日常つれづれ(2012年)

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2012(平成24年)9月12日

関西では猛暑とゲリラ豪雨の夏でした。まだまだ夏が終わったとは到底思う事のできない日々です。
それでも、2週間くらい前から、店の帰り路に、赤とんぼが群れて飛んでいます。いつもの年だと、アァ…、秋だなぁ…と思うのですが、今年は何か違和感があります。

私が8月に入ってまもなく、すっかり夏バテ状態で、夏休みもいつもより多くさせて頂いたのですが、衰弱してしまった体は少々のことでは体力が回復せず、元気にならないのです。

こんな不恰好な形になるとは思いもせず、皆様にご迷惑をおかけしています。(弱音を言ってすみません)
病院通いも時々…。店に出て来れない日もまれにあって、私も正直、途方に暮れています。でも、そうは言いながらもほぼ毎日に近く開店しております。(AM11:00~PM5:00 日・月定休日)
営業時間は今しばらく短縮させていただいています。

ご遠方の方は、花染にお出かけ下さいます折には、お電話を頂けると大変ありがたいと思います。

そんな形ですので、大事をとって、10月・11月・12月の展示会は一応、今のところ、作家の先生方にキャンセルをお願いさせて頂きました。
作品は、次々と入荷して来ますので、ご覧頂きます事はできるよう、2階にご用意はさせて頂くつもりです。
まず、10月に予定しておりました「稲葉直人氏の土鍋と器展」用の作品などは既に入荷しております。

10月中頃に向かって2階に展示はしておこうと思っておりますので、どうぞ花染までお足をお運び頂けますと、本当に嬉しいです。

秋風と共に回復したいと思っています。
こうしてみると、どんなに仕事が好きだったか…。宝物だったか、身にしみて痛いほどよくわかります。

こんな事もあるかな…人生には。と思うようにしています。
どうぞ皆様もお気をつけてお過ごし下さいませ。
お大切に…と心より切望申し上げます。

ご依頼をお受けしているものに関しては、順次出来上がってまいりますので、その都度お電話をさせて頂きます。

いろいろご迷惑をおかけ致します事をお許し下さいませ。どうぞよろしくお願い申し上げます。




2012.7.5

梅雨真っ盛りです。家々のお庭や道すがらには、雨に濡れて紫陽花の花が生き生きと咲いています。

                     

島本町のJRの線より山側は、田植えを終えた水田がとても美しく、早苗が順調に育っています。ここかしこの軒下にはツバメが巣を作り、水面を低空で飛ぶ光景は、何ものにも変えがたい宝物です。

JRのプラットホームのベンチに座ってみてください。日頃の喧騒を忘れます。山はすぐ目の前、手に取るほど間近にあり、雨に煙る山間から霧が立ち上る美しさです。
少し山側を歩くと野いちごが田の畦道に……。そしてアザミの花やいろいろの山野草が素朴に、ごくごく自然に佇んでいます。

                       

田や畑のそばの小さな水路には、ホタルの幼虫が放流され、何もかもが当たり前の自然なのです。

お若い方々は朝早くこの光景を見る余裕も時間もきっとないと思いますが、休日の早朝5時、6時頃、一度歩いてみてください。
小さな町の小さな自然……。それも作られたものではなく、そのままの姿なのです。

日本の街中は自然を徹底的に破壊しておいて、人工の公園のような自然らしきものを作ります。嘘でぬられたものを、皆ありがたかっているように感じてしまいます。

しかし、島本町のこの貴重な財産が失われようとしています。以前にもこのページに書きましたが、病院が建設され、又、中高一貫の学校を奈良の方から誘致する話がほとんど決定の状況だと思います。

なんと愚かな経済の成り立ちでしょう。経済性をというなら、この交通の便利な街中にあって、自然を大切に将来を見据えた企画をすれば、昼間は活気のある豊かな町、夜は静かさの戻る住民3万の町にすることは可能です。
そして人間の英知というものは、そういうものだと信じて生きています。

20年近く前まで、島本町は100%地下水の上水道でした。夏は水道の蛇口に水滴が……。冷たい美味しい水でした。
だからこそサントリーは島本町の山崎に工場を持ち、高級ウイスキーを作って来たのです。(今でもサントリーは地下水をどんどん汲み上げています)

