2017年12月以前の 日常つれづれに


 2020年(令和2)11月4日

朝になれば日は昇り、夕になれば日は沈む。自然は何も変わっていないのです。
朝日が昇る前の山際の美しさ・・・赤い夕日が西の山に沈む美しさを見るたび、何と私達の暮らしは変わってしまったのだろう・・・と思わざるをえません。
日々のニュースに右往左往し、「お得!お得」と旅の情報を流し、食べ物屋さんの情報を流すのです。”Go to travel”、”Go to eat”と・・・。
何か違和感を持つのは、私だけではないと思っています。

不穏なものに群がる人間怪物の底知れぬ欲望を見てしまうのです。あまり品の良いものではありません。平常心を失って欲しくはないのです。
自身の人生にとって、負の部分こそ大切な出来事だったと思える歩き方をして欲しいと思うのですが・・・。

このところ秋晴れの日が続いています。10月最終月曜日、京都府立植物園へ秋を探しに行きました。日だまりでコスモスが風に揺れ、バラ園は、最高の見頃はちょっとばかり過ぎていましたが、まだまだ色とりどり、種類とりどり・・・迎えてくれるのです。美しいバラも名前がありすぎて、とても覚えきれませんが、写真を撮りながら、降り注ぐ日差しを堪能しました。

     

その中で、大勢の人たちが、コスモスやバラの花の花殻を一ツ一ツ摘み取っているのです。従業員の人もいるかもしれませんが、これはきっとボランティアの人達・・・。花を慈しむ事ができる人達の真心でなされているのではないかと思ったのです。
美しい事を保つには、大きな陰の努力、労力が必要なのですね。
私達の生きる姿も同じかもしれません。一生懸命の先に夢があり、小さな積み重ねが、美しい事に実を結ぶ・・・。そんな社会であって欲しいです。

植物園の中央部分に、木々に囲まれた大きな芝生の公園があります。そこのベンチに座り、持ち込んだおにぎり、お茶、コーヒーをお昼にするのです。保育園児が、可愛い姿で走り回り、芝生の上に、それぞれが敷物を広げお昼を食べたり、はしゃいだりする姿はいかにも愛らしく、こちらも思わず笑顔になります。中には大声で泣き出す児もありますが、先生は慣れたものです。
緑の芝生、青い空、白い雲・・・。空にはとんびがお弁当を狙うがごとく上空を大きく旋回し・・・、優しい地球の営みです。

  

毎度、私達が座るベンチは、大きなエノキの木陰です。コロナ禍を全く感じさせない穏やかな日差しに包まれ、束の間、美味しい空気を味わうのです。幸せを分けてもらった1日のお土産に、園内のお花屋さんで椿の苗木を買いました。赤い侘助です。蕾をいっぱいつけています。うまくいけば今年の内に咲いてくれるかもしれません。

  

10月のある日、新聞紙上に「高田賢三さんコロナで死去」の記事が目に飛び込みました。70年代アパレル業界を牽引した旗手でした。パリでは、ハイファッションのデザイナー達と肩を並べる存在であり、日本人の誇りでもありました。丁度日本でも、東京ファッション(?)ブランドが立ち上がり、稲葉賀恵、三宅一生、山本寛斎、川久保玲など個性的な人達が台頭したのです。
「流行通信」という薄い雑誌が出版され、それまでと異なったファッションの世界が繰り広げられたのです。とても新鮮でした。ちょっと遅れて山本耀司がいたと思います。菊池武夫もいました。
40幾年前の話ですので、記憶に間違いがあるとは思うんですが・・・。高田賢三氏は、パリに暮らしながら、日本をこよなく愛たし人でもあったと思うのです。

その頃、東京へ遊びに行くと、決まって表参道を歩いたものです。稲葉賀恵さんの「ビギ」の小さな店があり・・・とても素敵な通りでした。
時を同じくして、マンションメーカーといわれるものが原宿や青山に登場し始めました。

現在の仕事についてからも、東京方面へのお仕事があると必ず表参道や原宿を歩いていました。
90年代に入ると、どんどん街は変貌して行き、近年は全く行く事はなくなってしまいました。もっぱら東京では美術館巡りをしています。
明治神宮の森へは、そのうち行きたいものだと思っています。
懐かしい・・・古い古いお話しです。

12月がすぐそこに見えてきました。11月は展示会は致しません。
12月8日火曜日から展示会をしたいと思っています。


美しきもの愛しきもの
2020・12・8〔火〕 - 12・19〔土〕
10:30-17:00  13日(日)・14日(月)休み 

  

もうすぐお正月です。人々の暮らしはすっかり変わってしまいましたが、自分の来し方、過ごし方を見つめる最良の機会になればと思っています。年を重ねる程に、心が、物が浄化出来れば、こんな嬉しい事はありません。物との付き合い方を考え直し、自分自身をもチェンジし、美しい日常へと進みたいと思います。
気がつけば、そばには、自分にとって愛しいものが存在する暮らしです。
8人の先生方の作品をご覧頂きたいと思っています。
うるしの器は例年のごとく、お揃え致しました。
長年の念願でもありました「水滴のコレクション」も展示販売致します。

 ・赤地 健  (赤絵)
 ・石飛 勝久 (白磁)
 ・稲葉 直人 (陶器)
 ・河井 久  (陶器)
 ・柴田 雅章 (陶器)
 ・淨法寺漆器(うるし)
 ・高橋 正治 (鉄)
 ・細江 義弘 (木工)
 ・村松 学 (ガラス)
            50音順 
 ・水滴のコレクションの
         展示販売


美しい日本。美しい日本の心を取り戻したいものですね。
日本の古来より慈しんで来た素晴らしい風土、そして優れた文化を発信出来るようみんなで心がけたいですね。
ヨーロッパやアメリカに慣れた日本人からチェンジしましょう。世界から憧れを持たれる国になれる事を目指したいです。

夕暮れが、随分早くなりました。仕事が終わり、帰り道、西の空を見上げると、ほんのり赤く染まる山際がとても美しいのです。「今日も無事だったナァ~」と思いをめぐらします。冷気は肌に心地良いです。
皆様も無事であってほしいと思います。どうぞくれぐれもお大切にお過ごし下さいませ。そしてお遊びにお出かけ下さいませ。

  

サボテン
器は10月の展示会のものです。
韓国・薬膳鍋Sサイズ



 2020年(令和2)10月7日

秋が日々、肌に触れ目に触れる様になりました。
このところ、世間が騒がしくなって来ました。メディアから流れる情勢は、新型コロナウィルスと共に生活をして行こうとする姿が見えて来るのですが、私は今も尚、恐る恐る生きる暮らしをしています。
あれ程、走り回っていた自分が、とても小さな存在になってしまった様な・・・、不思議な感覚に捕らわれてしまうのです。
本来ならばデパートの食品売り場に並ぶ秋の実りに五感をくすぐられ、食欲をそそられウキウキするのですが・・・何だか楽しくないのです。新米が・・・新ソバが・・・と日本の四季に感謝はしているのですが、今秋はちょっと違和感があります。
しかし、自然は等しく私達に語りかけるのです。月は冴え冴えと輝き、空気は澄み渡り、心地よい風に癒されるのです。天を仰ぎ、こんな美しい地球上に蔓延しているウィルスは何と残酷なのかと・・・。

私の店の50mくらい先に島本第一中学校があるのですが、今年は運動会の、はち切れんばかりの若々しい声も、太鼓の音も、スピーカーから流れる進行の様子も、全く聞こえる事はありませんでした。
この賑やかな秋一番、秋一声はとても元気づけてくれていました。

私はこの季節になると、子供の頃の故郷の秋祭りを思い出すのです。
秋祭りは10月10日~12日の日程でした。たくましい男性たちが神輿を担ぎ、やぐらには、6才になる男の子が綺麗なおべべを着て、白塗りのお化粧をし、やぐらの四隅に赤い帯でくくられ、掛け声とともに太鼓を勢い良く叩きます。お酒の入った男性どもが、神輿とやぐらを連動させながら町内を練り歩き、時には荒々しく走るのです。4ツ辻に来ると、激しく神輿を揺さぶり狂喜乱舞する姿は、雄々しく血が騒ぐお祭りのクライマックスです。取り囲む人々は、手拍子と掛け声ではやし立て皆が一体となり尚一層盛り上がりを見せるのです。

私達子供も、可愛いおべべを着せてもらい、お化粧を施し、この神輿とやぐらを追いかけて走るのです。血が沸き立つなんとも晴れやかなお祭りの懐かしい思い出です。そうそう5~6才の頃だったか、追っかけて走る私は、帯の飾りとして垂らす赤い房を踏み、前へ倒れ、顔面に傷を負ったことを昨日の事のように思い出しました。

  

「いつか・・・、いつか・・・」秋のお祭りの頃、故郷へ帰りたい・・・と思っているうちに父も母も、かの岸ヘ渡ってしまいました。両親の居なくなった故郷は遠くへ遠くへ薄れて行くばかりです。
思い出は、しっかり胸の内に・・・、父母への思いと共に私が抱えています。

人は生まれ、必ず死ぬのです。いろいろの事に行き詰まり辛くなる時、私は父母と共に自分の来し方を思い起こすのです。
幼かった子供の頃、母に尋ねていました。「人はいずれ死ぬと分かっているのに、どうして一生懸命生きなアカンの・・・。」と。母は「そうやねぇ~どうしてやろうねぇ~。」としか答えてくれませんでした。それは、私の一生涯のテーマでもあります。

コロナ禍の中、家族に看取られず亡くなる方、そして自死を選ぶ方。
世界中が困難の中に喘いでいるのですね。前へ進もうとする気概が薄れて来るのです。生きにくい日々ではありますが、じっと辛抱しながら先を見るしかないのです。
人様への感謝の気持ちを忘れず、前へ歩くしかないのでしょう。

ちょっと幸せ・・・に感謝しつつ。質の良いマスクをなかなか見つけられず、使い捨てのものを使う事が多かったのですが、ちょっと気に入った手仕事のマスクを見つけ購入しました。心地良く肌に優しく、少しの幸せを手に入れた気分です。でも、早くこんなものが必要でない・・・過去の話になってくれると嬉しいです。

新しい日々の為に・・・前を向き10月8日(木)から展示会を致します。

 
 多文化の布や道具たち
ギャベ・キリムを交えて・・・
2020・10・8〔木〕 - 10・17〔土〕
10:30-17:00  11日(日)・12日(月)休み 

  

陽が穏やかになり、影が長くなって来ました。美しい月の光は地上を照らし静かな秋の訪れを実感するのです。
今回の展示会は、遠い国からやってきた美しい仕事・・・実用品と言うにはあまりに美しい多文化に心を動かされ、その思いをお伝えできればと思ったのです。
写真は、南米グアテマラの衣裳です。カラフルな色使い、素朴で力強い魅力溢れるものです。
タペストリーとして壁に掛け、お部屋のインテリアとしてご使用して頂くのが一番ふさわしいかなぁ~と思っています。

アフリカ ――― クバ族の布、ロビ族のイス、トンガ族のイス、コートジボワールのイス                 ケニアのフクロウ、ホロホロ鳥・・・etc
インド  ――― 鉄キャンドルスタンド、花台、鉄くさり、こね鉢、インド綿の布・・・etc

トルコ・スペイン・中国・韓国など多国籍です。
いにしえの文化、民族の多様性、そしてそれぞれの英知が刻まれているのです。日本文化との深い関わりを感じ取って頂ければ嬉しいです。

     

★ギャベ・キリムもご用意しています。


道端のすすきが風に揺れています。天を見上げると、青い空にうろこ雲がとっても美しいのです。胸いっぱい深呼吸すると「人は何によって生かされているか・・・。」のヒントがあるかも知れません。
どうぞ幸せであって欲しいと願うばかりです。
くれぐれおお健やかにお気を付けてお過ごしになられます様・・・。そしてお目にかかれれば嬉しいと思っています。
いつもつたない文章をお読み頂きまして本当にありがとうございます。

  

    佐藤烓・灰被り徳利(穴窯)
花台・長良川、鵜飼い舟の船べりの一部



 2020年(令和2)9月2日

8月の暑さに辟易し、やっと来た9月です。7月の長い梅雨は多くの災害を生み、コロナ禍の中、ひたすら辛抱を余儀なくされる日々を過ごしました。出かける事もままならない日常は、意気消沈してしまいます。
8月末には、いつもなら、赤トンボが天空を舞う姿を見かけ、小さな秋の訪れにホッとするのですが未だ現れず、気候が変化し、少しずつ壊されてゆく日本列島を肌で感じるのです。
とうとう島本町の最後のまとまった田園風景が形を変えようとしています。このページに青田の頃の水田風景の写真を掲載していましたが、いよいよ埋め立ての工事が始まりました。

     

左の写真は昨年まで、右は現在進行している姿です。私の住まいの裏側・山側なので、毎日この光景を目にせざるを得ないのです。悲しみはつのり、それは憤りへと変貌してゆくのです。
この後、JR島本駅・山側の田園も、これと同じ運命をたどるのです。

たくさんの生命が生息していました。生物にとって過酷な自然は、おのずと我々人間という生物にとっても良い環境ではないと思うのです。
島本町の自然は、小さな街であるが故ゆえに、かけがえのない財産だったはずです。人間の傲慢は、どこへ向かうのでしょう。生命は大切に慈しみ育みするものだと思うのです。

今年もまた、8月は戦争がテーマの作品をメディアを通してたくさん拝見しました。NHKのドキュメンタリー番組は、他の追随を許さない圧巻なのです。
中でも「アウシュビッツ死者たちの告白」、「忘れられた戦後補償」においては、発掘された文書、記録映像など豊富な取材力、NHKならではの気概あるものに仕上げられ、不戦への思いが溢れていました。

     

戦争は消えることのない悲しみと憎悪を人々に残すのです。物事を深く知る事は、人間の悪を知る事につながる...との思いを、私はいつも抱えてしまうのです。
新聞は、連日、戦争にまつわる悲しみや、人々の裏に潜む心の葛藤を掲載していました。戦争体験の記憶を切々と語る人々。悲しみ、懺悔、悔恨が綴られ、苦悩する人々の姿がありました。戦後すでに75年。薄れさせてはならない人類の負の遺産なのです。

NHK「日曜美術館」も、この時期、戦争に翻弄された人々の姿を映しだすのです。シベリア抑留から帰還した画家。戦争高揚に加担せざるを得なかった画家。戦地で体験した苦悩を彫刻に、絵画に表現しようとする芸術家。それぞれの戦争を、この「日曜美術館」は私に長年にわたり教えてくれたのです。

8月9日、放映された「日曜美術館」は再び、長野・上田市の「無言館」を訪れていました。幾度となくこの頁「日常つれづれ」に書かせて頂きましたが、この美術館は窪島誠一郎氏が館主であり、戦没画学生の作品を収蔵、展示をしている美術館なのです。

  

私が窪島誠一郎氏と言う人を知ったのは、それ以前です。私が若い頃、作家・水上勉氏と彼の対談を「週刊朝日」の紙上で目にしたのが始まりです。実の父を求め歩いた後、ついに探し当てたその父は水上勉だったのです。

夭折の画家の作品(野田英夫だったか村山槐多だったか。遠い昔の事なので少々曖昧です。)を追ってアメリカを旅する姿を偶然テレビで拝見したのは、その少し後だったと記憶しています。彼は夭折の画家の作品の収集家でもあり、「信濃デッサン館」の館主でもあるのです。さらにその後、彼の著作「父への手紙」に出会ったのです。

  

私はこの相前後する一連の並々ならぬ話に心を揺さぶられたのです。そして又、十数年後、彼と画家・野見山暁治氏との出会いが、さらに彼をつき動かしより大きな仕事をする事になったのです。

野見山氏は彼に「私は戦後大きな忘れ物をしている気がする」と語ったのだそうです。
野見山氏は、1938年東京美術学校(現・東京藝大)へ入学。画学生でありながら戦地へ行かざるを得なかった友人達。生還することなく戦地で亡くなった才能ある友人達が残した絵・・・この話に共感し、全国の戦没画学生の遺族を訪問する旅を野見山氏と共に着手したのです。

遺族の人達は、遺作を大切に守っていたのです。愛する人へ宛てた手紙、葉書、出征の折の写真や資料と共に、押し入れなどに眠っていたのです。死を前にして、自分にとって一番大切なものを描いたのです。ある人は祖母を、可愛がっていた妹を家族を、そして愛する恋人を妻を子を・・・。またある人は故郷の風景を。絵を描く事は非国民扱いされた時代、描く事を喜び、出征する直前まで描き続けたのです。
この濃密な時間は、芸術の本元であり、人間が生きていく事の一番、尊い時間だと・・・彼は語るのです。
その思いは、窪島氏が「無言館」を作った大きな理念だったのではないでしょうか。

  

いつの頃だったか「無言館」の戦没画学生の描いた絵が、京都文化博物館へやって来たのです。絵画、資料共に膨大な数でしたが、一字一句逃さないよう拝見させていただきました。
私もひたむきに対峙させていただき、時間が過ぎるのを忘れ、涙が溢れるのです。これ程の時間を美術館で費やしたことは、未だかつてありませんでした。
その時の感動と涙は、決して忘れる事はありません。その折買い求めた「無言館ノオト」は、一人一人の短い人生の軌跡をエピソードと共に書き記した一冊でした。

  

戦後、忘れかけていた、これらの遺作の収集に、惜しみなく力を注いだ画家・野見山暁治氏も100歳近いご年齢と思うのですが、ご存命でいらっしゃると思います。
戦後75年。戦争で画学生の命は絶たれたけれど、その感動をとどめて、未来へ手渡ししたい・・・、これに関わる人々の一途な思いです。
作品を修復する人々にも感銘を受けました。剥落、汚れ、時間と共に進む損傷との戦いは終わる事はないのです。
「無言館」の絵を主に修復してきたアトリエの人々のまっすぐな心、忍耐強い誠実な仕事は今も続いているのです。

     

今日も、親族の方々が遺品を携え、「無言館」の坂を上って来ているかもしれません。

長い話で終始しましたが、戦争の残酷さを訴えかける8月だと思っています。

このコロナ禍の中、知らず知らずの内にマイナス思考になり、不満ばかりが増幅されてしまいますが、もう一度我が身を振り返る事をしてみたい・・・とも思うのです。
ちょっとした幸せをありがたいと思うのです。6月に漬け込んだ新生姜の甘酢漬けがうまく出来た事。いちご酢も特別に美味しかったし、梅シロップも・・・。小さな小さな事。糠漬けがうまくいっている事。春に失敗し、8月初旬、再挑戦したものがメチャメチャ美味しく漬かっているのです。私にピッタリの味です。

  

そしてもう一つ。テイクアウトさせてくれる欧風カレー屋さんの黒カレー。すっかりはまっています。

展示会は、様子を見ながらになってしまいます。10月には企画展ができれば嬉しいと思っているのですが、不確定です。あくまで予定です。
魅力ある作品に、そして魅力ある人との出会いがあればこの上もない幸せです。お彼岸の頃には、秋の風情を感じられる様になるでしょうか。
夏の疲れが出る頃です。暮らしも一変してしまいました。どうぞくれぐれもお大切にお過ごし下さいませ。

  

★ 窪島誠一郎氏をより知りたい・・・。実の父を求め歩いた「父への手紙」そして「明大前」物語と続く深い深い・・・人間の歩く道とは何と深いものであるのでしょう...。この年齢になって、しみじみ思うのです。私は文学と美術によって育ててもらったのだと・・・。再び読み返してみようと思っています。是非お読み頂ければ嬉しいです。

  



 2020年(令和2)7月31日

7月、各地を襲った、凄まじい豪雨をメディアを通して目の当たりにしました。
自然が。。。そして人々の暮らしが一瞬のうちに壊れてゆくのです。大切な生活を失うのです。豪雨災害は、コロナ禍の中で、予想だにしない困難を人々にもたらしたのです。
何もかもが少しずつ狂っているのです。わずかずつ人間が犯してきた罪が、又、わずかずつ私たちにしっぺ返しをしているとしか考えられません。

今日31日、やっと梅雨が明けた模様です。梅雨前線が日本列島から遠ざかりはしたものの、被災地の人々にとっては、より過酷な日々が待っている事でしょう。

さるすべりの花は、天高く、今が盛りと咲き誇り、短い夏を懸命に鳴くせみの声。それらしい夏がやってきました。
コロナ禍の中で、イベントは中止となり、京都祇園祭の巡行も取り止めとなりました。街には、ちょうちんとお囃子が、ひっそりこの季節を告げています。寂しい京都です。

先月6月中旬、ちょっとコロナが落ち着いた頃を見計らって京都植物園へ蓮の花を見に出かけました。蓮池は大きいものが幾つもあるのですが、一番美しい頃に出会っていなかったのです。それはそれは見事な蓮が清廉そのものの美しさをたたえていました。

     

「泥より出でて泥に染まらない。清らかにして妖艶なところがない」
「蓮」に心惹かれるゆえんです。みずみずしい葉、清らかな花。未だかつてこんな光景に出会った事は無いような気がします。つかの間の幸せを掌中に収めた心地でした。

6/30(火)~7/11(土)「西川孝次の吹きガラスと染付の器」の展示会は危ぶみながらの企画でした。丁度良い程のお客様のお出かけ具合でした。
約2週間、それでも途切れることなくお見え下さるお客様方とお話が出来ました事はこの上もなく幸せです。
本当に感謝の思いでいっぱいです。
初日は、とんでもない大雨に見舞われたにもかかわらず、朝一番からのお客様に感動したのです。
毎日降りしきる大雨は同時に心配でもありました。私共の仕事の関係が、長崎にも、有田・伊万里にも、熊本にも九州各地にありますので、お電話やメールで状況をお問い合わせもしました。皆様、無事とのことに、ひとまずは安堵する日々でした。
このような梅雨前線は、毎年当たり前の日本列島になります...とおっしゃられる学者の先生方もあります。
こんな心配をしながらの2週間の展示会でしたが、西川孝次さんの吹きガラスも染付の器も涼をよび、心を平穏にし、確実に生活に喜びを与えて下さる事を実感させていただきました。
こんな喜びを与えてくださる作家さんにも、数多くのお客様達にも、深い感謝とともに御礼申し上げたいと思います。

  

日本が世界が少しずつ前を向いて歩き始めようとしています。
先日、訪れた、京都市京セラ美術館も、3年間の修復を終え、3月開館の予定が今になり、やっと動き始めたのです。予約制ではありましたが、私たちが長く長く馴染んだ光景が、どのような変化をしたのか拝見させていただきました。
京都市民の誇りであった歴史ある部分と、新しい時代への対応とが相まって...これからも進化をしてゆく、そして未来へ向かおうとする希望がありました。

     

東山を望む広々としたお庭は、そのうち一般に解放するのだそうです。

未来が、より美しい列島であり、より美しい人々の心が育まれる日本であって欲しい...と願わずにはいられません。
時代が変われども、まっすぐが一番と考えています。一生懸命の先に夢中があり、夢中になれることの幸せを、今回の展示会でより深くしたのです。
そして、このコロナ禍の中で、私自身も仕事に込める想いは格別でした。どこまで続くかわからない今の状況を目の前に、応援して下さるお客様と共に一ツ一ツ丁寧に歩んでいきたいと思っています。
皆様の暮らしも一変してしまった事と思います。とにかくお体も心も大切にして頂きたい...、と祈る思いです。

この「日常つれづれ」は私の深い感謝の気持ちをお伝え出来るものでありたいのです。そしていつもお読み頂いている事にも心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございます。

夏休みは14日(金)~17日(月)まで取らせていただきます。
しばらくの間、営業時間はAM 10:30~PM 4:00です。

お目にかかれますことを楽しみに...。涼しくしてお待ちしております。今後共どうぞよろしくお願い申し上げます

  

今回の展示会の作品です。
西川孝次 ・面取りタンブラー
晧洋窯 ・シノギ染付4寸皿
お菓子 ・仙太郎・老玉(うばたま)



 2020年(令和2)6月10日

令和も、すでに2年を数えます。コロナ禍の異常な中で世界が震撼とし、人類への試練としては大きな代償を払っています。
4月・5月、本来ならば新学年、新社会人が希望に満ちてスタートする季節でした。大変なニュースが飛び交い、重ねて不安を募らせてゆくのです。
そして6月。それでも自然は歩みを止める事はありません。木々の緑はより緑を濃くし、緑陰を渡る風は心地良く、初夏の爽やかさを体いっぱいに受け、生き物は太陽を謳歌するのです。

5月の「日常つれづれ」はお休みさせて頂きました。4月、自粛生活を強いられる中で意気消沈してしまい、小さく暮らすことに気概を失いかけていました。店の営業時間も短縮しました。しばらくは、コロナウィルスの恐怖もあり、日々の暮らしに迷いがありました。

営業時間が終わり家に帰ると早々に夕食を整え、食事をとり、休憩をした後、日差しが陰り始めた町内の街はずれを、あちこち毎日散歩することが日常になり、生活にリズムが生まれたのです。

夕暮れの涼やかな風の心地良さに助けられたと思います。田舎町で暮らす事のありがたさを実感しています。
日・月曜日の定休日には、淀川の堤(土手)を自転車で走り、川の中のロードを風を切って走り抜ける。あまり手を加えていない淀川は自然が溢れているのです。


又、ある日には、サントリー山崎工場を経て、大山崎町まで、脇道を選びながら走るのです。サントリーのお庭は見事なお花畑です。


工場の建物と建物の間を抜けると、私は全く知らなかった、深い谷と緑で覆われた椎尾(しいお)神社がありました。由緒書きは忘れてしまいましたが、古い古いいわれがあるようです。人の手が入っていない佇まいは、どこか子供の頃出会った様な懐かしさを覚えるのです。

     

サントリーは、お酒が出来上がると、これを持ちお参りをするのだそうです。この小さな街に40年以上住んでいますが、知らない事ばかりです。
毎週、いろいろな道を走ると、新たな発見があり、又、次週も何処かの道を走ってみようと思うのです。

しかし、この2~3週間で景色が変わろうとしている場所があります。JR島本駅より西側(山側)が開発のための準備の段階に入り、刻々とそれに向かっているのです。

反対運動も頓挫し、高さ制限をかけようとする住民運動とは裏腹に議会を通過していくのです。議会制民主主義とは一体何なのでしょう。経済の原理がすべてに優先するのです。人口が減少し、社会が疲弊していく可能性を無視し、この地球を無視するのです。

昨年は、まだ美しい水田が広がり瑞々しい景色が広がり、つばめが低空を飛び、かえるが鳴き、山からオゾンを含んだ冷たい風が流れ・・・・そんな街をとても誇りに思っていました。

私の住まいの山側に、ちょっとした緑地があるのですが、そのちょっとした緑の中で、うぐいすが一生懸命歌うのです。「ホーホケキョ!!」と。健気でもあり力強くもあり、十数羽は居るであろうと思うのですが、まったく姿は見せません。
又、ある早朝には、小さな水路に、鴨のつがいが1組、仲睦まじい姿を見せるのです。世間が騒がしい時間になると、どこへともなく姿を消します。そして次の朝、現れるのです。小動物は自然を必要としています。

いろいろな行事が取りやめになり、お出かけもままならない中で、自然からの癒しを受け取る事の出来る貴重な島本町なのです。

本もたくさん読みました。その途上、宮本輝の9巻の小説に出会ってしまったのです。彼が35才から書き始め、現在73才。やっと最近完結したのです。30幾年と言う歳月を費やした、自伝的大河ドラマ・・・父と子の物語です。
今、4巻目が終わりました。彼の三部作「泥の河・蛍川・道頓堀川」に連動した壮大な人間ドラマに引きずりこまれてしまっています。
「幸福とは・・・愛とは・・・」何と深い!!

