日常つれづれ(2021年)

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2021年

2021年(令和3年) 4月1日

例年にない記録的な速さでやってきた桜。3月20日前に島本町では開花を始めました。春の日の光の中で、青い空の下で…これからしばらく春爛漫を楽しむことが出来るのです。

写真はまさに満開の頃に我が家の近場で撮りました。見事な桜並木です。
と書いてはみるものの、心が晴れません。世界がコロナ禍、第4波が来そうな勢いの中で、あえいでいるのは充分理解しているつもりですが、妙に沈んでしまうのです。
人間が、どんなに辛くとも、季節は巡り自然は命を育み謳歌している姿に感動すら覚えるのです。実に潔く…と私の目に映ります。
山並みの緑は美しく、山桜もいつもの年のように春を忘れず、個性を…そして自分の仕事…と言わんばかりに咲いているのです。
しかし、今まで見てきた山並みと微妙に異なって見えてしまうのです。人間が変わってしまったのです。

毎朝、店へ来て裏庭とメダカを気遣う事から花染の仕事は始まりますが、私の心は瑞々しさを失っていることに、自身驚いています。
4月・5月・6月は1年のうちで最も草木の緑が美しく、メダカが明るい日の光の中でピチピチ泳ぐ姿を見ることが日々の幸せなのですが…。

二葉葵は赤紫の小さな花を付け、山吹きも、ひなぎくげしも、山ほととぎすも…それぞれが生気で溢れ、瑞々しいのです。それをちょっと皮肉に感じてしまうのです。いけませんねぇ~。
楽しい事を…と。春はふきのとう、菜花、タラの芽…食材も私達に芽ぶく勢を与えてくれているのでしょう。お料理が上手くなくても美味しく仕上がる事がちょっと嬉しい…と思うようにしています。
せめて天気が良いと、そして良い事があると少し楽しくなります。

もうすぐ竹の子です。島本から京都、この西山のものは絶品なのです。そろそろ、いつもの農家の方からお知らせが来る頃でしょうか…。
早く!早く!と待っています。
ちょっとした小さな幸せを重ねていきたい…と思う昨今です。

そして少しずつ熱を帯びてきた島本町・町長・町議会議員選挙。
いたる所から緑が見えるのどかな町が、今、分岐点に来ています。
山側の開発、高さ規制の景観保全…そして地下水の町営水道にまで危機が迫っています。
大切な自然、植物、小動物…生きとし生けるものの生態系まで変えてしまうのです。それは島本町に住まう者にとって潤いをなくし生きる姿までも変えてしまう大きな問題をはらんでいると言う事なのです。

日本中に小さな町はたくさんあると思うのですが、こんな基本的な生命の営みが途絶えてしまう政治とは…。そして社会的責任とは…と思うのです。
こんな事が、コロナと重なって私は元気を無くしているのかもしれませんね。

小さな小さなすみれの話です。
毎日、自転車で店へ通う道端に、小さなすみれの花が敷石とアスファルトの合間をぬう様に、10株ほどが咲いているのです。ほとんどの人は気が付かずに通り過ぎてしまう程の、小さな小さなすみれの花の株なのです。数年前に見付け、何時も気がかりなのです。

今春も、健気に芽を出し濃い紫色の小さな花を付けました。植物を学問的に学んだ事はないのですが、きっと原種に違いない…と自分で納得しています。
いつの頃からか、品種改良した植物や花がお花屋さんに溢れていますが、私は好きではありません。そんな華やかな花が好まれるご時世なのが、かなり辛いです。
1株いただいて、鉢で育ててみたいと思いながら、取る事はできないのです。環境を変えるとダメになる事が往々にしてあるからです。
何か切ないですねぇ~。

4月9日(火)~4月17日(土) ・11日(日) ・12日(月)定休日
「山ぶどう手さげかご展」です。

 

山ぶどうは、大自然に育くまれ自生するものなので、それぞれ個性が異なります。細かく編まれた上質のもの、野趣味溢れるもの、素朴で大きいかご…チョット小ぶりの可愛いもの…それぞれ魅力があります。職人さん達の丁寧な仕事をご覧いただけると嬉しいです。