それが政治の思惑の中で[10%]府の水を導入することに、20年近く前、町議会で決定したのです。
反対運動の署名活動をたくさんの人々で必死で行いましたが、住民の意見は無視され、与党多数で町議会を通過してしまいました。今思い起こしても悔しくて残念です。たった10%というけれど、水の味も匂いもまったく変わってしまいました。

未来に美しい日本を残す感性など全く通用しない日本の政治の姿に絶望します。

今また、来年4月の町長、町議会議員の選挙をにらんで、地下水100%に戻そうという気風が芽生えています。どうなります事やら……。

そういう意味では、小さな町なので町民がしっかり問題意識を持って結束すれば、美しい町にすることはできると信じたいと思っています。

話は突然、飛びます。
1970年初め頃、「戦争と人間」(原作:五味川純平 監督:山本薩夫)三部作の映画がありました。一部から三部まで数年かかって、上演されたと思うのですが、一部ずつが3時間余りくらいの超大作だったと記憶しています。

その中に、先日亡くなった地井武男さんが出演していました。私の中の地井武男氏は、この役柄がすべてのイメージです。

抗日運動の朝鮮民族の戦士という、とてもストイックな青年でした。遡って数えると地井さんは30才前後だったと思われます。
その時の彼の面影、朝鮮の青年を演じる、美しくて哀しい戦士のあの顔は、40年程経た今も、私の中ではベスト5に入る男性の姿でした。

あんな姿、形は、今の世代では到底考えられない……。韓流だか何だか知らないけれど……。
人間が歩んできた功罪をしっかり見つめる日本人であってほしいと思うのです。

6月21日(木)からの柴田さんの展示会も、今回は前半と後半に分けてしまいました。いらしてくださるお客様はご不自由だったでしょうか?

ご遠方からもこの梅雨空に、おまけに台風が加わったあめの中を、たくさんの方々がお出かけくださいました。本当にありがとうございました。

        

京都の街中を歩くと、もうすっかり祇園祭の様子です。「コンコンチキチン、コンチキチン」とお囃子が流れ、一気にその気分にさせてしまいます。
やはり日本の美しい姿です。

宵山、宵々山の辺りは梅雨の真っ只中という事もあり、夕方、凄まじい雨に見まわれる時があります。これも恒例のようなものです。

7月17日(火)が山鉾巡行。今年は14日(土)、15日(日)、16日(月・祝)なので、観光客がとても多いのではないかと思います。
私は毎年、長刀鉾でちまきを買って、1年間、玄関先に掛け、無病息災を願うのです。これも我家の恒例です。

これから暑さが厳しくなります。皆様はどのようにお過ごしになられるのでしょうか?
昨年、お客様から鉢植えの水引草を頂きました。「終わったら刈り込んでおいたら良いヨ」と言われていました。

今、それが見事に復活して、緑々しい美しい姿で赤い花を付け始めました。葉を日焼けさせる事もなく、虫食いもなく、それはそれはすくすく育ちました。

                             

こんな嬉しい事はありません。たわいない事なのですが、毎朝眺めては「よし、よし……」と思って家を出ます。その内、店に持って来ようと思っていますが、あまり環境を変えない方が良いかもしれませんね。

体調を崩しがちの人もお元気な方も、無事夏を乗り越えたいですね。歳と共に暑さに弱くなりますが、それなりに楽しくて美しい事を見つけましょうね……。
どうぞ、お遊びにお出かけ下さいませ。




2012.5.16

日本中の人々の心を虜にしてしまう桜の季節も過ぎ去り、気がつくと素晴らしく生き生きとした緑の葉の繁る自然に包まれています。日々が過ぎゆく早さを感じます。

              

この島本町は昔から桜の木がとても多く、今でも至る所に桜並木があります。昔をよくご存知の人々は「その、所々にある並木が、すべて連なっていたんだ……」とおっしゃいます。

青葉繁れる桜井の里のわたりの夕まぐれ
木の下影に駒留めて、世の行く末をつくづくと
忍ぶ鎧の袖の上に 散るは涙か、はた露か♪♪……

ここ島本町は楠正成親子別れの桜井の駅があります。ここの住人にとっては知らない人はいないという有名な公園です。私が知っている限りでも、鬱蒼と緑が(特に楠の木)繁った静かな佇まいの公園だったのですが、どんどん開発という名のもとに侵食され、今では小さくなってしまいました。

