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日常つれづれ(2017年)
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2017年
2017年(平成29年)12月6日
毎日あわただしく過ごしてしまいました。気が付くと紅葉のシーズンも終わりを迎え、師走の月に入ってしまいました。 先日、京都文化博物館・日本近代絵画との出会い「絵画の愉(たのしみ)、画家の企み」を見に出かけました。とても良い企画でした。美術鑑賞の仕方をうまく導いてくれる、分かりやすい展示がされていました。その上、そうそうたる偉大な絵師の方々の作品に時間が経つのも忘れ3時間程、会場に居ました 高橋由一、橋本雅邦、橋本関雪、前田青頓、安田鞍彦、富岡鉄斎、横山大観、上村松園、川端龍子、梅原龍三郎、安井曽太郎、藤田嗣治、熊谷守一、加山又三、石本正、黒田清輝、小倉遊亀などなど・・・数え上げれば切りがなく、近代絵画を網羅していました
その作品の1点1点を、どの様に鑑賞したらいいのか、解説が添えられ、展示の仕方も工夫を凝らし、文化博物館の学芸員の技量のたまものと、いたく感心させられました。 その中の1文『聖(ひじり)は聖を知る』の言葉に心を捕らわれたのです。 私がいろいろの所へ行ったり、見たり、体感する事を大切にするのは、もちろん、美術・工芸が好きなことが一番ではありますが、自分に底力を付けなくては、すごい人や物は見えない・・・。と思うからです。何かに出会った時、直感で判断する力は、日々の物の見方、考え方で左右されるのではないかナァ・・・。と考えるのですが・・・。しっかり見きわめる力量を持ちたいと願っています。 広島県廿日市市吉和に「ウッドワン美術館」がある事を初めて知りました。これらの作品は、この美術館の協力で成し得たものの様です。近代日本絵画600点余りを所蔵し、マイセン磁器、アールヌーボーのガラス、中国清代の陶磁器など多岐にわたる収集により、平成8年オープンしたとの事でした。中国山地の豊かな森林資源に恵まれた自然環境の中・・・との事ですので、機会があれば行ってみたいですね。 11/21~11/30 廣内俊之作陶展は皆様のおかげで大盛況でした。美しい釉薬、そして日常の器としての役割。彼の生活を実感させて頂く作品に感銘を受けました。 絶妙の大きさの麺類鉢は、廣内さんと出会った時にほれ込んだ作品の1つです。ゆったりとしたこのサイズは、なかなか作家は作らないのです。手の中にしっくり、重くなく手ごころがたまらなく良いのです。 もう次の展示会が12月12日から始まります。
今回、少しだけ浄法寺漆器について書いてみたいと思います。浄法寺漆器に心を奪われたのは約30年前のことです。漆器を模索し、私の中で苦しんでいる頃でした。高価な商品は数々ありましたし、安価な、ちょっと怪しい商品も山ほど、世間では売られていました。私は迷っていたのです。 人とのご縁はありがたいものです。私を浄法寺漆器へ導いて下さった方がいたのです。今思うと、天の声の様なものです。飛びつきました。作品は無言で語るのです。手の平に包み込んだ時、すべてが分かるのです。 それ以後、ひたすら、愚直に、作品を店で販売しました。世間が、伝統より、見た目に流れる中で、私は良識を持ち続けたいと願ったのです。 しばらくすると「サライ」が取り上げ、少しずつ情報がメディアを通して表へ出る様になり、まぎれもなく「知る人ぞ知る」漆器となってゆきました。 ヨーロッパでは古来より、うるしのことを「ジャパン」と呼んでいます。それほど、日本の国産のうるしは優秀なのです。 年末に向かって仕事をがんばります。 そして師走のひとときを、つかの間、どうぞお出かけ下さいませ。お待ち申し上げております。
お客様に、たくさんの暖かいお力添えを頂きながら一年無事過ごすことが出来ました。 年末に向かってまだまだご多忙と思いますが、どうぞお気をつけてくださいませ。本当にありがとうございました。 |
2017年(平成29年)11月15日
