日常つれづれ(2021年)

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2021年

2021年(令和3年)12月2日

紅葉も、そろそろ終りですね。京都は、とんでもなく多い観光客で溢れていました。一気に人々が動き始めると…それはそれで心配です。

しかし、11月の京都は、本当に美しい…急激に寒さが訪れたからでしょうか…赤い色が際だって、より赤く感じられました。以前の様に、しっとりとした京都ではなくなりましたが…。
押し寄せる観光客を横目に、チョットした穴場を目指して楽しむのも、良いものですヨ!

コロナも、少しばかり静かにしていてくれていると思っていましたのに、再び心配の種が出て来ましたね。
様子を見ながらの暮らしは、どことなく足元が浮き立ち、落ち着きません。

朝は、暖かい太陽を体いっぱい浴びる事から始まります。この所、夜明け前の東の空の光景に感動させてもらう朝を過ごしています。少しずつ明けてゆく…あかね色に染まる地球を肌で感じます。
冷たくなった日々を、ここから始めると優しい気持ちが湧いて来るのです。

そんな11月。瀬戸内寂聴さんの訃報が突然入ってきました。
11月12日の朝日新聞は、1面・27面(文化欄)・31面(社会欄)で大きく報道されていました。
多方面からの追悼の言葉と共に読みました。これ程、過去メデイアに登場し続けた作家は珍しいのではないでしょうか。
長年、朝日新聞・朝刊に月1回のペースで亡くなる寸前まで、エッセー「寂聴 残された日々」を書き続けたのです。必ず読んでいました。

「かの子撩乱」は、彼女の作品の中では、私の好きな本の1冊だったと思います。岡本かのこ…岡本太郎氏のお母様の恋愛です。
はるか昔、読んだのですが、かなり鮮明に記憶しています。

本箱を探せば出て来ると思いますので、この機会に、もう一度読んで見るのも良いかナァ〜と考えています。セピア色・文字は小さいし…さてさて…。

いみじくも、寂聴さんの死をもって、私の中でムクムクと芽生えてしまった、作家・宮尾登美子氏。
私の勝手な解釈ですが…たぶん同時代を生きた宮尾登美子氏と瀬戸内氏は相反する存在である様に感じるのです。
何故か、いつも厳しい宮尾登美子氏の面影がよみがえるのです。作品も、それを反映するような、人生の大きなドラマの中で生きた女性達を描かれたと思うのです。

彼女が亡くなった時「ひっそりと…。」表沙汰にはしない…と言う感触で受け取りました。メディアとは一線を画していた様に思います。書かれた作品が彼女だったのです。

自らの幼少期・思春期を『櫂』で書き『朱夏』で、ご自身の中国からの引き揚げを書き『仁淀川』で高知を出る…もちろん高知を出られた後に書かれた作品です。
『仁淀川』以後の作品には、私小説的なものは無かったと思うのです。

『序の舞』で上村松園の画家としての生涯に心を震わせ…朝日新聞連載の『きのね』を毎日、首を長くして待ち、毎日新聞連載の『蔵』を待ちこがれ…
彼女の作品は、その後もたくさん読ませて頂きました。震える感動を何時も与えて下さったのです。

彼女の謎に満ちた人生を、ずっとずっと知りたい…と思っていましたが、数年前、お亡くなりになった事を知った時、かなりショックを受けました。それは今も私の中でくすぶり続けているのです。

メディアにも、ほとんど登場する事なく厳しく生きたであろう宮尾登美子氏を、その内、時間があれば勉強出来れば嬉しいと思っているのです。
どうしても知りたいのです。内在するものが何であるのか…不思議とそう思わせる何かがあるのです。

こんな事を書きながら遠く過去を思い出し、しばし絶句してしまうのです。
彼女の偉大なる作家人生…書かれた本は、それ程、私に影響を与え、「明と暗」を教えてもらったのです。
チョット重くなってしまった私の心と真っ向から対峙してしまったのです。

今月の「日常つれづれ」は、先月からの続きで「京都ぎらい」「京女の嘘」井上章一著のウィットに富んだ、おもしろいお話を書く予定…としていましたが、重くなった今の気持ちでは書きたくないので、又、その内…と致します。

12月。今年も終りの残り1ヶ月です。
最後は廣内俊之氏の展示会で締めくくります。

廣内俊之 作陶展
2021年12月7日(火)~12月18日(土)
10:30~17:00
12日(日)・13日(月)休み

美味しいご飯が食べたい…。
そんな時は、廣内さんの器を思うのです。
釉薬の優しさ、そして作品の暖かさは群を抜いているのです。
彼のひょうひょうとした姿にも温もりを頂くのです。
素敵な器がある暮らし…。食卓を囲む、ご家族の笑顔が見えるようです。
お忙しい師走のひととき、是非お出かけ下さいませ。心よりお待ち申し上げております。

もうすぐお正月ですね。この1ヶ月は、またたく間に過ぎて行きそうです。大きな節目を前に、今年を振り返ります。出来た事、出来なかった事…
来たる年に思いを込めて大切な12月を過ごしたいです。
お正月お揃えしたい…うるし椀・うるしの重箱・祝箸などなどもご用意しています。
日本に四季があり、美しい日本の行事を守りながら伝統を次の世代にお伝えしたいものです。

赤地健・径先生の干支(寅)も届きました。かっこ良いですね!!
お二人の作品は、来たる年が幸せであれ…と言ってくれていると思います。

たくさんの方々にご厚情を寄せて頂いた1年でした。
不安定な日々ではございますが、無事に越えられました事、感謝の思いでいっぱいです。

これからも、仕事を精いっぱい…丁寧な仕事をさせて頂く事が出来ますれば、こんな嬉しい事はありません。
皆様も、どうぞお健やかに年来を迎えられます様、心よりお祈り申し上げます。

裏庭の万両の実が赤く
色づいて来ました。
2021年(令和3年)11月5日

朝早く…残してしまった仕事を片づけに店へ向う道程。まだ朝日が昇る前の東の空。冷たく澄んだ空気と、赤く染まる空を前方に見ながら走る自転車。金木犀の香りが漂う中を走る爽快な朝です。
そして、太陽も雲も、日々変化する事を知るのです。

1週間、そして1ヶ月…秋も深まり…冬へ向けて刻々と時を刻んでいます。
コロナ禍も、ありがたい事に、一段落と言うところですね。たくさんの人達がせきを切った様に街に出ています。

9月は植物園。10初頭は哲学の道。

そして秋晴れの10/24(日)ブラブラ街歩きです。さすがに人混みの中心へは行きたくないですね~。
私が好きな京都・三条会商店街へ出かけました。ちょっとひなびた古い店が連なる趣きが、何とも心地良いのです。
大宮通りから東へ向かって、掘川、そして鳥丸…寺町通りへと続く散策です。幾度も訪れるとお馴染みの店もでき、又違う楽しさが増すのです。

いつも行列ができていて…敬遠していた店へ、今回はタイミング良く昼食に入りました。小籠包が、とても美味しく…ちょっとメッケ物でした。

京都は、三条通りを歩くだけでも、数百年の老舗が点在している事にも感心してしまうのです。
1200年の天皇やお公家さんの文化の歴史が、今も脈々と流れているのです。
ちょっと笑い話…。 
京都の老舗の話…。「うちの店は250年の歴史が…。」と自慢すると「うちは応仁の乱からですねん…。」と…。
老舗自慢は「応仁の乱」が出て来る…と言う。まじめな話です。

古いものと、新しいものが同居する誇り高い町だと思うのです。
「京都ぎらい」「京女の嘘」井上章一著。京都生まれ、京都大学卒、国際日本文化研究センター教授が書いた本があるのですが、お読みになると、チョットだけ京都人の裏側が見えるかも知れません。
ウィットあふれる内容は誠におもしろいです。