その小さな森の中の「親子別れの像」が島本町民を見守っていたのですが、その像も昔の古いものから今風の「おちゃめ」な、とても感心しないものにすげ替えられてしまっています。昔の像はすぐそばにある「歴史資料館・麗天館」の中に入れてしまっているそうです。

この青葉繁れる桜井の……♪♪云々…の歌は、何故か私の幼い頃、父親が添い寝をしてくれながら歌って教えてくれたものです。知らず知らずの内に体に入り込んでいました。私の生まれ育った地でもないのに……。この町に住んで36年。この地で店をさせて頂いて29年。なんだか不思議な関わりです。

私の父親も私が居をかまえたこの島本町は大好きでした。自然が豊かで緑あふれる美しい、水のおいしい町だったからです。新緑の頃というと、必ずこの歌を口ずさみたくなります。

父は京都・奈良が大好きで、私の幼い頃、頻繁に四国から出かけていました。
戦後、奈良の正倉院が一般公開になった当時から、毎年のように正倉院に出かけていたのだと思います。
私も、ほんのたまには付き合いましたが、今となっては「もっともっと父に付き合って、いろいろな講釈を聞いておけばよかった……」と悔やまれます。
子供の頃から父と二人でよく旅をしたのですが、その「講釈」が時には鬱陶しく感じられたものです。美術も工芸も父からの伝授です。

父親に少しは誉めてもらえるような店にしたいものだと思っています。

父との旅の思い出の中で、一番は「大原美術館・工芸館」「倉敷民芸館」「日本近代美術館」です。
小学校低学年から倉敷は幾度となく父と訪れました。私にとっても原点の心の中の豊かさの旅でした。
人もまばらで静かに生き生きと、美術・工芸を私達に余すところなく伝えてくれる場所でした。

何よりも今風のお商売ではありませんでした。(いつの頃から日本はもっともっと……とお金・経済優先の民族になってしまったのでしょう)お商売は何でもありという正義のないものになってしまいました。
今は見る影もなく観光地の形相です。
大原美術館を語りだすと、とても長くなってしまいそうなので、この辺りで……。

でもやはりもう1つ。この大原美術館の並びにある「グレコ」というとても美しい館で、父と一緒に紅茶とケーキを頂くのは、子供心に至福の時でした。その大きなテーブルと椅子は、人間国宝の黒田辰秋の作品です。子供の頃にもうすでに使い込まれた見事な風格をそなえ、私達にぬくもりを与えてくれていました。
その頃の店のオーナーの女性(すでに10幾年程前に亡くなっています…)の姿と共に新緑の頃にはその館を思い出します。
蔦がみずみずしく絡まり、より一層、本物の建築物を魅力あるものにしていました。

「クラレ」の工場跡のアイビースクエアも誰もいない散歩道でやはり同じように蔦が緑々と絡まっていました。
運河には水が豊かに流れていました。私にとって倉敷は初夏の印象がほとんどですが、父はこの季節をいつも選んでいたのかもしれません。
そして又、「グレコ」のオーナーの女性の姿は、子供の心に強く残る存在でした。白くなりかけた髪を後ろで束ね、生成の織物のお着物をさりげなく着こなし、白い割烹着をつけていました。後に私が20才を過ぎて知ったのですが、彼女は大原氏の秘書をなさっていた方…とお聞きしました。普通に見える姿がとても美しいのです。

頑張りすぎている姿や心が前面に出ている女性を私はあまり好きではありません。
子供の心に「こんな大人になりたいナァ…」と思い、その印象が私のその後の女性観を作ったと言っても過言ではありません。

この新緑の町は、遠い父との思い出、そしてこの時代の豊かな大原家の美しい人々を、美しい文化を私の心のひだの奥深く魂として残してくれたのです。

話は突然変わります。3週間ほど前、84歳のとても素敵な女性から「芝木好子」の本を手渡されました。「群青の湖」です。一気に読んでしまいました。たぶん染織作家「志村ふくみ」をモデルにしているのではないかと思うのですが……。

