日常つれづれ(2014年)

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2014(平成26年)12月
とんでもないミスで花染のホームページを見ることができなくなって約2か月。10月後半から事故が起きていたと思います。皆様よりお問い合わせや心配のお電話を頂き、誠に申し訳なく思っています。こんなに沢山の人々にご覧頂いていた事を知り、感慨ひとしおです。
10月初めに更新して、気が付けば師走です。それも数日で年の瀬です。その間、たくさんの想いはあったのですが、秋から冬へと移り変わる日々を、HPの復帰を待ちながら、悶々と過ごしました。やっと12月17日をもって、ホームページに日常が戻って参りました。
今後共、花染のHPをよろしくお願い申し上げます。10月・11月・12月・・・と話を超特急で進めます。

2014(平成26年)12月28日
この所の寒さに震え上がっています。突然の寒波に各地で混乱が起き、ニュースで連日報じられています。木枯らしが吹き、雪が舞い、身を縮めて暮らす日々です。寒風の中、頂きものの大根を今年も切干にすべく軒に吊るしました。


秋から冬、年末にかけて、京都は観光客で溢れ、活気付いていますが、何か風情が違うのです。錦市場はそういう人達のお買い物でごった返し、テンヤワンヤのあり様だとお聞きしました。良いのか悪いのか・・・。
秋の京都御所の写真


10月28日から5日間、細江義弘氏の展示会をさせて頂きました。たくさんのお客様がお出かけ下さいまして、毎日賑やかな集いになりました事に感謝申し上げます。
25日(火)は細江氏も在店してくれていたので、朝から夕刻まで和やかに楽しいお話は尽きる事はありませんでした。
展示会の後、作品を残してあります。花台、額、椅子、お茶テーブル、皿立、鏡・・・等です。又、ゆっくりとご覧下さいませ。

   

細江氏の作品を見ていると、私も、私の能力の範囲で何か作りたくなり、板とクギとペンキでいろいろのものを作りました。 店内のあちらこちらにディスプレイをしてみると、又、新鮮でちょっと得意!です。 一気に作ってしまい、しばらく製作は休みです。正直、疲れました。簡単な椅子、花台なども作りたかったのですが、今出来る限界でした。又、作ってみようと思っています。

  
10月半ば、母の三回忌で田舎に帰って来ました。福山から「しまなみ街道」を島と島に架かる橋を渡り通行するのですが、私には馴染みません。とても便利になり、嬉しくない事はありません。
この瀬戸内海は、私の子供時代、青春~朱夏を共に過ごした海です。 学生時代、今治から三原までフェリー。そして三原から特急で京都です。海を渡る時間は三時間余りでした。
それ以前は、尾道まで連絡船でした。子供の頃、この連絡船を使って尾道へ渡り、倉敷大原美術館へよく父に連れて行ってもらいました。 尾道の町にはお魚を売る小さな箱の手押し車を引いた女性が、そこかしこに居て、風情があり、皆と街の佇まいは今も心に残っています。
大原美術館もその界隈も、人影は少なく、心癒される大好きな小さな旅でした。
そして間もなく、今治―三原間は水中翼船になり、スピード化され、1時間に短縮されました。この頃が結構好きでした。
時間は短くなり、でも島かげから島かげを縫って、海の上を滑るように走る爽快感はいいものでした。 季節によって時間帯によって、潮流が変化するのが美しく、自然を体いっぱいに感じる事が出来ました。
そして、「しまなみ街道」へと進化してしまったのです。瀬戸内海の光景が嘘のように変わってしまいました。便利さを追求したゆえの劣化だと私は思っています。 島と島は橋の足げたとなり、島の姿や四季折々の潮流を感じる事なく、アッと言う間に走り過ぎてしまうのです。
普段、瀬戸内海は穏やかで、キラキラ光る海ですが、春の大潮の頃は、無数に点在する小さな島と島の間を滝のように、まるで十戒のドラマのように、凄まじい勢いで流れる潮流は、本当にダイナミックで感動的なのです。
車で走り去る旅行者は、便利さだけを享受し、近代化された何の潤いもない橋と道路だけを見て行き過ぎてしまうのです。
島に暮らす人々、農業、漁業、又その海を生活の場として生きる人々と潮の流れは濃密で、深く呼吸をしている事を知って欲しいと思います。 便利になって、それで田舎の町は疲弊し、本来、田舎が持っている力を失い寂れていくのです。
瀬戸内海に橋が三本も四本も必要なのでしょうか。利便性は丁度良い所で止まる事は出来ないのでしょうか。大方はゆき過ぎて大切なものを破壊してしまうような気がします。
久しぶりに恵み多い豊かな瀬戸内海を渡ってみて、しみじみ感じた事でした。
最近、あまりにも不必要なものが街にもマスコミにもテレビにも、至る所に溢れています。競争の原理が過剰に働きすぎるゆえでしょうか。
我が家はあまりテレビはつけないようにしています。朝は全く見ないので、好きなCDをかけ、いろいろのジャンルの音楽を流します。ポップ調あり、演歌あり・・・さまざまです。最近、小柳ゆき、竹内まりや、そしてちあきなおみが流れています。ちあきなおみがいろいろの歌手の歌をカバーしたり、過去の名曲やシャンソンなどを情感豊かに語る歌声は、この年になって本当に癒されるのです。

        
これは5枚あります。朝のひととき、わずかの余裕ですが、ゆっくりと1日が始まるような豊かさです。ピアノ曲・バイオリン曲なども選曲したいと思っています。
最近、本を読んでいません。「茶器と懐石」桑田忠親書は人に教えられ、古い本なので絶版になってしまっているものを、ネットで探して長谷川書店さんが取り寄せて下さったものですが、今読みかけています。 「等伯」安部龍太郎・上下も買ったまま、全然進んでいませんが、これはお正月休みの楽しみにとっておきます。

        
新聞の下に毎日数限りなく出版される本の広告が載っています。それを見て、「ホーッ!」と思うのも1つの勉強になり、時々切り抜きます。
11/8の広告に「平常心のコツ」と題する本の宣伝がありました。「乱れた心」を整える93の言葉・おだやかな人生を生きたいあなたに。人生は「てきとう」に生きるくらいで丁度いい。
とてもいいナァ・・・。と思ってしまいます。いくつになっても心が騒ぎ、忙しく毎日が過ぎて行き、心乱れる毎日を生きています。こういう言葉を折々見付けては反省するのですが、又、日常の「自我」の世界に戻ってしまいます。 本は買わなくても、この言葉を心に留めるだけでも良いかもしれないと・・・。
【目次より】☆他人の言葉に惑わされない☆くよくよしないで生きていく☆鈍感に生きていくほうが幸せになれる☆自分の弱さに素直でいるから、心が安らぐ☆「どうにかなるさ」と楽観的でいる☆「人は人、自分は自分」の関係で人と付き合う☆成り行きに任せるほうがいい結果が出る☆心を癒す方法を持っておくから持続力がつく☆バランスよく生きることを心がける
「仕事にも、日常生活にも役立つヒントがいっぱい!」と大文字で書いてありますが、私はほとんど反対かもしれません。行き詰っていつも辛くなるのです。肩に力を入れて前を向いて走っている自分が居るのです。
何時もこういう人生訓のようなものを読むと、頭の中が混乱し、中庸で折り合いを付けたいと願うのです。
今回の「日常つれづれ」は散漫になってしまいましたが、上記の言葉を借りれば、「まあ!いいか~!」で流すことにします。
11月25日(火)~29(土)は寛治郎ゆかりの5人の作家〔河井久・河井一喜・河井達之・石飛勝久・石飛勲〕の方々に展示会をして頂きました。
長年、花染の力になってくださった河井久先生・石飛勝久先生とご子息達の作品をお預かりさせて頂き、2階に一同に展示すると爽快でした。
河井寛治郎のお仕事を学ばれたお血筋です。河井家と石飛家に流れる呉須・辰砂・鉄釉など、豊かな色彩で私達を楽しませて下さいました。