5〜6年前に出版された本ですが、再び読み返してみると、あまりに的を得ていて楽しいので…次回12月「日常つれづれ」に続けて見たいと思います。

街を散策しながら、移り行く季節を実感します。お花屋さんで売られている花にも、果物・野菜…店頭のものが変化しています。
お花や植物が気になってしまう性格ですので…。

手書きの「花染通信」を書くにあたって、季節の風物などを、小さなカットとして入れているのですが、高濱虚子編(改訂版)「季寄せ」と言う小さな冊子を開け、季節を確かめます。

1月〜12月…そこに書かれている季語を参考にさせてもらっていますが、小さな冊子の中は、美しい日本の情景で溢れているのです。ちなみに、10月「花染通信」は、どんぐりでした。

「花染通信」を書くたび、ついつい読み入ってしまうのです。こんな日常の暮らしが、とても大切だと思うのです。

12月は、もうすぐ目の前です。カレンダーや干支や…そろそろお正月の準備の頃ですね。
私共もカレンダーはお作りさせて頂いているのですが、とても昔から気にしているカレンダーがあります。
この民藝の世界…いやいや世界的に超有名な芹沢圭介の「型染めカレンダー」…。見事な作品なのです。

店を始めてしばらくした頃、富山の版元からお取り寄せした事があるのですが、さすが消耗品としては高額で、その年以後はお取り寄せは出来ていないのです。

あまりの美しさに驚き、とうとう 使用しないで大切に持っています。
使い終った1枚1枚を額に入れ、飾る人達もたくさんいらっしゃるそうですが、1年12枚…毎年では…。

NHK「日曜美術館」の番組の前、わずか5分間…8時55分。沢村貞子さんが、丁寧に暮らした日々のお料理の番組があるのですが、そのお料理のしシピを綴った冊子の表紙に、そのカレンダーが使用されているのです。

豊かに暮らす日々が、そこかしこから忍ばれ、毎週見ています。お料理の腕、そして設えに感服してしまうのです。
この様な静かな暮らしを、ご主人様が亡くなるまで、なさっていらっしゃったのですね。

優しい息づかいが聞こえてくるのです。お辛い事も、いっぱいおありだったはずなのに…。優しさと…弱さ・儚なさ、もろさは、似ていると思うのです。
たった5分間の番組から、彼女が毅然として生きた姿勢が見えて来る事も、凄い事だと…。

年を重ねると、過ぎし日々か重く感じられる時もあります。
人様に支えて頂いた年月…仕事から、沢山の事を学ばせて頂きました。
仕事とは…すべての責任は自分にある…と考える事は、心が折れそうになる事も、しばしばでしたが、本を読むと言う事にのめり込み、そこから救われる日々も多々あるのです。
生きる事は深い…。文章の行間から、作家の姿から、言い知れぬ人生を学ぶのです。

★高橋正治さんの鍛鉄の仕事の展示会も10/30(土)で終りました。彼の「あかり」は2Fの部屋が普段とは異り、何もかもが美しく輝き、良い分囲気を作って下さいました。
お客様のお手元で優しく灯ってくれている事でしょう!本当にありがとうございました。

★12月は「廣内俊之作陶展」を企画しています。
12/7(火)〜18日(土)の予定にしております。

これから気ぜわしくなりますね。お正月にむかって花染は準備をして参ります。

風が冷たくなり、秋の気配が身を包み込むようになりました。私が家路につく頃は、そろそろ街は暮れ色になります。尚、ちょっぴり感傷的になってしまいます。
どうか皆様も、お風邪など召しませぬ様…。お大切にお過ごし下さいませ…。

野紺菊・千日紅
佐藤けい 作
穴窯焼成・灰被り
径30 高21
2021年(会和3年)10月1日

夏の間、お花が少なかったからなのでしょうか、ここへ来て、秋風が吹き始めると、一斉に秋の花が咲き始めました。
彼岸花・秋明菊・萩の花・コスモス…そしてすすきが風に揺れ…。身の回りは、一気に私達を、この美しい光景に誘ってくれるのです。
稲穂がゆれる中に咲く、真赤な曼珠沙華…。何故か、この曼球沙華という字面が好きなのです。かの岸へ逝ってしまった人を思い、その場所で会える様な気がするのです。

萩の花で有名な「梨木神社」別名「萩の宮」とも呼ばれているそうですが、京都御所のすぐ北側にあります。数年前に、萩の花の咲く頃、訪ねて行った時の事を突然思い出しました。小じんまりした、とても思い出に残る神社だったと、記憶しています。

何もかも異状だと言いながら、それに慣れ、そんなものだと考える様になっている自分を反省しています。
9月は、不穏な事に包まれていたような気がします。9.11アメリカ同時多発テロから20年。メディアが報じるものは、新開・テレビ番組くまなく可能な限り見ました。
アフガニスタン問題におよぶ憎しみの連鎖…苦しむ世界の異状な姿に胸が痛くなります。幾度となく目にした事実、初めて知った真実、悲しみは重複されるのです。

先々週くらいでしたか…NHK・BSで「GEO JAPAN」の1時間30分番組に、我を忘れて没入してしまいました。
45億年の地球。奇跡のように誕生した地球。NHKは今までも幾度となく、この様な番組を放映していました。この種の番組、ドキュメンタリー番組は他局に類をみない絶品だと思っています。
今回は、その中でも、特に日本列島の奇跡、世界でも稀にみる変化に富んだ日本列島。まだ日本列島がなかった1億年前。それでは何処から来たのか…。偶然に偶然が重なり合って…まさに奇跡としか言いようのない日本列島の数奇な成り立ちは、何もかも驚きの連続でした。
この美しき日本列島の誕生を、もっともっと学びたいと思ったのです。
この番組を見て、現在、人類が抱えている幾多のおぞましい姿は、地球へのぼうとくではないかと思うに至ったのです。
この地球の頂点に君臨する人間こそ悪の根幹なのだと…。

8月・9月は展示会を休ませて頂きました。
10月は、私の思い入れの深い作品の展示会を致します。

高橋正治 鍛鉄の仕事
2021.10.21〔木〕~10.30〔土〕
10:30~17:00 24日〔日〕・25日〔月〕休み

無機質とも思える鉄の仕事が、こんなに姜しいものだとは…。
流れる曲線、見事に洗練された高橋さんの世界は、凄い技だと感動するのです。一年がかりでお作り頂きました。2年前、初めて展示会をして頂き、その折の強い思いを込めて仕上がりました。
鉄とガラス。鉄のみの仕事。オブジェのようでもあり、現代彫刻のようでもある香炉。そして、その事に魅了されてしまうのです。
短い秋の一日を、どうぞお出かけ下さいませ。

インスタグラムを始めて2ヶ月です。先生方、作家の方々の仕事を知って欲しいと、大切に大切に努力を惜しまず写真を撮り投稿させて頂いています。作家が作品にかけた壮大な時間と愛しむ心を何如にすればお伝え出来るのか…添える文章にも心を砕いています。

日本列島を西へ東へ仕事をさせて頂いた私の時間を見つめ直しています。そしてそれは作品と共に成長させてもらった数十年と、いみじくも向き合う事になったのです。

ご覧頂けるのが、何よりの励みです。時々、お客様にお声をかけて頂きます。「インスタがどんどん上がっているので、いても立ってもいられなくて花染へ来た…。」とおっしゃって下さるお客様。本当にありがとうございます。

話は変わります。
ある日9/23(木)、堺市に暮らす友達からLINEが入りました。彼女のご主人が、2週間の予定で、四国一周をして来る…。と言って早朝、自転車で出かけました…と。
和歌山港発 – 徳島港から海岸沿いに南下、日和佐海岸で最初の1泊。走行距離は100km。ビジネスホテル泊、テント泊を重ねながらの旅のようです。
刻々とLINEが入るそうです。その度、友達から私はLINEをもらって、私も走っている様な気にさせてくれるのです。今、足摺岬に向けて走っています…。とか。
宇和島を経て、松山へ、しまなみ海道を住復して香川県観音寺から徳島港への行程をクリアするつもりです。
時々、足がつってもへこたれず…。との友達のコメントに、私は勇気づけられています。
コロナ禍で、おこもりして、チョットへこんでいる私には、大いなる刺激です。
ここ数年、彼は早朝4時頃から自転車で50km…イヤイヤそれ以上を走り込む暮らしをしていたと思います。秘かに、この四国一周を目指していたのですね!!