ここにも琵琶湖の厳しさと優しさ、美しさが湖東・湖北・湖西に生きる人々と共に折り込まれていました。
久しぶりに読む男女の機微、女性が生きる美しさと厳しさに少々戸惑いました。若い頃と違って最近は社会派と言われるものや、問題本、話題本などを読むことが多くなっていた私にとって、ちょっと懐かしく胸が「キュン」となりました。

本がどうのこうのと言うよりも、84歳の女性が「芝木好子もいいヨ…」と貸してくれた本としてショックだったのです。
この本を私に手渡してくれる彼女の心のみずみずしさに感動したのです。

彼女は今なお、日本画、人物画、文章教室、読書会…と週4日は出かけるとのことです。
私の親がわりのような彼女は、「あなたの事がいつまでも心配で…」と優しく、強い心で気にかけてくれる人です。
彼女と知り合ってすでに36年の月日が流れました。
ここにも美しい日本の女性がいるのです。

又、突然ですが……。
以前(2010.3.19)この頁に「松井冬子という日本画家を知っていますか…」と書いた事があります。
最近、とても露出度が高く、2012.4.14付の朝日新聞土曜版フロントランナーに彼女の事が大々的に出ていました。
素晴らしい容貌なので「ハッ」とお気づきになった方もいると思うのですが。

                               

この才能と際立つ存在は、回りが放っておかないかもしれないけれど、この人の持つ「情念の世界はあまりメディアに露出しない方が美しく、凄みを増すような気がしてならないのです。

今年の3月まで横浜美術館で開催された個展では7万人以上の来場者を集めたと……。
どこかで本物の作品を見る機会があれば、是非ご覧下さい。個々に感想は違うと思うのですが。

                              ★5月22日(火)~5月26日(土)
                             太田和則・太田亜希子の器の展示会

        

食卓に新鮮な空気を入れたいと思います。

                            ★6月21日(木)~6月28日(木)
                              24日(日)・25日(月)定休日
                              柴田雅章の作品展

                  

たくさんの作品を集め、皆様の心に響く展示会になりますよう準備させて頂きます。

毎日のように気温がころころと変わり、とても不順です。お風邪などにお気を付けて下さいませ。それなりに楽しい事をいっぱい見つけて元気に過ごしましょう。
どうぞお遊びにもお出かけ下さいませ。心よりお待ち申し上げております。

余談ですが、4月に家に咲いた椿の花です。

                                




2012.4.5

暖かくなった日差しに救われる思いがします。寒い期間が長く、心も冷える思いがしました。待ち遠しい春でした。

日差しと共に木々や草花が芽吹き始め、少しずつ景色が変わって来るのを感じます。
私共の小さな庭の中では、一番初めに二葉葵が新芽を出し、日に日に葉が大きく成長し、小さな赤紫色の花を付けました。

                             

みずみずしく成長するつややかな緑の新芽は、心を元気にしてくれます。

今年は梅の開花が遅く、3月後半が見頃の時期だったと思います。毎年2月・3月は忙しく、梅の花を見に行くことがなくなっていました。
先月3月25日、珍しく京都御所の梅林に出かけました。白梅、紅梅が美しく開いた花が7分、つぼみが3分というとても頃合の良い佇まいでした。
見事な梅林が2~300メートル続いています。御所の中は人出もあまり多くありません。

           

今まさにNHK大河ドラマ「平清盛」で繰り広げられる人間模様を思い描きながら散策するのも風流なものです。その当時の敷地は、さらに一層広大だったことでしょう。

平家物語と言えば、ふっと幼い日の父の思い出がよみがえります。父はいつも夜、私が寝付くまで添い寝をしながら、毎晩、平家物語を琵琶で語る「耳なし芳一」の話をしてくれました。子供の事ですから、すぐ寝入ってしまいます。そうすると、結局なかなか終わりまで物語が進まず、毎晩「耳なし芳一」のお話が続くのです。私の心のひだに今なお懐かしく鮮明に残る父との思い出です。

今年は春の到来が遅かったので、いろいろの花が一気にやって来ました。梅の花、桃の花。そして桜の花に心を奪われる日本列島の春が本格的に始まります。
桜の花は満開で散るのです。今まさに盛りの頂点で散るのです。美しい事が恐れとなり、日本人独特の死生観に繋がっていくのだと思うのです。
滅び行くもの……無常観。そういうものの中に美を求める感性を持っているのです。本当に素晴らしい自然観を持った民族です。