      

宮本輝のお顔を、本の装丁で拝見する事はありましたが、穏やかそうにお見受けする内なる中に「火の玉」をお持ちであり、魔性をお持ちだったことにも驚き、それゆえ美しいお姿をしているのだと納得してしまったのです。
小説と言うものの中に、美しさも、哀しさも恨みも憎しみも、そしてそれらを包み込み激情が走るのです。改めて小説が持つ力に感動したのです。

そろそろ前を向こうと思い6月30日から展示会をしようと考えています。

 
西川孝次の吹きガラスと染付の器
2020・6・30〔火〕 - 7・11〔土〕
10:30-17:00  5日(日)・6日(月)休み 

  

緑陰を渡る風。7月ともなると夏の日差しが容赦なく照り付けます。暮らしも佇まいもすっかり変わります。
ガラスの器に冷たい料理を盛り、冷酒を頂き、清涼感を楽しむのです。
西川孝次さんの吹きガラスの作品やお人柄に、私は深い信頼を寄せています。
染付の器は皓洋窯と福珠窯のシンプルな作品です。美しい作品に力を添えて頂き、ゆっくり前に進みます。自然の変化に敏感な日本人の暮らしを見つけに来てください。
心よりお待ち申し上げております。

花染は日常と同じ佇まいです。4月以降、店にとっては受難の日々ですが、仕事あって良かった・・・としみじみ思います。
お立ち寄りくださる客様とゆっくりお話をしたり、掃除や片付けをしたり品物を並べ替えたり・・・店を可愛がりながら過ごしました。そして空白の時間は本を読むのです。

そしてやっと6/1(月)2ヶ月ぶりに急用のため、京都へ出かけました。観光客も少ないのでしょう。落ち着きを取り戻したかに見える京都です。
鴨川に降りてみましたが、数十年前の景色です。人影はまばらで、ゆっくり風が流れ、水音も心地良く・・・川の瀬で鴨が安心しきった様に泳ぐ姿は、とても可愛くて私たちも心が安らぐのです。

     

どれほど、私たちの暮らしが地球環境を汚染させているかよく分かります。見上げると、青い空に白い雲・・・何とも得がたいい情景は、今しか味わえないものかもしれません。
そろそろ梅雨に入ります。あじさいの花を、店のいたるところに生けました。私もコロナ禍の下、暮らし方がずいぶん変わりました。まだまだ終息まで時間がかかるのでしょうね。

ちょっとした幸せを積み重ねながら、この状況を受け止め、日々を過ごして行ければばありがたいと思います。
皆様もそれぞれの過ごし方をお持ちの事と思います。くれぐれもお体を大切に・・・そしてお目にかかれます日を楽しみにお待ち申し上げております。

  


 2020年(令和2年)4月8日 

日本中が待ちに待った桜の季節です。2月、3月と世界中が不穏な中でやっと桜が咲いた。。。と言う思いでしたのに、お花見に出かける事もできず、寂しさと悲しみの春です。
私の暮らす島本町は、4/1・4/2が満開でした。桜の大木がこの街にはたくさんあるのですが、とても寂しく私の目には映るのです。
本来は、見事な桜並木が続く光景は、この街に暮らして良かったと思える日々を私達に与えてくれるのですが・・・。

  

この写真も、私の暮らしの中にある桜の大木です。4/2に撮りました。雨上がりの春の光の中で、薄桜色は、青い空に生え、遠くに見える山桜も春を告げているのです。

今は、島本町内でひっそりと暮らす日々です。花染の裏の小さな空間にも狭いながら、癒しの春がやってきています。次々、宿根草が若葉を茂らせ、みずみずしい佇まいで、嫌な事を少しは軽減してくれるのです。
昨年買い求めた「もみじ」がなんと可愛い事。一枚一枚の葉は幼児が手の指を広げたように見える若木なのです

   

毎朝、店に出てくると、この様子を見る事から始まる1日です。
世界中を覆い尽くしている悲しみは、いつ終わるのでしょう。
嬉しい事、楽しい事を考えてみたいと思います。島本町から大山崎、長岡に続く「西山」は京都でも一番と言われる竹の子の産地です。味、風味共に絶品で柔らかく、きめ細かく上質なのです。
この竹の子を春の光と共に待っているのです。美味しい竹の子料理を考え、自然からの恵みを頂く事が、私たちを幸せにしてくれるものと考えています。4月下旬までが最高のシーズンです。

話は変わります。
先月3月の手書きの「花染通信」に穴窯と登窯の違いを簡単に書きました。私共の作家・佐藤烓の穴窯での焼成の話に取りかかったのですが、小さな紙面では無理があり、続きは花染HP「日常つれづれ」に書きますので、お読み頂けると嬉しい・・・と締めくくりました。

佐藤烓氏と出会ったのは、花染開店間もない1983年(昭和58年)滋賀県・大津で作陶をなさっている頃の事です。佐藤さんも独立して3年目でした。その後1984年、岩手県・遠野市へ。作家「宇野千代」の芸術村の様な所へ引かれお住まいを移したのです。本格的にお互いの仕事上、がっぷり組んだのは、この頃からでした。彼も私も、本当に若い、前しか向いていない年齢でした。

時代も、日本が右肩上がりの頃でしたので、私達は話し合いながら、次々と作品を生み出していったのです。1ツの目的を持って進んだ月日は、堅い信頼をも結んだのです。多くの人々の支持を得た楽しい時期でした。
それから数年を経て、彼自身の郷里・群馬県高崎市の近くの山深い倉渕村に居を構え、1990年(平成2年)、半地上式穴窯を築き、独自の須恵器、焼き締めを完成させたのです。

そして、見事な作品を制作する事になったのです。彼が40~50前後、男性が一番充実する頃でしょう。暮らしは貧しくても豊かな作品が生まれたのです。

     

その当時、穴窯の窯出しは、私も日帰りでした。朝一番の新幹線で京都を立ち、東京から高崎を経て山に入るのです。お昼前には到着です。喜々とする仕事でした。
自らが開墾した広い土地に、プレハブの小さな家と工房があり、穴窯があり、たくさんの薪が積み上げられていました。自然以外、何もないだだっ広い中、たき火をし、下仁田ねぎを焼き、ふきのとうの味噌こんにゃくを食し、彼の器は見事に合致していました。
倉渕村の暮らしは、たくましい本来の人間の姿でした。
奥様は、とてもお料理がお上手でした。数年は、その場所へ通いました。春は私にとっても、幸せな時間だったと思います。お互い仕事上の戦友の様なとても良い関係でした。密に生きた時間でもあったのです。
この間、私共の2Fで展示会をして頂いていました。

それから又数年・・・。もっと山奥へ・・・、標高700メートルに移り、ポツンと一軒、うって変わって素敵な住まいと工房お作りになり、数段飛躍したのです。
「サライ」に数ページにわたり、大きく取り上げられたのは1999年(平成11年)。メディアに登場する事も頻繁になりました。
私も歳を重ね、日帰りと言う事は無くなり、近くのひなびた温泉に泊まる様になりました。
彼は尚一層、精力的でした。一抱えある程の大壺、大皿などの大作は、彼の力量そのものでした。

  

私共のお客様も、佐藤烓さんの人物、作品には、とても馴染んで下さっていました。花染での展示会の折「穴窯の話とボージョレーヌーボーを楽しむ会」を、たくさんのお客様達と楽しんだ事もあります。
作家とお客様そして私は、心より信頼し合っていた永いお付き合いでした。彼の数十年の作陶の人生を、公私にわたり見続けてきたのです。
4年程前、彼からの電話の声の微妙な変化に気づき、おたずねすると、ご病気をなさって療養している・・・との事でした。しかし頑張っているのです。一昨年だったか、たくさんお持ちの作品で「70歳古希のお祝い」の展示会を高崎市でなさったとの話を彼から聞きました。
早くお見舞いがてら倉渕村までお伺いしたいと思っているのですが・・・
春、山々の木々が芽ぶき、山吹きの花が咲き、遅い山桜が咲く頃の山里の光景が鮮明によみがえります。
心地よい風が流れ、天まで届く青空の下、くんせい窯、陶板で焼いて下さる自然の恵みに舌鼓を打ち、山菜の天ぷらをほおばり、ビールを頂く・・・。

     

たくさんの人々がお手伝いをし、おしゃべりに興じる窯出しの光景は、何にも変えがたい美しい山里の豊かさでした。
お互い切磋琢磨し、支え合い、共に仕事にまい進した日々が、間違いなく現実にあった事、仕事から与えてもらった大きなものに感動するのです。
書き足りない事ばかりですが、花染HP「陶器Part1 佐藤烓」をクリックしてみて下さいませ。

今回、彼の話ばかりで終始しましたが、彼の病との日々、そしてまだまだ命ある限り前に向かって欲しい・・・との願いからです。
彼の山の中の住まいは、これから4月末~5月・6月、美しい木々の美しい季節です。桜は咲いても散っても美しい・・・。その山里に思いを馳せ、ご家族の皆様が幸せであって欲しいと願うのです。

私も毎朝、我が家のベランダに咲く椿の花を手折り、店の花入れにそっとさす暮らしです。

  

皆様もこの時期、どうぞお気をつけてお過ごし下さいませ。ちょっとした喜びを感じる事を見つけて頂けます事を心より願っています。
長い「佐藤烓」のお話をお読みいただきましてありがとうございます。

  

佐藤烓 作
1990年代、彼が一番油が乗っていたころの作品です。
須恵器・焼締 高炉
私の一番のお気に入り。我が家で大切にしています。



 2020年(令和2年)3月6日

春が来ました。素晴らしい自然の芽吹きです。私共の小さな裏庭に、まず二葉葵が深い緑色の瑞々しい葉を広げます。後を追うように、ほととぎす、そして白雪げしがなんともはかなげに芽を出します。「白雪げし」は名のごとく可憐なのです。花が咲いてくれる日を楽しみにしています。

  

もみじも、沙羅の木も、やまぶきも、すべての木々の芽は、ふくよかさを増し、春の命を伝えてくれています。
寒い冷たい冬を過ごし、私達と同じように春を待っていたのです。
2月が終わると、ホッとすることがあります。税金の申告が終わると、疲れがドッと出るのです。毎年の事ではあるのですが、棚卸しに時間を費やし、どんどん疲れていくのです。
今年も例年のごとく棚卸しをする中で、改めて気がついたのですが、なんと45〜46の作家、業者さんのお世話になっているのです。
漠然と30軒余りかなぁ~と思っていたのですが・・・。こんなにたくさんの人達に支えられ、仕事をさせて頂いている事に、今さらながら驚いてしまいました。本当に長い年月、感謝するばかりです。

そんな思いを新たにする中で、北村一男氏に何故か心動かされるものを感じたのです。
彼は打出しの銅鍋を作っています。
彼の作品の深鍋に出会ったのは、いつの頃でしたでしょう。
北村一男さんと言う方が作った・・・と言う事は知っていましたが、何とはなく、我が家で煮込鍋として使用していたのです。長年使うことにより雰囲気を醸し出す銅の魅力は、気がつかない間に、すっかり台所に馴染んでしまっていたのです。

  

私が手に入れた時期から数えて、何年後だったのかは忘れてしまいましたが、突然、降ってわいた様に彼に出会う事が出来たのです。
お取引きのある陶芸家の方が、北村さんをよくご存知との事で工房へ連れて行ってくれたのです。
京都府亀岡市の人里離れた、たった一軒がポツンと佇む奥深い山の中の工房でした。その工房は、素朴と言うよりは、小屋の様な佇まいでした。そこで出会った彼に、職人のへんこな姿を見たのです。
私は、物事に先入観は持たないので、彼のお鍋を探していたこと、そして出会った喜びを、とっさにぶつけたのだと思います。
銅板と槌とハサミ・・・出会ったすべてが素朴であり、それに気持ちが入ってしまったのです。お話は溢れる様にありました。彼も饒舌に私に対峙してくださったのです。
あえて言わせて頂くと。。。素朴な小屋の側に、畠もありました。自然の光と風、そして仕事と畑。こんな時代の中にあっても、動じない彼の姿に私は魅せられたのです。
彼の工房へ私を連れて行って下さった陶芸家が「あんなに人とよくしゃべる北村さんを、未だかつて見たことがない!!」と言っていました。
北村さんと私は気があってしまったのです。
その後しばらくして花染の2Fで小さな展示会をさせて頂きました。
すっかり長いお付き合いになりました。彼自身も、この頃から、人様に求められるようになり、お忙しい人となったのです。
昔は、この仕事で生きてゆけるのか?と思う程、貧しかった・・・と言っていました。
職人さんなので「売る事」には長けていなかったのだと思います。
私を連れて行って下さった陶芸家が各地の民藝店に彼を紹介したのだそうです。

真面目な仕事をしていると、きっと人は助けてくれるのだと・・・感慨深いものがあります。
仕事の注文をお手紙で出しておくと、2~3ヶ月後必ず、それを携えて、バイクで、私の店まで持って来てくれるのです。工房から花染までかなりの距離です。それも国道を走るのです。
「送ってくれたらいいのに~」と言っても彼は必ずやって来ます。山の中で仕事をしているので気分転換になるのかもしれませんね。
お菓子とお茶を・・・2人で美味しく頂きながら、たわいもないお話を延々とするのです。楽しいですヨ!
ご自分で作ったすいかやかぼちゃを携えて下さる時もあります。これが又、美味なので嬉しさも格別です。
彼の手は真っ黒です。それも好きです。男性のたくましい仕事の手です。

もう1ツ北村さんを好きだと思う事があります。
お客様から修理を依頼された彼の作品を、私共から送らせて頂くのですが、見事に新品同様になって帰って来ます。ご自身の仕事、作品をとても愛しているのです。
内側にすずを張り直し、お客様が痛めた部分を修理し、美しく磨き又、それを携えてきて下さるのです。
こんな関係が続いてくれる事が私は幸せなのです。
私共のHPをご覧くださって、お電話でご注文下さる品物の中に卵焼き器があります。

  

市販のものとは、まるで異なり、周りをしっかり補強している仕事を見ると3世代も4世代も使って欲しい・・・との思いが見えるのです。
プロの料理人からのご注文も入りますが、料理人が1日数十回使用しても100年は耐えるに違いないと思ってしまうのです。
HPからの注文を受ける仕事は、お送りすれば、それで終わってしまい、チョット寂しいのですが、お求め頂いた先で重宝がられ、喜んで下さる事をいつも願っているのです。

昨年末、HPをご覧くださって若い女性(声をお聞きして・・・?)からお電話を頂き、相談の結果「段付7寸深鍋」をお送りさせて頂きました。
お代金をお振り込みくださった折にメモ書きで、とても嬉しい言葉を頂きました。

     「アートを眺めているような感覚です。大きさも重さも私には
      ちょうど良いです。大切に、たくさん使わせていただきます。
      素敵な銅鍋との出会いを与えてくださり、ありがとうございました。」

北村さんも、私も、これ程の喜びがあるでしょうか。北村一男さんの仕事の手、仕事ゆえの真っ黒いたくましい手から、こんな美しい鍋が生まれるのです。
こんな仕事の世界があればこそ...。私も仕事に育ててもらう事が出来るのです。
寒い冬の間も、ひとり黙々と仕事をする姿を想像し、山の中で、彼は春を待っているのではないかと思うのです。

3月の展示会です。


コンテンポラリーを求めて...
2020・3・10〔火〕 - 3・21〔土〕
10:30-17:30  15日(日)・16日(月)休み 

  

あえて、コンテンポラリーと名付け、現代的な作品を集めて展示会をしてみよう
と思い立ち、数ヶ月かけ10人余りの作家さんの作品をお願いいたしました。
展示会をしてみるまで雰囲気は把握できませんが、新しくお付き合いが
始まる作家さんも出品してくださいましたので、普段の花染とは異なった
模様が広がるのではないかと思っています。
お客様に楽しんでいただけることが喜びですが、楽しみは私自身でもあります。
1月・2月をかけ抜け、やって来た春 3月!嬉しい・楽しい・喜びが、いっぱい
あります様...と願っての企画です。
どうぞ春の日差しを体いっぱい感じて頂きながらお出かけくださいませ。
お待ち申し上げております。 

この一年は、新たな試みをしてみたい...と密かに企てています。
如何なります事か、先はまだ見えておりませんが、気持ちを丈夫に頑張りたいですネ。

今年は桜の花の開花も例年より早い・・・とお聞きしました。心がざわつく桜です。
桜の花は咲いても散っても美しい・・・日本人の原風景、そして死生観に通じています。穏やかに心静かにこの季節を迎えたいものです。
この度の「日常つれづれ」は、北村一男さんの「人となり」をお伝えすることに終始してしまいました。少々長くなりましたがお読み頂いてありがとうございます。
寒暖の差に戸惑う日々ですが、どうぞくれぐれもお気をつけてお過ごし下さいませ。

  

柴田雅章 黒釉花入 



 2020年(令和2年)2月5日

1月はまたたく間に過ぎてゆきました。異常とも言える気候に日本中が翻弄され、地球規模の危うさを実感しています。
それでも立春が過ぎると、本格的な春の足音が聞こえます。店へと走る道端に咲くろう梅。可愛い花をぶっくりと膨らませ、私の目を楽しませてくれています。

  

自然の声が聞こえます。聞いてやって欲しいと思うのです。これからの10年が地球の運命を左右するのだそうです。四季折々の美しい日本。それに伴う森羅万象に思いを込めて、自然に親しむ日々の中を歩きたいですね。私達に何が出来るのか考えねばなりません。

最近、数十年ぶりに辞書を買いました。「なるべくコンパクトで使いやすいもの。」と私の要望を汲んで「三省堂・国語辞典」を水無瀬駅前の長谷川書店さんが選んで下さいました。

  

私が長年、愛用してきたものも「三省堂」です。従来のものでは、時代的に足りない言葉があり、少々、不自由を感じていました。愛用のものを手元から離す寂しさはありましたが、使い込んでボロボロになってしまっていましたので、やっとの思いで新しくしたのです。
頁をめくると、そこには美しい日本語が溢れていました。言葉に込められた編者の思いは深く、私達に伝わります。時間があれば1語ずつ読んでみたいものだと思わずにはいられません。

折々、手書きの「花染通信」を発行しているのですが、その中の季節のカットは、俳句の為の《虚子編・季寄せ》を参考にしています。これもまた、私の知り得ない自然で溢れているのです。

  

『春』立春(2月4・5日)~立夏(5月6日)の前日までを言うのであるが、月で言う場合は2月・3月・4月を春とする…とあります。
「春の人暮るゝを知らず庭に在り」 虚子
花染の裏庭も、日差しは優しく木々の芽は、しっかり支度を整え、宿根草も、土の中で今か今かと待っています。この「季寄せ」の小冊子を開ける度に、日本語の美しさ、日本人の佇まいに感動するのです。
美しい言葉を紡ぎ出す人の内側には、美しい佇まいがある・・・と私は信じています。事を成し遂げた先人達の残した言葉から、いにしえの心情を学びたいと思っています。

日本を愛する外国の人々は、この日本の自然や四季を愛し、日本の伝統を愛し、日本人の繊細な風情を愛するのではないでしょうか。
昨年「リーチ先生」原田マハの本を読みました。表紙を開けると春が来た・・・から始まります。

  

「リーチ先生」が土壌豊かな大分の山あい陶工の里、小鹿田(おんだ)にやってくる!!何ともワクワク、読者の心をつかむのです。

物語と事実を同化させながら進行する楽しさに引き込まれていくのです。それも魅力的で小説家としての原田氏に感服させられているのですが、何より100年前、リーチが暮らした日本の芸術、文化にも感服するのです。
高村光雲が、高村光太郎が、柳宗悦、河井寛次郎、濱田庄司、富本憲吉が・・・「白樺」の文学者が、画家達が、若い命を燃やした日本があったのです。
リーチが愛した日本は、たくさんの友に恵まれた素晴らしい芸術の世界だった事でしょう。
手のひらに置いた1冊の本から100年前の天才達の姿が浮かび上がり、熱い炎を燃やすのです。

幾十年前の小鹿田(おんだ)への旅を私も懐かしく思い出します。
1月の小雪の舞う静かな里でした。半農半陶の暮らし…十軒程の窯元が山あいに続く道の両側に連なり、大きな登窯を共有し、独特の雰囲気を醸し出す風景でした。
清らかな水音、その水流を引き込み唐臼で土を砕く音。小鹿田の里に心地よい音が響くのです。
蕎麦屋さんを兼ねた宿が一軒。その宿に泊めていただいたのです。
今も鮮やかに目と耳に、昨日のようによみがえります。
近年は便利な世の中になってしまったので、もうすでにその宿はなくなっているかも知れないですね。確か・・・黒木さんとおっしゃるお家だったと記憶しています。
その頃の作品は、すでに花染にはありませんが、唯一、小石原の太田哲三氏の大皿が残っています。小石原は、小鹿田の兄のような位置にあります。

  

哲三氏も、今も活躍なさっていると思うのですが、ご子息が、ガラスをなさっている・・・とお聞きしたことがあります。今は昔、時はかなたに流れ過ぎて行きました。

昭和30年代、40年代に相次いで富本憲吉も、河井寛次郎・濱田庄司・柳宗悦も、陶芸の道をひたすら走り、命を燃やした仲間達も天国へ旅立ったのです。イギリスの地で、この美しき工芸を愛した仲間を、リーチは1人残り見送ったのだと思うと、胸にせまるものがあります。
民藝の世界は、時代とともに変化せざるを得ない部分もあったのですが、その精神は、今の世代へ脈々と受け継がれているのです。
こんな事を振り返り書いていると、子供の頃から慣れ親しんだ民藝、そして花染37年がよみがえり、感傷的になります。この美しき先人の先生方の熱き想いを、この「リーチ先生」の本は私に改めて思い起こさせてくれたのです

2月は展示会は休み、1年間の準備をします。
3月は、★コンテンポラリーを求めて・・・。
     現代的、今日的な作品を集めます。
     春の光とともに素敵な企画でお出迎えできれば嬉しいです。