私も昔、小学校5年生の夏休み、父と一緒にバスで一周したのです。お寺の宿坊に泊まるツアーでした。4〜5泊した記憶があります。
昔々の事ですが、思い出は、一枚一枚の絵画のように私の脳裏に貼り付いています。

まだまだ彼の旅は続く事でしょう。彼女から報告が入るのを楽しみにしているのです。

秋の日は「つるべ落し」と言うように、どんどん短くなって来ました。店からの帰り道、めっきり秋めいて来た空を見上げ、雲の姿が美しい…と
時折、草むらから聞こえる虫の音にいやされ、中秋の名月には、おだんごを食べ、秋の味覚に舌つづみを打ち…。そんな事の9月でした。

自粛が続くと、どこへも出かけられず、何にも出会う事もなく、発想が貧困になります。10月、本格的な秋を迎え、より楽しい、より美味しい事を考えたいですね。
今日も又、「ふるさと」の歌を口ずさみながら暮れゆく中を家路につきます。
どうぞ、くれぐれもお健やかに、そして、気分転換にお出かけ下さいませ。
心よりお待ち申し上げております。

柴田雅章作
スリップウェアー花入
小さな庭にやっと咲いた「ほととぎす」
2021年(令和3年) 9月6日

長雨に泣き、日本中が苦しんだ8月でした。
毎朝起きると東の空を見る事から始まる1日ですが、美しい日の出を見る朝は、ことのほか少なく…気持ちも滅入ってしまいます…

オリンピックが終り、高校野球が始まろうとしたその時。
開会式も1日延び、野球ファンとしては。連日の猛烈な雨足にやきもきさせられました。

開会式の「栄冠は君に輝く」をアカペラで歌う山崎育三郎さんの清潔な姿に、聞き惚れてしまいました。

最近のNHK・朝ドラの中でも「エール」が大好きでした。古関裕而氏の偉大なる才能、功績をほとんど存じ上げなかった事…。私達の世代の心に、そして記憶に残る数々の曲が、彼の作曲であった事に驚いたのです。

私が育った四国は、昔から高校野球が盛んでした。強豪校揃いでしたので、ごくごく身近に、おじさん達、老若男女も熱狂したのです。高校時代は予選の応援にかり出され、真っ赤に肌が焼けるのも、いとわず…熱い熱い思い出です。

そして花染を始めた頃は、夏の甲子園へ行っていました。丁度、店の夏休みが、準々決勝、準決勝の日と重なるのです。アルプススタンド、内野席と…甲子園名物、かち割りの氷を食べながらの観戦です。準々決勝などは、今と違って4試合。8時〜6時過ぎる頃まで観戦するのです…何とも若いですねぇ〜。

今でも野球は大好きです。オリンピックも、数々の名場面に感動を頂きましたが、日本×アメリカ戦は息をのむ圧巻でした。…勝って良かった…!!

2年ぶりの高校野球の入場行進は、若さが溢れ、私達を引きつけたのです。
コロナが終息したら「夏は、さすがに無理でも、春の選抜高校野球には行こうネ…」と我家は楽しみにしています。
あの雰囲気は体で感じるものだと思ってしまうのです。

「野球は、9回2アウトから〜!」人生に置きかえると。とても素敵です。
オリンピックもパラリンピックも、高校野球も「一生懸命は奥が深い!」
8月は本当にたくさんの「折れない心…レジリエンス」を頂きました。

平和でなくては、前へ進みません。
8月、やはりメディア・新聞・テレビは戦争にまつわる話を除いては過ごす事は出来ません。
今年も又、極力、多くの報道・ドキュメメタリー番組を拝見しました。過去にたくさんの本も読みました。

戦後76年を経ても、尚、次々新たな真実が発覚するのです。
戦後生まれの私が興味を抱いたきっかけは、中学1年生の時読んだ「アンネの日記」でした。小さな本から溢れる、少女が生きた短い年月がとても愛しい…と。
父の書棚には「アウシュビッツ」「ワルソーゲットー」などの文字が溢れていました。
少しずつ傾倒していったのです。私の20才代は、若さゆえ、どんどん入り込みました。文学・芸術…作家が書く戦争・芸術家が表現する戦争。
ドギュメンタリー番組も、夜中まで見る事も、しばしばでした。その頃録画する事は出来なかったのです。
私の内面は、苦しさが詰まっていたのです。

憤り、悲しみ…それを抱えて生きる人達の苦悩…もっともっと知りたい…と思い、このページにも長年にわたり、つたない文章で書いて来ました。「戦争の悪を」「人類の悪を」…今年は、辛くて辛くて重い濁ったものが、ずっしりと胸に詰まってしまいました。そして、世界を戦争へ向かわせた一部の人達の思惑に、決定的に打ちのめされてしまったのです。

そうこうすると、アフガニスタン問題が勃発し、どこまで続く…とやり切れない光景を目のあたりにするのです。

アフガニスタンのオールドキリムも、アフガン鉢も、その他の工芸品も、業者の方を介して花染は、たくさんのお仕事をさせて頂きました。

しかしこの10年は、まったく入って来なくなってしまっていました。すでにアフガニスタンは、厳しい情勢下に置かれていたのだと思います。
70〜80年前の美しいキリムを見ていると、その時代の美しい国土が、緑でおおわれたオアシスが…想像出来るのです。

きっと子供達のつぶらな大きな瞳も、彫りの深い美しい女性の瞳も輝いていた事でしょう。
映像で見る、子供達の、女性達の怯える眼差しに胸が張り裂けそうになります。
この先、アフガニスタンの国の行く運命に絶望してしまうのです。

ひっそりと暮らしながら、より苦しくなるのです。
苦しいけれど、より苦しくなりそうな本を買ってしまいました。5月・6月・7月の「日常つれづれ」に小池真理子氏に触発された…と書きました。
彼女の哀しみが、胸の奥深く沈殿してしまったのです。彼女に揺さぶられてみたいと思ったのです。深海の底まで潜るのです。
そっと表紙をめくっただけですが、きっと辛くなる事が約束されたような本だと思います。


そんな本に魅せられてしまう私の心の内にも、さぐりを入れたいものです。

8月に入って Instagramを始めました。以前は、人様が写真を撮りに来て下さって投稿してくれていたのですが、一念発起、頑張ってみようと前向きです。
花染らしいインスタグラムになれば嬉しいし、もっともっと知って頂きたいと思っています。長い目で温かくご覧頂ければ幸せです。
★Facebookへも連動させていたのですが、仕事に忙殺される日々の中では、とても両方は荷が重すぎ…かえって失礼になると思うに到り、Instagramのみにさせて頂く事にしました。コメントを寄せて下さっていた方々…本当に申し訳ごさいません。

深呼吸が必要です。9月は季節の変わり日…。どうぞお大切になさって下さいませ。花染は、涼しくして少し距離を取りながら楽しくお話をしたいと思っています。心よりお待ち申し上げております。

舩木倭帆作 くもの巣皿
鶴屋吉信 本くずこしあん
2021年(令和3年) 8月2日

さるすべりの赤い花が誇らしく咲き、蝉時雨の降り注ぐ中を、自転車で店へ向います。蝉は元気だナァ…さるすべりは夏が好きなのだナァ…と「ボーツ」と毎年こんな夏をくり過すのですが、昨年 、今年とマスクをかけ息苦しさを感じながら受ける風は全く、心地良くないです。

