました。
10月1日版にも2日版にも紙面に大きく追悼の言葉が掲載されていました。世の不条理をあれほどまでに深く、全精神・全人生をかけて追い、書き続けた事のエネルギーは何か?
その源は「学徒動員です。私の青春を返して。先に死んでいった人に対して生きている者として、やらなければならない事がある。」と語っています。
心の奥にすさまじい魂を持ち続けたのでしょうか。お疲れになられた事と思います。本当に安らかに……と祈らずにはいられません。今はこの重さに少々戸惑っています。本当にいつも心から尊敬していましたから……。

身の回りに何か楽しい事はないかナァ…と見回すと、ベランダの椿の木にたくさんの蕾が付いていました。

                             

秋は美しい紅葉のシーズンですが、何かはかなく淋しい季節です。
私は春の季節の方が好きですが、最近は春の穏やかな時期はほんのチョットで、冷たい季節からすぐ暑い季節になってしまうようです。
この蕾の椿が春に向けて大きくなり、膨らみ、花開くのを待ちましょう。
季節の変わり目にはくれぐれもお気をつけてお過ごしくださいます事を心より祈っております。
暑さだけはなくなりましたので、又ゆっくりと私共までお出かけ下さいませ。心よりお待ち申し上げております。



2013(平成25年)9月12日

毎日暑い!暑いと言いながら8月も終わり、9月も半ばを過ぎようとしています。朝夕はチョッピリしのぎやすくなり、少し心身ともに安堵の面持ちです。

早い時期から猛暑、とてつもない風雨に、かつて日本になかった現象を見ます。地球全体が異常を発しているのだと思います。人類が不必要に欲深く進化しすぎるのです。

風を目で、景色で感じて欲しいと……。この夏は、こんなポジャギ風をたくさん作らせて頂きました。

                             

8月は、何故か今年は太平洋戦争にまつわるテレビ番組が例年になく多かったように思います。尖閣諸島からなのか?中国・韓国問題がこじれているからなのか。憲法9条発言からなのか……。はたまた戦争を知らない人々が人口の80%(?)を占めてきた危機感なのか?

私は戦争が人間をどのように変えるのか?ということに若い頃から興味を持ち、テレビ番組のドキュメンタリーをよく見ていました。

8月15日(敗戦)前後、12月8日(開戦)頃には、頻繁に放映されていましたが、いつ頃からか、多分、日本のバブル頃だと思うのですが、そのような番組が極端に少なくなり、わずかだけ遅い時間帯(夜中1時、2時)に残り……それでもよく見ていました。
それすら全くなくなってしまっていました。

新しいフィルムや事実や資料が出てくると検証され、放映される程度でした。
その中でも、最近(と言っても3~4年前)のもので、昭和天皇が8月15日、自らの声で国民に「敗戦」を告げるという……8月15日以前、1週間の内部で起こっていた事実の検証が音声と映像で映し出されていた番組は、とても興味深く見ました。それまで国民は天皇の声を聞いたことはなかったのだそうです。

私も戦後生まれですが、私達は現代史はあまり教わらないできたのです。日本史は明治時代までで、時間切れ!そして卒業してしまうのです。

日本の現代史を時間をとって教わることはとても大切なのではないでしょうか。過去から学び、本当の意味の愛国心を育ててゆかないと、美しい日本にはなりません。
美しい日本の文化を学ばせて頂きたいですね。

日曜日、朝9時(Eテレ)「日曜美術館」を是非1時間見てほしいのです。
戦争も文化も美術も文学も人物も……すべて一体のものです。直接、間接的に学ぶことができます。

1ヶ月半くらい前は「岡倉天心」でした。明治に入って日本中が西洋になびく中で、彼のとった行動と信念に感動します。歴史の時間にちょっと出てくるだけで、皆、お名前はよく知っていても、本当の意味の偉業と彼の人生はほとんど飛ばされます。

又、戦争も、絵を描くことで、戦争の悲哀を伝えることもあります。
8月4日放映の浜田知明の銅版画もそうです。1917年生まれ、16才で東京美術学校・油絵科に入学、その後、銅版画へ……。
中国北東部へ5年間兵隊として取られ、人間扱いされず、虫けらのように扱われ、殴られ、耐えられない自由のないことにいつも死にたいと思っていた……。と語られていました。
1952年、初年兵哀歌を発表し「いつもモチーフは人間のあり方だと……。」
もしも戦争に参加しなかったら、体験しなかったら、作風は違ったものになった…それを切り離して考えることは出来ない…と。

                          

その他にも香月泰男という、後年、自身のシベリア抑留体験を油彩で描き続けた作家もいます。とても素晴らしい色彩と奥の深い作品に戦争の「悪」を思い知らされます。山口県立美術館がたくさん蔵品しています。私の大好きな作家の1人です。

戦中、何らかの形で絵描きは戦争に荷担させられ、戦争画を描かざるを得ない事情を抱えた作家も数多くいらっしゃいます。ほとんど…と言っても過言ではないかもしれませんし、文学者も同じです。

戦争に駆り出され亡くなった若い命。そして戦争から帰還しても苦しみ続けた人々。戦争画を描かざるを得なかった絵描き、又、文学者の苦悩……。

先に書いた浜田知明氏も95歳になる今尚、肉体に刻まれた記憶の底から作品を製作し続け、戦争の「悪」を静かに訴え続けていらっしゃるのだと拝見致しました。

                      

浜田氏の姿は哲学者のようでもあり、私達の心を打つのです。
熊本県立美術館に345点収蔵されているそうです。

あらゆることをこの「日曜美術館」は教えてくれますし、この番組をきっかけに自分でもっともっと先へ進んで行くことも出来るのです。
私は毎週かじりつくように一生懸命(?)見ています。一流の人達の解説付きですから、尚勉強になります。

時が過ぎる程、その偉さが分かり、賢い人だけれど使う言葉はごくごく簡単、それでいて謙虚な表情をしています。素晴らしいことだと思います。
又、素晴らしい人達は何故このように魅力あふれる言葉を持っているのでしょう。
既にこの番組のファンの方々もたくさんおありの事とは思います。

新聞・日曜日の『読書』の本の紹介等の頁が大好きです。出版される本は数限りなく……。しかしこのページの「評」を読むと何だか楽しいおもちゃ箱のようにあらゆるジャンルの本の「評」がプロの手(大学の先生・作家・詩人・社会学者・ジャーナリスト・美術館主任などなど)で書かれていて、空想するだけでも興味深いのです。

                          

「へぇ~」と思いながら読んで楽しむ時の方がはるかに多いのですが、参考にして本を買うこともあります。
でも年と共に集中力が衰え、眼も疲れやすくなり、スピードが落ちてしまって、あまりたくさんの本は読めなくなりました。
私は熟読するタイプの人間なので、なかなか頁が進みません。美しい日本語、的確な表現と、人を引き込む文章力を学ばせて頂きたいです。

9月も残暑が厳しいとのことです。昨年は10月も初旬は暑かった記憶があります。季節が二極化してしまいそうです。私の店の植物も亜熱帯の観葉植物は生き生きと葉を繁らせていますが、他の植物は皆、元気がありません。懸命に手入れをして可愛がるのですが、ダメになるものもあります。

                               

真夏に誇らしげに咲いていたさるすべりの木も、さすがに9月にもなると勢いをなくし、もう終わりかな~と感じます。
その意味でも確実に秋は来ているのですが……。

9月に入ってすぐ「山村御流いけばな展」を拝見に行きました。会場は既に秋の訪れです。毎回写真を1枚でも撮りたいと思うのですが、×なのです。

花と花器が一体となり、思わずため息が出ます。日本人の感性が誇らしくなります。
花器も、焼きしめ、白磁、青磁、染付、織部、志野、信楽、ガラス、塗り物、籠……ありとあらゆる器が、すべて超一流なのです。
私はこれが仕事なので、見とれてしまいます。

花は「野にあるごとく」小さな花や枝が見事な空間を作っています。

                                

はぜ、柿、りんどう、秋明菊、つるりんどう、金水引、あざみ、からすうり、松虫草、風船かずら、とくさ、藤ばかま、ひともとすすき、ききょう、小鬼ゆり、三つ葉つつじ、シャガ、河原なでしこ、さんしゅゆ、百日草、のしめらん、三帰来、カリン、吾亦紅、女郎花、山ほうし、笹葉りんどう、高野白王、小えび草、ほととぎす、栗、なつめ、らん、かりかね草、姫りんご、山しゃくやく、さぎ草、どうだんつつじ、ベル鉄せん、月見草、さつき、秋海棠、ざくろ、梅もどき……まだまだ……思い当たる花だけ書きましたが、名を知らない枝もの、花も、すべてが小さな宇宙を作り、静かな世界に連れて行ってくれるのです。

お家元の小さな茶入れのような蓋物(編み込まれたものでした)に水ぎほうしが極限の姿で生けられているのです。
花器、花共にしても、12~13センチの宇宙です。

花の名を連ねたのは、こんな楚々とした花に魅せられる日本人であって良かった…と思ってしまうからです。

12月初めに(12/3~12/7)「木工・小品展」をしたいと思っています。今から何を作り、ご覧頂こうかナァ…と楽しみに企画をしています。

                         

いろいろの椅子・お膳・額・小引出し・お茶托・お盆・器・スプーン・鏡・皿立て等々。何が良いのでしょうかネェ…。

常設の花染も楽しくていいものですよ。ゆっくり作品を見て頂けます。遊びにいらして下さいませ。花染の看板も一新!変わりましたよヨ。




2013(平成25年)7月31日

「毎日、暑いですね!」が人との挨拶になっています。毎年、「例年になく……」が続き、暑さも雨の降水量も異常です。何がこのような地球の気候にしてしまったのでしょうか。

暑い夏は、恒例の京都の祇園祭の「コンコンチキチンコンチキチン」のお囃子で明け暮れます。17日の山鉾順行に先駆けて、京都の商家・町衆はそれ以前から、その後も行事が立て続けです。

この近辺の人々は、祇園祭は毎年の行事なので、当たり前のように感じていると思うのですが、全国から観光客が集まり、京都の街はごった返すのです。
宵々山も宵山も本番順行も、今年は天気に恵まれ、多くの人々がこの神聖な祭に魅せられた事と思います。

私も毎年、長刀鉾のちまきを買って玄関に掛けます。我家の恒例です。15(月)に求めに出かけました。

山鉾の順行の順番は「クジ」で決まるのですが、長刀鉾は必ず先頭を切るのです。山と鉾(33あると言います)それに加えて傘。長い長い順行が始まります。

             

長刀鉾にだけ、生稚児さんが乗って、舞い、神とこの世の境の綱を刀で切るのです。一番大切な仕事なのだそうです。切った瞬間、歓声が上がります。

              

選ばれる事は名誉であり、その生稚児さんは1ヵ月程、男手だけの中で生活し、身を清め、この綱切りをする準備をするのです。歴史の申し合わせの中で、本当にたくさんの人々の力で、このお祭りは神聖に執り行われるのです。

江戸時代の洛中洛外図屏風にも祇園祭は描かれています。順行の順番の「くじあらため」の儀式も見せ場の一つです。それぞれの山と鉾が「くじあらため所」で「くじあらため」を行います。

              

次のクライマックスは、四条河原町の交差点を回る辻回し。路に竹を敷いて、山鉾を少しずつ3回で方向転換をし、直角に回転させるのです。竹に水をかけながらすべて人力で行われます。
それぞれの山鉾によって辻回しの竹はそれぞれが用意し、種類も異なるのだそうです。
長刀鉾でお囃子の人数が50人程乗っているので、かなりの重さだと思います。ギシギシと大きくきしむ音がします。

                  

四条通り、河原町まではゆっくり順行し、辻回しが終わり、河原町からはお囃子のリズムが変わり、徐々にテンポを上げ、御池通りは一層早く順行し、それぞれの鉾町へ帰って行くのです。
四条通り、八坂祇園さんの見える通りはお囃子は神に奉納する「わたりばやし」。それが終わると「のぼりばやし」になるとの事です。

その間は、絢爛豪華、厳かで、観客を魅了するもので覆われ、それぞれの山鉾が見せ場を作り、タペストリー(織物はヨーロッパ、中国、日本…)に工夫をしたり、新調したりして競うのです。
見せ場がいっぱいあってゆっくり見ていられません。そのために宵山などがあり、それぞれの鉾町でゆっくり見れるようにしているのです。

蟷螂山のからくりかまきりが愛嬌を振りまきます。とても人気のある鉾なのだそうです。「ちまき」にもかまきりが付いています。

                          

四条河原町の大きなステージで行われる「棒ふり踊り」は、笛と太鼓のエリート達が、八坂神社に向かって奉納する踊りです。絶対に棒は落としてはいけないそうですが、すごいプレッシャーだと思います。

     

戦後、次々に昔の山や鉾が歴史に忠実に再現され、増えているそうです。

子供達も子供の頃からお父さんに憧れ、笛や太鼓を習い、町衆の中で大きく成長し、次の世代に引き継がれていくのです。それぞれの鉾町へ帰ると、いち早く解体してしまうのだそうです。皆の無病息災を願って疫を取り込んだものを早く解体することで、「疫」を払ってしまうのだと言います。

7月いっぱいは行事(花傘鉾・さぎ舞い)が目白押しです。
京都の町衆の心意気は、毎年目を見張ります。たぶん、1年がそのためにあるのでは…という程です。
もっと本気で勉強させて頂くと、さらに面白いと思うのですが……。
なかなかそこまで行き着きません。毎年、中途半端なもので終わってしまいます。

小さな涼しい風が欲しい!方々から吐き出されるエアコンの熱風。何とも悪循環です。生活空間を夏向きに設えて、目で風を見たり、爽やかな暖簾をかけて見たり……。

                           

何か工夫をしないと夏の暑さは過ごせません。
真夏日といわれる日数は、過去の3倍になっているそうです。店も朝はまず表玄関側と裏に水をまきます。一瞬ですが、爽やかな風が渡り、目に涼やかです。

店の内部も舩木先生のガラスを前面に出して、少しでも空気を爽やかに……と心がけます。

お客様が自家栽培の夏野菜をくださったりお花をくださったりするので、しっかり野菜を組み込んだ料理を作り、夏バテに対抗するしかないですね。

                          

島本町は、まだまだ水が冷たくて美味しいので、助かっています。

この所、ちょっとテレビを見る余裕ができて、1ヵ月程前から「八重の桜」と「妻はくノ一」を見ています。切なく美しく、一生懸命見ています。良きにつけ悪しきにつけ、日本独特の死生観がすべてドラマを引っ張っています。
背景にあるものは日本文化。素晴らしい仕事であふれ、今のドラマにはない伝統に培われた一流のものが、当たり前のように画面を彩ります。

たかが数十年、戦後、超特急で失われた事が残念でなりません。障子を通して差し込む光。ほのかに明るい光と影。煌々と照らされる蛍光灯の明かりに、私は戸惑ってしまうのです。ほの暗い中が一番心癒されます。谷崎潤一郎『陰影礼讃』という本がある程、それが日本の生活なのです。

いつも「不便が良い…」と私は書きますが、不便だからこそ人間は工夫をするのです。便利と経済至上主義はいけません。
新聞に「限界日本」が連載されていましたが、「アマゾン」の倉庫で発注された本や物を、機械のように探す人々の話(それも、派遣、出向社員…)が載っていましたが、本は本屋さんでくるくる回りながら、他の本も手に取り楽しみながら探すのです。時には、目的ではない分野の本を買って帰ったり……。そこに(本屋さんに)人の雇用が生じます。物は正規の値段で買うのです。無駄が人間には必要です。

私が高校を卒業する時、現代国語の先生が黒板に「無用の用」と大きく書いて、忘れないように……とおっしゃった事を私は今でもよく覚えています。一見無用に見える事が、長い年月をかけて、その人の血となり肉となり、深いひだを作るのだと思います。
いつも忘れた事はありません。

話は変わって、宮崎駿氏のアニメ「風立ちぬ」を見たいナァ……と思っている今日この頃です。
若い頃読んだこの本の中の女性、菜穂子さんのイメージがずっと私の中の軽井沢のイメージです。軽井沢は二度行きましたが、若気の至り……。走り回って慌しい時間にしてしまいました。

年を経て、ゆっくり菜穂子さんのイメージの軽井沢をもう一度味わいたいと思います。この暑い夏の軽井沢もいいでしょうが(二度とも夏に行きました)、冬の軽井沢も行ってみたいと思っています。

まとまりのない「日常つれづれ」になりましたが、つらつら思うままです。
夏休み、ご旅行をなさるお元気な方も、お家でお過ごしになる方もお気をつけて。この猛暑を乗り切りたいですね。
店を涼しくしてお待ち致しております。




2013(平成25年)6月28日

こんなに毎日の温度差がある夏も珍しいのではないでしょうか。
毎日、天気予報をしっかり見ながらの暮らしです。
着る物を間違えば暑いし、薄着をしてしまうと寒いし……。雨が降るというと局地的に大雨ですし、降らないというと街路樹がひからびそうですし……。

島本町はまだまだ緑が空気が爽やかです。
京都線の水無瀬又は島本駅辺りに来ると、間近に山が迫り、山崎、長岡天神駅へ続くのです。大山崎、そして円明寺辺りまで、山がすぐそばです。その辺りにはかの有名な天王山もそびえ立っています。

緑に包まれ、真夏とは違う緑のイオンを含んだヒヤリとした風が吹いています。
前回(6月6日・日常つれづれ)に、「燕も蛙も見なくなった」と書きましたが、燕も飛んでいます。蛙も鳴いています。本当に自然の大切さを実感します。

                              

便利な社会になってゆく怖さを感じる昨今ですが、人間が本来持っている五感で物を見、五感・六感で探り当てる楽しさも大切にしてほしいと思います。

先日、友達が庭に咲いた花で花束を作って持って来てくれました。なんと楚々とした風情でしょう。
川原なでしこ、そしてチョコレートコスモス。
チョコレートコスモスは、初めて見る花でした。直径2~3cmのチョコレートの香りのする愛らしさがとっても素敵でした。感謝、感謝です。

                              

単純ほど良い物はない。素朴ほど良い物はない。不便なほど良い物はない…という事を片手に握り締め、もう片手で今の時代を生きていってほしいと思います。
私達、老齢期に入ると、特に、単純、素朴、不便を信条として、清潔で心地よい暮らしを目指したいと切望しています。

今、参議院選挙に向けて、世の中が騒がしくなりつつあります。安部総理の改革も、私達国民には本当のところはわかりません。新聞の下の本の広告欄を見ると、賛成と反対が入り混じって出版されています。

6/22(土)朝日新聞の天声人語に、国の行政改革に熱を注いだ土光敏夫氏のことが書かれていました。

(以下は天声人語の引用)
土光さんが執念を燃やしたのは「増税なき財政再建」だった。借金大国を嘆き行革を進めた。「おれは、4、5年もしたら地獄の釜の底にいるだろう。君たちが日本をどう動かすか見ているぞ」と政治家や官僚に言っていた。

と書かれていました。私が何かの折にメモした土光さんの「自分の火種は自分でつけろ。日に新たなり、日々に新たなり」の言葉を思い出しました。

話は変わります。
今週23日のNHK「日曜美術館」神田日勝・半分で途切れた黒い馬・32才で夭折▼未完だからこそ輝く謎の傑作……。を放映していました。

生きる事の苦悩、描く事の苦悩。懸命に生きる事の素晴らしさを教えてもらいました。

この「黒い馬・未完の作品」を蔵品している窪島誠一郎氏が解説をしていました。素晴らしい人の言葉、感性に私達は感動するのです。

窪島誠一郎氏は長野県上田市で「無言館」と「信濃デッサン館」の館主をしています。
若くして、又、美術学生のまま戦争に出征した人達が最後の日まで描き続けた絵や、戦地から家族に送った絵手紙などを全国を回って収集し、そして又、夭折した画家の作品などを集めて、美術館を運営しています。

彼は、私の中に、もう一つの感動を与えてくれた人です。それは実の親を求めて歩いた日々を書き綴った「父への手紙」です。

                            

(引用)
貧しいけれど平和な家庭。やさしい両親――。しかし、どこかに違和感がある。ある時、ふとしたことから、自分は、両親の本当の子ではないのでは?との疑いがよぎる。成長するにつれて、疑いはますます深まり、ついに確証をつかむ。北へ西へ、父さがしの日々年々が続き、旅の果て行きついた真実は……。作家・水上勉氏の実子として話題をよんだ、著者の驚くべき日々の記録。

                           

とあります。この本が出版されたのは、1981年とありますが、これ以前に、確か1970年代前半に週刊朝日で親子対面記事が載っていて、それを読んだ事から、私は彼に興味を持ったのです。
その頃私は、水上勉の本を次々とたくさん読んでいる頃でした。その後、この本が出版され、ただちに買い求めて以来、ずっと彼の有様は見ていました。

この本のあとがきに、「父の家族の事。そこに生じた新しい波紋など、次の宿題にしたい。

                           

特にめぐりあった母のことを書いてみたい」と。
この続きが「明大前」へと引き継がれてゆくのです。
偶然であり、又、必然である、人と人とのめぐり合わせ、えにしは何と深いものなのか。私達凡人の人生の中にも不思議なめぐり合わせ、えにしは数々あります。
どうぞ昔の本ですが、2冊ともぜひ読んでみてください。年を重ねると尚、生きる事の機微を考えさせられる本です。
「無言館」も「信濃デッサン館」も、運営が非常に厳しい、とお聞きしたことがあります。上田市近辺へ旅をする折には、是非入館してください。人間の美しさ、哀しさ、真心、そして優しさに感動し、忘れられない思い出となると思います。

                             

柴田さんの作品が少し入ってきました。コーヒー&ソーサー、マグカップ、ポットなどです。

                               

                       手前から ★舩木倭帆氏の銘々皿・お菓子(京都・永楽屋の琥珀)
                                    ★柴田雅章氏 ティーカップ  ★浄法寺漆器 椿皿
                                    ★奥 柴田氏の紅茶・コーヒーカップ&ソーサー、ポットなど
                                    ★敷物(古布)藍・更紗ティーマット


夏には涼しげな藍の染付の作品もいいものです。
白い素地の磁器には、土物にはない爽やかな色香があります。この季節には土物の作品に合わせて食卓を彩るのも又、風情です。

                   

                            手前から ★桃形箸置・黒檀・拭き漆箸  ★双鹿文芙蓉手小判皿
                                   ★柴田氏 白掛線文台付皿  ★舩木倭帆氏 ワイングラス
                                   ★VOCティーカップ ★阿部眞士・色絵蓋物
                                   ★細江氏 拭き漆茶托(栗)  ★奥 柴田氏 スリップウェア長皿


これから来るであろう暑い夏を乗り切らなくてはいけません。せめて猛暑だけは堪忍してほしいと思います。
この梅雨の雨が災害とならず、恵みの雨となってくれる事を切に願っています。

遊びにいらして下さいね。心よりお待ちいたしております。




2013(平成25年)6月6日

今年は早くから梅雨入りでした。季節は移ろって行きますが、日本にある季節はとても素晴らしい変化を私達に与えてくれています。田には水が引かれ、そこかしこで田植えが始まりました。

                            

年々、燕の飛ぶ姿も見なくなり、蛙の鳴き声も聞かなくなってきました。でもまだここ島本町は山が迫っていて、夕方、陽が沈むと、冷たい風が山側から吹き込んできます。

松山千春の歌詞の中に「僕が好きなものは、青い青い空の色と夏の風に全てまかせた君の長い長い髪……」というのがあります。
青い青い空……という歌詞に心惹かれ、初夏の透明であまりに美しい空と雲に思わずシャッターを切りました。

                       

今は、ほぼ毎日が家と店との往復で、仕事をし、家事をこなし、きっちりとした食事を作り、家を片付け、清潔に暮らすことが、最大の私のエネルギーの使われる部分です。
よって、他の事はほとんど出来ません。すぐ疲労が重なり、体調を崩すことになりそうなので……。

これだけでも今の私には手一杯状態で、活字は必要な新聞を読むくらいのことしか出来ません。テレビもNHKを少し見るだけの暮らしです。次の生活のために、新聞に掲載されている本の広告を見ては切り抜いています。

その中に、山本兼一『花鳥の夢』というのがありました。以前この「日常つれづれ」(2009年12月11日)の中に山本兼一『利休にたずねよ』の事を書いた事があります。その作者です。

                                   

『利休にたずねよ』の本の帯に「おのれの美学だけで天下人・秀吉と対峙した男・千利休の鮮烈なる恋、そして死。」「わしが額ずくのは、美しいものだけだ。」と書かれています。歴史書であり、時代小説であるがゆえに、わくわくする程おもしろく、一気に引き込まれていくのです。

この度は、天才絵師・狩野永徳です。名作「洛中洛外図」で時代の頂点に上るのです。秀吉に愛されるも長谷川等伯(これも2010年4月30日のこのページに書きました)への嫉妬を抑えられず、歓喜と煩悩の中で苦しみ続けたのだと思います。
本の広告の中に「絵を描く事は苦しみなのか?」と書かれていました。
私の知る限りですが、俗に等伯への嫉妬と御用絵師の座への執着と脅えの中で等伯の子息・久蔵を暗殺したとも言われています。

私は長谷川等伯の「松林図屏風」の中に日本人のもつ「哀しさと美しさ」が全て込められている気がするのです。等伯が久蔵を亡くし、悲嘆にくれる姿がせつなく胸に迫ります。
 
                          

まず元気が出たら読みたいと思う本の一冊です。本を読む事は大好きですし、日本文化は世界に誇る素晴らしいものです。とても楽しみにしています。

日本人自身が素晴らしい日本の文化、風土をよく学び、風情(わび・さび)の分かる人類である事に自信を持ってほしいと願っています。
もうこれで良いのではないかと思うほど、どんどん進化しなければいけないものなのでしょうか?どこまで競争が続くのでしょうか?心の豊かな毎日を暮らしているのでしょうか?その先にあるものは破滅のような気がします。

高度成長の時代を過ぎた頃から日本人は変わってしまったようです。家族の姿が変貌し、「身の丈に合った暮らしを幸せ」という事を忘れてしまったようです。
世界がグローバル化する程に、そんな悠長な事は言っていられないのでしょうか。声高に語らずとも日本人の英知、能力はたぶん外国の人々も認めている事だと思います。

先日、6月2日のNHK「日曜美術館・夏目漱石・小説を彩る数々の名画」「草枕・三四郎を絵で読む」というタイトルの番組がありました。
若い若い高校生の頃から夏目漱石は大好きでしたが、年を重ね20歳を過ぎる頃には、「何かそんな事を言っていると青臭い気がして……」あまり「愛読書」とは人に言わなくなっていました。しかし、やはりすごい文豪なのです。番組を見ながら改めて漱石が好きな自分が好きになりました。