夏に先行して、松村学さんの吹きガラスの作品も入ってきました。何かとウツウツと暮らしている間に、ガラスがキラキラ輝く季節になっています。

 

島本町の自然環境が、どんどん過酷になる中で、うぐいすの鳴く声を聞きました。大切な大切な宝物です。
どうぞ春を見つけにお出かけ下さいませ。お待ち申し上げております。


松村学 作
我が家に咲く椿の花です。

新しいHPが出来上がりました。超アナログ人間の私を優しく支えてくださったプロの達人の方々のおかげです。心から感謝致しております。
まだまだ改良の余地はあるのですが、どうぞ末永くご覧下さいます様、よろしくお願い申し上げます。
2021年(令和3)3月3日

寒暖差があまりに激しく、その上自粛、自粛と気持ちが滅入り、心が揺れ動いていました。そして嬉しい3月。明るい太陽が降り注ぎ、人間も植物も、森羅万象すべてが息を吹き返し喜び目覚めます。
我が店の裏庭では、一番にほととぎすの新芽が、そして二葉葵の若葉が芽吹き始めました。何と愛しい事でしょう。

このコロナ禍の中、昨年1年間、この小さな庭は、折につけ私を慰めてくれました。昨年、自粛の中4月には若かった芽はしっかり形を整え、5〜6月、緑は益々美しく、梅雨の雨に濡れる風情に思わず見とれ・・・。秋には紅葉・・・、そして万両の赤い実。
一年が巡り、立派に四季を演出してくれたのです。
人と人、そして自然が重なり、深くなり支えてくれた1年でした。

そして春3月。私どもの店は3月1日38周年。もうすでに39年目に入りました。又、コツコツ努力を惜しまない・・・、そして確実に良い年を重ねていく事が出来れば嬉しいと思います。
「一生懸命は奥が深い・・・。」といつも自分に言い聞かせています。

先月2月21日、とても暖かい日曜日でした。知り合いのご夫婦が「京都水彩画展」へ出品なさっていて、その作品を拝見に京都まで、出かけました。久々のお出かけでした。人混みを避ける為、朝一番に「京都市京セラ美術館」に飛び込みました。たくさんの作品を拝見しながらお2人の作品を見つけ・・・。お2人は長い年月、絵画に親しみ努力を続けたのです。他の出展者の方々も「絵を描く」と言う事がお好きで、打ち込んできたであろう足跡が見受けられ、熱いものを頂いたのです。努力こそ素晴らしいですね。

久しぶりの岡崎かいわい「京都国立近代美術館」の「分離派建築界100年」の企画展も見る事にしました。
この100年の建築の歴史があまりに壮大すぎて、私の手に余る高次元の催しではありましたが、お勉強のつもりでしっかり拝見させて頂いた事はとても良かったと思います。

 

「建築は芸術か!!」明治以後、大正、昭和を彩った先人達の意識の高さ、教養の深さは、スケールが違うのです。
その建造物のほとんどは、今は壊され、この地上から無くなり、図面や映像、写真、そして人々の記憶に残るのみになった事・・・。
古きは壊され、守る事が出来ない、日本の国民性に、とても疑問を持ち、岡崎を後にしました。

残念な事件が1ツ。
京都・烏丸三条西入る。その界隈の空気までも変えてしまう「素夢子」さんと言うカフェがあったのです。カフェと単純にくくれないロマン溢れる様式の店でした。母体は、京都では超老舗の「誉田屋」さんという「帯商」280年の店ですが、そのカフェが2月いっぱいで閉店と言う情報のもと、お伺いさせて頂くのが1つの目的でもあったのです。
細かい事は書きません。店内は、言葉で表現できない世界観で一体をなし、人々を魅了してきたのです。

 

私の連れ合いが、いつの頃からか、社長と奥様と親しくさせて頂き、私も時に訪れる場所でした。社長も奥様もちょうど在店していらして、ご挨拶出来たのが、何よりではありましたが残念です。
いつも、たくさんのお客様でしたが、もろもろの事情により閉店。その内場所を変えて新たに店を作る・・・との事。店内に思いを残し去ったのです。本物を熟知した方々の仕事が胸に響くのです。