波乱含みの中で開催したオリンピックは、今まさに佳境をむかえています。興味ある競技もチャンネルを変えながら夜遅くまでついつい見てしまいます。
朝起きると、アスリート達の活躍を再びダイジェストで見ています。負けても勝っても、あの懸命な姿に感動を分けてもらっているのです。

「オリンピックを開催して下さって感謝している!!」と涙と笑顔で語る姿は、さまざまな組織や政治のおもわくや利害が全く及ばない世界を醸し出しています。
開催して良かった…と世界中が思える東京オリンピックであって欲しいと願うのです。
その為にはオリンピックのせいでコロナの感染が広がったと言わないですむ様に、日本国民が自らを戒め、暮らし方を考え 、方向性をうまく選択してくれることを切に願っています。しいては自分達の為なのですから…。

いろいろの事が中止になる中で、「何でオリンピックだけが…」と捉えるか…「せめてオリンピックだけは…」と考え、協力し、応援するのか…。物事には裏と表があると思うのです。

祇園祭も昨年はほとんどの行事が中止になりましたが、今年は可能な限りの中で鉾が組まれたり、「ちまき」も売られたりしました。
私も、何十年となく長刀鉾のちまきでなくてはならない様に思っていました。考えを変えました。毎年異なる鉾のちまきを買う事にしたのです。今年は鶏鉾のものを買い、店の玄関にも、我が家の玄関先にも掛けてみると、異る趣きがあり…そう言う事にも気付かせてもらったのです。

何事も視点を変えてみると、殊の外楽しくなります。

私共の裏の小さな庭の事は、この頁でよく話題にするのですが、春を過ぎた頃から、除虫菊の蚊取り線香を焚くのが常でした 。一昨年あたりからコマーシャルを見て「虫コナーズ」を吊るす様にしたのです。塀に囲まれた小さな庭なので 、本当に虫が来ないのです。そして、今年「ハタ」と気付いたのですが、メダカの石臼に、蜂どもが水を飲みに来ていたのです が、それすら来なくなったのです。何だかつまらないと思うと同時に人体に影響はないものか…心配になりました。
蚊取り線香の煙りが良い香りを放ちなから、立ち昇る光景も又いいものです。

時々思いつくと、蚊取り線香を焚くのです 。ちょっと可笑しいでしようか。

昔から蚊取り線香と共に暑い夏の風物話といえば「冷たいお素麺」ですね。我家は毎年、知人から半生のものをたくさん頂くのです。もっちりと美味しく幸せが広がります。それが冷蔵庫に入っている間は安心です。必要以上に疲れて店から帰った日には、それが待ってくれているのです。ちょっとした副菜を作り、ホッと一息、食卓につきます。ぬか床もうまくいっているので、きゅうり、なすのお漬け物があれば鬼に金棒。何と世の中、うまくいっているのでしょう!!

★お盆休みまで、あと少しです 。
8/12日(木)~8/16日(月)まで夏休みを頂きます。

コロナ禍の中で仕事におわれた1年の前半が過ぎました。
こんな状況下でも、お客様は、花染を支えて下さいました。本当にありがとうございます。重ねてお礼申し上げます。
拙い「日常つれづれ」をいつもお読み頂きましてありがとうございます。
お暑い中ですので、どうぞお気を付けてお過ごしになられます様…。
私も、夏休みは、プラプラ自由な日々を心がけたいと思っています。そして夏休みが終ったら、又、お目にかかれます事を楽しみに致しております。

ガラスは、西川孝次作
2021年(令和3年) 7月3日

梅雨でもあり、そうでもないような6月でした。関西は特別かもしれませんが、時々雷は鳴り、多少の雨は降るものの、梅雨は明けてしまったような錯覚を覚えてしまいました。しかしこの湿り気を帯びた風と適度な気温によって草木は元気に育ち、生き生きとしているのです。日本に四季がある事は幸せです。
こんな状況では、7月、とんでもない豪雨に見舞われそうな不吉な予感がします。

相変わらず、日々、小さな暮らしをしています。休日は自転車で走る暮らしです。この所、太陽が放射する光と熱が、ただものではなくなりましたので、この自転車生活も無理になりそうです。
(チョット素敵なアタ草の帽子を買いましたヨ!なんだか幸せ…!!)

島本町と大山崎町の丁度境目に油の神様として親しまれている「離宮八幡宮」があるのですが、何度も当たり前のように、ずっとずっと普通に通り過ぎていたのですが、先月、久しぶりに境内に入りました。

 

ここは西国と東国への油の関所のようなものだったのだと思います。斎藤道三は、ここで油を商い成り上がったのだと…長い年月、私の頭にすり込まれているのです。ところが知ってみると深い深い!! 「離宮八幡宮」は油発祥の地であり、油(えごま)の製造と販売の中心として栄え、平安時代~室町時代には「油座」として専売特許をもち諸国の油商人は「離宮八幡宮」の許状なしでは油を扱う事は出来ず、壮大な社殿を構え、栄華を極めたとの事です。

安土桃山時代、信長の楽市楽座の政策で打撃を受け、さらに菜種油が大量に生産されるようになり市場を奪われ衰退して行ったのだそうです。その後、幕末、ここが長州藩駐屯所となり、幕府・薩摩連合軍側の砲撃にあい、水無瀬川~大山崎・円明寺に及ぶ広大な神領は、焼け野原となったのです。
こんな近場に暮らしながら漠然とした知識しかなく、先人たちが生きた歴史ロマンに感嘆するのです。

そしてその後、明治に入り、東海道本線の京都・大阪間の開通により、その社地の大半が用地となり大幅に縮小されてしまったのです。ほんの一部分が現在に残されているのみなのです。(離宮八幡宮の資料より引用)
昔は水路によって水利権が生じ、町や村の境界線が決められていたのだと思います。この離宮のそばにある水路で島本町と大山崎町が分けられているのです。

 

大山崎町側、この離宮のそばに「三笑亭」という老舗の天ぷらの店があるのですが、この「油座」の歴史と関係があるのでしょうかネ。

島本町と言う土地の歴史も、かつて後鳥羽上皇の荘園だったこともあり…私達は、いつも「島本町は大阪ではない!!」とさけんでいます。三島郡という小さな独立した町であって欲しいのです。
島本町民は「後鳥羽さん」と言って誇りにしているのです。上皇の没後、かつての離宮だった水無瀬の跡に上皇を祀って「水無瀬神宮」が1240年に建立されたのです。そこには今も尚、重厚にして趣深い国宝の茶室もあります。長くなるので、また時を改めて書くことにいたします。
そうそう昭和60年「離宮の水」として「全国名水百選」に選出され多くの人達が早朝から水を汲みに並んでいます。

島本町は不思議なくらい、どこを掘っても水が溢れ出るのです。今、JR島本駅より山側の開発工事が否応なく進んでいますが、ごうごうと水が吹き出しているのです。
ついつい20数年前まで我々の水道水は地下水100%の美味しい水だったのです。この豊かな水を、うまく島本町の発展の為に利用する能力のなかった府政・町政とは何と愚か…と思わざるを得ません。

企業・サントリー山崎工場が、この溢れる良質の水資源を…島本町の豊かな水を無制限に使用しているのです。名酒「山崎」が生まれるのです。
(大山崎は京都府。山崎は島本町なのです。サントリー山崎工場は島本町です。)
もう一つ企業「小野薬品」です。「オブジーボ」で名を馳せた会社です。この小さな街に以前から巨大な社屋がそびえていましたが、どんどん良質な場所に巨大な建物が拡大されているのです。
私は、この現象にとても違和感を抱くのです。はたして島本町にどのように貢献しているのでしょう。
小さな街ゆえに、いろいろなことが見えてくるのです。

話は変わります。先月6月の「日常つれづれ」に「月夜の森の梟」小池真理子の話を書きましたが、とうとう50回6月19日(土)最終回でした。
たくさんのファンの方々が自分の生き方と照らし合わせながら深く深く読まれていた事も知りました。
いつまでもそばに居るはずだった「夫」。彼女は最終回『私たちは「かたわれ」だった』…と表現していました。