                             

本棚でひっそりとしている夏目漱石全集をめくってみたくなりました。数年前にも一度漱石を読み始めた事があったのですが、『それから』で挫折してしまいました。
私は昔から哲学書は読まなくても、小説の中に哲学はある……と思っていました。難しい哲学書が苦手な言い訳かもしれません。

たくさんの人達に支えられ、寄りかからせて頂き、再生した花染をゆっくりと、時代に逆行するかもしれないですが、人の心を豊かに満たす仕事にして行ける事を心したいと思います。

新聞の片隅に柳宗悦の言葉がありました。「無事の美」「正しい工藝」、この言葉は彼を語る時、よく表現される工芸への姿勢ですが、改めて確信した思いがします。
幾つになっても大きくなくてもいい、小さな夢を持ち続ける事が周りの人達、しいては自分を安らかにさせる事につながるという事を知りました。人に助けてもらっている事の大切さも知りました。

朝日新聞夕刊に「人生の贈り物」というコーナーがあります。取り上げられる方々は、どなたもすごい説得力のある人生を歩んでおられます。その中で『氷点』を書いた三浦綾子と三浦光世氏ご夫婦の人生がありました。この事も書いてみようと思っていたのですが、長くなりますので今回はやめることにします。この見事な夫婦の愛を言葉にする事は難しいかもしれません。もちろんこれを読んだ方もたくさんいらっしゃる事と思います。

                                 

『天北原野』も彼女の作品である事にも驚きました。ネットで調べればわかる事だし、私の本棚を探せば分かったことだったのでしょうが、いつもこの本の内容は私の心に引っかかっていました。
2年前の東日本大震災後から綾子さんの作品は復刊が相次いでいるそうです。『天北原野』も含めて7作になったそうです。大災害の被害や自殺者の増加、暴力、虐待など、生きにくい世の中にあって、彼女が書き続けた「人はいかに生きるか」「苦難とどう立ち向かうか」というテーマが読者に求められているのではないかと、このコーナーには書かれていました。本当に納得する文面でした。

展示会はしばらくは休みます。
常設の1階でいろいろ作品を展開していくことに致します。舩木先生の作品も柴田先生の作品も若い作家の人達の作品もたくさん集まっています。

                 

                 

                

                

最近この白い器を持って帰りました。真っ白ではありません。中に向かって青味を帯びた艶やかな、初夏にぴったりの器です。 17cm角です。

                           

パプリカ、人参、大根、エリンギ、玉ネギ、キュウリ……、何でも切って、優しいお酢に漬け込むのです。エリンギだけは電子レンジでチンさせます。
全て生で美味しく頂けます。常備食としてたくさん作ります。(これは義姉に教えてもらいました)
美しいケーキなどはこのお皿と抜群の相性です。

「2013.4.26」のこのコーナーに竹の子寿しの事を書きましたが、

                         

                         よこわのお造り(作品は舩木倭帆氏)
                         美味しいあなごが手に入ったので、あなごと竹の子寿しです。
                         (作品は石飛勝久氏)・白磁フチ・筒がき7.5寸皿

舩木先生のグラスにビールを入れて頂きたいですね。(在庫有り)

                   

                   

行き届かない事も許して頂きながら、ゆっくりと仕事をしていければと願っています。
どうぞお遊びのつもりでお出かけ下さいませ。



2013(平成25年)4月26日(金)

今年の桜は私にとって、ちょっぴり儚げに見えました。散りゆく花吹雪を見ながら、これが散り、みずみずしい若葉に変わる頃には店を再開しようと心に決め、数々の段取りを進めました。

季節は変わります。
新緑に包まれはじめた4月16日(火)、花染を再開致しました。たくさんの人々に応援して頂いて、やっとここまで来ました。再開して10日程が過ぎようとしています。
暖かい日差しに救われ、元気に出発させて頂きました。

裏の小さな庭も、生き生きとした新緑で私を励ましてくれています。二葉葵のハート形の葉は、いかにも微笑んでいるかに見えます。椿の若い葉も、新しく植えた草花も、本当に新鮮です。

                   

庭も荒れ、店内の観葉植物も悲惨な状況でしたが、新しく買い揃え、細部の準備をしてみると、全く空白だった半年余りが嘘のように元の花染の姿になりました。

植物を触っている私は幸せなのです。アア……、本当にさりげないものが好きなのだナァ……。としみじみ楽しませてもらいました。

もちろん店も大好きだけれど、こうして植物を触っている時は、又、格別に心が安らぎ元気になるのです。

メダカも堺の友達の家から嫁にもらいました。買えばいくらでもいるのですが、やはり、いつも友達の家から頂くのです。
赤いメダカが3匹、黒メダカが3匹。ピチピチ泳いでいます。

                         

島本町の景色もすっかり春から初夏に向けて移ろって行こうとしています。
美味しい竹の子もいつもの方からお分け頂いて、堪能させてもらいましたが、最後に竹の子寿司を美しく、美味しく作りたいと思っています。

この地区の竹の子は今年は不作だったようですし、「様子もおかしい!」と農家の方も不思議がっています。年々、環境が厳しくなっているからでしょうか?
自然や人の心が歩調を合わせ共存する町であってほしいと心より願っています。

3月1日は、花染の30周年でした。舩木先生の展示会での記念展は出来ませんでしたが、花染にはとてもたくさんの先生の作品が常設されています。ご遠方から来られた方々は驚かれます。

先生の作品を愛した30余年でしたし、いつも作品が私の側で輝いている事は、とても幸せな店だと思っています。
作品はまだまだたくさん在庫していますので、是非いらして下さいませ。

この10日間、お客様も次々とお立ち寄り下さって、本当に心配してくれていた優しいお気持ちをたくさん受け取らせて頂きました。

皆に……、たくさんの皆様に感謝の気持ちでいっぱいですし、天に向かって叫びたい毎日です。「本当にありがとうございます!」と。



2013(平成25年)4月8日(月)

復帰前第1便として、3月19日(火)に「日常つれづれ」を更新して、早くも3週間という日々が過ぎてしまいました。
桜の咲く頃には再開したいと心づもりをしていましたが、叶わず、今度こそは水無瀬の桜が散り終わる頃には、花染の店に再び立つことができると思っています。

                         

花染の裏の小さな庭の山ぼうしの木が、主がいなくとも強くたくましく、あの熱かった9月10月を越え、例年にない冬の寒さを越え、芽吹き始めました。

                              

あの山ぼうしはどうなるのか……とずっとずっと心配していましたので、心が躍る程、励まされました。

お客様の皆様からの優しい温かいたくさんの思いを頂きました。
手前味噌ではありますが、日々精一杯仕事をさせて頂いたつもりではありましたが、一人で出来ることには限界があります。ご迷惑や不愉快な思いをなさったり、心配りが足りない面も多々あったことと思うのですが、努力だけは一生懸命させて頂いた30年間だったと思っています。

こうして半年余り、私と花染が離れて初めて、お客様も花染を愛してくれていたことを知りました。これ程幸せなことはありません。

平成25年3月1日が、花染の30周年でした。舩木先生に記念展をして頂くつもりでしたが、人生には何度もこうして転ぶことがあるのですね。

お仕事上のある親しい男性から、3月23日にメールを頂きました。その中に「桜が毎年咲くように、1年日々暖かくなり寒くなり繰り返し、少しずつです。ゆっくり進みましょう。明日の事は誰にもわかりません。わからないから今日一日を繰り返し生きて、少しずつ良い日にしましょう。いつも何時も応援していますよ」桜の花も一緒に写メールしてくださっていました。
思わず泣きました。最近は涙もろくなってしまいました。

何か頑張っていた大きな綱が切れて、小さな綱が結ばれたような心地です。
お客様、先生方、お知り合い、そして友達などの皆様に支えて頂き、寄りかからせて頂きながら、「花染」を可愛がってやりたいと思っている日々です。

「日常つれづれ」3月19日の便にも書かせて頂いたように、この数ヶ月はとても珍しく専業主婦でしたので、痩せてひょろひょろの体ではありましたが、毎日せっせと家事に勤しみました。
1週間に一度、松山から届く義姉からのクール宅急便の「食べ物」と、Aさんが美しく作ってくれるお弁当や食材、それと生協の食材を、あらん限りの工夫を凝らして、毎日三食の食事をたっぷりバランスを考えて作っている内に、お二人、友人達への感謝も込めて、写真を撮ろうと思い立ちました。この間にも、遠くにいる友人達から心温まる応援を頂きました。

毎食、三食しっかり食事を作ることは、病んでいる私にとっては大変な事でしたが、お礼を伝えたかったのです。
又、手前味噌ではありますが、「花染」の器は本当に私に勇気を付けてくれました。そして、とても豊かでした。

こんなに毎日の生活を心地良く過ごさせてもらえる、作家の人々にも感謝をしたいと思いました。毎日、飽きることなく器を使わせて頂きました。

               

               

              


そして、かごの中の暮らしの中で、松山千春の澄み切った美しい声は、毎日毎日私を癒してくれました。本当に体調が悪い頃は音はすべてダメでしたが、先月HPを更新した頃から、飽きず1日一度……、二度、三度の日もありました。ジャケットも何度も何度も眺め、私が青春時代に魅了された姿にため息をついていました。

         

あのナイーブな容姿と重なって、その音色は、その時代でしか歌えない彼の姿でもあります。恋を歌う歌詞に聞き入ると、心がその時代に戻れたような気持ちにさせてくれました。
いろいろのCDも暮らしのバックミュージックにしていましたが、やはり松山千春です。今でも毎日のように聞いています。

話は変わって、お雛様の4月3日、義姉が雛祭り弁当を携えて、松山から出て来てくれました。美しい彩りは、お弁当の中が既にお花見です。日本の美しい習慣です。

今週は、Aさんと義姉の二人が、花染の店の掃除とか片づけを一気にしてくれるそうです。明るくて楽しい、そして手際の良い二人ですので、仕事も順調に進んでくれると思っています。

たくさんの人達に支えて頂いて、辛い半年余りを乗り切りました。まだまだ何が起こるかわからないのが人生だろうと思います。
やっとここまで来た……というのが実感です。

今後とも、どうぞ花染をよろしくお願い申し上げます。



2013(平成25年)3月19日

突然、店のシャッターを閉じたのが、昨年9月末頃でした。お客様、先生方、友人の方々にご心配をおかけしたまま失礼しています。
お電話・お手紙を頂いたりしましたのに、何もお返事もしなくて、本当に不義理の限りです。心よりお詫び申し上げます。体調不良によるものとお許し下さいませ。

こんなに長い時間、月・日を家で過ごした事がなかったので、又、仕事とは違ういろいろの事が見えてきました。今後、折につけ「日常つれづれ」コーナーに書いていければ良いなぁ~と思う日々です。

夫との事は横に置いておく事にして、幼い頃からの父母・祖母、そして兄姉との遥か遠い思い出・絆など、懐かしく振り返り、感無量でした。父との思い出は「日常つれづれ」に何度か書いた事はありますが、母とのささやかな、又、とても重大な事柄に思いを致しました。
私は、父が40才近い頃の末っ子でした。5年生の時、一緒に暮らしていた祖母が亡くなり、それからは私は首から家の鍵を提げる「鍵っ子」となりました。

母は仕事を持つ女性でしたので、帰りは当然遅くなります。参観日も学校の行事もほとんど出ることは出来ませんでした。
小・中学生時代はカバンを家に入れると、何処へでもどんな遠くてもいろいろの友達の所へ遊びに行く子供でした。そのおかげで子供の頃の思い出は山ほどあります。
今と違って世の中が安全でした事もあるし、田舎ですので、母も私を信じてくれていたのでしょう。
「勉強しなさい!」と一度も言われたことはなかったし、母の教えの中で思い出す事を少し挙げるとすると、「言われて出来る子は普通の子、言われなくても出来るのは賢い子、言われても出来ない子は馬鹿な子」「靴をきちっと脱ぎなさい」「使った物は元の所へなおしなさい」「お茶をなみなみと入れないように」云々です。
社会人になってとても役立ちました。

辛抱強く優しい、よく働く母でした。昔の母親はどんなお仕事であろうと、一生懸命働いていました。今のように「ママ友達」その他の楽しみがたくさんある時代ではありませんでしたし、全くのアナログの時代でしたので、すべてが手仕事です。
その忙しい中で母はお料理の好きな人でした。「栄養と料理」(今でも出版しています)が我家の本箱に並んでいて、その時代ではとても珍しい料理をいつも工夫して食べさせてくれました。
お菓子もオーブンなど無い時代に、無水鍋を工夫してカステラを焼いてくれたり、桜餅、ドーナツ、よもぎ餅、淡雪かん、等々です。その他、グリーンピースの瓶詰、お漬物、いろいろのジャム(イチゴ、ママレード、イチヂク)果実酒、奈良漬、書けばきりがないほどです。

兄が京都の大学から帰って来る日などは、ポテトサラダの用意です。(兄は、母のポテトサラダが大好きでした)
大きなボールでマヨネーズ作りです。私が側でボールを持って、油・酢を少しずつ入れる役です。母は泡だて器でマヨネーズを作ります。たくさんの具材を入れて……私も大好きでした。

母の立つ台所で私も母を手伝いながら、料理を自然に覚えました。
とてもとても母のようには今になっても出来ません。
私も京都の学校へ出て行きましたが、母との文通は続きました。京都で就職してしまったので、母からの躾は途中で終わっています。それがとても残念です。
帰省する度に豊かな料理でいっぱいでした。ただ、母は料理の基本の本を3冊と「母から娘へ おかあさんの暮らし」「心のふれあいに使う本 慶弔贈答用表書」を私に持たせてくれました。後者の2冊は今も現役で私の役に立ってくれています。

                            

それからは私も若かったので、自分の事で精一杯でしたが、何か失敗したり何か気がついた事を注意してくれました。

その間、父母も老いてゆき、私たちはたまに帰るだけで、兄や兄嫁さんの力を借りながら、母が父の面倒を見ました。
父の晩年の数年はかなり大変だったと思うのですが、たまに帰省して母を見ていると、とてもとてもきめ細やかに世話をしているのです。私が母に「どうしてそんな風に出来るの……」と聞くと、母は「私が生んだ子供にきちっと服を着せ、大切にしてくれたから、お返しをしないといけないでしょ」と言ったのです。

父は若い頃から良い物が好きだったので、母はかなり苦労をしたと思うし、十分、それまでにお返しはしていると思うのです。私は今も、この言葉は忘れません。父の最期まで大きな病気の時以外は、兄・義姉の助けを受けながら、家で丁寧な思いやりの中で、父は90才で亡くなりました。

その後、一人暮らしでした。膝も悪く、腰もかがんできても、生活の工夫を(義姉と私で笑ってしまうほど見事に)して暮らしていました。
家計簿・日記・字を書くのが足りないと新聞の一面を書き写していました。年寄りが……と感心するほど家は片付いていましたし、食事もきちっとしていました。私が帰省し、こちらに帰って来る時などには、穴子、魚の一夜干し(手作り)、母の作ったお菓子などたくさん持たせてくれましたし、しょっちゅういろいろの物を箱に詰めて送ってくれていました。

「お母さん、100才まで一人で暮らせるヨ……」と言っていたのに、外へ出かけた折、転んで大腿骨骨折をして入院し、それをきっかけに施設に入居しました。兄と義姉が本当によく通い、優しく面倒を見てくれました。

施設も広々としたゆったりとした個室でしたので、そこでもよく本は読んでいました。
私も、店の夏休み5~6日、年末、お正月5~6日、施設から母の家へ連れて帰ってもらって、母と私たち夫婦3人で数日間ではありますが、2~3年間、良い時間を過ごしました。

この3~4年程、私共の方に幾多の難題が起き、すっかり兄と義姉にお世話になりっぱなしでした。本当に心より感謝しています。
平成24年8月、「母が入院」と言う兄からの電話があり、私も既に体調を崩して、その上、格別に暑い夏でしたので迷ったのですが、思い切って帰省しました。母に会ったのは久しぶりでした。とても喜んでくれ、2日程滞在しました。

兄と義姉に手厚く介護してもらっていましたので、心は残りましたが、こちらに帰って来ました。
その後、兄から「調子を取り戻したので安心して……」と電話があり、ホッとしました。間もなく私が本格的に体調を崩す事となり、いろいろの方々に多大なご迷惑をおかけしてしまいました。
兄からは私の体を気遣って「母の事は大丈夫だから」とTELしてくれていましたが、平成24年10月22日、母は亡くなったそうです。随分後に知らされました。

私にとって母の最期の姿は8月に会った母の顔です。でも、その方が良かったと今では思っています。母は最期まで認知症にはならなかったし、気丈な母でした。兄の家族が年末~お正月、私のために松山から出て来てくれた折に、義姉が言うには「本当に静かに眠るようだった……」と。義姉に「ありがとう、世話になったね……」と最後にお礼を言ったそうです。

94才でした。母の死は私の心の中にしっかり封印したはずでした。しかし、これを書きながら涙が止まりません。一気に封印したはずの母の死が現実となったのです。
いっぱいいっぱいある母との思い出を、これから先も懐かしく思い出すことになると思います。皆様の心の中にも、お母様、お父様の思い出がたくさんおありのことでしょうし、それぞれの、そしていろいろの思いを胸の中にしまい込んでいる事と思います。
私はまだまだ今は母の話をするだけで涙があふれます。その内、しっかり胸にしまい込み、私も年を重ねていくのでしょう。母を追っかけて行けるよう精進出来れば嬉しいです。

義姉が「お義母さんは、外で私(義姉)の悪口は絶対言わなかった。気に入らない事もいっぱいあったと思うのに」と、とても嬉しい事を言ってくれました。

こんな個人的な事を書いて申し訳ありません。もっともっと辛い介護をしている人達がたくさんいらっしゃることでしょう。若くして亡くなる人も、年齢を重ねて亡くなる人も、闘病していらっしゃる方も、ご家族も、本当にお辛いお気持ちだと思います。

お雛様の頃には店を再開できるかな…と思っていましたのに、いろいろの事情でダメでした。
今、我家ではまだお雛様が飾ってあります。私の田舎は子供の頃、1ヶ月遅れの4月3日が雛祭りでした。ちょうどその頃、周りの畑は桃の果実農家の桃の花が満開でした。その下で家族やご近所のご家族達とお花見をするのです。
こんな気候がおかしくない時代でしたので……。
最近は、梅も桃も桜も乱れ咲きです。

                           

このお雛様は10数年前、とても素晴らしい古い布を沢山お持ちの方が作ってくださいました。小さな小さな気品のあるお雛様です。何でもですけれど「良い物」には品があり、見飽きる事がありません。

私も少し元気になり、今は専業主婦ですので、3食しっかり作り、しっかり食べて、体に肉を付けるようにしていますが、家の中の籠の鳥ですので、毎日せっせと片付け物をしています。食器棚の中も使わない物は捨てて、使いやすく整理して毎日見ていますが、本当に見飽きる事はありません。

                 

店を再開する日のためのリハビリと思って家事に勤しんでいます。周りの人達は「あまり頑張ってはいけない…」と言われるのですが、これも性分、一日中動き回る事でだいぶん筋肉も付いてきましたし、この「日常つれづれ」も書く気力が生まれました。
復帰前の第一便です。

又、近々このコーナーに毎日の食卓の一部を撮った写真を載せてみたいと思っています。一週間に一度、松山から義姉が食料や調理してくれた食品をクール宅急便で送ってくれるのです。それと、淀川生協より個配を以前よりしてもらっていたので、それらのもので毎日暮らしてきました。(夫は一月中頃、長い間の家事の疲れと心労で気力をなくしています。)

ひょろひょろの体と足腰で家事をしなければいけない立場に追い込まれてしまったのです。その間、たくさんの知り合い、友達、特にAさんという方に……、もちろん義姉に、メチャクチャお世話になり、今現在の自分があるのです。
これらの感謝は次回に気力のある時に、又、書きたいと思っています。

お客様にも随分心配して頂いています。心よりお礼申し上げます。


2012(平成24年)9月12日

関西では猛暑とゲリラ豪雨の夏でした。まだまだ夏が終わったとは到底思う事のできない日々です。
それでも、2週間くらい前から、店の帰り路に、赤とんぼが群れて飛んでいます。いつもの年だと、アァ…、秋だなぁ…と思うのですが、今年は何か違和感があります。

私が8月に入ってまもなく、すっかり夏バテ状態で、夏休みもいつもより多くさせて頂いたのですが、衰弱してしまった体は少々のことでは体力が回復せず、元気にならないのです。

こんな不恰好な形になるとは思いもせず、皆様にご迷惑をおかけしています。(弱音を言ってすみません)
病院通いも時々…。店に出て来れない日もまれにあって、私も正直、途方に暮れています。でも、そうは言いながらもほぼ毎日に近く開店しております。(AM11:00~PM5:00 日・月定休日)
営業時間は今しばらく短縮させていただいています。

ご遠方の方は、花染にお出かけ下さいます折には、お電話を頂けると大変ありがたいと思います。

そんな形ですので、大事をとって、10月・11月・12月の展示会は一応、今のところ、作家の先生方にキャンセルをお願いさせて頂きました。
作品は、次々と入荷して来ますので、ご覧頂きます事はできるよう、2階にご用意はさせて頂くつもりです。
まず、10月に予定しておりました「稲葉直人氏の土鍋と器展」用の作品などは既に入荷しております。

10月中頃に向かって2階に展示はしておこうと思っておりますので、どうぞ花染までお足をお運び頂けますと、本当に嬉しいです。

秋風と共に回復したいと思っています。
こうしてみると、どんなに仕事が好きだったか…。宝物だったか、身にしみて痛いほどよくわかります。

こんな事もあるかな…人生には。と思うようにしています。
どうぞ皆様もお気をつけてお過ごし下さいませ。
お大切に…と心より切望申し上げます。

ご依頼をお受けしているものに関しては、順次出来上がってまいりますので、その都度お電話をさせて頂きます。

いろいろご迷惑をおかけ致します事をお許し下さいませ。どうぞよろしくお願い申し上げます。


2012.7.5

梅雨真っ盛りです。家々のお庭や道すがらには、雨に濡れて紫陽花の花が生き生きと咲いています。

                     

島本町のJRの線より山側は、田植えを終えた水田がとても美しく、早苗が順調に育っています。ここかしこの軒下にはツバメが巣を作り、水面を低空で飛ぶ光景は、何ものにも変えがたい宝物です。

JRのプラットホームのベンチに座ってみてください。日頃の喧騒を忘れます。山はすぐ目の前、手に取るほど間近にあり、雨に煙る山間から霧が立ち上る美しさです。
少し山側を歩くと野いちごが田の畦道に……。そしてアザミの花やいろいろの山野草が素朴に、ごくごく自然に佇んでいます。

                       

田や畑のそばの小さな水路には、ホタルの幼虫が放流され、何もかもが当たり前の自然なのです。

お若い方々は朝早くこの光景を見る余裕も時間もきっとないと思いますが、休日の早朝5時、6時頃、一度歩いてみてください。
小さな町の小さな自然……。それも作られたものではなく、そのままの姿なのです。

日本の街中は自然を徹底的に破壊しておいて、人工の公園のような自然らしきものを作ります。嘘でぬられたものを、皆ありがたかっているように感じてしまいます。

しかし、島本町のこの貴重な財産が失われようとしています。以前にもこのページに書きましたが、病院が建設され、又、中高一貫の学校を奈良の方から誘致する話がほとんど決定の状況だと思います。

なんと愚かな経済の成り立ちでしょう。経済性をというなら、この交通の便利な街中にあって、自然を大切に将来を見据えた企画をすれば、昼間は活気のある豊かな町、夜は静かさの戻る住民3万の町にすることは可能です。
そして人間の英知というものは、そういうものだと信じて生きています。

20年近く前まで、島本町は100%地下水の上水道でした。夏は水道の蛇口に水滴が……。冷たい美味しい水でした。
だからこそサントリーは島本町の山崎に工場を持ち、高級ウイスキーを作って来たのです。(今でもサントリーは地下水をどんどん汲み上げています)

それが政治の思惑の中で[10%]府の水を導入することに、20年近く前、町議会で決定したのです。
反対運動の署名活動をたくさんの人々で必死で行いましたが、住民の意見は無視され、与党多数で町議会を通過してしまいました。今思い起こしても悔しくて残念です。たった10%というけれど、水の味も匂いもまったく変わってしまいました。

未来に美しい日本を残す感性など全く通用しない日本の政治の姿に絶望します。

今また、来年4月の町長、町議会議員の選挙をにらんで、地下水100%に戻そうという気風が芽生えています。どうなります事やら……。

そういう意味では、小さな町なので町民がしっかり問題意識を持って結束すれば、美しい町にすることはできると信じたいと思っています。


話は突然、飛びます。
1970年初め頃、「戦争と人間」(原作:五味川純平 監督:山本薩夫)三部作の映画がありました。一部から三部まで数年かかって、上演されたと思うのですが、一部ずつが3時間余りくらいの超大作だったと記憶しています。

その中に、先日亡くなった地井武男さんが出演していました。私の中の地井武男氏は、この役柄がすべてのイメージです。

抗日運動の朝鮮民族の戦士という、とてもストイックな青年でした。遡って数えると地井さんは30才前後だったと思われます。
その時の彼の面影、朝鮮の青年を演じる、美しくて哀しい戦士のあの顔は、40年程経た今も、私の中ではベスト5に入る男性の姿でした。

あんな姿、形は、今の世代では到底考えられない……。韓流だか何だか知らないけれど……。
人間が歩んできた功罪をしっかり見つめる日本人であってほしいと思うのです。


6月21日(木)からの柴田さんの展示会も、今回は前半と後半に分けてしまいました。いらしてくださるお客様はご不自由だったでしょうか?