2月……の舩木先生の展示会には本当にたくさんの方々がお出かけ下さいました。溢れる程の人々の中で、私はいつも感謝です。
初日は毎年、お客様に何もして差し上げる事が出来ず、申し訳なく思っています。
2日目からは私の体力の限りを尽くして、お茶とお菓子で楽しくお話をしながら、この空気を楽しみます。そして、幸せな1週間を過ごさせて頂きます。ありがとうございました。

来年3月1日は花染の30周年です。舩木先生の展示会で……というお約束を頂いています。先生とご一緒にお客様達と何か記念になる会になりますよう、考えたいと思います。その節にはどうぞお出かけ下さいませ。

3月、4月は展示会を休ませて頂きました。

5月 長崎・波佐見・大桂工房・太田和則氏の作陶展です。
6月 柴田雅章氏の作品展です。

多くの人々をとりこにしてしまう柴田氏の作品は、豊かな日常の、何気ない暮らしを支えてくれる事を実感します。

展示会はいつも皆様がゆっくりとくつろいで下さる空間作りをさせて頂けますれば良いなァ……と思っているのですが、不行き届きの事も多く、反省ばかりです。

この時期、この島本から京都西山に出かけての竹の子が美味しい季節です。いつも求めさせて頂いている竹の子農家の方が、「寒いので遅くなる」との話でした。この方は、竹の子を育てるのが大好きで、いつも生き生きとしています。それゆえ、愛されて成長する竹の子は特別に美味しいのかもしれません。
散らし寿司などの、春の季節を盛り込んで、ささやかな幸せを頂きたいですね。

日本には「花冷え」という美しい言葉があります。桜の季節はまだまだ冷え込みます。その上、このところ毎日、くるくる変わる不順な天気です。
どうぞお体を冷やさないように、お気をつけてお過ごし下さいませ。そして、又、お時間を見つけてお遊びにお出かけ下さいませ。
心よりお待ち申し上げております。




2012.2.15

毎日、各地の豪雪のニュースが入って来ます。痛ましい事故も含めて雪深い地方の雪の量に驚かされます。

以前よくお正月に、山陰の先生方の工房や窯元などに出かけました。
先生方が「昔はすごい雪の中のお正月でしたが、最近は暖冬でお正月には雪は積もりません。」とおっしゃっていました。

私も10cmくらいの雪にお正月、山陰で出会ったことはありますが、今年のこの雪は想定外でしょう。子供の頃から瀬戸内の暖かい地方で育ちました。この関西圏もたいした雪は降りません。

雪の大変さは、雪国にスキーに行った折の新雪に足をとられ、身動き出来なかった事。何度か吹雪に遭遇し、ほんのわずかだけ危険にも遭いました。が、そんな数日間の比ではなく、深い雪の中で暮らす日々を身をもって知る事はありません。
自然は人間の計り知れない脅威です。

今年のお正月休み、余った時間をべったりと座り込んで、NHK BSプレミアム、福山雅治の「ホットスポット最後の楽園」を数日間、毎日見ていました。

最後が日本列島でした。日本列島が地球上でホットスポットとは……。
日本に生まれ、この自然が当たり前の暮らしをしてきました。それでも、このホームページに「日本の美しさ」をテーマに事あるごとに中途半端な知識で書かせて頂きました。

数億年という年月の地球の歴史の中で、大陸と日本列島がくっついたり離れたり、地殻変動を繰り返し、太平洋を北上していた黒潮が、偶然の仕業でたまたま日本海を北上する対馬海流(暖流)を作った事が、この日本を豊かな列島にしたのだそうです。(私の記憶違いも少々あるかもしれません)

暖かい海水が蒸発して、日本列島に雨を降らせ、雪を降らせ、雨や雪どけ水によって木々が育ち、国土の3分の2は深い緑に覆われた美しいおいしい水を私達に与えてくれているのだと……。
日本には砂漠がない事。そして、まず四季があります。
当たり前のように暮らしている私達は、世界でも特別な国なのです。アジアの東の端にまったく他と異なる自然豊かな日本列島が作られたのです。