毎日、寒暖差が激しく、天気予報に気を付けながらの暮らしです。 秋は、文化、芸術の催し物が目白押し、仕事や日常の暮らしのあい間をぬって、欲深く出かけています。 そうなると、当然、いっぱい、いっぱい頭は仕事の段取りと数々の予定で埋まってしまうのです。今後見ることが出来なくなる国宝などもありますので、可能な限り見ておきたいと思って出かけるのですが、京都国立博物館の国宝展も人であふれ、アベノハルカス美術館の北斎展に至っては、尋常ではない人波にただただ圧倒されてしまいました。 11月の「第三・土曜市」は、第四回「島本一箱古本市」と重ねて催しますので、その準備にも追われています。当日は、花染の店の前に大量の本を出します。阪急水無瀬駅界隈からぶらりと巡って私共のところまで来て下さい。私もこの催物は、とても楽しみにしています。他店で、5~10冊の本を買います。新刊では買わないであろう本も、安価なので手軽なのです。 とても活気があり、顔見知りの人、知らない人々が、行きかう田舎街は、なかなか良いものです。結構ご遠方からもいらっしゃいますヨ・・・。 話は変わります。 その美しい日本の古裂は、江戸~明治、新しいもので大正頃の職人によって織られたり、染められたりした布です。型染、和更紗、絣、筒書・縞木綿などこのティマットの中に、木綿の古裂が集約されているといっても過言ではありません。 この写真のものは筒書きと言って、明治の頃、婚礼布団だったり、嫁入道具の箪笥にかけたりする家紋入の染物でした。 古裂を私共の店で扱い始めたのは、開店まもなくの事でした。私より、かなり年上の方で古裂の収集家の方が、私の知人と一緒にやって来られました。その方を仮にAさんとします。 もちろん私達の世代は、それらの裂を知ってはいましたが、もうすでに懐かしいものになっていました。 「年なので、そろそろ少しずつ手離したい・・・。」との話と、彼女の大きなお人柄、物を見る目の確かさ、何より収集品に心うばわれてしまったのです。 裂(きれ)はきちんと洗濯され、アイロンをし、本当に几帳面に収納されていました。その量の見事さにも驚きました。布を楽しみながら可愛がり、一枚一枚丁寧に扱われていましたし、すごいレベルの裂に惚れ込んでしまったのです。 彼女が80才をむかえる頃、事情があり、ご夫婦で介護付きマンションに引越す事になりました。お家をおたずねさせていただき、私などでは、とても求める事ができない高額な、その上、品格のある品を見せて頂きました。全部ある美術館にまとめて出て行く事になっていました。美しく整理されている品々の前で、私は涙を流してしまいました。 「こうして人生は好きだったものと別れる時が来るのですね・・・。」と言って。彼女は「充分楽しんだから・・・もう良いのよ・・・。」と私の涙を反対に慰めてくれたのです。 Aさんは遠くへ行ってしまわれたのちも、2~3度花染へたずねて来てくれましたが、数年前、亡くなってしまわれた・・・と人づてにお聞きしました。私に生きることの潔さを教えてくれた、とても大切な方でした。くっきりと彼女の姿は私の目の中に焼き付いています。 彼女が当時分けてくださった裂(きれ)は、今も尚、花染を支えてくれています。 作品を作ってくださる人は2~3人変わりましたが、いつも手のきれいな方に出会わせて頂き、美しい古裂の作品が店に並んでいます。
★日本の美しい「うるし」を手に取り感触を味わって下さい。 ★赤絵の古典的な器に古来の人々の思いが詰まっています。 ★そして山田浩之の器 日本人にとって、大きな節目のお正月を無事に迎えられます様、心を込めたいと思います。 余談ですが、小さな『花染通信』を出すことにしました。展示会と連動して書きたいと思っています。 |
2017年(平成29年)10月4日
一年が過ぎるのが早い事。10月の声を聞くと、花染はもうお正月の心がまえをしなくてはいけません。 島本町も、丁度いい季節を迎え、毎年、この光景にいやされ、優しい気持ちにさせてくれるのです。暮らしのすぐそばの道端で、小さな草花を見付けるもの、この田舎ならではです。 ところが、今そこかしこでマンション建設の大きなクレーンがそびえ立ち、工事をしています。大きなマンションが、ニョキニョキ立ち上がるのも時間の問題です。心が痛みますが、こんな良い街へ引越して来て下さるのは嬉しい事でもあります。子供さんを育てる世代も、ここ数年多くなりました。年配の人々にも、お若いに人々にも優しい街・・・なんて何かのキャッチコピーの様ですね。 