ご遠方からもこの梅雨空に、おまけに台風が加わったあめの中を、たくさんの方々がお出かけくださいました。本当にありがとうございました。

        

京都の街中を歩くと、もうすっかり祇園祭の様子です。「コンコンチキチン、コンチキチン」とお囃子が流れ、一気にその気分にさせてしまいます。
やはり日本の美しい姿です。

宵山、宵々山の辺りは梅雨の真っ只中という事もあり、夕方、凄まじい雨に見まわれる時があります。これも恒例のようなものです。

7月17日(火)が山鉾巡行。今年は14日(土)、15日(日)、16日(月・祝)なので、観光客がとても多いのではないかと思います。
私は毎年、長刀鉾でちまきを買って、1年間、玄関先に掛け、無病息災を願うのです。これも我家の恒例です。

これから暑さが厳しくなります。皆様はどのようにお過ごしになられるのでしょうか?
昨年、お客様から鉢植えの水引草を頂きました。「終わったら刈り込んでおいたら良いヨ」と言われていました。

今、それが見事に復活して、緑々しい美しい姿で赤い花を付け始めました。葉を日焼けさせる事もなく、虫食いもなく、それはそれはすくすく育ちました。

                             

こんな嬉しい事はありません。たわいない事なのですが、毎朝眺めては「よし、よし……」と思って家を出ます。その内、店に持って来ようと思っていますが、あまり環境を変えない方が良いかもしれませんね。

体調を崩しがちの人もお元気な方も、無事夏を乗り越えたいですね。歳と共に暑さに弱くなりますが、それなりに楽しくて美しい事を見つけましょうね……。
どうぞ、お遊びにお出かけ下さいませ。


2012.5.16

日本中の人々の心を虜にしてしまう桜の季節も過ぎ去り、気がつくと素晴らしく生き生きとした緑の葉の繁る自然に包まれています。日々が過ぎゆく早さを感じます。

              

この島本町は昔から桜の木がとても多く、今でも至る所に桜並木があります。昔をよくご存知の人々は「その、所々にある並木が、すべて連なっていたんだ……」とおっしゃいます。

青葉繁れる桜井の里のわたりの夕まぐれ
木の下影に駒留めて、世の行く末をつくづくと
忍ぶ鎧の袖の上に 散るは涙か、はた露か♪♪……

ここ島本町は楠正成親子別れの桜井の駅があります。ここの住人にとっては知らない人はいないという有名な公園です。私が知っている限りでも、鬱蒼と緑が(特に楠の木)繁った静かな佇まいの公園だったのですが、どんどん開発という名のもとに侵食され、今では小さくなってしまいました。

その小さな森の中の「親子別れの像」が島本町民を見守っていたのですが、その像も昔の古いものから今風の「おちゃめ」な、とても感心しないものにすげ替えられてしまっています。昔の像はすぐそばにある「歴史資料館・麗天館」の中に入れてしまっているそうです。

この青葉繁れる桜井の……♪♪云々…の歌は、何故か私の幼い頃、父親が添い寝をしてくれながら歌って教えてくれたものです。知らず知らずの内に体に入り込んでいました。私の生まれ育った地でもないのに……。この町に住んで36年。この地で店をさせて頂いて29年。なんだか不思議な関わりです。

私の父親も私が居をかまえたこの島本町は大好きでした。自然が豊かで緑あふれる美しい、水のおいしい町だったからです。新緑の頃というと、必ずこの歌を口ずさみたくなります。

父は京都・奈良が大好きで、私の幼い頃、頻繁に四国から出かけていました。
戦後、奈良の正倉院が一般公開になった当時から、毎年のように正倉院に出かけていたのだと思います。
私も、ほんのたまには付き合いましたが、今となっては「もっともっと父に付き合って、いろいろな講釈を聞いておけばよかった……」と悔やまれます。
子供の頃から父と二人でよく旅をしたのですが、その「講釈」が時には鬱陶しく感じられたものです。美術も工芸も父からの伝授です。

父親に少しは誉めてもらえるような店にしたいものだと思っています。

父との旅の思い出の中で、一番は「大原美術館・工芸館」「倉敷民芸館」「日本近代美術館」です。
小学校低学年から倉敷は幾度となく父と訪れました。私にとっても原点の心の中の豊かさの旅でした。
人もまばらで静かに生き生きと、美術・工芸を私達に余すところなく伝えてくれる場所でした。

何よりも今風のお商売ではありませんでした。(いつの頃から日本はもっともっと……とお金・経済優先の民族になってしまったのでしょう)お商売は何でもありという正義のないものになってしまいました。
今は見る影もなく観光地の形相です。
大原美術館を語りだすと、とても長くなってしまいそうなので、この辺りで……。

でもやはりもう1つ。この大原美術館の並びにある「グレコ」というとても美しい館で、父と一緒に紅茶とケーキを頂くのは、子供心に至福の時でした。その大きなテーブルと椅子は、人間国宝の黒田辰秋の作品です。子供の頃にもうすでに使い込まれた見事な風格をそなえ、私達にぬくもりを与えてくれていました。
その頃の店のオーナーの女性(すでに10幾年程前に亡くなっています…)の姿と共に新緑の頃にはその館を思い出します。
蔦がみずみずしく絡まり、より一層、本物の建築物を魅力あるものにしていました。

「クラレ」の工場跡のアイビースクエアも誰もいない散歩道でやはり同じように蔦が緑々と絡まっていました。
運河には水が豊かに流れていました。私にとって倉敷は初夏の印象がほとんどですが、父はこの季節をいつも選んでいたのかもしれません。
そして又、「グレコ」のオーナーの女性の姿は、子供の心に強く残る存在でした。白くなりかけた髪を後ろで束ね、生成の織物のお着物をさりげなく着こなし、白い割烹着をつけていました。後に私が20才を過ぎて知ったのですが、彼女は大原氏の秘書をなさっていた方…とお聞きしました。普通に見える姿がとても美しいのです。

頑張りすぎている姿や心が前面に出ている女性を私はあまり好きではありません。
子供の心に「こんな大人になりたいナァ…」と思い、その印象が私のその後の女性観を作ったと言っても過言ではありません。

この新緑の町は、遠い父との思い出、そしてこの時代の豊かな大原家の美しい人々を、美しい文化を私の心のひだの奥深く魂として残してくれたのです。

話は突然変わります。3週間ほど前、84歳のとても素敵な女性から「芝木好子」の本を手渡されました。「群青の湖」です。一気に読んでしまいました。たぶん染織作家「志村ふくみ」をモデルにしているのではないかと思うのですが……。

ここにも琵琶湖の厳しさと優しさ、美しさが湖東・湖北・湖西に生きる人々と共に折り込まれていました。
久しぶりに読む男女の機微、女性が生きる美しさと厳しさに少々戸惑いました。若い頃と違って最近は社会派と言われるものや、問題本、話題本などを読むことが多くなっていた私にとって、ちょっと懐かしく胸が「キュン」となりました。

本がどうのこうのと言うよりも、84歳の女性が「芝木好子もいいヨ…」と貸してくれた本としてショックだったのです。
この本を私に手渡してくれる彼女の心のみずみずしさに感動したのです。

彼女は今なお、日本画、人物画、文章教室、読書会…と週4日は出かけるとのことです。
私の親がわりのような彼女は、「あなたの事がいつまでも心配で…」と優しく、強い心で気にかけてくれる人です。
彼女と知り合ってすでに36年の月日が流れました。
ここにも美しい日本の女性がいるのです。

又、突然ですが……。
以前(2010.3.19)この頁に「松井冬子という日本画家を知っていますか…」と書いた事があります。
最近、とても露出度が高く、2012.4.14付の朝日新聞土曜版フロントランナーに彼女の事が大々的に出ていました。
素晴らしい容貌なので「ハッ」とお気づきになった方もいると思うのですが。

                               

この才能と際立つ存在は、回りが放っておかないかもしれないけれど、この人の持つ「情念の世界はあまりメディアに露出しない方が美しく、凄みを増すような気がしてならないのです。

今年の3月まで横浜美術館で開催された個展では7万人以上の来場者を集めたと……。
どこかで本物の作品を見る機会があれば、是非ご覧下さい。個々に感想は違うと思うのですが。


                              ★5月22日(火)~5月26日(土)
                             太田和則・太田亜希子の器の展示会

        

食卓に新鮮な空気を入れたいと思います。


                            ★6月21日(木)~6月28日(木)
                              24日(日)・25日(月)定休日
                              柴田雅章の作品展

                  

たくさんの作品を集め、皆様の心に響く展示会になりますよう準備させて頂きます。

毎日のように気温がころころと変わり、とても不順です。お風邪などにお気を付けて下さいませ。それなりに楽しい事をいっぱい見つけて元気に過ごしましょう。
どうぞお遊びにもお出かけ下さいませ。心よりお待ち申し上げております。

余談ですが、4月に家に咲いた椿の花です。

                                





2012.4.5

暖かくなった日差しに救われる思いがします。寒い期間が長く、心も冷える思いがしました。待ち遠しい春でした。

日差しと共に木々や草花が芽吹き始め、少しずつ景色が変わって来るのを感じます。
私共の小さな庭の中では、一番初めに二葉葵が新芽を出し、日に日に葉が大きく成長し、小さな赤紫色の花を付けました。

                             

みずみずしく成長するつややかな緑の新芽は、心を元気にしてくれます。

今年は梅の開花が遅く、3月後半が見頃の時期だったと思います。毎年2月・3月は忙しく、梅の花を見に行くことがなくなっていました。
先月3月25日、珍しく京都御所の梅林に出かけました。白梅、紅梅が美しく開いた花が7分、つぼみが3分というとても頃合の良い佇まいでした。
見事な梅林が2~300メートル続いています。御所の中は人出もあまり多くありません。

           

今まさにNHK大河ドラマ「平清盛」で繰り広げられる人間模様を思い描きながら散策するのも風流なものです。その当時の敷地は、さらに一層広大だったことでしょう。

平家物語と言えば、ふっと幼い日の父の思い出がよみがえります。父はいつも夜、私が寝付くまで添い寝をしながら、毎晩、平家物語を琵琶で語る「耳なし芳一」の話をしてくれました。子供の事ですから、すぐ寝入ってしまいます。そうすると、結局なかなか終わりまで物語が進まず、毎晩「耳なし芳一」のお話が続くのです。私の心のひだに今なお懐かしく鮮明に残る父との思い出です。

今年は春の到来が遅かったので、いろいろの花が一気にやって来ました。梅の花、桃の花。そして桜の花に心を奪われる日本列島の春が本格的に始まります。
桜の花は満開で散るのです。今まさに盛りの頂点で散るのです。美しい事が恐れとなり、日本人独特の死生観に繋がっていくのだと思うのです。
滅び行くもの……無常観。そういうものの中に美を求める感性を持っているのです。本当に素晴らしい自然観を持った民族です。

2月……の舩木先生の展示会には本当にたくさんの方々がお出かけ下さいました。溢れる程の人々の中で、私はいつも感謝です。
初日は毎年、お客様に何もして差し上げる事が出来ず、申し訳なく思っています。
2日目からは私の体力の限りを尽くして、お茶とお菓子で楽しくお話をしながら、この空気を楽しみます。そして、幸せな1週間を過ごさせて頂きます。ありがとうございました。

来年3月1日は花染の30周年です。舩木先生の展示会で……というお約束を頂いています。先生とご一緒にお客様達と何か記念になる会になりますよう、考えたいと思います。その節にはどうぞお出かけ下さいませ。

3月、4月は展示会を休ませて頂きました。

5月 長崎・波佐見・大桂工房・太田和則氏の作陶展です。
6月 柴田雅章氏の作品展です。

多くの人々をとりこにしてしまう柴田氏の作品は、豊かな日常の、何気ない暮らしを支えてくれる事を実感します。

展示会はいつも皆様がゆっくりとくつろいで下さる空間作りをさせて頂けますれば良いなァ……と思っているのですが、不行き届きの事も多く、反省ばかりです。

この時期、この島本から京都西山に出かけての竹の子が美味しい季節です。いつも求めさせて頂いている竹の子農家の方が、「寒いので遅くなる」との話でした。この方は、竹の子を育てるのが大好きで、いつも生き生きとしています。それゆえ、愛されて成長する竹の子は特別に美味しいのかもしれません。
散らし寿司などの、春の季節を盛り込んで、ささやかな幸せを頂きたいですね。

日本には「花冷え」という美しい言葉があります。桜の季節はまだまだ冷え込みます。その上、このところ毎日、くるくる変わる不順な天気です。
どうぞお体を冷やさないように、お気をつけてお過ごし下さいませ。そして、又、お時間を見つけてお遊びにお出かけ下さいませ。
心よりお待ち申し上げております。



2012.2.15

毎日、各地の豪雪のニュースが入って来ます。痛ましい事故も含めて雪深い地方の雪の量に驚かされます。

以前よくお正月に、山陰の先生方の工房や窯元などに出かけました。
先生方が「昔はすごい雪の中のお正月でしたが、最近は暖冬でお正月には雪は積もりません。」とおっしゃっていました。

私も10cmくらいの雪にお正月、山陰で出会ったことはありますが、今年のこの雪は想定外でしょう。子供の頃から瀬戸内の暖かい地方で育ちました。この関西圏もたいした雪は降りません。

雪の大変さは、雪国にスキーに行った折の新雪に足をとられ、身動き出来なかった事。何度か吹雪に遭遇し、ほんのわずかだけ危険にも遭いました。が、そんな数日間の比ではなく、深い雪の中で暮らす日々を身をもって知る事はありません。
自然は人間の計り知れない脅威です。

今年のお正月休み、余った時間をべったりと座り込んで、NHK BSプレミアム、福山雅治の「ホットスポット最後の楽園」を数日間、毎日見ていました。

最後が日本列島でした。日本列島が地球上でホットスポットとは……。
日本に生まれ、この自然が当たり前の暮らしをしてきました。それでも、このホームページに「日本の美しさ」をテーマに事あるごとに中途半端な知識で書かせて頂きました。

数億年という年月の地球の歴史の中で、大陸と日本列島がくっついたり離れたり、地殻変動を繰り返し、太平洋を北上していた黒潮が、偶然の仕業でたまたま日本海を北上する対馬海流(暖流)を作った事が、この日本を豊かな列島にしたのだそうです。(私の記憶違いも少々あるかもしれません)

暖かい海水が蒸発して、日本列島に雨を降らせ、雪を降らせ、雨や雪どけ水によって木々が育ち、国土の3分の2は深い緑に覆われた美しいおいしい水を私達に与えてくれているのだと……。
日本には砂漠がない事。そして、まず四季があります。
当たり前のように暮らしている私達は、世界でも特別な国なのです。アジアの東の端にまったく他と異なる自然豊かな日本列島が作られたのです。

しかし、今年の異常な雪や昨年のような大雨が国土を襲いました。国土を潤してくれるはずの自然が……。
中庸は難しいものです。

話は変わります。

椿の花の咲くこの季節、椿の花を追い求めます。
花屋さんの店先にこの花を見付けると、求めないではいられないのです。

昨年、椿の花の鉢植えを買いました。咲くのをとても楽しみに待ちました。2月に入った頃から一鉢はピンクの小さな花を次々と付け始め、店へも手折っては持って来ています。

もう一鉢の白い花「窓の月」と名づけられたものは、今はまだ蕾です。ピンクの椿の花よりは少し大きい花のようです。蕾も少し大きいです。もちろん、一重の花びらです。ひたすら咲くのを、今か今かと待っています。

                 

大きな庭や、大きな椿の木があるわけではないけれど、少しのささやかな美しい花に幸せを頂きます。


そろそろ春が間近かというこの季節は、舩木先生の吹きガラスの展示会です。

2月23日(木)~2月29日(水) 26日(日)休み

たくさんのお客様がお見え下さいます。今年も元気に展示会を迎える事が出来る幸せを感じます。
お客様方にも、当方にも、いろいろの山坂があります。それを踏み越えてこの幸せを享受出来ます事を感謝すると同時に、作品が店に並ぶワクワク感でいっぱいです。

なんとなく世の中にレーマーがひとり歩きしている気配がします。
骨董の世界、ヨーロッパのレーマー等々が、私の第六感にささやきます。
とても良いタイミングで、舩木先生のレーマーをたくさん頂く事が出来ました。

                               

もともとレーマーは大好きな作品です。何とも言えず、中世の香りが五感をくすぐるのです。
先生のレーマーが美しく並ぶ光景を私自身も楽しみにしています。

是非お出かけ下さいませ。心よりお待ち申し上げております。
今年はまだまだ寒い日が続きそうです。インフルエンザも流行が長引きそうだという事です。
どうぞ暖かくして、お気をつけてお越し下さいませ。


2012.1.17

今年も静かに年が明けました。同じ初日の出なのに、2011年はいろいろな事があった年なので、とても厳粛な朝のような気持ちです。
おせちを整え、お雑煮を温かく頂きながら迎える元旦は、考えようでは幸せな時なのでしょう。どうぞ健やかな1年でありますように。

昼前には年賀状も届き、一人一人繰りながら、年賀状だけのお付き合いになってしまっている遠方の友人に想いを馳せます。
「会いたいねぇ…」と書かれた友と、もう幾年会っていないのだろうと指折り数えます。たぶん、私が忙しくて、その気持ちに応えていないのです。充分、年齢を重ね、何時、何があってもおかしくない年頃なのに……。

今年は辰年。
京都嵐山天龍寺の龍の天井画。加山又造が命を吹き込んで描かれたものです。
建仁寺には、小泉淳作の龍の天井画。かの有名な葛飾北斎の龍の天井画は確か富山県のお寺。是非、一ヶ所くらい拝見するのも良い機会かもしれません。
それぞれ下から見上げる私達の気持ち次第で、姿や眼光を変えるのでしょう。

奇しくもお正月明け、小泉淳作氏の訃報が新聞に掲載されていました。確か84歳とありました。まだまだ素敵な作品が描けるのに……。と惜しむ気持ちと次々偉大な芸術家が亡くなっていくことの寂しさを感じます。

お正月2日の朝は恒例の京都六波羅密寺への初詣です。NHKの大河ドラマが平清盛なので、込み合っているかも……と思いながら出かけました。やはり例年より人出は倍くらいだったでしょうか。稲穂を授けて頂き、お参りグッズを付けて頂きます。今年は巾着にしました。

                              

お寺の方が稲穂に巾着を付けながら、「福袋・智恵袋・願い袋」とおっしゃりながら…が、とても優しく、何かしら御利益がありそうな気持ちになりました。もちろん願い袋の中へは「健康」という二字を入れてくれることを心より祈る気持ちです。

この六波羅密寺は清盛の坐像が祭られていることで有名です。この辺り一帯に当時、1千~2千の平家の家屋敷が並んでいたそうです。大河ドラマをしっかり見て、その当時を偲びたいと思います。

昨年、年もおしつまって12月10日~12日の3日間は九州佐賀県・有田・伊万里・唐津、そして長崎波佐見を強行軍で廻って来ました。有田のこの業界の方が一緒に車で廻ってくれましたが、それでも大変な3日間でした。

一昨年から私どもで展示会をしている有田・福珠窯へ。
10日昼過ぎ、有田着でまっすぐ福珠窯へ。ご当主の奥様が福珠窯の作品を使って、予約制でランチレストランをなさっているとの事で、食事をいただきました。
器とお料理は一体となり、やはり器は物を入れて100%以上になることを実感します。
お料理の写真を撮るのを忘れてしまいました。食事やお話に夢中になり、写真など無粋な物は失礼であるような気も、そこか頭をかすめました。

建物の外観だけは写真に撮りました。山を背に、とても趣味の良い、行き届いた佇まいです。

                        

紅葉はすっかり終わり、冬の枯れた山々も又、味なものです。山を渡る風音も心地よく、とても伸びやかで大らかな、心和むひとときでした。

昨年12月15日からの展示会で使う作品を倉庫の中から選び出す作業が私を追い立てます。たくさんの作品から選ぶ仕事は集中力と決断力と体力がいります。
こうして1日目は終わります。

2日目は、唐津と伊万里です。
唐津はかなり精力的に廻ったのですが、私が思うものと出会えず、今回はあきらめ、又改めて来ることにしました。
そのおかげで半日、観光のような時間を過ごすことが出来ました。唐津くんち曳山もテレビの中でしか見たことがなかったのですが、

    

壮大な日本の文化でした。

偶然、唐津の街中でふと出会った旧唐津銀行。

                           

東京駅を生んだ唐津出身の建築家「辰野金吾」が愛弟子の「田中実」に委ね、明治の末1912年、竣工されたものだそうです。
師匠の故郷であることを配慮し、全体のデザインは典型的な「辰野式」を採用し、双方の共作であるといいます。
平成20年~平成22年の復元修復を経て、今私達が、当時の姿のまま、内部まで拝見することが出来ました。

             

創建当時の意匠・ディテールを忠実に再現するために関わったたくさんの人々の情熱と思想の集大成なのでしょう。本当に見事に明治・大正・昭和・平成とつなげた人々に、ただ感動あるのみです。

酒井田柿右衛門の屋敷の佇まいはさすがです。

            

柿右衛門の所も再び来ないかもしれないと思ったので、コーヒーカップくらいは個人的に買っても良いかな……と思っていたのですが、柿右衛門の作品で15万何がし……との値段に躊躇してしまいました。
柿右衛門窯の量産の作品だと、無理をすれば手が出なくもない…と思ったのですが、やはり並外れて値が高く、やめることにしました。
でも、さすが、現地で見る柿右衛門の赤は見事でした。

                               

私たちが教科書で習った、柿の大木が天を突いて伸び上がっていました。

唐津・中里太郎右衛門の展示場もそれは見事でした。

                           

15代・16代に渡る歴史は、一朝一夕では築けないことを実感します。

ずっと長く行きたかった「九州陶磁文化館」です。

                              

古伊万里・有田の歴史、作品の歴史を見たかったのです。いろいろの展示場があり、それぞれに感動しましたが、

柴田夫妻コレクションが、仲でも心に響きました。
私が見て廻るのに必死で、写真などなかなか撮る余裕がなく、うまく撮れていないのですが、少し掲載します。

            

       

柴田夫妻コレクション

この展示室にある江戸時代の有田磁器は、東京の柴田明彦(平成16年5月没)・裕子様ご夫妻から当館に寄贈されたものです。
平成2年(1990)に2,476点、平成5年(1993)には、この展示室のオープンを記念して627点が寄贈されました。その後も平成15年まで、19回にわたって寄贈され、14年の間に合わせて10,311点の一大コレクションになりました。
このコレクションの特徴は、江戸時代の初めから幕末までの有田磁器の歴史的変遷がわかるように、様々な種類が揃えられていることです。この展示室ではいくつかのテーマを設け、有田磁器の各年代の様式の特徴、技術の変化などを紹介しています。又、1年に1度、ほぼ全作品の展示替えを行っています。(館内の案内板より)

こうして品格をもって蒐集した偉大な人があればこそ、後世の私達に素晴らしい歴史を見せていただくことが出来るのです。蒐集した人の品格は必ず、著しく出てしまいます。本当に喜々とした長い時間を費やして、まだ心を残し、その場を去りました。


伊万里の陶石採掘場、陶器神社などなど……

                      

超特急で走った半日は、想像を越えて充実していました。
しかし、伊万里・有田には、バブル経済期の負の遺産も数多くありました。突然、山の中にベルサイユ宮殿のような建物が現れるのです。広大な土地が開発予定地のまま放置されていたり、国道沿いの大きな店舗ががらんどうのまま売物件だったりでした。人間の大変な姿を見ました。伝統と人間の品格はいつの時代も本当に大切なものだと実感した旅でもありました。

3日目は長崎・波佐見です。波佐見の若い作家の人の新しい作品を今年2012年から始めます。4月頃には、小さな展示会をしたいと思っています。
次は、以前よりお付き合いのあった青窯・吉村聖吾氏の工房へお伺いしました。長年の挨拶と新作を拝見し、半日は終わってしまいました。2時過ぎの有田発の特急で帰路に着きました。
駆け巡った慌しい旅でした。

今までは仕事のみで、有田も伊万里も日帰りした時もありましたが、年のせいか、もうそれは出来ません。
年末の慌しい中で、ポッと開いた空間でした。この3日間ともとても美味しいお魚も堪能した日々でした。

昨年12月15日~の「お正月の仕度展」で、今回巡り会った福珠窯の「色絵日の出富士図」のお皿はとても粋でおしゃれでしたので、写真を掲載しました。お客様に人気の作品でした。

                          
                          直径13cm、16cm、20cmがあります。

唐子の茶碗、急須もとてもかわいく愛らしかったので写真にしました。

                           

           
                古染ぶどう蝶そば猪口           染付芙蓉手VOCティーカップ
                

新たに福珠窯の作品はホームページに、その内追加したいと思っています。
12月中にホームページを更新出来ませんでしたので、12月・1月と、2ヶ月をまとめました。何もかも中途半端で申し訳ありません。

           1月は、アトリエ・アル石河通春 ジュエリー展
             1月26日(木)・27日(金)・28日(土)

           2月は舩木倭帆吹きガラス展 
             2月23日(木)~29日(水)まで 26日(日)休み


15日(日)舩木先生の工房へ出かけました。寒くはありましたが、お天気も上々で新幹線に乗り込みました。

毎年、先生のお体を心配しながら1月を迎えます。必ず1月に先生のもとにお伺いさせていただくのですが、ひやひやしています。

今年は私のほうが風邪をこじらせていたので、危ぶまれたのですが、エネルギーを振り絞って出かけました。

先生が「お昼を一緒に……」とおっしゃって下さっていたので、いつもより早く島本を出ました。

先生と奥様と3人で、とりとめもないお話をするのは、私にとっては宝物です。話があちこちにとび、たわいもない話もあれば、大切なお話もあります。今回も先生より山ほどの宝物のお話をお伺いしました。

作品選びは、又、至福の時です。お弟子さんのお二人にもお手伝い頂きました。若いお二人の力持ちがいらっしゃると仕事がはかどります。
今年はレーマーを数多く欲しい……と念じていたのですが、偶然にもとてもたくさん頂くことができました。私の気持ちが通じたのでしょうか。

             
          選んだものの一部です。
 
舩木先生がいらっしゃればこその花染ですので、心より感謝申し上げています。
先生の今後のご予定、作品作りの見通し、お体の具合、仕事の段取りなどお聞かせ頂きました。

花染は来年3月1日で30周年を迎えます。この記念展は、先生の展示会以外では考えていないので、その主旨をお伝えし、私は了解を頂けたと思っています。必ず作りためて下さることがお約束です。

楽しい時間を過ごし、先生に神辺駅まで送って頂き、新幹線に飛び乗って帰途につきました。

次々と追っかけてくる仕事は、こうした幸せと共に、私の体の中に積み上がっていきます。足りないことばかりの自分ですが、先生方やお客様に支えて頂いていることを体中いっぱいに感じるのです。

話は変わって突然ですが、山崎豊子「運命の人」のテレビドラマが15日より始まりました。とても楽しみにしています。

まだまだ寒さは続くと思います。暖かくしてお風邪などにお気をつけてお過ごしくださいませ。


2011.11.22

秋の一日、暖かい日差しの中、窓を全面開け放ち、洗濯物をベランダいっぱいに干し、隅々まで掃除をして這いずり回って拭き清め、澄んだ空気を体の奥深く吸い込む時、何かしら日常の幸せを感じるのです。