   
飯碗・湯呑・マグカップ・小鉢・中鉢・皿などなど、特に日常食卓で使わせて頂く作品に絞り込みました。
河井久先生、ご子息も展示会中にお見え下さり、久先生からは昔懐かしいお話をお客様と共にお伺いする事が出来ました。
12月に入り、早々に気持ちを切り変え、12月6日(土)の「手作り市」と「百円市」の準備に右往左往の毎日でした。 島本町商工会主催の「手づくり市」に花染も乗らせて頂き、花染の店頭で沢山の手づくり作品をお出し致しました。この「手づくり市」に協力下さいました「布の達人」「水彩画・ポストカード・クリスマスカードなど」を販売して下さったお2人とも大好評でした。
花染も「百円商品」・・・これは、一生懸命私が作ったコースターなど。イベント用、特別商品300円均一「大目玉」は、皆アッと驚く企画で盛り上がりました。いずれもたくさんの人達が集まって下さいました。


後日、「花染の店の前は黒だかりの人だった・・・!!」と噂され、ちょっと得意で、イベントの成功を皆で心より喜び、お客様共々楽しませて頂いた12月6日の天気に恵まれた1日でした。
2ヶ月を駆け抜けた「日常つれづれ」ですが、今日は師走28日。29日まで店は営業させて頂きます。お正月を目の前に控え、新年に向けての準備にお客様も花染も大忙しの毎日です。 日本の美しいお正月の行事を賑やかに、そしてしっとりと過ごしましょう。
本当にいろいろの意味でお客様に支えて頂きました1年でした。心より感謝申し上げます。 花染にお立ち寄り下さいます皆様の豊かな表情と豊かな心を励みに、みんなが楽しんで下さる空間作りを心がけていきたいと思っています。HPの更新が年末ギリギリになってしまいました。 年末を、そして年始を無事でお過ごし下さいますよう、お祈り申し上げます。ありがとうございます。
年始は6日(火)から営業させて頂きます。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2014年(平成26年)10月7日
9月は残暑が厳しく、疲れた体に再びむちを入れたようにぐったりです。そろそろ涼しくなるかナァ…と思いながら、毎日天気予報を見ています。
暑い中、近くの中学校の運動会の賑やかな音楽や競技がスピーカーから大音響で流れてきました。若いですねぇ…。
先日、残暑の日差しの照りつける中、柴田雅章氏のお宅をお伺いさせて頂きました。午後のお約束でしたので、その前にいつも立ち寄るお蕎麦屋さんへ行こうと、古い町並みの残る篠山・河原町へ足を延ばしました。 辛味大根おろしが乗ったその上に、プリプリの海老のかき揚げがプラスされ、絶妙の組み合わせに、又、又「日本っていいナァ…!」と大満足でした。
古い街並みがアートフェスタの催事中で、そこそこの人数の人々がそぞろ歩きを楽しんでいました。私もついつい時間を忘れ、あちこちブラブラしてしまいました。

        
花染のある商店街も、今、商店街興しに取り組んでいます。一気に駆け抜けた花染の仕事をして来て、ふっと見ると、商店街が死にそうになっている!若い頃はかなりのイベントを繰り返して来たのですが…。この10年は自分の店が忙しかったり、私事で手いっぱいだったりで、商店会にあまり関わる事なく年月が流れました。
今年の夏は久しぶりに夏祭りを実施して、かなり好評でしたし、人もたくさん寄っていただいた事に気を良くして取り組み始めましたが、実行するには勇気とアイディアが欠かせません。1ツ1ツ商店会の皆様の協力を得ながらやっていくしかない…と考えています。アイディアはいっぱい思いついているのですが、実行するには体力・気力・実行力・ボランティア精神が必要です。
まず、街灯に付いているタペストリーを少し派手な物に取り替え、トネリコの鉢植えを商店街に並べ、11月~12月は地元の竹工房さんのご好意で竹灯籠を作って頂き、商店街に並べ、夕刻ローソクを灯します。
12月6日(土)は商店街の空地・空店舗で手作り市。各お店も店先で100円市をします。店先に手作りの品を出しても良し。
花染のお客様で布の仕事の抜群の方がいらっしゃって、お声をかけさせて頂くと、「やりたい…」とのお返事を頂き、花染の店の前に出店します。 古布(古製)の作品〔敷物、袋物、コースター、などなど〕がとても素敵で、いい品質の作品が並びます。現代の布の作品もありますヨ。

  
私もこれからコースターをたくさん作って準備し、店先にお出ししようと思っています。100円均一。お値段が安くて良い品のコースターを頑張って作ります。12月6日(土)は是非いらしてくださいね。「ぶらりと出かけて良かった!」と納得して頂けるよう、努力致します。
話がそれてしまいましたが、篠山のアートフェスタの催物を見て歩きながら、我々の商店街にも参考にさせて頂ける事はないものか、考えながら拝見しながら…時間はアッと言う間に過ぎてしまいました。頭の中にピン!と来るものがありましたので、しっかり心に刻み込みました。
ちょっと遅れて柴田さんのお家に到着です。


自然に包み込まれた中でゆっくりお話をさせて頂き、ご子息からも若々しさ溢れるお話を聞かせて頂くと、又、又私も若返ります。
ご子息が熱心に窯のお話をして下さいました。今使っている登窯の横にもう一つ登窯を作る準備をしていました。土地をならし、屋根を造り、準備はOK状態でした。 登窯も自分たちでレンガを積んで、粘土で覆い、築いてゆくのだそうです。若い力は、お元気で逞しく、夢や希望がいっぱいでした。

 
最近は、窯を焚く薪も手に入れるのが困難だという事は以前からお聞きしていましたが、登窯を築く職人さんもいなくなっているのだそうです。どうやって工芸や伝統を守ってゆくのでしょうか。伝統を守り育て進化させていく道はないのでしょうか?少しずつそういう日本ではなくなっていく脅威を感じます。
毎日毎日、電車に乗ってもスマホでゲームをし、道を歩いていてもどこに居てもスマホを手離さず、必死に画面に見入っている子供から大人達。テレビを点け、新聞を開けば、驚くような事件で溢れ、日本の美しい自然、日本の美しい心はどこに行くのでしょう。
柴田家は手仕事で溢れています。日本の木の家で暮らし、奥様がお出し下さった「わらびもち」もお手作りのもの…クッキーも…美味しい紅茶と共に頂きました。
丹波の自然をお分け頂き、コスモスの花を店に生けさせて頂くと、店内は一気に秋の気配が立ちこめます。