話は変わって これぞ大阪があふれていて面白くもあり、楽しくもあり嬉しくなりました。よくテレビで見る通天閣は、ちょっと野暮ったく、それが又、妙味でもあり不思議な大阪でした。 そろそろ新そばが食べられる季節です。そばの香、風味が一段と上がり、そば通を自称する人々にとってはたまらないのでしょう。 そばの思い出は数々ありますが、祖母が縁側で打つポッテリとした田舎のなつかしい味。そして舩木倭帆先生が愛した出雲のそば。どれもなつかしく、心地よく思い出されます。 京都・桂にある若きオーナーが営むそば懐石の店は、又、格段に美味なのです。若きオーナーと親しくさせて頂いているのですが・・・。器の風情、佇まい、そしてその凛とした姿は、まるで修行僧の様でもあるのです。 話はあちこち飛びますが・・・ 第二次世界大戦・・・ドイツ軍によって、バルト海側・ダンケルク(ドイツの地名)に追い込まれた、イギリス、フランスなどの連合軍の兵士を救出しようとする実話です。 最後の字幕が流れる中に「ダンケルクの救出にかかわり、人生を左右されたすべての人々にこの作品を捧げる」 10月展示会を致します。
春から、のびのびになっていた第4回島本「一箱・古本市」が、11/18(土)・11/19(日)と決まりました。大好きな催物なので、首を長くして待っていました。 このところ、窓を全開し、心地よい風を取り入れ、ちょっと冷たくなった空気を胸いっぱい・・・すがすがしい季節です。 |
2017年(平成29年)9月6日
暑い暑い夏でした。日差しは強く連日の太陽に、自然もお疲れ気味。私達も疲れています。でも一週間前から、赤とんぼが元気良く目の前を飛んで行きます。以前は空中を群れをなして乱舞していたのですが、近年は数匹が飛び過ぎるのを目にするばかりになりました。 楽しみと言えば、私共の裏庭のバッタの事ですが、3匹もいるのです。何を食べているのか分かりました。水引き草、二葉葵の葉が、虫食いの穴だらけになりました。そのおかげで、3匹のバッタは随分大きく育ちました。何とも複雑な思いです。 昨年1匹住み着いたバッタが土の中へでも子供を生んだのでしょう。生命の連鎖とは言え、来年はどうなるのでしょう。これ以上多くなると、外の草むらにでも放ってやらないと・・・裏庭の植物が見苦しくなってしまいますね。 話は変わります・・・。毎年8月はテレビで終戦特集を、思い出した様に放映します。若い頃から、戦争の悪、人間の悪に強く引かれ、ずっとずっと見続けて来ました。「そうだったのか!」と信じられない思いで悲しみを抱え込む事も常でした。
これだけのものをお勉強するがごとく、一気に見てしまったのです。私はちょっとおかしいですかねぇ~。 歴史には、「もしあの時・・・」はありません。 夏休み中、落ち込んだまま日々が流れ、辛さは長く尾を引いてしまいました。 しばらくして、ちょっと助け舟になるかも知れないと思い、借りていた「あん」(ドリアン助川著)を読んでみました。 街の小さなどら焼き店に働き口を求めてやってきたのは、徳江という名の高齢の女性だった。 日々、森羅万象すべてを体で感じる事が「生きる。。。」と言う事だと私は解釈しました。薄い文庫本なので、機会があれば読んでみて頂けると嬉しいです。 そうそう先日「関ケ原」の映画を見て来ましたヨ。司馬遼太郎原作の大ベストセラーの映画化です。 スクリーンに写し出される大スペクタクルアックションは、息をつくのも忘れるかの様な迫力でした。 終盤、刑場に向かう馬上で、グッと前を見据え、「これぞ正義なり・・・」と放つ言葉は、静かでもあり激しくもあり、この映画のすべてだと思ったのです。この最後のシーンに、スクリーンのこちら側も胸に熱いものが込み上げ、涙を流してしまいました。歴史の中に見事に生き、使命を全うした雄々しき姿でした。 9月は展示会を致します。
9月に入って空の色、雲の形状に変化があらわれています。道端に自生する「すすき」も穂を出し、風に揺れています。 右の写真は、9/3、日の出前の東の空です。あまりの美しさにシャッターを切りました。 季節の変わり目は特にお大切にお過ごしくださいませ。いつもありがとうございます。 |
2017年(平成29年)8月2日