毎日、バタバタと暮らしている自分がどこか不思議で、のんびりゆっくり落ち着いて物事を考える事ができないものか、反省してしまうのです。

このところ、秋のひんやりした空気が漂い始め、それらしき風情が出てきました。
道々のお家の庭には秋の草花が咲き、ざくろの木は大きく口を開いた実がしなだれ、柿の木も実をたわわに付けています。季節の移ろいは私達の目を楽しませてくれます。

紅葉はまだ本番とはいきませんが、京都の街は観光客であふれています。

ここ島本町の景色もそろそろ美しく色付く頃になりました。JR島本駅の山側にあったコスモス畑は残念ながら今年はすべてなくなっていました。
知らぬ間に環境は劣化するのです。

                        

話は変わって……。
10月後半のある日曜日、神戸線・御影にある香雪美術館に行ってきました。
「細川護熙・陶と書」です。昨年、東京日本橋三越で作品展があった折に拝見しているので迷ったのですが、お天気も良かったので出かけることにしました。

三越での展示会とはしつらえが全く異なっていました。
香雪美術館は朝日新聞初代社長・村山龍平香雪翁の蒐集した大コレクションを一般の人々に拝観してもらうために建設されたものだそうです。蔵品は主に日本美術、東洋美術という事です。

その中での細川氏の特別展は、また格別でした。細川氏の作品への静かで、しかも熱い思いが十分考慮された作品の選択の仕方としつらえでした。
茶碗・茶入・香合・茶杓・水差し・花入、そして書画の数々です。
古い時代の名品に並ぶ、ゆかしい品格のある作品ばかりです。中でも心惹かれたたくさんの小さな香合は愛らしさと気品にあふれていました。

                             

会場をより魅力的にしているものがもう一つ……。
作品と共に細川氏の湯河原・不東庵・自宅での日々の暮らしが数十枚のパネルと文章に綴られていて、自然の中で美と共にある彼の姿がとても穏やかで印象的でした。

こんな姿の何百分の一でも、私たち日本人が持つ事ができれば、日本の文化度はチカラは高潔になるに違いない……と。

「日本の文化は型の文化」と言われるように、まず洗練された型を学び、何百年と日本人のNDAの中に育まれた型を習得する事は、本当に美しいのだと思います。
その美しい型からの出発が基盤ではないでしょうか。
どんなに叫んでもすさまじい勢いですべてが変わっていきます。日本の風土にそぐわないものであふれています。

10月に九州の窯元・作家を訪ねようと思っていたのですが、もろもろの雑用に追われ、叶いませんでした。
12月10日(土)・11日(日)・12日(月)に行くことにしました。
年末の忙しさの中ですので躊躇したのですが、意を決して出発します。
いい作品に出会い、来年に向けて新たな企画ができるよう強行軍で回ります。

11月と12月にかけて展示会をします。

                        11月29日(火)~12月3日(土)
                        真木千秋・・手織の布とストール

                        12月15日(木)~12月24日(土)
                         18日(日)・19日(月)休み
                    お正月の仕度 うるしの器と染付・色絵の器を集めて

どうぞ楽しく語らいにお出かけくださいませ。心よりお待ち申し上げております。
これから寒さが本格的になります。お体にお気をつけてお過ごし下さいませ。


2011.10.5

10月に入って本格的に秋の佇まいになりました。
急速に日本の秋は深まって、各地より届く実りの情報で満ちています。

先日、お客様のお家へお伺いさせて頂いた折、広いお庭にたくさんの山野草が咲いていました。日本の風情を育てているような素敵な主の女性の気持ちが伝わってきます。

日本の昔ながらの行事を大切に営み、親戚や家族の繋がりを大切に暮らしていらっしゃる豊かな息遣いを感じます。日本の古い習慣や、日本人らしい家屋から溢れる「気」のようなものに、私は心が洗われるのです。

日本人が過去から未来永劫忘れてはいけない暮らしがあるし、そういう事を大切にしていく事が日本の強さでもあるような気がします。日本人が本質的に持っているDNAです。本当に美しいです。

その花々の中から、少しだけ手折って頂きました。

                         

萩の花・野菊・秋海棠・白い彼岸花などなどです。一輪、二輪と活けるのも大好きですが、たくさんの花を投げ入れて愛でるのも又、格別です。豊かな秋の気配を楽しませて頂きました。

こういう自然の恵みを頂きながら、私も前へ進んで行きたいのですが、心が散り散りでまとまりません。静かな心で、又、企画展をしていこうと思っています。

10月末頃、九州の作家への旅をしようと思っています。楽しくて心踊る企画が出来ますよう、頑張ります。

2、3日前、又、別のお客様がお庭の水引草を植木鉢に移して持って来て下さいました。とても嬉しいので、最後に写真を入れます。
                            

気温の変化が激しいです。どうぞお風邪などにお気をつけて、健やかにお過ごし下さいますよう祈っております。


2011.9.13

毎日、照りつける容赦のない太陽に、少々くたびれてきました。心なしか、木々の緑も生気を失っているように見えます。その中で、さるすべりの木は暑さをものともせず咲き誇っています。

このあたりから京都市内のお家の庭にはなぜかさるすべりの木を植えているお宅が多いように見受けます。赤白……とても元気に太陽に立ち向かっている様は、ちょっぴり元気をもらうことができます。

山村御流の花展で秋が始まった感のある私の9月です。

京都高島屋の「山村御流いけばな展」を毎年心待ちにしながら9月を迎えます。秋の訪れを確実に肌で感じるのです。
「秋色に包まれて……」秋の草花が、そして日本の風土に根ざした野趣あふれる花が木々が美しく輝き、私達を初秋の静けさに導いてくれます。

以前にもこのページに書きましたが、器と一体となり、より一層確かなものにしていることが本当に嬉しいのです。
どの器も、それぞれが美しく品格がありますが、特にお家元さんの小さな花と器は、えもいえぬ世界を持っています。
撮影は禁止されていますが、こっそりと写したい衝動を抑えるのに必死です。立ち去ることができません。
美の元素・極みだと、ため息をつきます。

一流の人達の審美眼と心模様は、私がこうして書くこともはばかれる程、見事なものなのだと、新たな感動を与えていただきました。

一流の人達の話は尽きることはありません。

先月、NHKで「日本のチカラ」という番組をしていました。家事をしながらチラチラ横目で見ていたのですが、私がこのページの主題としている「日本の美しい心」が数々描かれ、素晴らしい捉え方をしている番組でした。後で録画しておけば良かったと気がついたのですが、遅きに失したようです。NHKは再放送をよくするので、今後の番組欄を気をつけて探しておきたいと思っています。

この未曾有の日本の災害・原発などを含めて「日本のチカラ」がもっともっとクローズアップされないといけないのではないかと思います。

話は違う方向に……行きます。

福島の原発被害の問題が起こった時、私の中でむくむくとよみがえったことがあります。

「あれが阿多多羅山、あの光るのが阿武隈川」
智恵子の愛したふるさと。彼女のふるさと……福島県二本松町漆原。

「智恵子は東京に空が無いといふ。ほんとうの空が見たいといふ」
智恵子の愛する空は、阿多多羅山の上に毎日出ている青い空が、彼女にとって本当の空なのです。
何という巡り会わせでしょう。

仕事柄、全国の県の職人さん、作家さん達のお世話になって来ましたし、学生時代の友人が各地に居住しています。そして、つながりのある人々が全国にお住まいしています。
東北。青森・岩手・秋田……の方々にも仕事上、深いご縁を頂いてきました。しかし私は福島県に仕事上も、知人も友人も、どなたもご縁がありませんでした。突然、脳裏によみがえったことが、この「智恵子抄」だったのです。

「詩集 智恵子抄」「詩集 智恵子抄その後」「光太郎智恵子」

前二者は高村光太郎の詩集と著作です。後者一冊は光太郎没後、編者(澤田伊四郎)が書簡などをまとめたものです。

                  


40年ぶりに開いたその本は、宝物のような雰囲気を持っていました。昔、知人よりお借りし、その後、懇願して譲っていただくことになり、私の書棚に引っ越してきたものです。

私の中で詩集といえばこの本であり、「光太郎智恵子」だったのです。若い頃からあまり詩集には親しんでいないので、他の詩集についてはよく知りませんが……。

若い頃出会ったこの三部作は、私にとって最高のものであったと思うのです。
哀しみと美しい言葉は、今なお、私の心を優しく打つのです。

  「レモン哀歌」

  そんなにもあなたはレモンを待っていた
  かなしく白くあかるい死の床で
  わたしの手からとった一つのレモンを
  あなたのきれいな歯ががりりとかんだ
  トパァズいろの香気が立つ
  その数滴の天のものなるレモンの汁は
  ぱっとあなたの意識を正常にした
  あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
  わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
  あなたの咽喉に嵐はあるが
  かういふ命の瀬戸ぎはに
  智恵子はもとの智恵子となり
  生涯の愛を一瞬にかたむけた
  それからひと時
  昔山嶺でしたやうな深呼吸を1つして
  あなたの機関はそれなり止まった
  写真の前に押した桜の花かげに
  すずしく光るレモンを今日も置こう

7年の狂気は死んで終わったのです。昭和13年10月5日夜、智恵子53才のこと。
書けば書くほどこの純粋な命を語りたくなるのですが、もうよしましょう。
九十九里の眞亀の松林で千鳥と遊ぶ智恵子。そして、光太郎の慟哭がいつまでも心の内に響きます。

光太郎は、東京のアトリエを戦火で失い、宮沢賢治の実家に身を寄せるも、また焼け出され、花巻からずっと亡くなるまで岩手・太田村山口に庵を結び、東北の素朴な人々の中の人間の原点の生活の中で、芸術活動をして行くのです。

この生活の中で、光太郎は「経済性は人間を浅ましいものにする……」と書き……。

「あなたのきらいな東京へ山から来てみると、生まれ故郷の東京が文化のがらくたに埋もれて足の踏み場もない」

「あなたのきらいな東京が、私もきらいになりました。仕事が出来たらすぐ山へ帰りましょう。あの清潔なモラルの天地で、もう一度新鮮無比なあなたに会いましょう」

             
           智恵子抄の裏表紙                      光太郎智恵子の裏表紙


彼女は晩年、心を病んだ中で「切り絵」に芸術性を発揮したのです。精神に破綻を生じつつ、この「切り絵」の中に彼女の健康な生活があったのだと思います。

この三部作をこの度、二度読み返しました。
この編者である龍星閣「澤田伊四郎」氏のこの本に対する、そして二人に対する敬愛を隅々に感じることができるのです。
昭和40年8月記の文章の中に、この澤田氏は60才を越した……とあるので、既にご存命ではないと思うのですが。

今の日本のご時世をここに登場する人々はどのように見ているのでしょう。私達の日々の生活の不信につながってゆきます。
あの阿多多羅山は、あの光る阿武隈川は、今どうしているのでしょう。

残暑が厳しいです。
どうぞお気をつけて毎日をお過ごしくださいませ。
そしてお時間があれば、花染にお遊びにお出かけくださいませ。心よりお待ち申し上げております。


2011.7.7

暑い暑い毎日です。若い頃はこんなにも暑さを感じなかったのか、それとも日本の夏が異常なのか……。
年を重ねる程に暑さへの対応がままなりません。

6月の細江義弘さんの「木のしごと展」もたくさんの方々がいらっしゃって下さいました。本当にありがとうございました。
案内状に写真を載せておりました、手すり付きの椅子は、写真では表現出来ない緩やかさでした。大きくゆったりとしていて、座面であぐらを組んでも大丈夫。背もたれも頭を支えてくれるだけの高さがあり、皆様座ってみては、いいナァ…欲しいナァ…とお互い交互にあぐらを組んで座っていました。

                               

2日目にいらして下さいました方が、ご覧になるやただちに買うことを決めて下さいました。大きな作品なので「置く所がない」というのが皆様にとって問題点だったようでしたが、少し小さいものをご注文下さった方もありました。

この度のティマットは、今までとは一味違った作品に仕上げましたが、それも大好評でした。
彼が一枚板をくり抜いて作る額も、毎年、皆様楽しみにして下さいます。今回も、とりどりたくさんの額で壁面はいっぱいでした。
座卓、椅子などの別注も頂きましたので、これからお客様とお話し合いをしてゆきながら、年内でお作りさせて頂きたいと思っています。

皆様が信頼して下さってこその仕事と、肝に銘じ、一生懸命させて頂きます。細江さんもそれに応えて力強く支えて下さいます。信頼し合える人々との素敵な日々を実感させて頂いています。

柴田さんの展示会もやっと出来ます。4月に…と思いながら、私の家庭の事情で延び延びになり、お客様にお待ち頂きました。「何時するの……?」と度々尋ねられ、ご迷惑をおかけ致しました。
本当にたくさんの作品が揃いました。

                        

写真にありますお湯呑みも、いつも私共がお客様にお出しして一服して頂いているもので、お茶をお入れすると一層味わい深いのです。多くの人々からご注文を頂いていた作品です。少し高台になっていて、飴色の釉薬がかかり、手のひらで包み込む優しさです。店で毎日のように使っても、尚、改めて「いいナァ…」と心休まる想いがします。

飴釉の台付皿も今の季節には鱧の湯引きなど、絵に描いたような美しさです。今回はケーキ皿・楕円鉢・小丼など、食器、一点ものの作品が勢ぞろいです。

柴田さんの作品の中で「ポット」は絶品としか言い表せません。コーヒー、紅茶、お煎茶、番茶、ほうじ茶、どれとも素晴らしくマッチするのです。大・小さまざまのサイズがあります。
たくさんの方々にお持ち頂いていますが、誰しもが「とにかく使いやすい…」とお褒め下さいます。まるで私が褒めてもらったように得意になります。

                            

柴田さんの作品は、私共にとって道標です。仕事の基準を彼の審美眼を学ばせて頂く事で、私の中の芯にしています。まっすぐにぶれないで歩む事が出来た所以だと思っています。この暑さにぐったりしているかもしれませんが、どうぞお出かけ下さいませ。

話は変わります
ここ島本町は、自然が手に取るところにあり……と私はいつもこのページに何度も書いてきました。
天王山と淀川に囲まれ、水無瀬川があり、その昔は後鳥羽上皇の荘園だった所でもあります。
この地は水が豊かで、名水百選にも指定され、本当に自然と共生出来る町でした。
水無瀬川の上流は町の中にありながら、蛍が群生していました。
年々、田畑は駐車場やマンション・宅地に変化して行きましたが、JRの線路より山側は、田畑が広がり、四季を折々肌で感じる事が出来ました。

せめてその場所くらいは財政難とは言え、税金のおかしな使い方をやめて、うまく配分する事で残しておくべきと思っていました。将来の子供達の為にも風が吹き抜ける町であってほしいと切望していました。

ところが今、その貴重な場所に学校などを誘致する話が密かに進んでいると聞いています。私達、一町民にどうすることも出来ない話かもしれませんが、どこまで日本は自然を壊し進もうとする事から抜け出せないのでしょうか。

経済性を優先する便利さはもういらないです。不便こそ、人間に工夫する事を学ばせてくれるのです。

町外から私の店へいらっしゃって下さる方々も、「水無瀬駅に降りると風が違うね」と言ってくれます。本当に小さな町なのです。自然と折り合いを付けながら共生する社会であって欲しいのです。こんな町の特性を生かす町政を願ってやみません。

レンゲ畑もコスモス畑もなくなります。美しい水田は日本の風景です。美しい心を反映するわずかな空間すら残せない政治とは一体何なんでしょう。

7月・8月・9月と暑い毎日になりそうです。お体にはくれぐれもお気を付けてお過ごし下さいませ。


2011.6.15

新緑だった若葉の色も気がつくとすっかり濃い緑に変わり、緑陰を渡る風は心地よく気持ちを和ませてくれています。

今年は梅雨の入りが早く、蒸し暑い日もありますが、まだまだ真夏とは違う風が流れます。

島本町は山が手に取る位置にあり、生活空間の中に田、畑があります。それぞれの田には早苗が植えられ、水が張られ、水面に映る空や雲、山々は、私たちの暮らしを穏やかなものにしてくれています。今の時期は、つばめも低空で飛んでいて、自然が間近にあることの大切さを改めて感じさせてくれます。

3月、4月、5月は本当にご迷惑をおかけ致しました。申し訳ございませんでした。家庭の事情で午前中の営業のみにさせて頂きましたが、そんな中、短い時間をあえていらして下さいましたお客様に、心より感謝申し上げます。

5月24日(火)から正常に営業させて頂いております。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。(ただし、10:30~17:30 日・月曜 定休日)

細江義弘 木のしごと展
6月23日(木)~29日(水) 26日(日)休み

展示会をさせて頂こうと思っています。やっと普通に仕事が出来始めた幸せをつくづくと感謝致している日々です。
日々の暮らしを育んでくれる様々な椅子をたくさん作って頂きたいと、随分前からお願いしてありました。椅子もいろいろ。日常使って頂ける盆、トレー、茶托、ティマット、そして飾棚など、とても凛とした素敵な作品が出来上がりました。

        

細江さんとの人間関係も含めた、仕事のお付き合いは27年になりました。長い時間の中で二人で息を合わせ、数々の作品を生み出し、お客様にたくさんの作品をお使い頂いています。
作り手とお客様と花染との三者の長い歴史です。

彼はその間、大きく感性を膨らませ、人間としても、また、作品も素敵に花を咲かせました。
二人がまだまだ駆け出しの若い時代、両者共、一生懸命仕事に打ち込んでいました。弟のように何でもお願いさせて頂く、信頼出来る仲間としてお付き合いをさせて頂いています。

彼は50代に入り、経験、実力共に充実した年代の真っ只中にいます。とても頼りになる同志のような心地さえしています。これからも力の続く限り共に歩めることを心より願っています。

梅雨の中の展示会ですが、是非お出かけ下さいませ。細江さんのお人柄そのものの素晴らしい作品です。

柴田雅章氏の展示会も7月にはさせて頂きます。
7月18日(月・祝)~23日(土) 予定
10:30~17:30

6月5日(日)、柴田さんの工房へお伺いさせて頂きました。雨上がりの日でした。朝早く出立し、彼の工房に着いたのは10時頃でした。工房の自然は穏やかでした。雨で地面はしっとりと濡れ、木々や草花は息を吹き返したように瑞々しく、肌に感じる空気はひんやりと心地よい暮らしの中への訪問です。

足もとに咲く種々の花々はどれも健気で幸せそうです。かなり広い敷地の手入れは想像以上の手間がかかっていると思うのですが、自然にあるがごとく、山里に佇むがごとく、まったく力んだ姿が見えないのです。すべて柴田さんを含むご家族の姿なのです。奥様お手製のあんみつを頂きました。

一昨年、大学を卒業なさって柴田さんのお仕事を影で力強く支えていらっしゃるご子息に登窯を隅々まで見せて頂きながらの楽しい語らいは、アッと言う間に時間が過ぎてしまいました。
ご子息の力をいっぱいにはらんで、航海に出られる日を私は心より楽しみにしています。

1月に展示会の為に頂いた作品と合わせて2階に展示致します。食器類もたくさんです。ケーキ皿、楕円鉢 大・小、楕円皿、小鉢、コーヒー碗皿、マグカップ、ポットなどなどです。
たぶん全部展示するとかなりの量になると思います。

柴田さんの作品のファンは心を熱く燃やします。これから使ってみたいと思う方々も是非お出かけ下さいませ。
彼の作品はなぜかやみつきになってしまいます。深くはまってしまうのです。柴田さんの他の追随を許さない技量と審美眼はまさしく本物です。

国展の審査員も含め、後進への指導は優しさと厳しさが同居した、すべてを超越した未来への使命感に満ちています。
次の世代にたくさんの素晴らしい作品を引き継いで行って頂けるものと確信しています。

ここ1、2ヶ月は天候が不順です。この夏も暑いとの天気予報です。お元気な方も、体調のすぐれない方も、どうぞお大切にお過ごし下さいませ。


2011.4.12

この度の大災害は本当に悲しいです。約1ヶ月、映像や新聞で目にする度に涙してしまいます。
私達に何も出来ませんが、しかし、わずかでも出来る事があるかもしれません。今の自分の状況に合わせて可能な事をするのが大切ではないかと……。
何も出来ない人は募金を、義援金を、少しでも多く出す事で、気持ちを東北に向ける事が出来るのではないかと思っています。
現在、普通に生活している事をありがたいと思える人々は、多少きっと余裕があるのだと思うのです。
自分では多いかな……と思える金額を、背伸びして……。何かの役に立ってくれる事を願い、心より祈りたいと思っています。

今年の3月は春というのに寒い日が多く、これ程、「早く暖かくなって欲しい」と願った事はありません。
やっと桜も咲き、今まさに満開です。桜は咲き始めると一気……、散るのも一気。続いて八重桜が又、再び私達の目を楽しませてくれます。皆の心も一緒に立ち上げて欲しいですね。

桜の薄いピンクが今年はとても控えめに、健気に見えます。人の心を写すかのように淡い色が静かで儚げです。こんな大事件のあった日本を優しく励ましてくれているのでしょうか。
これから少しずつ桜は北上します。皆様の心に一筋の光と安らぎを与えてくれる事を期待しています。

花染も、3月・4月とお客様にご迷惑をおかけしております。私共の抜き差しならない事情で、午前中のみ開店しております。

それでも、短い時間内にお出かけ頂き、心配して下さるお客様にとても感謝しております。本当にありがとうございます。
涙が出る程、嬉しいです。美しいチューリップや椿の花などをお持ち下さいました。たった2時間の営業を、私も大切にしております。

                       

28年の店の仕事の中で初めてのことでした。
もうしばらくの間、お許し下さいませ。

4月に予定しておりました、柴田氏の展示会も7月頃に出来れば嬉しいと思っております。心待ちにして下さっていました方々に申し訳ない気持ちで一杯です。

6月の細江義弘氏の「木工小品展 -私達をはぐくんでくれる手仕事」は、展示会に向けて準備に入っています。
その頃には花染も通常通りの営業に戻れると思っています。その日が参りましたら、どうぞ又、お遊びにゆっくりとお出かけ下さいませ。

小さな椅子、便利な椅子、そしてゆったりした椅子。心安らげる作品に仕上げて頂きます。

今までにも額はたくさんのお客様にお求め頂きましたが、今回は、ひと味違う素敵なものに出来上がります。お茶托、トレー等々、新しい小品をお目にかける事が出来ますよう頑張ります。

食卓、食器棚、座卓、テレビ台などの大きな作品のお話も受け賜わります。

6月の展示会の初夏には、爽やかで清々しい気候であってほしいです。

花染の裏の小さな庭にお客様から頂いた二葉葵の新芽が見事に出揃い、小さな花をつけています。

                         

この二葉葵は京都の葵祭に欠かせないものなのだそうですが、最近不足している…と昨年ニュースで拝見しました。
我が小さな庭の二葉葵は毎年この季節を忘れないです。とても安心致します。

山ぼうしの木も新芽が出て、日を追うごとに少しずつ若葉が大きくなります。ささやかな喜びをかみ締める毎日です。

日本人の心は生きています。今こそ日本が誇れる文化を落ち着いたものに仕上げていきたいものだと思います。私達国民の心が変わる事で、前に向かって進めるような気がします。明るい日本がやって来る事を願って……。


2011.3.10

3月に入って日差しはすっかり春になったのですが、冷たい風が吹き、身を縮める日が続いています。
でも季節は巡って、各地から梅の便りが聞かれます。

この時季はなぜだか忙しくて、この数年、梅の花を見に出かけていません。近江の方には盆梅展があり、京都の北野天満宮は梅を愛でる方でいっぱいだと思うのですが……。

2月は大行事として、舩木倭帆先生の吹きガラス展があり、その準備、その後の仕事に追われて息をつく間もないほどの忙しさです。

今年もご遠方からの方々も含めて、たくさんのお客様がお出かけ下さいました。心よりありがたく、とても幸せに思うと同時に、心が引き締まります。

いつもお客様とゆっくりお話をしたいと思うのですが、なかなか時間がとれません。本当に毎年、失礼ばかりして申し訳なく思っております。皆様お一人ずつにお礼を申し上げに伺いたいと思う心境です。

1月、2月のこのページ「日常つれづれ」に舩木先生の「かにボトル」の件を書きましたが、それも展示会、開店10分足らずでなくなりました。
写真を載せてみました。

                        

京都吉田の緑壽庵清水さんの金平糖を入れて楽しみたいと思っています。本当にありがとうございました。

あっと言う間にお雛様の3月3日も過ぎてしまいました。
私の実家のある田舎は、昔は1ヶ月遅れの4月3日がお雛様でした。春休みに入っているし、4月と言えば、すっかり暖かくなっています。

各家々にはお雛様を飾り、お友達同士のお家のお雛様を皆で見に行きっこをします。
御殿、内裏様、お雛様、三人官女、五人囃子、そしてお雛様のお道具。中でも大好きだったのは、「市松(いちま)人形さん」です。

私達姉妹の赤ちゃんの頃の縮緬の着物を着せ、絞りの帯を結び、お腹を押すと「キュー」と泣き、抱っこしたり、寝かせたり……。寝かせると目を閉じるのです。

お雛様の前で子供たちは雛あられを食べ(昔は全部あられはお餅を小さく切り、煎って作っていました)、ちらし寿司を食べたものです。

こんなに文化が進み、時代が進んだのに、そういう部分はすっかり退化してしまいました。

その赤ちゃんの頃の縮緬の小さな着物は、母にもらって私が持っています。
そうだ!今年は小さな着物を洗いはりに出して、店のどこかへつるしてみよう……。なんだかせつなくて、楽しい気持ちになりました。

私達姉妹が小学生の頃の縮緬の晴れ着の着物は、10年程前にほどいて、私の店の布の手仕事をしてくれている人に、おひなさんを作ってもらいました。とても素朴なおひなさんですが、姉達や親戚の女の子にペアで配りました。
姉達は「アッ!この布、見たことがある……」と、とても喜んでくれました。
ちょっと嬉しくて、懐かしい話です。

                         

眺めていると子供の頃がよみがえります。何が幸せなのかが見えて来るようにも思います。

先にも書いたように、1月、2月はあまりにも忙しく月日が過ぎたものですから、本を読めませんでした。何か大切なものをやり残したような、栄養不足のような気持ちです。

話は又、舩木先生に戻ります。
先生が数年に渡って制作していた、倉敷中央病院の新棟のガラスの壁が、昨年秋、完成しました。
1枚1枚は16cmほどのプレートですが、300数枚集まって病院の玄関の建物の一部を飾っているのです。