ついつい長居をし、山に立ち込める空気がヒヤリとする時間まで時を忘れてしまいました。
島本町もこの近辺ではまだまだ自然が残っています。山側に広がる田んぼには稲の穂が頭を垂れ、金色に輝く光景が見られます。


小学生の子供達がお百姓さんの手を借りて、春には田植えをしている姿が微笑ましく、

        
稲の穂が出始めると、いっぱいの案山子を立て、稲がいよいよ実ってきました。そろそろ稲刈りが始まる事でしょう。何とも心和ませる風景です。
展示会をそろそろ始めようと思っています。以前のようにフルスピードで走ることはしないつもりですが…。
細江義弘 暮らしに寄り添う木の仕事展10月28日(火)~11月1日(土)10:30~17:30

 
たくさんの小品をお願いしています。 椅子、小引出、額、鏡、お盆、茶托、ティーマット、膳、スプーンなどなど。
細江さんとは30年のお付き合いになりました。いつも心優しく、私がいかなる困難に遭遇しても、弟のように温かく見守って頂き、こんなに長い年月を作品を通して共有させて頂いた事に感謝の思いでいっぱいです。
彼は私よりずっとお若いので、何かにつけて私が手に余る仕事…私事や店の用事など「細江さん!お願いしていい…」と言うと、彼は「いいヨ!」と快くお返事を下さいます。たくさんの事を助けて下さったし、力になってくれた事に改めて驚いています。
その上、お客様達とも本当に親しく優しく接して頂きました。 彼の生き方は作品に溢れています。是非足をお運び下さいませ。 初日10月28日(火)は細江さんは店で皆様をお待ちしています。
前回9月12日「日常つれづれ」に書いたように、2階も模様替えをしました。暑かった9月からやっと涼しくなった10月、2階にも島本の軽やかな風が吹き込んでいます。 皆様と又、出逢わせて頂く喜びと共にお待ち申し上げております。

2014(平成26年)9月12日
夏と秋が交錯する風景の中で、さるすべりの花が最後の夏を誇るように咲き、まだまだ暑い日差しを受けながら、秋に向けて石榴の木が赤い実を付け、赤とんぼが乱舞する光景を見ると、日本の四季を本当にありがたいと思います。

       
8月は、広島、長崎の原爆、そして15日の敗戦記念日と、戦争にまつわる事柄の日々でした。この所、戦争に関する事例が新聞、テレビ、マスコミで頻繁に取り上げられ、いろいろの角度から検証されています。
以前にも書きましたが、私は20代からずっと戦争がもたらす悪、そして人間がどのようにして誤った道に進んで行くのか…と興味があり、見たり読んだりしていました。おぞましい悪を生み出す人間とは……。
今年は第一次世界大戦から100年ということもあり、戦争体験や日記、手紙などが連日新聞の紙面を埋めていました。NHK総合・BSでも、連日放映していました。数々見た中で、
8/11「山本五十六の真実」
8/13「狂気の戦場ペリリュー」太平洋戦争激戦の記録・未公開フィルムの衝撃・錯乱する兵士は……
   「生徒を守ったユダヤ人教師」
などなど、私が今までに見聞きしなかった情報に、又、重ねて戦争の悲惨さを思い知らされました。
夏休み中に読んだ「海賊と呼ばれた男」も出光佐三氏のたぐいまれな人間性のドラマであり、明治・大正・昭和が綴られた感動巨編でした。かつて日本には石油をかけて世界を相手に戦った男がいた……。
その時代時代に戦争があります。 日露戦争、第一次世界大戦、満州事変、日中戦争、太平洋戦争(第二次世界大戦)。
百田尚樹氏の中にある戦争と歴史と現代が結びつく人間ドラマに感動した日々でした。1つ1つの文章は分かりやすく、素直に体に入って来ました。3ツの時代を熱く生きた、そして又、それに抗って生きた国岡鐵造(出光佐三)の人生が読者を又、又熱くし、日本人である事の誇りと自信を私達に与えてくれるものでした。
『国岡鐵造が消えてもその精神は消える事はない。「人間尊重」の精神は、日本人がいる限り、世代から世代へと受け継がれていくだろう。そして、“自分が生きた証はそこにある……。”たとえいつの日か、日本に再び国難が襲ったとしても、日本民族なら必ず立ち直る事ができる』
この小説は、日本人はかくあるべきものなり…という大道を本の隅々から教わった気がします。
百田尚樹氏の『永遠のゼロ』も『海賊と呼ばれた男』も共通して男達の熱い心情が溢れ出しているのです。その男達の信条に涙するのです。その中に居たい…感動を共有したい…喜びや悲しみを味わいたい…と。
この小説の1つの山場でもある後半の、我が身を呈してタンカーで中東へ石油を搬出に行く船長(新田辰男)以下の乗組員達の大スペクタクルドラマにハラハラ胸を躍らせました。凄い日本の男達の信頼と絆は、読者を引きずり込んでいきます。
私事になりますが、私の父の弟が、私の子供の頃、外国航路の船長をしていました。戦争中は輸送船に乗っていた…と聞いていましたが、詳しい事は聞いていません。
しかし、この本を読むと、大東亜戦争で失われた戦死者は、陸軍20%、海軍16%、輸送船の死亡率は43%と書かれていました。戦争で失われた徴用船の戦死率の高さは他をはるかに上回る数字だそうです。約2人に1人が亡くなった事になります。よくぞ叔父は生きて帰れたと今にして思うのです。
戦後、私の子供の頃、叔父は1年に1度くらいの割合で、我が家に帰って来るのです。叔父が船から降りて我が家に帰って来るのはすぐにわかります。祖母が縁側で蕎麦を打って叔父を迎える準備を始めるからです。そして、1~2ヶ月、陸の生活をします。
制服をカッコよく着て、叔父は長身の上、とても素敵でした。お土産は分厚いチョコレート、パイナップル缶、紅茶、コーヒー、グラニュー糖、バター等々、木の箱に入った外国物資がたくさんでした。
日本はまだまだ貧しく、叔父の存在は異国の雰囲気を漂わせ、光輝いて見えました。友達にもどれほど大きな船に乗っているか自慢していたと思います。
神戸港からマラッカ海峡、インド洋、そしてスエズ運河を経て、ヨーロッパへ向かう航路でした。スエズ運河の写真などは子供心に夢を見せてくれました。叔父は若い頃、私を子供のように可愛がってくれた人でしたが、結婚した家族のもとへ航海から帰って来て、突然死をしてしまいました。私が20才くらいの頃でした。私の中ではかっこ良いまま姿を消してしまった人でした。
この『海賊と呼ばれた男』は、同時に何十年ぶりに叔父に対する思いを蘇らせてくれました。二度と帰らない良き日本を思い出すと同時に、出光興産の、この物語と見事にダブリ、悲しくも美しく、そしてやはり美しい男達を見たのです。
引き続いて「花鳥の夢」狩野永徳・山本兼一も一目散に読み切りました。