2人の日常を、とつとつと語る心の内…深く読むと涙が…。半身として残されることとなった喪失の哀しみは、私たちの胸深く重く沈殿するのです。人生折々、フッとたたずみ行き先を見失ってしまう時、胸に去来する、そして虚しく吹く風に戸惑いを覚えることがあります。過去の記憶がよみがえり途方にくれるのです。
一生懸命仕事をし、生きて来た先に何が見えるのか…そしてまた、何があるのか…。もう少し「刻」と共に生きて見なくてはなりません。過去の記憶を抱え…。

6月の「細江義弘 木の仕事展」
にたくさんのお客様がお出かけ下さいました。心より御礼申し上げます。作品4点掲載させていただきます。厨子はことのほか見事でした。

 
 

7月は西川孝次さんの吹きガラスの仕事の展示会です。

西川孝次 吹きガラスの仕事展
2021・7・6〔火〕~7・17〔土〕
10:30~17:00 11日〔日〕・12日〔月〕休み

西川孝次さんとの仕事が再びやって来ました。光と風をグラスに入れて「カランコロン」と響く氷の音に耳を澄ます。静かに過ごす、かけがえのない日常に感謝するのです。
ぐいのみ・ロックグラス・ワイングラス・ビールグラス…そして小鉢など器の数々。リキュール瓶も素敵です。アイスコーヒー、冷たい緑茶はいかがでしょう…!
手元に置くと涼しさが、たちまちやって来そうです。
幸せであって欲しい…と願いながらの展示会。どうぞお出かけ下さいませ。

私が尊敬して止まない「舩木倭帆先生」の言葉。「普段着のガラス」より引用
「手仕事にはつくる人の心が宿るような気がします。うつわ作りは作り手が半分、残りの半分は使い手が生かす事です。使い手を得て、生き生きとしているうつわを見るとほんとうに楽しくなります。」折につけ先生の本を開き我が身を戒めるのです。
風がそよ吹く、この7月の美しき国土を、緑を光を楽しみたいと思います。どうぞくれぐれもお健やかに…そしてお気をつけてお過ごし下さいませ。

店の中で春から育て始めた「パキラ」が想像以上に元気に大きくなりました。小さな事も嬉しくて日々の楽しみです。

50~60cくらいで買って、
2ヶ月でゆうに100cを超えました。
2021年(令和3年) 6月6日

今年の梅雨入りのなんと早いこと…。5月の雨の多さに驚きはしたものの、雨に濡れる新緑は、より美しさを増し、欅や桜の街路樹も一段とたくましく成長したかに感じます。

私共の小さな庭の沙羅の木の若葉が風にそよぐ風情に、毎日心癒され眺めてしまいます。

梅雨の晴れ間の日の光、溢れる光はとてもありがたい存在です。
メディアを通して目にするコロナ…オリンピックの話題は、人々のおぞましい姿を映し出している様な気がします。底知れぬ人々の不満で膨れ上がって見えるのです。

こんなにも自然は輝いているのに…!

嘆いてばかりいても仕方がありません。日本に四季がある…。45億年の地球の歴史の中で、この日本列島は奇跡の列島なのです。そんな遥かなるスケールの中で、小さく暮らし、小さな幸せを見つける…とても辛い事ではありますね。私の5月も小さく暮らす日々でした。

休みの日には、この新緑の中をそよ吹く風の中を自転車で大山崎までお昼ごはんを食べに行くのです。このカフェにはテラスがあるので安心です。テラス席を予約し、小さな幸せをいただくのです。

又、ある休日には、ちょっと遠くのスーパーへ自転車で買い出しに行くのです。
そこには小さな小さな発見があり興味をそそられます。
何だか寂しい情景ではありますが、前を向こうと日々葛藤しているのです…。

島本町の現況では、理不尽ながら開発が進むのを止める事ができません。
しかしながら人々が営む暮らしの中に水無瀬川があり、子ども達が水遊びをし、そして目線を移すと山の稜線がくっきりと…そのむこうに青い空。かけがえのない光景が広がるのです。

 

小鳥も昆虫も水辺の生物も、生きとし生けるものが生命を継ぐ貴重な場所でもあります。
人間という生命体も、自然の前に謙虚でなくてはならないと、小動物を身近で感じながら反省をいたします。

そして悩みに悩んだ上で予定通り、6月の展示会をする事にいたしました。

細江義弘 木の仕事展
2021・6・8〔火〕~6・19〔土〕
10:30~17:30 13日〔日〕・14日〔月〕休み

無垢の木と共に暮らす幸せを細江さんから頂くようになって38年。たくさんの家具や、生活の道具をお作りいただきました。それは、かけがえのない自然の恵の大切さを教えていただいた年月でもありました。
美しい日本の国土で育まれた広葉樹で作られる彼の作品が醸し出す佇いに、私達はこの上もなく魅了されるのです。小品展という形でご覧いただきますが、その中から力強さと優しさを感じとっていただければ幸いです。

 

小さな小さな街での私の仕事ではありますが、ご遠方から足をお運びくださる方々、もちろん近くの花染を愛してくださるお客様、そして物作りをしてくださる作家の人達…たくさんのお力添えを頂きながら平常心を失わないで努力をしていきたいと思うのです。

柳宗悦の言葉「モノは用いられ美しく、美しくなるが故に人は更にそれを用いる」私の大好きな言葉です。

本格的な暑い季節がやって来ます。ザルそば、お素麺が美味しく思える日本の夏です。
色彩豊かなそばちょこ・ガラスの器もとりどり揃え、気持ちをUPしたいと思います。ゆったりとお気に入りのものが手に入れば幸せです。

 

人の心に内在する力を信じ、今しばらくの困難を乗り越えたいものですね…。
私の暮らしの中で、うぐいすも、蛙も健気なまでにホーホケキョ・ゲロゲロと鳴き、身近にある水田には水張られ田植えが始まりました。つばめも巣立ち始めます。情緒あふれるこの国を愛しいと思うのです。

今月の「日常つれづれ」は短く終わります。
くれぐれもお気を付けて…。そして気分転換にお出かけくださいませ。花染は「密」にはならないと思いますので…。お待ちしております。

お客様からあじさいの花を頂きました。
中村真紀作 吹きガラス花入。
2021年(令和3年) 5月8日

優しく穏やかな晩春5月。本来ならば爽やかな風に誘われてお出かけになられるご予定でしたでしょうね。緑の風に吹かれ泳ぐ鯉のぼりも、勢いをなくしている様にみえました。
私の4月は、野の花に、そして春野菜に恵まれ、嬉しい小さな幸せを頂きました。竹の子や、さやえんどう…竹の子ご飯も、木の芽和えも、ワカメとの煮物も…そしてふきの煮物と…数えれば切りがない程、たくさんの喜びが集まってきました。
それだけでも充分と思いたいのですが、日々の暮らしが不自由なことに多少の苛立ちを感じてしまう自分も居るのです。
4月、5月、緊急事態のコロナ禍の中では、親しい人との出会いも、喜びも制限されてしまうのです。しばらくは粛々と受け止めるしかありませんね。
4月初旬、まだ緊急事態宣言が出る前、広い自然の中へ…と思うに至り、京都植物園へ出かけたのです。
自然界は、まさに春で溢れていました。緩やかに解放されてゆくのです。こんなに人間は自然の営みや、心地良く吹く風によって優しい気持ちを取り戻すことが出来るものなのか…と改めて思ったのです。

 
 

懐に抱かれ、心安らかにさせていただいた1日を過ごしたのです。こんなにも身近にあることにも感謝です。
その後、まもなくの緊急事態宣言でした。大阪のあまりの状況に、地方のお取り引きの方々は心配してくださっています。老若男女ことごとく力合わせ、急激に昇ってしまった、この状況を抑えてゆきましょう。