                            

私もまだ実物は拝見していないのですが、舩木先生のお弟子さんが写真を送ってくれました。

ここ数年、先生の工房へ伺うと、いつも仕事途中のこのプレートを見せてくださって、制作のご苦労をおっしゃっていました。
「作品として残ってくれるので、頑張ろうと思う。大変な時間がかかるし、仕事の時間を取られてしまうのだけれど、やり遂げたい……」と。
美しい手仕事の世界です。

この病院は、日本初の西洋美術の殿堂・大原美術館を設立した倉敷紡績の社長・大原孫三郎が従業員(女工さん)達のために、大正時代につくった倉敷中央病院です。
大きな温室もその当時から設けているそうです。

数々の業績の中には、孤児院長・石井十次への支援と友情、大原社会問題研究所(これが後の日本の労働基準法になっている……と聞きました)、そして、柳宗悦の民藝運動への支援……などがあります。
苦学する友人たちへの援助は父親譲りだったのだそうです。その数、数百人だそうです。
明治、大正、昭和と企業人としての理想を熱く持ち続けた人なのです。

二つの大企業と数々の研究所、大病院が後世に残り、今も社会に生きているのです。

彼の人間としての、経済人としての気骨は目を見張るものです。
大原孫三郎については、いずれ、その内、私がここから学んだ子供の頃からの思いを書きたいと思っています。
私の心を燃え立たせる人だと改めて感じました。

ここの新棟に舩木先生のガラスの仕事が……という事はとても感慨深い思いです。

この月も半ばを過ぎる頃には、暖かくなってくれる事を願っています。

3月17日(木)~真木千秋さんの作品・山ぶどう展をさせていただく予定でしたが、家庭の事情でできなくなりそうです。案内状も出来上がってきているのですが……。
遅れて展示会をするかもしれませんし、又、3月は取りやめるかもしれません。申し訳ございません。

店もしばらく営業したり、閉めたりすることになると思うのですが、電話は通じるようにしています。(携帯に転送されるようにしています)
家と店も近いので、ご用がある折にはお知らせ頂ければ、店へ出られると思います。

本当にすみません。よろしくお願い致します。


2011.2.9

この冬は特別に寒い冬でした。立春も過ぎ、これからいよいよ春に向かって木々の芽は膨らみ、何となく風景が変化してきたように思います。

寒い冬でも健気に咲く花もあります。毎日、自宅から店へ通う道端に蝋梅の木があります。足元を人に踏みつけられ、とてもかわいそうな立ち姿です。
それでも毎年、季節が来ると枝いっぱいに黄色い美しい花を付け、芳醇な香りを漂わせています。蝋梅という名の通り、本当にロウで作った花のようです。

日本には四季があり、その中で咲く花にも、日本ならではの名称が付けられ、やはり美しい心です。

                   

私の店のお客様の中に、日本の和花を愛し、山野草を愛する方がたくさんいます。花の名をよくご存知の人々にはとても感動し、又、すごいなァーと尊敬致します。

私事ですが、私のお茶の先生が、奈良の円照寺の山村御流という流派のお花の先生もなさっています。

私が先生の元へ通うようになる、それより以前の話になりますが……。

この話にも偶然という目に見えないご縁があります。

昔、京都の高島屋のエスカレーターを上っていて、この山村御流の花展のポスターが貼ってあるのを見つけ、何となく心惹かれ、見に行ってみよう……と会場に行きました。最終日の終盤で、片付けようとする人々でいっぱいでした。
「すみませんが、拝見させていただけますか」と入場させて頂いた事が始まりです。もう20数年前の事です。

感動と言うには言葉が足りません。小さな花の命がこれ程までにつつましく、清らかに表現されている事に驚きました。
何という日本人の心でしょう。本当に日本の美そのものです。

花を入れてある器も、並大抵のものではありません。すべてに審美眼の行き届いたものでした。今まで拝見した花展では、到底考えられない程の素晴らしいレベルの器なのです。
私の人生の出会いの中でも大きな出来事でした。

この出来事から数年して、お茶の先生を探しました。表千家の先生を探しましたが、この辺りは裏千家の先生が多いのです。
四駅ほど離れてはいましたが、知人が紹介してくださった表千家の先生の所へお伺いすることにしました。
ところが、この先生が山村御流のお花の先生でもあったのです。素晴らしい偶然に感動しました。

ただ、私にはあまり時間はありません。両方のお稽古に通う事は不可能です。しかし、この時から、先生と、山村御流というお花との関係が強く出来たのです。

よくご存知の方は、きっと私と同じように、この円照寺・山村御流に心を虜にされていることと思います。

毎年、8月末~9月初めの頃、大阪高島屋と京都高島屋で山村御流の花展があります。それ以後、この花展は私の中で毎年巡ってくる大きな楽しみになっています。

私が20数年前に拝見した当初と、今は少し変化してきたように思います。昔は、華やかな花はあまり使われなかったと思うのですが、最近は、大きな菊、バラなども使われています。それでも、静かで品格が高いと拝見しています。

基本的には、日本の心が醸し出す、しなやかで、たおやかな、そしてひっそりとした美しさです。菊なら農家の庭先にひっそりと咲く霜枯れ菊。野に咲く小さな、健気な花。人知れず美しく咲く花が、わび・さび美しい姿として生き生きとしているのです。

お家元さんの生ける花はよりひっそりと静かな佇まいの中にあり、いつも身が引き締まります。

先生がお話してくださった「花は野にあるごとく……」との言葉は、たくさんの教えの中でも決して忘れません。小さな花が醸し出す空気は、本当に小宇宙なのです。花の心をよくご存知の方々のえも言えぬ世界です。

椿の花にたとえてみても、日本の山に昔から咲くやぶ椿の一重の花びらが好きですし、小さな花びらの侘助などは一層心惹かれます。白玉椿などと美しい名が付いている花もあります。

                  
              さざんか、前野直史の須恵器の花入れ     店の裏の椿の木は日当たりが悪いのでなかなか蕾を付けてくれません。


日本の茶室に一輪そっと生ける花……。一重のひっそりとした椿は本当に趣のあるものです。椿の花はあまり香りはないので、お茶室に向いているのでしょうか。
大輪の七重、八重の椿の花は、バラの代わりとしてヨーロッパへ輸出され愛された……と聞いたことがあります。それはそれでとても美しいのですが……。

これを書きながらもう一つ思い出したことがあります。

やはり20数年前、お茶の先生、生徒の皆様達と、全山椿の木の繁る中でお茶事をしたことがあります。
夏の終わり、8月末の暑い中でした。自然の風が穏やかに渡る、山里に風流に佇む心地良いお部屋でした。

ご当主はかなりのご年配の男性でしたので、もうご存命ではないかもしれませんが、山の中を案内してくださって、愛情溢れるお話を聞かせて頂きました。
椿の花は一年を通して咲く、いろいろの種類の木があることを知りました。ちょっとしたお料理も頂けるようになっていましたが、全部椿がモチーフのお料理でした。椿の花の天ぷら、煮物などです。かなり前の事なので、ほとんどの事は忘れてしまいました。
美しくて懐かしい思い出です。


話は変わります。
昨年、〔2010.5.16〕と〔2010.10.31〕との2回、このページで山崎豊子への想いを熱く語った事があります。これに続く話です。

今週11日頃だったと思うのですが、テレビで映画『沈まぬ太陽』がノーカットで7時~約4時間放映されるそうです。

日本航空のまさしく現在に至る姿が見えてきます。この本は5年に渡る年月を経て、1999年5巻の単行本として刊行されました。

「巨大な組織、それも政治と結びついている航空会社の力は予想以上に大きくて強いのです。個人の力など巨象の前の蟻のようなもので、取材しながら一時は挫折しそうになりました」と山崎豊子は言っています。

以前、誰かの言葉として聞いたことがあるのですが……、いろいろの感情、たとえば悲しみ、喜びは、時間の経過と共に少しずつ薄れてゆくけれど、怒り、憤りは月日を経ても薄れることはない……と。

これが社会派とか使命感とか言われるものでしょうか。

山崎豊子は「大地の子」を書き終え、背に負った重いものを癒すつもりで、ナイロビ、キリマンジェロを見に行った旅の中で、この主人公、恩地元の原型である古武士の佇まいを漂わせた人に出会ったのが、この小説の芽生えなのだそうです。
その人に「あなたの経験、企業の不条理を小説のテーマに考えたい」と話した…、と書かれています。

この企業の体質が日航御巣鷹山事故へと繋がってゆくのです。日航の不条理な影で、会社に抗って身を粉にして働いた実在の人々も多くいた事も事実です。
小説には、山崎豊子の苦労の取材による克明な記述がありますが、やはり事故の詳細は映像には出来なかったと思います。

日本赤十字社の看護婦さん、そして医師・歯科医の方々の自分の命をかけた献身にも感動します。
日航の上層部、利権にむらがる政治家や官僚たちのおぞましい姿が山崎豊子によってあぶり出されるのです。
この対極の姿も両方人間なのです。この本の中にどんな哲学書より重い教えがびっしりと詰まっているのです。

人生は簡単に勧善懲悪で終わるはずはありません。だからこそ、どんな逆境にあっても「明日を約束する心の中の沈まぬ太陽」を信じて生きて行く事が、この小説の願いなのです。
山崎豊子はラストの部分を明日を信じさせる太陽で締めくくったのだと思います。

映画を見た人も見ていない人も本を読んだ人も、4時間、万難を排してテレビの前に座ってほしいと思います。私ももう一度見ようと思っています。


日差しが明るくなりました。
2月は舩木倭帆先生の吹きガラスの展示会です。

2月18日(金)~2月24日(木) 20日(日)休み

毎年、お客様は楽しみにお待ち下さっています。私もこの展示会はいつも勇気と元気、そして仕事の理念を心に刻みます。先生の作品から、お客様から、たくさんの大切な事を学ばせていただきます。
毎朝、先生の小さなボールでヨーグルトを頂き、グラスには野菜ジュースを入れ、幸せな一日が始まります。こんな小さな幸せはちょっとしたことであり、誰にでも出来る事ですが、人によってはこんな小さな事もおざなりになってしまいます。

手と、ちょっとした時間を惜しまないで暮らす事を目指します。
こんな些細な毎日の積み重ねこそ何より貴重で、舩木倭帆先生が、そして作品が教えてくれる大切な事だと思っています。

2階に作品が見事に並びます。この光景は何にも変えがたい宝物です。
是非是非いらして下さいませ。心よりお待ち申し上げております。

先生からTELがあり、「かにボトル」も長い間作っていないので、自信はないのだが、何とか作りました。…と連絡を下さいました。


2011.1.18

新年がスタートしました。元旦、初日の出には間に合いませんが、とても暖かいホッとする太陽の日差しを受ける幸せをありがたく思います。今年もよろしく!と太陽に向かって祈る思いでした。

届いた年賀状を一人ずつ確認しながら繰っていく穏やかな気持ちは、普段の気忙しさを忘れる、お正月ならではの風情です。友人・知人のいろいろの思いが詰まった年賀状は、私の心を過去に未来に誘ってくれます。大切な宝物です。

今年も又、初詣は京都六波羅密寺です。昨年頂いた稲穂をお返しして、新たな稲穂を頂きます。
私共の年齢になると、健康を祈って手を合わせる時間が長くなります。欲深くお願いしてはいけないと思いつつ、「家内安全。優しい気持ちで過ごせますように……」と。まだまだたくさんのお願いをしてしまいます。

                      

本当はゆっくり和尚さんの説法もお聞きしたいのですが、たくさんのお参りの人達で溢れているので、毎年見送ってしまいます。
卓越した人格、修業を積んだ人のお話を聞いたり、たくさんの本を読んでも、人間の愚かな心はなかなか修復できません。「我」という根本的なものを、どうすれば越える事ができるのか……。悩みは深いです。

昨年12月8日の「日常つれづれ」に「最後の忠臣蔵」の映画の事を書きましたが、書いた以上は早く見に行かなくては……と思い、忙しい年末の夜、心の準備もないままに映画館に行きました。
毎日雑事に追われ、心が騒々しい中でしたので、見ていても落ち着かなくて、ちょっと後悔しました。行かなくては、見えるものも見ないと思うからです。

誰もが知っている「忠臣蔵」は、大石内蔵助以下47士による討入り、切腹というクライマックスで終わりではありませんでした。
47士の中で一人生き残った寺坂吉右衛門と、討入り前夜に内蔵助から使命を与えられ脱盟した瀬尾孫左衛門の「その後」です。

討入った者より生き残った者の方が背負うものは大きくて過酷であるという、この大儀の中にこの物語は進むのです。
重い使命を背負った男同士の労り、そして忠義、悲哀が切々と胸に迫ります。

忍ぶという日本人の心が美しい旋律となって画面いっぱいに流れ、熱い涙がはらはらと落ちるのです。
雪原、竹林、紅葉……、四季折々の日本の風景を最大限に映し取った映像は、息をのむ程、息をするのを忘れる程、美しく、静寂と緊張感に満ち、あっという間に終焉に導いてゆくのです。

この映画のもう一つの魅力は、内蔵助の隠し子、可留との子、可音の美しさに全てがかかっていると言っても過言ではないと思うのです。画面いっぱいにアップで映し出される彼女の表情、そして初々しい所作や言葉の一つ一つは、より一層、凛々しく私達を感動の涙へ一気にもってゆきます。

日本人の心は、そして精神は、もう時代劇の中にしか存在しないかもしれないと思う程、凛々しく美しく描かれていました。

ただ全編通して、何かしら違和感があった事が、気持ちのどこかに引っかかっていました。
後で知った事ですが、製作総指揮はウィリアム・アイアトンというワーナー・ブラザーズ映画のディレクターだった人。(現在、ワーナーエンターテイメントジャパン(株)取締役社長)

「ラスト・サムライ」「硫黄島からの手紙」など、アメリカ人が日本人の心を描いた映画とは違って、この「最後の忠臣蔵」は日本の杉田成道監督が日本人を描いた作品……云々とありましたが、何かしら心に引っかかります。

私はNHKの香川照之が演じたこのドラマを忘れる事ができません。すっとずっと昔なので、私の中で大きく膨らみ過ぎているかもしれませんが、孫左衛門は心を打ちました。

そんな話を昨年から店でしていましたら、今年になってお客様がこのドラマのDVDが出ているから借りてあげる……と言ってくれました。(年間レンタル契約をしているそうです)
何か不思議にドキドキした感情です。久しぶりに会う人への不安な、複雑な思いです。

話は変わります。
私達の世代の20代の青春は、カトリーヌ・ドヌーブを置いて語れないほど、美しい女優さんがいます。以前にも書いたようにフランス映画は、美しくも哀しい、情緒溢れるものでした。その当時、その中でもドヌーブは群を抜いて美しく、本当に魅力溢れる女性でした。フランス映画は日本に配給されないの……?そんな年月でした。

それが突然、映画館のパンフレットの中にドヌーブの映画のしおりを発見したのです。1月8日(土)全国順次ロードショー「しあわせの雨傘」です。久しぶりに写真で見る彼女は、昔のままの美しい人でした。

映画評・・・「彼女が演じるスザンヌの愛に満ちた笑顔と魅力的な生き方は、きっとあなたの人生を輝かせてくれるはず」
フランスの大女優がスクリーンに再び大輪の花を咲かせる……とありました。

まるで、ヴィンテージ・シャンパンのような至高の逸品をあなたに!
私たちの世代を酔わせる名文言です。早く行きたいのですが、なかなか時間が取れません。本当に映画はいいですね。

1月10日(日)柴田雅章氏の工房へ行って来ました。
昨年末、窯出しをしました……と言って下さっていたので、年明け早々出かけました。天気予報は雪という事でした。福知山線に入ってまもなく、横なぶりの雪が降り、一面白い景色に変わっていきました。

柴田さんの山の手の工房は久しぶりに見る雪の中でした。山々の木々が雪で白く煙る中にひっそりと佇むお住まいは美しい世界です。木々や屋根から落ちる雪の中を踏みしめる心地は、久しぶりに味わう感触でした。
この折の作品は、4月頃、皆様にご覧頂けるように準備致します。

         


1月16日(日)は続いて舩木先生の工房です。
又また大雪という予報でしたので、一瞬戸惑ってしまったのですが、「どうにかなる……」と意を決して出かけました。

毎年、恒例のように朝早く京都の「村上重」のお漬物屋さんへ寄って千枚漬けを求め、お土産に致します。千枚漬けは新鮮が命。1日でも新しいものを……と当日の朝求めます。

しかし、これが仇となり、京都から乗車する新幹線が東京からの便なので、雪でダイヤがめちゃくちゃ乱れ、途方に暮れました。福山駅は一部の新幹線しか停まりません。乗り継いで乗る事にしました。指定席を取っていたのですが、それを無視しての出発です。これがうまく成功しました。予定より1時間ほど遅れましたが、バンザイです。

慣れ親しんだ工房への行程ですが、いつもワクワク致します。本当に楽しいひとときです。
先生は、「東京の三越展を昨年で終わりにしたのでホッとした反面、力が抜けてしまって……」と少しお疲れ気味のような気がしました。

「私共の店、花染があと2年で30周年なので、それまで頑張って下さいね」とくれぐれもお願い致しましたが、「そうか……、予定よりもう少し頑張らないといけないなぁ……」とたわいもない話で数時間はあっと言う間に過ぎます。花染にとってはとても重要な話ですが……。

今年も又、見事な量、花染の2階に並べ、美しい先生の世界を展開できると思います。27年間、ひたすら走り続けた花染への贈り物だと、感謝の気持ちでいっぱいです。

2月の末頃になると思います。お仕事をなさっていらっしゃるお客様に便利なように……と思うとなかなか日程が決まりません。たくさんのお客様にこの美しさに出会って欲しいと思います。どうぞ、どうぞ、お出かけ下さいませ。

                      

余談
先生の作品集の中に「かにボトル」という作品があります。とても手に入れたい作品で、今まで一度だけ3ヶ入って来た事があります。どうしても作って頂きたくて、無理をお願いして来ました。きっとお作り頂けると思っています。愛らしく、本当にほっこりする作品です。

1月、2月とまだまだ寒さは続きます。暖かくしてどうぞお風邪などにお気をつけて下さいませ。


2010.12.8

いよいよ今年も1ヶ月弱を残すのみとなりました。毎年毎年、師走が来ては慌てることがいろいろあります。慌てないように段取りをしていても押し詰まって来るのです。

今年の紅葉は、一段と紅い色が美しいとのことでしたが、京都はすさまじく人々で溢れていました。穴場へ行きたいと思うのですが、最近は市内で穴場を見付ける事も難しくなりました。

                           

日本の紅葉は世界一美しいのだそうです。ヨーロッパもカナダも各地に美しい紅葉はあるでしょうが、日本のそれは色とりどり、特に紅い色が絶品なのだそうです。
日本列島が大陸とくっついたり離れたりを繰り返し、数十億年という壮大な年月の中で、独自に落葉樹が北上し、定着していった……との事です。

又、日本の自然の美しさ……に戻っていきますが、どのように考えても、独自の自然・文化、そこにある型は本当に世界に誇られるものだと思うのです。

日本の心は、陽(ひ)と陰(かげ)・プラスとマイナスの中にあって、心のひだの奥にある陰の部分を大切にしてきた民族だと思います。陰やマイナスと言っても、暗い……とかではなく、ひだの奥に見える、優しさ、美しさ、気高さ、品位などに価値を見出す、潔さを持っているのだと思っているのですが……。

先日(12月5日)、京都国立近代美術館へ「上村松園展」を見に行って来ました。この展覧会がある事は、春頃から知っていたので、とても楽しみにしていました。
会期が短い事と、毎日忙殺される日々なので、時間が取れるか心配していたのですが、ポツと空いた先週の日曜日に行く事が出来ました。過去何度も何度も拝見した松園展ではありますが、この気高さと気品は幾度出会っても美しいのです。先程書いた、日本の心、美しい文化の珠玉の作品だと思います。

何十年も昔、店を始めてまもなくの頃、宮尾登美子が書いた小説「序の舞」に出会った頃、私も若く、松園の瑞々しさ、そして魂に心を揺さぶられたのです。

「序の舞」の絵がどのようなものか知りたくて、京都に古くからある書店(以前は理念をしっかりお持ちの文化人の本屋さんがたくさんありました)へ行き、図録の中にある「序の舞」を見せて頂けないかとお願いすると、年配の男性がビルの上階へ連れて行ってくださって、大画面の松園の図録の中の「序の舞」を見せて下さったのです。
今思うと、とても恥ずかしい……と感じるのですが、若いという事は一途に思う心かもしれません。

仕舞の一つである序の舞を舞う女性の気高さと気品は深く内に刻まれたのです。強い意志を秘めたこの女性の姿は、やはり日本人の静かなる魂ではないでしょうか。

それから数年は、奈良の松伯美術館へ行き、松園と聞けば何処へでも見に行きました。小説の中に出て来る京都の通りや町中、店、間之町、奈良物町、ちぎり屋呉服商、誉田屋呉服商。今でも見事な佇まいで存在していることに驚いたり、感動したり……。
京の庭の本に出て来る松園のご自宅の庭……。そんな些細な1つ1つに食い入るように没頭しました。

20年近く前、京都平安遷都1200年の催し物の1つに、京都市美術館で竹内栖鳳・上村松園の師弟展がありました。それは見事な、信じられない程、たくさんの作品でした。
その時、初めて本物の「序の舞」の作品を拝見する幸せを得ました。強い意志と気高さを内に秘めた美しさに立ち尽くしてしまいました。

                              

東京藝術大学が所蔵しているのだそうです。

竹内栖鳳の「ライオン」。今も決して忘れません。大画面にみなぎる生気は私達を圧倒しました。ヨーロッパで遠近法を学び、帰郷して描かれた「ライオン」は、その当時の人々に新鮮な感動と驚きを与えた事と思います。

画業に打ち込む才能溢れる人々の魂の力です。是非もう一度この「ライオン」に出会える事を切に祈っています。200号くらいはあったと思うのですが、今も脳裏から離れる事はありません。

本当にくたくたになる程の時間を美術館で過ごしました。

竹内栖鳳は、明治・大正と京都、日本画画壇では最高峰に居ました。まもなくして、嵯峨野にある竹内栖鳳美術館へも行きました。しだれ桜が可憐に咲く美しい日でした。

松園の生きた時代、女性が男性の中に混じって画塾に入り絵を描く事は想像を絶する苦難です。
竹内栖鳳に師事の後、古典や謡曲に題材を得、江戸時代の風俗など、市井の女性の日常を品格高く描いたのです。
「上村松園展」の解説によると、時代順に、「画風の模索、対象へのあたたかな眼差し」「情念の表出、方向性の転換へ」「円熟と深化」の三章に分けて展示してある……と書かれていました。

若い頃の私は、中期の頃の作品に心惹かれたものでした。女性達の人物の内面描写の1つ1つに美しい中にも強い意志、研ぎ澄まされた精神を肌で感じたからでした

しかし、今回、作品を見て行きながら進むと、「すっ」と入った室の何とも優しく穏やかな空気に、一瞬、回りを見渡しました。彼女が59歳くらいから晩年に至る作品の流れでした。「序の舞」は、松園60歳前後の作品だと思うのですが……。優しい眼差しの女性が愛情深く描かれているのです。

昭和期に入って、その頃はもう京の町からは江戸時代の面影はすっかり失われてしまっていました。失われゆく京の町の面影と、その中に生きる女性の何気ない仕草を描いています。
「女性が障子の繕いをしている姿」夕暮れの中、縫い針をかざし糸を通そうとする姿」女性の目線のかくも美しく穏やかな姿です。

                            

「母子」(昭和9年)は、松園の亡き母への思慕、慈しみの心が細やかに感じ取れます。
彼女の画業を幼い頃から支え続けたお母さんが亡くなってからは、母親の面影に重ね合わせ、その想いを画面に写し出しているのです。

                             

かくも美しい日本の姿を少しでも感じたいと思う日々ではあります。もちろん一流は何をとっても一流です。この地球上、そして宇宙に美しいものは数々あります。日本の心を愛して、その上に積み上げて行きたいのです。



12月18日に全国ロードショー「最後の忠臣蔵」は日本人の魂です。「忠臣蔵」とイメージする世界観ではありません。
これもずっとずっと前、NHKテレビドラマで香川照之が演じた役です。本当に日本人の心です。この役は香川照之のはまり役でした。このドラマから香川照之が好きになりました。騙されたと思って映画館に観に行って下さい。本当に観に行って下さい。自分に流れている血を感じて美しい日本の心に魂を揺さぶられると思います。

まだ映画は観ていないので、無責任ですが……。早々に観に行こうと思っています。

まだまだ年末に向けて多忙です。

うるしの器展 ―お正月の仕度
12月14日(火)~12月18日(土)

の展示会をします。

うるしの器はまさにJapanです。ヨーロッパにも東南アジアにも、中国にも漆器はありますが、日本の漆器ほど美しいものはありません。日本の風土が育てた漆の木、その樹液は世界に誇れる天然の麗しい天からの恵です。

私共で長年扱って来た浄法寺漆器は、東北岩手県の浄法寺に八百年以前より伝わる天台宗の僧侶達が日々使った器として現在に至ります。

                      

金閣寺の金箔の修復に使用されたのも、この浄法寺の漆です。品質の高さ、その割には決して値段は高くありません。私が長年惚れ込んだものです。

年の初めには美しい色絵の器を使いたくなります。磁器の清らかさに新春のイメージを重ねるからでしょうか。美しい磁器の作品も併せてご覧頂こうと思っています。

          

          

お忙しい年末ではありますが、どうぞお出かけ下さいませ。
これから本格的に寒くなります。お風邪などお身体にお気を付けてお過ごし下さいませ。


2010.10.31

随分長い間、このページを更新しませんでした。
暑くて異常な夏を皆様いかがお過ごしでございましたでしょうか?体調を崩された方もおありかもしれないと心配致しております。6月の柴田雅章氏の展示会が終わって、私共もしばらく展示会を休ませて頂く事になっていました。
この間、元気をなくしてしまい、心を立ち上げるのに苦労をしてしまいました。心が疲れるという事は、体も疲れるのですね……。