       
本の帯を読んだだけでも永徳と山本兼一が伝わってきます。“長谷川等伯への嫉妬に身悶えしながら画境の極みを目指す”絵師の業が、彼の情念が、そして心の闇が行間からほとばしり、あの時代にタイムスリップしたがごとく、読者の心を鷲掴みにします。
本の装画も見事な「花鳥図」で埋められて、読者の意気を高めます。この永徳を読むと、今放映されている「軍師官兵衛」に登場する安土城、大坂城、聚楽第などなどの襖絵、障壁画を見る目が変わってきますヨ。もちろんNHKが製作したものではありますが……。 京の街の度重なる大火も加えて、多くの永徳の作品は炎と共にこの世から消えてしまったのです。
私の好きな利休も、長谷川等伯も、そして永徳も、皆々熱いのです。 利休もまさしく熱い炎です。その心の内がかえって「静」に見えるのです。 「利休にたずねよ」がそれを教えてくれました。
共通した男性像が、私を熱くするのだと思います。内なる情熱、情念は、人々にも伝染していくものだと思っています。
再び利休の世界に入ってみたくなり、古本市以降親しくなった島本町の本屋さん「長谷川書店」に取り寄せをお願いしました。「利休の風景」山本兼一です。すぐ取り寄せてくれました。


深く入るのは私の常で、その中にドップリ浸かり夢を見せてもらうのが大好きです。 読み流していく本もたくさんありますが、「本は哲学だナァ…」と思わせてくれたり、琴線に触れる本に出会う時、幸せはやって来るように思います。
仕事にも、生活にも、立ち往生してしまう時もありますが、立ち直って来れたのは、花染の存在と周りの人々の強い支えと好きな本が私をいつも救ってくれたのです。 振り返ると困難の日々は懐かしく甘く、そして苦くもあります。又強い心も育ててくれるのです。 昔の人は「苦労は買ってでもせよ!」と言いました。強い事の裏には優しさが必要です。強さと優しさは表裏一体のものだと思います。 以前にも書きましたが、人の役に立つ事、人に必要とされる事、人に愛される事、人に誉められる事を目指して、度重なる困難は乗り越えたいと思います。
最後に、百田尚樹氏のメッセージ「いちばん大事な事は、日本人の誇りと自信を失わない事。それさえ失くさなければ、何も怖れることはない」です。 誇りの中に、本来日本人が持っている美徳も含まれていてほしいと思います。
9月8日は中秋の名月でした。東の空に見事な月の顔を見せてくれました。デパートの和菓子売り場は月見団子を買う人々で行列ができていました。日本っていいですね。


10月になりましたら、夏に出来なかった店の大掃除をしたいと思っています。10月・11月と展示会を行いますので、2階も少しディスプレイを変えて臨みたいと考えています。もう気持ちは年末に向けて動かなくてはいけません。1年があまりに早く過ぎてゆきます。
サァ、頑張りましょう!

2014年(平成26年)8月14日(木)

日本列島を直撃した台風11号は、多大な被害をもたらせて過ぎ去りました。夏休みの出鼻を挫き、花火大会の中止などで、いろいろの楽しみも奪い、人々の生活も脅かし、自然の脅威を見せ付けられる思いです。

私達の商店会も「島本夏祭り」に相乗りをして、8月2日(土)、商店街に子供向け夜店を出し、「水無瀬駅前商店会夏祭り」を盛大(?)に催しました。

何か事を起こすとなると準備の段階から大騒ぎ……。
金魚すくい(プラスチック)・ヨーヨー・スマートボール・サッカーゲーム・射的・ジャンボおみくじ・チョコバナナ・ラムネ……。
チョコバナナは何度も試し作りをし、当日食べやすい状態にもってゆく方法を試行錯誤して本番に臨みました。

       

とても好評で、110本ほどが完売です。
催物もあらかた予定通り、事は運んでくれましたが、やはりその折も台風の影響で、朝から小雨模様。
皆の心配する中、決行です。
わずかな雨が残り、それでもたくさんの家族連れが商店街を往来してくれました。

  

自分の店だと絶対にしない呼び込みを、大声でしなくてはいけなくて、我を振り返ると何だか照れ臭いものです。
が、そんな事は言っていられません。

でも、久しぶりに出会う人々と戯れ、「いや~、何十年ぶり!」と歓喜の声を思わず上げる事もありました。

むちゃくちゃ疲れてしまいましたが、相対的には楽しい1日でした。
反省する箇所も多くありましたので、又、来年に繋げていければいいのかな……。

しかし、年齢を感じてしまいました。疲れようが半端ではないのです。久しぶりの夏祭りを企画したものの、準備の段階で結構疲れていました。

私にも元気な若い頃がありました。15~6年前、3~4年間、派手に夏祭りのイベントを企画、実行した頃の体力はまったく失せていました。
その当時、商店街の一番奥のスーパーが閉店して、空き店舗になっていたので、それを中核にしての大イベントでした。

スーパーの2階は「お化け屋敷」。学校から暗幕をお借りして、番線を張り、暗幕で迷路を作り、東映から「お化け屋敷グッズ」をトラックで運び込み、7月の暑い1ヶ月間、毎夜、4~5人で汗をしたたらせながら、ワーワーギャーギャー大騒ぎをして準備をしました。

準備をするなんて生易しいものではなく、体力の限りの肉体労働でした。私はこういう“おばけ”云々にメチャクチャ弱く、作りながら「ギャーギャー」言っていました。

どんでん返し・落武者の生首・お墓・古井戸・骸骨…等々、自分達で作りながら、とっても恐ろしい……。子供達にはメチャ評判が良く、木戸銭の200円は文句はありませんでした。

スーパーの1階は手作りのゲーム・すいかバスケット・ボーリング等々。
そうそう、ガレージセールもしました。
表ではフランクフルト・とうもろこしをバーベキューの炭火で焼き、やはりチョコバナナ・パイナップル…あて物などなど。
ちんどん屋まで呼び……、なんという体力・気力でしょう!