話は変わりますが…。
朝日新聞「be土曜日版」は楽しみにして読むシリーズが幾つかあるのですが、「月夜の森の梟(ふくろう)」と言うタイトルの小池真理子氏の文面に、突然、私は反応してしまったのです。

 

毎週読ませていただいているのに、何気なくフッと「夫」を亡くしてしまった彼女の悲しみが妙に心に残ってしまったのです。
回を重ねながら、彼女の深い悲しみ、落胆…が、ずっしり重く少しずつ私の中に沈殿していったのです。もうすでに44回。
何かに揺さぶられ、深読みを始めたのです。語彙のすべてが切なく、彼女のつれれ合いへの愛が私の胸に響き、小池真理子という作家を知りたくなったのです。日常を綴る文面を美しい…と。そして最後の締めくくりは、余計に哀しみをそそるのです。
最近まで私は「ボーッ!」と読んでいたのです!。自分を恥じるばかりです。
彼女が如何なる作家であり、如何なる本を書いているのか調べてみたい…そして読んでみようと思っています。

今、浅田次郎の本を数冊、手元に置き、このコロナ禍の中、読もうと思っているので…それと並行することにします。
このような不穏な中ですが…。
6月には、細江義弘「木の仕事」展を企画しています。6月1日(火)からのつもりにしていましたが、6月8日(火)からになると思っています。

 

素敵なチェスト、手もと箪笥を作ってもらいました。お膳、トレー、茶托、額、椅子など小作品です。私も楽しみにしています。

それからもう一ツ楽しみにしている事があります。「麗子像」で知られる洋画家・岸田劉生の作品42点を京都国立美術館がまとめて収蔵した。という記事を新聞紙上で目にしました。

人物画や静物画の代表作を含む一大コレクションに、美術館側は「劉生のこれほどの作品群がまとまって動くなんて想像もしなかった。」と喜びを語っていました。
散逸するのを防ぎたい…との前所蔵者の特別のお考えから、この美術館に白羽の矢が立った…と。

来年1月から新収蔵記念「岸田劉生と森村・松方コレクション」展としてお披露目される…との事です。ワクワクしますね。その頃にはきっと平穏な日々が訪れている事でしょう。

人々の暮らしから笑顔が少なくなっている…と感じるのは、私だけでしょうか。マスクで表情が見えないことが一因でしょうか。
可愛いね…素敵ね…すごいね…良いね…大好き…などお互いを誉え合うのは如何がでしょう!
めだかの石うすも丹念に洗い、夏に向かって用意万端。すっきりとした水と水草の中で気持ちよさそうに泳ぐ姿に元気をもらっています。
金工の「沢がに」が良く似合っている事に「最高!!」と喜んでいます。
そしてメダカさん可愛いいよ!

長く待ちわびた赤地径さんのマグカップ・小丼・お茶わんいろいろ・色花文長角小皿・梅文小鉢・うさぎ箸置など器が入ってきました。

 
 
 

作品は、とてもお洒落な上、何故か、この明るい色調にはまってしまうのです。

ここしばらくは地方の作家の所へ行く事が出来ませんが、一ツ一ツ丁寧に仕事に取り組んでゆきたいと思っております。

どうぞお健やかに日々をお過ごしになられます様、そして小さな事に元気をもらえる暮らしを心より願っております。
お気がむきましたら…心なごむ、落ち着いた品物が見たくなりました折には、是非お出かけくださいませ。心よりお待ち申し上げております。


都わすれ

2021年(令和3年) 4月1日

例年にない記録的な速さでやってきた桜。3月20日前に島本町では開花を始めました。春の日の光の中で、青い空の下で…これからしばらく春爛漫を楽しむことが出来るのです。

写真はまさに満開の頃に我が家の近場で撮りました。見事な桜並木です。
と書いてはみるものの、心が晴れません。世界がコロナ禍、第4波が来そうな勢いの中で、あえいでいるのは充分理解しているつもりですが、妙に沈んでしまうのです。
人間が、どんなに辛くとも、季節は巡り自然は命を育み謳歌している姿に感動すら覚えるのです。実に潔く…と私の目に映ります。
山並みの緑は美しく、山桜もいつもの年のように春を忘れず、個性を…そして自分の仕事…と言わんばかりに咲いているのです。
しかし、今まで見てきた山並みと微妙に異なって見えてしまうのです。人間が変わってしまったのです。

毎朝、店へ来て裏庭とメダカを気遣う事から花染の仕事は始まりますが、私の心は瑞々しさを失っていることに、自身驚いています。
4月・5月・6月は1年のうちで最も草木の緑が美しく、メダカが明るい日の光の中でピチピチ泳ぐ姿を見ることが日々の幸せなのですが…。

二葉葵は赤紫の小さな花を付け、山吹きも、ひなぎくげしも、山ほととぎすも…それぞれが生気で溢れ、瑞々しいのです。それをちょっと皮肉に感じてしまうのです。いけませんねぇ~。
楽しい事を…と。春はふきのとう、菜花、タラの芽…食材も私達に芽ぶく勢を与えてくれているのでしょう。お料理が上手くなくても美味しく仕上がる事がちょっと嬉しい…と思うようにしています。
せめて天気が良いと、そして良い事があると少し楽しくなります。

もうすぐ竹の子です。島本から京都、この西山のものは絶品なのです。そろそろ、いつもの農家の方からお知らせが来る頃でしょうか…。
早く!早く!と待っています。
ちょっとした小さな幸せを重ねていきたい…と思う昨今です。

そして少しずつ熱を帯びてきた島本町・町長・町議会議員選挙。
いたる所から緑が見えるのどかな町が、今、分岐点に来ています。
山側の開発、高さ規制の景観保全…そして地下水の町営水道にまで危機が迫っています。
大切な自然、植物、小動物…生きとし生けるものの生態系まで変えてしまうのです。それは島本町に住まう者にとって潤いをなくし生きる姿までも変えてしまう大きな問題をはらんでいると言う事なのです。

日本中に小さな町はたくさんあると思うのですが、こんな基本的な生命の営みが途絶えてしまう政治とは…。そして社会的責任とは…と思うのです。
こんな事が、コロナと重なって私は元気を無くしているのかもしれませんね。

小さな小さなすみれの話です。
毎日、自転車で店へ通う道端に、小さなすみれの花が敷石とアスファルトの合間をぬう様に、10株ほどが咲いているのです。ほとんどの人は気が付かずに通り過ぎてしまう程の、小さな小さなすみれの花の株なのです。数年前に見付け、何時も気がかりなのです。

今春も、健気に芽を出し濃い紫色の小さな花を付けました。植物を学問的に学んだ事はないのですが、きっと原種に違いない…と自分で納得しています。
いつの頃からか、品種改良した植物や花がお花屋さんに溢れていますが、私は好きではありません。そんな華やかな花が好まれるご時世なのが、かなり辛いです。
1株いただいて、鉢で育ててみたいと思いながら、取る事はできないのです。環境を変えるとダメになる事が往々にしてあるからです。
何か切ないですねぇ~。

4月9日(火)~4月17日(土) ・11日(日) ・12日(月)定休日
「山ぶどう手さげかご展」です。

 

山ぶどうは、大自然に育くまれ自生するものなので、それぞれ個性が異なります。細かく編まれた上質のもの、野趣味溢れるもの、素朴で大きいかご…チョット小ぶりの可愛いもの…それぞれ魅力があります。職人さん達の丁寧な仕事をご覧いただけると嬉しいです。

夏に先行して、松村学さんの吹きガラスの作品も入ってきました。何かとウツウツと暮らしている間に、ガラスがキラキラ輝く季節になっています。

 

島本町の自然環境が、どんどん過酷になる中で、うぐいすの鳴く声を聞きました。大切な大切な宝物です。
どうぞ春を見つけにお出かけ下さいませ。お待ち申し上げております。