でも、その期間に、山崎豊子の『沈まぬ太陽』全5巻を読むことができました。きっと日本中で過去、たくさんの人に読まれたのだと思います。

映画『沈まぬ太陽』も観ていなかったので、親しい人達に「どこかで再映していたら教えてください」とお話していましたら、丁度8月に入った頃、京都の祇園会館で上映されていると耳にしました。
お盆休みを待ちかねて、忙しい合間を縫って観ました。祇園会館はなんと40年近くぶりの事でした。

学生時代、洋画の2本立、3本立を朝から夕方まで、休日、しばしば観に行きました。
古いリバイバルの洋画、再映の洋画は本当に良き時代の映画をより魅力的にするスター達の素敵な存在、そして文化の素晴らしさを若い心に植えつけてくれました。懐かしい話です。

その頃は、フランス映画、アメリカ映画はとても抒情あふれるものでした。10代、20代は本当にたくさんの洋画を片っ端から観ました。最近のアメリカ映画は一体「どうなっているのだろう」。これは、私達より以前の人間は皆、思っていると思います。
フランス映画、イタリア映画の美しい画像と音楽は、私達の胸に永遠に変わらぬ感動として豊かに生き続けています。

話はそれてしまいますが、7月だったか、藤沢周平の「必死剣鳥刺し」を観ましたが、日本の風景の美しさ、そして何よりも日本人の持つ独特の感性、多くを語らずとも訴える目、所作、衣擦れの音。映像の中に余すところなく捉える監督の美意識。
山形県庄内平野の大自然を舞台に平山秀幸監督がリアリズムにこだわり、全篇フィルム撮影。CGは使わず昔ながらの手法で撮影されたそうです。かえってリアリティあふれる壮絶な表現になっていたと思います。
日本の文化、伝統、わび、さび、そして美しく輝く心。もう映像の中にしかないのかと思う程、最近の日本は殺伐としているように思います。

しかし、日本の風土が持つ美しい感性を子供達に、若い母親、父親達、そして万人に知ってもらう事は出来ないのか悩んでしまいます。片一方では、進化してゆくデジタル化、経済性、利便性。でもその一方で、だからこそ昔より一層大切にしなければいけない、アナログ、超手仕事、不便である事。
両輪がバランス良く回る事は出来ないのでしょうか。
アナログに徹した映像への監督のこだわりはとても安らかで、美しいものとして、私達の心に余韻を残します。人の心の中に深いひだを幾重にも作ると思います。

話は戻ります。映画を観た翌週、山崎豊子『沈まぬ太陽』全5巻を買い求めました。読み進む程に、深い悲しみ、絶望、人間の良心、理念、そして嫉妬、すべてを凝縮した世界に入り込んでしまいました。

山崎豊子のすべてを射抜く鋭い目と取材能力、そして心と情熱。8年近い歳月をかけて1999年に書き上げたとありました。しばらくは山崎豊子と主人公・恩地元の話で我が家は満ちていました。もう一度落ち着いたら『作家の使命、私の戦後』を読み返したいと思っています。
生きていく指針のような理念とか王道とは……について山崎豊子の中から微力ながら学びたいと思います。

10月10日(日)、田中泯の「場踊り」に申し込んでいたので見に行きました。

タイトル 田中泯 オドリ+野口実 音

これは見に行くというより感じに行く。体感しに行く……と言った方がふさわしいと思います。
白塗りのおどりの人達もたくさんいらっしゃいますが、泯さんは白塗りはしません。
京都の古い築250年という商家の舞台で、ほんの少人数の観客が集まって同化するような踊りです。

NHK大河ドラマ「龍馬伝」の吉田東洋の泯さんのもつ世界とはまったく異質なのです。吉田東洋の目はすべての役者を越える、数百人が束になってかかってもそばにも寄れない目と姿でした。網膜と脳の裏に記憶され、決して離れることはないのです。あの泯さんも大好きです。私は2つは異質と書きましたが、本当はそうではないのでしょう。きっと同質なのでしょう。

「音」の野口実氏に関しては(経歴)
            70年代より舞踏、美術、映像と音楽活動を開始。電子素材による音色変換と時間操作から
            クラスターや非定量リズムを組み上げる技法で劇場、美術館、野外などの空間にライブ、
            パフォーマンスを展開。認知的な音楽表現で先駆的業績を重ねている。

            「40年を越える年月を野口さんの音に育てられてきたように思うのです。
             20代初め、野口さんから聞かされた音楽世界は私にとって以後の私の耳の
             基調となった事々ばかりでした。久しぶりに野口さんと二人で存在を共有できる
             ことに興奮しているのです」           田中泯

とおっしゃっています。

                        

真木千秋さん(真木テキスタイルスタジオ)のストール、洋服など、秋冬の作品がたくさん入っています。

                    

また、私共の展示会も始まります。

                            藍と色絵の器
                            福珠窯の作品
                            2010.11.18(木)~11.24(水)
                            10:30~18:30 
                            21日(日)休み

                            

珍しく色絵と染付の世界です。有田、伊万里で江戸時代より受け継がれてきた伝統と、粋な意匠。それにつきると思います
時代が変わっても変わらない、それをより一層越える、そして進化する作品をご紹介出来ると思っています。
どうぞお出かけ下さいませ。

4ヶ月を一気に駆け抜けました。またコツコツと思うままに書き綴りたいと思っています。今後とも引き続き読んでやって下さい。

なんだか急速に秋が深まってきました。気温の変化にお気を付けて、どうぞお風邪など召されませんようになさって下さいませ。



2010.6.18

梅雨に入りました。蒸し暑い毎日です。天気予報では今年の梅雨は豪雨、又は長雨と予測している由、聞きました。
雨のそぼ降る中、縁側で紫陽花の大輪の花を見ながら、でんでん虫が……という(最近まったくでんでん虫を見かけません)ゆっくりとした時代は過ぎてしまいました。

6月9日~15日まで、東京日本橋三越本店で舩木倭帆先生の吹きガラス展がありました。三越本店で展示会を始めて30回を祝して6月11日(金)、「謝恩の会」が催されました。三越での展示会は、今回が最後ということでしたので、是非出席したいと思い立ち、日帰りで東京まで出かけました。

先生から頂いたお手紙に、
「私としては、これからは、もう少しのんびりと気楽に、残りの期間、体力と気力の続く限り仕事を楽しみたいと思っています。芸艸堂さんの計らいで、花道を作って頂きました」
と書かれていたものですから、飛び立つ思いで新幹線に乗ったのです。

先生の本を出版なさった芸艸堂(うんそうどう)さんのお声かけで、30年余りに渡る先生のご活躍にお礼申し上げ、謝恩の会を開催する……という主旨でした。

午後5時30分からの開宴でしたが、各方面からの人々で会場はとてもにぎやかでした。
東京国立近代美術館の方、東京芸大の先生、舩木先生との三者のギャラリートークもあり、長年の先生のお仕事の、一言では言い表せない歴史を目の当たりにして、心が引き締まる思いがしました。

「物作りは奉仕である。喜んでくれる人々が、待ってくれている人々の姿が、私にとって最大の喜びであった」との舩木先生の言葉は私の中に深く根を張るがごとく、染み渡ったのです。

会場で頂いた「吹きガラス53年」の小冊子は、先生の軌跡と同時に日本のガラス工芸の歴史そのものです。

(吹きガラス53年小冊子より)

半世紀を越えて吹きガラスの仕事に従事しながら、私は一貫して吹きガラスの技法による日用のガラス器作りにこだわって来た。手にこだわるのは、手と心が繋がっていると思うからである。日本の暮らしの中で終生思い出として心に残るほどの日本のガラスとはどんなものか。伝統と呼ばれるほどに時を経なければわからないものだろうか。西洋の長いガラス文化に比べて、歴史の浅い日本のそれは借り物のように思われて仕方がない。しかし、今やガラス無くしては生活は成り立たない。日本に日本的な暮らしが顕然としてある限り、日本人の求めるガラスが存在して不思議はない。

先生の言葉をたくさん引用したいですが、限りあるページですので止めにします。
先生の作品がすべてを物語っていると思うからです。

                     

そして、又、先生の言葉の一字一句が私の仕事の隅々にまで行き渡り、滲透し、支えとなり、励ましとなったことは幸せでした。
長年の中で、自分の身に付いたはずの先生の教えは、私が愚かゆえに時には忘れてしまうこともしばしばですが、読み返し、繰り返すことで、今後も自浄してゆきながら仕事を出来ればと思っています。

あれ程までに人に愛され、先生もお客様方を愛し、ひたむきにお進みになられた道を、目の当たりにさせて頂いた事は、涙の出るような感動でした。
店を1日臨時休業して出かけて、本当によかったと思っています。


また偶然の引き合わせがありました。
三越で「細川護煕展」をしているポスターを見付け、舩木先生のパーティー開宴までの数時間を拝見させて頂きました。

まず会場に入り、二曲三隻屏風「荒城の月」の静かで美しい書のたたずまいに、これから拝見する茶わんへの期待が膨らんでゆきました。幾度か小さな作品展は拝見したことがあるのですが、その折の感情が甦ってきました。

「楽の世界・黒茶わん、赤茶わん、白茶わん」
伝統も技法もすべてが時空を越えて細川氏本人のものになってしまっている事に本当に驚いてしまいました。

「楽家は15代に渡り歴史を歩んで来ましたが、その中にあって、私が目標にしているのは長次郎です。無駄なものを削ぎ落とすだけ削ぎ落とした長次郎の寡黙な茶わん」。その長次郎を追求する、近づこうとする姿が、生きる姿勢に、作品の茶わんの中に見て取れるのです。

楽・唐津・信楽・志野・大井戸、そして野仏、漆。
どの作品も細川家400余年の歴史が生き生きと、彼の芸術に息づいているのです。
もともと私は唐津が大好きな事もあって

唐津茶わん
                     
                      皮鯨茶わん                 絵唐津茶わん

は今も感動が心に残っています。

祖父にあたる近衛文麻呂の湯川原の別荘に隠遁して十数年、マスコミに登場し始めたのは、確かまだ10年に満たない年月だと思います。テレビの番組でその別邸の中に超近代的な仕事場と茶室の建設の模様が放映されました。
それは超・・・と言える建造物でした。

なんとなく作品も自己主張の強いもの・・・と思っていましたが、時代を越え、桃山、利休の時代に沿った作品だった事。そして、それを信じられない程、ご自分独自のものになさっていた事でした。

政治から、そして喧騒の世界から身を引かれた彼の生き方は、まさに武士の身の処し方に近いものがあったのか、我々は推測するほかはないのです。

外界と一線を画すのではなく、伝統の美の家に育ち、自然のままに美でご自身の世界を表現する事に生きる道を選ばれたのだと思います。
私が拝見している丁度その時間、その当日は、細川氏は会場に来場する予定ではなかったらしいのですが、出口近くの薄暗い場所の片隅で、どなたかとお話になられているのを見付けました。数分すると、来場のお客様が気が付き始め、人垣が出来てしまいました。それを見かねて三越側が急遽、会場中央でギャラリートークをする事になり、マイクで作品について語り、そして、お客様の質問に答えていました。

後の方から拝見しながら、そばの一角で流されているビデオの映像を見ながら、有意義な時間を与えて頂きました。奥様が丁度私の後ろにずっとお立ちになっていました。凛としたとても素敵なお美しい方でした。お顔も、そしてすべてが引き締まった雰囲気でしたが、そのお顔は優しい美しさをたたえている事に心が洗われました。

すっかりミーハーをしてきました。
図録にサインをして下さるという事でしたので、握手をして頂き、少しお話をさせて頂いたのですが、「関西から…」と申し上げると、「来年、京都国立美術館で展覧会をするのですよ…。」と教えて下さいました。引き込まれてしまう魅力を湛えている方でした。本当はもう少し静寂の中で拝見出来ればもっと嬉しかったと思っています。

6月11日は、忙しく駆け抜けた1日でした。
夜遅い新幹線に乗り、帰途につきました。

6月23日(水)~6月29日(火) 27日(日)休み

来週23日からは柴田氏の展示会です。
花染にとっても、私にとっても、かけがえのない作家の先生です。
山ほどの感動とエネルギーを与えて頂きました。
柴田さんも私も、彼の熱烈なファンの方々によって支えて頂きました。幾度見ても使っても、尚、又のめりこんでゆく魅力を内に秘めています。私も大変なファンの一人です。
お忙しくなさっている事と思いますが、作品の品格と柴田さんの思いに出会いにいらしてくださいませ。
心よりお待ち申し上げております。


2010.5.16

いっぱいの若葉に心を癒される季節です。

私の店の裏の小さな山ぼうしの木も葉をいっぱいに繁らせ、どうにか根付いてくれたナァ…とほっとしています。
でも、風、太陽、すべての過酷な条件の中なので、果たしてうまく育ってくれるでしょうか。
その木の足元に今年は可憐に「しらゆきげし」の白い花が次々と花を付けて楽しませてくれました。
忙しく雑事に追われていても、その花の前に座り込んでじっと見つめていしまう時があります。土に限りがある小さな空間に寄り添ってくれる事をとても嬉しく思ってしまいます。

                    

今一番の関心事は、山崎豊子氏です。「不毛地帯」のドラマ以後、新聞の下の部分の広告欄に「山崎豊子自作を語る」三部作の出版の広告が載っていました。本屋で買って来ようと思いながら、とにかく忙しい毎日なので、延び延びになっていました。たまたま人様からお借りする好機を得たのです。読み始めると「これは手に入れなくては…」と思い、遅まきながら手に入れました。「作家の使命、私の戦後」です。
今、二度目、三度目を読み返しています。読めば読む程、彼女に感動するのです。

10年以上前、やはりNHK「大地の子」がセンセーションを巻き起こした頃、この作品も再放送を含めて二度拝見したことを思い出しました。ドラマが終わってすぐ、「大地の子」の本を求め、読んだ時の感動が、今も赤い炎として残ります。引き続いて、その頃、中国側から書かれた「ワイルド・スワン」を夜を徹して読み込んだ記憶が鮮やかに甦りました。

「大地の子」は、1984~1991年、足かけ8年間、まさに石の筆で岩に刻みつけるような思いでこの作品を書いて来た。「大地の子」は小説であると同時に、今まで明らかにすることができなかった日中の歴史だとも言える。戦争はまだ終わっていない。一人でも多くの読者にこの作品を読んで頂き、歴史の真実を永く語り伝えて頂きたい。それが私の願いである。と山崎豊子は語っています。
シベリアへの取材は「11年間に渡る、あまりにも非人間的な日本人捕虜史をこのまま歴史の谷間に埋もれさせてはならないという思いを強くした。と語っています。

この著書「作家の使命、私の戦後」は、主に「不毛地帯」「二つの祖国」「大地の子」の戦争三部作と「沈まぬ太陽」への思い。そして「運命の人」を2009年書き終えた彼女の使命と理念がすさまじいエネルギーでつづられています。全生命とすべてのエネルギーをかけ、「10年1作」という長い年月の取材と執筆に彼女がかける魂は私達に感動と深い尊敬の念を与えてくれます。

山崎氏が新聞記者として取材経験が土壌にあるとしても、筆舌に尽くしがたい、壮絶な取材の模様がこの本の中にぎっしりと詰まってます。
曖昧な形で眼を覆ってはいけない事実、永久に消してはいけない問題を提起し、彼女は小説という人間ドラマという形で読む側に学ばせてくれています。

どんな極限状態に置かれても、常に理念を持って生きたい。納得のできる生き方をしたい…。
主人公を通じて、この高い理念が深く伝わって来るのです。
山崎文学の「謎」をこの後も紐解いてゆく楽しみが出来た事を、ありがたいと思っています。

6月23日(水)~6月29日(火) 27日(日)休み

柴田雅章氏のスリップウェアの作品を集めて展示会を致します。
お客様、ファンの方々にいつも「食器が欲しい…」と懇願されるのです。今までもたくさんの食器を皆様にお求め頂いてお使い下さっているのですが、使うほどにやみつきになります。
使い心地、作品の良さは、何をもしのぐ幸福感と満足感があります。

この度、ポットは珍しく6~7点あります。フォルム、釉薬の素晴らしさも日々の暮らしの中で又再び感動してしまうゆえかもしれません。
この度は、特に食器関係が充実しています。
6月の末頃というと、少々暑くなる時季ですが、是非お出かけ下さい。きっとお気に召して頂ける作品を手にすることが出来ると思います。


2010.4.30

京都国立博物館 4/10~5/9まで

没後400年 特別展覧会「長谷川等伯」がある事をずっと楽しみにしていましたので、1~2時間並んで待つことを覚悟で、5月連休前の4/25(日)に出かけました。

始まってすぐは人が多いに違いない…。連休中は又然り。午前中も又然り…。と頭を巡らせ、25日2時過ぎ…と決定して七条通りを東へ。15分くらい並びましたでしょうか。案外早く入場する事が出来ましたが、館内は人でいっぱいでした。
最終章が「松林図屏風」だと、はやる気持ちを抑えて、七尾時代、京都時代初期、中期と、プロローグとして数々の作品に出会わせてもらいました。

この「松林図屏風」はいつの日かどうしても見たいと、ずっとずっと想い続けていたものでした。この様な幸運に恵まれる事を何より嬉しく幸せに思っています。

長谷川等伯(1539~1610)は、能登七尾に1539年、生を受けます。
養父の指導の元、20歳を過ぎた頃には、並々ならぬ才能を発揮。地元の寺にたくさんの作品を描いています。
33歳で京に出て、いろいろの画風を学び、狩野派の門も叩いたと思われます。
なかなかスポンサーも見つからず、17~8年の歳月を費やし、運命の人、茶聖・千利休に出会うのです。

彼にとって、この出会いこそ、人生を分けた出来事だったのではないでしょうか。
利休の要望で、大徳寺の天井画を描いた事から、京にその等伯の名は響きわたり、時の権力者・豊臣秀吉の知るところとなり、折りしも鶴松の供養のための「楓図壁貼付金碧画」が出来上がるのです。
狩野一派を退けての快挙であったと思うのです。

秀吉好みの画風、構図、色彩を徹底的に研究した由の事であり、その時代は命がけの仕事であった事でしょう。
御用絵師としての道が開け、「長谷川派」は京都をはじめ全国各地にその足跡は分布しています。

彼の晩年を支えた息子や弟子達と桃山文化の一翼を担った、輝かしい絵師としての時代であったと思います。
その間、等伯を巡る人々の肖像画もたくさん残しています。いつも皆様の目に触れている千利休像は等伯の画によるものです。実物を見る事が出来たのは本当に喜びでした。

その後、跡取りとして大切に育てた息子・久蔵を亡くし、悲嘆に暮れる等伯の姿が生々しく甦ります。
息子の7回忌に描かれた「仏涅槃図」を拝見すると、等伯の深い想いが悲しみが、大画面となって私達を魅了します。

「松林図屏風」に向かう等伯の胸の内はいかばかりか…。
七尾の海側から見える松林。霧にかすむ松林。描き込んではいない霧を私達は見るのです。早朝か夕刻か、晩秋か初冬か。頂点を極めながらも、後継者としての久蔵を亡くし、悲しみに暮れる等伯。
晩秋の海、初冬の海はきっと荒れていた事だと思います。舟を漕ぎ出し、霧にかすむ松林を心に刻み込んだのでしょうか。
ここへ至る彼の精神性を、この空白の霧の中に悲しみと共に見るのです。

晩年の彼の心模様に触れる時、そこにこの静寂の「松林図屏風」なくしては語れない等伯の絵師としての生涯があるように思います。


2010.4.15

今年は桜の花が咲きかけては留まり、暑い日あり寒い日がありで、戸惑うことしきりだったと思います。

この阪急線は京都線も神戸線も桜の木が沿線にたくさん植えられ、車窓からも堪能出来ます。

子供の頃から桜は生活……。小学校の校庭には桜の大樹が運動場や校舎を囲むようにたくさん植わっていたし、毎年お花見には皆で繰り出し、ご近所共々、お弁当を広げ、子供達はその回りでコロコロ遊んでいました。
子供の頃、親戚の家で、琴の前に座り、つめを付けてもらって、最初に奏でたのも「さくらさくら」でした。

又、反面、花びらの散りゆく姿は、「死とか無常観」を内蔵しているようにも見えます。日本の文化は「桜」なくしては語れないものであるとも思います。

西行が出家して住んだ「花の寺(勝持寺)」がこの沿線の西山にあります。「西行桜」世阿弥の能のモデルでもある…と書かれている庭の100本近い桜の花は、やはり生であり死でもあり、無心に美しいがゆえに怖くもあり…と感じるのです。

有名な秀吉の「醍醐の花見」桜の茶会。そして、奥村土牛の「醍醐の桜」の素晴らしく人の心を魅了する絵画。

日本中に桜の名所は数限りなくある事と思います。
京都は円山公園の枝垂れ桜。哲学の道・白川の桜・御室仁和寺の八重桜…等々。

毎年思いつくまま桜の花と出会いに出かけます。

今年は御所の枝垂れ桜を早目に見に出かけ(枝垂れ桜はソメイヨシノより1週間程早く咲くそうです)ました。数十本のほとんど枝垂れ桜…という場所があるのです。道々のソメイヨシノにはまだ早く、この御所の一角がまさに見ごろの時期でした。
この場所は、2~3年前までは穴場だったのですが、最近は結構たくさんの人です。

                

もう一つ、人のいない穴場があります。岡崎の東山の山の手に、文化人、財界人、商家の大棚の人達の素晴らしい別宅がある場所があります。その庭に植えられた桜の見事なこと…。家々を抜ける道に枝垂れかかる桜の愛らしさ。その間を縫うように流れる小川。文化度の高い家のもつ品格。空気がまったく違って見えます。折々歩く、とても素敵な場所です。

最近は桜を静かに…思いを馳せるという事はほとんど無くなってきました。世の中が忙しいのでしょうか。
日本人がこよなく愛する桜は、散りゆくイメージ、生と死が重複する、そんな精神性を奥に秘めた魅力でもあったと思うのですが…。

日本の文化である桜へ募る想い、そして思い出は、年を重ねる度に豊かに、そして懐かしく、又悲しく、増大し続けていく事と思います。


2010.3.19

山々は春を待つ木々で薄くわずかにピンクを帯びています。膨らんだ木々の新芽が今にも芽をふきそうです。そんな3月の日曜日、柴田雅章氏の工房に出かけました。朝早くに出発し、丹波篠山に着いた頃には日も高く、とても暖かな日差しでした。

自然の中にたたずむ工房は、穏やかで優しく私を迎えてくれます。自然と共に暮らしがあり、その中に仕事がある…。浄化された空気が流れています。

            

自然に寄り添う暮らしがあります。静かに清められた玄関には、折々の花が、そして小宇宙のような佇まいがあります。居間の大火鉢の炭火は、お客を温かく迎え入れてくれます。先生が入れて下さる中国の岩茶のふくよかな香りと甘さは、いつも私をゆったりとした世界へ導いてくださいます。

お仕事のお話も含めて、工芸の世界全般にわたる話は尽きることはありません。

柴田さんの作品をご覧頂く催しは、5月か6月頃に花染の2階でできればと思っています。柴田雅章氏の作品を手に取る折の幸福感は、この仕事を長年続けてくることができた原動力になっています。

この日常つれづれコーナーに書きたいことはいっぱいあります。

大原美術館、工芸館、倉敷民芸館、大原孫三郎……等々。私の子供の頃からの美意識の原点、父との思い出に繋がります。

信濃デッサン館、無言館、窪島誠一郎を知る事になった20代。ずっと私の中では続いているのです。まだまだ心の中を流れ続けているのです。順次、頭の中をまとめて、つれづれ思うまま書き綴りたいと思っています。

2月の舩木先生の展示会に多くのお客様がいらしてくださいました。遠くは山口県から、東京から、ご夫婦で…。朝一番の新幹線に乗っていただいたそうです。ご遠方からの方々、お客様の皆様方にゆっくりとして頂けなかったことがとても残念です。
行き届かないことも多かったと思います。本当に申し訳なく思っております。

いろいろな出会いをさせて頂いたことは、私にとりましても励みになります。ありがとうございました。またいつの日か楽しくお話をさせて頂けますれば、幸せだと心より思います。

前野直史氏のスリップウェアの作品も、この後、4月初め頃に入って参ります。小皿、楕円鉢など、お客様から注文を受けていながらなかなか出来上がらなくて長い間お待ち頂きました。4月の中頃には店頭に並べられると思います。ご依頼をお受けしておりました方々には、新たにご案内をさせて頂きます。

そろそろ桜の花の蕾がちらほら膨らみ始めました。桜の花の儚さを古来より日本人は愛したのだと思います。


2010.3.19

突然ですが…、松井冬子という日本画家を知っていますか?
彼女を知ることになったのは、2、3年前のNHK「日曜美術館」でした。その時の自傷的、ナルシシズム的な表現を決して忘れないし、くぎづけになってしまったのです。

彼女の精神性と、とてつもない強さ、存在感に圧倒されるとともに、代表作と言われる「浄相の持続」2004は、自らで切り裂いた腹部からあらわになった内臓、そして子宮の中の胎児。横たわった女性の顔はこちらを向いて、笑みを浮かべている。乱れ咲く花は、めしべをあらわにしている。死んではいないその顔は、たおやかでもあり、又、攻撃的でもあるような気がします。

彼女の描く女性像は、身が皮膚が引き裂かれ、内臓や脳が露出されているのです。

NHKで見た映像は、小動物を解剖する彼女の姿を、とても凛とした型で捉えていました。

美しい妙齢の(1974年生まれ)女性である事、所作が美しく、その上、とてもファッショナブルである事、すべてを美しいと感じてしまいました。今だかつて女性から受けた事も見た事もない、とてつもない美しさでした。

その後、「松井冬子画集Ⅰ」「松井冬子画集Ⅱ」を手に入れ、「美術手帖」の「松井冬子特集」を読ませて頂き、彼女を評論する様々な言葉に出会いました。評論家は素晴らしく上手く彼女の内面、精神性を表現しています。

そこに出現する言葉は、人の心の奥深い部分で響き渡ります。

痛み、恐怖、暴力、情念、苦痛、憎悪、攻撃的、狂気、妄想、絶望、破滅、妄信的、危機、執着的、霊気、幽霊、抑圧。

これらの言葉を羅列する事で、少しは彼女の内面を感じ取って頂けると思うのですが…。

自画像的なものを感じるし、「暴力被害によるトラウマが自分の表現の動機である…」と。又、「自分の中に殺しても殺しきれない感情があるので、日本画によって抑えられているからちょうどよい出力加減になっているのかなというふうに思います。私が描きたいのは、やはり、ものではなくて感情なのです」と。