梅の便りもチラホラ聞こえる様になりました。
おひな様を飾り、店にガーベラとスイートピーを生けてみました。
春が来る・・・何とも響きが良いです。時代に流されず、前を向いて歩きたいと思っています。
どうぞ、くれぐれもお気をつけて、を大切にお過ごし下さいませ。

  



 2020年(令和2年)1月8日

新たな年を迎えます。元旦の朝、神々しく輝く初日の出に、たくさんの思いを込めて手を合わせます。どうぞ健康で良き年であります様にと願うのです。ありがたいと思う気持ちは年齢とともに変化してきました。生きとし生ける物への感謝の思いが深くなるのです。

自然の恵みを頂くお正月、元旦の朝。お節のお重の中は、古来よりの決め事が、大切に詰まっています。健やかに1年が送れます様、いにしえ人が思いを込めたのですね。
そして温かいお雑煮は、母の面影です。私の故郷の、私母が育った頃の食材はすでに手に入らないものもありますが、味付けは、母のものです。家族が慈しんだ我家の伝統は、私の中に生きています。身近にある小さな家族の世界から1年が巡り始める事に意味があるのですね。

令和と元号が変わり、今年は感謝の年にしたいナァ~と思うのです。花染は、3月1日で38年目に入ります。健康を害した年もありました。力の限り走った頃もありました。全てを包み込み、仕事を懸命に出来る環境にいる自分に気づいたのです。真っ白なカレンダーに一字一句を書き込んでいく様に、前に向かいたい・・・。無事仕事ができますれば幸せだと思っています。

空気は冷たいけれど、暖かい日差しに恵まれた、穏やかな3が日でした。毎年2日は初詣です。新たな年は振り出しに戻って、京都東山・六波羅蜜寺へお参りする事にしたのです。

  

六波羅密寺は平清盛をおまつりしているのですが、決して時代におもねる様子はなく、佇まいが大好きで、やはりここにお参りをさせて頂くことが私の基本です。平家一族の壮大な時代絵巻が繰り広げられたであろう夢は今は昔。
現在のこの辺りは、古い家々が軒を連ね、庶民の暮らしが息づく、とても落ち着いた街並みです。

ここから裏の通りを抜け、建仁寺の広大な伽藍を抜け・・・、随分な距離を歩いた初詣でした。観光客が比較的少ない、昔の面影を残す小路を選んで歩くと、正月の風景を、そこかしこに発見するのです。美しい日本のお正月を感じさせてくれるのです。

元旦の朝、届けられるお年賀状にも、美しい日本の習慣は生きています。素敵な版画で送ってくれる人、美しい墨の香りがするお年賀状、毎年工夫を凝らしてくださるお気持ちに、感謝しています。
こうして、お年賀状が人の心をつないでいるのですね。

     

私の日常も、お葉書、お手紙を書くことが多い生活をしています。お世話になるお客様・・・、作家の先生方・・・、手に取って読んでくださることが喜びだと思っています。葉書を選び、手紙の用紙を選び、ポストに投函するときのちょっとドキドキ・・・嬉しいものです。

昔、毛筆で巻紙にお便りをしたためることに挑戦した時期がありました。これに使ったのが、出雲の斐伊川和紙です。私が若く元気だった頃、よく山陰への旅をしていました。
雪の降る山陰、暑い中の山陰・・・。日本の美しい人の営み、風景が、そして美しい民藝が私を虜にしたのです。その中に今も忘れえない、斐伊川和紙の里の工房をお訪ねしたことがあります。それは5月の田植えの終わった緑豊かな水田が広がる景色の中の佇まいでした。古い記憶ですが、この光景は私の目に今も残っています。
全く、おごりのない、お仕事として普通に営まれる手すき紙。静かな暮らしでした。通していただいた日本間は簡素で美しい日本人の暮らしでした。畳があり、障子があり、襖があり、無駄なものが存在しない空間は、私の心を瞬時にとらえたのです。
ご当主にいろいろ教えて頂き、お仕事を拝見させて頂き、私共の店で扱わせて頂くお許しを得たのです。

一枚一枚、板ばりをした手すき紙には、くっきりと板目が残り、人の美しい「手」が心に残るのです。

  

実は、このきっかけを作ってくれたのが、出西窯の多々納さんからの手紙でした。出西窯の多々納さんとのお取引きがあり、手紙が往復した頃があったのです。お手紙は巻き紙に芸術的な文字で豪快に綴られていました。
紙面は、空白が美しく、実におおらかなものでした。それに使用されていたのが出雲の斐伊川和紙の巻き紙でした。
文字やお手紙は、心意気で書くものかもしれないと思い、多々納さんを目指し、筆を取ったのです。
たっぷり墨を筆に含ませ、思いっきり書き出すのです。一つの文脈が終わるまで・・・。細く細くかすれてゆくのが美しく、この斐伊川和紙の巻き紙に助けられ、はまっていました。(巻き紙は残念ながら、既に手元にはありません)
お客様の中で、もともと毛筆でお書きになっている人達にも、お褒めを頂いていました。極端に言えば、5~6人の方々のためにこの和紙を入れていました。

時は流れ、その方々もお年を召され、お手紙を書くことも次第に大変になり、私自身も、巻き紙に大仰に書く時代では無い様な気がして、すっかり書かなくなりました。
しかし、自分の思いが伝わり、自分の力量以上の表現が出来る事の楽しさはありました。
出西窯とのお取引もなくなり、多々納さんも亡くなり・・・、今では懐かしい思い出です。

私の名刺は、つい最近までこの斐伊川和紙で漉かれたものを使っていました。一枚一枚印刷してもらっていました。この印刷方法は高価でもあり、今は普通の名刺に切り替え、業者さんにお願いしています。これを書きながら、斐伊川の名刺用紙が残り100~200枚くらいの残っていることを思い出しました。
この名刺にも板ばりをして、天日で乾燥させた板目がくっきりとついています。

  

もし、私の手におえる金額ならば、今一度この名刺を作ってみてもいいかナァ~と心はずむ思いが芽生えてしまいました。
その頃の斐伊川和紙のご当主も亡くなり、息子さんの代になっています。ポピュラーではありませんが、重要な文献、資料等を写したり・・・、その他日本文化を担い、大きな役割をしているのです。

ちょっと贅沢・・・と思ったのですが、私の家の襖紙も、その頃、ここで漉いて頂いて30年。びくともしていません。風情を醸し出しているのです。この日本の暮らしを私は生涯忘れる事はないと思うのです。

山陰には、牛ノ戸がありました。吉田璋也も舩木先生も、湯町も、出西も、石飛先生も森山窯も、島田窯もありました。先生方の力強い支えを頂き、私の内なる力として満たしてくださっているのです。

今回の「日常つれづれ」は、こんな話で終始してしまいました。
日本が、世界が、大きく変化しようとする時代だと思うのですが、万葉集に詠まれる人々の心は、今の時代も変わらないのではないでしょうか。
人を愛し、別れ、ねたみ、そねみ、権力争い、哀れみ、そして喜び・・・。千年万年続く思いを、体いっぱい感じながら、私なりに受け止め、これからもまっすぐ、生き様を拙い言葉で綴ってゆければ嬉しいと思っています。そして仕事に育ててもらえるよう、頑張りたいと思います。

私の大好きな椿の花の咲く季節です。やぶ椿の真っ赤な色に思いを致しながらです。
お正月明けは7日(火)から営業しています。
インフルエンザの予防接種はしましたか? 私は接種は受けないのです。この37年間で6度インフルエンザにかかりました。お医者様に「かかり過ぎ!」と言われます。それでも頑固なまでに受けないのです。何故でしょう!!でも皆様はくれぐれもお気をつけてお大事にしてくださいませ。
新春。お目にかかれますことを楽しみにしています。

 
      

この花入れは信楽、灰被り扁壺です。
たっぷり灰に埋もれたた部分は見事です。
25年位前に穴窯で焼成されました。

7日は七草粥の日でした。白いお粥の中に、七草の緑が映えて春を感じさせてくれます。お正月の疲れを取り、胃を休め、季節の美味しいものを頂きましょう。先人達の知恵は素晴らしいですね。



 2019年(令和元年)12月4日

風が冷たくなりました。この季節になると、暖かい太陽の恵みを大切に思うのです。災害も多い日本ですが、この季節の変わり目があればこそ、美しき日本列島が、より美しく感じられるのですね。
アッと言う間に師走です。何が出来たのか・・・何が出来なかったのか・・・。年を重ねると、出来なかったことが多くなってしまいそうです。でも出来たことを数えましょう。慌ただしく過ごす中でも、自然体でゆるやかに仕事をしたいと思いつつ、懸命に走っている自分に、今更ながら驚くのです。

寛次郎の言葉「仕事が仕事をしています・・・。」との名言があります。
久しぶりに河井寛次郎「火の誓い」の本を本棚から出しました。

          仕事が仕事をしています
         仕事は毎日元気です
         出来ない事のない仕事
         どんな事でも仕事はします
         いやな事でも進んでします
         進む事しか知らない仕事
         びっくりする程力出す
         知らない事のない仕事
         聞けば何でも教えます
         頼めば何でもはたします
         仕事の一番好きなのは
         苦しむ事が好きなのだ
         苦しい事は仕事にまかせ
         さぁ吾等は楽しみましょう

寛次郎の多くの銘文の中から、私が、努力を惜しまず・・・と心がけ前へ進もうとして来た、私の仕事なのです。
苦しい事も、楽しい事も、仕事の中で見つけるのです。そして喜びを得ることが出来ると信じています。
もがき、苦しみ、息づまる日々を背負い、それが又、生き甲斐につながって行くのだと信じて、また懸命に仕事をするのです。
仕事が入っていない休日は、どこへでも出かけ無心にブラブラ歩くのです。どこでも良いかナァ~と思っています。どちらへ行っても興味深いものを見つけることができるからです。それでも大事にしている好きな場所はありますヨ。つい先日、11月末日、紅葉を見がてら京都植物園へ出かけました。私にとってお気に入りの場所なのです。四季折々美しい木々が、花々が迎えてくれるのです。

  

風を感じ、暖かいお日様を感じ、「ボーッ」と歩く心地は、疲れた心を癒してくれます。
行く度に新たな発見をしてしまうのです。この度は、とても不思議な光景に出会いました。紅葉はグラデーションをなし、そして緑が美しい中に桜が咲いているのです。これは植物園でしか見られない日本の秋です。

     

桜には、「10月桜」、「四季桜」、「冬桜」、「子福桜」と名前が付いていました。こんな美しい佇まいを見ると、喜びがあふれます。長い時間、その桜に見とれてしまいました。「美しいナァ~、可憐だナァ~、日本はいいナァ~」と幸せいっぱいです。

昨年の台風の爪痕も、所々見られましたが、広大な敷地は紅葉であふれんばかりです。越冬に来た”かも”が仲良く泳ぎ、その可愛い仕草に思わず顔がほころびます。

     

大きな望遠レンズのカメラを持った”おじさん”、”おばさん”達が場所を定め、良い構図を狙って陣取っているのも、又、微笑ましいものです。自然の中で見る紅葉は、ゆっくり日向ぼっこをする心地です。

そんな日常の中に、とても嬉しいことも数々あります。
毎年、若い方々が催す「一箱・古本市」に参加させて頂いているのですが、日頃のお客様とは、一味異なった人達に出会うのです。本好きの人とのお話は楽しくもあり、心和むひとときです。
11/16(土)・11/17(日)両日、島本町内外のたくさんの人々とお話をさせて頂きました。とても親しくなった女性がいて、話は尽きる事なく・・・「島本町に引っ越して来たい・・・」とまで言って頂きました。花染をも、とてもお気に入ってくださった事は、何より嬉しい事でした。

今年で6年目ですが、年々、楽しみが多くなってゆきます。この会を運営する方々にも、私は溢れる優しさを頂き、よくぞグループに入れてくださったものだと感謝しています。そして絆も強く、より深まっていくのが、喜びでもあります。
右往左往した2日間。とても有意義でした。

11月の廣内俊之作陶展も、おかげ様で無事終わりました。温かいご飯を、季節のお料理を召し上がって頂ける優しい器でした。お人柄から生まれる器は、皆様が幸せであってほしいと心から願っています。

  

師走の月には、毎年、お正月の準備の為の展示会を致します。

 
美しい日本のお正月
うるしの器、福寿窯の器
2019・12・12〔木〕 - 12・21〔土〕
10:30-17:30  15日(日)・16日(月)休み


もうすぐお正月です。何かしらこの響きを、私達は特別な行事として一年の中でも大切に思っています。大きな節目を目の前にして、今年を振り返り、来る年に思いを馳せるのです。
うるしの器は、日本が世界に誇れる伝統の美しさです。大切に次の時代に手渡して行ければ・・・と思います。お雑煮椀・お吸物椀・そば椀・椿皿・丸重・三段重などです。
色絵の器・染付けの器など晴れの日にふさわしい器も揃えました。
身の回りを整え、思いを込めてお正月の準備を楽しんで頂けることを願っています。ちょっと時間を作って下さいませ。お出かけをお待ち致しております。

大切なお正月を無事迎えられます様、年末に向かって店を整えたいと思います。その間にはサンタさんも来てくれると良いですね。
金沢から赤地健氏・径氏の干支も届きました。お2人の作品には毎年期待を寄せています。なかなかのものですヨ!。お正月用品と共に楽しんでくださいませ。

     

祝箸のねずみも、とっても可愛いです。「米蔵に俵、小さなねずみ」心和みます。素敵な物語です。
そしてひとときゆっくりお出かけ下さいませ。
年内は、28日(土)まで
新年は、7日(火)からです。

お客様、皆様方に、並々ならぬご厚意を頂いた一年です。人の優しさを感じ、時には励まして頂き、どうにか無事に過ごせました事、とても幸せに思っております。
いつも「いい仕事をしたいナァ~」との思いでいっぱいです。
たくさんの人の手で作られた大切な品を、お客様に手渡せる事が出来れば、こんな嬉しいことはございません。
これからも、どうぞお力添え頂けます様、よろしくお願い申し上げます。
皆様がお健やかであります様、心よりお祈り申し上げております。本当にありがとうございました。心よりお礼申し上げます。

  



 2019年(令和元年)11月13日

澄み切った青い空に、思わず見とれてしまいます。空気が冷えているからなのでしょうか。どこまでも高く、雲一ツない天空を見上げ、日本に四季があって良かったナァ~としみじみ思うのです。
東の山際から昇る朝日は、1日たりとも同じ日の出はないのです。季節により、日によって太陽の色は変わります。明けてゆく空も陽の光も異なるのです。オレンジ色に輝く太陽、トマトの様に赤いポッテリとした太陽、雲にはばまれ、ぼんやりした太陽。毎朝、ベランダから見る東の空を楽しみにしています。

  

「奇跡の星」と言われる、この地球は、太陽の恵みを受け、太陽に焼き尽くされない機能を備えているのです。なんと不思議な星でしょう。地球を守らなければならない使命を我々は持っていると思うのですが・・・。
それと同時に、この日本を、そして日本人の心を守りたいものだと思うのです。

今、NHK BSプレミアムで放映されている「おしん」にどっぷりはまっているのです。連続ドラマとして放映されたのは1983年との事です。その頃、朝、テレビを見る習慣がなかったので、見る機会を逸していたのです。
後々、是非見てみたいと思いつつ・・・、私の中で、ひっかかっていました。9月頃だったか・・・、番組欄に「おしん」を見つけたのです。

子供編はすでに終わり、東京での生活からのものでした。辛く切ない彼女に一喜一憂するのです。朝7時15分、欠く事のできない1日の始まりです。

こんな時代を生きたお母様をお持ちの日本の年配の人々。何か大切なものを忘れ、浮かれすぎではないかと思ってしまうのです。
胸に迫る15分間のひとときは、我をも戒めたい・・・と心から思える時間です。

私の母の世代は、もう少し後の世代ですが、まだまだ、その片鱗はありました。私の母も辛抱強い人でした。私の中に、その姿と内なる魂は深く刻まれ、私が生きる道しるべともなったと思うのです。

ドラマは再ブレイクしているとの事です。朝のひととき、日本の心と重ね、明治以後、健気に辛抱強く生きた女性のドラマを見ている多くの人々がいらっしゃる・・・こんな、心が荒んだ時代だからこそ、何か救われるのです。
でも、私は、いつもの通り1日中気持ちを引きずってしまうのです。次の朝まで引きずりながら・・・。

そんな気持ちを持ったまま、仕事を終え、帰り道は、すでにどっぷり暮れてしまっています。空を仰ぐと三日月の月が・・・、そして冴えた月光が、金星がとても美しいのです。妙に感傷的になってしまうのです。甘い香りがするのです。
辛抱強く優しかった母。私の子供の頃の母。20代・30代・40代・・・へと思いを馳せながら、母を思うのです。母が亡くなって7年。年を経ないとわからない母の姿が、心に痛いのです。

そんな時には、温かいご飯が慰めてくれます。人様から頂いた新米の美味しい食感に癒され、頂いた里芋を口に頬張り、美しい秋を堪能させて頂くのです。たっぷりと器に盛り付けると、ふくよかな香りがします。「美味しい!」と言う感覚は幸せなのですね。

高橋正治さんの鍛鉄〔たんてつ〕の仕事の展示会も11/2(土)で終りました。
花染の2Fの展示会の部屋は照明を落としてみました。灯されたランプの明かりは、とても密やかで美しく、皆様、スマホで写真を撮っていました。

     

お求めくださいました作品は、お客様のお手元で、優しく暖かい光を灯してくれていると思います。本当にありがとうございました。

11月の展示会は、すぐ間近です。
 
廣内俊之 作陶展
2019・11・21〔木〕 - 11・30〔土〕
10:30-17:30  24日(日)・25日(月)休み 

  

作品が優しいのです。おいしいご飯を頂き、暖かい日々を送る為に作られた器と言っても過言ではないのです。
大学で陶芸を学び、多治見工業専攻科で窯業を学び、京都市工業試験場窯業科で釉薬の研究を重ね、その後、河井武一氏に師事された経歴は、作品の確かさ、そして釉薬の美しさに、遺憾なく反映されているのです。
手のひらに作品を包み込む時、彼の人柄もプラスされている事を知るのです。
花染での展示会は2度目です。実りの秋にふさわしい器が揃います。心よりお待ちいたしております。

秋はどんどん深まります。秋の夕日を見ていると「夕やけこやけで日が暮れて・・・山のお寺の鐘が鳴る・・・♪♪」と思わず口ずさんでしまいます。この日本の風景を、日本人の佇まいを美しいと思います。
道ばたの「赤マンマ」の花を手折り、裏庭に咲いたホトトギスの花を小さな花瓶に生けました。花瓶は西川孝次さんのガラスです。冬のガラスも良いものです。

  

数々の事件、数々の災害に思いを致しながら終わります。
寒くなります。どうぞお風邪など召しませぬ様、おいとい下さいませ。いつもありがとうございます。心より御礼申し上げます。



 2019年(令和元年)10月11日

どこまでも続く暑さに翻弄され、例年になく・・・と毎日ニュースは流れ、長雨・水害・竜巻・台風・気候の変動は著しく、何かしら変ですヨネ!人類が傲慢になってしまった証でしょう・・・。そのよどんだ世相を吹き飛ばす様に「W杯ラグビー日本大会」に日本中が虜になっています。
にわかファンも多いと思うけど、あの熱情と精神に、我を忘れて応援したくなるのだと思います。
まだまだ楽しみは残っているので、是非、我々を希望へと導いてほしいと思いを託すのです。

10月の声を聞くと、花染はもうお正月に向けての仕事に入ります。否応なく気持ちが急かされるのです。
デパートなどは、もっともっと早くからお正月の準備に動いています。「おせち」の予約が始まると・・・今や日本の風物詩のようになりました。その片方では、秋の味覚が溢れています。ぶどう・梨・栗・りんご・早生みかんそして松茸・・・と。日本の四季に感謝するのです。新ソバもそろそろ・・・味わいますかねぇ~。

ギャベの展示会10/5(土)も滞りなく終えました。
たくさんのお客様がお見え下さったことに深く感謝申し上げます。
従来のお客様も、2枚目、3枚目、4枚目とお求め下さいましたが、今回は特に若い方々がたくさんお見え下さいました。若い人には、お値段的にちょっとハードルが高いかもしれませんが、この美しいアートのようなギャベの敷物に触れて下さいました事は、この上もなく嬉しいです。

  

ギャベの仕事をさせていただいて約20年の年月が過ぎました。いつも新たな感動に包まれるのです。
私が個人的に初めてギャべを手に入れたのが25年前。たちまち虜になり、日本でギャベを扱う人を探しました。2~3年は出会わず、月日は流れ・・・。ある時、突然に降ってわいたように私の前に現れたのです。
ギャベに魅せられたギャラリーのオーナーとの出会いを重ね、熱い思いでお互い語り合える喜びを心より幸せと思っています。もしギャベに出会わなかったら、暮らしはつまらないものになっていたでしょう。過去を振り返り、嬉しさはひとしおです。
そして又、お客様と幸せを共有し、それぞれのお宅で、優しく慈しんでいただけることを心より願っています。
仕事とは言え、このギャベへの熱い思いは止まる事はありません。

ひき続き、10月の展示会です。

 
髙橋 正治  鍛鉄の仕事
2019・10・24〔木〕 - 11・2〔土〕
10:30-17:30  27日(日)・28日(月)休み 

  

鍛鉄の仕事といっても、あまり身近に感じないかもしれません。鉄をコークスの火で真っ赤に熱し、ハンマーで一打一打鍛え上げて造ります。その作業を、気の遠くなるほど繰り返し、鉄のかたまりだったものが、あたかも柔らかいものの様な曲線を描くのです。
緻密で繊細な、その美しいフォルムに魅了され、男性的かつ優美・・・である事に虜になってしまうのです。
下の写真は、過去に彼が作った得も言われぬ世界観を持つ作品です。
花染では、初めての展示会です。美しいと言うことを体感して下さいませ。お待ち申し上げます。

  

   略歴   1957  京都に生まれる
         1977  東京クラフトデザイン研究所金属工芸科卒業
         1983  工房を設立
         1997  今日の金属造形の縮図国際展1997入選<ドイツ>
              ハンドワーク会議コンプレンツ金属+ライト入選<ドイツ>
              以後各地で個展
         2007  メタルアート展入選<アメリカ>


高橋さんとの思い出は20年以上前に遡ります。若い頃の出会いでした。今思うと、まるで嘘のように元気でした。
彼の作品に魅せられた私は、しばらくは、じっと時期が来るのを待ちました。
まず最初の仕事は、花染の玄関ドアの取手を鉄で鍛きお作りいただく事からでした。
時を同じくして、作品を花染に常設していただく事になったのです。常設の品は、次々私共の手を離れ、お客様のお手元に渡って行ったのです。美しいランプは、それぞれのお宅で、暖かい光を灯し、大切にお使いいただいています。
この展示会の準備の為、久しぶりに出会った彼は、頭に白いもののまじり始めた、とても素敵な佇まいをしていました。美しいと言う事は何と嬉しい事でしょう。

         

話は飛びます。
数ヶ月前、柚木裕子氏「慈雨」の本の事をこの頁に書いた事があります。何という女性だろう・・・彼女の人間としての背景を・・・読み進む程に、彼女の持つ能力をもっと知りたいと思う様になるのです。

     

四国八十八ケ所を数ケ月かけて、自分の足で歩いたとしか思えない内容に加え、人間の宿命である「善と悪」「明と暗」にするどく切り込む力量にぐいぐい引き込まれて行くのです。
人の心を震えさせる、私にとって忘れがたい1冊になるであろう事は確実でした。

最近NHKBSプレミアムで「盤上のひまわり」(原作 柚木裕子)を番組欄で見つけたのです。4~5回の連続でしたが、この間、重い心を引きずりながら1週間そして又1週間と回を重ねたのです。若い頃、松本清張の本を、手あたり次第読んだのですが、手法として、松本清張に近いものがありましたが、女性の作家ならではの、細やかなタッチもお持ちでした。
哀しいのです・・・。しかし、終盤に向かって希望が見えるのです。それが救いでした。そして又、それが故に読者を惹きつけるのだと思うのです。反面、松本清張はどこまでも哀しいのです・・・。

彼女の小説が常にベストセラー入りする事がよく分かります。
「盤上のひまわり」を見ながら・・・、そんな思いにかられたのです。

つい数日前、浜田マハの「リーチ先生」を読みました。100年程前の民芸の巨匠たち、白樺派の先生方、そして絵画の印象派への一連の流れを優しく物語にした1冊でした。

  

100年前にこんな美しい日本があったのです。芸術、民藝をこよなく愛し、その中に生きた人々がまざまざとよみがえるのです。文化は人間のひだとなり、又、そのひだをより深いものにしてくれる・・・と信じるに値する本でした。
私の人生に、一筋の道を与えてくれた「民藝」に、そして巨匠たちに心より感謝する思いです。