松村学 作
我が家に咲く椿の花です。

新しいHPが出来上がりました。超アナログ人間の私を優しく支えてくださったプロの達人の方々のおかげです。心から感謝致しております。
まだまだ改良の余地はあるのですが、どうぞ末永くご覧下さいます様、よろしくお願い申し上げます。
2021年(令和3)3月3日

寒暖差があまりに激しく、その上自粛、自粛と気持ちが滅入り、心が揺れ動いていました。そして嬉しい3月。明るい太陽が降り注ぎ、人間も植物も、森羅万象すべてが息を吹き返し喜び目覚めます。
我が店の裏庭では、一番にほととぎすの新芽が、そして二葉葵の若葉が芽吹き始めました。何と愛しい事でしょう。

このコロナ禍の中、昨年1年間、この小さな庭は、折につけ私を慰めてくれました。昨年、自粛の中4月には若かった芽はしっかり形を整え、5〜6月、緑は益々美しく、梅雨の雨に濡れる風情に思わず見とれ・・・。秋には紅葉・・・、そして万両の赤い実。
一年が巡り、立派に四季を演出してくれたのです。
人と人、そして自然が重なり、深くなり支えてくれた1年でした。

そして春3月。私どもの店は3月1日38周年。もうすでに39年目に入りました。又、コツコツ努力を惜しまない・・・、そして確実に良い年を重ねていく事が出来れば嬉しいと思います。
「一生懸命は奥が深い・・・。」といつも自分に言い聞かせています。

先月2月21日、とても暖かい日曜日でした。知り合いのご夫婦が「京都水彩画展」へ出品なさっていて、その作品を拝見に京都まで、出かけました。久々のお出かけでした。人混みを避ける為、朝一番に「京都市京セラ美術館」に飛び込みました。たくさんの作品を拝見しながらお2人の作品を見つけ・・・。お2人は長い年月、絵画に親しみ努力を続けたのです。他の出展者の方々も「絵を描く」と言う事がお好きで、打ち込んできたであろう足跡が見受けられ、熱いものを頂いたのです。努力こそ素晴らしいですね。

久しぶりの岡崎かいわい「京都国立近代美術館」の「分離派建築界100年」の企画展も見る事にしました。
この100年の建築の歴史があまりに壮大すぎて、私の手に余る高次元の催しではありましたが、お勉強のつもりでしっかり拝見させて頂いた事はとても良かったと思います。

 

「建築は芸術か!!」明治以後、大正、昭和を彩った先人達の意識の高さ、教養の深さは、スケールが違うのです。
その建造物のほとんどは、今は壊され、この地上から無くなり、図面や映像、写真、そして人々の記憶に残るのみになった事・・・。
古きは壊され、守る事が出来ない、日本の国民性に、とても疑問を持ち、岡崎を後にしました。

残念な事件が1ツ。
京都・烏丸三条西入る。その界隈の空気までも変えてしまう「素夢子」さんと言うカフェがあったのです。カフェと単純にくくれないロマン溢れる様式の店でした。母体は、京都では超老舗の「誉田屋」さんという「帯商」280年の店ですが、そのカフェが2月いっぱいで閉店と言う情報のもと、お伺いさせて頂くのが1つの目的でもあったのです。
細かい事は書きません。店内は、言葉で表現できない世界観で一体をなし、人々を魅了してきたのです。

 

私の連れ合いが、いつの頃からか、社長と奥様と親しくさせて頂き、私も時に訪れる場所でした。社長も奥様もちょうど在店していらして、ご挨拶出来たのが、何よりではありましたが残念です。
いつも、たくさんのお客様でしたが、もろもろの事情により閉店。その内場所を変えて新たに店を作る・・・との事。店内に思いを残し去ったのです。本物を熟知した方々の仕事が胸に響くのです。

山あり谷あり、人の歴史は、平坦に過ぎる事はないのでしょう。
大きい山、小さい山・・・個々に異なれど生きる事は苦しくもあり、美しくもあり・・・、そして乗り越えて行くものなのですね。
姜尚中氏の「悩む力」と言う本を、たまにめくるのですが、答えはないのです。しかし、その都度、思いを深くさせて頂くのです。

何だか、この世の中の空気が重いですね。
花染も様子を見ながらの日々を送っています。楽しく元気な花染を・・・と心がけているのですが、肩に力が入り、仕事をしている自分に気付くのです。暗雲立ち込める空気に押しつぶされそうになるのです。

3月に入ると日本中が桜の花の開花を待ちわびるようになります。河津桜など・・・、各地から早咲きの花の便りが届くと、心も浮き立ちます。儚げで、それでいて華やかで、日本の原風景です。
島本町は、ここかしこに桜の大木が昔からたくさんがありました。開発のたびに、根こそぎ切られ、悲しい思いをしてきました。
私が住まいする山側の農地が、大きな開発の波に飲み込まれています。工事が始まって約9か月。みるみる進む工事を見ながら、毎日を過ごしています。

日々、季節を体感させてくれる水田が広がっていました。
この春、うぐいすは鳴いてくれるでしょうか。わずかに残っている木々に、マンションの敷地内にある大木の桜の枝に、忘れないで来てくれるでしょうか。

花染のホームページを「スマホ対応」に変更する仕事を進めています。その中で、「日常つれづれ」の長い文章は難しいのでは・・・との事情により、これから先、私の思いを短くまとめる必要があります。
ちょっと辛いですが、時代ですネェ~!
パソコンを開いてお読み頂けると、とっても嬉しいです。

時代の流れについていけず、右往左往する日々です。私のような超アナログ人間は、耐え難い思いを募らせています。
アナログが大好き・・・、アナログでないと・・・、と自分との葛藤を繰り返しながら花染は95%以上、人と人との繋がりが大切と、かたくなに信じて進みたいと思っています。
桜の咲く暖かい季節に願いを込めて、3月の「日常つれづれ」は終わります。

山ぶとう手提げかご展
2021・4・6〔火〕~4・17〔土〕
10:30~17:30 11日〔日〕・12日〔月〕休み

津軽地方の山野に自生する山ぶどう。
職人さん達の手によって丁寧に編まれた仕事は美しいのです。
その手提げかごを私達は身近なものとして使わせて頂いています。
そして、それは、長い年月をかけ、ますます真価を表すのです。
どうぞ、この艶と風格を味わってくださいませ。お待ちしています。
2021年(令和3)2月1日

日本が世界がコロナ禍という混乱の中で1月を過ごし、2月に入りました。
あまりに人々の心が傷つき、一日が暮れて行く事に切なくなります。
今年は2月2日が節分です。家庭で豆まき...。たくさんの豆を食べなくてはいけません。年の数だけ...ネ。

そろそろ梅の便りも届きます。節分が終われば、おひな様。
この春は自分だけで楽しむ暮らしです。お正月の黒豆がうまくを美味しくできたので、又煮ようかナァ~。甘さを極限まで控え、舌の奥深くお醤油と塩の風味がかすかに...。丹波の作家さんから頂いた黒豆です。
無理やり楽しむことを探していると、本当の楽しさや幸せが来るでしょうか?
私達が幼い頃、子供の頃、こんな童謡がありました。「春よ来い...早く来い...歩き始めたみいちゃんが、赤い鼻緒のじょじょ履いておんもへ出たいと待っている...♪♪。」

春を待つ詩情豊かな美しい光景が目に浮かびます。この半世紀で人の心情と言うものがすっかり変化してしまいました。春一1番、こんな詩を口ずさんでしまいます。10年程前に童謡の小さな本を買った事があります。

詩情豊かな日本人ならではの美しい言葉で溢れているのです。私は、この小冊子の中の「ふるさと」が大好きなのです。言い知れぬ郷愁を覚え、涙が溢れそうになるのです。

春には野でつくしを取り、小川でメダカをすくい...春の光を幼い心と体でいっぱいに受けるのです。
自然は普通の暮らしに溢れていました。こんな病んだ地球ではありません。「春よ来い...♪♪」と口ずさみ、心が痛いのです。
人間は、ありとあらゆるものを持ちすぎたのです。何も無い暮らしは今は不可能ですね。不便だからこそ喜びは倍増すると思うのですが...。とにかく若い人も、それぞれ年代は異なれど、力を合わせこのコロナ時代を乗り切り、終息を手に入れたいと切に願うのです。