この彼女の自傷が作品を描く事によって癒えた時、彼女はどの様に変化してゆくのか。それでも、ナイフで優しくえぐる表現なのか…。

私は「慈母観音」が描ける美貌の作家になっているやも知れないと思うのです。

経歴が素晴らしい作品を生み出す事ではないのだけれど…。

松井冬子
1974年 静岡県生まれ
2002年 東京藝術大学美術学部絵画科日本画卒業
2004年 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程日本画専攻修了
2007年 東京藝術大学大学院博士後期課程美術専攻日本画研究領域修了
      日本画科の女性としては、初めての博士号(美術)取得

30代の若い女性の支持も多く受けている由をお聞きした事があります。何が彼女達の琴線に触れたのでしょう。もし、松井冬子をファッションと捉えているなら、ちょっと悲しい…と思います。

あまりにマイナーな言葉ばかりなので、このページに書く事を少々ためらったのですが、このすごい女性の精神性から何かがきっと生まれる事を、この先々関心を持っていたいと痛切に思ったのです。


2010.2.20

日差しは春の暖かさを含んでいるのですが、まだまだ空気が冷たく、お風邪を召している方も多いようです。花粉症の方はこれから大変な季節を迎えるのですね。
いろいろの形でアレルギーが日本中で発症しています。

一年くらい前だったか、NHKで「病の起源」という番組を放送していました。数回に渡るシリーズでしたが、興味深く見ました。ほとんど忘れてしまいましたが、腰痛に関することとアレルギーに関することは私たちが今まで頭にすりこまれている説を覆すもので、“目から鱗”でした。長くなるので書きませんが……。

私は化学物質過敏症を7年ほど前に引き起こし、これもまた大変です。その当時に比べるとかなり回復してきましたが、いろいろの場面で病気だということを思い知らされる時があります。アレルギーで苦しんでいる方々、それと共に工夫しながら生活している人々……いろいろです。単純には解決しない重要な問題です。

4、5日前、私共で木工の飾棚をお作りしてお客様のお宅に納めさせて頂きました。
栃の木の無垢、拭きうるしの作品です。良い木目のものを使ってほしいとのご依頼でしたので、お客様と作家、私と三様の思いの中で、李朝時代の家具をイメージしてデザインをおこし、製図をして形にしてゆきました。

とても満足のいく出来映えの作品に仕上がりました。お客様にとてもお喜び頂き、作らせて頂いた私共まですごく幸せにさせてくださいました。豊かさで満たされます。本当に嬉しい出来事でした。

     

写真では雰囲気とものの良さは表現出来ないので、中途半端な表情をお伝えすることになりますので、本当は写真は控えるつもりでしたが……。細部を写真にしましたが、とても微妙な木目の美しさは私のデジカメの技量では無理でした。

蝶番、引き出しの取っ手は、鉄を手で打って頂きました。大らかで手仕事の良さを表現して頂けたと、心穏やかな心地です。いい作品に恵まれることは、至上の幸せだと思います。

形も見えないものに私を信頼してご注文を下さるお客様へ深い感謝の思いでいっぱいです。

私の店は超アナログの世界です。焼き物はろくろを引き、時間をかけて成形し、作家によっては登窯だったり穴窯で数日かけて焼成しています。
ガラスは吹きガラス、布は手織り、うるしの器は塗りもの独特の柔らかさ、豊かさで溢れています。手仕事であることが基本です。

最近ハマっているテレビ番組があります。「不毛地帯」です。これを見ていると背景に使われているものが、こんなつい最近(昭和40年代)までほとんどアナログの世界だったことがよくわかります。家具、調度、電話、暮らしぶり、すべてにおいて美しいものがまだまだありました。

この間のこの頃、日本が世界の中でトップへ躍り出ようとしている時の凄まじい緊迫感に身を乗り出し、こちらも緊張して見入ってしまいます。私たちが身近で経験してきたことが昨日のようにオーバーラップしてきます。

2ヶ月程前のテレビ評の中で、この「不毛地帯」の番組の視聴率が11%強というのは解せない……とありました。この評を書いた人も、この緊迫感とこの時代の第一線で働いた男社会の凄まじさをきっと見てきた人なのでしょう。

この「不毛地帯」に描かれる商社は、この時代、花形でした。こういう戦場を渡って成功した人、脱落した人々の悲哀を数十年タイムスリップして見ています。いわゆる企業戦士と言われた時代です。

この番組評を書いた人の熱さにもとても心惹かれたので、新聞の欄を切り抜いておこうと思ったのですが、とうとう忘れてしまいました。とても残念です。テレビ関係者の方だと思うのですが……。

この人も最後にこう書いていました。「是非見てほしい……!」と。今、15~16回だと思うので、後そんなに長い回数あるとは思えないのですが、見てほしいです。
私たちの年代も然りですが、若い人達はこの時代の男社会の凄まじさをちょっとでも見てほしいと思うのですが……。いかがなものでしょう。番組の視聴率が低いと、いい番組はテレビから消えてしまいます。
原作のしっかりしたドラマを是非多く制作してほしいと願っています。

2月25日(木)~3月3日(水) 28日(日)休み

舩木倭帆先生の吹きガラスの作品がそれはそれは沢山見事に2階に並びます。
展示会の前日、全ての準備を終え、「よし!OK!」と思う瞬間は何度経験しても、心が血が躍ります。美しさに、そして幸福な思いに、全ての苦労を忘れます。

この一瞬のために仕事をしている錯覚に襲われます。
舩木先生に長い年月を支えて頂き、仕事の姿勢を、意味を、作品を通して、又、先生の言葉から教えて頂きました。何にも勝る宝物です。

この宝物をより豊かにすることが、私が歳を重ねる意味でもあり、宿題でもあると思っています。

ご遠方から毎年お出かけ下さいますお客様へ、そして全てのお客様へ、美しい作品をお届け出来れば嬉しいです。心よりお待ち申し上げております。


2010.1.21

新しい年が始まりました。毎年初詣は六波羅密寺です。今年も稲穂を頂き、厄除けに鈴の付いたものを求め、付け加えて頂きました。鈴が鳴る音によって厄が逃げていくのだそうです。
良き年になりますように……。

                        

昨年12月、身内の入院している病院の待合室で、「利休 茶室の謎」という本を見つけたのです。ページをパラパラとめくると、長年私の中で消えることのなかった待庵に関する本でした。

この島本町と大山崎町の境目の妙喜庵に「待庵」という茶室があります。国宝です。唯一現存する利休の造った茶室です。
山崎は昔から西国と東国への交通の要所です。明智光秀の本能寺の変の後、光秀に追っ手をかけるため、この地、山崎に秀吉が城を築き、その折、利休に命じて茶室を造らせた……と聞いています。

逆算すると、今から18年前、京都国立博物館で「利休没後400年展」が催された時、館内に「待庵」の原寸大の茶室が再現されていました。利休にまつわる貴重な展示も素晴らしく、たくさんの入場者でした。

その利休展の数ヶ月前、NHKでこの「待庵」の茶室の検証を克明に行っていました。朝鮮への取材などとても見応えのある番組でした。

その折、番組内で見聞きさせてもらったことは多少の知識となり、その後、私の中で大変役に立ったと思っています。
その後も気持ちの中で、この番組は尾を引いていました。

突然、十数年を経て偶然にもNHKのこの時のプロデューサーが書いた本に出会ったのです。この方も体を病んだ中で人に勧められて、人生最後の仕事として「利休 茶室の謎」が生まれたとのことでした。

本の題名と作家名、出版社をメモして帰りましたが、その後、忙殺される中でまだこの本を手にすることはできていません。早く本屋さんにお願いして取り寄せていただかなくては……と思いながら、1月も後半に入ってしまいました。

詳しいことはこれからです。とても楽しみにしています。かなり前に出版されたようですので、ちょっと心配しています。
この「待庵」への見学は大山崎に申し込めば、拝見できます。


話は変わって、昨年末の「うるしの器展」の案内状に、うるしのお椀と一緒に移していた椿の紋様のお皿は大変好評で、予想をはるかに超えるお客様からの注文が相次ぎました。この「日常つれづれ」コーナーは売るためのページではないと思っていますが、すごく感謝しています。

                      

                     直径20cm弱 1枚2000円(税込2100円)在庫有

値頃な上に、とても爽やかで、使い心地が良く、私もそれ以後、毎日愛用しています。筆で一気に勢い良く描かれた、適度にデフォルメされた椿の花は、白と染付の頃合が良いのです。

思わずこのページに書きたくなってしまいました。それと、皆さまのご支持を得たことがとても嬉しかったのです。


1月は、28日(木)、29日(金)、30日(土) 石河通春氏のジュエリー展です。

石河通春氏は30年以前、ずっとずっと昔、私が3年ほど宝石の勉強をしていた時期に知り合ったデザイナーです。その頃、ジュエリーデザイナーが多くはなかった時代でしたが、大好きなデザインをなさる方でした。

皆若かったですから、ワイワイ、ガヤガヤ、スキーなどに出かけていました。
突然、4年前に「ジュエリー展」がしたい……と思い、お願いさせていただき、快くお引き受けくださいました。その時(2006年)25年ぶりの再会でした。

アトリエ・アル石河通春は、その間、とても立派な会社へと躍進していました。
デザインは以前にもまして、私のG線に響きました。ご覧頂くのが一番です。今年で5回目となります。


2月は舩木倭帆吹きガラス展です。
2月25日(木)~3月3日(水) 28日(日)休み

先生の作品に励まされ、花染がいつも凛として穏やかにいられる努力ができたのは、先生の作品のおかげです。花染は開店当初から先生に作品をお分け頂き常設してきた恵まれた店でした。
私の道しるべでした。

1月24日(日)に先生の福山の工房へ行ってきます。とても幸せな気持ちです。
新しい作品と共に皆様に感動をお届け出来ますれば嬉しいです。
展示会にお出かけ下さいますよう、心よりお待ち申し上げております。


2009.12.11

いよいよ師走の月に入りました。出来なかった事が山積みのような気がしますが、出来た事を数える事で自分を納得させなくてはいけない年齢のような気もします。

島本町の冬は山沿いの天気です。山が近くまで迫る、少々冷え込む土地柄です。それでも5年くらい前までは夕刻になると必ず時雨れていましたが、最近はそういう事にほとんどなくなりました。やはり温暖化傾向です。

12月はいろいろの意味で締め括りです。

NHKの大河ドラマ「天地人」も終わりました。大河ドラマもいつ頃からかあまり見ていなかったのですが、直江兼続という人物を知らなかったので、今回は欠かす事なく毎回楽しませて頂きました。

戦国時代はやはり興しろいし、人間模様や時代が動く時の躍動感が生き生きと活力に満ちています。
その中で、石田三成の衣装―紫としろの絞りのもの―が、ストイックな石田三成像の内面を美しく表現していました。何度となくこの衣装を着る三成の雰囲気に見とれてしまいました。

同時に、直江兼続が時折身につける着物と羽織(羽織とは言わないかも……)の絞り模様。これはまた、粋で静かなものでした。
三成の衣装の大胆さに比べ、考えられた配色だったと思います。米沢藩の家臣の方々の衣装も普通に見えて、ただならぬ素晴らしい織・染めでした。
とても心惹かれ、こういう場面を楽しみにしていました。

染色作家の作品なのか、職人さんの仕事なのか……。回を重ねる度にこの2人の人間に魅力を感じると同時に、この「絞り」がどういう人の手になったものなのか、とても知りたいと思ってしまいました。

あっと言う間の1年だった気がします。最終回の兼続の妻・お船の着物―白地に紫の小花の絞り―は、最後にふさわしい清らかな美しさで光っていました。とても重要な最終回になりました。

もう1つ感じた事があります。石田三成・兼続・上杉景勝の3人の俳優さんたちが、月日と共に見事に良い顔になっていった事です。

「型から入る……」という事はとても大切な事だと思っているのですが、ぐんぐん魅力ある男性の顔立ちになっていったと思います。

この時代が描かれると必ず「千利休」が登場します。春頃だったと思うのですが、ふらりと本屋さんで見つけた山本兼一著「利休にたずねよ」そういえば、直木賞作品です。

軽い気持ちで買って読んだのですが、又はまってしまいました。
フィクションの部分もあるだろうと思いながら読み始めたのですが、「おもしろくて、おもしろくて!」一気に読んでしまいました。そうすると次には時代考証がされているのか、読み物としての小説なのか知りたくなり、本屋さんで利休に関する文献を数冊手に入れ、学校のお勉強をするつもりで1行1行読み解いていきました。

見事に時代考証がなされ、史実を踏まえた上でおもしろい読み物に仕立てている事に「小説家ってすごいなぁ……」と今更ながら感じ入りました。

例のごとく、お客様の間をこの本が行き来したのは言うまでもありません。お客様の中には後で買われた方もあるようです。

私は又、昔の野上弥生子著「秀吉と利休」・井上靖著「本覚坊遺文」を書棚から引っ張り出して再び読んでしまいました。
本は次から次へと読むのですが、忘れていく事にも、我ながらあきれています。頭がどうかしたのか……と思うくらい「あの感動が……!」忘却の彼方へ行ってしまうのです。


12月15日(火)から。「うるしの器展」が始まります。
うるしの器を手の平の中に包み込む感触は格別です。そば椀ににしん蕎麦、おぶりなお椀に炊き込みご飯、又は具だくさんの汁物。
お正月には手作りのお料理をお重に詰めて、静かに暖かく年の初めを祝いましょう。

                      

優しい気持ちがあれば、うるしの器は決して難しくありません。いい仕事のものは丈夫です。そして、もし何か粗相があった時には、塗り直します。

ひたすらうるしの美しさをお客様にお伝えしてきました。
岩手・浄法寺塗、山中塗の石川漆宝堂さんの職人さん達の心意気を感じ取ってくださいませ。



真木千秋さんの手織の布を常設するようになりました。

日本中にファンの方は多いのですが、東京奥多摩・あきる野市の工房から発信する彼女の仕事を少しずつお伝えしたいと思います。
まずはふっくらと柔らかいウールとシルクの糸で織られたストール、マフラー、ベスト、ブラウス、上着、パンツ、そしてランナーなどの敷物を揃えました。

                     

あきる野市の木々に囲まれた古い民家の中で糸を紡ぎ染物をしたり、そして又、インドの織職人さん達とご一緒に仕事をしたり……。
急がない生き方をしているように見えます。

真木テキスタイル工房を構えている事は、たやすい事ではないと思うのですが、お目にかかる真木千秋さんは、いつもゆったりとにこやかに、そして美しく見えます。この「美しく」という言葉の中には、あらゆる意味を込めてあえてそう感じるのです。漂う雰囲気はとても自然体です。気負わず、素晴らしいお仕事をなさっています。

彼女のそばでお仕事を支えていらっしゃるスタッフの方々のお気持ちも真木さんの世界そのものです。
私の言葉でお伝え出来るかどうか……。今後、常設する事によって、間近で手に触れながら手織の布の仕事をお伝えする努力をしたいと思っています。

年末に向かって、どうぞお風邪などに気をつけて、よいお正月をお迎えくださいませ。



2009.11.18

空気が静かでとても澄み切った季節です。
各地は紅葉を見に出かける人々であふれていることだと思います。

私共の裏にある小さな山ぼうしの木は、今年1月、以前の木を枯らせてしまったので植え替えてもらったのですが、根がつきませんでした。この2週間ほど前、株だちの大きな山ぼうしの木がまたやって来ました。三代目になります。

狭くて過酷な条件の中でも生き延びて根を張ってほしいと祈るような気持ちです。毎日眺めて見上げる日々はとてもいとおしく、心が穏やかになります。人間というものは、ほんのささやかなものにも喜びを得られるような気がします。
大きく天を突くように繁る、自由な空の下で育つ山ぼうしは幸せかもしれないけれど、花染の過酷な世界で、私たちを慈しんでくれる、我が山ぼうしの木も幸せであってほしいと思います。

                       

テレビやマスコミなどにあふれる日々の事件は、目を覆うばかりです。世の中、安物があふれ、大量生産、機械生産の品が覆い尽くし、人の心は落ち着きをなくしているとおもいます。

私は以前より、幼稚園児・小学生の人たちに、茶道の世界を少しでもいいから、勉学の合間に入れてほしいと折々思ってきました。物事を美しいと感じる感性は、持って生まれたもの……で、努力ではどうすることもできない……と、偉い先生方はおっしゃいます。お茶の世界も同じで、お手前の手順だけがお上手でも、感性とはまた別のもので、単に手順だけ習っている人たちも数多くいることも事実です。

でも、あの一歩入った空間は、日本文化の結集です。その中から、数限りなく多くの美を学び取ることはできると思います。
まず、日本文化の素晴らしさを知ることから始まって、他国の文化に入ってほしいと……。自国の文化を大切にしない国民に世界は見えてこないと思うのですが……。

私共のお客様で、その方の先生とご一緒に、私立小学校・中学校へお茶を教えにいらしている方がいます。
「とても新鮮で、子供たちが目を輝かせ、興味をもち、嬉々として吸収してくれるので、自分もとても楽しくて生きがいがある」というようなことをおっしゃっていました。

日本の文化は型の文化という一面もあるけれど、洗練された型は、本当に美しいと思うのです。「女性の品格」の本にもこの型について書いてあったように思います。
私も十分にできている訳ではないのですが、まずそこから目を見開いてほしいです。日本中に五感で感じ取れる素晴らしい物がいっぱいあります。

きっとゆとりや優しさを持てば、見えなかったことや物が一気に目に心に入ってくるのではないかと思います。
日本の大衆文化は、大人社会ではないようです。幼稚なのではないかと思います。「かわいい……」があふれ、各地の観光地ではとんでもない物であふれています。似て非なるもの……。

素晴らしい日本の景色が、文化が、まるでお土産物の材料として利用されてしまっています。まやかしの目先の競争へ突き進んでいるのでしょうか。心の風格と意地を守って進化をしていただきたいです。

11/23(月・祝)~11/28(土)まで河井先生の展示会です。先生の作品は若々しく、私たちが元気を頂ける健康な美しさがあります。
お作りになる形、自然に手に感じる器の厚み、そして色。どれをとっても日常の使用感の良さに通じています。
今回の作品の中の45センチほどの大皿のすこやかでダイナミックな美しさは、きっと目を見張っていただけると思います。
是非お出かけくださいませ。

12月は、うるしの器の展示会を致します。お正月の物も集めて…。浄法寺塗・山中塗です。
浄法寺塗は、私共では20年余り前からのお付き合いになります。最近、雑誌などで取り上げられることが多くなり、ご遠方からのお問い合わせが多くなりました。
本当にこの浄法寺塗に出会わせていただいたことに感謝の気持ちでいっぱいです。何もかも偶然と必然の導きの賜物です。

お正月に向けて干支も出来上がりました。古布で作ります。花染のオリジナルです。

                   

お忙しい中とは思いますが、ゆったりした時間をお過ごしにいらしてくださいませ。


2009.9.25

秋の気配を感じ、赤とんぼが澄んだ空気の中を飛んでいたかと思ったのに、また、夏が戻ったように日中は暑い毎日です。
でも、確実に季節が変わっています。いつもお客様からお庭に咲いた花を頂くのですが、一昨日頂いた水引草とほととぎすの花は、生き生きと秋を告げています。

          朝鮮唐津の花入れ


島本町は小さな町なので、お花屋さんはあるのですが、お茶花のような花を売っている店がなく、お客様が丹精込めて作られた花を折々頂くのは、私共にとっては本当にありがたいです。
こんなささやかな幸せは何にも変えがたく嬉しさで胸が満たされます。

政治の世界も急激に変革し、これを機会に何が必要で何が不必要かを選び直すことが出来れば良いなぁと思っています。

先日、朝日新聞土曜版(9/5)に聖路加国際病院理事長の日野原重明先生のお書きの文章に心を留めました。

環境」・・・地球の温暖化や公害と、もう一つ、自分がどんな人間と付き合い、どんな食べ物を食べ、どんな運動をするか…私達の日常生活を取り巻く環境は自分で選び、自分で作ることができる。世界的な経済破綻にさらされた状況でも、自覚をもって暮らしていけば、社会の中で確かなものを見失わないで生きていける…等でした。
心身の生活の基礎を作る人間的、社会的環境がその人の形成に大きく左右している。
特に、友人や家族などの人間関係は生活習慣を大きく左右し、またこの人間関係こそが私達のもっとも身近な「環境」を形作る要素である…。と。


長く生きてきた中で自分が選び取ってきたものに、そんなに自信があるわけではないけれど、まったくと言っていい程、アナログな人間であることに、最近は開き直っています。

普通の生活をする中で、余りある、あふれる情報の中で、時々、自分に必要なもの、学びたいものを選択する。あとは自分の足で手で目で、そして五感で手に入れ、自分らしい生活環境を手に入れる。
安物であふれた暮らしをするのか、気に入った少しのものの中で暮らすのか。
街で見かける行列。人に左右され、同じ物を食べたり買ったりするために並んでいる光景は、なんともこの豊かな時代に滑稽に見える。(物のない時代ならともかく…)

豊かな人間関係を構築し、バランスの良い食習慣を身に付け、実践し、昔から人間が営んできた基本的な確かなものを見失わないで生きていこうと…自覚することだと思うのですが…。

昨夕も店のシャッターを閉め、家路までの12、3分(ずっと歩いています)、見上げると下弦の三日月が澄み切った空気の中で私と歩調を合わせて付いてきます。そばの草むらからは虫の鳴き声、わずかな時間にも季節と安らぎを感じることができます。

日本人はもともと少し控えめで風流を愛し、侘びさびの微妙な物の本質のわかる民族であったと思うのですが、物があふれ、豊かな生活を手に入れると共に、すっかり目を血眼にしてバタバタ走り回る国民になってしまっています。
どんな時代もうろたえないで、明日からの暮らしを見直してみたいと思います。


2009.4.25

暖かくなり始めた2月末頃から、今春は関東の作家の人々を訪ねる旅をしよう……と決めていました。佐藤けい氏の穴窯の窯出しが4月26日(日)と、早い時期に連絡を受けていたこともありました。

3月・4月初めは桜に思いを募らせ、島本町は町長・町議会議員の選挙があり、人口3万人の小さな町は上に下にひっくり返ります。

そして、桜も散る頃、やっと計画を具体的に進め、4月25日(土)出発、真木千秋さんのスタジオからスタートです。天気予報は一日中、大雨、大風、雷、今年一番の雨量とのことに心配しました。雨と風の中、東京からあきるの市の工房まで1時間半。都心を離れ車窓はみるみる新緑あふれる景色へと変わりました。

昼頃、真木テキスタイルスタジオに到着です。久しぶりの再会に募る話もたくさんありましたが、拝見したりお聞きしたりすることも山ほど控えていましたので、早速仕事の話です。

                  

上の写真は200年くらい前に建てられた養蚕業の家に出会い、住む人のいなかった家を改修して工房として再生させたのだそうです。
そのそばに展示スペースとカフェがあります。元にあった自然を壊さないですべて共存しています。天をつく欅の大木、栗の木、そばには鬱蒼とした竹林。全部ひっくるめて真木テキスタイルスタジオです。

仕事の話は順調に進み、カフェでインドカレーとチャイを注文し、作品の中から今すぐ着てみたいベストとストールを求めさせていただきました。

                  
           タッサーシルクで軽く織られたもの        タッサーシルクを太い糸、
                                       細い糸を組み合わせてストールにしたもの


6月にこの旅で手にした作品をすべてひっくるめて展示会を致します。その後、真木さんの作品を花染に常設させていただく私の希望が嬉しくも実現することになりました。

大雨の中数時間の滞在でしたが、真木千秋さん、大村さん、スタッフの方々に本当に温かく迎えていただきましたことに心より感謝申しております。
もっと詳細は「作家への旅」のページに書かせていただきました。


真木さんの工房を慌しく立ち、もう一度東京へ帰り、今度は長野新幹線で軽井沢の一つ手前、安中榛名駅まで。佐藤けいさんの工房まで一直線です。
雨も思ったほどでなく、ひと安心です。かなり山の中へ入るので、雨風は大敵です。山の中の温泉を私の常宿にしています。ここのお湯に入るのも大きな楽しみの一つです。
大自然と共に新緑の中に桜の花が満開の季節でした。山吹の花が至る所に花咲き、それはそれは別天地です。

            

翌日、4月26日(日)は窯出しです。そこからは仕事が待っています。続きは「作家への旅」へ……。

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山の中の温泉の温泉場に2泊してまた東京に戻ります。

4月27日(月)は東京青山のキリムの仕入です。

私共では主にキリムはイランとアフガニスタンのものを多く扱ってきましたが、最近になってトルコのものを入れたくて、業者の方にお話をしてあったのです。東京の雑沓はさすがです。地下鉄に乗り継いで地上に上がると「アァ……、東京の空気ダ……」そんな心地さえする青山の風景です。

神宮前、青山、表参道、いつも東京へ来るとおのぼりさんをするのが楽しみです。
業者の方が待ってくれるキリムの部屋でトルコのものに絞り込んでセレクトしました。選ぶのは直感ですので素早くて早いのが私の身上です。とても素晴らしい、私の期待を超える品が本当に手頃な値段で手に入りました。想定よりはるかに多い枚数を頂くことになりました。

ふと側を見ると、ギャベがうず高く積まれているのに気がつき、思わずテンションを上げてしまいましたが、今回はギャベは見送り、どうしても手放せない赤いギャベを数点手に入れました。とても品質が良く安かったからです。置いて帰るにはちょっと残念すぎたから……。

ゆっくりお茶を頂き、「どんな形でお客様にご案内状をお出ししようか」と想いを巡らすひと時でした。

展示会として、関東の旅の作品として、ご案内しようと思っています。

6月末に花染の2階にご用意できますよう、企画・準備をします。いろいろ想像してワクワクしています。とても素敵な作品ばかりを選ばせていただいたつもりですので、私も全て箱が解かれ展示会をする日を楽しみにしています。

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4月28日(火)午前 「熊谷守一美術館」東京都豊島区千早

念願だった「熊谷守一美術館」へ朝一番に飛び込みました。仙人のように生きたとても興味深い人です。
熊谷守一の線の美しさに心惹かれ、いつの頃からか究極の線ではないか……と勝手に思うようになり、事あるごとに彼の作品を見てきました。やはり彼の美術館へ行きたい……と思っていたけれど、瞬く間に数年が過ぎ、この度やっとこの地に立つことができました。

守一氏が45年間住んだ豊島区千早の住居跡に、1985年次女の榧氏が私設美術館として作ったものを、2007年豊島区に寄贈開館したものです。

                   