仕事に翻弄される中で書いた「日常つれづれ」ですが、書き進めると、私の愛する「花染」が、より近く感じられ、幸せな気持ちにさせてくれたのです。

島本には、まだまだ美しい自然が残っています。稲穂がゆれる中に真っ赤に咲く彼岸花。金木犀の花の香りが漂い、山から吹く風に心地良さを与えられるのです。
この季節ならではの、澄み切った空気を胸いっぱいに深呼吸する・・・小さな幸せです。いつまでもそんな日本であって欲しいと願わずにはいられません。
お客様からたくさんの吾亦紅(われもこう)を頂きました。大きなピッチャー(武内真木作)に生けました。

  

暑く長かった日々にお疲れの事と思います。どうぞ昼と夜の寒暖差にお風邪など召しませぬ様、お気をつけて下さいませ。そしてお時間を見つけてお遊びにお出かけ下さいませ。いつもありがとうございます。



 2019年(令和元年)9月12日

8月の不順な天候に悩まされ、強い日差しや台風におののき、頻繁に起きる様になった天災・人災に、私達は、なすすべはないのでしょうか。
9月の「日常つれづれ」もちょっと遅くなりました。私の8月は「アッ!」と言う間に過ぎ去った様な気がします。
毎年8月15日前後は戦争にまつわる番組が特集されますが、何と言ってもNHKにかなう局はありません。
毎年、新たな資料が出てくるのですが、今年放映されたものも圧巻でした。

そんな8月、私にとっては大きな宿題を残してくれる大切な日々なのですが、真実は重く、とても苦しいのです。人間の悪を目のあたりにしてしまう、この種の話は、日々の暮らしを席巻してしまうくらい位大きな位置を占めるのです。
取り返すことの出来ない歴史の事実に向かってしまうのです。

8月早々「華族・最後の戦い」そして「激闘ガダルカナル・悲劇の指揮官」
何より衝撃的だった「全貌2・26事件~最高機密文書で迫る」そして「昭和天皇は何を語ったのか~初公開・秘録『拝謁記~』

     

この2件は録画したので、何度か繰り返して見たいと思うのですが、やり切れない思いです。
NHKの気概と熱量に感服してしまう、見事なドキュメンタリーでした。膨大な時間を費やし、研究者が読み解き、重大な事実を積み上げてゆく。それでも一部しか公開されていないのだそうです。

その間「アルキメデスの大戦」の映画も見ましたが、ドキュメンタリーには、到底及びません。もちろん切り取る部分が違うのですが・・・。
最後の章で田中泯氏に語らせた一語一句は、上記のドキュメンタリーに通じる悲劇そのものでした。意味のある山崎貴監督自身の深さでした。
この時期、戦争がテーマのたくさんの番組を見てしまうのですが、NHK BS早坂暁氏「春子の人形」に再び涙してしまいました。
最初NHKで見たのは2年近く前だったと思うのですが・・・その折はこの本が書かれた背景も、生前の早坂氏の姿も含めドキュメンタリータッチで描かれ、放映しました。NHKはよく再放送をするので、もう一度・・・と願っていました。

丁度、私の夏休み夕刻、BS NHKで見つけたのです。早坂暁氏は、わが故郷の偉大な作家でもあるのですが、彼の作品を系統的に読み解いた事はないのです。
彼の作品の根底に流れる反戦への思い・・・そのルーツを知りたい・・・と常々思っていました。この「春子の人形」を見て、一挙に疑問が解け、胸に迫りました。彼の自伝的作品だと言う事も知りました。彼が生涯、内に秘め、人生最後に書かれたものだったのです

人間の悪も深いけれど、人の思いの深さにも感動するのです。何か機会がありましたら、ぜひ、小説と言う媒体を通して反戦を訴える早坂暁氏に出会ってください。
春子の芦田愛菜さんのひたむきな姿を通して我々も反戦への思いを新たにするのです。
悲しく重い夏休み。気候が不順な事も重なり、疲れてしまったようです。「ボーッ!」と暮らしている自分を振り返り、ちょっと辛くなりますが、マイナスをバネに又頑張ります。

まだまだ暑さの残る9月ですが、展覧会をいたします。

 
 GABBEH展 ギャベ
南イラン・アマレ・カシュクリ族の人々が織る絨毯
2019・9・26〔木〕 - 10・5〔土〕
10:30-17:30  29日(日)・30日(月)休み 

  

長い年月の中で、たくさんのギャベに出会わせていただきました。美しい物との出会いは宝物であり大きな喜びです。精いっぱい頑張って生きる為の原動力にもなります。
西アジア・イランの女性が羊毛で織り成す壮大なロマン・・・この絨毯を手に入れ、使わせていただくことの幸せを、心よりありがたいと思っています。
遠い国、南イランから8月に届いたばかりの品です。たくさんお揃えできたと思います。再び新たな感動で、溢れます。どうぞ心に留まる品を見つけて下さいませ。心よりお待ち申し上げております

この美しいGABBEHをお世話してくださるギャラリーのオーナーについて少し書きたいと思います。
まず彼のただならぬ美意識に感動するのです。時々お手紙を下さるのですが、一字一句、紙面の佇まい・・・事に対峙する姿勢。言葉に尽くせない溢れる感性に、驚きと尊敬の念を持つのです。
BCオリエント・エジプト・中東・西アジアへの憧憬の深さを、ヨーロッパ美術、音楽など・・・その情熱と探究心は、私を虜にしてしまいます。

  

その知性は、並々ならぬ努力の上に存在し、それが内なる教養の深さとして魅力的なのです。大きな大きな、偉大なるお仕事をなさってきた中でのギャベの仕事なのです。教えていただかなくてはならない事が山積です。長く長く、くっついて行きたい・・・との思いです。私にもフツフツと情熱が湧いてくるのです。嬉しいですね。
彼の言葉『民藝の世界から、この道に入り、たくさんの美しい世界をさまよい今此処に。』彼は73歳、ルオーが共に・・・彼のそばに・・・

  

そうこうしているうちに、秋の気配が確かに歩んで来ています。赤トンボが乱舞し、ひっそりと虫の音も聞こえます。すすきを道端で手折って、花入れに生けてみました。やはり秋ですネェ~。

9月26日(木)からの展示会の頃には、暑さも一段落していて欲しいものです。
そうそう8月「アルキメデスの大戦」を見た折に「記憶にございません!」三谷幸喜監督、中井貴一主演の映画の予告編をしていました。おもしろそうでしたヨ!。ディーンフジオカ氏も出てるしネェ~。
驚愕の題名の本の広告を見つけ、早速手に入れました。8月の戦争にまつわる続きです。
100万部突破、伝説的ベストセラー・・・、私の心を誘うのです。

  

人間の悪・苦しみもがき・苦悩する。だからこそ美しい物に感動し、そして希望と言う未来を見つけて歩みたい、と思うのです。
夏のお疲れが出る頃です。お元気でお会いできますれば嬉しいです。その日を楽しみにお待ち申し上げております

  



 2019年(令和元年)7月17日

遅い梅雨を6月末頃に迎え、今、尚日差しの少ない雨模様の日々が続いています。日本各地の水害は、いかんともしがたい状況ですが、島本町は美しい緑でおおわれています。
昨年は地震に続き台風の風と雨で河川が溢れそうになったりしましたが、このあたりは今の所、大丈夫です。
日照時間が少なく作物に多大な被害が起きているようではありますが・・・。

  

梅雨の季節、大雨の後、水かさを増した小川に入り、楽しく遊んだ子供の頃。ヤンチャでしたので、雨靴も服もビショ濡れになりながら、たわいもない事に歓声を上げ、時間の経つのも忘れ遊び興じました。
日常の暮らしの中でも、小川は子供たちにとって格好の遊び場でした。網をたずさえ、メダカやおたまじゃくしなどの小動物を取り、バケツに入れ、いろいろの生き物を育てました。
田舎の子供には、あまりある、えも言えぬ場所でした。

そのメダカを今では売り買いするのです。
花染のメダカは、友達のご主人が育てたものを14~1 5年前から頂いています。一昨年から卵を孵化させる事を学ばせていただき、今年も、たくさんの、小さな小さな子供が元気に泳いでいます。
半年ほどの間に死んでしまう子供もいますが、数匹は成長してくれます。可愛いものです。子供の頃は、メダカは小川に生息しているのが当たり前でしたので、家で買う事はなかったと思います。

  

夏の風物詩、金魚売りおじさんが、天秤棒を担ぎ「きんぎょェ~きんぎょ!!」と大声で街を流すのです。子供たちは家から飛び出し金魚の入った桶に群がり、品定めをし、親にねだって買ってもらうのです。尾びれの美しい赤・白・黒の入りまじった優美に泳ぐ姿は、子供心をそそるのです。

我が家では水盤(生け花に使用するもの)の大きなものを母にもらって、長い年月育てました。大切に育てていても時には死ぬこともあるのです。畑にお墓を作り、又買ってもらうのです。
猫の餌食にならないよう、父が取り外しができる網の蓋を器用に作ってくれました。今のような餌があるわけではないので、ご飯粒やビスケットを砕いたものなどを、餌にしていた気がします。
小さい頃から、いろいろな小動物を育てましたが、生命は大切に慈しんでやらなくては死んでしまいます。植物もしかりです。

甘い懐かしい家族の思い出です。父が母が・・・遠き日々が幻のごとく湧き上がります。
母はまめな人でもあり、忙しい人でもありました。母から教わった事はたくさんありますが、ぬか漬けは、私も頑張ってやっています。
私はこの季節6月~9・10月くらいまでしか漬けません。夏限定です。何十年ぬか床を使っている・・・と言う話をお聞きするのですが、冬は、どんな試みをしても上手く出来ないのです。翌5月~6月に又、新しいぬか床を作ります。今とても上手くいっています。毎日「美味しいネ!」を連発して自画自賛です。

  

やはり生活そのものが母に連動しているのです。私が成長し大人になった頃、母から2冊の本を贈られました。その一冊「母から娘へ― お母さんの暮らし」は、今もなお大切に読んでいます。
大きな目次は「健康について」、「しきたりとしつけ」、「手紙の書き方」、「暮らしの知恵」、「衣類について」、「住まいと家具」、「食べ物について」読めば読む程感心してしまいます。
たとえば「しきたりとしつけ」の中の(おしえとエチケット)の項目には(電話のマナー・訪問のマナー・接客のマナー・隣り近所とのつき合い・親戚づき合い、話し方のマナー等々・・・)

  

それはそれは、ありがたい知恵と優しさで満たされ、時代が変わっても変わらないものがある事を教えてくれます。
時折、父母恋しさに涙を流します。末っ子の私には、父母共に、いつも寄り添ってくれていた暖かい記憶です。父母を思う気持ちは、年を追う程に増すのです。このエアポケットにはまると際限がなくなるのでこの辺で・・・。

最近、ちょっと嬉しい話が…。
6月のある午前中、大きなリュックを背負った女子高校生が入って来ました。お聞きすると、修学旅行でカンボジアへ行き、その帰りJR島本から街をフラリ・・・としていて花染を見付けて下さったそうです。店に入ってみると、自分の感性に響き、ゆっくり見たくなった・・・との事とです。カンボジアでたくさんの手仕事に触れ、日本での今までの暮らしに疑問を持った・・・と言うのです。機械製品、大量生産に慣れてしまっている事に・・・。日本の手仕事そして海外の手仕事の話を長い時間させて頂きました。砂が水を大量に吸い込むのと同じように、ぐいぐい話が深い所まで入る快感を覚えました。

生物にも深く関わりたい・・・との事です。「どちらの学校ですか?」とお聞きすると、この北摂では有名校なので・・・「京大の農学部を目指すと良いのでは・・・」と。彼女も「そうありたい・・・。」と話は進むのです。
私の30代のお友達に、京大の農学部出身の男性がいて、それはそれは、何とも得難い人物なのです。とても素敵です。
その女子高校生に名残を惜しみつつ・・・。お忙しい年令であり、お勉強にもお忙しいと思うので、再び花染を訪ねて下さるかどうか分かりませんが、そんな感性をお持ちの若い方がいらっしゃると言う事に安堵するのです。瑞々しい宝物をプレゼントしてもらった幸せに包まれました。

話は変わります。
6月~7月「細江義弘 木の仕事展」にたくさんお客様がお出かけ下さいました。本当にありがとうございます。彼も初日は在店して下さって、お客様方達と楽しくお好きな作品を語り合う姿は、拝見しているだけで嬉しくなります。
お膳、お茶托、トレー、小さな椅子などの小品も人気がありましたので、今後も出来る限り常設したいと考えています。

     

先月の「日常つれづれ」に・・・「何も難しい事を考えないで単純に本を読もうと2冊の文庫本を買ってあります」と書きましたが、気楽に読むつもりが結構深い・・・本とは、人間の歩く道とは素晴らしいものだとしみじみ思います。行間に滲む人の心の真実に響くのです。

  

本の装丁にも深い意味があると思っているので、本を手に取り、得がたいものを受け取らせて頂いています。
ゆっくり、いっぱいの本を読みたい・・・!!と叫びたいのですが、たくさんの仕事が私を追いかけます。その上、視力も体力も落ちていることにも驚いています。
ちょっとした日常の美しいものに心を癒されながら頑張っています。
まだまだこの先、魅力ある人、素晴らしい物に出会い、私に勇気と元気を与えて下さる様、いつも願っています。

★ 8月の夏休みは、11日(日)から19日(月)までの予定にしていますが、まだ決定ではありません。
★ちょっと一休み・・・8月の「日常つれづれ」はお休みにいたします。
★ 9/26(木)~10/5(土)ギャベ展を致します。
まだ暑さの残る日々だとは思いますが・・・。ギャベをお世話して下さるギャラリーの方は6月~7月南イランに入りました。きっと上質の素敵な作品に出会わせて下さる事を確信しております

今日は京都祇園祭山鉾巡行です。夏本番ですが、このまま行くと冷夏になりそうです。大きな被害が出ない事を心より願うばかりです。

  

多分7月・8月・9月不順なだけでなく、過酷な日々ですヨネ。どうぞくれぐれもお気を付けてお過ごし下さいませ。そしてお時間のおありの折には、花染へお遊びにいらして下さいませ。お店を涼しくしてお待ち致しております。

今月7月のHPの更新が遅くなってしまいました。いつも欠かさずご覧頂いているお客様に失礼してしまいました。本当に拙い文章をお読み下さいましてありがとうございます。

  



 2019年(令和元年)6月5日

あふれる緑とあふれる光の中で、良いお天気が続いています。
グリーンもみじの葉は大きく指を広げ透き通って輝き、目を楽しませてくれています。
5月・6月の日常は、窓を全開し、風を部屋いっぱいに取り込み、自然を満喫するのです。
島本町は西の山からオゾンを含んだ、ちょっと冷んやりした風が流れ心地良いのです。この季節、田舎町の風情を体で感じ、生き返る思いがします。

  

田植えの終わった水面に映る青い空と白い雲。うぐいすが鳴き、そしてかえるも鳴く・・・、そんな街をとても美しいと思っています。
私どもの庭にも初夏が、沙羅の白い花が咲きました。水引草も、ほととぎすも、背丈を伸ばし、もうすぐ花を咲かせるでしょう。

  

日本に四季があり、日本人の感性を育み、情緒あふれる美しき国土となるのです。

5月のガラスの展示会も終わりました。丁度、真夏のような暑い日が続いたので、キラキラ輝く器は、尚、美しく感じました。
冷たいお菓子に熱いお煎茶は、とても美味しかったですよ。

  

グラスやガラスの器は盛夏に向けて、今、充実しています。
ちょっと涼しげに暮らしたいナァ~。と感じる折には、是非見にいらしてください。

先月の「日常つれづれ」に、ちょっとレトロな街歩きの話を書きましたが、元気を分けてもらいに行きましたヨ。
大宮から三条通りを東へ東へ、堀川まで・・・。大きな商店街なのですが、日曜日、定休日の店が多かったせいで人通りはあまり多くなく、ちょっと残念でした。こういう街は、人がにぎわう姿が良いですね。
B級の洋食屋さんへ入って、お昼ご飯を頂き、店主から楽しいお話をたくさんお聞きしました。商店街の店主達が「令和」と白くロゴの入った黒いキャップを被って盛り上げていました。

     

たくさんの商店が並び、穏やかな空気が流れる、人に優しい雰囲気を醸し出していました。おしゃれすぎる街よりホッコリさせて頂いたのです。
堀川通りから東へ向かう三条通りは徐々に近代的になってゆくのですが、今、どこにでもあるこじゃれた感じで、かえって平凡に思ってしまうのは不思議です。
もう1日、美しい緑を求めて哲学の道へ出かけました。「どれだけ好きなのだろう…!!」と思う程、心をいやし、そぞろ歩きは、体のいやしとなるのです。
美しいスポットは、とてもたくさんありますので、写真の選択は難しいのですが、2枚掲載しました。

     

東山三条まで下り、そこからは、レトロな古川町商店街に入りました。随分前に好奇心で歩いた時より、かなり進化していました。今と昔が混在する、摩訶不思議、興味深い佇まいに、やはりホッコリさせて頂きました。

  

この様に、今、又、少しずつ古い昔からの商店街が見直される事はとても、良い傾向ですね。
出町柳商店街もしかりです。タイムスリップしたレトロな小さな映画館も出来ています。開館して4~5年くらい・・・と思うのですが、ブータンの映画を見に行った事があります。
どんどん近代化される中で、人々はやはりアナログの世界を求めているのだと思います。
私自身も超アナログ人間なので、「よしよし・・・!!」と共感してしまいます。是非、訪ねて見て下さい。
偶然入った店のカレーが美味しかったり・・・、小さな幸せを見つけることができます。

遊んでばかりもいられません。ちょっと気を抜くと山程の仕事が私を追っかけて来るのです。最近は残業すると疲れるので、朝7時過ぎに店へ来たりして、溢れる仕事をこなしています。1日の労働時間は、とても長いのです。
それでも、若くキラキラ輝いていた頃の半分しか仕事が出来ていないかもしれないナァ~と。ついつい自分に「カツ」を入れてしまうのです。


 細江義弘の木の仕事展
暮らしと共に・・・
2019・6・27〔木〕 - 7・6〔土〕
10:30-17:30  30日(日)・1日(月)休み 

  

樹と深いかかわりを持ちながら樹に寄りそい生きて来た先人達。この無垢の木との出会い、私達は家具や道具として利用させて頂き、自然を与えられて暮らしている事を強く感じるのです。
細江氏は、優秀な木材がたくさん集まる岐阜で仕事をしています。
よく使う材料は栃・栓・楡・梄・栗など国産の広葉樹。仕上げは拭き漆または、天然オイル。大きな家具から小品まで、どの作品からも、のびのびとした風格が漂っています。
本物を使う事の歓びをお伝え出来れば幸せです。
日々の暮らしの中で、何十年を経て使い込まれ、すべてを包み込み、代々引き継がれて行って欲しいと願っています。 

        


2019年4月(平成31年)4月7日の「日常つれづれ」に「ビリーブ 未来への大逆転」の映画の話を書きました。主人公のモデルは米国最高裁の現役女性判事ルース・ベイダー・ギンズバーグ。戦う姿は美しくもあり過酷でもあり・・・。
正義感に打たれ、生き方に感銘を受けずにはいられない・・・。と感動をお伝えさせて頂いたのですが、今、全国の映画館で「RBG最強の85才」彼女のドキュメンタリー映画が上映されています。

  

1993年 女性として史上2人目となる最高裁判事に指名され、法の下の平等の実現に向けて果敢に切り込んでいく・・・絶大な支持を得る「RBG」はいかにして誕生したのか?
この辺りでは、京都シネマ6/14(金)まで上映です。心身共に引き締まります。彼女の知力と勇気を知って頂きたいと思うのです。

最近、上野千鶴子氏の東大の入学式での祝辞が取りざたされています。この入学式の後、私は、この祝辞を活字で読ませて頂き、感動しました。
彼女の本は数冊しか読んでいないし、メディアに登場して発言する・・・あくまで編集された言葉に、時々心を留める事はあっても、それ以上ではありませんでした。
ご自身が長く積み重ねて来た知力から発する言葉、しかも若い人に向け・・・そして世の中に発信した、この祝辞は壮大であり人の心を動かすには充分でした。現在あるべき姿、そして未来あるべき生き方の方向性に感銘を受けたのです。
もう一度「最強の85才」ルース・ベイダー・ギンズバーグに映画館で出会いたい思い強くかられたのです。

これから梅雨を経て、本格的な暑い夏がやって来ます。「ボーッ」としているつもりはないのですが、毎日が飛ぶように過ぎるのです。
山積する世間の荒い波を乗り切る術を学びたいと思う日々を暮らしています。かなり辛くなる自分を持て余しています。
何も難しいことを考えないで一区切りついたら単純な本を読もうと2冊の文庫本を買ってあります。
「海の見える理髪店」「慈雨」けっこう楽しみにしています。
そぼ降る雨に濡れるアジサイの花も美しいです。日本の四季が香るお花を育てている、いつもの方から鉄せんの花が届き・・・こんな幸せは贅沢です。心安らぎうっとりします。

  

不順な天候です。どうぞ体調くずさない様、お健やかにお過ごしくださいませ。



 2019年(令和元年)5月8日

4月、「令和」の発表以来、日本中が大騒ぎです。万葉のいにしえ人は、如何に感じているのでしょう。4月30日〜5月1日・・・何とも異様です。
昭和という時代が長く、平成に生まれ育った人々が、これからの日本を支えてゆくのです。メディアも含め、お祭り騒ぎとしか言いようがありません。
昭和という時代を戦争を挟んで重く背負っている多くの人達が、今なおいらっしゃることを忘れてはいけないと思うのです。
粛々と平成から令和へ移行する事が出来ないのでしょうか。
こんな日本人ではないはずです。

テレビの「ポツンと一軒家」と言う番組に見る日本。見れば見る程、深いのです。そこで生きた人々の歴史が、そして生きる姿勢が・・・。
それゆえ魅了されるのです。消えゆく日本の暮らしに深い感動を得るのです。1ツ1ツの事例は、まさしく明治・大正・昭和そして平成の歴史なのです。自然と共に生きた日本人の姿なのです。
「令和」という時代・・・凄まじい勢いで消えて行くのであろう日本の暮らしに、えもいわれぬ哀しみを持ってしまうのです。
山は荒れ、海は荒れ、日本人は何処に向かうのでしょう。
もちろん時代と共に変わって当たり前なのです。しかし魂の中にある自然への畏敬の念は持ち続けなくてはならないと思うのです。

皆様は長い連休を如何お過ごしでしたでしょうか。私は、通常通りの営業でしたので、店に缶詰めでした。
店をながめ「花染を可愛がってやっているかナァ~!」と反省し、隅々まで愛情を注いでゆく日々は、とても楽しく満ち足りていました。

     

そして定休日は、ちょっとレトロな街を、目的もなく歩く・・・、そんな休日を過ごしました。
京都も、街中を過ぎると、昔からの商店街があり、寄り道をしながら歩くのは、とてもまったり、良いものです。
今回は、新大宮商店街をぶらりです。歩き始めてびっくりです。
北大路通りから北へ直線に伸びる街は、なんとも驚くほど、長い商店街なのです。一昔前は、この界隈になくてはならない商店街であり、住人の生活を支えていたのでしょう。

花みずきの大木が街を彩り、それを見る限りでも、古い大きい商店街だったことが偲ばれるのです。「あっちへフラリ、こっちへフラリ・・・」行けども行けども北に伸びる商店街は、地味ではありますが、今もこの地域に根ざしている事がわかります。そこに暮らす人々の役に立っているであろう事が想像できます。
そして、その商店街を東へ折れ、北山通りを東へ東へ・・・素敵な店に出会ったり、楽しいものに偶然出会う喜びは、歩く事でしか得ることができないでしょうね。

まだまだ「ブラリ!」は続きます。
島本町山崎~大山崎をぶらり歩きです。大山崎山荘でお庭をゆっくり散策し、山崎駅前で昼食・・・そしてコーヒーをいただき、大山崎町の円明寺に向かって歩くのです。おだやかに流れる風の中をポチポチ聖天さんを抜け・・・自然の中をゆるりとしたのはいいのですが、ここから島本町の我が家まで歩こうと言う事になり、ちょっと大通りよりそれた道を選んで歩き始めたものの、途中後悔する程、道は遠く・・・島本町も小さい街とはいえども広いのです。
こんな形で歩く事は無いかもしれない・・・となぐさめつつ、新しい発見に励まされ、ひたすら歩きました。
この街に暮らして45年になりますが、最近の変化が凄まじく、開発が進んでいるのです。
この田舎街の風景や人情を残したいものです。疲れはしましたが、心地良い1日でした。