山あり谷あり、人の歴史は、平坦に過ぎる事はないのでしょう。
大きい山、小さい山・・・個々に異なれど生きる事は苦しくもあり、美しくもあり・・・、そして乗り越えて行くものなのですね。
姜尚中氏の「悩む力」と言う本を、たまにめくるのですが、答えはないのです。しかし、その都度、思いを深くさせて頂くのです。

何だか、この世の中の空気が重いですね。
花染も様子を見ながらの日々を送っています。楽しく元気な花染を・・・と心がけているのですが、肩に力が入り、仕事をしている自分に気付くのです。暗雲立ち込める空気に押しつぶされそうになるのです。

3月に入ると日本中が桜の花の開花を待ちわびるようになります。河津桜など・・・、各地から早咲きの花の便りが届くと、心も浮き立ちます。儚げで、それでいて華やかで、日本の原風景です。
島本町は、ここかしこに桜の大木が昔からたくさんがありました。開発のたびに、根こそぎ切られ、悲しい思いをしてきました。
私が住まいする山側の農地が、大きな開発の波に飲み込まれています。工事が始まって約9か月。みるみる進む工事を見ながら、毎日を過ごしています。

日々、季節を体感させてくれる水田が広がっていました。
この春、うぐいすは鳴いてくれるでしょうか。わずかに残っている木々に、マンションの敷地内にある大木の桜の枝に、忘れないで来てくれるでしょうか。

花染のホームページを「スマホ対応」に変更する仕事を進めています。その中で、「日常つれづれ」の長い文章は難しいのでは・・・との事情により、これから先、私の思いを短くまとめる必要があります。
ちょっと辛いですが、時代ですネェ~!
パソコンを開いてお読み頂けると、とっても嬉しいです。

時代の流れについていけず、右往左往する日々です。私のような超アナログ人間は、耐え難い思いを募らせています。
アナログが大好き・・・、アナログでないと・・・、と自分との葛藤を繰り返しながら花染は95%以上、人と人との繋がりが大切と、かたくなに信じて進みたいと思っています。
桜の咲く暖かい季節に願いを込めて、3月の「日常つれづれ」は終わります。

山ぶとう手提げかご展
2021・4・6〔火〕~4・17〔土〕
10:30~17:30 11日〔日〕・12日〔月〕休み

津軽地方の山野に自生する山ぶどう。
職人さん達の手によって丁寧に編まれた仕事は美しいのです。
その手提げかごを私達は身近なものとして使わせて頂いています。
そして、それは、長い年月をかけ、ますます真価を表すのです。
どうぞ、この艶と風格を味わってくださいませ。お待ちしています。
2021年(令和3)2月1日

日本が世界がコロナ禍という混乱の中で1月を過ごし、2月に入りました。
あまりに人々の心が傷つき、一日が暮れて行く事に切なくなります。
今年は2月2日が節分です。家庭で豆まき...。たくさんの豆を食べなくてはいけません。年の数だけ...ネ。

そろそろ梅の便りも届きます。節分が終われば、おひな様。
この春は自分だけで楽しむ暮らしです。お正月の黒豆がうまくを美味しくできたので、又煮ようかナァ~。甘さを極限まで控え、舌の奥深くお醤油と塩の風味がかすかに...。丹波の作家さんから頂いた黒豆です。
無理やり楽しむことを探していると、本当の楽しさや幸せが来るでしょうか?
私達が幼い頃、子供の頃、こんな童謡がありました。「春よ来い...早く来い...歩き始めたみいちゃんが、赤い鼻緒のじょじょ履いておんもへ出たいと待っている...♪♪。」

春を待つ詩情豊かな美しい光景が目に浮かびます。この半世紀で人の心情と言うものがすっかり変化してしまいました。春一1番、こんな詩を口ずさんでしまいます。10年程前に童謡の小さな本を買った事があります。