しかし、今年の異常な雪や昨年のような大雨が国土を襲いました。国土を潤してくれるはずの自然が……。
中庸は難しいものです。

話は変わります。

椿の花の咲くこの季節、椿の花を追い求めます。
花屋さんの店先にこの花を見付けると、求めないではいられないのです。

昨年、椿の花の鉢植えを買いました。咲くのをとても楽しみに待ちました。2月に入った頃から一鉢はピンクの小さな花を次々と付け始め、店へも手折っては持って来ています。

もう一鉢の白い花「窓の月」と名づけられたものは、今はまだ蕾です。ピンクの椿の花よりは少し大きい花のようです。蕾も少し大きいです。もちろん、一重の花びらです。ひたすら咲くのを、今か今かと待っています。

                 

大きな庭や、大きな椿の木があるわけではないけれど、少しのささやかな美しい花に幸せを頂きます。

そろそろ春が間近かというこの季節は、舩木先生の吹きガラスの展示会です。

2月23日(木)~2月29日(水) 26日(日)休み

たくさんのお客様がお見え下さいます。今年も元気に展示会を迎える事が出来る幸せを感じます。
お客様方にも、当方にも、いろいろの山坂があります。それを踏み越えてこの幸せを享受出来ます事を感謝すると同時に、作品が店に並ぶワクワク感でいっぱいです。

なんとなく世の中にレーマーがひとり歩きしている気配がします。
骨董の世界、ヨーロッパのレーマー等々が、私の第六感にささやきます。
とても良いタイミングで、舩木先生のレーマーをたくさん頂く事が出来ました。

                               

もともとレーマーは大好きな作品です。何とも言えず、中世の香りが五感をくすぐるのです。
先生のレーマーが美しく並ぶ光景を私自身も楽しみにしています。

是非お出かけ下さいませ。心よりお待ち申し上げております。
今年はまだまだ寒い日が続きそうです。インフルエンザも流行が長引きそうだという事です。
どうぞ暖かくして、お気をつけてお越し下さいませ。




2012.1.17

今年も静かに年が明けました。同じ初日の出なのに、2011年はいろいろな事があった年なので、とても厳粛な朝のような気持ちです。
おせちを整え、お雑煮を温かく頂きながら迎える元旦は、考えようでは幸せな時なのでしょう。どうぞ健やかな1年でありますように。

昼前には年賀状も届き、一人一人繰りながら、年賀状だけのお付き合いになってしまっている遠方の友人に想いを馳せます。
「会いたいねぇ…」と書かれた友と、もう幾年会っていないのだろうと指折り数えます。たぶん、私が忙しくて、その気持ちに応えていないのです。充分、年齢を重ね、何時、何があってもおかしくない年頃なのに……。

今年は辰年。
京都嵐山天龍寺の龍の天井画。加山又造が命を吹き込んで描かれたものです。
建仁寺には、小泉淳作の龍の天井画。かの有名な葛飾北斎の龍の天井画は確か富山県のお寺。是非、一ヶ所くらい拝見するのも良い機会かもしれません。
それぞれ下から見上げる私達の気持ち次第で、姿や眼光を変えるのでしょう。

奇しくもお正月明け、小泉淳作氏の訃報が新聞に掲載されていました。確か84歳とありました。まだまだ素敵な作品が描けるのに……。と惜しむ気持ちと次々偉大な芸術家が亡くなっていくことの寂しさを感じます。

お正月2日の朝は恒例の京都六波羅密寺への初詣です。NHKの大河ドラマが平清盛なので、込み合っているかも……と思いながら出かけました。やはり例年より人出は倍くらいだったでしょうか。稲穂を授けて頂き、お参りグッズを付けて頂きます。今年は巾着にしました。

                              

お寺の方が稲穂に巾着を付けながら、「福袋・智恵袋・願い袋」とおっしゃりながら…が、とても優しく、何かしら御利益がありそうな気持ちになりました。もちろん願い袋の中へは「健康」という二字を入れてくれることを心より祈る気持ちです。

この六波羅密寺は清盛の坐像が祭られていることで有名です。この辺り一帯に当時、1千~2千の平家の家屋敷が並んでいたそうです。大河ドラマをしっかり見て、その当時を偲びたいと思います。

昨年、年もおしつまって12月10日~12日の3日間は九州佐賀県・有田・伊万里・唐津、そして長崎波佐見を強行軍で廻って来ました。有田のこの業界の方が一緒に車で廻ってくれましたが、それでも大変な3日間でした。