連休が終わったらサァ~仕事です。


吹きガラスの仕事と練り上げの器
西川孝次・村松学・河井達之
2019・5・16〔木〕 - 5・25〔土〕
10:30-17:30  19日(日)・20日(月)休み 

  

名残の春。5月の緑は美しく、風も爽やかにして、生きとし生けるもの全てが輝きを増す季節です。
西川孝次さんのガラス。30幾年のお付き合いを経ても変わらない若々しい作品。そして久しぶりに展示会に作品をお送り頂いた村松学さん。舩木先生の意思を継ぎながら、独自に前を向く姿。
河井達之さんの練り上げの器の斬新な姿。それぞれ3人3様の個性をお伝え出来れば嬉しいと思っています。
まったりとした昼下がり、ちょっと怠けてビールでも・・・。グラス片手に甘いお菓子もいいですね。日々を楽しむ暮らしは喜びでもあります。
どうぞ、お気に入りの1品を見つけにいらして下さいませ。

  


この度の展示会のために、河井家の工房へ参りました。河井久先生がお仕事をなさっていた当時と佇まいは変わって行きますが、ご長男一喜さん、次男達之さんが一生懸命お仕事なさっていらっしゃいます。

久先生がお亡くなりになって、この季節で3年が過ぎました。先生の作品の品格は、私にとって、とうてい忘れる事は出来ません。先生ご自身、まだまだお仕事をなさるおつもりの活力をお持ちでした。陶芸家としては、働きざかりの74才でした。お亡くなりになるつもりではなかったと思います。
作品は、まだまだ工房にあるので、この3年間、お伺いしては、生前と同じ様に作品を頂いて来ています。ただ、新作に出会えないのが、とても残念です。

大きい作品も、小さな器も、優しく、美しく先生の人格そのものです。
仕事・・・そして人としての姿勢を寛次郎から学んだ、とお聞きしていました。
先生の様に大きくなりたいと願っていますが、一朝一夕に、事は成りません。先生の作品が存在することによって花染も風格が保てるのです。
ファンであり続けて下さるお客様がいてくれる限り、先生の作品をお届け出来る様にしたいと思っています。

     

島本町の春もそろそろ終わりです。例年より、ずっとずっと遅くなった竹の子も終りました。竹の子寿司、竹の子ご飯、木の芽あえ、竹の子とえびのかき揚げ、天ぷら、そうそう春の野菜と共にスープにもしました。
そして最後に、佃煮まで作りました。これは、冷凍し、これから先、少しずつ頂きます。この季節の喜びを堪能し、楽しませていただきました。

田植えの支度がそろそろ始まります。水面にうつる青い空と白い雲。夏に向かって一直線です。
太陽の陽差しをいっぱい浴び、元気に前を向きましょう。
裏庭の「白雪げし」も「一人静」も花をつけました。もうすぐ沙羅の花も咲く事でしょう。古来より名付けられた花の名は、侘びて、そして日本人の感性に響くのです。

  

★ 今後も、ちょっとレトロな街歩きが続きます。素敵ではなくても良い・・・モダンでなくても良い・・・。そこに暮らす人々の生活を支え商店主も含め、地域が一体となり、一生懸命生きている街は、日本の素晴らしい暮らしが息づいているのです。次は京都三条通り商店街を訪ねます。大宮から三条通りを東へ東へ進みます。



  2019年(平成31年)4月7日

日本の春を彩る・・・そして日本中が待ち焦がれる桜を追う4月です。 今年の桜は、冷たい気温のおかげで、長く楽しむことが出来ます。
毎日、店へと通う道すがら、昨日は一分咲き、今日は三分咲き・・・と。そしてとうとう満開です。心をざわめかせる日々を、もう少し楽しみたいと思います。

  

桜の花は、自分の歴史の数だけ、咲く花の色が異なると思うのです。幼い頃、家族で、ご近所さんで遊んだお花見は、純粋な花の色。 小学校の入学式。校庭の大きな木に見事に花開く桜の花の色。友と毎年、仰ぎ見る桜の花は希望で溢れていました。そして高校への進路は、さまざまな道。そこで見る花の色は、ちょっぴり寂しく、大人への一歩、 大きく舵を切るのです。大人になると言う事は、花の色に変化が生じるのです。哀しい色、美しい色豊かな桜色・・・色あせて見える年もあります。

背負う人生が色に重なり、その分深くなる様な気がします。
そこには、日本人独特の死生観が投影され、私たちを魅了してやまないのです。散る花に日本人らしさを見るのです。
「桜」を書きながら、忘れていた記憶が次々と蘇り、ちょっと感傷的になるのは、私だけではないでしょう!!

ある日、ある時3/22(金)の夕刊に映画の記事を見つけたのです。
「ビリーブ 未来への大逆転」50年前性差別をただすため
突然、目に飛び込んできた、小さな記事に引き寄せられてしまいました。
この様ようなものに敏感に反応するのです。
即刻3/25(月)私共の定休日に出かけました。

主人公のモデルは米国最高裁の現役女性判事ルース・ベイダー・ギンズバーグ。映画は、彼女の生きる姿勢を物語るかのごとく、すごいテンポで進みます。
「すべての人間は法の下に平等」・・・と。この時代の差別は、これ程までに聡明で優秀な女性をも、男性社会はあざ笑うのです。
女性の戦う姿は美しくもあり、過酷でもあり、スクリーンのこちら側の人間を引きずり込み、意識を搔き立て釘づけにしてしまうのです。
思わず身を乗り出す2時間余りは、瞬く間でした。観客は少人数でしたが、とても良い映画でした。

もう一ツ・・・。映画を見終わって数日後、この映画評論家の記事をもう一度読み返したのです。人の心を掌握する的確な表現は、短い文章を尚、魅力あるものにしていました。

  

この文章を読んで飛んで行ったのですから・・・。
評論家は、最後に「映画の出来以前に、ルース本人の正義感に打たれ、生き方に感銘を受けずにはいられない」、「裁判から約50年。ようやくMe Too運動も始まったが、まだ先は長い。」と結んでありました。

この同じ時期、全国の女性議員へのセクハラ問題が新聞に掲載されていました。
内容を読むと、言語道断、なんと低レベルのおぞましい人々が巣食っている社会なのか、と憎悪すら覚えます。
差別と戦ってきた長い歴史があるにもかかわらず、今後も絶えることのない「人間の悪意」は続くのでしょうか。自分の頭で考え、自らの目で本質を見抜く為にも、本を読み、活字を読み・・・文化に触れ・・・視野を広げる事の大切さを肝に銘じたのです。

もう一ツ見たい映画があります。
渡辺智史監督の「YUKIGUNI」 。「雪国」と呼ばれるカクテルを考案し、92歳にして、今なおシェーカーを振る伝説のバーテンダー井山計一さんのドキュメンタリー映画です。

  

見た目にも気高い美しさを備えたカクテルを求めるファンの方々。
凛とした姿・・・生涯現役の生きざまの裏と表、明と暗を拝見したいと思っています。京都シネマ4月6日からです。

姜尚中さん・・・。ここ数年の内で私を捉えてしまった事に間違いはないのですが、あまりの深さに、私自身を問いかける日々です。
朝日新聞「人生の贈り物」3/11(月)~3/29(金)・・・15回。
心して、読ませていただきました。私が持っている本は、たかが5〜6冊ですが、新聞の記事、特集、姜氏がたどるテレビ番組など、意識してチャンネルを合わせ、私の気持ちはいつも前のめりです。

  

この紙面で語る姜氏は、すべてを飲み込み、すべてを許容し、人生の道程を、しみじみ言葉に託し、深い人格が溢れる、想像に余りある人でした。
年齢を重ねることで至る思いがあるのだと・・・。晴れやかな笑顔を見せる最終回でした。近著に『母の教えの10年後の「悩む力」』があるそうです。再び「母 オモニ」を読んでみたくなりました。

それでも、私と言う人間は、まだまだ凡人の道を迷っていくのでしょう。
こんな事を考える日々は、辛くなるのです。思いを引きずってしまうのです。私の手足をもぎ取る様に、ここ数年の間に、大切な人をたくさん亡くしました。辛い思いを重ねても嘆くばかりです。
複雑な思いを抱え、その上で静かに語る・・・そんな事が出来る人に私はなりたい・・・。男女を超え人種を越え・・・。

でも春です。うぐいすも美しい声で鳴いています。「ホーホケキョ!!」もすっかり板につき、お上手です。
季節は、待ったなしで進みます。
4月、5月は緑豊かな優しい風が吹き、気持ちを温めてくれます。
世界は、あらぬ方向へ行っています。この島本町の、この小さな美しい街も、変貌して行きます。いつまでも田舎街であって欲しいと願う事はぜいたくな事なのでしょうか。我が店の裏では、小さな営みが、小さく息づいています。小さな小さな世界です。

  

年号も変わります。「令和」いにしえの風流を旨とした人々に思いをめぐらし、新しい時代を、ちょっとゆっくり良いご縁を結びながら歩いてみたいと思います。

4月は展示会は休みます。春爛漫、どっぷり身を沈め、5月の展示会の準備にかかります。
島本町の春は、桜が終わると竹の子のシーズンがやって来ます。
どうぞお健やかにお過ごし下さいます様。そしてどうぞお出かけ下さいませ。お待ち申し上げております。

「初春の令月にして、気淑く風和ぎ」 大伴旅人



 2019年(平成31年)3月6日

3月。すべての自然が動いています。この季節の太陽は、私達人間や森羅万象ことごとくに豊かな恵みを与えてくれているのだと思います。大地は瑞々しく、生きとし生けるものすべてが輝くのです。
もえいずる春となるのです。
裏庭でまっ先に幼い葉を出したのが二葉葵、そしてほととぎすです。力いっぱいに芽吹こうとしています。

  

花染の店内に生けている「青もじ」も膨らみ始め、一昨日は2ツ・・・昨日は加えて3ツ、そして今日は7ツと葉を広げています。そんな姿を見ているのが大好きです。
大好きなものの中に「コケ」があるのですが、お客様のお家に自生している「コケ」を頂いて鉢に植えました。園芸師さんに育て方を学んだのですが、裏庭のものも、なかなか根付いてくれないのです。
この春は再び庭の「コケ」に挑戦してみようと思っています

     

忙しい日々の合間に、ホッとする時間です。忙しいからこそやりたいのです。
自然と生活が共存している人が、花染のお客様には大勢いらっしゃいます。冬には、たくさんのお野菜を頂きました。壬生菜のぬか漬けもおいしく頂きました。昨日は「ふき味噌」を小さな瓶に詰めて頂きました。メチャメチャ春です。京都・綾部からのふきのとうの贈り物です。
木々や草花にも造詣が深い人、そしてお花の名前をよくご存知の方。尊敬してしまいます。

ちょっと前までお祖母ちゃんが、そして母が、楽しみつつ生活していた自然との共存が日本の暮らしにはあったのです。
子供の頃の祖母を思い出す時、我が家には「そば打ち」がありました。私も、大好きだった「おから寿し」も忘れません。そして「きんかん」を行平でコトコト甘く煮ていた姿が、今も鮮明によみがえります。
そうそう、お祖母ちゃんの「えび味噌」も格別に美味でした。

母は、これは大変な人で「手作りの食品」は、どこまでも幅が広く素晴らしいのです。好奇心が旺盛でしたので、何にでも挑戦していました。少しだけ連ねてみようと思ったのですが、ちょっと思い出すだけでも大変な数だと気が付きました。どれも甲乙つけがたいのです。
文旦の皮をお砂糖で煮て「カリッ、ふわっ」と仕上げたものは、母は晩年まで作り続け、花染へ送ってくれていましたので、お客様の中には、召し上がってく下さった方も多いのです。私も挑戦しましたが、「ベタッ」として、何度やっても、コツを聞いても不可能でした。
日本の暮らしは、先人達は偉大です。

花染は、日本の暮らしや、伝統をそして先人たちの素晴らしさを、皆様と語り合い、お伝えする店でありたいと願っているのです。
「土と自然」 「うるしと自然」 「吹きガラスと自然」 「織物・布と自然」 「木と自然」 偉大なる日本の美と手仕事に感動して欲しいと思うのです。

3月の展示会は、まさしく自然からの贈り物です。
東北の山野で自生する山ぶどう・あけびづるの作品展です。

 
山ぶどうの手さげかご&あけびづるの小物
2019・3・12〔火〕- 3・23〔土〕
10:30 - 17:30  17日(日)・18日(月)休み

  

山ぶどうの手さげかごのお仕事をさせて頂くようになって30数年になりますが、年々進化を続けているのです。
良質の山ぶどうばかりを集めて編まれたものの中には、よくぞここまで・・・と思う美しくも端正な佇まいのものがあります。山野に自生するものなので、おのずと個性があり、素朴で野趣味あふれる作品も又、素晴らしいものです。
その上、百年以上、使用可能と言う事にも驚きます。
年月を経る程に美しい「ツヤ」を生み出し、それを持つ人と一体となり、同じ顔となるのです
この度は、あけびづるの小物も、たくさん送って頂きます。
職人さん達の思いを受け取り、生活の道具として使っていただければ幸いです。


3月1日は花染の36周年です。たくさんの人々との良いご縁で結ばれ歩んで来ました。深い深い思いに浸っています。
その中の1ツ・・・。
20数年前、私共のお客様だったお若いご夫婦が関東に転勤になり、引っ越されました。その後、食卓テーブル、椅子のご注文を受け、作らせて頂き、お送り致しました。
ずっと、ずっと長くご縁をつなげて下さっています。私共のホームページをご覧になり、お電話をいただく年月が幾十年と続いているのです。
信じられない程の信頼を寄せて下さっているのだと思うと胸が熱くなります。その折々、お電話でお話しさせて頂く奥様のお声は、いつも私の励みになるのです。若い若い頃「丁寧に暮らして下さいね・・・。」と申し上げた言葉を、今も覚えて下さっていて・・・そのもののお人柄なのです。
先日も、丁寧なお手紙を頂いて、私はその心に震えました。彼女の感性を言葉に託し、私に伝えて下さるのです。美しい文字が、万年筆で丁寧に書かれていました。そして、それは、椿の花の美しい封筒に入っていたのです。

  

2月の「日常つれづれ」に書いた「イノダアキオさんのコーヒーがおいしい理由」の本を取り寄せて、一気に読んでしまいました・・・と。深い話もありました。器とご家族の食卓、ご子息と器、そして本物と暮らす意味・・・等々、私にとっては、最大の応援の言葉です。
日常は、はるかに私を超え、見事に花開いている事に喜びはひとしおです。こんなにも嬉しい、こんなにも大切な贈り物があるでしょうか。

作家の先生方から、そしてお客様から、たくさんのお葉書、お手紙を頂きます。
私にとりましては、すべて宝物です。皆様からの深い愛情とご縁を頂いたことに感謝の思いでいっぱいです。
37年目をしっかり歩みたいと思わずにはいられません。仕事によって、私の人生は作られたと言っても過言ではないと思います。一生懸命学ばせて頂きたいと思っています。

そしてまた、仕事のご縁がつながりました。
舩木先生が亡くなって、何となく途絶えていた、先生のお弟子さんとのご縁を再開致しました。村松学さんとの良いご縁です。
村松さんは長い年月、舩木先生の工房で修業をなさったのです。
一番親しい間柄だったのですが、先生がお亡くなりになった後、私は、気持ちの上で、迷う日々を暮らしていました。
久しぶりに送って下さった作品は、とても丁寧に美しく作られたものでした。添えられたお手紙は、数年の空白を埋めて下さる、優しい言葉でした。
こんな嬉しい事はありません。
舩木先生の作品を復活させたものもありました。

     

先生が亡くなった事の大きな悲しい痛手から立ち上がって行く事ができれば、この上もない幸せです。
長い人生、山あり谷あり・・・。頂いたご縁を大切にして行きたいと思います。

まだまだ寒暖の差が激しい3月です。お気をつけてお過ごし下さいます様、そしてお遊びにお出かけ下さいませ。心よりお待ち申し上げております。

  



 2019年(平成31年)2月6日

もう2月です。節分も過ぎ、4日は立春。日差しが春めくと共に、木々の芽は膨らんできています。身の回りにある植物を手入れしていると、明らかに毎日変化してゆくのです。生き物は、冬の間もしっかり様子をうかがいながら機嫌を見てやり、愛情をかけないと、春から夏の美しい姿を見る事は出来ません。
愛情をかければ必ず、それに応えてくれ、見事な花を咲かせてくれるのです。
我が家では、これから、まっ先に椿の花が咲いてくれます。
こうして四季がはっきりしている日本の自然は、世界でも特別な存在だと思うのですが・・・。
四季折々の行事が、日本各地で古来より大切にされ、自然を「神」と崇拝する風習が私達には子供の頃からそなわっていると思うのです。

ろう梅が花を咲かせ、芳しい香りを漂わせ、梅の花の便りが、そこかしこから届きます。
日本は良いですねェ〜。

つい最近、日本の美しい心の本を求めました。
「イノダアキオさんのコーヒーがおいしい理由」と言う小さな本です。
この本の書き出しを参考に致します。

  

『イノダコーヒ三条店には、名物店長がいました。創業者である猪田七郎さんの甥っ子で、創業当初からイノダコーヒで15歳から働いてきた、猪田彰郎(イノダアキオ)さん。初代店長として三条店をまかされたのは38歳の時。焙煎から接客まで、すべてやってきました。

ほぼ毎日の常連さん、家族代々通ってくださる方、遠方の方、高倉健さん、吉永小百合さん、筑紫哲也さん、原田治さん・・・、円形カウンターではたくさんの出会いがありました。』

  

ちょっと手をかけてやればコーヒーはおいしくなります。コーヒーは生きものです。こちらの気持ちが伝わります。
おいしくなったらみんなが喜んでくれる。おいしいコーヒーから、ええご縁がつながる・・・。
普通のようで、なかなか出来ない事だと、我が身を振り返ってしまいます。

戦後まもない昭和22年、豆が手に入りにくい時代から、本物のコーヒーを・・・と今の本店の場所で始めたのだそうです。
大変な時代に本物を・・・と志を持つ事が、いかにご苦労が多く、そして又、大切なことか・・・。
三条店は昭和45年(1970)開店したのです。
「大きな円形のカウンターの中でコーヒーを淹れ、お客さんは、まわりからそれを見ながらコーヒーをじっくり楽しむ・・・、そんな特別感のあるお店をここに作ろう!」と、創業者の猪田七郎さんがイメージしたのです。
そして初代店長として店を任されたのが猪田彰郎(イノダアキオ)さんです。
それから、ここだけのコーヒーの味を探すのです。
「軽くてキレがよく、それでいてイノダコーヒーらしく、しっかりと深いコクがあるもの」本店とは違う、コーヒー好きの客さんへと、彼の心は向かっていったのです。

  

私も、この大きな円形カウンターが大好きです。常連の人々が座る特別な雰囲気があるのです。時々、この店をおとずれ、ここに座り、店の方々に会釈をしながら味わうコーヒーは格別なのです。

この三条店の深い味わいを、この本から受け取りました。コーヒーの話だけではないのです。お客様への姿勢、そして生きる姿勢が行間から溢れているのです。きれいな心で対峙する。ちょっと気持ちを込める。仕事は何でも一生懸命ひたむきに続ける。

そのアキオさんの気持ちは、あの高倉健さんをはじめ、あらゆる本物を知る人々に愛されたのです。
おいしいコーヒーをつくる・・・。それはコーヒーではなく生き方なのです。
高倉健さんとの出会いはアキオさんをより深いところへ導いたのだと思います。健さんとの会話の中から勇気を得、「一生懸命・・・には、なんぼでも上があるんやな」と、心意気が変わったと言うのです。
健さんとのご縁が、たくさんのご縁につながって行くのです。吉永小百合さんとのお話も、とても深いものがありました。

「イノダコーヒのはじまり・・・」は、私達、人様と接する仕事をしている者にとっては、大きな指針となるのです。
決して難しいことでは無いのだけれど、難しい・・・。
私も、すでに、イノダコーヒに出会って50年になります。イノダアキオさんが三条店を退職して20年。アキオさんは退職後、全国のイノダファンのみならず、何処へでもコーヒーの淹れ方を教えに行ったのです。
ご家庭でおいしいコーヒーを淹れてみてください・・・と。

コーヒー一筋70年の美しき道程です。今も元気です。
『まっすぐ歩いてきてよかったと心から思います。幸せな人生です。』と結んでいます。

  

私にとって身つまされるお話なので、何だか小さな本に感動してしまったのです。

私は、まず船木倭帆先生を思わずにはいられませんでした。「普段着のガラス」をお作りになり、全国に多くのファンをお持ちになられていました。
先生のファンは、先生と作品とご自身がつながる事を誇りとしているのです。私もその中の1人です。店を始める以前に出会わせて頂き、先生を一筋追い求める花染でした。多くの言葉、気持ちで支えて下さった事は私の宝物です。
先生の生きる姿勢を教科書とし、36年の月日を歩んだ気がします。「こんな人口の少ない街で、よくこのレベルを保ったネ・・・。」いつも誉めて下さいました。奥様は「花染はいつも一生懸命、熱心だったから・・・」と、嬉しい言葉でした。
この季節毎年2月は、船木倭帆先生の「吹きガラスの展示会」をさせて頂いていました。全国から大勢のお客様がご来店下さって、にぎやかな展示会でした。美しいカラスが2Fいっぱいに並ぶ光景は、先生の思い出と共に忘れる事は出来ません。

先生がお亡くなりになって早くも5年余の月日が流れました。
お別れの会は2014年2月10日。冷たい横なぶりの強い風が吹く寒い日でした。悲しみの中ではありましたが、普段の先生とは異なった姿が写し出されるスクリーンを拝見しながらのお別れでした。
鮮明に記憶にとどめています。 2月という月は、すべて先生とつながっているのです。

2月の寒い時期ではありますが、ほっこりしていただきたくてカップの展示会をさせていただきます。


  器と時間を楽しむ
ホッとひといき
  2019・2・12〔火〕- 2・23〔土〕
10:30 - 17:30  17日(日)・18日(月)休み

  

日差しがすっかり春めいてきました。木の芽がふくらみ、そこかしこに春の花も咲き始めました。この何かを待つ季節は、私達も気持ちが浮き立つのです。
お部屋に好きな花を生け、ポットでお茶を入れ、美味しいお菓子を頂く・・・格別なものです。そんなたわいもない幸せを感じる事ができる生活を大切に出来れば嬉しいと思っています。
たくさんの作家さんから、作品を集めました。それぞれの個性が生き生きと伝わって来る作品であって欲しいと願いつつ展示会をさせて頂きます。
フリーカップ・マグカップ・ゆのみ・カップ&ソーサー・・・和菓子・洋菓子をよりきわ立たせてくれる銘々皿、ケーキ皿などです。
竹菓子切・銀のフォーク・竹のフォーク・ティマットなど、そばに置いて使いたいものが揃っています。
日々の暮らしに彩りを添え、心も体も優しくしてくれそうです。
楽しい1日をお過ご頂けますよう、心よりお待ち申し上げております。

        


雪もチラチラ、まだまだ寒い日が続きます。
でも、もう春です。店にはおひな様を飾りました。春のお花を買って来ましょう!

  



 2019年(平成31年)1月9日

神々しく太陽が輝く元旦の朝、新たな気持ちで向き合う初日の出。
今年も無事迎える事が出来た事に感謝の思いです。この美しき太陽に願いを込め、どうぞ良き年になります様祈るのです。

     

元旦の朝はゆっくりと年相応のお正月をおくります。お節を頂き、母が残してくれた実家のうるし椀にお雑煮を...。母を忍ぶのです。
料理が好きだった母の面影を感じつつ、美しく飾る椀の中は思い出で溢れていました。日本のお正月を迎える事は、大切な家族との絆でもあります。

新しく掛けたカレンダーも初々しく、12ケ月、12枚分の中味はまだ何の陰りもなく、1年が美しく輝いている様に見えるのです。

  

今年は特別な年になりますね。元号が変わり、新天皇が即位し、時代が新たな歩みを始めます。
平成の30年間を、充分に生きる事が出来たのだろうか...。花染36年の大部分を占めている平成と言う年号に改めて思いを巡らせるのです。
穏やかな天候に恵まれた3ケ日でした。毎年2日は初詣をする事に決めています。
京都烏丸通り、御所・蛤御門前に「護王神社」という和気清麻呂を由来とする神社があります。
清麻呂公が災難に遭われた際、300頭もの猪が現れ、公をお守りした事が「日本後紀」に記されている...。
その故事にちなみ「狛犬」ならぬ猪が「狛いのしし」として一対石像が建てられているのです。・・・と言う事でお参りに出かけました。

     

「亥」の年なので、参拝客がいっぱい・・・と覚悟はしていたものですが、神社に到着すると想像を絶する人の列に呆然としてしまいました。守衛の人にお聞きすると2時間待ち!!との事。
「狛いのしし」を写して帰ろうとしたのですが、「ツレ」が、この行列に並ぶと言うのです。12年前の「亥」の年に参拝した折には、全く普通でしたので、甘く見ていたのです。
しぶしぶ最後尾へ・・・、気の遠くなる長蛇の列・・・。何と辛抱強いのでしょう。でも思わぬお話相手に恵まれ、楽しんで列を進んで行きました。私達の前に並んでいた岐阜からのご家族4人とお話が弾んだのです。
その娘さんが同志社女子大に在学中と言う事で、ご両親共々京都を楽しんでいる・・・。「娘が京都にいる間に街を堪能したい・・・。」と。京都と言う街と歴史そして日本文化を心から愛していらっしゃるお嬢さんのお姿は、幾十年昔のかつての私自身を重ねて見る思いでした。
何だか今年は良い年の始まりの様です。
「京都は狭いので、又どこかでお目にかかるかも知れませんね!」とご挨拶を交わし、偶然の出会いを喜んだのです。

しかしそれにしても京都は大変な事になっています。とにかく人で溢れています。小粋な佇まいの京都は何処へ向かうのでしょう。

日本の文化を大切に日々を暮らしていきたいと。決意を新たに、そして今年の目標にしたいと思っています。
話し言葉も大切ですね。美しい日本語で人様とお話しをする事は日本人の品格を保つ為にも必要ですね。仰々しくではなくちょっと気をつける程度として考えながら、さりげなく日常を過ごせると嬉しいと思うのです。いかがでしょうか?