若いという事は素晴らしい事だなぁ~と、今回久しぶりに夏祭りをして、しみじみ年月の経過をしこたま知らされました。

この時、商店街がかつて見た事がない程、人で溢れ、埋め尽くされ、信じがたい事が起こりました。
まだまだこれからもアイディア次第では、年齢に応じたイベントが出来るのではないかと思っています。

次はクリスマスイベントでもしましょうか?いろいろ反省点も踏まえて、一層充実させ、皆の力になれるよう頑張ります。

そんなこんなで、HP「日常つれづれ」がお留守になってしまいました。

私も今は夏休みです。【10日(日)~18日(月)】
仕事が山程残っていたり、ご遠方から花染へお客さまがいらして下さったりで、半分は店に出て来ています。仕事が好きなのですから、仕方がありません。

夏休み用にと、百田尚樹氏の「海賊と呼ばれた男」を買い求め、夏休み後半は一気に読んでしまおうと楽しみにしています。

花染の企画も頑張らなくてはいけません。
秋には、10月・11月展示会をします。是非是非お出かけ下さいませ。
この何とも厳しい暑さを乗り切りましょう。夏休みがあけましたら、どうぞお遊びにいらして下さい。お待ち致しております。


2014年(平成26年)7月9日

季節はアッと言う間に動きます。今年も半分が過ぎ、とろとろしている間にすっかり夏です。2ヶ月以上もホームページを更新していません。
心配してくださるお電話も頂き、本当にありがたく心より感謝の思いでいっぱいです。
気は焦るのですが、雑事に追われ、息つく間もない毎日でした。

暑い夏とは言え、島本町は山が近いので、西の山から緑の風が吹き、ヒヤリとした心地良さです。梅雨の雨にけむる山も、一層大好きです。

先日、お若いボランティアの人達に誘われて「一箱古本市」6月21日(土)・22日(日)に参加させて頂きました。
島本センター街の空店舗を中核にして、その周辺の6店舗がスタンプラリーの形で古本屋さんごっこをするというイベントです。

私も店の前に箱とテーブルを出し、私の本と花染のお客様3人からお預かりした大切な本を並べスタートです。

ダンボールに本を入れるのは好まないので、私も気合を入れ、1週間がかりで木箱を作り、ペンキを塗り……古本市当日までに疲れてしまいました。

        

店の前にその箱を置いてみると、メチャクチャ満足です。
本好きの方々と、ボランティアの人達の人脈、活躍で、島本町をたくさんのお客様が動いてくださいました。

一箱古本市って? island booksって?
誰でも店主になって本屋さんごっこができるイベントです。ダンボール1箱分の古本を持ち寄って販売します。
2005年から東京の谷中・根津・千駄木で行われている「不忍ブックストリートの古本市」がはじまり。
今では各地で開催されているこの一箱古本市をぜひ島本町でやってみたい、という思いからisland booksが生まれました。

この理念を目指した人々のご好意と熱意によって、この「一箱古本市」は大成功でした。準備段階から細やかな心遣いをして頂き、段取りも、そして又、皆様の団結力も非常に強く、お若い方々の力とボランティアの心を、この上もなく美しく感じました。
本が好き……!!という共通点は、皆様の支えだったと思います。

老若男女、初めての人達と賑やかに交流させて頂いた事は私に活力を与えてくれました。
皆様、本当にご苦労様でございました。ありがとうございました。

これからも年1回くらいの割合で「一箱古本市」は続けていくそうですので、次回は花染のHPでお知らせさせて頂きたいと思います。

突然ですが、百田尚樹氏の「永遠の0」に出会ってしまいました。
2006年の彼の作家デビュー作なのだそうですが、私は彼の作品を一度も読んだ事がなくて、この本をお客様からお借りした時は、軽く、戦争と特攻……くらいにしか思っていませんでした。

戦争の事は事実として若い頃からドキュメンタリー番組に照準を合わせ、日本が何を誤ったか、そして人間がどういう過ちを犯すのか……に興味があり、何時も番組を食い入るように見ていました。

30~40年の間に、私の中に蓄積された戦争の番組は、人間に対する怒りにも匹敵するものでした。

宮尾登美子氏の「朱夏」は満州からの引き上げを教えてもらったし、なかにしれい氏の「赤い月」、五木寛之氏「運命の足音」などなど……。
残念ですが、これらにしても事実のほんの一部を切り取ったに過ぎないでしょうが、知らないより、少しでも知りたいと思い、小説として読ませて頂きました。

         

が……「永遠の0」は読み進む中で涙を流し、後半は毎日号泣してしまったのです。読み終わっても、その夜は嗚咽のように涙を流し、止まりませんでした。

泣けば泣くほど、心が洗われる本でした。人間が持つべき尊厳と誇りを分かりやすい物語の中に生き生きと愛しく描いているのです。
歴史本では味わえない感動で私達を引きずり込んでくれるのです。

百田尚樹氏の満面の笑顔を思い出しながら読まないと辛くなった事でしょう。
何と清々しい……!
この物語に登場するまっすぐな人達を描ける百田氏の内面を垣間見る思いがします。

文庫本の帯に「この空に願う、未来―壮大な愛の物語。誰もが号泣。きっと語り合いたくなる。」と書かれていました。
号泣したのは私だけではないのです。

お客様にお借りしなかったら、こんな感動には出会えなかったかもしれません。
私が幾万たり言葉を尽くして語るより、是非本を手に取ってください。友人にもお客様にも熱くお伝えしました
。1人でも多くの人に読んで頂きたい。戦中・戦後、日本人が失った多大なものに気付き、清々しい感動を得、前進できるのではないでしょうか。
私も落ち着いてもう一度、この美しい宮部久蔵の存在を意識しつつ、もう一度、又、号泣しながら読み返したいと思っています。

話は変わって。
ポジャギに魅せられて10年余り。私個人としては数点所持していますが、「教室がしたい……教わりたい……」と思いながら、なかなか実行に至らず今日まで来ました。

身近な人が作ってくれる事になり、作品が少しずつ出来上がっております。
既にお客様にお渡ししてしまったものもありますが、少しずつ前進しています。この布も本当に美しい、そよ風のような佇まいです。
美しいものはいいですね……。

         

京都の祇園祭も近づいて来ました。京都の街中はコンコンチキチンコンチキチンのお囃子で心地良い空気に包まれています。夏本番です。
どうぞ、これからの暑さにお気を付けてお過ごし下さいませ。そして又、お遊びにいらして下さいませ。店を涼しくしてお待ち申し上げております。



2014年(平成26年)5月7日

気がつくと、もう春から初夏に向かっています。5月5日は立夏です。丁度良い季節はほんのわずかの期間しかありませんが、島本町は緑の風が吹いています。
間近にある西の山から吹く風は、冷やりと、とても清々しくホッと安らぎます。
これからの季節は田に水が張られ、早苗が植えられ、心地良い空気が流れます。山の稜線も美しく、雨上がりなどは山に立ち込めた霧が天にゆっくり昇る様子は大好きで、ほれぼれと見てしまいます。

世の中は次々にいろいろの事件や問題が起き、心を痛めます。
1ヶ月余り前の朝日新聞「天声人語」にちょっと心のひだをくすぐる文章がありました。

やっていいこと悪い事、生きる上で大事なことを、子供は大人の<その姿・その佇いを後ろから、しかと見ているのだ>と哲学者の鷲田清一氏の言葉を借りて書いていました。
「子供は大人が思う以上に鋭敏だという指摘に納得する。佇いという言葉もいい。ある辞書によれば、さりげなくかもしだされる雰囲気をいう。」とありました。