7月の豪雨は、各地に大きな被害をもたらし、今なお人々の暮らしを脅かしています。長い時間をかけて築いた大切な生活を失い、人生そのものを危うくしてしまう災害に心が痛みます。国会でのチンケな騒動は、弱った人々の心を一層逆なでするかのごとくです。 国民は総じて、健気に一生懸命に生きています。 島本町に、私の知る限り4つの障害者施設があります。 水無瀬駅前周辺、そして街の中も、早朝からお掃除をしてくれているのです。仕事を終え、帰って来るその姿に声をかける事はないのですが、私は自然に軽く頭を下げます。心に優しく響くのです。得も言われぬ、私自身の至らなさに気づかされるのです。 「わくわく」と言う施設の施設長さんである女性と親しくさせて頂いています。ほんの小さな施設だったものを、前任者から受け取り、国、大阪府、そして理事長などの大きな補助と支えと、何よりも彼女の努力・情熱が相まって、形ある成果著しいものにまでなさったのです。 私としては、この数年、多くの質問をくり返し、教えて頂きながら内容を手掛かり程度に知ることが出来ました。 「すばる」と言う施設もあります。まったく存じ上げなかったのですが、「島本一箱古本市」を通じてお知り合いになり、その後、私達「第三・土曜市」にも協力を頂くことになりました。 皆、自分達の足もとを見ながら、一生懸命生きています。 話は飛びますが・・・ 年々変化しつつある日本の文化、伝統ではありますが、千数百年町衆がこの祇園祭にかける情熱とエネルギーに感嘆するばかりです。 この美しい日本を、奇跡の日本列島を大切にしなくてどうするのですか?と問いただしたい思いにかられます。 花染の裏庭の小さな宇宙でも、小さな営みが花開きます。メダカの卵が、小さな子供にかえりました、お客様に差し上げた布袋草の根の中で卵が育まれていた様で、「5匹生まれて、チョロチョロしている・・・!!」と嬉しい話を聞かせて下さいました。 花染の布袋草を別に移したバケツの中でも3匹、チョロチョロ可愛い子供が泳いでいます。目に留まりにくい程の小さな小さな生物ですが強い生命力を感じます。 2~3日前、小さなバッタの子供も見付けました。昨年裏庭に生息していたバッタの子供かも知れませんね。そう考える方が嬉しいです。
暑い中ですが、負けない心で皆さんと共に頑張ります。
中村真紀さんの器にコーヒーゼリーを入れてみました。 さすがに島本の冷たいはずの風も熱を帯びています。 そうそう、又、又とても素敵なものを買ってもらいました。実物そのもののように型どられた金工細工の”さわがに”です。私の8月の誕生日のプレセントに・・・。ずっと欲しかったのです。 店の能書きを読むと、1838年、京都寺町二条で開業。錫をはじめ各種金属素材を用い、煎茶道各御家元御好、神社荘厳品を製作。今日、現代感覚に溢れた金属工芸の専門店として・・・云々と書かれています。 店の前を通る度、気にかかり、心引かれる日々でした。毎日が嬉しく、私のとっておきの一品になりました。 どうぞこの厳しい夏をお大切に、お過ごしくださいませ。 |
2017年(平成29年)7月10日
梅雨の季節、近年は全く過去と異なった様相です。気温は異常に高く、すさまじい雨の日があったり。。。 島本町は、私の知っている限り、過去あまり大きな災害は起こりませんでした、山が近く、雨の後の自然界の緑は、鮮やかに蘇り、水を含んだ景色は、しっとり息を吹き返します。水田や水路はたっぷり豊かな水をたたえ、なお一層、うるわしさを増します。 私達が子供の頃、梅雨の大雨の後は、とても楽しかった思い出があります。普段より水かさを増した小川の中へ入り、何をするのか遊びに興じました。 島本町は、今、マンションラッシュです・・・とこの頁に書きましたが、まさに販売合戦です。 関西電力のグラウンド跡に建設中の、とても環境の良い場所です。少し高台にあるので、街全体がパノラマの様に開け、三川合流、淀川の水流が見事に見渡せると想像します。 先月末より、海老蔵さんと麻央さん、お2人のお子様達の報道に涙しました。けなげに、前を向こうとするご家族の姿に、もらい泣きしてしまいました。亡くなると言う事は、地上からまったく姿を消してしまうと言う事なのです。大切な人への愛は、誰しも同じだと思うのですが、私も8年前、姉を乳ガンで亡くしました。