平成を懸命に仕事をし、その仕事を通して人々とつながり、たくさんの事を学ばせていただきました。36年と言う月日を花染と共に走り抜け新年号を迎える幸運は本当にありがたいです。
かつて無い時代の変化の中で右往左往しているのも正直な花染の姿です。
日本人の美意識を花染なりにお伝えできますれば幸いであり喜びです。
平和を願い、心豊かであって欲しいと願うのです。

これから私の大好きな椿の花が咲き始めます。白・薄桃色・そして赤い椿。心癒されるのです。
我が家の椿の花は、ちょっと遅め、3月末頃です。今はかたい蕾ですが、暖かい日差しに誘われる様に、わずかずつ動いている気がしています。

お正月明けは5日(土)から店を開けました。
インフルエンザが流行する季節でもありますので、くれぐれもお気をつけて、お大切にお過ごし下さいませ。
新春、初のお目見えを心よりお待ちいたしております。どうぞお出かけ下さいませ

例年のごとく切り干し大根をベランダに吊るし、冷たい風と優しいお日様に包まれて美味しく仕上がるのを待っています。

  

日本の食文化を、日本の四季を生活を楽しみながら次世代につなげて行きたいです。

最後にちょっと嬉しいお話です。
店の空間に素敵なモビールが欲しいナァ~。と思っていたのですが、お正月休み、とってもお洒落なお店で、出会わせて頂き、即決で買い求めました。ゆらりと揺らめくその姿に大満足です。今年は春から・・・いいですねぇ~!

  



 2018年(平成30年)12月3日

なんと慌ただしく月日が過ぎていくのでしょう。11月も終わろうとする連休(23日・24日・25日)明けの月曜日・・・もう観光客も少しは落ち着いたかなぁ~と思い京都・東山界隈に紅葉を愛でに出かけました。
街の中は想像以上に人が多く、人間が溢れ、ちょっと戸惑ってしまいましたが、それなりに上手く回避しながら良い場所を選んだので、人に呑まれる事はありませんでした。
紅葉に感嘆の声を上げ、格別な美しい日本を堪能したのです。

     

秋も、もうすぐ終わる一瞬の佇まいです。
日差しも暖かく、慣れ親しんだ道をポチポチ歩き、そのついでに永観堂に寄ってみましたが、とんでもない人混みに呆れるばかりです。

  

東山一帯に紅葉の名所は数々ありますが、3本の指に入るだろうと思う、この永観堂を、早々に引き上げ、その後、バスへも乗らず四条河原町まで歩く事にしました。バスの混雑も、ただ事ではなかったのです。
二条通を西へ・・・西へ。この辺の通りになると、それ程の人でもなく、こじんまりした素敵な店に出会うのです。いろいろな店に引っかかりながら歩くものですから、なかなか目的に到達せず・・・ことのほか楽しい散策でした。時間制限なく気の向くままです。ブラブラは夕刻まで続きました。
慣れ親しんだ街中ではありますが、11月終わりの京都を楽しんだ1日でした。

話は変わります。
昨年9月から書き始めた「花染通信」も9号まで来ました。ネット上の「日常つれづれ」そして展示会の案内状の文章・・・。人様に思いをお伝えする難しさを実感する日々を送るのですが、一番私が好きなのは、この「花染通信」です。
A4の紙を三等分に折り、 1頁目は展示会に連動した事を書きます。2頁目はそれなりに。3頁目は巷の話など。

手書きで1文字ずつ書いていく作業は、超アナログ人間としては楽しいのです。その中に、私のつたないイラストを入れ、それに色えんぴつでカラフルに色付けをするのです。夜な夜な、夕食後、色を差していく事も、子供の頃のぬり絵のようで、結構好きなのです。色彩のバランスも考えつつネ!

     

A4の紙に繰り広げる花染の世界。展示会を開催する月に発行するのですが、店にしか置いていないので、花染に来て下さった折に、お持ち帰り頂けると、とても嬉しいです。

ネットはしない・・・でも花染の「日常つれづれ」は読みたいのだけれど・・・。そんなお声に励まされ、始めた通信ではありますが、今ではネットをして下さる方も、書き上げるのを楽しみにしてくれています。
ありがたい皆様の思いに応えたい、と頑張っています。
昨年からのバックナンバーも揃えています。つたない文章ですが、お暇な時に読んでやって下さいませ。
そんなこんなで文章を書く頭の中の引き出しが、少々枯れ気味です。しっかり栄養を付けないとね・・・。

さぁ師走です。世間はクリスマスとお正月が同時にやって来ます。
花染の店内もクリスマスとお正月が混在です。クリスチャンでもないのに不思議とそうなってしまうのです。
クリスマスのモビールがゆるりと揺れ、サンタさんがプレゼントを持って来てくれる・・・、ほんのちょっとだけ、私なりに精一杯の演出です。

  

可愛いものが苦手ですが、普段とは異なった空気を楽しんでいます。
これから園芸店で葉ボタンを植えて頂き、少しずつお正月飾りをし、お正月の展示会に向けてモチベーションを高めます。
6日(木)から「美しい日本のお正月」「半泥子・廣永窯展」です。
まったく新しい作品です。お気に入りの作品を手に取ると、心がはずむのです。
案内状に使った向付は特にお気に入りです。どんなディスプレーをしようか?どんなお客様の反応があるのか?お気に召して頂ける事は確信しているのですが、初めての時は、ワクワクとドキドキです。
織部の器も存在感があります、普段使って頂ける小皿・小鉢。中皿・中鉢などなど・・・。そうそうスープ皿もお茶碗も、湯のみもちょっと格上の食器たちを私は気にいっています。

  

それに、うるしの器が加わると鬼に金棒ですね。お正月はこれで万全です。
しめ縄飾りを求め、お餅を求め、そしてお節の準備をする。
大そうじに疲れ、ちょっと休憩したい・・・そんな時、温かい料理がいいですね。稲葉さんの土鍋で煮る水炊き、雑炊・・・。ありがたいです。今晩は、おでんにしましょうか。

  

菜園をしている人からも、里芋、小松菜、ほうれん草、大根などを頂きます。みずみずしい野菜に元気を頂くのです。
美味しいご飯を頂いたり、仲良く暮らしたり・・・器が一役を担ってくれると嬉しいです。

赤地健・径氏のアートのような干支が届きました。
健氏の干支は、愛好家の中では有名なのです。毎年どんな斬新な作品が送られて来るのか、心待ちにしているのです。

  

師走のお忙しい時期ではありますが、晴れの日の為に、お正月の準備の為に、ぜひお出かけ下さいませ。きっと心を豊かに満たしてくれるものに出会って頂けると思います。

そして、今年も本当にありがとうございました。たくさんの温かいお力添えをいただき、一年無事過ごす事が出来ました。
災害、地震、台風によって大きな被害を受け、大変な思いをなさっている方々に心よりお見舞い申し上げます。
どうぞよい年を迎えられます様、お気をつけてお過ごし下さいませ。重ねてお礼申し上げます。


 年末は29日(土)まで営業致します。(日・月曜日・定休日 
 年始は5日(土)より開店させて頂きます。
 

  



 2018年(平成30年)11月9日

朝早く目覚め、真っ暗な中、起き出し、東の空が、しらじら明けるのを待つ冷たい朝。秋が深まっていくのを感じるのです。

つい先日などは、木枯らしの様な冷たい風が吹き、寒さに震えましたが、11月に入って、すっかり行楽日和です。秋の晴れ渡った青空、日本の美しい紅葉を、一層美しいものにしてくれることでしょうね・・・。
私は、9月、10月と全く、ゆとりのない日々を過ごしてしまい、秋を享受する事なく11月を迎えてしまいました。気忙しく落ち着きのない・・・そして大きな自然を感じる事も少ない毎日だった事に自分で驚いています。
良くない事だと反省しています。京都は今、国宝や文化財などの秋の一般公開が、目白押しです。心をカラにして出かける事に致します。

その京都で、折々職人さん達の仕事を目に致します。「すごいナァ~」の一言に尽きますが、最近、全く新たな感情が私の中に芽生えたのです。人知れずコツコツと日々研鑽を怠らず、ひたむきに仕事に打ち込んでいると思われる職人さん達を想像すると、胸が熱くなるのです。こんな紙面で語り尽くせない偉業を積み上げてきた姿は、本当に偉大です。
私の心は、今しみじみ先人達を尊敬しています。憧れるのです。最近は、ちょっと修業をすると、すぐ作家と言うくくりに入ろうとしています。どちらを向いても、何を拝見しても、日本の文化や生活は、この職人さん達で支えられていること事を、再確認したのです。
我が家での会話も「この年からでも、何かの職人になりたい!!職人さんに弟子入りしたい・・・。」と叫んでいます。
生活レベルの中の職人さんを目指せば、私の晩年は生きがいあるものになるかもしれないと・・・。夢かもしれない思いに囚われる毎日を過ごしています。先の人生に夢が出来た事は大きな喜びでもあります。何が出来るのでしょう!真摯な気持ちで考えてみたいです。

お天気に恵まれた10/27(土)・ 10/28(日)の「一箱・古本市」は大盛況のもと、お世話する方、そして私も含め右往左往致しました。
たくさんの人々が、島本界隈を、行き来してくださったのだと思います。花染の店舗前にも、多くの人々が立ち寄って下さいました。本のお好きな方々との会話は、とても楽しく有意義でした。

     

その中に、今回、宮本輝の小説がたくさんあったのですが、その話で盛り上がったり・・・。「宮本輝の小説は全て読んでいる・・・。」と言う女性がいたりして、お話は尽きることがありませんでした。
私も、彼の小説を数冊手に入れましたので、しっとりとした心持ちで読みたいと思っています。
又、題名に心惹かれ手に入れた本もあります。浅田次郎「見知らぬ妻へ」です。「浅田次郎が魂を込めて贈る8つの涙の物語」との帯が付いていました。表紙・装画にも、何故か魅力を感じたのです。「蓬田やすひろ」と書かれていました。日本画家だと思いますが、線の美しさ、微妙な色彩に心が動いたのです。

  

人の心を打つものを人知れず型にする、才能がある人間に心温まるものを頂くのです。
大騒ぎした2日間でした。花染は「ギャベ展」の期間中でしたので、より大変でした。お手伝いして下さる方がいらっしゃったおかげで乗り切りました。
回を重ねる毎に楽しさも、人様との絆も強くなり、その事が何よりうれしいです。
おかげを持ちまして11/3(土)「ギャベ展」も終わりました。

     

美しい大・小の作品を肌で感じさせて頂いた2週間でしたが、同時に、この絨毯を、ひたむきに織る女性達が、幸せであって欲しいと願わずにはいられません。
この美しい、そして暖かい豊かな品は、女性たちが幸せでなくてはならないのです。
中東の情勢は目を覆うばかりです。世の不条理をまともに受け、困窮する姿を目にする時、人間の悪を実感してしまうのです。
ギャベがあまりに美しいアートであるがゆえに、反面それを享受させて頂きながら深い悲しみを持ってしまうのです。

12月は師走の月です。毎年お正月の為の展示会を致します。
12/6(木)からです。


美しい日本のお正月
半泥子・廣永窯展
2018・12・6〔木〕- 12・22〔土〕
10:30 - 17:30  日・月定休日

  

川喜田半泥子の作品に出会ったのは、随分以前のことです。大阪、中の島・東洋陶磁美術館の企画展での事でした。
彼は百五銀行の頭取と言う財界の人でした。仕事以外の時間は、すべて陶芸に注ぎ、私の知る限り、作品は抹茶盌に限っていたと思うのです。お売りする事はなかったとのことですが、その力量と作品の多彩な量に圧倒され、驚きと感動の中で拝見させて頂いたことを忘れる事は出来ません。
それからしばらくして、お弟子さんの坪島土平氏が窯を受け継いでいる事を知り、その足で三重県・津の廣永窯へ出向きました。
その窯場は、ただならぬ美意識で包まれた広大な佇まいでした。坪島土平氏は、50歳くらいだったでしょうか。彼のお弟子さん達が数人いらっしゃいましたが、私も店を始めたばかりで、何となくそのまま年月が過ぎ去ってしまったのです。
いろいろあって突然と偶然が重なって、今回再び、ご縁が出来たのです。
坪島土平氏は5年前にお亡くなりになり、藤村州二氏が窯場も作品の面影も受け継いでいらっしゃいました。
長い変遷を経て、廣永窯の展示会をすることは、奇跡の様です。
赤絵、染付、織部、志野、そして灰釉の器は、美しい日本のお正月を飾る作品として伝統と格式を満たしているのです。
案内状に使用した作品は、おめでた尽くしの器です。亀甲の形に雲がたなびき、鶴が羽を広げ舞う向付です。色も形も、申し分のないものです。このような美しい伝統を手にすると、日本人の感性に誇りを持つのです。
うるしの器も、お正月に向けて揃えています。三段重、お雑煮椀、お吸い物椀、そば椀盛り皿そして片口などです。

     

日本の漆器の美しさは群を抜いて品格をかもし出します。手の平で包み込む時、その感触に惚れ込んでしまうのです。
すべては目と心で作られることを知るのです。
師走のひととき、ちょっと時間を作って、お出かけ頂きますれば嬉しいです。心よりお待ち申し上げております。

大切なお正月を無事迎えられます様、心を込めて準備をしたいと思っています。
赤地健・径氏の干支は、毎年楽しみにしています。斬新かつアートです。
お正月の祝い箸。ポチ袋。吉野杉の利休箸。それぞれ整えました。ぜひ見てやって下さいませ。
災害の多かった1年ではありますが、気持ちだけは豊かさで満たされれば幸せです。
本格的な寒さがやってきます。どうぞお大切にお過ごしくださいませ。

  

舩木倭帆 花入・山茶花



 2018年(平成30年)10月10日

秋がはっきり目に見えるようになりました。
6月の地震、9月の台風は関西に大きな被害をもたらしました。
大阪の人間は何故か「大阪に大きな災害は来ない・・・!」と根拠のない自信の様なものを持っています。
今回の21号には心底、恐怖を感じました。少々なめてかかっていたのです。そんなこんなで落ち着きをなくしてしまった日々を過ごしましたが、その後も次々襲ってくる台風におびえてしまいます。災害列島になっているのでしょうか。
又、その反面、自然が穏やかに私達を包んでくれるのもありがたいです。街には金木犀の花の香りが漂い、彼岸花が咲く田んぼには、稲が黄金色に輝き、食品売り場に並ぶ、秋の実りに食欲をそそられます。松茸・栗・梨・ぶどう・柿・りんご・早生みかん・・・溢れんばかりです。

  

そんな心地良い風情の中で、朝日新聞「人生の贈り物」のコーナーは五木寛之でした。
そこには、古き良き時代の五木寛之がいました。
純文学しか読まなかった若い頃の私でしたが、彼の「青春の門」によって大衆小説の面白さを知り、何でも読もうとするきっかけになったと思います。

  

しかしこの「青春の門」は、未完のまま、数十年をそのままに放っておかれているのです。9部まで進み、12部まで続く構想だったのだそうです。後年、彼は仏教を学ぶ、人生観をお持ちになった・・・と記憶しています。
再び彼が書き始めた時、彼の軌跡を知りたくて、「蓮如」、「運命の足音」、「大河の一滴」など私の目に触れたものは読んではみましたが、それは私が思う彼ではなかったのです。

  

たぶん、彼のファンそして多くの読者は、この未完の「青春の門」を待っているのだと思うのです。
若い生命とは、何にも代えがたく素晴らしい・・・と、この年になってしみじみ思うのですが五木氏が86才になった今、はたして「信介と織江」の苦悩を続け、さまよう青春を書く事が出来るのだろうか・・・と私は疑っています。
年を経る事によって見えるものも多いのですが、若く熱い日は帰って来ない様な気がします。
五木さん「いかがでしょうか?」

何時も、何処か、くすぶり続けていた気持ちと対峙しながら毎日このコーナーを読みました。
最近の彼は、宗教のような人生訓の様な本を書いているような気がします。

そうこうしていると、新聞の一面は「本庶佑・ノーベル賞」とメディアが沸き立っています。
「オプジーボ」は、私達島本町民にとっては、日常的な話なのです。小野薬品の研究所が山側にそびえ立っているのです。
端正なその社屋は、なんとも知的な香りがするのです。これは、私個人の見解です。
島本町にはもう1ツサントリー山崎工場があります。かの有名な高級ウイスキー「山崎」です。ドラマ「マッサン」で全国的に知名度を上げ、たくさんの観光バスが、次々入ってくる人気スポットらしいです。

そんな心地良い風が吹く田舎町ですが、課題もたくさんあるのですヨ。

でもでも、再び「しまもと秋のさんぽ~2018 一箱古本市」が10/27(土)・ 10/28(日)2日間開催です。島本町内外の本好きの若い人々で運営なさるのですが、私も第一回から、その中に加えて下さっています。
今回で5回目です。毎年とても楽しみにしています。
当日は、花染の前に大量の本を出品致します。ぜひ阪急 水無瀬駅 界隈を、ぶらり古本市をめぐって下さいませ。

8月の暑い中、私の大阪での母親の様にしてくださっているAさんが「本を整理したい。取りに来る?」と声をかけて下さったので即刻出かけ、たくさん頂いて帰りました。もともとすでに私の元に集まっている本を合わせると、かなりの量になりますが、多い方がありがたいです。
文字があまりにも小さいもの、古いものは避けて選んできましたが、その中にアンドレ・ジイド「狭き門」を偶然見つけました。高校生の時に読み、胸に小骨のようにひっかかっていたのです。もう一度読みたいと思う本の中の一冊です。当日箱を開けるのを心待ちにしています。
そのAさんも、とても本好きの方で、教養も深いのです。89才になる今も、文章教室に通い、手芸を習い、絵手紙を書き、体操にも通い「毎日、忙しいのよ!!」とおっしゃるのです。歯は全部自分のものだとおっしゃる姿に「とてもかなわないナァ~」とお手上げです。
電話で話す、その声は60才代の時の彼女と全く変わらないのです。驚異のスーパー女性です。そんなお手本が身近にいる事を幸せに思っています。

 
GABBEH展 ギャベ
南イラン・アマレ・カシュクリ族の人々が織る絨毯
2018・10・23〔火〕 - 11・3〔土〕
10:30 - 17:30  28日〔日〕・29日〔月〕休み

  

再びキャベの展覧会が出来ることになりました。ギャベを愛するギャラリーのオーナーが6月、南イランから、たくさん買い付けて来て下さいました。上の写真のものは、あまり大きくはありませんが、大いなるふるさとの山々を望む景色です。青い色がとても美しく迷わず案内状に使用しました。青のグラデュエーションの絶妙の色彩に心を奪われてしまいます。
この質感と共に、よくぞ花染に来てくれたものだと思わずにはいられません。
もちろん、赤いギャベ・生成・黄色・グリーン・・・お気に入りがたくさんです。この優しさを全身で受け取る時、得も言え幸福感に包まれるのです。
初日23日は、ギャラリーのオーナーもお見え下さいますので、楽しい1日を過ごしたいと思います。お待ち申し上げております。


これから秋は急速に深まっていくことでしょう。窓を全開し、胸いっぱい深呼吸をすると、生きている事の大切さをしみじみ思うのです。すばらしい日本であり続けて欲しいと願うばかりです。
裏庭に咲く、ほととぎすと水引草を1枝たおり、小さな花入(李朝のとっくり)に秋を生けました。小さな幸せです。朝晩の気温差にどうぞお気をつけてお過ごし下さいませ。いつもありがとうございます。

  



 2018年(平成30年)9月3日

やっと9月です。とんでもなく暑かった7月、8月。絶望的な思いで空を見上げると、抜けるような青い空、綿菓子のようなフワフワの雲、そして容赦なく照りつける太陽に圧倒されてしまうのです。
亜熱帯を原産国とする観葉植物は、わが意をえたりと、この太陽を謳歌し、ハイビスカスの花は、真っ赤な花を次々と咲かせ、今なお衰えを見せません。私の疲れと裏腹です。


こんな8月の日々を「ボーッ」と過ごしてしまいました。外出もひかえ目だった事もあり、おかげ様で、久しぶりに高校野球に明け暮れ、一喜一憂し、釘づけでした。
テレビの画面に映る球児たち・・・暑さをものともせず、球を追う姿、熱戦を繰り広げるひたむきな美しさに、ちょっと参りました。
我が故郷も、昔から高校野球の強い県でしたので、子供の頃から大人達に混じって、馴染んでいました。高校の頃は、県予選の応援に駆り出されたものです。

そして、その後、30才代は、よく甲子園に行きました。故郷の高校が、準々決勝ぐらいまで進むのを見計らって行くのです
丁度、PLの桑田・清原コンビの時代でもあり、面白さも格別でした。スタンドの応援もPLは見事でした。
準々決勝は、その頃、1日4試合ありましたので、朝8時過ぎから夕方6時過ぎまで、メチャクチャ値打ちがあります
アルプススタンドも、内野席も、外野席も応援の人々の熱気が夏の暑い日差しをも飲み込んで、球場が一体となり燃え上がるのです。
あの雰囲気は特別なものだと思います。「私も若かったナァ~。」とついつい昔を懐かしんでしまいます。
この夏も又、人々に熱い感動を与え、日本中が元気をもらいました。

もう一つ、私の身にも大きな喜びがありました。
以前、この「つれづれ」で山本有三の話を書いたことがあります。
山本有三の本を貪るように読んだのが高校の図書館でした。周りはみんな勉強している館内で、ひたすら読みふけったのです。古く、破れている部分は街の本屋さんで立ち読みをさせてもらった事を明確に憶えています。
女の細やかな心のひだが、美しく哀しく描かれているのです。高校生の私が、これらの作品に深いものを感じたのですから、今から思うと褒めてやりたいと思ってしまうのです。
全て、図書館で読んだので、私の手元に1冊もないのです。せめてどうしても「女の一生」だけは・・・と気にかかってしまっていたのです。

数年前、本屋さんで探し、ネットでも調べたのですが・・・。
こんなに有名で、よく読まれたにもかかわらず、近年は読まれなくなり、今や絶版になっている・・・ことに驚きました。
8月ある日、ある方が、その「女の一生」上・下を携えて花染に来て下さったのです。表紙を見ると「三鷹市・山本有三記念館」と書かれていました。その記念館が出版しているものを取り寄せて下さったのです。
手を尽くして、いろいろな方面を探して下さっていたのです。

人とのご縁は本当にありがたいです。まだまだお若い40才くらいの方ですが、気持ちを優しく汲み取るお人柄にも感動しました。こんな喜びは、めったにあることではないと思うと涙が溢れそうでした。
「山本有三」がこのようにして読み継がれ、三鷹市によって守られていることに安堵したのです。
高校生の私と、今の私と・・・。読み込む力量は多少なりとも深くなっているだろう事を念じつつ、ページをめくります。
10代の私は、その後、夏目漱石へと移っていくのです。

9月は展示会を致します。


エスニックの布と道具を集めて
小島鉄平のスリップウェアの器
2018・9・18〔火〕 - 9・29〔土〕
10:30 - 17:30  23日〔日〕・24日〔月〕休み

  

世界中の人々が暮らしの中で使ってきた布や道具。儀式の折に身分の高い人が身につけた布。特にアフリカ、中近東、インド、東アジアの人々の手仕事によるものを、たくさん扱って来ました。
古いものは手に入りにくくなりましたが、今なお、脈々と手仕事は受けつがれているのです。発想を新たに、暮らしに照らし合わせ、お選び頂けるると嬉しいです。
  