一昨年から私どもで展示会をしている有田・福珠窯へ。
10日昼過ぎ、有田着でまっすぐ福珠窯へ。ご当主の奥様が福珠窯の作品を使って、予約制でランチレストランをなさっているとの事で、食事をいただきました。
器とお料理は一体となり、やはり器は物を入れて100%以上になることを実感します。
お料理の写真を撮るのを忘れてしまいました。食事やお話に夢中になり、写真など無粋な物は失礼であるような気も、そこか頭をかすめました。

建物の外観だけは写真に撮りました。山を背に、とても趣味の良い、行き届いた佇まいです。

                        

紅葉はすっかり終わり、冬の枯れた山々も又、味なものです。山を渡る風音も心地よく、とても伸びやかで大らかな、心和むひとときでした。

昨年12月15日からの展示会で使う作品を倉庫の中から選び出す作業が私を追い立てます。たくさんの作品から選ぶ仕事は集中力と決断力と体力がいります。
こうして1日目は終わります。

2日目は、唐津と伊万里です。
唐津はかなり精力的に廻ったのですが、私が思うものと出会えず、今回はあきらめ、又改めて来ることにしました。
そのおかげで半日、観光のような時間を過ごすことが出来ました。唐津くんち曳山もテレビの中でしか見たことがなかったのですが、

    

壮大な日本の文化でした。

偶然、唐津の街中でふと出会った旧唐津銀行。

                           

東京駅を生んだ唐津出身の建築家「辰野金吾」が愛弟子の「田中実」に委ね、明治の末1912年、竣工されたものだそうです。
師匠の故郷であることを配慮し、全体のデザインは典型的な「辰野式」を採用し、双方の共作であるといいます。
平成20年~平成22年の復元修復を経て、今私達が、当時の姿のまま、内部まで拝見することが出来ました。

             

創建当時の意匠・ディテールを忠実に再現するために関わったたくさんの人々の情熱と思想の集大成なのでしょう。本当に見事に明治・大正・昭和・平成とつなげた人々に、ただ感動あるのみです。

酒井田柿右衛門の屋敷の佇まいはさすがです。

            

柿右衛門の所も再び来ないかもしれないと思ったので、コーヒーカップくらいは個人的に買っても良いかな……と思っていたのですが、柿右衛門の作品で15万何がし……との値段に躊躇してしまいました。
柿右衛門窯の量産の作品だと、無理をすれば手が出なくもない…と思ったのですが、やはり並外れて値が高く、やめることにしました。
でも、さすが、現地で見る柿右衛門の赤は見事でした。

                               

私たちが教科書で習った、柿の大木が天を突いて伸び上がっていました。

唐津・中里太郎右衛門の展示場もそれは見事でした。

                           

15代・16代に渡る歴史は、一朝一夕では築けないことを実感します。

ずっと長く行きたかった「九州陶磁文化館」です。

                              

古伊万里・有田の歴史、作品の歴史を見たかったのです。いろいろの展示場があり、それぞれに感動しましたが、

柴田夫妻コレクションが、仲でも心に響きました。
私が見て廻るのに必死で、写真などなかなか撮る余裕がなく、うまく撮れていないのですが、少し掲載します。

            

       

柴田夫妻コレクション

この展示室にある江戸時代の有田磁器は、東京の柴田明彦(平成16年5月没)・裕子様ご夫妻から当館に寄贈されたものです。
平成2年(1990)に2,476点、平成5年(1993)には、この展示室のオープンを記念して627点が寄贈されました。その後も平成15年まで、19回にわたって寄贈され、14年の間に合わせて10,311点の一大コレクションになりました。
このコレクションの特徴は、江戸時代の初めから幕末までの有田磁器の歴史的変遷がわかるように、様々な種類が揃えられていることです。この展示室ではいくつかのテーマを設け、有田磁器の各年代の様式の特徴、技術の変化などを紹介しています。又、1年に1度、ほぼ全作品の展示替えを行っています。(館内の案内板より)

こうして品格をもって蒐集した偉大な人があればこそ、後世の私達に素晴らしい歴史を見せていただくことが出来るのです。蒐集した人の品格は必ず、著しく出てしまいます。本当に喜々とした長い時間を費やして、まだ心を残し、その場を去りました。