詩情豊かな日本人ならではの美しい言葉で溢れているのです。私は、この小冊子の中の「ふるさと」が大好きなのです。言い知れぬ郷愁を覚え、涙が溢れそうになるのです。

春には野でつくしを取り、小川でメダカをすくい...春の光を幼い心と体でいっぱいに受けるのです。
自然は普通の暮らしに溢れていました。こんな病んだ地球ではありません。「春よ来い...♪♪」と口ずさみ、心が痛いのです。
人間は、ありとあらゆるものを持ちすぎたのです。何も無い暮らしは今は不可能ですね。不便だからこそ喜びは倍増すると思うのですが...。とにかく若い人も、それぞれ年代は異なれど、力を合わせこのコロナ時代を乗り切り、終息を手に入れたいと切に願うのです。

昨年秋、いつもお世話になる美容院で、月刊誌をめくっていました。「家庭画報」だったか「ミセス」だったかもしれないし、違ったかもしれませんが、あるページをめくった瞬間、美しいフォルムの漆のスプーンの写真に釘付けになったのです。「美しいナァ~!」と思い、添えられている文章を読み進みました。たしか代金20,000円位だったと思うのですが...。作者の名前も記憶していないのです。記憶が全て曖昧で申し訳ありません。

その中に「谷口吏さん」の名前が突然、目に取り込んできました。
そのスプーンの作家は、この「谷口吏さん」と交流があり教えを乞うていた...と尊敬の念で書かれていました。
「谷口吏さん」は既にお亡くなりになられ...とも。私は少なからず驚きました。そんなお年ではないと思うのです。私共の店、花染が30数年前にお世話になった方なのです。
ストイックなまでに「スプーン」を追求していました。その頃、お作りになるのはカレースプーン、コーヒースプーン、レンゲなのです。「谷口吏さん」の風貌にも「何かを極めたい...。」との思いが溢れていて、私の心を揺らしました。少々値がはりましたが臆せず、お作り頂きました。

美しきスプーンは、お客様の支持も得たのです。使う程に本物は真価を表すのです。手に馴染み、唇に馴染み、器になじむ...そんな上質の一品でした。

我家でも30数年使用させて頂いています。大切に大切に...、しかし普段遣いです。ザラザラした土物の器には使いません。土物の器でも釉薬がポッテリ掛けられたもの限定です。磁器には大丈夫です。どれだけ日々の食卓を豊かにしてくれたことか...。とても感謝しています。
彼は、5月~10月山へ入り、自ら漆を掻くのです。確かな自分の漆を使用していたのです。
その後、さらに値が張るようになり、彼も会津に引っ越し、自然とお付き合いが遠くなってしまったのです。
今、思うと、非常に残念ですが、私が時代と言うものに流されてしまったのでしょう。この事は、私の心に痛い棘を残し、私の不甲斐なさをまざまざと見せつけられるのです。
彼が自然と共に生き、自然の中で、自分らしいお仕事を貫く...、美しくも過酷な生き方だったのではないでしょうか。
たくさんの作家さんとの関係の中で、とても悔いの残るお話です。
昔、昔の先人達も、もっともっと厳しい中で自然と生きる事をよくご存知だったのだろうと頭が下がります。究極のアナログの世界観です。

「お家で過ごす時間を楽しく...!」こんな事を考えながら、丁寧に過ごそうと努力しています。私の日々は超アナログの暮らしです。
無駄なものを片付け、整理整頓。好きなものが少しある暮らしは、シンプルで、心も体も、しいては頭の中まで軽やかになる事、間違いないと思います。
そしてお花屋さんへ行きます。花瓶に行ける春の花もいいけれど、好きな私らしい花の苗を買って鉢植えをいくつか作り、春の日差しの中で「よし...よし!」と満足するのです。愛情深く見守ってやらないと...うまく育ちません。

そんなこんなと自分の心を奮い立たせるのですが...弱い心も見えて来ます。毎朝、自転車で5〜6分の距離を店へ通います。朝をは真正面に、眩いばかりの太陽を体に感じながら走るのです。
走る道すがら生きとし生けるものは、じっと春を待っているのです。その呼吸を全身で感じるようになりました。そのエネルギーを、私にも分けて欲しいものだと思います。
店に生けた固いつぼみだった梅の花が咲き始めました。そろそろメダカも冬眠から目覚めます。明るくなった日差しのもと、春を心より待っています。