60歳過ぎの、まだまだやり残した事がいっぱいある年齢でした。 私の近くに住まいしていたので、刻々と進行してゆく病状を目の当たりにしました。最初は、それでも元気に暮らしていたのですが・・・。 蓮の花は、なぜか浄土の香りがします。清廉ゆえに、そう感じるのでしょうか?一輪の蕾に心惹かれ、買い求めました。 6月に見た2本の映画。「海辺のリア」、「マリアンヌ」。前者は仲代達矢。後者はブラッド・ピット、マリオン・コティヤール。 両作品とも、生きる事の愛と哀しみは深いのです。 話を転換致します。 次回は8/5(土)です。もう目の前に第三・土曜市 7/15(土)を控えています。暑い中、かかわって下さる人達に感謝です。 まだまだこれからが夏本番です。 京都はもうすっかり祇園祭に彩られています。今年は、16日(日)宵山・17日(月・祝日)山鉾巡行と休みと重なったので、すごい人であふれる事でしょう。 この「日常つれづれ」を書くに当たって、かなりの情熱が必要な事が良く分かりました。今年に入って、以前の様に五感がうまく作用しないのです。「ふっ」と気持ちがへこんでしまっている自分に気がつくのです。こんなこんなでお許し下さい。 しかし目の前の暮らしを大切に、丁寧に日々を送る事だけは、忘れない様にしたいと思うのです。 |
2017年(平成29年)6月4日
日本中、心地良い緑があふれていますね。とっても嬉しい事があります。この頁に、裏庭の紗羅の木の話を、たびたび書きますが、5/30 美しい可憐な花が2輪咲きました。昨年秋に植え、気が付くと小さな蕾をたくさん付けていました。今か今かと待っていました。突然!花開いたのです。 それから毎日、花の数を増やしています。紗羅の花は別名「夏椿」とも言われます。私共の木は、ヒメ紗羅と言う種類で、直径3cm弱の小さな花です。弱々しい花の姿は、そそとした風情を醸し出しています。 昔から関西のお寺などでは、この6月「紗羅を愛でる会」があったりするのですよ。 京都では、古くから妙心寺で、この「紗羅を愛でる会」が催されている・・・とお聞きした事があります。 この田舎町にも、美しい光景が広がっています。田には水が張られ、田植えが始まりました。早苗の中に写る青い空、白い雲、そしてうぐいすが鳴き、かえるが「ゲロゲロ」。つばめも低空飛行をしています。暮らしの中に自然が息づいている事に感謝しています。 いつの頃からか、定休日の日曜の朝は、脳が働くモードを拒否してしまうので、1~2時間「ボーッ」としています。その時間の中で、とても楽しみにしている番組「小さな旅」8:00~8:30(毎週ではないと思います)があります。 その小さな旅は、素朴で人の心を和ませます。地方に生きる人々、そして、その土地でつちかわれた物や自然が本来の日本の風土を写し出しているのです。そこには、人間の傲慢さはきっと存在しないでしょう。 昔からの知恵と工夫で生活している姿が、とても豊かで美しいのです。音楽もいいのですヨ。 先月5月、河井先生の追悼の展示会をさせて頂きました。 昔、子供の頃、倉敷・大原美術館へ父と旅をした折、工芸館の河井寛次郎、浜田庄司の作品の前の椅子に座り父に「この作品はどうしてこんなに人の心を打つのか?」と尋ねると、父は「作った人の大きさによるものだと思うヨ。」と答えてくれた事を今も鮮明に記憶しています。 大きくありたい。。。と思っても、一朝一夕には事は成りません。 作品の中に、「黒釉緑流?」抹茶?があります。おだやかな曲線に型どられ、漆黒に鮮やかな緑釉が流しかけられています。黒と緑のいかにも爽やかな作品に心を奪われてしまいました。 道具は大切なものだと思います。道具が人との結び付きを深め、「この人には、この茶?でお茶を召し上がって欲しい...。」とつながりを大切にする心を育む様な気がします。 他にも「用の美」...使われてこその美しさを実践なさった作品が並びました。 作品は、1階の常設に移しますので、今後も是非、先生の作品を手に取って感触を楽しんでください。
話は変わって、 1人でも多くの人が来店して下さると嬉しいですね。 第三・土曜市も、これから暑さが身にこたえる様になります。 今回の「日常つれづれ」も少々情熱にかけるものとなって様な気が致します。 そうそう小さな嬉しい事。。。陶芸作家の作った小さな「ねこ」を買いましたヨ。ちょっとひねくれた、のらの感じが いつも本当にありがとうございます。 |