1880年、岐阜の初代市長だった生糸商の三男として付知村に生まれ、中学3年(旧制)で上京。たとえ乞食になっても絵描きになろうと絵を志す。

1990年、東京美術学校(現・東京芸術大学)に入学。
極貧の生活の中で、子供たちの健康のためにこの地に住まいを構える。後に次女の榧氏の話「守一は豊かなる子供時代を過ごしたので、貧しさは平気だったようだが、自分たち子供は貧しさがいやだった……」と。家は傾き、雨漏りのする生活だったそうです。

1950年頃、戦後、彼の作品に注目が集まり始めると、もう歳だからうるさいことは御免被りたいと、公募展から手を引き、写生旅行にも出かけることもなく、ほとんど家にいて庭に寝転んで蟻を眺めるという生活になる。

1967年 「これ以上、人が来るようになると困る」と文化勲章を辞退する。
1972年 「お国のためには何もしていないから」と勲章を断る。
1977年 97歳でこの地で息を引き取る。最後の1ヶ月前まで絵筆をとっていた。

作品の特徴
4号Fという小品が多いこと。
小さな画面だけど、赤鉛筆などでしっかりと輪郭を描き囲まれた画面を原色に近い色で平塗りをしていること。
戦前、1940年頃からこの兆しが見え始め、独特なスタイルの油彩になる。
絶筆のアゲ羽蝶まで変わらなかった。

                
             1959年作 「白猫」油彩4号F          1976年作 「アゲ羽蝶」油彩4号F

彼の作品の中でも「白猫」は大好きな作品のひとつですが、山の稜線を描いた作品…、数々の作品の線の美しさ、単純な色彩は全てを超越し、ここに至った人となりの精神の奥を見る思いがします。どうすれば、どう生きれば、その境地に至るのか……。何か指針を我々に感じ取らせてくれることを願ってやまないのです。


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いよいよ今回の大きな目的の一つである国立博物館「国宝阿修羅展」です。上野の森は東京へ来るとよく訪れるので何度となく来ていますが、この度の「阿修羅像」は至近距離で360度手にとる位置でガラスケースもなく拝見できることの喜びです。
710年の平城遷都に伴い藤原鎌足の子・不比等が興福寺を創建し、その際、工事の無事と建物の安泰を願って、金・銀・真珠・水晶などで作られた無数の工芸品が地中に埋められました。

プロローグは、発掘されたこれらの中金堂鎮壇具を見ることができ、1300年前の創建の頃へといざなってくれます。
それに加え、伝存の全14体八部衆(阿修羅を含む)、十大弟子像(現存は6身區)が一挙勢揃いしています。どの像も皆、複雑な心の内を静かにリアルに表現しています。人の心を映し出す像に、現代の人々は魅了されるのかもしれません。

いよいよ最後のステージは「阿修羅像」です。哀しみ、優しさ、悔悟、そして自分の心の中をじっと見つめている表情は、それでもしっかりとした眼差しをしています。

                        

ほど良いライトで浮かび上がる像は360度の位置で対峙できる嬉しさです。照明のもつ力にも、私は一層の感動を受けました。
角度を変えて見る3つの顔は微妙に異なっています。まゆを寄せ、憂いを浮かべる像は、目は仏や菩薩のように切れ長ではなく、人間に近いものです。八頭身の体はすらりと華奢で、6本の細く長い腕が空間に広がる姿は、この世のものでなく実に美しいのです。

美しく照らされた金の装飾品は、1300年の時を経ても尚輝き、私たちを虜にします。
後方、斜め後ろから見るお顔(向かって右側)に私は一層感動を受けました。ちょっと伏し目がちの美しい面差しに心が揺らめきます。
私がもう一つ気持ちに刻まれたことがありました。阿修羅像はもともとインド神話に出てくる戦いの神であり、闘争を好んだ……と。お釈迦様に帰依し、仏教は守護神として取り込んだということ。

右の顔(正面から向かって左側)は唇をかんでいます。争いを繰り返してきた阿修羅が心の中に昔の過ちが湧き上がるのをこらえている顔つきだ……ということです。私たちに深い想いを刻むことと思います。

いつまでもこの感動に酔っていたいと……。そして、しばらくこの美しい世界から抜け出せない自分を感じています。


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4月29日(水・祝)

最後の東京です。
これもずっと念願だった六本木の「国立新美術館」です。

黒川紀章氏の設計の真髄を拝見したかったのです。彼の仕事・発想は大好きだったし、いつも「建築家ってすごいな……」と思っていたし……。世の中にすごい人たちはいっぱいいるのですが、科学も医学も宇宙も、もう一つわからないけれど、建築物は工芸の、またアートの最たるもののような気がするし、平面の設計図から立体の広大な作品が出来上がることの不思議を、いつも尊敬していました。(単純に私の物作りへの憧れですが……)

いにしえの仏閣も建造物もすごいし、現代建築もすごいし、古いものと新しいものの狭間で……。結局、すごいものはすごい……! 訳のわからない好意です。

日比谷線六本木駅に着いた頃から、期待で足はスキップ状態です。目の前にそびえ立つ建築物を見て、人目をはばからず叫びました。「すごーい!なんて美しい!!」この一言に尽きます。しばらくの時間、私の行動は常軌を逸していたと思います。黒川氏の仕事に私の血が煮えたぎるようでした。

                   

こんな作品を残して早すぎる死を迎えた彼の想いがあふれていました。館内の細部に至るまで……。例えば、展示室の構成、空中にあるかのようなカフェやレストラン。私のテンションが高じて、今落ち着いて考えてみると、もっともっと建物の細部をしっかり見て構造をしつこく見せていただくべきだったと後悔しています。

                
        このガラスの構造の積み重ね          六本木ヒルズの展望室から見た美術館


     

                           入口を入って下から見上げる空間

これは阿修羅像と違って、いつでもまた訪れることができるので、再び出会える時は、今度はゆっくりと気持ちを沈めて訪ねたいと思います。
そして、この偉大なアートは後世の人々に確実にエネルギーを与え続けることと確信致します。


                   - - - - - - - - - - - -


この関東の5日間の旅で、私に蓄積されたエネルギーは、またフツフツと体のカロリーとなり、熱く語ることのできる仕事を支えてくれると思っています。素晴らしい物、人たちに出会わせていただいた旅でした。
森羅万象、すべてに心より感謝しています。


2009.3.11

いよいよ春到来です。方々で枝についた芽が少し膨らんだかな…と思うと、早く暖かくなってほしいと思います。
島本町に昨年3月JRの駅が開通しました。この町はとても空気が穏やかで、西の山から自然の風の吹き抜ける風景も人の営みも田舎の人情を残した愛すべき土地です。

駅ができて、とても便利になりましたし、私共のご遠方のお客様も「近くなりました」とおっしゃってくださいます。JR島本駅より山側は、全く風景の違う田園で、春にはレンゲの花、山には竹の子、田植えされた早苗の緑が水をたたえて私の大好きな景色です。

秋にはコスモスが揺れ、自然が手に取るように暮らしの中にあります。しかし、昨年秋のコスモスは咲きが悪かったとのことでした。JR駅のプラットホームの灯り、それに続く道路の灯り、それらが夜中の間あることで、コスモスの苗木は眠れなかったのだと思います。こうしてわずかずつ自然が壊されていきます。

私の店の裏の小さな庭に山ぼうしの木がありました。春になると美しい緑の葉と共にいつも元気をもらっていましたが、一昨年枯らせてしまいました。しばらくそのままにしておいたのですが、今年1月新しい山ぼうしの木を植えました。まだ小さな苗木ですが、新芽が出てくれるのを心待ちにしています。

               

椿のつぼみも今年は8つほどつけてくれました。日当たりが悪いのでとてもかわいそうですが、懸命にお日様に向かって育ってくれます。よそのお家の椿はもう早く咲いたことと思いますが、私の小さな庭のものは全部遅いのです。シダ、葵、いろいろな植物が元気に芽を出しています。私にとってはとても癒される空間です。

3月19日(木)~3月25日(水)
22日(日)は休み
山ぶどうとあけびのかごの展示会です。

山ぶどうの手さげ籠のすごさを知っていただければ嬉しいと思います。
私が20年余り使って風格と艶が出てみごとな美しさになった手さげ籠を持って来ておきます。どうぞお出かけくださいませ。


2009.1.23

私のお正月は毎年京都東山・六波羅蜜寺へ初詣に行くことから始まります。稲穂を頂き、好みのめでたグッズをそれにつけてもらい、持ち帰って1年間、家の玄関のドアの内側の見上げる場所に取り付け、毎朝靴を履きながら手を合わせ、今日の無事を願い、心穏やかに過ごせますように…と。

                       

でも、人間は欲が深いものだなぁと思うのは、昨年のグッズは金の俵に鈴。今年は箕の中に小判、打ち出の小槌などをかき入れたもの。時々笑ってしまいます。

お正月休みはあっという間です。休みの最終日は、店の新年の準備、モードに切り替え花を飾り、初日に備えます。また、皆様と笑顔でお目にかかれますよう清く整えます。

でも、すでに今日は1月後半です。18日は舩木先生の工房へ2月の展示会の作品をいただきにお伺いしました。先生の工房もお弟子さんが一人入れ替わり、新しい空気で満ちていました。先生と若いお弟子さんたちと私とみんな同じ方向を見ながら、楽しく工芸論を話したり、仕事の話をしたりすることは、本当に和やかで皆が豊かになっていくような気がします。

先生のお父様や柳宗悦、濱田庄司、河井寛次郎、バーナード・リーチとの関わりなど、聞いても聞いても話は尽きず、先人たちが過ごした良き時代、熱き想いは私をその時代に生きたかのような錯覚を起こさせます。

しかし、これからの時代、、若い弟子たちは手仕事を通して成長していくことは厳しく、辛抱のいることです。
昨年夏、この二人のお弟子さんたちが突然、花染に遊びにいらしてくださいました。ご遠方をわざわざ…。本当に嬉しいです。

私とは30歳ほどの年齢の開きがあると思うのですが、同じように夢や想いを抱えています。温かく励まし、将来希望がもてるよう、そして、共に歩むことができれば嬉しいです。大きな豊かな心の持ち主になってほしいと思います。作品はその人となりです。私も目標を失わない仕事でありたいと願い、初心を持ち続けることができるよう、まっすぐに先生を見ていたいと思っています。

舩木先生の吹きガラスの展示会は、2月21日(土)~2月26日(木)までです。変則的に土曜日から出発です。お仕事を持っている女性の方々へも配慮できればと思っています。日曜日の22日の定休日は休みません。先生の作品に出会った29年前の若々しい、そして初々しい気持ちで私も展示会を頑張って乗り切りたいと思います。ぜひお出かけ下さい。


2008.11.19

本格的な紅葉の季節です。
島本町は桜の木の多い町ですので、町のいたるところで紅葉が見られます。JR島本駅の新駅ができましたが、まだまだ山側は田園です。
最近まで田にコスモスが咲き、ゆのどかに揺れていました。
山はどちらかというと竹の子の山が多いのですが、それでも島本から山崎にかけての山々は美しく、小さな町だけに季節すべてを手にとるように感じることができます。
もう今年も残り一ヶ月余りになり、気持ちはすっかり慌てています。
私どもオリジナルの古布の干支も好調にお求めいただいています。

                   

12月23日(火・祝日)、24日(水)、25日(木)の三日間、柴田雅章氏の作品を展示します。彼の作品でお茶を頂いたり、お話をしたりする会をしようと思います。とても素敵な作品がたくさん揃いました。年末のあわただしい中でちょっとだけ休憩のつもりでお立ち寄りくださいませ。

                       

最近、スリップウェアが世間で取り上げられることが多く、若い人々の中でアクセスしてくださる方が増えています。若い陶芸家の中にもスリップウェアを試みる人たちが多くなってきているように思います。その中でまた柴田雅章氏の作品に近づく人も出現してくるかもしれません。

今年一年も私共の企画展にいらしていただけましたことはありがたく、深くお礼申し上げます。十分なことはできませんでしたし、行き届かないことも多かったと思うのですが、来年もまたいろいろ企画をしてまいります。どうぞお出かけくださいませ。



2008.10.17

夏の間、すっかり展示会を休ませて頂きました。ご遠方のお客様からは「毎月の案内状が届かないので心配して…」とお電話を頂いたりしました。ありがとうございました。

何か深い意味がある訳ではないのですが、無性に本がいっぱい読みたくなったのです。
春頃、ちまたで「蟹工船」がまた読まれていることを知り、「確か自分の本箱に昔のいにしえの文庫があったはず…」と探しました。10数年前、たくさんの本を処分し、純文学に近いものだけ残したつもりでした。

ありました。黄色くなった薄い文庫が見つかりました。開いてみると、文字は小さく、読みづらい文脈でした。40数年前のものです。薄い本に「蟹工船」と「党生活者」が入っていました。それに足を踏み込んだのが病の始まりです。かなりマイナーな気持ちに陥り、なんだか考え込んでしまったのです。

若い頃に読んで入り込み、もう一度是非読みたい…という本がどなたもあると思うのですが、そこに入ってしまいました。次から次と若き日に落ち入った本を読まないではいられなくなってしまったのです。読めば読むほど気持ちはマイナーになっていきました。

数十年を経て、見えてくること、また見えなかったこと、悲しみ、悩み、楽しさ、喜び、非常に複雑な心境です。
もう二度と読めないかもしれないと思った本を、紐解いたことは嬉しくもあったと思うのですが…。そろそろ切り上げて立ち上がろうと…最後は姜尚中「在日」と「悩む力」で締めました。
この時期、私達日本人にとっても、とても必要な姜氏の2冊でした。お客様との中でまわし読みをして、認識を共有することができました。
また、忙しく立ち働きます。

10月27日(月)から前野直史作陶展、11月はキリム展、そして12月は加藤貴美江さんの布の作品の展示会です。加藤貴美江さんは、山口・宇部市の女性です。私のこのマイナーな気持ちを一気に吹き飛ばしてくださる、とてもエネルギーに満ちた方です。あまりすごい女性は、ちょっと苦手なのですが、加藤さんはとてもチャーミングな面をお持ちの方です。私の弱い部分を満面の笑顔で力づけてくれる方です。

東京の杉野ドレスメーキングを卒業後、デザイナーをなさっていて、和布に出会い、のめり込んでいったようです。
彼女の勤勉とエネルギーは、とても素晴らしい作品を次々と生んでいきました。25年間、ひたすら朝となく夜となく、作品を作ることに没頭したそうです。

12月は彼女の魅力と作品の魅力に出会いに、是非お出かけください。


2008.2.14

花染は2008年3月1日、25周年を迎えることができました。本当に心より感謝の気持ちでいっぱいです。

たくさんの山坂がありましたが、若い頃の楽しくてキラキラしていた頃、そして少しずつ重ねてきた仕事の中から見えてきたもの。優しい作品と豊かな心をお届けできますことをひたすら願っていました。
作家の先生方に支えられ、お客様に支えられ、私はあくまで脇役でありたいと心得ていたいといつも自分に言い聞かせています。
私が頑張れば花染が生き生きしてくれることを願っています。

私が・・・。というのとは少し違っている自分を最近、特にこの数年痛切に感じるようになりました。より美しく作品が使われることをありがたいと思い、すばらしい作品とすばらしいお客様に深くお礼申し上げます。

今後とも末永く花染をよろしくお願いいたします。


          
2008.2.14
         染色家「柚木沙弥郎 染の仕事」展が大山崎山荘美術館で始まります。


                       2008年2月20日(水)~5月11日(日)

                          

私が柚木沙弥郎(ゆのきさみろう)氏を知ることになったのは、陶芸家・柴田雅章氏のお宅でした。随分以前になりますが、不覚にも私は柚木氏を存じ上げなかったのです。

柴田さんから開いて見せて頂いた作品集の本の中は、生命力にあふれる豊かな配色、デザインに満ちていました。伸びやかで自由な染色に目を奪われ、私の中で染色の革新が起きました。
その後、国展(関西展)などで、柚木氏の作品にどんどん惹かれていったのです。

柚木沙弥郎氏は大正11年(1922)生まれ。東大文学部・美学へ進み、後に倉敷大原美術館に勤務。民藝と出会い、芹沢銈介氏を師として染色の道を歩き始めます。
女子美術大学教授。1980~1991年まで学長を務められた方でもあります。私の今手元にある本には、後年のもうひとつの世界の絵本、板絵などの作品が載っています。

日本の染色界を代表する作家として活躍される一方、色彩の美しい自由な発想の絵本をたくさん出版しています。彼の絵本を本屋さんで探してほしいです。まだまだ私も入門したばかりですので、これから多くの作品に出会いたいと思っています。

大山崎山荘美術館の空間が生き生きと鮮やかな色に染まるであろう写真をここに追加したいと思っています。初めて出会ったときの新鮮な嬉しさを求めて多くの作品を訪ねたいと思っています。



2006.12.1

時間の許す限り、仕事に追われながら、いろいろな所に出かけて行きます。365日に近く仕事を兼ね、頭の中は絶えずここから離れることはないのが現状ですが、本当にとてつもない感動に出会うことも多いのです。

今日、あまり詳しくないままに、少し書いてみたいことがあります。

先日、2006.11.18(土)、京都造形芸術大学・芸術劇場・春秋座で「田中泯・独舞・造形脱落」の舞台があり、少し早めに店を閉め、心を躍らせ出かけました。

以前とは言っても随分前、テレビで田中泯の世界が放映されたのを拝見し、強く気持ちに残ってしまいました。映画『たそがれ清兵衛』の作品とどちらが早かったか記憶がないのですが、刺客の目とただならぬ存在感は暗い映像の中で凄まじい生き様のような気がしました。

それから数年、昨年、京都の知り合いから田中泯氏の作った米を頂き、食する機会を得ました。彼のことは山梨県でお住まいであること等、多少のことしか存じ上げないので、語る資格はありませんが、2006年10月、その知り合いに「田中泯氏は関西では公演はしないのですか?」と尋ねると、たまたま11月18日に……ということで、本当に幸運でした。感想は舞台をご覧いただく事しかないと思うのですが、観客は1時間半誰も身じろぎ一つしませんでした。

これに関しては、これから少しずつ追っていきたいと思います。感じたことを追加していく予定です。



大山崎山荘美術館
 京都府・乙訓郡大山崎町

大山崎山荘は、関西の実業家・加賀正太郎(1888~1954)によって、大正の初期~昭和の初期に建てられました。その後、加賀家の手を離れ、荒廃していたものに手を加え、建築された当時に近い状態で修復されました。
それと同時に半地中に安藤忠雄の設計になるモネの睡蓮のある美術館を開館しました。
山荘の内部はアサヒビール初代社長・山本為三郎(1893~1966)が収集したコレクションを展示しています。
柳宗悦の「民藝運動」を後援し、その運動に参画した河井寛次郎、浜田庄司、バーナード・リーチ、芹沢銈介、黒田辰秋などの工芸作家の作品が多く集められました。

 山荘の風景
   

紅葉の道を登ると、山間にすっかり周りと同化してしまったようなトンネルに出会います。(トンネル―有形文化財)
そこからの世界は私達を自然に溶け込ませてくれる何とも清々しい空気が漂っています。
自然と一体化した、作った庭だということは全く感じさせない自然にあるがごとくの風情が存在するのです。四季折々素晴らしく広がる空間があります。
私の店からは3キロ程度の距離にあるこの場所で、2006年5月~8月、<舩木倭帆ガラスの器展>が開催されました。

                  

4ヶ月間、本当に幸せな気分に浸ることができました。ガラスケースに閉じ込められてはいるものの、ライトを浴びた作品は、美しく、皆の心をとりこにしたことと思います。私共のお客様も大勢の人々が拝見させていただき、感動をお互い共有できたことは、本当に幸運でした。

      


日本のスリップウェア展 開催中
   2006年9月9日~12月10日
   千里万博公園内 大阪日本民芸館

英国スリップウェアー(18~19世紀)から、富本憲吉/バーナード・リーチ/河井寛次郎/濱田庄司/舩木道忠/武内晴二郎/舩木研児/柴田雅章/藤井佐和/エドワード・ヒューズ

柳宗悦ら民芸運動の先駆者たちによって見出され、その伝統を新しい時代の仕事として日本の地にその可能性を発展させてきた個人作家たちの作品です。

        

楽しみにしていた展示会でしたので、なるべく早い時期にと思い、10月9日(月)拝見いたしました。すっかり感動し、長い時間を過ごさせていただきました。いつまでもどっぷりつかっていたい空間です。


桃山の名碗と加藤唐九郎・樂吉左衛門展
    2006.9.2~11 そごう心斎橋本店ギャラリー

桃山の名碗に我を忘れ、心は高ぶり、テンションがすっかり上がってしまった数時間でした。

高麗茶碗
  桃山時代に朝鮮半島から来た茶碗を高麗茶碗とよびます。
  茶人によって井戸・熊川(こもがい)・斗々屋(ととや)・蕎麦・呉器(ごき)など、
  細かに分類されました。

唐物茶碗
  唐物とは中国から到来した高級美術工芸品の呼称です。宋王朝時代の完成された美意識を
  反映しています。

室町から江戸時代へのわずかな数十年の「桃山時代」は市場が活性化したエネルギーに満ちた時代でしたこの時代を象徴するように日本の焼き物、唐津、志野、瀬戸黒、織部といった国焼が誕生しました。

志野・織部菊文・瀬戸黒・奥高麗・絵唐津・黄瀬戸・紅志野・織部車文沓・信楽・萩といった素晴らしい碗の展示でした。中でも織部菊文の姿の良さ、愛らしさに感動し、自然な姿の絵唐津のなにげなさに心が高鳴り、その場を立ち去りがたく思いを残しました。

光悦・樂歴代 初代長次郎、二代常慶、三代道入、四代一入、五代宗入、六代左入の名碗。

「桃山茶碗を受け継ぐ現代陶芸の巨人」
  加藤唐九郎と樂吉左衛門

「かまぐれ往来」加藤唐九郎の豪快・痛快な自伝書を、書棚から引っ張り出して、再び読んでいます。
1984年発行。


富本憲吉展 2006.8.10~9.10

京都国立近代美術館で生誕120年展が開かれました。20年程前、彼の生家のある奈良の記念館に行ったことがあります。広大な地主であった名残を残す佇まいでした。

東京美術学校で図案を学び、その後、作陶、色絵磁器の研究制作を行い、晩年、色絵金銀彩の世界を展開し、1955年第1回重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。

1961年には文化勲章を受章しています。「模様から模様を造らず」という有名な彼の言葉どおり、独自の形と模様を追求した、作品、スケッチ、絵手紙といった多彩な約200点に及ぶ全容をゆっくりと、また真剣に拝見して参りました。


2005.7.15

店が終わって、慌てて支度をし、京都の祗園祭の宵々山に行きました。毎年この頃、長刀鉾の「ちまき」を買いに出かけます。

「ちまき」は食べるちまきとは違い、厄除け、災難除けのお守りとして持ち帰り、翌年の祗園祭まで家の門口につるし、厄を逃れます。各山鉾町でも、それぞれちまきを売っていますし、それぞれ御利益は違うのだそうです。

山鉾の巡行は「くじ取り式」で順番が決まります。しかし、古来くじ取らずで巡行の先頭を務めるのが長刀鉾(なぎなたぼこ)です。山鉾中、唯一、生稚児(いきちご)が乗り込み、四条麩屋町に張られたしめ縄を太刀で切り、巡行の幕を切って落とします。

7月に入ると、京都の町は「コンコンチキチン・コンチキチン」と祗園囃子の音色があちこちで聞こえ始め、お祭り気分が盛り上がります。

宵々々山くらいから、この界隈は歩行者のみとなり、各通りには夜店が連なり、鉾には提灯に火が入り、何度行っても飽きません。古い商家などは家々のお宝を飾って公開致します。

7月17日が「山鉾巡行」。午前9時から本番です。今年は16日(土)が宵山、17日(日)巡行、18日(祝日)と三連休でしたので、観光客も多かったと思います。発表によると、人出は宵々山36万人、宵山52万人とのことでした。

    


2005.7.24

京都八坂下にある、「くず切り」鍵善に行くことは、夏の私の楽しみです。数十年前、私が22、3歳頃、親しい人に連れて行って頂いたのが初めてでした。

昔の鍵善は、京都の古い佇まいの商家でした。一階を入ると左手に黒田辰秋先生の栃の二間箪笥があり、美しいお菓子が売られていました。木の階段を上ると、「くず切り」や抹茶・和菓子を頂ける席があります。そこにも黒田辰秋氏の飾り棚があり、河井寛次郎の作品が惜しげもなく陳列してあるのです。

席に座ると小さなメニューの冊子があり、水上勉氏がくず切りの思い出を言葉少なに美しい文章で書いてありました。水上氏はあまりの美味しさにいつもおかわりをする・・・。なんとも微笑ましく絶賛してあるのです。

その大好きな古い店が十年ほど前だったか、建て替えをする・・・と。一瞬「エッ、どうなるの・・・」という具合でした。京都の町も次々と変わり、学生時代を京都で過ごし、今も生活圏はすべて京都である私にとっては嘆かわしく思っていました。私共の店の木工家具などを作って頂いている作家の細江さんと「あの家具はどうなるの・・・」今風のビルの店になって、納戸にでも入れられてしまうのかなぁ・・・。

数年して建て替わった店は、予想に反してとても素晴らしい店舗に生まれ変わりました。古い店に愛着はあるけれど、それはそれ・・・と思える、まさしく本物のたたずまいでした。

店ののれんをくぐると、左手と右手に黒田辰秋の箪笥と飾り棚があり、やはり寛次郎は健在でした。お客様席、お庭、その奥の和室、どれをとっても本物を知っている人のものでした。

壁には本物の絵画、初期は須田剋太が多かったと思います。一番奥に舞妓さんの絵があります。石本正氏の作品です。話は飛びますが、石本正氏の女性は見惚れるほど、みずみずしく美しいのです。数年前、氏の個展で出会いました。数多くの裸婦をお描きになっていると思うのですが、美しく清くなまめかしくあんないい裸婦画にはあまり出会えません。

ちょうどサイン会があるとのことで、先生のお姿を拝見することができました。80歳前後の素晴らしく美しい先生でした。
そのときの光景は今も忘れません。

話は戻り、「くず切り」はとにかく絶品です。葛は吉野、お客様の顔を見てから作るというしなやかな舌触り、黒蜜も後に残らない品の良い甘さです。竹筒に入った水羊羹も夏の味覚です。水琴窟の「カーン・キーン」というCDの音の流れる店でゆったりと過ごさせていただきました。

鍵善の写真を撮るのを忘れましたので、そのうちまたサイトに入れておきます。