伊万里の陶石採掘場、陶器神社などなど……

                      

超特急で走った半日は、想像を越えて充実していました。
しかし、伊万里・有田には、バブル経済期の負の遺産も数多くありました。突然、山の中にベルサイユ宮殿のような建物が現れるのです。広大な土地が開発予定地のまま放置されていたり、国道沿いの大きな店舗ががらんどうのまま売物件だったりでした。人間の大変な姿を見ました。伝統と人間の品格はいつの時代も本当に大切なものだと実感した旅でもありました。

3日目は長崎・波佐見です。波佐見の若い作家の人の新しい作品を今年2012年から始めます。4月頃には、小さな展示会をしたいと思っています。
次は、以前よりお付き合いのあった青窯・吉村聖吾氏の工房へお伺いしました。長年の挨拶と新作を拝見し、半日は終わってしまいました。2時過ぎの有田発の特急で帰路に着きました。
駆け巡った慌しい旅でした。

今までは仕事のみで、有田も伊万里も日帰りした時もありましたが、年のせいか、もうそれは出来ません。
年末の慌しい中で、ポッと開いた空間でした。この3日間ともとても美味しいお魚も堪能した日々でした。

昨年12月15日~の「お正月の仕度展」で、今回巡り会った福珠窯の「色絵日の出富士図」のお皿はとても粋でおしゃれでしたので、写真を掲載しました。お客様に人気の作品でした。

                          
                          直径13cm、16cm、20cmがあります。

唐子の茶碗、急須もとてもかわいく愛らしかったので写真にしました。

                           

           
                古染ぶどう蝶そば猪口           染付芙蓉手VOCティーカップ
                

新たに福珠窯の作品はホームページに、その内追加したいと思っています。
12月中にホームページを更新出来ませんでしたので、12月・1月と、2ヶ月をまとめました。何もかも中途半端で申し訳ありません。

           1月は、アトリエ・アル石河通春 ジュエリー展
             1月26日(木)・27日(金)・28日(土)

           2月は舩木倭帆吹きガラス展 
             2月23日(木)~29日(水)まで 26日(日)休み

15日(日)舩木先生の工房へ出かけました。寒くはありましたが、お天気も上々で新幹線に乗り込みました。

毎年、先生のお体を心配しながら1月を迎えます。必ず1月に先生のもとにお伺いさせていただくのですが、ひやひやしています。

今年は私のほうが風邪をこじらせていたので、危ぶまれたのですが、エネルギーを振り絞って出かけました。

先生が「お昼を一緒に……」とおっしゃって下さっていたので、いつもより早く島本を出ました。

先生と奥様と3人で、とりとめもないお話をするのは、私にとっては宝物です。話があちこちにとび、たわいもない話もあれば、大切なお話もあります。今回も先生より山ほどの宝物のお話をお伺いしました。

作品選びは、又、至福の時です。お弟子さんのお二人にもお手伝い頂きました。若いお二人の力持ちがいらっしゃると仕事がはかどります。
今年はレーマーを数多く欲しい……と念じていたのですが、偶然にもとてもたくさん頂くことができました。私の気持ちが通じたのでしょうか。

             
          選んだものの一部です。
 
舩木先生がいらっしゃればこその花染ですので、心より感謝申し上げています。
先生の今後のご予定、作品作りの見通し、お体の具合、仕事の段取りなどお聞かせ頂きました。

花染は来年3月1日で30周年を迎えます。この記念展は、先生の展示会以外では考えていないので、その主旨をお伝えし、私は了解を頂けたと思っています。必ず作りためて下さることがお約束です。

楽しい時間を過ごし、先生に神辺駅まで送って頂き、新幹線に飛び乗って帰途につきました。

次々と追っかけてくる仕事は、こうした幸せと共に、私の体の中に積み上がっていきます。足りないことばかりの自分ですが、先生方やお客様に支えて頂いていることを体中いっぱいに感じるのです。

話は変わって突然ですが、山崎豊子「運命の人」のテレビドラマが15日より始まりました。とても楽しみにしています。

まだまだ寒さは続くと思います。暖かくしてお風邪などにお気をつけてお過ごしくださいませ。



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