2017年(平成29年)5月10日
今年の連休、関西は、ものの見事に良いお天気続きでさわやかな日々でした。長期のお休みの方は、まさにゴールデンウィークだった事でしょう。 4月、にぎやかだった町長・町議会議員選挙も一段落。32才の若き町長が誕生しました。高槻市との合併は「NO!」との期待を込めた、予想だにしなかった大量の得票数になりました。議会は空転するかもしれませんが、若い力で頑張って欲しいと思います。 私は、連休中も、ほぼ日常と同じ様に仕事をしました。お客様は少ないのですが、雑用が山程ありますので、コツコツ片づけたり、日頃、ご無沙汰や不義理をしてしまっている人にお葉書やお手紙を書いたり、合い間に本を読んだり・・・とそれなりに忙しくしていました。 日常生活は、たわいもない暮らしですが、ほんの身近に幸せは存在する・・・と言う事を大切にしたいものだと思います。 新緑と言えば、いろいろの作家への旅を思い出します。 若い頃の、今、思い出しても笑ってしまいそうになるトンチンカンな旅もありました。 これからも、健康がある限り、珍道中を続け、作家の方々といい関係を保ち、繋がりを深めていける事を願っています。 そして、盛夏になるまでには、三重県・津でお仕事をなさっていらっしゃる作家の先生の工房へ出かける予定にしております。新しくおつき合いが始まります。又、皆さまに美しい作品をご覧頂けるのではないかと、楽しみと同時に私の励みとしています。 人には山があり谷があります。ちょっと気持ちが折れ気味で、つらい思いから抜け出せず「日常つれづれ」を書く感動が生まれません。 5月16日(火)から河井久先生の作品展です。皆様を明るい笑顔でお迎え出来ます様・・・そして心よりお待ち申し上げげおります。 田植えの支度がそろそろ始まります。水が引かれ、水面に映る空の色、白い雲、とても美しいです。 |
2017年(平成29年4月12日) 桜の花が美しく島本町を彩り、先週・今週と長い間、私達を楽しませてくれています。3月は寒い日々、天候に惑わされ、4月に入っても桜はなかなか花開かず・・・島本町の桜の満開は4/7~10日頃だったでしょうか。今日現在は桜ふぶきが美しく舞い、しばし春のなごりを享受する日々です。 4/10、急に思い立ち「背割りの桜」と言われる桜の名所へ行って来ました。木津川・宇治川が合流し、淀川への流れが変わる、中洲の堤に、2km近くあるでしょうか、見事な並木が続くのです。2つの川に囲まれ、自然豊かな情景は、圧巻でした。島本町から、ごく近場にあるにもかかわらず、行く事は叶わず、数十年の念願でした。各メディアも取り上げ、年々有名になっていました。 写真をアップしましたが、スケールはこんなものではありません。 花染の彼岸桜も、彼岸の頃に咲くのかと思ったのですが、蕾が膨らんだまま、なかなか開花せず、4月に入ってしまい、やっと3日、4日が最高の見頃となりました。美しい濃いピンクの花は、お客様にも大好評でした。椿の花は今もなお、次々と花開いてくれています。 何だか自慢したい気持ちです。もっとたくさんの人に見て頂きたかったのですが、今は、ほとんど散ってしまい、一瞬の喜びに高揚した気持ちは、一気に寂しくなってしまいました。 季節はいっときたりとも止まりません。私がうっかりしている間に気ぜわしく通り過ぎて行くのです。最近は、毎日もたもたしているので、よけいに早く季節が過ぎてゆきます。 毎年「竹の子」をお分け頂く農家の方からも、不順な天候の嘆きをお聞きしています。 足が地につかない浮足立った2月・3月を過ごし、この「日常つれづれ」にも、正直な所、正面から向き合うことが出来ない日常でした 友を亡くした悲しみは大きく、一生懸命走りたい・・・仕事に打ち込みたい・・・との思いとはうらはらに、気持ちはどんどん落ち込んでしまうのです。 その状況に拍車をかける様に人間の深層をえぐり取る様な映画ばかりを見ているのです。 テレビとは違う映像の世界は、キャスティングしかり、カメラしかり、人を感動させる力を持っています。 子供の頃から、本と映画は大好きだったけれど、自慢出来る程でもなく、マイペースの趣味の枠内ですが、しばらく、この映画三昧の日々は続きそうです。 そんな日々ですが、仕事だけは待ってくれません。ちょっとだけでも心に明るさを・・・と、店に乗って来る自転車を新しくしました。 気分転換です。とても可愛いものですヨ・・・。何でも新しくなる事は、気持ちが晴れます。 自然は本当に私達の傷んだ心を慰めてくれるのです。