佇いという言葉は、私も大好きで、この頁にも文章にもよく使うのですが、「佇いの美しい人」とはいかなる人なのか……。姿・形・ものごし・言葉使い・所作・内面……数えることはできないでしょうね。それを、どのように身につけるかは、解決の糸口さえ見えない問題であり、我が後姿・背を見て戸惑うばかりです。

朝日新聞に4/20から夏目漱石「心」の連載が始まりました。本を読めばいいことですが、こうして毎日楽しみにするのも良いものです。
若き青春がよみがえります。最近、眼が老眼のような乱視のような、眼鏡を掛けても本を長時間読むととても疲れ、情けない思いをしています。

4/16に予告編があり、「圧倒的な知名度と高い人気を誇る夏目漱石(1867~1916)とはいえ、「国語の教科書で読んだだけ」の人も少なくない。漱石センセイの世界は知れば知るほど面白いのです。」…と。

前回4/1の「日常つれづれ」に書いたように、日本文学全集「夏目漱石」1~3巻、我が家に鎮座しています。学生時代、小説家の中では崇拝して、のめり込んでいました。

この写真の本は昭和40年、中央公論社から出版されたもので、その頃の文豪の先生方が編集を務めています。
谷崎潤一郎、川端康成、伊藤整、大岡昇平、三島由紀夫、D・キーンの先生方です。『近代文学史に類なき不朽の名作を収め、ここに大漱石の全容を明らかにする』と帯に書かれています。

この時代は、まだ文豪と言われる作家達が多くご存命だった良き時代です。私もこの先生方の小説の中にひたって、いつも感動を頂き胸に刻んでいました。

パラパラめくってみると、少し黄色くなりかけた紙に小さな文字がびっしり詰まっています。私が若い日の思いからか、線を引いた箇所が多々ありました。懐かしいですねェ……。

口絵、挿絵は津田青楓。何と素晴らしい時代でしょう!
やはり日本人の心は少し後戻りしなくてはいけない所にある事を実感致します。

そして又、この新聞の小説予告編からは、その時代の空気を写し出し、読者に親しまれてきた歴史を学びました。
久しぶりに「こころ」を読んでゆくと、実に言葉、文脈が美しいし、巧みなのです。そして、人格と先を見通す目と心が、群を抜いて素晴らしいし、懸命に書いて生きた人だということが分かりました。
若い頃はたいした事は理解せず読んでいたと思いますし、こうして年をとり、数十年の歳月をして、もっと深く知り得る事ができるでしょうか。
この連載中、何かを手の中に包み込む事が可能ならば嬉しいし、又、自分の内面にも期待をしています。
1日1日大切に、日本語の美しさと、日本の文化、自然をゆっくり読み解いてゆければ幸せです。

漱石が生きた「明治の精神」とのタイトルで、大江健三郎氏が寄稿していました。さすがノーベル賞作家です。読み解く能力に又、又、感銘を受けます。大江健三郎氏は我が故郷の偉人です。
100年前の日本人の精神を知りたければ、「こころ」を読めばいい。そういう小説だと強く感じています。……と彼の言葉です。

4/20の他の頁に多岐に渡る人々の漱石論が載っていました。やはり「こころ」は圧倒的に支持され、漱石は世界で新しい読者を得、現代の私達の抱える様々な「時代の病」を見通し、近代化や高度成長がもたらす「文明が行きつく先」を批判していたのだと思います。

 
    夏目漱石「こころ」(先生の遺書)の生原稿       はじめての夏目漱石

4/28(月)の姜尚中氏の鎌倉の海で読む「こころ」が、私の気持ちに一番沿ってくれるお話でした。
姜氏のこの中での最後は「人間はいつ死ぬか分からない。自分の生きた物語を、他者が確実に受け取ることで救われるのではないでしょうか。」だからこそ、人は物語れる人生を「生きる」ことが大切になる。「生き方論を、私たちは漱石から投げかけられているのです」と……。締めくくられていました。

いつも「不便が良い…」とこの「日常つれづれ」の頁に書きますが、未だに私は手紙や葉書をよく書きます。今の時代、そんな悠長な事では間に合わないし、時代に合っていないと思うし、世界が回りません。でも精神は漱石であってほしいとしみじみ思います。

人に愛され、褒められ、人の役に立ち、人に必要とされる社会になってほしいし、常に念頭に置き、我が身を時々振り返りたいと思いますが……これは夢でしょうか?

この長い新聞小説の中でも、毎日待ち焦がれた連載も数多くあります。「なんと小説とは面白いものでしょう!」
毎日待ち焦がれた新聞小説の中の一ツに宮尾登美子氏の「きのね」があります。いつまでも忘れられず、お客様にしつこくお話をしたものですから、そのお客様が買い求めて読み終わった後、お借りして25~26年ぶりに心を躍らせ、一気に読んでしまいました。

新聞連載中も毎朝どきどきしながら祈るような気持ちで、若き日を過ごしました。
そして又、今回もどきどきしながら頁をめくり、内部に突入してしまいました。
長い間、どうしてこんな素晴らしい小説が映画なりTVなりにならないのか、不思議に思っていましたが、読み進むうち、小説には出来ても映像化は無理だと納得してしまいました。

私は生来、影の部分に心惹かれ、美しさと哀しさの「狭間」が描かれている作品を選んでいるように思います。ゆえに、それはいつも重く私の心に積ってしまいます。1ヶ月くらいはその世界から抜け出せず、悶々と日々を過ごしてしまうのです。内容に打ちのめされ、心を砕いてしまうので、必ずと言っていい程しばらくは、辛い思いを致します。

数日してもう一度深く読みたくて再読してしまう事も多くあります。心が涙を流し泣くのです。
漱石の「こころ」は、まさしく若き日の私の「つぼ」を深い部分まで押し続けた代表格だと、数十年思っています。

連載小説のもう1つの楽しみは、挿絵にもあります。たった8×6cmの絵で惚れ込んでしまう絵の作者。そして、奥深く知りたいと入り込んでゆく人に出会うのです。
長くなりますので、今なお心に残るエピソードは次回に致します。

6月27日(火)から久しぶりに展示会をさせて頂こうと思っています。

                        小西晃 吹きガラス展
                      2014.5.27(火)~5.31(土)
                         10:30~17:00

                     

長い時を経て、再び出会わせて頂いた作家です。この再会を大切に、心を込めて、皆様、お客様をお待ち致したいと思います。

真木千秋さんの手織りのストールも入っています。
うす羽かげろうのような美しい品格のある作品です。しばらく拝見しない間に一層使いやすく進化していました。手仕事をする人達の優しくて美しい心が伝わって来ます。

  

小西晃氏の吹きガラス展をきっかけにして、又、前進をしたいと思っています。1年11ヶ月ぶりの展示会になります。
是非お遊びにお出かけ下さいませ。




2014(平成26年)4月1日

春が急に来ました。年を重ねると、とても春が待ち遠しくなります。冷たい風は、心も冷やしてしまいます。寒いの冷たいのと言っている間に一気にやって来た感じです。
昨日、私用あって京都まで行ったのですが、阪急沿線の桜はすでに満開でした。少しずつ近寄ってくる春を楽しみたいのに、気が付けばどこもかも春です。