  
 (左)アフリカ椅子
 (右)インド帆船のおもり
 敷物・草ビロード
 コートジボアール バウレ族の椅子
 インドネシアの刺繍布
4点とも古いものです。 

小島鉄平さん。彼との出会いから約2年。作品に出会わせて下さった事は大きな出来事でした。話の中から、人格、物作りの姿勢に興味がわいたのです。たまに出会う彼の折々の雰囲気が、なぜか気になってしまうようになり、素敵な若い作家として捉えたのです。
スリップウェアの作品にこめる思いを、彼の思いをお伝えできれば嬉しいです。
花染では初めての展示会です。小さな展示会になりますが、それだけ凝縮していると思って下さいませ。とても楽しみにしています。まだ暑さの残る日々ですが、ぜひお出かけ下さいませ。

     


そうそう先日木村拓哉・二宮和也の「検察側の罪人」を見てきましたヨ。
映画の終盤、南方戦線・インパールに結びつけたのは、ちょっと無理があった気もしますが、必要不可欠な、作者の思いがあったのかもしれません。
物事を深く知る事は、人間の悪を知ることに繋がる・・・との思いは、私の中では除外することの出来ない事実なのです。

それにしても季節の変わり目が、とてもあいまいになりました。それでも秋の気配が1ツ1ツ目にとまります。山側から吹く風は湿気と冷気を帯び、道端のすすきの穂が揺れ、赤とんぼが暑い日差しの中を勢いよく飛び、虫の声が、草むらから弱々しく聞こえる。
ひっそりと季節が進んでいます。

9月18日〔火〕からの展示会の頃には、秋の風情を感じる光景であって欲しいものです。
お元気でお会いできますことを楽しみに致しております。
夏の疲れが出る頃です。くれぐれもを大切にお過ごし下さいます様・・・。



 2018年(平成30年)8月8日

何と言う暑さでしょう。いろいろな表現がされている今年の夏は、人間の英知をも狂わせてしまいそうです。6月の地震、7月の豪雨によって被害を受け、立ち直ろうとする人々を容赦なく襲うのです。
大切に育んできた暮らしを失い、途方に暮れる姿。そしてボランティア、地域の人々の大きな力...。居たたまれない辛さにさいなまれます。
美しい自然は、一歩間違うと大きな災害を招く事を、毎度知るのです。人災の部分が多いのです。経済を優先し利便性を追い求めた先にある幸せは、いったい何なのでしょう。皆な分かっているのに、どうしようもなく自然が壊させ、守るべきものが守られていないのだと思ってしまうのです。

新聞の片隅に小さな記事を見つけたのが7/13(金)。
PEACE●NIPPON(ピース・ニッポン)の映画の記事でした。小さな記述ながら瞬時に心が捕らわれてしまったのです。

  

京都・大阪・神戸3大都市での短期間の上映でしたので、即刻7/15(日)期待を胸に出かけました。
胸ふくらませ、映画が始まり、プロローグから一瞬にして心を鷲掴みにされてしまったのです。日本人の奥深く流れる精神性が美しい映像となり、古来より脈々と受け継がれてきたDNAを呼び起こすのです。

美しい日本を知らない子供達・美しい日本を忘れかけている大人達に贈る...。極上の映像によって次々と写し出される美しき国土。地球の成り立ちからしても、日本列島は奇跡の列島なのです。

この小さく細長い国土に凝縮された四季色折々の自然、山は険しく、川は急流をなし、奇跡が奇跡を作り、今の日本列島となっているのです。この圧巻の絶景、この映画をすべての日本人に、世界の人々に見て欲しいのですこの映像で体感する2時間余りは、日本人である事を誇りに思い、心打たれるのです。

挿入歌「ふるさと」...歌詞とメロディーが持つ絶大なる精神に参ってしまいました。「いかにおわす父母・・・つつがなしや友がき・・・」、不覚にも涙が溢れました。悲しいのではなく、この美しい日本に生まれ育まれ、成長してきた軌跡が画面とともにオーバーラップし、胸に迫るのです。
野が山が川が、そして父母が...。語り尽くせません。どうしても、もう一度見たい、そして出来る事ならDVDが欲しい...。そして何より監督に、スタッフに敬意を表したい。製作8年、壮大な日本であるのです。

そんな折、丁度、時を同じくして、朝日新聞「人生の贈り物」は「志村ふくみ」さんでした。このコーナーは何時も楽しみに読ませていただいているのです。
7/10~7/20 全9回。美しい染織家の人生です。人間国宝・文化勲章受賞。随筆家...として著書も多いのです。

民藝の先人達とも深いご縁で結ばれていた関係で、2度お目にかかった事がありました。ふくよかなそのお姿、佇まいは、仕事一筋に偏らず、より一層深い柔軟な豊かさをお持ちなのだナァ~と、あこがれにも似た感情でながめた事を思い出します。

15~6年くらい前、滋賀県立美術館で、集大成とも言える大がかりな、展覧会が催され、拝見させて頂きました。「こんな色がどうして...こんな織りがどうして...」とあまりの美しさに時を忘れてしまいました。
近江・琵琶湖の湖面の色、空、自然を...そして後年(1968年から)お過ごしになられた京都・嵯峨野の自然を、自然からの生命を作品に託し、表現なさったのだと、つたない私の頭で考えました。
彼女の優しくて深い息使いが、作品のそばに居ると聞こえる。才能に恵まれ、稀有の感性をつむぎ、ご苦労と喜びの日々が、未熟な私にも切々と伝わってきた事を今、尚忘れる事の出来ない美しすぎる展覧会でした。

その後2016年(平成28年)2月~3月・京都国立近代美術館で、大きな展覧会をなさいましたが、残念ながら拝見の機会を逸してしまいました。
美しい人々そして美しいと言う事は、人の心動かすと、私は信じているのです。

昔、30幾年前、私がこの仕事に打ち込み始めた時、フッと感じたことがありました。その当時、まだまだ若輩ではありましたが、人生に無駄な事はない...喜びも哀しさも、辛く苦しいことも、涙も、そして仕事以外の勉強も読書も、絵画も自然も森羅万象すべてが、自分の血となり肉となる事へ繋がり、自分を豊かにする事へと繋がっていることを実感したのです。
しかし、又それが、同時に、自分の至らなさを知る事にもつながるのです。

6月の地震の折、事務書類を入れる棚の1番上から箱が落ちてきました。たくさんのお手紙を仕舞っていた箱でした。
母からの手紙。私が苦しんでいる時、又、食物などを送ってくれる荷物の中に入っていた手紙...。そしてお客様、友人、知人、先生方などなどから頂いた、たくさんの書簡です。懐かしさと共に苦しさが蘇る、過ぎし日の手紙に、涙しました。喜びも哀しみも、全部ひっくるめて自分で受け止めるしかなかないのです。

それにつけても、志村ふくみさんのあのお顔は、お姿は、何と美しいのでしょう。94歳の日々は、たくさんのお仕事に満たされ、歩んだ道程が豊かであったからでしょうか。

  

お盆休みまで、あと幾日でしょう。あまりの暑さに、お客様もまばらでした。ちょっと寂しい思いでした。
この熱風の中でも、せみとさるすべりの花は元気に夏を謳歌しています。

花染の夏休みは、8/12(日)~8/16(木)までです。
何の予定もありません。プラプラ美術館へでも...そして自然の中へでも...自由な休日を心がけたいと思います。

今回もつたない「日常つれづれ」をお読み頂いてありがとうございます。
これらを通して、私は両親に感謝の思いでいっぱいです。「両親の姿は、私の精神の礎になっていることを。」
そして、もう1ツ。日本人の精神の奥深く潜む、美しき感性「わび・さび・もののあわれ」をもう一度、再確認したい...と。
お暑い中ですので、どうぞお大事にお過ごし下さいます様、そして時々はお遊びにお出かけ下さいませ。店を涼しくしてお待ち申し上げております。

  



 2018年(平成30年)7月11日

突然の地震でした。6月18日(月)、朝食を終え、立ち上がりかけたその時、ぐらっと衝撃が来たのです。食器棚の上に飾っていたガラスの蓋物が真っ逆さまに落下。あわてて隣の部屋の飾り棚にかけ寄りました。ギリギリの所でセーフでしたが・・・。
「店が・・・!!」余震の心配をしながら店へ向かいました。
自宅から10分程の時間、最悪の状況を想像していました。シャッターを開け、ドアを引いて驚きました。
作品が高い棚の上に、チャンと鎮座していたのです。「えっ・・・花染には神様がついている!!」,、一瞬、「きょとん」としてほっとしたのです。

  

舩木先生の作品は高い位置に、それも奥行きの浅い棚に置いているのです。全く動いた気配がなかったのですコロコロ、ポロポロ落ちた作品もありましたが、被害は最小だったと思います。

割れたものを片付け、余震の不安もあるので、高い位置の作品のみ下ろしていると、心配してくださる人々のメールや電話が入り始めました。店に居ても気分が悪いので、早々に家に帰り、お返事をしたり・・・でその1日は瞬く間に過ぎました。
この日、月曜日は定休日だった為、救われました。お客様がいらっしゃる昼間だったら・・・と思うとぞっとします。
状況を考えると、揺れは、東西だったようです。花染の棚は、ほとんどが南と北に置いているので、この度は助かったのです。阪神淡路地震の折は南北に揺れた為、被害は大きかったのです。

翌日19日(火)は、普段通り営業しようと、高い所も含め、元の位置に戻し、この機会に大掃除をやろうと変に頑張ってしまいました。
疲れは数倍に膨れ、長く尾を引くことになってしまいました。
近場のお客様は、心配して、次々お顔を見せてくださるし、ご遠方からもお電話をたくさん頂き、優しいお言葉をかけて下さいました。ご自身、被害がおありの方もいらしたにもかかわらず・・・本当にありがたいです。感謝の思いでいっぱいです。

私も平常心で仕事をする努力はしましたが、余震がある度、気持ちが悪く、落ち着かない日々が続きました。
と思う間もなく、梅雨も終わるか否かと言う頃になって、とんでもない大雨に見舞われてしまいました。島本町山崎は、三川合流地点と言う立地にあり、毎日ひっきりなしにメールが入り避難勧告が出されました。
京都「保津川・桂川」・「鴨川、宇治川」・「木津川」とすべての川が合流して淀川へと流れ込むのです。普段は美しい景色も災害が起こると一変してしまいます。
美しい緑の山並みも、土砂崩れを起こすのです。山からの恵みの水は、降り続く雨で、水無瀬川や町内の水路は今にも溢れんばかりに、ゴウゴウと流れるのです。この辺りは、人身災害にはならなかった様ですが、日本列島はどうしたのでしょう。

「涼を誘う・吹きガラスとのれん展」の丁度、真っ只中の地震でしたので、中途半端なことになってしまいました。

  

引き続き、そのまま、7月・8月展示会を致します。暑い夏を涼やかに過ごして頂ける品が、そして普段遣いの美しいガラスの器がいっぱいです。お気に入りのモノと出会って頂ければ、この上もなく嬉しいです。
何だか浮き足立った6月を過ごし、7月の大雨に心をくだき、1年も既に半分過ぎてしまいました。

ちょっと嬉しい話が2つです。
1つは、「空飛ぶタイヤ」を見ましたヨ! 池井戸氏の原作ならではのテンポの良さと、サザンの心地よい曲に、思わず身は前のめり、2時間余りが瞬く間でした。めげない精神に心打たれ、ディーン・フジオカ氏の美しさに見とれミーハーもお恥ずかしいので、たくさんは書かないことにしますが、カッコ好さを想像して下さいね。

  

もう1つ・・・。裏庭のメダカが子供たくさん生みました。今までは、どうして良いか分からず、どうも食べられてしまったようで、昨年は1匹のみしか助けてやれませんでした。
今年は、メダカはを良く知る人に教えていただき、卵の段階で、古い火鉢に水を張り、移してやりました。卵からかえり、15〜16匹が2mmほどの小さな体でピチピチ泳ぎ回っています。

  

その姿を見るのが可愛くて、毎日楽しみにしています。1年で、約1.5cmくらいになるでしょうか。そのくらいの大きさになると、食べられる事もなくなりそうです。
あの小さな体で、懸命に生きる姿、生命あるものを大切にしてやりたい・・・と心から思います。ちょっと疲れている方、哀しみを抱えている方、メダカを育ててみませんか。普通のモノで良いのです。人間がメダカを進化させてしまって高価なものも売っているそうですが、そんなものは必要ないと私は考えています。生命体は自然のままにしてやってください。

私も、このところ気持ちの晴れない疲れた日々を送っていますので、メダカと暮らす日々は、心和みます。
しかし、何があろうと、天変地異が起ころうと、季節は迷う事なく刻々とやって来ます。
京都の7月は、祇園祭一色で彩られ、宵々山、宵山、山鉾巡行が15日(日)・16日(祝・月)・17日(火)と続きます。
疲れている・・・と言いつつ、長刀鉾の「ちまき」は買いに行きたいと思っています。1年の無病息災を願って、我家と花染の玄関に掛ける事は、欠くことのできない夏の行事です。

  

そんなこんなが重なって、「日常つれづれ」も元気がない日常で終わります。皆様もどうぞお気をつけてお過ごし下さいませ。フラリとお出かけ下さるのをお待ち致しております。



 2018年(平成30年)6月4日

瑞々しい光景が広がっています。田植えが終わり、水面に白い雲、青い空が・・・。どこからやってくるのか、蛙が「ゲロゲロ」と鳴き、これからの梅雨の季節を待っています。水の豊かな島本町は、緑が溢れ、光が溢れる麗しい日々です。
私の5月は、新緑と、心地良い空間を探して、あちこち出かけました。

     

何がある訳でもないのですが、今年に入って幾度か京都・左京区の「哲学の道」を疎水沿いに歩きました。銀閣寺道から南へ下るのです。脇を平行して流れる川は南から北へ・・・。
私が歩いたその日は、大雨の後の五月晴れ、爽やかな風と新緑でおおわれていました。

  

琵琶湖から流れ出たと思われる大きな鯉が、私達の目を楽しませてくれました。
そこから、ほど近い所に、ちょっとナイショの素敵な店があるのです。限られたメニューではありますが、お昼を頂き、レベルの高い本物だけが醸し出す豊かさと、店の方々の静かな、物腰にいやされ、ゆっくりコーヒーとお菓子を味わう時間は、もう一ツの楽しみです。
この辺りは、いつ頃からか観光客で溢れているのですが、桜の頃、紅葉の頃を外すと、意外と大丈夫なのです。バブルの頃凄まじくお土産物屋さんが立ち並んだ時もありましたが、店舗も少なくなり、すっかり落ち着きを取り戻しています。
時間をかけ、寄り道をしながらフラリフラリと・・・とても良い感じです。
その中でも、少し山側に入った所に法然院があります。この新緑の頃、見事な空気に包まれるのです。

     

あまり人が訪れない季節外れの2月末、この山門前におびただしい数の赤いやぶ椿の花が散り落ち、アッと息をのむ風情は、この世のものとは思えません。
その静寂と自然でしかなしえない美しさは見る人の心に深く残ります。
「哲学の道」とは京都大学の哲学の先生が、その昔、命名したと言う話は、京都では誰もが知る事です。学生の街、京都に相応しいですね。
たぶん20回近くは来たであろうこの場所は、過去の思い出と共に懐かしく、私の痛んだ心を修復してくれそうな気がするのです。とても大切な場所です。

日々の暮らしの中で、ちょっと感動したお話です。
私共の商店街で催している「土曜市」で見つけてしまったのです。竹で創られた「バランストンボ」です。4月から出店してくださっていたのですが、5月の土曜市になって、やっと詳しいお話をお聞きすることが出来ました。
「これは凄いものですねぇ~」と私が話を始めたのがきっかけで、お話はどんどん弾んでゆきました。60才代後半かと思われるその男性は、もちろんお話好きでした。その小さなトンボに心を奪われてしまったのです。トンボの口先1mmにも満たない、たった一点で全体のバランスを取っているのです。当然、私の指先にも一点で止まります。

  

話すほどに話は奥が深く、多趣味ゆえに話は楽しく、貴重な時間でした。
このトンボは、ご病気をなさって後、リハビリの一ツとして始められたとおっしゃる、その笑顔にも魅了されてしまいました。
今は我が家の食卓に一匹、バランスを見事にとりながら揺れて生きています。「すごいなぁ~、すごいバランスだなぁ~」と1日幾度と無く感心してしまいます。

もう一つ偶然、凄いものに出会ってしまったのです。
朝早く起き、何気なくテレビのスイッチを入れた先に「グレート・トラバース」、「プロアドベンチャーレーサー」田中陽希が突然現れたのです。
「前人未到・200名山一筆書き踏破への道」、「自らの足だけで踏破への道・完全人力踏破」画面から溢れる日本列島名山の美しさと過酷な道程の虜になり、毎朝毎朝、感動の大波を受けています。
これは、2016年NHK BSプレミアムで放送されたもののようですが、数回分を 1時間、約4本分を朝6時から見る事ができるのです。私が知らなかっただけで、よくご存知の方も多いのではないかと思いますので、詳しくは書かないでおきます。
それに比べて、私の人間の小さい事・・・正直、ちょっとへこみます。

6月展示会を致します。

                             
涼を誘う・吹きガラスとのれん展
2018・6・12〔火〕 - 6・23〔土〕
10:30 - 17:30 17日(日)・18日(月)休み 


  

初夏、6月ともなると、日差しが強く、汗ばむようになります。そして日常の暮らしを夏のしつらいに変えます。田植えが終わった水面を渡る風を部屋に入れ、のれんをつり変え、ガラスの器に冷たい料理を盛り、にぎやかに食卓を囲みます。
酒杯を選ぶ人、グラスを傾ける人、お気に入りの一品があれば幸いです。
熱いガラスが流れる姿を想像するのも楽しいです。

  

宮崎・都城で染められる「のれん」は、麻の風合いと共に優しい草木の心地よさです。
自然の変化に敏感な日本人の細やかな暮らしを見つけに来てください。

柳宗悦の言葉「モノは用いられ美しく、美しくなるが故に、人は更にそれを用いる。」美しさは、人の心動かすと、私は信じています。



6/21は、早くも夏至。半年はまたたく間に過ぎ、本格的な暑さがやってきます。
ざるそば、お素麺を美味しくいただきながら、涼やかさを舌で味わいながら・・・。

  

5月に入荷した赤地径氏のそばちょこは、とても斬新で、今までのイメージを変えてくれます。絵変りを種々揃え、華やかに食卓を演出してみるのも素敵です。大きくゆったりしているのもオススメの一因です。普通サイズのそばちょこもあります。
手の平に取ると元気を頂けそうです。

花染の裏庭の紗羅の花も咲きました。水引き草は、たくさんの葉を茂らせる、日に日に大きくなります。

  

緑美しい小さな庭です。
朝晩の気温差に、どうぞお気をつけてお過ごし下さいますよう。そして、どうぞ12日からの展示会にお出かけくださいませ。お待ち申し上げております。



  2018年(平成30年)5月9日

とても良い季節ですね。マンションのベランダで風を受け、泳いでいた小さな鯉のぼりも、姿を消し、ゴールデンウィークも終わってみるとアッという間でした。
花染は連休前に2日お休みを頂きましたが、ほぼ平常通り営業致しました。気温の変動が激しいと言いつつも爽やかな天気に誘われて、どちらに行ってもたくさんの人々で溢れていました。

この季節、私は、京都植物園へブラリと出向く事があるのですが、とても身近にある、風を感じることができる場所なのです。私の痛んだ心を修復し、そして緑の風は私をいやしてくれるのです。
花壇は季節の花で彩られ四季折々、表情を変えます。

  

私が出かけた5月初旬、たまたま「山野草展」が開かれていました。小さな鉢に植えられた小さな植物は、小さいながらそれぞれが存在感を漂わせ、私の目は釘付けです。
どれも愛らしいのですが、ひときわ目を引く作品がありました。「イワチドリ」と書かれていました。丹精を込めている事がよく分かります。京都山野草の会の人々の優しい愛を感じます。

     

世の中に「雑草」と言うものは無い・・・。どれにも名がある・・・。と、昔お聞きした事があり、いたく感心したことを思い出しました。
楠の木、もみじ、桜、椿あり、大木が立ち並ぶ広大な緑陰の中に身を委ねていると、自然に抱かれている心地です
健脚の方には物足りないと思いますが、この植物園は、気軽に思い立てばすぐにおとずれる事が出来るありがたい身近な存在なのです。

ついこの間、鴨川の土手でピンクの花をつけたクローバーを見つけました。この花には、幼かった私と父との懐かしい思い出があります。

  

私が小学校低学年の頃、手の平に載るほどの小さな子供のうさぎをもらってきたのです。父はうさぎ小屋を作ると同時に、畑にこのクローバーの種をまいてくれたのです。このうさぎが食べる草を遠くまで取りに行かなくてもいいように・・・。雨の日でも、このクローバーを刈り取り、新鮮なものを食べさせて上げるように・・・との優しさでした。

なぜ、このクローバーだったのかは思い出せません。その生命力は、たちまち畑一面広がって行ったのです。
父の膝の中に包まれ、そして腕の中に包まれていた記憶と共に、この光景は、昨日の事の様によみがえります。
大切な人は、次々西の岸へ渡って行ってしまいましたが、思いでは深く心に残ります。

ちょっと辛い映画を見ました。タイトルは「女は二度決断する」。題名にも惹かれたのですが、ポスターに映る女性の苦渋に満ちた顔やファッションに心惹かれたのです。なぜそんなに苦しいのか・・・と知ってみたいと思いました。

  

全編に流れる彼女の悲しみ、砕け散った家族への思いが胸に迫り、見る側の私達でさえも重く鉛のように沈み込んでしまいました。
彼女が下す衝撃的な決断とは・・・そしてその結末に心が揺さぶられるのです。

ドイツ警察戦後最大の失態と言われる、ネオナチによる実際の事件に着想を得て生まれたとの事でした。
世界中で事件、事故が毎日くり返され、いたるところで大切な人を失う悲しさをメディアを通して見ています。人が亡くなると言う事の重さを突きつけられた気がします。

以前このページに「不動不変」と書いた事があります。「どんな事態になっても、いかなる時にも、自分を見失わない・・・」との意味だそうですが、私は毎日心が振り子のように揺れ、自分を見失っています。

その毎日の平凡な暮らしの中で・・・
ちょっと感動した事が1つ!エスニックの業者さんの所で、とても美しい古いショールを見つけました。繊細な姿に、たちまち虜になり、数点あった中で2枚選んで持ち帰ったのです。見れば見る程、心奪われるのです。

  

店の中の風がそよぐ中に吊るして見ました。ゆるやかに揺れる姿は、いつまで見ていても飽きる事はありません。このショールを肩にふわりと巻き、おしゃれをしてお出かけしたであろう数十年前のルーマニア女性の姿が目に浮かびます。
最近、ルーマニアの古いものを手に入れる事があるのですが、その中でも筆頭に挙げられる品だと思っています。暮らしの中の一部としてこのような手仕事があったのでしょう。
これを編んでいる、ふくよかな女性が美しくよみがえり、尚、心に残るのです。

古今東西の女性の手による古い布を、今までもたくさん手に入れて来ました。そこには生活を楽しむ姿が生き生きと見えるのです。
業者さんに「花染さんは、布が好きですね!」とよく言われるのですが、古い布の中に、女性が一針一針思いを込める豊かな心があり、喜びも悲しみも織り込み、染められていることを感じ取る事ができるのです。

どうして古いものかというと、時代とともに、環境も、手仕事への理念も変わって来てしまっています。そのものにかける思いと時間が昔と今とでは全く異なるのです。
たくさんのものを手に入れ、又、手離してゆきました。遠方へ行ってしまった布、今も忘れられない布もありますが、皆さんに大切にされていると信じています。

もうしばらくすると梅雨の季節ですね。部屋の中から見る雨は風情があり大好きです。雨に濡れる草木は一層瑞々しく、美しい佇まいになります。今年の梅雨は大量に降って短い!!との天気予報です。災害を引き起こさなければ良いですね。

この所、朝早く起きだし、誰もいないリビングで1人、この「つれづれ」を書くひとときも、また良いナァ~と感じています。
しばらくすると東の空はうっすら染まり、美しい光景が広がります。日の出を予感しながら、太陽が顔を出すのを待つのです。
文学とは凄いです。「春はあけぼの」枕草子の時代から、この美しさは、人の心を捉えていたのです。春の東の空
「ようよう明けゆく・・・」でなくてはならないのです。
美しい日本、美しい日本列島は、私の生涯のテーマです。こんなささやかな事を書いていると、ちょっと元気が出てきます。

6月に向けて【涼を誘う、吹きガラスとのれん展】を準備しています。
やはり初夏を迎えるとガラスの器が恋しくなります。風に揺れるのれんもいいですね。ガラスの器は、私が使い勝手がいいなと思う作品を集めました。
のれんは宮崎・都城の工房で草木染めでお作り頂いたものです。この工房で染められる麻の質感が大好きで飽きる事なく毎年お願いしています。透けた風情が美しい一品だと自負しています。涼しい風を運んできてくれることを心より願っています。

美しいものを見つける花染でありたいと・・・。そして何時も蘇れる自分でありたいと思いながら、仕事に支えられています。
もうしばらく、この新緑の季節を楽しみたい.と思う、今日この頃です。

とてもお花を上手に育てる方が、ご自分で作った都わすれの鉢植えをお持ち下さいました。玄関先はお花畑です。

  

ちょっとだけ嬉しい話をしてもいいですか?
一週間に一度、美しいディーン・フジオカ氏の顔を、そしてカッコイイ所作を見る喜びを全身で享受しています。
花染でも、親しい人たちが集まると、この話になるのですが、たわいもない会話でテンションを上げるひととき、何とも幸せですね。
なぜあのように美しいのでしょう!