「日常つれづれ」もちょっと辛い話と軽い話で終わります。 どうぞゆっくりとした時間をお過ごしにお出かけ下さいませ。 |
2017年(平成29年)3月8日
先月、2月は、ことのほか寒く冷たかったと思うのですが、そう感じるのは私だけでしょうか。3月に入り、気持ちだけでも立ち上がりたいと願っています。蕾をいっぱい付けた彼岸桜の鉢植えや、椿の鉢植えを買って来ました。ふっくら膨らみ花開く日を待っています。店には、チューリップの花やフリージアの花を活け、春を呼び込みたいとの思いです。 今年に入って、大切な人との別れがありました。感謝の思いでいっぱいですが、今はまだ、悲しさだけが身にまといつきます。楽しかった思い出にも、ただただ涙しています。花染を心から愛して下さったし、大きな力で励まし支えて下さいました。お客様から始まった関係ですが、30余年と言う年月は、姉妹のような絆になっていました。 春とは名ばかりの2月、「沈黙-サイレンス」の映画や本の話を書きましたが、吹っ切れない重い、負の部分を背負ってしまいました。 「手紙は憶えている」と題するものです。副題に-70年前、家族を殺したナチスを探せ。容疑者は4人。手がかりは1通の手紙のみ。こんな物語が、私をとりこにしてしまうのです。3/11(土)~3/17(金)・1週間限定、上映です。ワーグナーの旋律...が私の胸を打つのです。 中学生の頃も、たくさんの本を読みました。田舎の学校の小さな図書館に並んだ、目の前にあるものは、何だって読んだ記憶があります。子供の目に触れるものは、その頃は、偉人伝だったり、世界の名作・日本の名作と言われるものが、ほとんどだったと思います。「レ・ミザラブル」など、やはり負の部分に心引かれました。 高校に入っても、それは変わらず、人間の哀しさ...に心を捕らわれて行きました。 彼の言葉、文章の行間からあふれる”生きる事”、”人を愛する事”それらが、そもそも哀しみなのです。胸に今も残る、そしてよみがえる情感なのです。 「波」、「女の一生」、「生きとし生けるもの」、「真実一路」などなど、年齢を重ね、この年になってもう一度、読み解いてみたいと思っています。中でも「女の一生」は、どうしても読み返したい一冊です。 我が青春は、それから夏目漱石に気持ちは移って行くのです。 又、又もう1ツ、「罪の声」塩田武士(未解決事件の闇には、犯人も、その家族も存在する。逃げ続けることが人生だった)を買ったばかりです。春の光が暖かくなってから読みたいと思っているのですが...。気持ちがチョッと折れそうですね。 島本町は、4月の町長・町議会議員選挙に向けて動き始めました。高槻市との合併...と言う大仕事がかかった選挙と言っても過言ではありません。 この数年、若いご家族が多く引越して来られたり、家を建てたり、環境も変化して来ました。多くの人達は、この島本町の自然や空気を大切に、暮らしを「ゆるり...」との思いが強いのではないでしょうか。 JR島本駅の西側、農業耕作地も動き始めました。マンションが建設され、病院が移転...との情報です。 明日3/9(木)から「山ぶどう手さげかご展」です。 山ぶどうで編まれる手さげにも上等、普通、それぞれ異なっています。 古布(古裂)を取り合わせて、とても愛らしい巾着も作って頂きました。絣・大島・絞り・型染・酒袋などの布を使用し、丁寧な美しい仕事をしています。手さげかごと上手くマッチングして欲しいと願っています。 お客様にもヒントを頂きました。 このご夫婦は、舩木倭帆先生の大ファンでいらっしゃるので、先生の作品の衣となる事を想像するだけでも、私は幸せを分けて頂く心地が致します。 桜の開花予想も出て、関西は3/28頃。満開は4月に入って...との事です。季節は着実に進んでいます。もう少しで春爛漫の日本の美しい景色が広がります。 展示会に...と思わないで、お遊びにいらっしゃる感覚でお出かけ下さいませ。お目にかかれますことを心よりお待ち致しております。 |