       

2~3日前、近くの公園を散歩してみると、公園に咲く花も、道端の草花も春、春、春です。驚くほど突然です。でも、気持ちも緩み、青空と共に爽快です。花粉で目も喉も鼻もむずむずですが、やはり明るい空気は心を和ませてくれます。

    

しばらくは桜列島になり、心も晴れ晴れします。
この冬は、切干大根をよく作りました。ザルに入れて干したり、紐でくくってみたり、買ったものとは又、一段と甘味が増し、違った美味しさになります。

      

太田和則氏の作品です。存在感のある器の側で、チョコッと花を添えてくれる……使ってみると、とても多用で楽しく、丁度良い大きさでもあって、出番が非常に多いのです。
少しずつ使い勝手を考えながら種類を増やしてゆきたいと思っています。
<陶器パート2>に彼の頁を作りましたので、ご覧下さいませ。

でも浮き立ってばかりもいられません。このままで行くと、今世紀末には水面が8m上昇、日本の砂浜が85%なくなるとの事です。
私は瀬戸内海で育ちましたが、白い砂浜は干き潮の折には遠くまで干き、私達子供の夏のとても大事な遊び場でした。
4月は大潮ですが、島と島の間は干満の差が大きく、大きな瀧のような潮流がゴウゴウと恐いくらいの勢いで流れるのです。
この大潮の季節は普段渡れない小島に渡れたりするのです。普段には砂浜は貝を取ったり、海草を取ったり、岩牡蠣を取ったりと、潮の満ち干きによって私達を育んで来ました。
すべての生活が自然と共にあり、四季と共に我々の暮らしも恵みを頂いていたのです。
関西に出て来て、日本海に泳ぎに行った時、美しい白い砂浜ではあるのですが、「潮が引かない……」と驚きました。わずか20~30cmくらいしか干満の差がないという事を知りました。これも懐かしい思い出です。

ついでにもう1ツ懐かしい思い出…。冬の風物詩「かに」についてです。
もちろん松葉がに、毛がに、たらばがに……どれも甲乙つけがたい美味ですが、私達瀬戸内の人間は「わたりがに」を普通のかにと子供の頃からおやつ代わりに食べていました。まったく違う味にも驚きました。しかし、最近は「わたりがに」は瀬戸内でも数が減少し、なかなか庶民の口には入りづらくなっていると思います。

日本列島は小さいけれど、細長いゆえ、自然も食も四季も、こんな素晴らしい変化に富んだ国はないと実感致します。
関西に住み始めて、お惣菜プラス和食という事を覚えました。私の田舎はほとんど出汁は「イリコ」です。母が夜な夜な、あくる日の「出汁」の「いりこ」の頭と内臓を取る姿が目に焼き付いています。
母が元気な頃は、きちっと掃除をした「イリコ」を送ってくれていましたので、お味噌汁、煮物に使っていました。
でも京都は違うのです。もっと薄味の素材を生かした品のある味でなくてはいけないようです。
私もすっかり長い間にこちらに馴染んでしまいましたが、母の煮物は絶品でした。

最近、兄嫁から聞いた母のエピソード……。
数十年前に、父母、兄姉……孫など家族全員で北海道へ旅をした事があります。じゃがいも、とうもろこしは言うに及ばず……すべて魚介類など含めて食の宝庫でした。
が、中でもじゃがいもにドーナツのような衣を付けて揚げてあるものを行く先々で皆好んで食べました。「ほっこり」と忘れられない味でした。……が、私たちは当然そこで終わりです。
母は帰ってから幾度となく挑戦しては「違う……もっと美味しかった」と何度も作っていたという話を聞きました。母らしくもあり……もしかして、今の時代だと「ネット」で検索すると、レシピが出て来るかもしれませんが、とても味わいのある母らしい思い出です。

こういう話は数限りなく……母を知る回りの人たちを驚かせます。
その頃の母の年齢がまさしく今の私の年齢なのです。私にはそんなエネルギーは全く持っていません。

今、我が家の椿の花が次々と種々咲いてくれています。散歩をしていても、やぶ椿の木に真っ赤な花が鈴なりです。とても羨ましく見ています。

        

仕事に追われ、家事に追われ、毎日気忙しい日々ですが、花を一輪、二輪、舩木先生の花瓶、柴田先生の花入、河井先生の花入に生ける心のゆとりは失いたくないと思います。

        

ブルーベリーも若葉が芽吹きました。もうすぐ花が咲くと…楽しみです。山ぼうしも二葉葵も何もかも芽吹きました。

話は変わってある日(3/24朝日新聞)を開いて心をつかまれました。NTTの全頁広告です。広告らしくない写真にも、内容のコピーにも、人の心をとらえるものがありました。素敵な文章で、思わず読み込み、妙に納得して心に残ってしまいました。

その国には、「なにも変えない」という進化がありました。

ヨーロッパの人たちは、街中のなにげない風景であっても、
大切に扱い、残していくことに力を注ぐ。歴史ある美しい街並みは、
多くの先人たちが長い時間をかけて磨き上げてきたひとつの作品
である、という想いが彼らの中にあるからかもしれない。

街角に佇む、ほぼ100年前の姿そのままの建築物。
「I King William Street」
いま私たちが、ロンドンでリノベーションを手がけるオフィスビル
です。外観に対する基準がとりわけ厳しいこの地区では、
例えば、建物のラインを一つ決めるにも
あらゆる角度からのチェックが必要なほど。
伝統ある街並みは変えずに継承しながら、先進の省エネや
セキュリティ技術は可能な限り採り入れる。
じつに合理的で、なんて贅沢な進化の方法なのでしょう。

私たちは考えます。文化の異なるさまざまな場所で、
その地の街づくりに携わることから学ぶものは
じつに多い。そしてまた、それらは私たちの
経験値と技術力を確実に高めてくれる大切な礎に
なっていくのだと。

企業は功罪、相なかばするものだと思うのですが、この心を忘れないでいて欲しいと思います。
それだけでもなく、やはり最近(3/22朝日新聞)に漱石の「こころ」全110回復活というタイトルが目に飛び込みました。

1914年に朝日新聞紙上で連載された「こころ」が100年ぶりに紙面に復活する…との記事に心が躍りました。
私の高校生活は漱石と共にあり、愛読書でした。その頃、もう一人「山本有三」にもはまりました。文豪といわれる人々の本が毎日の生活を覆い尽くしていました。どれも人の「こころ」に通じるものだと思うのですが……。

(「こころ」の再載のほか、夏目漱石の魅力を多角的に報じていきます)と新聞に書かれているのを楽しみに待っています。

何を置いても春です。皆様の上にも、良い春が来る事を心より祈っています。




2014年(平成26年)2月26日

立春もとうに過ぎ、そろそろ春の兆しがそこかしこに表れ始めました。3月3日はひなまつり。3月6日は啓蟄。14日はホワイトデー。21日は春分の日です。

昨年末、買い求めた我が家の紅白の梅の盆栽は見事に咲いてくれましたし、店へ来る道端の蝋梅も又、元気に花開いて、毎朝私を楽しませてくれています。

                         