2月の展示会は休ませていただきますが、3月、4月も様子を見ながらの展示会になります。
立春とは言え、風は冷たいです。どうぞくれぐれもお気をつけてお過ごし下さいませ。そしてお目にかかれれば嬉しいです。
舩木倭帆 ミニ花瓶

2021年(令和3)1月12日

初日の出! 何と美しい光景でしょう。思わず手を合わせたくなります。古代人も、そして地球上、だれしもが、均等に拝むことが出来るのです。
東の山際が、そして空がうっすらと赤く染まり始めると、またたく間に太陽が頭を見せます。神々しいまでの美しさに、エネルギーを頂き、感動するのです。
お正月元旦の朝。祖母から母から譲り受けた塗のお椀に、一生懸命私なりに美しい彩りでお雑煮を用意するのです。
父の面影、母の面影・・・伝統と文化は脈々と受け継がれ、父と母に問うです。
「私はちゃんと生きていますか?」・・・と・・・そして美しい日本の心を持っていますか・・・と。
お重の中は、健やかな1年を祈願する日本の心で溢れています。そして、この自然の恵み、営みに感謝する思いでいっぱいになります。

昨年は心も落ち着きをなくし、一年がまたたく間に過ぎさった気がします。落ち着きのない中で、感性を言葉に綴る事にも苦しみました。心の平穏あってこその「日常つれづれ」でもあるのです。

年末、とても嬉しい事もありました。日本の花を慈しみ、育てる素敵な方からたくさんのお花を頂きました。
赤い大きい実をつけた南天、大好きなろう梅、極めつけは真っ赤な椿の花・・・。なんと言う趣きと華やかさを醸し出しているのでしょう。ちょっと大きめの花入れに生ける幸せは、何にも替えがたい至福の極みです。

お正月早々、我が家のリビングで、私を家族を幸せにしてくれたのです。その美しき佇まいは、今年一年を明るく彩ってくれるものであって欲しいと願う、とても大切なものでした。
こんな幸せで始まった元旦でした。やはり2日の初詣は欠かす事はできないと思い、下鴨神社を選び、人混みを避け出かけました。
広大な原始の自然の木々に包まれた糺の森は霊気ただよい、参拝者の人数も、程よく、お参りをさせて頂き、破魔矢を買い求め、早々に神社を後にしたのです。

 

帰り道、「花びら餅」を買い、せめてもの新春の味わいです。
梅や桜の花びらに見立て、新春を祝う餅菓子・・・と書かれています。餅、牛蒡、味噌、人参・・・とその材料みれば、まさしくお正月のお雑煮です。
お正月を祝い、お菓子を愛でる日本の心です。一保堂さんで求めた大福茶をお気に入りの湯飲みにたっぷりと注ぎ、ふくよかなる味わいを堪能したのです。

そうこうしている内に新しい年がもうすでに12日。
7日、七草がゆの日も過ぎ、サァ~これから始動と思いきや、世界中がコロナで覆い尽くされてしまいました。気持ちを立て直そうにも、私は、そんなに強くはありません。これから2~3ヶ月をどの様に過ごすのでしょう。見上げる空は、どこまでも澄み渡り、地球の青さを愛しいと思うのです。

展示会は、1月、2月、3月と用意していますが、現状を追いながら、様子を見ながらになります。出来る限りの対策は取り、検温、フェイスガードも用意し、ゆっくりやっていこうと思っています。
ちょっぴりマイナーな「日常つれづれ」で終わります。
そうそう昨年11月、京都植物園で求めた、椿の侘び助が小さな可憐な花を咲かせました。一生懸命気持ちを鼓舞しようと頑張る私への贈り物です。

皆様も、どうぞ気持ちを引き立て、暮らしに小さな喜びを見つけながら、お健やかであります様・・・。
展示会の案内状が皆様のお手元に届きました折には、お気が向きましたら、お出かけ下さいませ。
こんな状況下ですが、お目にかかれば嬉しいと思います。
くれぐれもお気をつけてお過ごし下さいませ。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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