2017年(平成29年)2月13日
毎日毎日が冷たくて、体も心も縮んでしまいそうです。2月3日節分、2月4日立春。 でも、どか雪が降ったり、3月下旬の暖かさだったり...これも地球温暖化と言うから大変です。自分自身の足元を、今一度見直さなくてはいけないでしょうね。 豊かさとは、いったいどの様なものでしょう...。 1月21日の商店街「第三・土曜市」で京都・大原野の豊かな恵の野菜を、イベントとして売らせて頂きました。 風情豊かな器に盛り込み、佇まいを良くし、ゆるりと頂く幸せは、日本ならではの季節感です。思わず、大原野の野菜作りの方にお礼のメールを送りました。お返事があり、「有難うございます。本当に励みになります。2月も期待に応えられるよう頑張ります...。」とのありがたいお言葉に感激しました。 話は変わります。 こう言う重い本は決して忘れない性格なので、こんな時、辛い日々をしばらく過ごしてしまうのです。映像では、あまりにリアルすぎ、苦しい思いをするので「映画は見にいかない・・・!!」と言っていたのですが、映画館にかかったのを知り、やはり行く事になってしまいました。 全編、息をするもの忘れる情景の連続に、深い感動と悲しみ、そして宿題を与えられてしまったのです。 洋画とは思えない、監督の並々ならぬ、この作品への想いを、日本人俳優の名演と共に苦しみながら拝見しました。2時間半、日本人として苦役をいっしょに背負ったかの様で、涙など流す余地はありませんでした。 私達自身の中にも、重くて辛く悲しい出来事はたくさんあります。それらをひきずりながら、そして立ち止まりながら、又、ふと心が折れそうになる事もありますが、人々の絆によって支えて頂き、前へ進むのです。 それとは対照的な、春の様な本に出会いました。 ずっとずっと以前から、舩木倭帆氏・柴田雅章氏を通じて存じ上げていましたが、一気に一日で読み切り、明るい光で照らして下さった思いです。 彼は、舩木家3代(道忠・研児・倭帆氏)に渡って親交がおありになり、その強い絆を、情感あふれる、人の心にしみ渡る文章でつづっていました。 2月9日(木)からギャベ展が始まっています。18日(土)までです。美しいじゅうたんを2階いっぱいに広げています。ゆっくりと感触を楽しんで頂けますと嬉しいです。 店には、おひな様も飾りました。春の花を生けて、皆様をお待ちしております。 3月ともなると、きっと暖かくなる事でしょう。
山ぶどうの皮から編まれる手さげかご・小物などを店でお売りさせて頂いてから約30年くらい経つでしょうか。 明治の頃は、一ツの産業として、輸出品として編まれた...とお聞きしました。日常使いの物入れなどだったのでしょう。東北だけでも500人程の職人さんが居たと言う事です。日常品は丈夫で長持ちしなくてはいけません。海外の人達も驚く手仕事だったと想像します。 その美しさと、丈夫な使い心地は、少しずつ世の女性に浸透して行ったのです。私が店を始めた1983年頃は、ほんの一部の女性達の中でのみ使われておりましたが、徐々に人気が出はじめ、ご注文頂いても、数か月待ちという状況でした。 今では、作り手も、男性、女性と巾が広がり、サイズ、模様など、あらゆる工夫がなされ、美しい作品へと仕上がっています。 展示会には、私が30年使用している手さげかごを持って来ます。自分に馴染み、その人の顔の様に変化する様子は愛着もわき、とても可愛いものです。 たくさんの巾着も作りました。大小さまざま色彩とりどりです。バックインバックも工夫を凝らし、ご用意致しました。是非お好きなものを見つけて下さいませ。 |
2017年(平成29年)1月25日
新年が明けて、またたく間に1月も後半に入りました。1月の行事は、すべて終わってしまいました。 でも、しかし。。。年を重ね尚、新たな発見がある事にも気が付きます。 1月はもうすぐ終わってしまいますので、今月の「日常つれづれ」はこんな感じでゆるく・・・ゆるく終わります。 今年、最初の展示会です。
私がギャベに出会ったのは約20年前の事です。初めて我家の為に買い求め、その魅力に取りつかれてしまいました。それは、まさしくアートなのです。その上「用の美」も兼ねそなえている事が感動であり、日々の豊かさでもありました。 |