もう一ツ美しい事への追加です。つい先日、素敵な場所と人に出会いました。
京都と若狭を結ぶ鯖街道の旅籠だった建物を修復し、喫茶店を開いている事を知ったのです。京都にある様な大邸宅や、大きな庭ではありませんが、その当時のものを大切に扱っている優しさ、先人達への配慮が、隅々まで感じられる自然体に安らぎの精神を見ました。
あまり公にはしたくない、私の秘密の場所になりました。

     

日々の平凡な暮らしに変化がチョットだけ生まれます。
どうぞお遊びにお出かけ下さいませ。




  2018年(平成30年)4月4日

見事に景色が変わりました。まさに百花繚乱、春爛漫です。なんと美しい日本なのでしょう。こんなに一気に劇的に春がやって来た事は無いような気がします。
その中でも、日本人が大好きな桜の花は、3月下旬が満開でした。すでに散りゆく中で花吹雪を愛でる日々です。こんな春に、人の心が落ち着きをなくします。

  

それと歩みを揃える様に種々の花が咲き始めました。花染の小さな庭の水引草、ほととぎすなどなど宿根草が次々若葉を出し、木々は芽生えこれから5月にむかって、瑞々しい佇まいを醸し出してくれるのです。

島本町の自然もいつもの年の様に花吹雪が舞う光景ではありますが、ここへ来て大きく変わろうとしています。
大型マンション建設が、次々進み、いたるところでクレーンがそびえ立ち上へ上へと積み上げ景色を変えているのです。のどかだった島本町は、ここ数年でずいぶん変化していますが、尚一層大きな変わり様です。
小さな変化の1ツ1ツが、この町を変えてしまうのです。これが島本町の現実です。
美しい山並みから昇っていた朝日は、今、巨大な建設中のマンションの上から昇るのです。山際の朝のあけぼのの美しさは、見る事はできなくなるのでしょう。

島本町の竹の子は格別に柔らかく美味しいのですが、これも環境の変化で水脈が切られ、農家の人達は、とても心配していました。それでも、私は、ある竹の子農家の人に長年に渡って良くしていただいています。朝掘りのものを薪で炊く大きな釜で茹で上げたものをお分け頂くのです。
1年かけて愛し、育まれた竹の子には、特別な力があることを実感致します。

  

こんな優しい大切なものは、こちら側も、背筋を伸ばし、料理をしなくてはいけません。
4月は、この楽しみが生活の中味を豊かにしてくれますし、笑顔で日々暮らせることにもつながります。本当に幸せですねェ~。

3月15日(木) 「35周年記念展」をさせて頂きました。
初日、たくさんのお客様がいらして下さいました。11時から水川さんによるハープの音色を楽しみ、11時半からは柴田氏に、登窯、スリップウェア、陶土などの深いお話をして頂きました。

  

私も、柴田氏との出会いから、彼の美意識に大きな影響を受けた・・・などなど、軽くお話をさせて頂きました。
柴田氏の奥様、ご子息も、ご一緒して下さったのです。

午後は、皆さんで、お酒やお料理を囲み、それはそれは和やかにして、にぎやかなひと時を楽しみ、とても開放的で自由な雰囲気を満喫したのでした。我が家の舩木先生のワイングラス、ビールグラス等を全て持ち込み、色を添えさせて頂いたことも、お喜び下さいました。
総勢32~33人という人達で2Fはごった返し状態でしたが、それも又、暖かい空気が漂い、私としては嬉しい光景でした。
途中、宴会を中断し、再びハープを奏でて頂く静かなる時間は、心を美しく彩り、耳を傾け、至福の時間でした。
その後も引き続き、お酒も料理もケーキも次々追加をしながら皆さんで盛り上げて下さいました。
おかげ様で、こんな幸せな1日を過ごす事がで来た幸せの余韻を今でも楽しんでいます。心くばりが足りなかった点はお許し下さいませ。

36年目、いかに花染の方向を示せば良いのか思案の真っ只中にいます。今は我が家に次々と咲く椿の花を手折り、店の至るところに生け、一人、穏やかに過ごしています。

     

花の中でも椿の花は、私の体質に合っているのか好きなものの筆頭に上げられます。
そんなこんなで4月は展示会を休みます。ゆっくりもしていられませんが、次に向けて一息ついている昨今です。
この機会に柴田雅章氏のページを一新しました。新たな作品も掲載致しましたので、ご覧い頂けると嬉しいです。

今朝も早起きをし、朝日が昇る前、春のあけぼのの中、家族がまだ居ないリビングで、イギリスのお土産に頂いた美味しい紅茶を柴田氏の紅茶碗で頂く、ボーッとした時間は至福の時です。
細江氏に作って頂いたテーブル、椅子、そしてそのテーブルの上には舩木先生の花入れに椿が一輪・・・。こんな静かな時間を持てるのも、たくさんの作家の先生方の作品に後押しされての35年あればこそだと、来し方をふり返り、明日を見たいと思うのです。

こんな幸せな時間を持って頂きたいが為に、花染は仕事をし、山あり谷ありの中、一生懸命歩んだ様な気がします。
どれ程の人々に、この思いをお伝え出来た分かりませんが、この思い一筋に森羅万象すべてを愛し、感性を磨いて行きたい・・・とひたすら願っています。

そうそう全くの余談ですが、今「うめ婆行状記」を読んでいます。少し前、朝日新聞夕刊に連載された作品です。その折も読ませて頂いたのですが、すでに作者(宇江佐真理)は余命を宣告されている中での執筆だったとお聞きしています。1949年生まれとの事ですので、早すぎる死だったのです。1冊の本になると、また格別です。

  

現代の示しのきかない暮らしの中で、生きている私たちへの警告です。主人公のうめさんは、際立って美しい心の女性です。庶民の暮らしであるがゆえに、又、参考にさせて頂けるのです。この作者の宇江佐氏は、きっと、この様な姿勢で生きられたのではないでしょうか。
私たちの年代も、いつ何があってもおかしくない年が来ています。是非こうありたいと思わずにはいられません。
家事に疲れている方、女の毎日をつまらないと思うことがある方、是非お読み下さいませ。女に生まれてよかったと思うかもしれません。
私も、ほんのつかの間、この中にどっぷりと浸かってみたいと思います。

最後になりましたが、花染を支え、愛して下さいました皆様に心から感謝とお礼を申し上げます。
再び、仕事に育ててもらえる様な生き方が出来ますれば嬉しいと思っています。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます
寒暖差が激しく、夜は冷えます。花冷えとは美しい日本語です。うぐいすの鳴き方が上手になってきました。「ホーケキョ・・・ケキョ!」と。ちょっとまだ足りませんが...。どうぞお体をおいとい下さいませ。そしてお遊びにお出かけ下さいませ。

  

チューリップの花をたくさん頂き、武内真木氏のピッチャーに生けました、花染に一段と明るい空気がただよい始めました。



  2018年(平成30年)3月7日

そこかしこに春がやってきました。暖かい日差しを見ると、心身ともに救われます。太陽の恵みは生物に喜びを与えてくれるのですね。
木々や草花も、この暖かさを待ち望んでいたことでしょう。
裏庭の二葉葵も、早々と芽を出し、春の目覚めです。

  

今年の冬季オリンピックは、なぜか毎日テレビを見てしまいました。時差がなかった事なのか、はたまた、日本の熱量が高かったのか? 名勝負を繰り広げる選手たちに、思わず、歓喜の声をあげました。
いつも思うのですが、何かを成し遂げる人々は良い言葉を必ず持っているのです。オリンピック選手は、お若いにもかかわらず、人の心を揺さぶる名言で感動与えてくれたと思います。

自分の思うところに至らなかった選手達は、その悔しさが、又、次の飛躍へとつながって行くのでしょう。
17日間の熱い戦いは、それぞれの人々の心にそれぞれの思いを残した事と思います。

私も昔、スキーをしていました。20歳代前半4~5年、30歳前後5~6年、トータルで10年程ですが、青春の1ページでした。
その頃、スキーは、だれでもがする普通のレジャーでしたが、今、スキー(スノーボード)は減少の一途をたどっているのですね。
関西では、神辺、鉢伏、信州は白馬、八方、志賀高原・・・。
そうそう大山・・・立山・南アルプスの山スキーにも行きました。
若い頃は冬、12月~3月 生活の中の楽しみの一片でした。その内、店を始めたので、スキーの道具も全て人にもらって頂き、すっかり足を洗ってしまいました。
今では、見てるだけでも寒さが伝わり、身ぶるいをしてしまいます。若い事は素晴らしいですね!!

話は変わって3/3(土)まで「ギャベ展」をさせて頂きました。たくさんの作品を持ち込んで、想像以上の量をご覧頂くことができ、2階は美しいアートで満たされました。お客様に楽しんで頂けたと思います。
初日はギャラリーのオーナーも来て下さっていたので、皆んなで囲み、和やかな1日となりました。
案内状に使ったギャベは初日一番早くお求め頂き、私にとりましても幸せなスタートでした。
素敵な作品はお嫁に行って嬉しいし、それでいて、ちょっと寂しいし、とても複雑な思いです。

     

お客様のお部屋の空間を彩って下さる事は、とても幸せなことです。
私共の店に大きなもの数枚、小さなお座布団のキャベ・・・を数枚残しましたので、機会がありましたら見てやって下さい。とても可愛いですヨ!

     

年明けアッと言う間に2ヶ月が過ぎましたが、仕事に追われ、心の余裕もなく日々を過ごしてしまいました。仕事は「待った!!」がききません。ひたすら前を向く暮らしです。

3/15(木)からの35周年の記念展に向け、走る毎日です。

SLIPWARE 柴田雅章の作品展
35周年に寄せて
2018・3・15〔木〕 - 3・24〔土〕
10:30 - 17:30 18日(日)・19日(月)休み



 「35周年記念展」をさせて頂くにあたって、柴田雅章氏にご協力をお願い致しました。快くお引き受け下さることになりました。
柴田氏との年月は、30数年・・・折りにつけ刺激をそして支えを頂き、何にも代えがたい大切な日々を与えて下さいました。
作品に感動したのは、花染が開店して1年目くらいの時でした。釉薬の美しさ、フォルムの美しさに魅了されてしまったのです。私もまだ走り始めたばかりでしたが、若い私が、それを美しいと感じた事を自分で誉めてやりたい・・・としみじみ思います。その出会いがあればこそです。
花染に柴田氏の作品が常設されていた事は、ここまで店をやって来られた大きな要因でもあるのです。

     

その年月の中で、柴田氏は日本屈指のスリップウェアの大家となれたのです。右に並ぶ方はいらっしゃらないと思います。ご縁を頂いたことに感謝の思いでいっぱいです。
それだけではありません。彼の美意識、そして森羅万象ことごとくに対峙する高い理念が、おつき合いの中で、私にも投影されたのです。
丹波の自然と一体となり、この質感が生まれる事を作品を拝見するたび全身に響いて来るのです。
その理念と美意識が人々を魅了してやまないのだ、と思うと胸が熱くなります。1Fと2Fに展示させて頂きます。どうぞ大いなる作品をご覧下さいませ


<記念展の催し物>
アイリッシュハープ奏者の水川亜紀さんが、心地良い音色で美しい音楽を奏でてくれます。
3/15(木)初日 11時~ の演奏です。

  

とてもお若く美しい水川さんは、私共のお客様でもあります。なぜか大阪市内から花染へ、人様への贈り物などをお求めにいらして下さっていました。
昨年秋、ひょっとしたお話から・・・いろいろな所でハープを演奏している・・・とお聞きし、この企画が生まれたのです。人様との縁は本当に不思議なものです。いろいろの人に支えて頂いているのです。私も楽しみにしています。

いろいろの熱い思いを皆様方から分けて頂いていますが、昨年秋、とても嬉しいものを人様から頂きました。倉敷民藝館に携わる人からの贈り物です。最近、倉敷民藝館が瓦を葺き替え、そこに乗っていた瓦を分けて下さったのです。江戸期のものだそうです。私に子供の頃から多大な影響与えてくれた民藝館だからこそ嬉しいのです。ここに写真を載せずにはいられませんでした。
民芸に生きた先人達を思う心は深いのです。

  

この瓦を掛け花入れに見たて、カウンターの側の壁に「都わすれの花」を生け、飾りました。この染付の水滴は、私が若い20歳代に買い求めた清水焼です。長い年月を経て花染の役に立ってくれたのです。人と人とそして人の歴史は重なり合って深くなっていくのだナァ~と懐かしい思いで眺めています。とても豊かで美しいのです。

桃の花を花屋さんで買い求め、都わすれの花といっしょに柴田さんの黒釉の花瓶に生けました。

  

35年の年月は、山あり谷あり、数え切れない苦難もありましたが、どうにか無事ここまで来ました。ひとえに皆様が支えて下さったおかげです。ただただ感謝の思いでいっぱいです。
そして私と言う人間も仕事によって作られたのだと実感しております。まだまだ学ばせて頂く事ばかりです。
どうぞ今後共、末長く花染をよろしくお願い申し上げます。



  2018年(平成30年)2月9日

冷たい冷たい雪のチラつく日々を過ごしました。
2/3は節分、2/4は立春でした。日本の四季は確実に暦を刻みます。そして美しい行事があるのです。
我が家の節分は、家族の中に、鬼のお面をかぶって上手に演じてくれる人がいて、大笑いしてしまうのですヨ!。それはそれは自慢に値する出来栄えで、役者として貸し出したいくらいです。

  

年を重ねる程に食べる豆の数が増えて行き、「いつの間にこんな年になったのだろう~ねぇ~。」と毎年くり返します。人様から頂いたお菓子にも、日本の心を感じ、良いナァ~。と思わず写真をとりました

  

春はすぐそこまで来ています。明らかに日差しは優しく、温かみを増し、木々の芽はしっかり身支度を整え、万全体制で春を待っています。店の裏の紗羅の木は、しっかりした芽を付けて、日々、太陽の恵みを受け、スタンバイしています。

  

宿根草は、まだまだ先の事ですが、土の下できっと春を待っている事でしょう。楽しみです。

ごく最近、春の温く温くを思わせる様な本をお借りしました。
「大家さんと僕」(矢部太郎)さんのお描きになった漫画です。思わず矢部さん・・・と優しく「さん」づけをしたくなる・・・そんな本でした。
とつとつと描かれている事が、尚一層、人々の心に自然に暖かさをもたらすのでしょうね。私達はいつも人間関係で悩んでいますし、「誰かと暮らす、幸せ」(副題)をすっかり忘れてしまっています。

     

素朴そうに見えて、なかなか深い! 1コマ1コマ言葉の1ツ1ツが気が利いているのですヨネ~。不思議な世界に、うたた寝してしまいそうになります。
矢部さんは今もこの大家さんの2階で暮らしているそうです。87才の大家さんとの暮らしが永遠に続く事を願って、ボーっとテーブルに肘をついて考えてしまいます。

私には、1ツ大きな悔いがあります。20才代前半、とてもとても大切にしていた友人がいました。
音信不通になった彼女の事が、近年、妙に気持ちに引っ掛かってしまうのです。自分がおざなりにしたばっかりに、気がつくと全く連絡がつかない状態に陥ってしまっていたのです。
彼女も私も、周りの人達も、幾度か引っ越しをする中で見失ってしまったのです。ご縁をたどれば引き寄せられる・・・と思い込んでいたのですが・・・。
あまりに親しかったので、いつか又・・・とたかをくくっていたのでしょう。30才代~40才代・・・と仕事や、自分の事で忙しく、目先のことに追われてしまったのです。
どこかで「バッタリ出会わないかナァ~」と日々妄想するのですが、全く出会う事はありませんでした。
この「矢部太郎さん」の本を読み、大切な人を見失ってしまったことへの後悔と自責の念にかられ、ちょっとへこみます。
でも、まだまだ希望は失っておりません。たった1ツの手がかり「長岡京市乙訓高校第一回卒業生」と彼女から聞いた事があります。
懐かしいだけではない・・・人生のある時代を楽しさも悲しさも含めて生きた軌跡なのです。
矢部さんの様に、大切な人と偶然出会い、大切な人を大切に思う暮らしにホッとします。

まだまだ冷たい空気が漂う中、2月の展示会は「ギャベ」です。

GABBEH展 ギャベ
南 イラン・アマレ・カシュクリ族の人々が織る絨毯
2018・2・22〔木〕 - 3・3〔土〕
10:30 - 17:30 25日(日)・26日(月)休み



 「GABBEH」 ギャベと呼ばれる絨毯との突然の出会いから22年。その時の感動と喜びを忘れる事はできません。私共で初めて展示会をさせて頂いたのは今から18年前。別の大きな広い会場を借りて、それはそれは見事なギャベを床・壁一面にディスプレー致しました。素足でその上を踏んで頂きました。暖かさと優しさを併せ持つ美しいアートでした。その光景は今も目に焼きついています。それ以後、幾度となく花染の2Fでギャベ展をさせて頂きました。ギャベを追い続ける年月は幸せな時間でした。もし、これに出会っていなければ、とてもつまらない暮らしだったと思うと感慨深いものがあります。
これからも、このアートのような素敵で品質の高いギャベを探し、出会えることを願っています。そしてその情熱は、さらに私を熱くすることと思います。
2階いっぱいに広げます。ゆっくり座り込んで感触を味わって下さいませ。
小さなお座布団くらいの大きさ(40×40)のミニギャベも、とても良い絵柄で集まって来ました。
今回の展示会にご協力くださった、ギャラリーのオーナーを囲んで、より深い魅力をお聞き出来るのも楽しみです。
初日、22日(木)お見え下さいます。


3月は花染の35周年です。記念展は、やはり柴田雅章氏にお願いさせて頂きました。
先日2月4日、冷たい強風の寒い丹波路を身を縮めながら工房へ向かいました。幾十回お宅へお伺いさせて頂きましたが、お住まいは自然の中にあり、季節ごとにまったく異なった光景が広がります。冬枯れの季節も良いものです。
暮らし方も、その自然と共生し、穏やかな空気が流れているのです。
風や空気や土や森羅万象すべてが相まって彼の作品が生まれる事を実感します。私達には、到底はかり知れない厳しさとも対峙なさっていると想像できるのです。
新しい登窯も、ほぼ出来ておりました。作品を整理する倉庫を作っている・・・とご子息からお聞きしていたのですが、驚きました。
昔ながらの工法で、ご子息を中心に、自分達で作っているとの事です。たくさんの人達の応援あっての事とは思いますが、友人、知人達が力を注いでくれる人間関係にも美しいものを感じ取りました。

  

ご子息が建築の工程を細かく写真にしたものを、パソコンを開いて見せて下さいました。柱などのキザミも、勉強しながら、又大工さんに教えて頂きながら前へ進んでいる・・・との事に、ご子息が持っている人間力に脱帽です。
そんなこんなで、3/15(木)~3/24(土)柴田雅章作品展をさせて頂きます。35周年のイベントも企画していますので、どうぞお出かけ下さいませ。楽しいものに出来ます様頑張ります。



 2018年(平成30年)1月12日

初日の出がとても美しい元旦でした。神々しく輝き、山際から昇る太陽に思わず感嘆の声を上げ、大きく丸い太陽になるまで数分間、見惚れてしまいました。年令を重ねる度に益々、自然の美しさに感銘を受け、実に偉大な存在であることに驚愕するのです。

  

お天気に恵まれた三が日でした。毎年2日は初詣を致します。何十年ぶりに石切神社に行こう・・・と言うことになり早朝から出かけましたが、島本町より電車を乗り継いで約2時間の結構遠い道程でした。
これ又、参拝客の多さに呆然とし、信じがたい行列に圧倒されながらも、せっかく来たので・・・とここは辛抱しかありません。

  

それなりのお詣りを済ませはしましたが・・・。
その続きで梅田へ出て阪急百貨店まで・・・これが又、大変な事でした。言葉にならない人波にすっかり辟易した1日となってしまいました。
しかし、阪急百貨店の大きな5つのショウウィンドウは、四季折々見事な展開をして私達に夢を与えてくれているのです。見て帰りたいと正面に回りました。いつにも増して、豪華絢爛、圧倒されるスケールで、私達を魅了するに余りある世界観を構築していました。

     

「京都くらいの小さな街がちょうどいいネェ~」が、実感でした。凄くなくても良い・・・。私達の体力に合った落ち着いたお正月を・・・と、3日は仕切り直しです。
京都で何時も立寄るコーヒー屋さんの店先の趣ある門松に心癒され、ホッとした気持ちです。日本文化は健在です。

     

そこかしこのお正月飾りを見せて頂く事は、日本人としてこんな嬉しい事はありません。こうして三が日は大した事もなく無事終わりました。

話は変わります。私の実家の漆のお椀の話です。
私が里にある漆のお椀を欲しがったのは、ずいぶん前30年余り前の事です。子供の頃から大勢のお客様の折に使われる漆のお椀に心惹かれていたのです。実家で古くから使われていた漆の道具はたくさんありましたが、以前より、これだけは・・・と母に「これ頂戴ね・・・。」とねだると、母は「私が死んだらあげる・・・。」と何時も言うものですから、その内私も言わない様にしていました。
5年前、母が亡くなった時には、私も体調を崩し、6ケ月店を休んでいましたので、それどころではありませんでした。母の死後も2年程は実家に帰ることが出来ずにいました。
しばらくして義姉に「漆はどうした・・?」と聞くと、全部人にあげたとの事に、ショックでしたが、それも仕方のない事と諦めざるを得ませんでした。
その後、数ヶ月経った頃、実家から電話があり、別の場所にお椀らしき木箱が入っているとの話がありました。母の3回忌に帰り、その数個の木箱を開けてみると3種類の蓋付吸い物椀、蓋付菓子椀、蓋付煮物椀が出てきたのです。それは10客ずつセットになっていました。

  

母はまだ元気な折に私の為に別の場所に取り置いてくれていたのです。覚えてくれていたのです。
優しい母の心を受け取り、涙が止まりませんでした。母親とは何かとかけがえのないもの・・・。
それ以後、そのお椀をお正月のお雑煮椀として使う事にしました。

  

母の思いを込めて、お正月を迎える喜びをこの上もない幸せと気持ちを新たにするのです。
年賀状にも人々の気持ちが溢れています。皆さんに守られ育てて頂いていることを受け取り、自分を高め頑張って行きたいものだと思います。
今はもう12日。ろう梅の花の香りが芳しく香る中を店へ自転車を走らせながら、今年も元気でお客様を花染を大切にしたい・・・と誓うのです。
我が家の椿の花の蕾はまだ硬く、メダカは冬眠中ではありますが、例年のごとく切り干し大根をベランダに吊るし、冷たい風とお陽様を受ける光景は、やはり日本の四季があってこそです。

  

「日常つれづれ」はゆるく終わりたいと思います。
どうぞお風邪、インフルエンザ等にお気をつけて下さいませ。花染は暖かくしてお待ちしております。お遊びにお出かけ下さいませ


今年最初の展示会です
アトリエ・アル
石河道春ジュエリー展
2018・1・26〔金〕 - 1・27〔土〕
10:30 - 17:30



石河道氏と出会ったのは、古く40年前の事です。
その当時、ジュエリーは、ごく一般的なものが宝石店に並んでいました。今の様に世界のブランドジュエリーがデパートに並ぶ時代ではありませんでした。そんな中、ちょっとした偶然で彼と出会ったのです。どちらかと言うとジュエリーは、女っぽいデザインが多かった時代に彼の作品はシャープで力強く、品質が格段に上質だったのです。すべてハンドメイド、一点一点作られると言う事は、この作品を、自身が持つ喜びを感じさせてくれたのです。初めて花染の店の一角で展示会をさせていただいたのは2006年でした。今回で8回目になります。
お客様の心と目が輝いていくのは、私にとっても喜びです。どうぞお気軽に楽しみにお出かけ頂けますと幸せでございます。心よりお待ち致しております。