昨年秋、いつもお世話になる美容院で、月刊誌をめくっていました。「家庭画報」だったか「ミセス」だったかもしれないし、違ったかもしれませんが、あるページをめくった瞬間、美しいフォルムの漆のスプーンの写真に釘付けになったのです。「美しいナァ~!」と思い、添えられている文章を読み進みました。たしか代金20,000円位だったと思うのですが...。作者の名前も記憶していないのです。記憶が全て曖昧で申し訳ありません。

その中に「谷口吏さん」の名前が突然、目に取り込んできました。
そのスプーンの作家は、この「谷口吏さん」と交流があり教えを乞うていた...と尊敬の念で書かれていました。
「谷口吏さん」は既にお亡くなりになられ...とも。私は少なからず驚きました。そんなお年ではないと思うのです。私共の店、花染が30数年前にお世話になった方なのです。
ストイックなまでに「スプーン」を追求していました。その頃、お作りになるのはカレースプーン、コーヒースプーン、レンゲなのです。「谷口吏さん」の風貌にも「何かを極めたい...。」との思いが溢れていて、私の心を揺らしました。少々値がはりましたが臆せず、お作り頂きました。

美しきスプーンは、お客様の支持も得たのです。使う程に本物は真価を表すのです。手に馴染み、唇に馴染み、器になじむ...そんな上質の一品でした。

我家でも30数年使用させて頂いています。大切に大切に...、しかし普段遣いです。ザラザラした土物の器には使いません。土物の器でも釉薬がポッテリ掛けられたもの限定です。磁器には大丈夫です。どれだけ日々の食卓を豊かにしてくれたことか...。とても感謝しています。
彼は、5月~10月山へ入り、自ら漆を掻くのです。確かな自分の漆を使用していたのです。
その後、さらに値が張るようになり、彼も会津に引っ越し、自然とお付き合いが遠くなってしまったのです。
今、思うと、非常に残念ですが、私が時代と言うものに流されてしまったのでしょう。この事は、私の心に痛い棘を残し、私の不甲斐なさをまざまざと見せつけられるのです。
彼が自然と共に生き、自然の中で、自分らしいお仕事を貫く...、美しくも過酷な生き方だったのではないでしょうか。
たくさんの作家さんとの関係の中で、とても悔いの残るお話です。
昔、昔の先人達も、もっともっと厳しい中で自然と生きる事をよくご存知だったのだろうと頭が下がります。究極のアナログの世界観です。

「お家で過ごす時間を楽しく...!」こんな事を考えながら、丁寧に過ごそうと努力しています。私の日々は超アナログの暮らしです。
無駄なものを片付け、整理整頓。好きなものが少しある暮らしは、シンプルで、心も体も、しいては頭の中まで軽やかになる事、間違いないと思います。
そしてお花屋さんへ行きます。花瓶に行ける春の花もいいけれど、好きな私らしい花の苗を買って鉢植えをいくつか作り、春の日差しの中で「よし...よし!」と満足するのです。愛情深く見守ってやらないと...うまく育ちません。

そんなこんなと自分の心を奮い立たせるのですが...弱い心も見えて来ます。毎朝、自転車で5〜6分の距離を店へ通います。朝をは真正面に、眩いばかりの太陽を体に感じながら走るのです。
走る道すがら生きとし生けるものは、じっと春を待っているのです。その呼吸を全身で感じるようになりました。そのエネルギーを、私にも分けて欲しいものだと思います。
店に生けた固いつぼみだった梅の花が咲き始めました。そろそろメダカも冬眠から目覚めます。明るくなった日差しのもと、春を心より待っています。

2月の展示会は休ませていただきますが、3月、4月も様子を見ながらの展示会になります。
立春とは言え、風は冷たいです。どうぞくれぐれもお気をつけてお過ごし下さいませ。そしてお目にかかれれば嬉しいです。
舩木倭帆 ミニ花瓶

2021年(令和3)1月12日

初日の出! 何と美しい光景でしょう。思わず手を合わせたくなります。古代人も、そして地球上、だれしもが、均等に拝むことが出来るのです。
東の山際が、そして空がうっすらと赤く染まり始めると、またたく間に太陽が頭を見せます。神々しいまでの美しさに、エネルギーを頂き、感動するのです。
お正月元旦の朝。祖母から母から譲り受けた塗のお椀に、一生懸命私なりに美しい彩りでお雑煮を用意するのです。
父の面影、母の面影・・・伝統と文化は脈々と受け継がれ、父と母に問うです。
「私はちゃんと生きていますか?」・・・と・・・そして美しい日本の心を持っていますか・・・と。
お重の中は、健やかな1年を祈願する日本の心で溢れています。そして、この自然の恵み、営みに感謝する思いでいっぱいになります。

昨年は心も落ち着きをなくし、一年がまたたく間に過ぎさった気がします。落ち着きのない中で、感性を言葉に綴る事にも苦しみました。心の平穏あってこその「日常つれづれ」でもあるのです。

年末、とても嬉しい事もありました。日本の花を慈しみ、育てる素敵な方からたくさんのお花を頂きました。
赤い大きい実をつけた南天、大好きなろう梅、極めつけは真っ赤な椿の花・・・。なんと言う趣きと華やかさを醸し出しているのでしょう。ちょっと大きめの花入れに生ける幸せは、何にも替えがたい至福の極みです。

お正月早々、我が家のリビングで、私を家族を幸せにしてくれたのです。その美しき佇まいは、今年一年を明るく彩ってくれるものであって欲しいと願う、とても大切なものでした。
こんな幸せで始まった元旦でした。やはり2日の初詣は欠かす事はできないと思い、下鴨神社を選び、人混みを避け出かけました。
広大な原始の自然の木々に包まれた糺の森は霊気ただよい、参拝者の人数も、程よく、お参りをさせて頂き、破魔矢を買い求め、早々に神社を後にしたのです。

 

帰り道、「花びら餅」を買い、せめてもの新春の味わいです。
梅や桜の花びらに見立て、新春を祝う餅菓子・・・と書かれています。餅、牛蒡、味噌、人参・・・とその材料みれば、まさしくお正月のお雑煮です。
お正月を祝い、お菓子を愛でる日本の心です。一保堂さんで求めた大福茶をお気に入りの湯飲みにたっぷりと注ぎ、ふくよかなる味わいを堪能したのです。

そうこうしている内に新しい年がもうすでに12日。
7日、七草がゆの日も過ぎ、サァ~これから始動と思いきや、世界中がコロナで覆い尽くされてしまいました。気持ちを立て直そうにも、私は、そんなに強くはありません。これから2~3ヶ月をどの様に過ごすのでしょう。見上げる空は、どこまでも澄み渡り、地球の青さを愛しいと思うのです。

展示会は、1月、2月、3月と用意していますが、現状を追いながら、様子を見ながらになります。出来る限りの対策は取り、検温、フェイスガードも用意し、ゆっくりやっていこうと思っています。
ちょっぴりマイナーな「日常つれづれ」で終わります。
そうそう昨年11月、京都植物園で求めた、椿の侘び助が小さな可憐な花を咲かせました。一生懸命気持ちを鼓舞しようと頑張る私への贈り物です。

皆様も、どうぞ気持ちを引き立て、暮らしに小さな喜びを見つけながら、お健やかであります様・・・。
展示会の案内状が皆様のお手元に届きました折には、お気が向きましたら、お出かけ下さいませ。
こんな状況下ですが、お目にかかれば嬉しいと思います。
くれぐれもお気をつけてお過ごし下さいませ。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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