珍しく雪の中(2月14日)の蝋梅を撮りました。
寒くて雪の多いお国は、テレビの映像で拝見するだけでも、大変さに身がつまります。
関西もこの2月14日、数センチ雪が積もりました。数年ぶりの事だと思います。

昨年も、一昨年も、公私共に悲しい事がいっぱいありました。人に支えられ、山、坂、谷を越えるのでしょうか……。

世界の人々は利害関係を除けば、とても日本を、日本人を好きでいてくれる事を、最近いろいろの場面で感じます。世界一自由な国だし、大ずめ、おおかたの人々は、礼節、謙虚、優しさ等を持ち、何か災害があっても暴動が起きない、世界唯一無二の国だと自負しています。
「お先に……」「ありがとう……」「お互い様……」日本語ならではの心が市井の人々の中にまで生きています。

日本人の知らない日本……そしてもっと自信を持って胸を張って世界に向かって欲しいのです。そうする事で、より礼節が身を高めていくと信じています。

舩木先生には、私のような未熟な者にも、お仕事の中から、作品の中から、本当にいろいろの思いを教えて頂きました。
先生が2001年秋、イギリス・ブラックウェルで講演なさった折の中に、今尚、日本人に求められる部分が数多くありましたので、抜粋してそのまま書かせて頂きました。本文は「花染HP・舩木先生の頁」に全文を掲載しています。

『実用品と言えども、人の心を惹きつける魅力なくして用途は生まれない。人の心を和ませ、生活を潤すガラスをこの手で作りたい。簡単に言えばそれが私の仕事の出発点であった。
自然の豊かな日本では、季節が巡るたびに、自然は装いをあらたにし、四季折々の彩りや香りを届けてくれる。その変化に敏感な日本人の感性は、旬の花を飾り、旬の味を盛り、季節感を楽しみながら自然と共に生きる生活文化をもっている。
日本人の美意識や精神文化は、そうした自然感に基づいている。
ガラス器にも日本固有のものがあってよい。あって当然だと思う。機械による量産性と流通、それと情報化によって世界的に価値観が平均化し、生活様式も似通ってきたとは言え、まだ顕然として日本には日本の暮らしがあり、生活感覚がある。私は日本人の感性に添った日本のガラス器を作りたい。
時代に逆行するようであるが、私の仕事は、ローマ時代の昔とあまり変わらない。すべての工程は手で行なう。道具は単純な方がいいし、技術も素朴な方がいい、作り手は謙虚なほどいいと考えている。手作りには温かさがあり、人の心を和ます優しさがある。
ハイテクの時代を迎えて、機能ばかりが優先し、人の心は冷たく無機的になっていく。人の心が温かく血の通ったものであるためにも手作りは必要であり、人間性の回復保持のためにも失ってはならないものだと思う。

(中略)

要するに、私の仕事は加工され過ぎた現代の生活に対する1つの提案である。本当の豊かさは物質だけでは得られない。心豊かに精神的な充実がみたされてこそ真の幸せはあると思う。人のため、より豊かな生活のため奉仕する工芸、それが私の仕事の本質である。』

「作品の思いをなかなかお客様にお伝えできない……」と折につけおしゃっていました。
でも、我が花染の舩木先生ファンは「普段着のガラス」「ガラスの器」をとてもよく読み込み、作品が頭の中に入り込んでいます。

私も振り返ると、先生とお会いさせて頂き、お話を聞き、舩木先生が書かれたたくさんの文章や言葉から成長させて頂きました。お手紙もたくさん頂きましたし、私も30年の間、本当にたくさんのお手紙を先生にお送りさせて頂きました。先生からのお手紙は私の宝物として大切に保管しています。先生のお仕事の姿勢や精神を学ばせて頂いてきたからこそ、今の花染が存在する事を、切ない程実感致します。

先日先生の器を中心にお食事会をさせて頂きました。豊かさのあふれる食卓になった事を感謝しています。

山崎豊子氏が最後に私達に残した『約束の海』(単行本は2月下旬刊行予定)も舩木先生と同じように、違った角度からではありますが、我々日本人に残したいメッセージであるように思うのです。

日本人の心……といつもこの頁に書きますが、今、竹中半兵衛を知りたくて、NHK大河ドラマ「軍師・黒田官兵衛」を毎週見ています。
又、黒田官兵衛から黒田長政への道程も、とても興味があり、今後の展開を楽しみにしています。
若い人達だときっと「ネットで調べればすぐわかる!」と思うでしょうが、その役を演じる役者さんの目、手、表情、所作の美しさと雰囲気は見るに値するもので、私達の五感に訴えるものだと思います。

この大河ドラマの衣装は、いつも「さすが……」と感服していますが、今回の衣装の「絞り」も毎回圧巻です。

前々々くらいの「直江兼継」の折にも「絞り」は折々使われていて、手仕事の美しさを見せてもらいましたが、今回は見事!です。戦国時代の荒波の中にあって、美しい色使いは目を楽しませてくれます。
単純だけど、爽やかな紋様に、やはり日本人が持つ素晴らしい感性と「匠の技」を誇らしく見せて頂いています。
たった白色1ツずつを残して絞るだけで、何とも美しい世界が生まれるのです。
舩木先生の言葉「道具は単純な方が良い、技術も素朴な方が良い……」
「人の心が温かく血の通ったものであるためにも、手作りは必要であり、人間性の回復保持のためにも失ってはならない……」
まさしく先生方の精神は至る所で生きているのです。

手前味噌ではありますが、数年前(平成10年頃)、私も絞りに出会い、暖簾を染めて頂いています。自由に描いた紋様を草木染してくれるのです。(よもぎ、けやき、吾倍子、梅……)この工房と出会ってから、暖簾は「絞り」ばかりです。
麻の素朴な風合いと相まって、色と柄が優しいのです。伝統の中にあってシンプルと自然が融合し、何時見ても飽きません。
盛夏には生成の麻の部分を多く残し、秋には秋の、冬には冬の風情が出せるのです。

          

これは秋から冬にかけて……春先まで長く掛けて頂けると思います。本当に良い出会いをさせて頂いたと感謝しています。

先日(2月11日)、珍しく、ハイテクの世界「大阪城が燃える」を寒い冷たい風の吹く中、見に行きました。すごい技術でしたし、ある意味驚きもしたし、私の感動の世界には無かった物を突きつけられ、正直、人の多さにも驚きました。

  

今、各地で流行しているそうです。ただただ疲れた、驚いた日でした。

私は、極端にアナログ人間ですが、やはり若い人達には両方バランスをとりながら、人に優しく丁寧に、自然と共にしなやかに、時には凛々しく生きていってほしいと思っています。

もうすぐ3月です。何を置いても春がやって来ます。木々が芽吹き、枯れていた土壌からはいろいろの花がお陽様を求めて芽吹き出します。美しい日本の四季が1ツ、クルッと変わります。
いろいろの心を込めて春を待ちましょう。



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